アナザー・ディメンジョン -異界交流記-   作:誠龍

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第102話 飽くなき探求心

その日の朝。彩弓はエミールの部屋で目を覚ました。

腰掛けたまま寝たはずなのにきちんと布団がかけられている。ゆっくりと起き上がり、布団をどけてベッドから降りるとエミールの姿が見当たらない。どうやら彼は既に学校へ行っているようで、机の上には書き置きがあった。

 

 

 

「"アミさんへ。よく眠っていたので起こさないでおきました。今日のお昼にフローレンス教授の研究室でお会いしましょう"」

 

 

 

 

「やば……」

 

スマホを見ると既に午前十時を過ぎている。慌てて自室に戻って着替えて外へ出ると丁度ディレットと出くわした。

 

「あ、アミさん。丁度起こしに行こうかと思ってたんです。エミール君から『よく眠ってるからギリギリまで起こさないでいてあげてほしい』って言われてたけど流石にそろそろ起こした方がいいかと思って……」

 

どうやらエミールにかなり気を使わせてしまったようだ。成り行きとはいえ、彼の寝床を占領してしまった上に彼の厚意に甘んじる結果となり、彩弓は自分が年上だというのに情けないなと思ってしまう。

ディレットと共に食堂に降りるとエマが彩弓のために朝食を準備してくれた。わざわざ彼女が起きるのを待っていてくれたというのだから、頭が上がらない。

エマによれば「朝も晩も、温かい食事こそが人の心を満たしてくれる」との美学を持っており、作り置きで冷めた料理を出すなど絶対に彼女のプライドとポリシーが許さないのだ。

そんなエマの作った朝食をありがたくいただきながら彩弓は辺りを見回す。

 

「そういえば龍馬君は?」

 

「リョーマならもう朝ごはん食べて部屋で準備してますよ」

 

既に龍馬は朝食を終えて出発の準備をしていた。衣類や生活用品などを除いた荷物を準備しており、ディレットもいつでも出発できるそうだ。

彩弓が朝食を食べ終わると同時に龍馬が食堂に入ってくる。比較的軽装であり、腰のナイフとホルスターに入ったモーゼル以外は装備していない。

 

「彩弓さん、おはようございます」

 

「おはよ、龍馬君。昨日は迷惑かけちゃったね」

 

「いいえ、酔っ払いの相手ならうちの母親で慣れてますのでお気になさらず」

 

「あ、あはは……ごめんね……」

 

目が笑っていない龍馬の笑顔を見て彩弓は苦笑いを浮かべる。

同時に龍馬の脳裏に母である涼子の顔が浮かぶ。今更だがあの人が夜に酒を飲まなかったところを見たところがないような気がする。煙草と酒といえば母の必需品(マストアイテム)だからだ。

そういえば家族はどうしているだろうか。両親もそうだが、ルビィやルミナ、アヤも気になる。時間のある時に電話をかけてみるのもいいかもしれない。

遅い朝食を済ませた彩弓が急ぎ準備を終えると龍馬とディレットは宿の前にバイクを準備しており、彩弓もディレットの後ろに跨がってリグラス魔術学院へと向かったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リグラス魔術学院へ到着した三人はフローレンス教授の研究室を訪ねる。再び訪問してきた三人をフローレンス教授は快く出迎え、三人から研究の助力の旨を聞くと手を叩いて喜んだ。

 

「素晴らしい!実際に"レイゾウコ"を知る者達の助けを借りられるとは!これは研究が成功する予感がしてきたぞ!」

 

フローレンス教授は早速新たな保存庫の設計図を広げた。

今回の保存庫はキャビネットのような両開きの構造になったもので下部は引き出し状になっている。実際の冷蔵庫の形に近いものになっているようだ。

 

「もうすぐ助手のエミールが来ると思うから彼が来たら事をおっ始めるとするかの」

 

「そうですね……ん?」

 

噂をすればなんとやら、龍馬は研究室に近づく足音に気付いて入り口に目をやった。扉が開き、見知った顔が息を切らしながら入ってくる。眼鏡までずれていてかなり慌ててやってきたようだ。

 

「お、遅れてすみません!」

 

「エミールか。ようやっと来たな。それでは研究を再開するとしようか」

 

エミールも新しい設計図に目を通す。どうやら彼は新型の試作品についてはある程度知っていたようで「ようやく形になりそうですね」と嬉しそうな表情を見せる。しかしエミールとは裏腹にフローレンス教授は苦い表情を見せた。

 

「しかしここからが問題じゃ。主な問題として出力の調整がある。まずはこれを解決せねばならん」

 

先日も言った通り、出力調整が現時点での最大の課題だ。これをクリアしないことには保存庫の完成は夢のまた夢である。

今はどちらかというと出力が弱めにしてあるが、これではパワーが足りない。かと言って強くし過ぎれば……先日フローレンス教授が話した通りだ。

しかしよくよく考えてみれば龍馬達も詳しい冷蔵庫・冷凍庫の仕組みなど知る由もない。いきなり研究が(つまず)くかと思われたが、そこで彩弓が一言。

 

 

 

 

「ググればいいんじゃない?」

 

 

 

 

なるほど。今の時代はインターネットでどんな情報でも手に入る時代だ。冷蔵庫の情報など検索すればいくらでも手に入るに違いない。

"ググる"の意味がわからないエミールとフローレンス教授は頭に"?"の文字を浮かべて首を傾げていたが、龍馬とディレットはすぐにスマホを取り出して検索してみる。

すると冷蔵庫の仕組みが詳しく解説されたサイトがいくらでも出てくる出てくる。その中でも詳しそうなサイトを選んで解説を読んでみる。

冷蔵庫には複数のタイプがあるようだが一般家庭に普及している冷蔵庫には"圧縮"、"凝縮"、"膨張"、"蒸発"の四つのサイクルを循環するものが一般的となっているようだ。それを聞いたフローレンス教授はなるほど、と頷く。

 

「ただ冷気を放出するだけではダメだったのか。いや、これがわかっただけでも大きな進歩だ。早速試作品の製作に取り掛かろう。エミール、手伝ってくれ」

 

そう言うとフローレンス教授はエミールと共に龍馬達にとってよくわからない部品や装置を持ち出して設計図の修正を始めた。

待つこと三十分。フローレンス教授が何かに気付いたらしく、龍馬達に話し掛けてくる。

 

「すまない、リョーマ君。ちょっと頼まれてくれるか?」

 

「はい?」

 

「実は問題が発生した。今ここにある部品だけでは耐久性に難があって長時間の装置の稼働が難しいのじゃ。少しおつかいを頼まれてくれるか?」

 

教授が説明するには現在は鉄で作られている試作品であるが、これを新しく改良するには複数の装置に加えて強度の高い金属が必要だそうだ。そのために街の鍛冶屋でより強い強度の金属から作られた部品の発注をしてほしいとのことだ。

彼の言うとおり単なる"おつかい"だし、バイクで行けばすぐだ。龍馬はすぐに了承した。

 

「わかりました。行ってきます」

 

「そうかそうか!ありがたい!ほれ、これが注文書じゃ。これを鍛冶屋の主人に渡せば出来上がった部品を届けてくれるじゃろう」

 

龍馬は教授から注文書を受け取るとメッセンジャーバッグにそれをしまう。研究室を出ていこうとする龍馬にディレットと彩弓も続いたが、二人は教授に呼び止められた。

 

「ああ、待ちたまえ。君達二人には別の用事を頼みたい。確かアミさんの方はシルワ語が読めるんじゃったな?二人は図書館に行って魔導研究に関する資料となる本をかき集めてきてくれ。改良型の試作品製作には少しでも情報が欲しい。色々調べておきたいこともあるでな」

 

このフローレンス教授の言葉に二人は了承し、龍馬は鍛冶屋への発注、ディレットと彩弓は図書館で資料探しと二つの作業を手分けして行うこととなった。

学校の入り口でバイクに乗って走り去る龍馬を見届けるとディレットと彩弓の二人は敷地内にある図書館の方へと足を運んだ。

リグラス魔術学院大図書館はこの街で最大の書庫であり、魔術関係のみならず医学・天文学・地理学・民俗学・神話やおとぎ話の絵本に至るまでありとあらゆる書物を網羅しており、そういった本を求めて老若男女問わず様々な人々がこの大図書館にやってくる。まさに知識の宝庫と呼ぶにふさわしい場所だ。

 

「おっきい図書館だねー……すごい……」

 

「リグラスの大図書館……噂には聞いていたけどすごい数の本がいっぱい……」

 

二人が驚くのも無理はない。彩弓とディレットが中に入るとまるで学校の体育館をさらに巨大化したような空間が広がっており、さらにその巨大な室内を埋め尽くさんばかりに立ち並んだ本棚は天井まで届きそうなほどの高さを誇り、そしてそこには大小様々な本がびっしりと並べられている。

天井の至るところにはこの図書館の設立時に描かれたという古代魔導大戦やそれに関連した神々の天井画が(えが)かれていて、神聖な雰囲気すら漂わせており、二人は思わず息を飲んでしまう。

しばらくその壮大さに見とれていた二人だが、ハッと我に返るとフローレンス教授から頼まれた魔導学関連の本を探すために書庫の管理をしている事務員の女性に話し掛けてみる。

 

「魔導学に関する本ですね?少々お待ち下さい…………はい、こちらをどうぞ」

 

女性は羊皮紙に羽ペンで何かを書いて彩弓に渡す。その紙にはシルワ語で「魔導学に関する書物の棚へと案内せよ」と書かれており、彩弓はこんなものをもらってどうすればいいのかと首を傾げた。しかし、次の瞬間彼女は驚くべき光景を目の当たりにする。

 

「うわっ!?」

 

なんと突然紙がひとりでに浮き上がったかと思うとその紙は空中で回転しながら形を変えていき、最終的には蝶の形になって羽ばたき始めたのだ。

蝶の形になった紙は彩弓とディレットの周りをクルクルと回ったのちにゆっくりと離れ、まるで二人を待つかのように浮遊を続けている。

 

「あの"蝶"が目的の本がある棚へと案内してくれます。届かない場所にある本は蝶に向かって書名を述べれば持ってきてくれますよ。では、ごゆっくり」

 

どうやらこの魔法のかけられた紙の蝶が案内役のようだ。これほどの量がある図書館で目的の本をスムーズに探せるのはこういった高度な魔法が存在するからなのだろう。二人は蝶に案内されるがままに本棚の間を歩いていく。

とある本棚の前で蝶が止まった。するとその本棚には魔導学に関する本が所狭しと並んでいて二人は中身を眺めつつ、いくつか参考になりそうな本を取っていく。手が届かない場所にある本に関しては事務員の女性が言った通り、本のタイトルを述べると蝶がその本のそばまで飛んでいき、なんと本を宙に浮かせて持ってきてくれたのだ。

 

「すっご!動画撮っとこ!」

 

彩弓はスマホを取り出してついつい撮影してしまう。こんな光景を目にしたからには撮影しなければ異世界まで来た意味がない。

本来なら図書館での撮影など厳禁であろうが、ここは異世界だ。地球とは違う。多少の撮影は大丈夫だろう。

二人で無理なく持てるほどの本を集めるとディレットと彩弓はその本を持ってフローレンス教授の名義で貸し出し手続きを受け、大図書館を後にした。

研究室に戻ると先に龍馬が帰ってきていた。どうやら発注書を渡すだけだったのですぐ終わったらしい。

ディレットと彩弓が机の上を見てみると木造の保管庫らしきものがある。これは一体何だろうか?少しサイズが小さいようだが。

 

「それは?」

 

「これは改良型保管庫の模型じゃよ」

 

「模型とはいえ実物があれば作成時の組み上げがやりやすくなりますしね」

 

なるほど、確かに現代でも何かを作る時はそのサンプルとなるミニチュアの模型を作成し、完成後のイメージを固めたりしている。この時点で多少はゴールラインが見えてきた感じだ。

 

 

 

 

 

 

 

しかし研究がこれで円滑に進むと思ったのも束の間、予想外の事態が起きてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「フローレンス教授!フローレンス教授はおるかね!?」

 

大声を張り上げながら乱暴にドアを開けて入ってきたのはセミロングの茶髪に髭を整えた男性だった。黒いローブを身に纏い、その手には杖が握られている。どことなく高圧的な雰囲気が漂っていて近寄りがたい男だ。

 

「あ、アルフレッド理事長……一体何のご用かね?」

 

「やはり研究室にいたか、フローレンス教授。大事な話がある。単刀直入に言おう。"魔紅力保存庫の研究は中止してもらいたい"。それだけだ」

 

「な、な、何故です!?一体私が何を!?」

 

アルフレッドと呼ばれた男はどうやら理事長ーーーーつまりフローレンス教授からすれば上司にあたる存在であり、この学園を統括する存在である。

彼はいきなりフローレンス教授の研究室にずかずかとやってきては魔紅力保存庫の開発中止を言い渡したのだ。

 

「簡単な話だよ、教授。そもそも食料品を冷蔵保存するなどという馬鹿げた品物が完成するわけないからだ。研究のための開発資金の援助は打ち切らせてもらう」

 

あまりに急で、身勝手な命令だ。もう少しで改良型が完成するところだというのに。

龍馬はアルフレッド理事長の横暴さに憤慨し、彼に掴みかかった。

 

「おい、ふざけんなよオッサン!!こちとらもう少しで新しいやつが完成しそうだっていうのに……理事長なら何をやってもいいのかゴラァ!!」

 

だが龍馬が怒鳴り声を上げているのにも関わらずアルフレッド理事長は全く動じない。それどころか胸ぐらを掴まれたまま、ため息までつき始める始末だ。

 

「はあ……やれやれ。異世界の人間というのはどうやら知性や品性の欠片もない野蛮な民族らしいな」

 

「なに……!?」

 

「……フロイア!!」

 

「う……うおっ!?」

 

アルフレッド理事長が片手に持った(ワンド)を軽く振ると、龍馬の身体が突如として浮き上がり、彼はそのまま宙を舞って研究室の片隅にあるスクラップの山に叩き付けられた。

 

「ぐわっ!!」

 

「リョーマ!!」

 

「龍馬君!!」

 

慌ててディレットと彩弓が駆け寄り、スクラップの中から龍馬を引き起こす。アルフレッド理事長は彼等を見てフン、と鼻を鳴らすと杖を向けて言い放った。

 

「異世界には魔法が存在しないと聞く。だからこそ貴様等のような蛮族が溢れているのだろう。この街から出ていくがいい。本来なら私の息子に手を上げた輩など八つ裂きにしてやりたいところだが……私も鬼ではない。明日までに街を出ていくのであれば今までのことは不問にする。だが次に出会った時は……容赦はせぬぞ」

 

そう言ってアルフレッド理事長は杖をカツカツと鳴らしながら研究室を出て去っていく。開け放たれたままのドアの向こうには……ニヤリと不敵な笑みを浮かべているエリックの姿があることにエミールは気付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いてて……ちくしょう、あの野郎……」

 

「リョーマ、大丈夫……?」

 

まだ打った頭が痛むが、特に外傷などは無さそうだ。ディレットがヒールをかけると痛みはすぐに引いた。

 

「……困ったことになったのう……」

 

「僕の……僕のせいだ……僕のせいで教授もリョーマさん達も……」

 

「……エミール、訳を話してくれ。あいつは誰なんだ?何故こんなことをする?そもそも"息子"って何の話だ?」

 

打った頭の痛みが落ち着いた龍馬はローブの裾を握り締めて唇を震わせるエミールの肩に優しく手を置いて訳を問いただした。

彼を落ち着かせるために椅子に座らせ、一番傷心しているはずのフローレンス教授が気を利かせて再びお茶を淹れてくれた。彼はそのお茶をゆっくりと飲むと幾分か落ち着いたらしく、しばらく沈黙してからようやく口を開いた。

 

「……アルフレッド理事長は……バウスフィールド家の当主でもあるんです。そしてエリックは彼の息子……おそらくエリックは僕とリョーマさん達に報復するためにこんなことを……」

 

どうやらエリックがこの学校で好き勝手出来るのは成績が優秀ということだけではないらしい。理事長であり、父親であるアルフレッドの後ろ楯があるからのようだ。

この魔紅力保存庫の開発における研究も学校の認可、そして資金援助があるからこそ出来たものだ。教授も"上"には逆らえない。認可が下りなければそこで研究はストップしてしまう。

 

「僕だ……僕のせいなんです……僕がエリックの成すがままにされていればこんなことには……いや……そもそも僕さえいなければ……」

 

「エミール……」

 

エミールは頭を抱えたまま項垂れてしまう。

魔法がてんでダメな彼ではあるが、それでも魔力を活用した装置を開発することで魔法に関われるだけでも嬉しかった。

どんな形でもいい。魔法の力で誰かを笑顔にしたかった。誰かを救いたかった。誰かを喜ばせたかった。その一心で苦手ながらも魔法に取り組んできたのに。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーそれすらも叶わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

叶わぬ夢ならもういっそ諦めてしまった方が楽だ。どうせ自分には無理なのだから。

エリックやアルフレッド理事長だけではない。元々自分には魔法関係の才能がない上に魔導学ですら障害や困難が多すぎる。どれだけやっても無駄、無謀なのだ。こんな夢なら諦めてーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「この意気地無し!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パァン、と乾いた音が辺りに響く。

椅子に座ったエミールの顔に衝撃が走り、遅れて頬に痛みがやってきた。彼は自分が平手打ちを受けたことにそこでようやく気付いたのだ。他ならぬ、彩弓によって。

 

「魔法の才能が無いからって何よ!!多少誰かに邪魔されたり笑われたりしたからって何よ!!死ぬ気で努力したこともないくせに、『どうせ僕は駄目だ』ってすぐに諦めて!!あんたはそうやって自分に都合のいい嘘をついて逃げてるだけじゃない!!」

 

「あ、アミさん……」

 

あまりの突然の彩弓の激昂ぶりに龍馬もディレットもフローレンス教授も唖然としたまま言葉が出ない。そんな彼等を尻目に彩弓はさらに捲し立てる。

 

「多くの挫折や問題を抱えて、悩んで、それでも前に進むことが"夢を叶える"ってことじゃないの!?最初から何でも出来る人間なんていない!!私だってそうだよ!!何の努力もしないで最初からDJ出来てるわけじゃないんだよ!?

流行りの曲、曲のカテゴリ、知らない曲やジャンルの開拓、機械を扱う技術、会場や(オーディエンス)の雰囲気を読んでそれに合った曲を流す観察力……だから練習や勉強は欠かさない!失敗だってあった!辛いこともあった!だけど私は……DJが好きだから!"音楽を通じてお客さんに楽しんでほしい"から!私に出来ることで誰かに笑顔になってほしいから!だから私はDJを続けてる!それなのに……それなのに……!」

 

単なる怒りとは違う、様々な入り交じった感情を剥き出しにして捲し立てる彩弓。

彼女は目に涙を浮かべながら唇を噛み締めつつ、さらにエミールに対して言い放つ。

 

「あんたは自分が駄目だって最初から諦めてそれを言い訳にして逃げてるだけ!!本当は自分が傷付くのが一番怖いだけなんだよ!!そんな中途半端な心で"魔法で誰かを幸せにしたい"なんて笑わせないでよ!!

誰かのために自分はこうありたい、って言うなら……石にかじりついてでもやってみなさいよ!!男のくせにウジウジしやがって……!それが出来ないなら最初から夢なんか語ってんじゃねーよ!!それとも何……?昨日の夜あんたが私に聞かせてくれたあんたの想いと理想と夢……あれは嘘だったっていうの!?ねえ、どうなんだよ!?答えろよエミール!!答えろっつってんだよ!!」

 

口調の荒くなった彩弓はそのままエミールの胸ぐらに掴みかかり、激しく彼を揺さぶって問いただす。

彩弓は許せなかった。すぐ"逃げ"に走るような奴が夢を語るなどーーーーましてや、そんな中途半端な覚悟で"誰かを幸せにしたい"などおこがましいにも程がある。

爆発した感情の全てをエミールにぶつける彩弓をこれ以上そのままにしておくのはまずい。龍馬は慌てて止めに入る。

 

「やめろ彩弓さん!!もうよせ!!」

 

なんとかエミールから彩弓を引き離す龍馬だが、彩弓の興奮は収まらない。このまま彩弓とエミールを一緒の空間に置いておくのはまずいとディレットが彼女の方を抱えて一旦研究室を出ていき、後には龍馬、エミール、フローレンス教授だけが残された。

 

「……やれやれ、怒ったおなごは実験機の爆発よりも怖いのう。女心は複雑じゃわい」

 

「エミール、大丈夫か?」

 

「…………はい」

 

エミールはゆっくりと椅子から立ち上がる。その顔はかなりのショックを受けているのが見て取れた。彼は「しばらく一人にしてください」と言いながら立ち上がり、重い足取りのまま研究室を去ってしまう。

最終的に残されてしまった龍馬が研究室の片付けを手伝い、龍馬もフローレンス教授も終始神妙な面持ちのまま研究室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜。宿に戻った龍馬達だったが、先に帰宅していたエミールは部屋から出てこず、食事も一切取らなかったという。龍馬、ディレット、彩弓の三人は同時に食卓を囲んだが皆無言で食事を取り、結局気まずい空気のままそれぞれの部屋に戻ってしまった。

彩弓は自分の行いを後悔していた。確かにエミールのネガティブさは目に余るものがあったがあそこまで激しく言わなくとも良かったのではないか、余計に彼を傷付けるだけで終わってしまっているのではないかと自責の念に駆られていた。

しかしその一方で彼の言動を許せなかった自分の想いもまた事実。彩弓はベッドにうつ伏せになったまま、強く枕を握り締める。

 

「……」

 

そのまましばらく考え込む。そして時間だけがゆっくりと過ぎていく。

 

「……エミール君に謝ろう」

 

やはりあまりにもあれは言い過ぎだった。今頃彼は部屋で傷心しきったまま閉じこもっているのだろうか。今更遅いかもしれないが彩弓は一言彼に謝るべきだと思い、ベッドから立ち上がった。

部屋を出て三階にある彼の部屋に向かおうと廊下を歩いて角を曲がる。その瞬間ーーーー

 

「わっ!?」

 

「あ、アミさん!?」

 

なんと部屋で閉じこもっているはずのエミールとバッタリと遭遇してしまったのだ。彼も突然現れた彩弓の姿に驚いたようだが、その表情は昼間とはどこか違う。まるで何かを決心したかのように真剣な眼差しで彩弓の顔を見据えていた。

彩弓は突然現れたエミールの姿に困惑しつつも、昼間の件の話を切り出す。

 

「え、エミール君……昼間はごめんね……私……その……」

 

「アミさん……それはもういいんです。それよりついてきて頂けますか?見せたいものがあります」

 

「……え?」

 

それだけ言うとエミールは踵を返して歩き出した。突然のことに訳も分からず彩弓は困惑するが、仕方なくエミールの後についていった。

彼はランタンを持ち裏口から庭に出ると建物の裏手にある地下室への扉の鍵を開いた。

 

「こっちです。足元に気を付けて」

 

「う、うん……」

 

二人は地下室への急な階段をゆっくりと降りていく。頑丈な地下室のようだがかなり古い。今は使われていないようだ。

階段を降りて少し歩くと松明やランタンが設置され、そこそこに明るくて広い空間が広がっていた。そこにはーーーー

 

「これ……!」

 

地下室に置かれた机や椅子にはエミールがかき集めたであろう本や実験器具が所狭しと並んでいる。本のタイトルを見る限り、魔導学に関する研究書ばかりのようだ。

 

「今は使っていなかった地下室を掃除したんです。そして出来る限りの本と研究設備をここに用意しました。もちろんフローレンス教授の研究室には劣りますが……」

 

エミールは傍らの机にランタンを置くと、こちらを振り返り、再び真剣な眼差しで彩弓の顔を見据えて口を開く。

 

「僕、アミさんに言われてから目が覚めたんです。僕は偉そうに夢を語っておきながら決定的に欠けているものが二つあった。困難や挫折に立ち向かう"勇気"と"覚悟"です。

研究室が無いなら作ればいい。お金が無いなら時間をかけて稼げばいい。完成を急ぐ必要はない。だって研究者というものは……困難と挫折、そして失敗の連続なんですから」

 

どんな研究者も多くの苦労、挫折、困難、失敗、世間からの嘲笑、資金難と色々な要素に翻弄されてきたはずだ。それが自分だけ楽に研究などどうして出来ようか。自分には覚悟が足りなかったのだ。

失敗を恐れてはいけない。困難に立ち向かう勇気と覚悟、そして未知への飽くなき探求心こそ、研究者を研究者たらしめる最大の武器なのだから。

 

「エミール君……!」

 

「僕、負けません。たとえどんな失敗が待っていようと、エリックやアルフレッド理事長に妨害されようと。僕は必ず魔紅力保存庫を完成させてみせます。そしてこれからもっと多くの物を開発してみせます。そしていつか多くの人々を僕の研究で幸せにしてみせます。だってそれが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……僕が思い描いた"夢"なんですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『天才とは、努力する凡才のことである』

 

 

『挫折を経験したことがない者は、何も新しいことに挑戦したことがないということだ』

 

 

ーアルベルト・アインシュタイン

 

 

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