アナザー・ディメンジョン -異界交流記-   作:誠龍

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第98話 異次元の魔眼

ホルストン牧場の家畜の変死が異次元生物・ゲイザーの仕業によるものだと突き止めた龍馬とディレットだが、別次元を行き来し、死角から突如として攻撃を放ってくるゲイザーに対し有効な戦法が取れず、防戦一方の二人。いくら早く隙を狙って攻撃しても反撃の瞬間にゲイザーは別次元へ転移してことごとく龍馬達の攻撃を嘲笑うかのように避けてしまうのだ。成す術がない中ゲイザーは更に苛烈な攻撃を仕掛けてくる。

 

「ディレット、避けろ!!」

 

「うわっとっと!」

 

ゲイザーの熱線が再び襲い来る。何とか回避はしているがそれもいつまで持つかはわからない。このままではいずれ二人とも風穴を開けられてゲイザーの餌になるのがオチだ。何か打開策はないものか。

 

「この……!いい加減にしなさいよ!」

 

ゲイザーが再び現れ、ディレットがM1911A1を構える。光線を撃とうと発射態勢に入ったゲイザーのその大きな眼球に向かい、ディレットが発砲した。轟音と共に強力な.45ACP弾が矢を射るよりも早く飛び出し、空を切りながらゲイザーの眼球を撃ち抜く……はずだった。

 

「ギャアオォ!」

 

ゲイザーは再び一瞬で消えた。ディレットが発射した弾丸が"銃から飛び出して自分から当たるまでの時間"の間に。

 

「ウソでしょ!?銃の弾まで見切るなんて!!」

 

身体のほとんどを眼球が占めるゲイザーは見た目通りというべきか、動体視力も人間のそれとは一線を画するらしい。ディレットがゲイザーに向けて発砲した時、決して距離はそれほど遠くはなかった。.45ACP弾の発射時の初速は秒速247m。時速に換算すればおよそ890㎞のスピードがある。その弾丸を一瞬で見切り、回避するゲイザーに驚きを隠せない二人。

もちろんゲイザー自身の動体視力もさることながらゲイザーの"次元転移"は"その場で消える"ため、回避のための動作という概念がない。

通常、人間なら攻撃を見切って回避しようとすれば相手の攻撃を確認し、それを回避するために脳が全身の筋肉へ指令を出す。そして筋肉が動き始め、実際に身体を動かして回避するまでにどうしても"ラグ"が発生する。

だがゲイザーにはそれがない。弾丸を見切るほどの元々の動体視力の高さとその場で一瞬で次元を越えて"消えて"しまうゲイザー自身の能力と相まって銃すらもまともに通用しない恐るべき脅威となっていた。

 

「クソがぁっ!!」

 

龍馬は「ならば横からなら」とディレットに気を取られているゲイザーに向かい、側面からウィンチェスターライフルを構えて発砲した。レバーアクションの金属音と銃声とがそれまで平穏な空気だったホルストン牧場に響き渡る。

龍馬の使用するウィンチェスターM1873は西部開拓時代のアメリカでウィンチェスター社に作られたM1866の改良型であり、"西部を征服した銃"とまで呼ばれたレバーアクション式のライフルだ。初代のM1866とは違い、強力な.44-40センターファイア実包を使用するライフルでボルトアクション式ライフルが主流になる時代までアメリカだけでなく様々な場所で使われ続けた。

だがそんなウィンチェスターライフルの.44-40弾もやはり次元移動の力を操るゲイザーの前には無力だった。ゲイザーはまたしても別次元へと消失し、今度は龍馬に向けて光線を放ってきた。龍馬は慌てて走り出し、連続して放たれる光線が龍馬の足元に次々と突き刺さっていく。龍馬は走って回避しつつもゲイザーに向けてがむしゃらにライフルを撃ち、牽制しながら納屋まで走り、その陰に隠れた。

 

「はぁっ……!はぁっ……!危ねぇ……もう少しで風穴が空くか火だるまになるところだったぜ……!」

 

危なかった。もしこの納屋という遮蔽物がなければ今頃は間違いなくあの光線の餌食になっていたに違いない。

それにしても連続して弾を撃ちすぎた。既にライフルの弾は空っぽだ。ゲイザーがこちらへ来る前にリロードせねば。龍馬は腰のバックパックから予備の弾薬を取り出すとフレーム右側面の装填口に弾薬を装填しようとする。しかし……

 

「はぁ、はぁ……!く、クソッ……!」

 

弾薬がうまく入らない。さらに慌てて弾薬を地面に落としてしまう。一分一秒を争うこの状況で龍馬の焦る気持ちは高くなっている。幾多の戦場を経験してきた兵士や傭兵ならまだしも、基本的にはただの高校生であり、銃とは無縁な生活を営んできた龍馬が冷静さを欠いた今の状態で弾薬の再装填をスムーズに行うことは難しい。

 

「お、落ち着け……!落ち着くんだ……!ゆっくり、ゆっくり……!」

 

震える手と滲む汗に苦戦しながら何とか数発の弾薬を装填する龍馬。

 

 

だが、ゲイザーはやはり悠長に待ってはくれなかった。

 

 

「ギョアァオ!」

 

「うっ!?」

 

納屋の陰に隠れていたが僅かな時間稼ぎ程度にしかならず、龍馬の目の前にゲイザーが現れてその口を開けて龍馬に喰らいつく。

 

「ちっ!」

 

なんとか横に飛んで回避する龍馬。しかし彼が起き上がろうとするよりも早くゲイザーは再び噛みつきを行おうとする。この距離ではウィンチェスターライフルの攻撃は間に合わない。龍馬は地面に尻餅をついたままサイドアームのモーゼルを抜くとゲイザーに向かって発砲した。

 

「ギョアッ!」

 

短い雄叫びを上げてゲイザーは再び次元の向こう側へ隠れてしまう。片手で撃ったせいでまた右手が痛むが気にしてはいられない。今はとにかく態勢を立て直さなければならない。龍馬は何度も現れるゲイザーにモーゼルを発砲し続ける。

だが装填されている弾薬にはもちろん限りがある。牽制のために発砲した龍馬のモーゼルはそのうち全ての弾薬を撃ち尽くしてしまい、弾丸の全てを回避したゲイザーがまるで勝ち誇ったかのような不気味な目付きをして龍馬に迫る。

その時だ。向こう側から銃声が響いたのは。

 

「あんたの相手はこっちよ!」

 

ディレットがエンフィールドライフルを構えて立っている。その銃口からは硝煙が立ち上っており、いましがた彼女が発砲したのだとわかる。ボルトアクション動作の一連の流れは未だにぎこちなさが残るが、さすがは異世界に順応したエルフ。ゲイザーの位置からディレットまではそれなりの距離があるが、彼女はそこに的確に弾丸を撃ち込んでいる。ーーーー最も、異次元に消えるゲイザーに当てられているわけではないが。

それでもディレットのおかげで充分な隙が出来た。龍馬はゲイザーから距離を取るとまずモーゼルの弾をクリップで装填する。そしてウィンチェスターライフルの弾薬を最大までなんとか装填出来た。

しかしーーーー銃を多用し過ぎたことが思わぬ弊害を招いてしまう。

 

「な、なんだなんだ!?さっきから何の音なんだ!?」

 

「一体何の騒ぎなの!?」

 

何発もの銃声を聞き付けたホルストン夫妻が聞いたこともない大きな破裂音の正体を確かめようと家の外に出てきてしまったのだ。ディレットの方へ向かっていたゲイザーは彼女の背後にある家の玄関にいるホルストン夫妻という"新たな獲物"へと向かってしまう。

 

「ホルストンさん!!危ない!!」

 

ディレットは撃ち尽くしたエンフィールドライフルを背中に戻すと弓に持ち替えた。悠長にリロードをしている暇はない。かといってここでM1911A1を使うのは危険だ。ホルストン夫妻に流れ弾が当たる可能性がある。ならば扱い慣れた弓の方が正確にゲイザーを牽制出来る。ディレットは弓を構えて素早く引き絞り、ゲイザーに再び攻撃を加える。ゲイザーが再び回避のために次元転移を行った時にディレットは弓を構えたままホルストン夫妻に駆け寄る。

 

「うわわっ!?なんだあの怪物は!?」

 

「ゲイザーです!!あいつが家畜を殺していた犯人です!!ここは危険です!!急いで離れて!!」

 

「あ、あなた!早く逃げましょう!」

 

ゲイザーが次元転移を行う存在な以上、家の中に隠れても無意味だ。ホルストン夫妻の安全を確保するには二人を遠くへ逃がすしかない。幸い馬小屋は近い。急いでそこまで二人を送り届けなければ。

ディレットは一旦家の中に夫妻と共に避難するとドアを閉めて弓をしまい、M1911A1に持ち替えて辺りを警戒しつつホルストン夫妻を裏口から外へ出す。

 

「ホルストンさん!馬に乗ったらなるべく牧場から離れてください!」

 

「君達はどうするんだ!?」

 

「何とかします!だから今は自分達の身の安全だけを考えてください!いいですね!?」

 

三人で裏口から出ると一気に馬小屋へ向かって走り出す。三人の姿を確認した龍馬はディレットが夫妻を逃がそうとしているのだとすぐに気付いた。しかし家から出てきた彼等をゲイザーが浮遊しながら追い掛けていく。ディレットは振り向きながらM1911A1を発砲し、ゲイザーを牽制する。

 

「ひぃ!」

 

「きゃあっ!」

 

「ホルストンさん!止まらないで!走って!」

 

銃声に驚くホルストン夫妻だが今は止まってもらっては困る。マガジン内の弾が無くなる前に馬小屋に辿り着かなければならないのだ。ゲイザーを目の前にしてリロードをする時間は無い。

馬小屋まではあと少し。もう少しだ。だがあとほんの数十メートルというところでM1911A1の弾が切れてしまう。

 

「弾が……!」

 

リロードをしようとすればその瞬間に(ゲイザー)の餌食だ。迫り来るゲイザーを前にディレットはホルストン夫妻を庇うようにして前に立つ。この二人だけは何としてでも逃がさなければ。

弓に持ち替える暇もないディレットはゲイザーを前にナイフで威嚇する。その時だった。

 

「オラ、この目ん玉野郎!お前の相手はこの俺だろうが!」

 

龍馬がウィンチェスターライフルを撃ちながらこちらへと向かってくる。その隙をついてディレットは急いで馬小屋へとホルストン夫妻を逃がして二人を馬に乗せると、小屋の扉と柵を開いて二人を避難させた。これであの二人がゲイザーに襲われることはないだろう。今度は龍馬が気を引いている隙にディレットがエンフィールドライフルの弾薬とM1911A1のマガジンをリロードする。

お互いがお互いのカバーをすることでその隙に弾薬の再装填は可能ではあるが、これでは根本的な解決にはならない。いくら撃ってもゲイザーにはかすりもせず、魔術の類いはあの瞳に封印されてしまう。近接攻撃はまず不可能、やれることと言えば銃と弓で牽制するくらいだ。しかし矢と弾薬には限りがあり、いずれは尽きる。

一方ゲイザーは次元転移を繰り返し、ここに至るまでかすり傷ひとつ与えることに成功していない。このままではジリ貧になり、二人ともお陀仏だ。

そんな二人の戦闘を遠くの岩の陰から見ていたひとつの陰が。カレディアである。

 

「(あんなのヤバすぎるでしょ……!ゲイザーなんて勝てるわけないじゃない……!)」

 

助けを呼ぶべきか、否か。行動を起こすべきだとわかっていても迷いと恐怖からか足がなかなか動かない。

そのうち彼女は結局その場から逃げ出そうとする。あんな怪物に目をつけられれば命がいくつあっても足りない。ゲイザーの視界に入らないように、恐怖心を抑えながらゆっくりとその場を離れる。

 

「……ギョアッ!!」

 

突如ゲイザーが叫び声を上げて龍馬とディレットから視線を背け、猛スピードでどこかへ向かってしまう。突然のゲイザーの行動に困惑する二人だが、この怪物を野放しにするわけにはいかない。二人は急いでゲイザーの後を追った。

ゲイザーが向かった先は……今まさに逃げ出そうとしているカレディアの位置だ。ゲイザーは真っ直ぐ彼女へ向かって浮遊し、それに気付いたカレディアは慌てて尻餅をついてしまう。

 

「ギョアァォ!!」

 

「……ひっ!や、やめて……来ないで……!!」

 

ゲイザーが不気味な目付きをしながら人間を丸呑み出来るほどの大きな口を開けてカレディアに近付く。彼女は恐怖のあまり動くことが出来ない。

 

「このクソ目ん玉野郎!!」

 

カレディアに喰らいつこうとしたゲイザーだが追い付いた龍馬とディレットが放ったモーゼルとM1911A1の弾に気付いて再び次元転移でそれを回避する。龍馬は腰が抜けて動かないカレディアに駆け寄ると彼女を引き起こしつつもディレットと共に怒鳴りつける。

 

「バッキャロー!テメーここで何してんだ!」

 

「何であなたがここにいるのよ!?もうちょっとで死ぬところだったのよ!?」

 

「それは……その……あんた達を驚かそうとして……」

 

「驚かす……!?じゃあさっきの魔法は……!!テメー、ふざけんのもいい加減にしろよこのバカ女!!」

 

「セバスチャンさんの件といい、悪戯の件といい、アンタ本当にサイテーの女ね!領主の娘が聞いて呆れるわ!」

 

龍馬とディレットの怒りはとどまることを知らない。もはやワガママや悪戯の度を越した悪質すぎる行動だ。

 

「ギョアァァッ!!」

 

ゲイザーの雄叫びが再び響き渡り、龍馬達の目の前に現れる。龍馬がモーゼルの引き金を引き、弾丸を発射すると再びゲイザーは次元の向こう側へ消えた。

 

「チッ!お説教は後だ!とにかく走れ!」

 

ゲイザーが再び姿を現す前に距離を取らねば。龍馬はカレディアの手を引くとディレットと共に走り出した。

間を置いて出現するゲイザー。再び龍馬とディレットはカレディアを連れて走って距離を取りながらモーゼルとM1911A1の弾丸を発射する。何とか牽制にはなっているものの、次元転移を繰り返すゲイザーにはやはり当たらない。

 

「クソ!このままじゃいつかやられる!何か手はねえのか!?」

 

「近づいて攻撃は出来ないし、魔法は封じられる……銃も効かない……完全にお手上げね……」

 

完全に目をつけられた自分達がゲイザーから逃げ切るのは難しいだろう。しかしゲイザーには一切の攻撃手段が効かない。もはや完全に"詰み"である。せめてゲイザーが次元転移を解除して出現する位置を事前に察知できれば一瞬の隙をついてダメージを与えられるかもしれないというのに。

 

その時である。この状況を打開しうる決定的な発言をカレディアが発したのは。

 

「鏡……」

 

「え?」

 

「鏡があればもしかしたら……!"鏡は真実を映し出す"と昔から言われているわ……!それなら別次元にいるゲイザーの位置を見ることが出来るかも……!」

 

鏡は真実を映し出す。確かに龍馬達の世界でも聞いたことがある話だ。異なる次元に住まうはずの幽霊が映り込む怪談話などをテレビで見た気がする。

だがここに鏡などない。家屋からは離れていてガラスを利用するのも難しい。見えた希望の光がまた失われつつあると思われたが、龍馬の頭にあるアイデアが浮かんだ。

 

「ディレット!スマホだ!スマホのカメラを起動しろ!」

 

「スマホの!?なんで!?」

 

「鏡の他に"カメラのレンズ"や"写真"も真実を映すなんて話を聞いたことがある!ダメで元々だ!スマホのカメラを通して周りを見てみるんだ!」

 

龍馬は心霊写真の怪談特集といった番組が昔よく存在していたことを思い出した。そのほとんどがただの光の屈折か加工による作り物であることがほとんどだが、もしあの心霊写真の中に本物も混じっていたとしたら……?もしかしたらゲイザーが映るかもしれない。

だがこれは賭けだ。必ずしも映るとは限らない。これでゲイザーの姿を確認出来なければ今度こそ完全にお手上げだ。龍馬とディレットはスマホを取り出すとカメラアプリを起動してゲイザーがいそうな位置にスマホをかざしてみる。すると……

 

「リョーマ……!」

 

「ビンゴだ……!ようやく見つけたぜ……!」

 

なんと実際には何も見当たらない空間のはずなのにスマホの画面内にゲイザーの姿がおぼろげに映り込んでいるのだ。遂に奴を見つけた。後は不意打ちを喰らわせてやるだけだ。

ゲイザーは龍馬達の左側にゆっくりと回り込んでいる。今自分の姿が捉えられているとも知らずに。

 

「ディレット……銃を構えろ……ヤツが現れた瞬間にぶっ放してやるんだ……!」

 

「うん……!」

 

左手にスマホを構えて右手で銃を構える。ゲイザーは狡猾だ。龍馬達が今位置を悟っていることをゲイザー自身には悟られてはならない。あくまで気付いていないフリをする。そして、ゲイザーが遂にこちらの次元に現れた。

 

「今だ、ディレット!!」

 

「喰らえぇ!!」

 

モーゼルとM1911A1から同時に放たれた弾丸がゲイザーに向かって飛来する。次元転移をしたばかりのゲイザーは完全に油断していた。その驚異的な動体視力を持ってしてもーーーーこの弾丸を見切るのは不可能だった。

 

「ギャアッ!?ギィヤアァァァァァァ!!」

 

眼球下部辺りに同時に二発の弾丸を受けたゲイザーは眼球から血を吹き出しながら悲鳴を上げてのたうち回る。

やった。ようやくゲイザーにダメージを与えられたのだ。ゲイザーが次の次元転移を行わないうちに龍馬とディレットは残弾を全て撃ち尽くす。次々に直撃する弾丸の雨を受けてゲイザーはどうすることも出来ない。

 

「どうだ、目ん玉野郎!!鉛のキャンディは美味いか!?」

 

「よくも今まで散々やってくれたわね!!お返しよ!!」

 

ただただ、激痛に苦しむことしか出来ないゲイザーにもはや成す術はなかった。今まで次元の向こう側から狩る側として生きてきたゲイザーは初めて命の危機を感じたのである。

だがこれだけの傷を負ってしまえばもはや次元の向こう側に逃げることも叶わない。ゲイザーは完全に虫の息になっていた。

地面に落下してだらしなく舌を出して痙攣するゲイザーに対し、龍馬は怒りの形相でソードオフショットガンを手にして近づく。

 

「手こずらせやがって、目ん玉野郎が……!これで終わりだ!!」

 

龍馬がソードオフショットガンを構えてゲイザーにトドメを刺そうと引き金に指をかけた時だった。突如ゲイザーが起き上がり、その巨大な口を開けて龍馬に喰らいつく。

 

「ギョアァァァァ!!」

 

「なっ!?」

 

完全に油断していた龍馬は回避が間に合わなかった。彼の上半身はゲイザーの口の中に捕らわれてしまう。

 

「りょ……リョーマぁぁ!!」

 

ゲイザーの最後の抵抗であった。龍馬に喰らいつき、道連れにするつもりなのだ。この忌々しい人間だけでも殺してやらねば死んでも死にきれぬとゲイザーは龍馬を喰い殺そうとする。

 

 

 

しかし、それも永遠に叶わぬ願いとなった。

 

 

 

鳴り響く二発の銃声。それと同時にゲイザーの背後から12ゲージショットシェルの散弾が容赦なく貫通し、その血肉を辺りに飛び散らせた。力なく地面に落下するゲイザー。そして……

 

「おーいディレット!引っ張ってくれ!俺一人じゃ出られねえ!」

 

「リョーマ……!うん、ちょっと待ってて!」

 

もう動くことのないゲイザーの口の中に上半身を喰われかけたまま、龍馬の声が響く。ディレットはカレディアにも手伝わせ、龍馬をゲイザーの口の中から引きずり出した。

 

「……うげぇ……気持ち悪りぃ……全く、ついてないぜ、チクショー……」

 

「いい男が台無しだね」

 

「……最悪の気分だ」

 

ゲイザーの唾液でベタベタになった龍馬が苦虫を噛み潰したような顔で嘆く。ディレットは龍馬のメッセンジャーバッグに入っていたフェイスシートを取り出すと龍馬の顔や頭を拭いてやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホルストン牧場の家畜を密かに喰らっていた異次元生物・ゲイザーは龍馬達の手によって倒された。牧場の外に避難したホルストン夫妻も呼び戻しに行き、依頼が完了したことを伝えた。ホルストン夫妻は何度も頭を下げて「これでまた平和な牧場が戻ってくるよ」と涙ながらに感謝した。

一方、ゲイザーの死骸はそのままにするのもまずいのでホルストン夫妻が用意した大きな麻袋に入れてパラコードで縛り、ディレットのKLX250に積んでさらに予備のパラコードで固定した。

ゲイザーは生体がよくわかっていない。ロヴィクラム冒険者ギルドに引き渡して然るべき研究機関で調べてもらうのがいいとディレットの判断だった。ゲイザーへの対抗策が判明すれば今回のような事件も無くなるだろう。

龍馬達は依頼書の写しにホルストン夫妻のサインをもらい、すぐにバイクに跨がる。そして龍馬の後ろにはカレディアの姿が。

実はカレディアは馬を繋ぐのを忘れていて、乗ってきた馬が逃げてしまったのだ。正直放置してやりたいと思った龍馬だが、セバスチャンやレスター卿が困るのは忍びない。仕方なく乗せて行くことにしたのだ。

三人はホルストン牧場を出発した。空は夕焼けに染まり、東の空がもう暗くなりつつある。早く帰ろう。

 

「それじゃあ、ホルストンさん。俺達は帰ります」

 

「ありがとう、異世界の人よ。本当に君達には感謝してもしきれない。機会があればうちの牧場に遊びに来てくれ。いつでも歓迎するよ」

 

「気を付けて帰ってね。レスター様にもよろしく」

 

「はい、それじゃ」

 

バイクのエンジン音が響き、三人はホルストン牧場を後にする。夕焼けの空が照らす牧場は今しがた異次元の生物が現れたという事実を感じさせないほど平和で、美しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと!この"ばいく"って乗り物、お尻が痛いわ!どうにかならないの!?」

 

「やかましい!!ゴチャゴチャ文句言うならその辺に捨てていくぞ!!」

 

喉元過ぎれば何とやら。ゲイザーと戦っていた時の態度はどこへ行ったのか。バイクの乗り心地に関して文句を言うカレディアだったが、龍馬に一括されて黙ってしまう。もう夜になりかけた平原で置いてけぼりにされてはたまったものではない。

ある程度進んだ所で龍馬はディレットにヘッドセットで止まるように伝えた。流石に疲労が溜まっていたため、少し休憩することにする。

ディレットが折り畳み式の焚き火台に火を起こし、龍馬はシングルバーナーとクッカーを取り出してインスタントコーヒーを淹れた。ディレットは粉末タイプのココアだ。そのココアを少し分けてもらい、龍馬はカレディアに暖かいココアの入ったカップを差し出す。

 

「ほら」

 

「え……?」

 

「飲んどけ。ロヴィクラムまではまだもう少しかかる。日が落ちると冷え込むしな」

 

異世界からやってきたというこのリョーマという少年が不思議な火起こしの道具で淹れたココアから立ち上る暖かな湯気と嗅いだことのない甘い香り。ゲイザーによる事件で身体も心と疲れきっていたカレディアは龍馬からカップを受け取るとそれをゆっくりと口にした。

 

「美味しい……」

 

ココアのまろやかな甘味と温かさが疲れた身体に染み渡る。思わずため息が漏れ、カレディアは夢中でココアを飲み続ける。

龍馬はコーヒーを口にしつつ、ディレットの置いたナノフレーム社製の焚き火台に網を置いてロヴィクラムで買っておいたブラウンボアの肉を焼いた。

こうしてキャンプで肉を焼くとなかなかに美味い。帝都で買った肉は忘却の谷で一夜を明かした時にも食べたが最高に美味かった。龍馬はナイフで肉を押さえつけながら塩コショウを振って焼いていく。ジュージューという肉の焼ける音が食欲をそそり、カレディアは思わずゴクリと息を飲んだ。

焼き上がった肉を三人で食べる。あまりの美味さにカレディアは龍馬達よりも早く食べ終わってしまった。そしてその時に気付いた。自分が家のーーーーセバスチャンの食事を恋しがっていることに。

 

「腹が減ってる時に作ったばかりの飯は美味いだろう?"誰かが温かい、美味い飯を準備してくれる"……そのありがたみが少しはわかったんじゃねぇか?」

 

「う……」

 

「わかるか。セバスチャンさんがお前のために作った飯をお前は自分が気に入らないってだけで粗末にしたんだ」

 

龍馬の言う通りだ。あれだけ粗末にしていたセバスチャンの食事が今はたまらなく恋しい。いつもの城、いつもの食堂で出されるあの食事は正直言って今食べたブラウンボアの肉をただ焼いただけのものとは違い、セバスチャンをはじめとした城で働く者達が丹精込めて用意してくれたものなのだ。

それを自分は手すら付けずに蔑ろにした。それも今まで何度も。それがいかに愚かだったか……ようやく気付いた。食事を作ってくれる人の大切さ、暖かさが。

 

「帰ったらセバスチャンさんに謝りなさい。あの人は優しいからきっと笑って許してくれるはずよ」

 

「これがセバスチャンさんじゃなくてうちの母親だったら首根っこひっつかまれて引きずり回された挙げ句に外に閉め出されてもおかしくないレベルだぜ。きちんと謝れよ」

 

「うん……」

 

カレディアはしゅんとして頷いた。

セバスチャンにはいつもワガママを言って迷惑をかけてきた。だけどセバスチャンは一度として怒ったり、不満そうな顔をすることはなかった。自分が文句を言えば軽く諌めはするものの、後は困惑したり悲しそうな顔をするだけだった。

しかし間を置いて会えばセバスチャンはいつも通りにニコニコと笑顔で接してくれた。そんな彼に自分は甘えてしまっていたのかもしれない。"両親"であるレスター卿とリリスよりも必然的に顔を合わせる機会の多いセバスチャンに。

親に対する甘え方がカレディアにはわからなかった。だって、カレディアの"本当の両親"はーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十年以上前に、既に亡くなっているのだから。

 

 

 

 

 

 

 




●vsゲイザー戦イメージBGM……
『異形の瞳』
(『ドラゴンズクラウン』より)
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