「うわー!すごいすごい!」
「振り落とされんなよ、エミール!」
今、リグラス魔術学院の生徒の一人であるエミール・コーネリアスは龍馬のバイクの後ろに乗っている。生まれて初めて目にするバイクに乗せてもらい、そのスピードに思わず興奮してしまうエミール。
龍馬達はいじめっ子のリーダー格であるバウスフィールド家の長男・エリックから助けたお礼にと彼の両親が営む宿屋へと案内されている。その道中の人々から驚きの視線を浴びながら龍馬達のバイクは駆け抜けていく。
西にある宿屋街は酒場や商店も建ち並び、この魔導研究都市唯一の商店街として人の出入りも多い。
エミールの実家である"眠れる仔羊亭"はその宿屋街の一角にあった。多くの生徒は魔術学院の寮で生活をしているが、エミールのように昔からこの街に住む者はこうして実家から通う者もいる。
「ただいまー!」
「エミール、お帰りなさい……あら?後ろの方達は?」
「母さん、紹介するよ。この人達は……」
「まあ、そうだったのですか。それはうちの息子が本当にお世話になりまして……」
「いえいえ、こちらこそ。こんな立派な宿に止めてもらえるなんて。ありがたい限りです」
いきさつをエミールから聞いた彼の母・エマは龍馬達に息子を助けてくれたことへの礼を言いつつ、彼等にお茶を出した。
ここ、"眠れる仔羊亭"は食事つきの宿屋でありエマの作る料理が美味いと評判の宿でもある。まだ宿を取っていなかった龍馬達はせっかくなのでここに泊まることにした。息子の恩とばかりにエマは宿の食事をサービスしてくれたのでありがたい限りだ。もちろん宿代はきちんと払ったが。
小さな宿ではあるが清潔な部屋にベッド、浴室も二部屋完備されていていい宿だ。龍馬達は荷物や武器を部屋に置くとエミールに呼ばれて彼の部屋へとお邪魔してみることに。
「ここが僕の部屋です。ちょっと散らかってるけど」
「おお……なんか色々本があるなぁ」
彼の部屋には数多くの書物が所狭しと並べられており、よくわからない何かの模型や地図なども飾られている。
「"魔術の基礎"、"黒魔術の応用"、"魔導力学"、"錬金術の歴史"、"エルフ族と精霊魔法の神秘"……魔法に関する本が色々あるねー」
近くにあった本棚を眺めていた彩弓が本のタイトルを読み上げていく。別に何ということはない光景だが、ディレットは何故か驚いている。
「え!?アミさん、シルワ語読めるんですか!?」
「え?言ってなかったっけ?あみはシルワ語全然読めるよ」
普通にこちらの言語を喋っていても通じるのでそういえば忘れていたが、文字まではお互いの世界のものを読めない。にも関わらず、彩弓は普通にシルワ語をスラスラと読んでいるのだ。
どうやら彩弓はいつか帝国に行こうと決心していたらしく、一年前からシルワ語の文字を勉強していたらしい。
そんな彩弓は机の上に開きっぱなしの本と研究か勉学のものであろう文章を書きかけた本を見つけた。
「エミール君、これは?」
「それは"魔紅力保存庫"と言って魔紅石の力で食べ物や飲み物を冷やして保存する装置の研究結果を書き留めているんです。魔紅力保存庫は魔導研究の専門家であるフローレンス教授と僕が共同で開発しているんです」
「魔紅力保存庫?それならついさっき俺達フローレンス教授本人に話聞いてきたぜ。実はソフォス皇帝陛下から研究の成果はどれくらいか聞いてきてくれって言われててさ」
「あれ?皆さんご存知だったんですね!しかも皇帝陛下から直接承っているなんて……一体皆さんは?」
龍馬は説明する。自分はエルフのディレットの居候先である日本の住人で、彩弓は近々行われる"異世界フェス"のキャストして招かれたDJであることを。DJがどのようなものかは彩弓が簡単に説明した。
「なるほど……だから皆さんは不思議な乗り物や道具をたくさんもっているんですね」
「俺達の世界じゃこれが当たり前で、逆に魔法が無いからこっちの世界がめっちゃ新鮮だけどな」
「確か異世界の国ニホンでは魔紅力保存庫の元になった"レイゾウコ"は電気の力で動いているんですよね?ニホンは魔法が存在しない代わりにものすごい技術で物を作っているんだなぁ……」
エミールはまだ見ぬニホンの光景を想像しながら最先端の技術で作られた龍馬達の道具の数々を興味津々な顔で眺めている。そんな中、彩弓からひとつの提案が。
「ねえ龍馬君、ディレットちゃん。あみ達でエミール君とフローレンス先生の魔紅力保存庫研究のお手伝い、出来ないかな?」
「俺達で……?」
「研究のお手伝い……ですか?」
彩弓の意見では、開発における要素で彼等に不足しているものが二つあるという。それは"異世界ニホンを知る人間"と"ニホンの道具に関する知識"だと。
彼等は実際の"冷蔵庫"を見たことがない。あくまでソフォスからの通達や感想を手がかりに研究と開発を進めており、それは実質手探りで暗闇を進んでいるようなものだと言う。そこへ異世界の人間の知識が少しでもあれば直接の開発の手がかりにはならずとも、何らかのヒントという形になるのではと彩弓は言った。
「まあ……時間もあるし……観光だけして帰るってのもアレだしなぁ……」
「リョーマ、やってみようよ!私達で役に立てるならさ!」
「そうそう、ディレットちゃんの言う通り!それに何だか楽しそうだしね!」
どちらかと言えばそれが本音だろ、と彩弓に対して密かに苦笑しつつも龍馬は首を縦に振る。どうせ他にやることもないのだ。体験学習のような気持ちで取り組んでみるのも悪くない。
「エミール、明日魔術学院の研究室で会おう。俺達も協力するよ」
「皆さん……!本当にいいんですか!?」
「ああ、どうせ暇だしな」
「あ、ありがとうございます……!よろしくお願いします!」
エミールは頭を下げて龍馬達に何度も礼を言う。かくして龍馬達の魔紅力保存庫開発におけるエミール達への協力が決まった。彼等に取っては貴重な異世界を知る人間だ。難航していた研究の最中、これほど頼れる人間も他にいない。
龍馬達の協力をエミールは喜んだ。そしてその夜ーーーー
「いぇーい!回すぜ、回すぜぇー!」
「アミさん、すごい!すごいですー!」
宿屋の食堂では彩弓が持参したタブレットとコントローラーにて即興のDJが行われていた。
聞いたこともない大きな音で音楽を鳴らす機械とそれを操る異世界の人間にエミールと彼の両親、食堂に集まった他の客達は最初こそ驚いていたものの、徐々に歓声が上がり始め、まるで酒場のような大にぎわいとなっていた。
「はいよ!今日仕留めたばかりのレッドボアだ!たらふく食ってくれ!」
「うおー!すげー!」
「美味しそう!いただきまーす!」
龍馬とディレットの座るテーブルにブラウンボアよりも上質なレッドボアの焼いた肉が筋肉質な男性の手によって運ばれてきた。
彼はエミールの父親のバート。この宿を妻であるエマと経営する傍ら、腕利きの猟師でもあり、今日はこの宿の客にとって"当たり"の日だった。
眠れる仔羊亭では稀にバートが近くの森に狩りに行くことがある。もし良質な獲物をバートが仕留められればそれは宿の食事として振る舞われるのがこの宿の魅力のひとつだった。
彩弓の流すセトリの曲が流れる中、バートによって出されたレッドボアの肉に龍馬達も他の客も舌鼓を打ち、眠れる仔羊亭は宿が始まって以来の盛り上がりを見せていた。
「息子を助けてくれた礼だ!ジャンジャン食ってくれよ!まだまだ沢山あるからな!」
大人しいエミールやエマに比べてバートは逞しい身体つきに豪快な性格だ。元々は猟師だけで生活をしていた彼の顔や二の腕は傷痕だらけで過去に幾多の獲物と命懸けの戦いを行ってきたことを連想させる。
「しっかし、異世界の道具は不思議なもんだなあ。景色を映したり音楽を奏でたりする不思議な板にからくりで走る鉄の馬……こんなもんが向こうの世界にはそこかしこにあるなんて想像も出来ないぜ」
バートは腕を組みつつ彩弓のDJを眺めながら感心したように呟いた。スマートフォンやタブレットといった異世界の文明の利器はまるで魔法かそれ以上だ。彩弓がタブレットに繋いだ携帯スピーカーから鳴り響く音楽に反応してバートも思わず身体が動いてしまう。
「はーい、みんな遠慮せずに踊って踊ってー!美味しいご飯に美味しいお酒を楽しんだら、DJの音楽で踊らないと損だよー!」
DJコントローラーを操作しながら次々に曲を流す彩弓の傍らには空になった酒のカップが。ある程度のところで彩弓は自動で曲を流したまま一旦テーブルを離れるとカップにおかわりの果実酒をもらいに行く。
「よっこいしょっと」
酔いでほんのりと顔を赤くした彩弓は龍馬達のテーブルについているエミールの隣に座った。
酔っぱらっているせいか密着するように座る彩弓にエミールはたじたじだった。
「うええ!?ちょ、ちょっと……アミさん……!?」
「あー、酔っちゃった酔っちゃった。エールもワインも美味しいからついつい飲んじゃうねー」
聞いてみればエミールはまだ14歳だそうで、もちろん女性に対する免疫など出来ていない。そこへ大人の女性が急に接近したとあっては心臓の鼓動は高鳴り、発生した熱が血に乗って身体中を駆け巡る。
「う……うう……」
「あれー?エミール君もしかして照れてんのー?やっぱり可愛いなぁ、ほれほれ」
ツンツン、と彩弓がエミールの頬をつつく。彼女の白く柔らかで美しいその手はエミールの心臓をさらに高鳴らせる。彼女の指先が触れるたびに心臓が破裂しそうなほどに激しく動き、美しく咲き乱れる花のような甘い香りが彼女から漂ってきてエミールはもはや息をすることすら困難になっていた。
「ほーらほら、可愛くて綺麗なお姉さんだぞー。あははー」
「彩弓さんちょっと飲みすぎなんじゃ……ってか、エミールがそろそろ爆発しそうなんですがそれは……」
……龍馬が見ると最早エミールの顔は炎のように真っ赤になり、身体は恥ずかしさと緊張のあまりプルプルと震えながらこわばっている。流石にからかい過ぎではと龍馬も思い始めたが、彩弓はついにとんでもない行動に出始めた。
「エミール君絶対イケメンになるよー。十年後が楽しみだねぇ……ふひひ」
「!?!?」
なんと酔っ払った彩弓はエミールの肩と首に手を伸ばして彼を抱き締めたのだ。
彼女の腕や手の感触、そして自分の顔が彼女の胸に当たっているこの状況でもはやエミールの精神は限界だ。噴火寸前の
「…………!!」
「エミール、大丈夫か?……おい、エミール!?おい、しっかりしろ!」
「キュウ……」
身体は火照ったままエミールは遂に恥ずかしさのあまり失神してしまう。女性に免疫が無さすぎる彼に彩弓の行動はあまりに刺激が強すぎたようだ。
「あらあら……エミールったら……」
「仕方ねえ奴だなあ、よっと……」
両親に抱え起こされ、そこからバートが彼を担いで彼の部屋へと運んでいく。糸の切れた人形のように動かなくなったエミールを運ぶバートの背中を見届けた後、エマがエミールの食器を片付けている。彩弓はというと、いつの間にかワインを飲み干してエールを飲み始めている。クラブか何かと勘違いしてないかと龍馬は半ば呆れていた。
「ディレットちゃ~~ん……あみ、よっぱらっちゃったぁ~~……」
「ちょっと、アミさん……!私にまで抱き付かないでください……うわっ、酒くさっ!」
もはや酔っ払いではなく、"泥酔"のレベルだ。彩弓は勢いに任せてディレットに抱き付くが、その息は彩弓の香水や化粧品の香りでもカバー出来ないほど酒臭くなっており、ディレットが無理矢理彼女を引き離す。
そのうち彩弓はテーブルに突っ伏して寝てしまい、仕方なくディレットが彩弓を部屋まで連れていく羽目になった。
なお、機材の片付けは龍馬が渋々行った。
どのくらい時間が経ったのだろうか。彩弓は自室で目を覚ました。飲みすぎたせいかまだ頭がクラクラする。頭痛が無いのがせめてもの救いか。
私服のままだったため、一旦寝間着に着替えてスマホの時計に目をやる。
「(夜中の三時か……)」
日本の時間がこちらの世界でも正確かは知らないが、おおよそ同じくらいの時間だろう。
ベッドの脇のナイトスタンドに目をやると綺麗な字で「喉が渇いたら飲んでください ディレット」と彼女からの書き置きと共に水筒が置いてある。アルコールで身体中の水分が失われた今は非常にありがたい。
水を飲んで一息つくと彩弓は窓の外に目をやる。美しい満月が静まり返った深夜のリグラスを淡く照らし、遠くに見える時計塔はまるで灯台のようにぼんやりと光を発しながらそびえ立っている。
「(ちょっと外の空気でも吸ってこようかな……)」
酔いが完全に覚めていない時は窓を開けるよりも直接外に出て全身に夜風を受けて新鮮な空気を取り入れる方が気持ちいい。
冬が近づくこの季節、少し肌寒いくらいの気温は酔いで火照った身体を冷ますにはうってつけだった。
彩弓は部屋を出て一階に降りようとする。すると三階からゴソゴソと物音が聞こえてきた。
「(誰か起きてるのかな……?)」
三階はコーネリアス家の居住階になっており、エミールの部屋もそこにある。今物音が聞こえたのはエミールの部屋からだ。
彩弓は何故だかエミールの事が気になった。理由はわからない。ただ何となくと言ってしまえばそれまでだ。しかしこんな夜中に彼の部屋に押し掛けるのも失礼だと思い、なるべく物音を立てないように彩弓はそっと階段を降り、宿の外に出る。
ひんやりとした風が、心地よい。
異世界で過ごす初めての夜。空を見上げれば満天の星空が広がっている。
この世界はやはり地球とは星座の配置も違うようだ。多少星座の知識がある彩弓にはそれがすぐにわかった。
ただひとつ、地球と同じなのはーーーー星空の美しさだ。
「(異世界……来てよかったな)」
異世界と日本が繋がったあの日からいつかこの世界に行くことを夢見ていた彩弓。そのためにシルワ語を勉強し続けていたある日、福岡でDJ活動を行っていた島袋から声がかかった。
「異世界の祭りで、DJをやらないか」と。
これは彩弓にとっては夢のような話だった。憧れのファンタジー世界で行われる祭りでまさかDJが出来るとは。聞けば以前に一度"フェス"をやって大成功したらしく、今回は更なる規模の拡大を目指してより多くのDJやパフォーマーを探しているとのこと。
もちろん彩弓は二つ返事でオファーを受けた。急遽仕事の休暇をゴリ押しとも言える強引さで勝ち取り、すぐに島袋と会って打ち合わせをした。
そして彩弓にはもうひとつ、異世界でやってみたいことがあった。それは"帝都の外を観光したい"という願望。
だがそれには問題があった。モンスターや野盗と鉢合わせする可能性のある帝都の外まで護衛を引き受けてくれる人間がいなかったことだ。
今、帝都は秋のフェスに向けて大忙しであり、
騎士や兵士達まで雑用に駆り出されていてとてもそんなことを頼める状況ではなかった。
そんな中島袋が連絡を取ってくれたのがあの二人……斎藤龍馬という高校生と龍馬の家にホームステイをしているというエルフのディレットだった。
どうやらこの二人は島袋が"異世界を知り、腕も立つ"という信頼出来る人物とのことだった。初めて会ってみるとオフロードバイクを乗りこなしている上に本物の銃まで所持しており、素人目でもただ者ではないことがわかった。
そんな彼等とやってきたこの魔導研究都市リグラス。魔法使いの多いこの街で過ごす初めての夜は彩弓にとって忘れられぬ思い出となることは言うまでもないだろう。
「う……さむ……」
最初こそ心地よかったものの、流石に身体が冷えてきた。風邪でも引いたら大変だ。そろそろ部屋に戻ろう。
彩弓は再び宿のドアを開けて階段を上る。自分の部屋に戻ろうと廊下を曲がった瞬間、エミールの部屋から何かが崩れるような音が聞こえてきた。ただならぬその音に彩弓は振り返ると慌てて三階へと上り、エミールの部屋へと急いだ。
「いたた……」
「エミール君!?大丈夫!?」
ドアを開けるとエミールが本の山に埋もれて頭を押さえていた。周りに散らばった本を見るに、どうやら本棚の中身が落下してきたようだ。
彩弓は急いで本をどけるとエミールを引き起こしてやり、彼と一緒に崩れた本の山を一つ一つ丁寧に本棚に戻す作業を手伝った。
「アミさん……ありがとうございます」
「ううん、気にしないで。それよりどうしたの?こんな時間まで勉強?」
「はい……僕はいつも成績が悪くて……特に魔法の実技はてんで苦手なので……今は物体を触れずにある程度動かす"フロイア"の呪文を本で練習してたんですが……この有り様です」
そういえばエミールはあのいじめっ子三人にいじめられていた時、万年最下位だとか泣き虫だとか色々と不名誉な事を言われていたのを思い出す。見た感じ成績の悪そうな人間には見えないのだが。
「はぁ……やっぱり僕はダメなのかなぁ……僕に魔法は向いてないのかなぁ……」
「うーん、私は魔法のない世界の出身だから魔法のことは全然わかんないけど、ダメかどうか決めるのはまだ早いんじゃない?」
「……え?」
「どんな分野にしてもそうだよ。そりゃ人それぞれ向き不向きはあるかもしれないけど……もう少し頑張ってからでも諦めるのは遅くないと思うな」
努力というものはすぐに結果を出せるとは限らないし、結果が必ず出るとも限らない。多くの努力が徒労に終わってしまうことだってある。
だからといって最初から諦めていては何も始まらない。"千里の道も一歩から"。まずは歩みを進めてみることこそが望む結果への第一歩なのだから。
「あんな奴等、気にすることないよ!今はダメでももしかしたら将来は偉大な魔法使いとか英雄になれるかもしれないよ!」
「英雄……僕が……?」
エミールは彩弓のその言葉を聞いて思い出す。自分が大好きな"英雄"のおとぎ話を。小さな頃はその英雄のように強い男になるんだ、と両親によく言っていたものだ。今のままでは英雄どころか父のようにもなれないだろうが、とエミールは少し苦笑する。
「?どうしたの?」
「いえ……ちょっとしたおとぎ話を思い出しまして……」
「おとぎ話……?」
「はい。この世界の太古から伝わる
太古の時代。魔物や心を持たぬ兵士を従える魔界の軍勢とそれに味方する
世界の命運を憂いた神達は人間に味方し、終わりの見えぬ戦いが始まった。
長きに渡る戦いの中で"神の子"と呼ばれる一人の戦士が現れた。美しい白銀の鎧に身を包んだその戦士は神から受け継いだ武器を振るい、
最後のドラゴンが討ち果たされたその時、戦いは人類と神の勝利で遂に終わりを迎えた。
そして幾多のドラゴンを打ち倒した彼を人々はこう呼んだ。
"龍を滅するもの"……ドラゴンスレイヤーと。
「……これがこの世界に伝わる魔導大戦の言い伝えと……その戦いに終止符を打った"神の子"の伝説です」
「凄い、凄い!そういう伝説とかあみ、大好物だよ!いやぁ、いいねぇー。さすがファンタジー世界。来てよかったよー。ね、ところで英雄って名前はわからないの?」
「残念ながらこの英雄の名前に関する言い伝えは全く存在しないんです。多くの本では彼の名前は創作された名前しか載っていません。そもそも存在したかどうかすらわかりませんしね」
「うーん……一部分にだけ謎を残す……このもどかしい感じがまたいいねー」
異世界の太古の戦争を勝利に導いた人類の英雄。最近では全て創作という見方もあるようだが、もしいたとするならばそれはそれでワクワクする話だと彩弓は言う。
彩弓はそのままエミールとしばらく話し込んだ。魔法のことや学校のこと。この街のことや現在の研究のこと。時間を忘れて話し込んでしまった。
その内東の空がわずかに明るくなってきたころ、部屋に二人の話し声は聞こえなくなっていた。二人はいつの間にか眠ってしまっていたのだ。
エミールは机に突っ伏したまま、彩弓はエミールのベッドに腰掛けたままくずおれるようにして寝息を立てていたのである。
眠れる仔羊達は、まどろみの底で一体何の夢を見るのか。それは二人にしかわからない。
しかしその時の二人の寝顔はとても安らかであった。