帝都の外を観光したいというDJの女性・
彼等の乗ったバイクは帝都の南の街道を南下してまずはアルカ南関所を目指した。街道を通っている最中、馬車とすれ違ったのでバイク乗りの挨拶・ヤエーをやってみると農作物を積んだ馬車の農夫はぎょっとしていて通り過ぎた後にそれを見た三人はついつい笑ってしまう。
しばらく走ったところで少し休憩を取ろうと小川のほとりでバイクを止めた。コーヒーでも飲もうと龍馬はクッカーとバーナーの準備をする。
「おー、手際いいね龍馬君。そういうアウトドア強い男の人って素敵だよねー」
バーナーでお湯を沸かしている最中に彩弓がそんなことを言うので龍馬は顔を赤くしてしまう。やはり可愛い女の子から褒められて嬉しくない男はいないのだ。
「りょ、リョーマ、私がやるよ。だからリョーマとアミさんは座ってて」
「お?おお……」
ディレットが慌てて龍馬と湯沸しの番を変わる。チラリとディレットが彩弓の方を見るとこちらを見ながらクスクスと笑っている。……やはりさっきの発言はわざとだ。妬いてる自分を見て完全に楽しんでいる。
コーヒーとココアを飲んで一息つき、龍馬が後片付けをしている最中に彩弓がディレットのそばに寄って囁いてくる。
「ディレットちゃん……ぶっちゃけさぁ……龍馬君とはどこまで行ってるの……?」
「ど、どこまでって……別にそれは……その……」
「……なるほどねぇ……ディレットちゃん、活発に見えて意外に奥手なんだねぇ……ふふ、でも早くしないとライバルがどんどん現れるよ?彼、二十歳越えたら絶対男前になると思うから」
「うう……」
ディレットの脳裏にイレーナの言葉が蘇る。龍馬は本当にお人好しだから早くしないと彼に惚れる女性は後からいくらでも出てくると。
だが今のディレットに"行動"を起こす勇気はまだ無い。恥ずかしさや迷いがまだ渦巻いていてその気にはなれないのだ。
そのうち龍馬が道具を片付け終わり、荷物をバイクに積み直した。再び三人はバイクに跨がり、街道に沿って南西へ。
ようやく先に関所が見えてきた。門には二人の衛兵が立っており、龍馬達のバイクを見かけるやいなや手に持った槍を向け、叫んだ。
「止まれ!貴様らは何者だ!」
龍馬はすぐにバイクを止めると車体から降りた。そしてメッセンジャーバッグに入れておいた皇帝の通行許可証を衛兵に見せる。
見たこともない服装や装備に大きな音を立てて走る鉄の馬を駆る龍馬達に警戒心を崩さない衛兵達だったが、龍馬の提示した通行許可証を見ると姿勢を正して先ほどの態度を改めた。
「これは確かにソフォス皇帝陛下の許可証!なるほど、今噂の異世界人でありましたか。失礼しました、旅人よ。どうぞお通りください」
「いえいえ、ありがとうございます」
龍馬は門を開ける衛兵達に例を言うと、再びバイクに跨がって走り出し、関所を抜ける。
バイクが門を抜ける時、衛兵達が手を振って「旅の幸運を、旅人達よ!」と激励の言葉を贈ってくれたので龍馬とディレットはヤエーのサインで手を振り、それに返事を返す。
しばらく走るとちょっとした森が広がってくる。鬱蒼と茂るような木々ではなく、程よく木漏れ日の差し込む森で街道も続いているのでバイクの走行は問題なさそうだ。龍馬達のバイクはそのうち森を抜け、さらに南西へと進む。
「おっ、見えてきたな。あれか?」
鐘の付いた巨大な時計塔がそびえ立ち、石造りの建物や塔が建ち並ぶ大きな都市が見えてきた。建物の一部からは魔術研究の影響だろうか、色の付いた煙がゆっくりと煙突から立ち上っており、不思議な景観を醸し出していた。
「"リョーマ!多分あれだよ!魔導研究都市リグラスは!"」
ヘッドセットからディレットの声が聞こえてくる。一旦バイクを止めて地図を確認するとやはりあそこで間違いないらしい。龍馬は再びバイクを進め、ディレットと彩弓が乗ったバイクもそれに続いた。
「すごいすごーい!本当に魔法使いっぽい人達がいっぱいいるよー!」
十分後。龍馬達は魔導研究都市リグラスの入り口へと辿り着いた。彩弓はまるでファンタジーアニメのような雰囲気が帝都よりも強いリグラスの景観に感動してはしゃいでいる。
街を行く人々は皆魔法使いか学者であるようで、白や黒に青といったローブに身を包んで手には大小様々な
バイクをゆっくりと走らせる龍馬達を見て住人達は驚いたり物珍しそうな顔をしつつもじっくりとバイクを観察したりしている。龍馬達はバイクを一旦降りると辺りを見回して観察した。
「さて、陛下の話ではリグラス魔術学院にいるフローレンスって人に会えって話だったけど……」
「学校の建物はどれだろ?」
大小様々な建物があるが似たような造りが多く、大きい建物なら全て学校っぽく見えてしまう。一番それらしいのはやはりあの時計塔のある建物だが、あれでいいのだろうか。
龍馬とディレットが辺りを見回していると彩弓が近くにいた黒いローブの壮年の男性を捕まえて道を尋ねてくれた。
「すみません!私達、リグラス魔術学院へ行きたいんですが、どう行けばいいんですか?」
「リグラス魔術学院?ああ、あの時計塔の下の建物がそうだよ。この道を真っ直ぐ行くと二股に別れているからそこを右に行って後は道なりに行くといい。学院の正門が見えてくるはずさ」
「ありがとうございます!」
やはりあの時計塔が目的地のようだ。親切にも道を教えてくれた男性に彩弓は礼を言って龍馬達の元に戻ってくる。
男性から言われた通り、龍馬達はしばらく進んだ先の二股の道でさらに右側を進んでいくと多くの少年達がローブを着て出入りをする門があった。
おそらくここがリグラス魔術学院の正門だろう。校舎前の広場である中庭には色とりどりの美しい花が咲き乱れ、噴水が日の光を浴びて心地よい水の音を響かせながら煌めいている。
流石に人が多くなってきたのでバイクを降りて押して移動する。見たこともない乗り物や装備に服装のせいで魔術学院の生徒達から好奇や驚きの視線を向けられていて何だか恥ずかしい。
適当なところで邪魔にならないようにバイクを停めて装備品や貴重品は持ったまま校舎の入り口に入ると用務員らしき女性が龍馬達に駆け寄ってきた。
「あら、いらっしゃいませ!一般の見学の方かしら?」
「はい。見学と……後はソフォス皇帝陛下からフローレンスという人に会って研究の成果を聞いてくるようにと……」
「まあ!陛下から?わざわざ遠方からご苦労様。フローレンス教授なら東棟一階の研究室にいるわ。この入り口から東の校舎に行って一番奥の部屋よ。大きな部屋と扉だから見ればすぐわかると思うわ。それではごゆっくり」
「どうも」
龍馬達は女性に礼を行って東棟一階の方へと進んでいく。
廊下では様々な色のローブを着た少年少女達が行き交い、魔術や錬金術の本を熱心に読んでいたり、試験や魔法について語りながら各々の学園生活を営んでいるようだ。
「学生かぁ……あみも高校生に戻りたいなぁ……」
魔術学院の生徒達を見た彩弓が寂しそうに呟く。龍馬としてはとっとと高校なんて卒業したくてたまらないので彩弓の気持ちはよくわからない。だが彩弓曰く「大人になると高校生活が懐かしくなるんだよ」と言われたがやはりいまいちピンとこない。そんなものなのだろうか。
と、龍馬達が東棟一階の廊下を歩いていると向かい側から白いローブを着て丸眼鏡をかけた生徒が本や羊皮紙の束を抱えて走ってくる。龍馬とディレットはそれを避けたが、一瞬気付くのが遅れた彩弓が生徒にぶつかってしまう。
「わっ!」
「きゃっ!?」
ぶつかった弾みで少年の手にあった本と羊皮紙の束がぶちまけられてしまい、少年は慌ててそれを広い始める。
数が数だけに龍馬やディレット、彩弓も一緒になって集める。そしてそれらをまとめると彩弓が少年に渡した。
「大丈夫?はい、落とした物だよ」
「あ……ありがとう……ございます……」
ニッコリと微笑む彩弓の顔を見て少年は顔を赤らめながらも頭を下げて礼を言った。
年は14、5歳と言ったところだろうか。龍馬達の世界で例えるなら中学生らしさの残る雰囲気だ。
「あ!授業に遅れちゃう!それじゃ、僕はこれで……!」
少年は再び慌てて走り出す。……また誰かとぶつかって本をぶちまけないか心配してしまう。
少年を心配しつつも龍馬達は研究室であろう場所へ辿り着いた。
「お邪魔しまーす」
扉を開けると中には無数の薬品やかまど、それにガラスや鉄でできたよくわからない装置のような物が所狭しと並んでいた。
薬品を使っているからか、何だか甘ったるいような香りが漂うその部屋の中央にある机で一人の初老の男性が書物を読みふけっていた。
「うむ?誰じゃ?」
「こんにちは。あなたがフローレンス教授ですか?」
「いかにも。ワシがフローレンスじゃ。君達は?」
「あ、申し遅れました。私はエルフのディレット、それからこちらは異世界の国ニホンからやってきたリョーマにアミさんです」
「斎藤龍馬です」
「あみでーす!よろしくお願いします!」
「ふむぅ!?なんと、あの噂の異世界の人かの!?いや、これは遠いところからようこそ。今お茶を淹れるから適当に座って待ってなさい」
フローレンス教授は椅子から立ち上がるとかまどで沸かしていた湯でお茶を淹れ始める。その間に龍馬達は各々で研究室の中を見て回った。
青や赤、緑に紫といった薬品がフラスコやビーカーらしきガラス器具の中で泡立っており、本棚には難解そうな本がぎっしりと並んでいる。
「ほれ、お茶が入ったぞ。まま、ゆっくりしていきなさい。ワシも君達に色々と話を聞いてみたいものでね」
香ばしい香りのするお茶を飲んでフローレンス教授と共に一息つく三人。軽く談笑し、自己紹介をしながらフローレンス教授は龍馬から「皇帝陛下から魔紅力保存庫の研究の進み具合はどうか尋ねるように言われた」と話すと彼は重苦しい表情でため息をつきつつ"ある悩み"について龍馬達に話す。
「実はのう……もう少しで完成しそうなんじゃが、問題を抱えておってのう……魔導力の出力調整が上手くいかんのじゃよ……」
「と言うと?」
「冷却に必要な仕組みやエネルギーは足りておるのじゃが、その調整が難しいんじゃ。中が氷山のようになるほど冷やしすぎたり逆にぬるかったりして実用化の域には至っておらん」
そもそも魔紅力保存庫は魔紅石のエネルギーを特殊な魔法の術式を刻み込んだ装置を通して冷気の魔法に変換し、庫内の保存物を冷やす……という設計のもと研究が続けられている。
しかしフローレンス教授が言うには保存庫の『適度に冷やす』というバランスは非常に調整が難しいらしい。
これまで何度も試作品を作り試してきたが、ある時は扉がガチガチに凍りついて開け閉めも困難なほどまで冷却されてしまったり、逆に涼しい温度をわずかに感じるだけでまったく冷却効果が期待出来なかったりと実験は困難を極めた。
さらに装置を色々改良し過ぎた結果、機器が爆発を起こしてあわや大惨事になりかけたこともあったそうだ。そういえば研究室の片隅に壊れた装置の残骸が見えるが、あれがそうだろうか。
「出力の調整さえ上手くいけば……実用化はあと一歩だというのに……それを可能にする"レイゾウコ"なる異世界の装置は一体どのようになっておるのか……」
やはりいつの時代も発明とは失敗と挫折の繰り返しなのだ。龍馬達の世界でもかの有名なトーマス・エジソンやニコラ・テスラといった科学者達も幾多の研究と失敗、世間からの嘲笑や罵倒、研究の資金難といった数多くの困難を乗り越えて人類史に残る偉大な発明を残し、人々が豊かになる足掛かりを作った。魔法にしろ科学にしろ新たなる発明はそれ
「残念じゃが皇帝陛下にはまだ魔紅力保存庫の開発には時間がかかりそうだと伝えてくれんかのう……」
フローレンスはふう、と再びため息をつく。そして冷めた茶を飲み干すとカップを片付けて再び研究の再開の準備をする。
「すまんが今日はもう少し研究を続けねばならんのでな。良ければまた明日にでも来てくれんかの?」
「は、はい。もちろん」
「そうかそうか。ありがたいことじゃ。おお、そういえば宿は取ってあるかな?まだならこの街の西に宿屋街がある。泊まるならそこがいいじゃろう」
「ありがとうございます、教授」
「フローレンスさん!また来ますね!」
「先生、ありがとうございました!」
「うむ、気を付けてな」
三人がそれぞれフローレンス教授に丁寧に頭を下げて礼を言う。宿屋の場所を教えてくれたフローレンス教授は微笑みながら龍馬達を見送った。
研究者なんて聞いた時は内心レスター卿よりアクの強い変人が出てくるのではと心配したが、どうやらフローレンス教授はまともな人のようだ。それに初対面の龍馬達にもとても優しい。
龍馬、ディレット、彩弓の三人はフローレンス教授にもう一度礼を言って研究室を後にし、バイクの停めてある噴水広場に向かったのであった。
「か、返してよ……僕の眼鏡……!」
「へへーん!悔しかったら取り返してみろよ、グズ野郎!」
龍馬達が噴水広場に行くと記憶に新しい、見覚えのある顔が。先ほど彩弓と廊下でぶつかったあの丸眼鏡の少年だ。黒いローブを着た三人組に眼鏡を奪われているらしい。
太った少年と痩せぎすの少年が眼鏡の少年を押さえつけ、そして真ん中にいる茶髪の整った顔立ちの少年が離れた位置で眼鏡の少年の丸眼鏡を高々と掲げている。
「魔法もロクに使えない万年最下位のエミール君に眼鏡なんて必要ないだろぉ?」
「そうそう、泣き虫毛虫のダメダメエミールなんて勉強したって同じなんだ。眼鏡が可哀想だよなぁ、ヘヘ!」
太った少年と痩せた少年がエミールと呼んだ少年は押さえつけられたままペチペチと頭や頬を叩かれていて今にも泣きそうだ。
「フン、下等な農民の子の分際で僕に意見しようとするからだ。この眼鏡はこのバウスフィールド家の跡取りにして偉大な魔法使いのこの僕……エリック・バウスフィールドがありがたく頂戴してやろうじゃないか、ハハハ!」
この光景を見た龍馬はーーーー頭に血を上らせた。かつて自分が受けていた屈辱……苦痛……龍馬が最も忌み嫌う"いじめ"が公然と行われていたのであった。
あのエリックとかいういじめのリーダー格はかつて龍馬をいじめていた佐古田、そしてあの暴虐で身勝手極まりないレオンハルトを彷彿とさせた。
龍馬は拳を握り締め、歩き始める。その三人に向かって。
しかし、龍馬よりも早く飛び出した影があった。彩弓だ。彼女は三人に立ちはだかると大きく叫ぶ。
「ちょっと!!男が三人で寄ってたかって弱いものいじめって恥ずかしくないの!?」
「あぁ?」
「なんだぁ?この変なカッコの女は」
太った少年と痩せた少年は乱暴にエミールを突き放すと彩弓を睨み付ける。が、彩弓は一歩も引かない。
年は彩弓の方が上だろうが、身長は彼等の方が上だ。ガリの
「あんたらさぁ……さっきから見てたらマジでムカつくんだけど!男のくせに自分より弱いやつにしか手ェ出せねえのかよ!恥を知れっつってんだよ、恥を!」
……普段のふんわりした雰囲気からは想像も出来ない荒々しい口調で彩弓が捲し立てる。そんな彩弓をしばらく見ていたデブ吉とガリの助だが、顔を見合わせてニヤリと薄汚い笑みを浮かべるとデブ
「ひゃっ!?」
「おねーさんさあ、あんまり調子に乗らない方がいいぜ」
「そうそう、なんてったって俺らは偉大な魔法使い……バウスフィールド家のエリックのダチなんだからさ、ヘッヘッヘ!」
突き飛ばされて尻餅をついてしまう彩弓。
もう我慢の限界だ。龍馬はディレットが止めるのも聞かずに飛び出し、そしてーーーー
「死ねやあああああっ!!!!」
「ぐぼぉっ!?」
汚い笑いを浮かべるデブ吉の顔面に渾身の一撃にして龍馬の必殺技・ニーキックを浴びせ、直後に驚いているガリの助の顔面にストレートをぶちかます。
「寝てろぉぉ!!」
「げはぁっ!?」
何が起こったかもわからず、鼻血を吹き出しながらのたうち回る二人の後頭部をさらに踏みつけて追撃を加える。そしてデブ吉の後頭部を踏みつけたまま龍馬はエリックを睨み付ける。
「おいこら、そこのアホ。さっさとその眼鏡、そいつに返せや」
「なっ……!?なんだお前は!?いきなり出てきて偉そうに……!」
「ゴチャゴチャ言ってねえでさっさと返せっつってんだよゴラアァァァァァ!!」
「ひっ!?」
今にも噛み付いてきそうな形相で怒鳴り声を上げる龍馬に一瞬怯むエリック。しかし龍馬を再び睨み付けると彼は眼鏡をローブの懐にしまう。この時プライドの高いエリックは龍馬に対し、ある仕返しを考えていた。
「ふ、ふん!誰が返すものか!そうだな……お前が僕の魔法に勝てたら返してやってもいいぞ?」
それは敢えて目の前の短気な男を得意の魔法でギタギタにのしてやることだ。そのためにエリックは様々な魔法を考えてどれで懲らしめてやろうかと画策する。
一瞬睨みを利かせる龍馬だが、デブ吉の頭から足をどけてエリックに近づくと一言静かに言い放つ。
「いいぜ。勝負してやるよ」
「……ハッ!いつまでその威勢が続くかな!おい、エミール!」
「え……え……!?」
「お前が審判だ。こいつの"負け"を言うことになるがな。お前はそのあとでまた可愛がってやるよ」
エリックはヨタヨタと歩くエミールに無理矢理審判をさせると懐から小さな杖を取り出して龍馬と対峙する。
対する龍馬はルナ・アームも装備せず、もちろん銃にも手をかけない。完全にステゴロだ。
「お前、魔法は使えるんだろうな?」
「……少しな」
「ハッハッハ!こいつは笑えるなあ!まあ、お前は頭が悪そうだし、そうだろうな!しかし本当にお笑い草だな!頭脳明晰、成績優秀であらゆる魔法を使いこなす僕に魔法で叶うわけがないと言うのに!」
「御託はいい。さっさと始めろクソ野郎」
「ふん……いいだろう。エミール!早く合図をしろ!」
「えっ?えっと……は、始めぇっ!」
とりあえずそれらしい合図をエミールが慌てて行う。
この時エリックは完全に勝ちを確信していた。彼はリグラス魔術学院でもトップクラスの攻撃魔法の使い手であった。そんな彼に敵う者などいるはずもなく、学校はエリックの天下であった。
エミールのように一度彼の的になってしまえば執拗ないじめが待っている。それを助けようとすれば自分まで巻き添えを喰らうため、誰もいじめられている人間を助けようとしないのだ。
これまで魔術師の名家であるバウスフィールド家の跡取りとして何不自由なくエリート街道を進んできたエリックに怖いものなどなかった。
ただひとつ……彼には犯してはならない過ちがあった。それはーーーー
ーーーー"博多の怒龍"・斎藤龍馬に喧嘩を売ってしまったことだ。
「燃え尽きろ!フレイムボー……!!」
「どおおおおりゃああああぁぁぁぁっっ!!」
「!?ぶへぇぇっ!?」
エリックの身体が宙を舞った。鼻から吹き出した赤い鮮血が飛び散り、折れた歯が数本抜け落ちた。
エリックには何が起きたのかわからなかった。とてつもない、感じたこともない衝撃が顔面から身体全体へと走り、気付いた時には後方へと吹っ飛ばされていたのだ。
地面に叩き付けられるエリック。そして襲い来る口内と顔中の激痛。そこで初めて自分が殴られたのだと気付いた。
「!?……なっ……!?る、ルールいひゃんだぞ……いひなり……なふるなんて……!!」
「……ルール違反?そいつぁおかしいなぁ……」
龍馬は拳を鳴らしながらゆっくりとエリックに迫り、怒りの形相のまま恐ろしい笑みを見せながら彼に言い放つ。
「俺ぁ、一度も"魔法で勝負する"なんて言った覚えはないがな」
「……!む、むひゃくひゃだ……!こんなの……!」
「で?眼鏡を返すのか、返さねえのか…………さっさと答えろ、クソ野郎ぉぉぉ!!!!」
その怒声、まるで龍の雄叫びが如く。龍馬の怒りの叫び声に周囲で見守っていた生徒達はたまらず耳を塞ぐ。
弱者を踏みつける不届き者を"博多の怒龍"は決して許さない。たとえ魔法使いだろうが何だろうが彼に喧嘩を売った者は容赦も例外もなくその顔面に怒りに満ちた拳の一撃を受けることになる。
あまりの龍馬の気迫にエリックは眼鏡を取り出して地面に置くと、痛む顔を押さえつつ、慌てて走り去っていった。
「ううっ、ちくしょう……!覚えてろよ!」
「あっ、ま、待ってよエリック……!」
「お、置いてかないで……!」
ガリの助とデブ吉も起き上がり、ヨタヨタと走りながらエリックの後を慌てて追い掛けていく。龍馬はエリックの置いた眼鏡を拾うとそれを彼に渡した。
「ほら、お前のだろ。もう取られるなよ」
「あ、ありがとう……」
傷だらけで砂ぼこりのついた顔のままエミールは龍馬から受け取った眼鏡をかける。少し傷付いてしまったが、日常生活には何ら問題無さそうなレベルだ。そんな彼等の元にディレットと彩弓も駆け寄る。
「リョーマー!」
「龍馬君!大丈夫!?ごめんね、私のせいで……」
「ああ。大丈夫だよ。まるで無傷だ。彩弓さんこそ無事でよかった」
龍馬は腕を広げて何も異常がないことをアピールする。数々の不良達を打ち倒し、モンスターや騎士まで相手にしてきた龍馬にとってあんなひ弱な連中を叩きのめすなど、赤子の手を捻るより容易いことだ。あんな連中に遅れを取る自分ではない。
「エミール君……だっけ?大丈夫?ちょっとじっとしててね」
彩弓は背中のリュックからフェイスシートを取り出して彼の眼鏡を外すと汚れたエミールの顔を拭いてやる。さらに眼鏡用クリーナーも持っていた彼女はそれでエミールの眼鏡も綺麗に拭いてやった。
「はい!これで少しは綺麗になったかな?」
「あ、あの……ありがとうございます……お姉さん……」
「やだ、よく見ると可愛いじゃん!いいんだよ、お礼なんて!」
"可愛い"と年上の女性に言われて思わず赤面してしまうエミール。龍馬は地味にうらやましいと思っていたが、そんな龍馬にも彩弓はフェイスシートを一枚くれた。
「はい、龍馬君も。助けてくれてありがとね!龍馬君、喧嘩強いんだねー!」
「はは、まあ…………はっ!?」
フェイスシートで顔を拭きながらデレデレとしていたらまた後ろから殺意の波動を感じてきた。そのうち一瞬で片足立ちのままスライド移動してきた後ろの鬼に一瞬で獄殺されそうだ。
「んもう、ディレットちゃん。妬かなくても大丈夫だって!ディレットちゃんのダーリンを奪ったりしないから!」
「っ!?だ、誰がダーリンですか!こ、こんなすぐ女の子にデレデレしちゃってだらしがない人……!」
「酷い言われようで自分、涙いいすか?」
「あ、あの……!」
痴話喧嘩のような会話を続けているとエミールが龍馬達に話し掛けてくる。何か伝えたいことがあるようだ。
「その……皆さんにお礼をしたいので……よければ僕の家に皆さんで来てくれませんか?」
●フィールド移動時BGM……
『Icy Edge』
(『テイルズオブリバース』より)
●リグラス魔術学院イメージBGM……
『修道院』
(『ワイルドアームズ』より)
●龍馬vsエリック イメージBGM……
『あれれ?(ゼットのテーマ)』
(『ワイルドアームズ』より)