アナザー・ディメンジョン -異界交流記-   作:誠龍

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第11話 セイレーンの唄

ディレットが在籍する異界人特別学級のクラスには彼女のような亜人種をはじめ、ヒト種や獣人、魔族も在籍している。

過去のやり方に囚われない福岡中央高校の現校長は日本政府が異界人留学生のための学級を作るよう要請した時に真っ先に名乗りを上げてこの学級を作り上げ、異界人向けのカリキュラムを徹夜で考案し、すぐに対応できるようにもした。

朝、登校したディレットが窓際の自分の席に座って外を眺めていると自分の席に近付いてくる一人の女性の姿が。

 

「ねえねえ」

 

「?」

 

「あなたアルカ帝国領の出身?どこから来たの?」

 

そう言って話しかけてきた彼女は美しい緑色の長い髪に背中には翼を持ち、腕や足にはヒレの付いている魔族の一種だった。

ディレットはすぐに彼女がセイレーンであるとわかった。セイレーンは飛行と遊泳能力に長けた種族であり、海岸に集落を作って暮らしているか魚の卸売で生計を立てているため都市部に住んでいる者も多い。

 

「ええと……トルトの森から」

 

「トルトの森?帝国領の東かー。あそこでっかい木あるよね」

 

「オルディオの大樹のこと?」

 

「そそ。一度行ったことあるけどさ。綺麗なとこだよねー、あの森。あ、自己紹介してなかったね。あたしアメリア。見ての通りセイレーンだよ。よろしくね」

 

アメリアと名乗るセイレーンはどうやら帝都に住んでいたようであり、やはり例に漏れず魚介類の卸売で生活していたようだ。元々の生まれ故郷は帝国の西にある島だという。

 

「私はディレット。よろしく」

 

「ディレットだね。あなたはなんでこっちの世界に?」

 

アメリアはおもむろにディレットの前の席の椅子を引くと背もたれに腕を乗せてディレットの方向を見る形で椅子に座る。まだこの席の持ち主は登校していないようなので大丈夫だろう。

 

「自分で言うのもなんだけど、私好奇心強い方でね。こっちの世界のこと色々知りたくてやってきたんだ」

 

「へえ、そうなんだ」

 

「アメリアは?どうしてこっちに?」

 

「いや、あたしらセイレーンはさ、基本的に歌や音楽が好きなんだよね。話すと長くなるから色々はしょるけど、アルカ帝国に魚を卸してた時にニホンの音楽を聴く機会があってさ。そんでこっちの世界の音楽を学びたくてやってきたんだ」

 

セイレーンの種族には"歌"を好む者が多いのもひとつの特徴だ。セイレーンは発声器官が人間のそれと比べて発達しており、男女共に美声を持つ者が多い。

水産業に所属することがほとんどのセイレーンだが中にはその声を活かして吟遊詩人になって各地を旅したり、酒場に雇われて歌い手となる者も存在する。

 

「そうなの?……そういえば私もこっちの世界の音楽ってあんまり聴いたことないなあ。後でリョーマに聞いてみるかな」

 

「リョーマ?」

 

「私がホームステイしてる家の男の子。この学校にいるんだ」

 

「ふーん、よかったら紹介してよ。あたし寮生活で一人だからまだ友達いなくてさ」

 

「うん、いいよ。じゃあ昼休みに屋上でね」

 

「屋上だね。わかった」

 

昼休みに屋上で会う約束をした直後にアメリアが借りていた席の生徒が現れてさらにチャイムが鳴り、担任がやってきて朝のホームルームの開始が近くなる。アメリアは慌てて自分の席に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セイレーン!?」

 

龍馬と勇斗はアメリアがセイレーンだと知って驚いた。彼等の知識の中ではセイレーンといえば海に住まい、美しき歌声で船乗りを魅了して船を沈没させ、人間を喰らうという神話上のモンスターだったはず。イメージとだいぶ違う。

 

「な、何をそんなに驚いてるの?」

 

「いや、だってセイレーンって言ったら海に住んでて海中や海上から歌を歌って船乗りを魅了して……」

 

「そうそう。んで、船沈没させたり船乗りを海に引きずり込んで人間をエサにしてる凶悪なモンスターって話じゃなかったか?」

 

「何そのエグい設定!?んなわけないでしょ!」

 

あまりに自分達セイレーンの一族とかけ離れたニホン人のセイレーンに対するイメージにアメリアは思わずツッコミを入れてしまう。

確かにセイレーンの歌声を好む者はいるが、自分達の種族の声に誘惑(テンプテーション)にも似た催眠効果など存在しないし、人間の肉を喰らう趣味もない。

 

「しかし音楽かぁ……一概に音楽つっても色々あるからなぁ……」

 

「俺とか勇斗はロックやメタルは好きなんでけど……それでもそこまで多く知ってるわけじゃないしなぁ……」

 

そう言って龍馬と勇斗はスマホの音楽ライブラリを開く。"ろっく"や"めたる"がアメリアには何なのかがわからないが。

とりあえず二人は色々と音楽を流してアメリアに聞かせる。まだスマホを持たないアメリアはスマホにも興味津々だがそこから流れてくる音楽にも非常に関心を示した。

 

「へえ、音楽のジャンルってこっちの世界じゃこんなに色々あるのね」

 

「まあな、様々な言語が存在するし、国や文化も沢山ある。しかも科学の進歩ならではの楽器もあるからひとつの音楽のジャンルでも方向性が多種多様なんだ」

 

「これはますますこっちの音楽が知りたくなったわね。それに……"すまほ"、うらやましいなあ。あたしまだ持ってないんだ」

 

「ん?そうなのか?異界人でも本人名義で買えるだろ?」

 

「うーん……実は周りに使い方教えてくれそうな知り合いも友達もいなくてさ。あたし寮生活だし。なかなか買うのに踏ん切りがつかなかったんだよね」

 

実は寮生活などで一人で暮らす異界人も携帯電話の契約が可能なのである。ある程度の金額までなら学生に限り、本人名義での契約の支払いも国からの援助で学校側が負担してくれるのだ。

ただし、月2万を越えた分は自己負担になり、アルバイトを始めた生徒は援助の対象から外される。

 

「じゃあ、俺らが教えてやるからさ。今日買いに行ったらいんじゃね?」

 

龍馬が提案した。今日の放課後はバイトも無くて暇だし、勇斗を連れて行くのも悪くない。アメリアにとってはいい機会だろう。

 

「ほんとに?」

 

「ああ、放課後にショップに行こう。勇斗、お前も来るよな?」

 

「悪い、ちょっと来月の原稿が圧してるんだ。今日は早く帰って作業しないと」

 

「来月?……ああ、来月はアレだったな。じゃあ仕方ないな」

 

「すまんな」

 

「ええんやで」

 

その会話を聞いたディレットとアメリアは頭に「?」が浮かんでいたことだろう。まあ、二人とも"来月のアレ"というもののことは嫌でも知ることになるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、アメリアはショップで契約し、ようやくスマホを手に入れた。機種はリンゴのマークの無難なヤツにしておいた。

基本的な使い方を教えた後、龍馬とディレットはアメリアと連絡先の交換をする。これで何かあってもすぐ連絡が取れるからアメリアにとっても心強いだろう。

 

「これでよし。またわからないことがあれば色々聞いてくれ」

 

「リョーマ、ありがとう。助かったわ。でもまだ使えるか不安だなぁ……」

 

「大丈夫よ。私でも最低限の機能は使えてるから。……"あぷりけーしょん"や"いんすとーる"とかとかまだまだわからない言葉が多いけど」

 

「そのうち覚えるさ。さて、時間もあるしこれからどうするか……」

 

スマホは無事契約出来たがせっかくアメリアがいるのにこのまま帰るのも何だか物足りない気がする。まだ時間にも余裕があるし、もう少しくらいアメリアにとって何かいい体験になるようなことをしてもいいだろう。

そこで龍馬は音楽に詳しい人間とアメリアを会わせれば彼女にとっていい刺激になるのではと考えた。

 

「音楽に詳しい人間……音楽に詳しい人間…………あっ」

 

いるではないか。一番身近に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……商店街"八百屋のげんぞう"にて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「源さん、ネギとキャベツと春菊ちょうだい」

 

「あいよっ!涼子さん、いつもありがとね!はい、んじゃ520万円!」

 

「はっはっは。じじい大概にしーよあんた」

 

商店街に買い物に来ていた涼子。大体はスーパーで済ます涼子も野菜だけはこの八百屋のげんぞうに買いに来る。ここの店主の源さんこと柴田源三(しばたげんぞう)はよくおまけしてくれるし、何より野菜の質がいい。野菜の価格が高騰している昨今、主婦にとってはありがたい店なのだ。

 

「ほな、源さんありがとね。また来るけん」

 

「毎度あり!涼子さんまた来てね!」

 

八百屋を後にした涼子は車に向かい、家路を急ぐ。帰宅した涼子は玄関に革靴が一足多いことに気付いた。おそらく龍馬が誰か友達を連れてきたのだろうが、彼とよくつるんでいる勇斗にしては明らかにサイズが小さい。

さては新しく女でも連れ込んだか、と予想し口元に軽く笑みを浮かべながら靴を脱いでリビングに向かう涼子。

 

「ただいま~。龍馬、誰か来とると?……って、うおっ」

 

さすがの涼子も驚いてしまった。リビングには龍馬とディレットの他に翼とヒレを持つ少女がいたのだ。

街中でドワーフやハーピーなどの種族を見かけることは多くなった最近の日本だが、このような種族を見るのは初めてだ。

 

「あっ、お、お邪魔してます」

 

「わー……なんね、異界の人?龍馬の友達?」

 

「ああ、セイレーンのアメリア。ディレットと同じクラスなんだ」

 

「セイレーン?セイレーンっちゃなんね?」

 

龍馬達若い世代と違ってその手のネタに詳しくない涼子にとってはセイレーンという単語は初めて聞く単語である。アメリアは丁寧にお辞儀をすると涼子に挨拶した。

 

「はじめまして。アメリアといいます。私達セイレーンは海辺に住む種族なんです。泳いで魚を取ったり、なんなら空も飛べます」

 

「ほー、そうね。翼もヒレもあるとか便利な身体やね。まあ、なんもない家やけどゆっくりしていきー」

 

涼子は買い物袋をドサリとテーブルに置く。

 

「そうだ、母さん音楽詳しいだろ?」

 

「まあね、っちゅーても最近のはあんま知らんけど」

 

「アメリアはこっちの世界の音楽を知りたくて来たんだって。せっかくだから色んな音楽知ってる人に会わせようと思って」

 

「ほなら、ちょっと色々CD出すけん待っといてー」

 

涼子はリビングの棚から自分のCDコレクションをゴソゴソと取り出す。

涼子は中学時代は美術部、高校時代は吹奏楽部に所属していた過去があり、特に鍵盤楽器が得意で中でもエレクトーンの演奏に関してはプロ並みの腕を誇る。

そんな彼女は昭和の時代の音楽に関してはクラシックやJ-POPから洋楽まで知識が幅広い。そのためCDのコレクションも豊富で、さらに奥から引っ張り出せばカセットテープやレコードのコレクションも多く所持していた。

 

「そうやね……ならまずはこんなんとか……」

 

 

 

……二時間後……。

 

 

 

「……ふう、どうやったね?」

 

和洋問わず様々な音楽を聴きまくったアメリアはすっかりこちらの世界の音楽に魅せられていた。ちなみに龍馬とディレットは途中で疲れてソファで寝てしまっている。

 

「とっても素晴らしい音楽ばかりでした!故郷のセイレーン達にも是非聴かせたいくらいです!」

 

「そうね、そらよかったたい」

 

「リョーコさん、今日は本当にありがとうございま……」

 

アメリアがそこまで言った時、彼女の腹から音が鳴り響く。夢中になっていて気付かなかったがそういえば昼食以降何も食べていない上にもう夜だ。腹が減るのも当たり前である。

 

「あ、あはは……すいません。興奮して音楽聴きすぎてお腹すいちゃって……じゃあ、あたしはこれで……」

 

彼女はカバンを持って帰ろうとしたが、涼子に呼び止められる。お腹を空かせた若者がいるというのにそのまま返すほど自分は甘くない。

 

「待ちない。アメリアちゃん一人暮らしなんやろ?なら今日鍋するけん、晩飯食うていきー」

 

「え?いいんですか?」

 

「よかよか。大量に具材買うとるけん、一人や二人ぐらい増えたところでどうもないわ」

 

「ありがとうございます!じゃあ……お言葉に甘えて……」

 

「出来るまでゆっくりしときー。……おい、そこでくたばっとるお前ら二人!手伝えや!」

 

龍馬とディレットは涼子に叩き起こされ、眠い目を擦りながら夕飯の仕度を手伝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕飯は水炊きだった。

鍋の中で鶏肉や野菜や豆腐がグツグツと煮えていい香りを放っている。

水炊きは主に福岡や関西地方で食べられる鍋料理で、福岡の水炊きは"博多水炊き"と呼ばれ、だし昆布などを入れずに手羽先や鳥のもも肉を入れてだしを取り、鶏団子・キャベツ・春菊・椎茸・ネギ・豆腐などを入れて食べる。

ちなみに鶏肉のだしが充分出ているので基本的には他の味付けをしないが、好みでポン酢や柚子ごしょうを使ったりもする。

涼子がアメリアの小鉢に具をついでくれた。

 

「いただきまーす」

 

「おう、食べりい食べりい」

 

まだ箸を上手く使えないアメリアはスプーンとフォークで水炊きを食べる。

よく煮えた鶏肉は熱々でとても柔らかく、美味であった。キャベツや春菊といった野菜類は鶏肉のだしがしっかりと染み込んでいて一口食べるたびに染み込んだだし汁が口の中で広がり、野菜とは思えない贅沢な味わいがある。

 

「……美味しい!」

 

「そら美味かろう。なんせあたしが作ったんやけんね。伊達に主婦やっとらんばい」

 

涼子も麦焼酎のお湯割りを飲みながら、水炊きの鶏肉を口に運ぶ。龍馬は既にご飯二杯目に突入し、ディレットは豆腐を口に運んでいる。

 

「あー、やっぱり水炊きうめえなあ」

 

「ミズタキってはじめて食べたけど、美味しいですね!リョーコさん」

 

「ディレットちゃんも気に入ったね?福岡の鍋は美味いけんね。さ、アメリアちゃんも遠慮せんでいっぱい食べりいよ!遠慮したらきかんばい!」(※きかんばい・・・『許さないぞ』の意)

 

「はい、ありがとうございます!それにしてもこれ便利ですね、この火を起こしてる"かせっとこんろ"ってやつ。つまみを回すだけで火が付くんだから」

 

「そんかわりガスボンベのガス切れたら使えんけどね」

 

ハハハ、と涼子は笑いつつまた麦焼酎を口に運ぶ。

三人の腹が八分目になったあたりで涼子は米を鍋に投入し、卵でとじて雑炊にする。

鍋のだし汁がよく染み込んで柔らかくなった米をスープのような感じで食べる雑炊はディレットとアメリアの異界人二人にはまた新たな体験であり、さっきまでの水炊きとは全く違う食べ方と味わいを心行くまで堪能したのであった。

 

 

 

 

「はー、食った食った……」

 

龍馬は腹部をさすり、食後の余韻に浸る。あれだけの量に加えて雑炊を三杯も食べたのだから腹も脹れるというものだ。

 

「リョーコさん、ごちそうさまでした。音楽を色々教えてもらった上に夕飯までご馳走になっちゃって……」

 

「ああ、気にせんでいいとよ。お腹空いたらいつでも来ていいけんね。ばっ散らかった家やけどさ」

 

「はい、ありがとうございます!それじゃあ、私そろそろ帰りますね」

 

時計は既に夜7時を回っている。外もだいぶ暗くなってきた。ここである考えが浮かんだ涼子は再び彼女を呼び止めた。

 

「あー、ちょい待ち。もう少し時間ある?」

 

「え?あ、はい……なんでしょう?」

 

「ほな、ちょっと連れていきたいところがあるんやけど……もう少しこの酔っ払いに付き合ってくれん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

涼子の提案で四人はある場所へ向かう。向かった先は商店街の一角にある店。

 

 

"カフェバー 『トロバドル』"。

 

 

店の看板にはそう書かれてあった。

ドアを開けるとチリンチリンとベルが鳴り響いた。ジャズの流れる店内のカウンターの奥には整えた髭が特徴的な初老のこの店のマスターがひとり。

 

「マスター、こんばんわ」

 

「いらっしゃい、涼子さん。おや、龍馬君も一緒かい?」

 

「ああ、こんばんわマスター。……なるほどね。マスターの店ならもっと音楽に触れられるな」

 

涼子行きつけのカフェバー"トロバドル"。スペイン語で"吟遊詩人"を意味する名を持つこの店は昼間は喫茶店で夜はバーへと変わる。

マスターこと店主の桜田政義(さくらだまさよし)は涼子の音楽談義仲間であり、この店は商店街の憩いの場でもあった。ディレットが来る前は龍馬も時々勇斗と共に通っていた。

店にはピアノとミニステージがあり、マスターが昔のバンド仲間と自らギターを弾いて演奏を披露したりもしている。

 

「……ん?そちらの二人は?異世界の人かい?」

 

「そうそう。こっちはね、うちにホームステイしとるエルフのディレットちゃん。んでその隣が……なんち言ったっけ?セイレーン?のアメリアちゃん」

 

「はじめまして。アルカ帝国領・トルトの森から来ました、ディレット・アドミラシルです。よろしくお願いします」

 

「ディレットと同じクラスのアメリアです。海の種族セイレーンです。よろしくお願いします」

 

「どうも、はじめまして。この店の店主の桜田政義といいます。ゆっくりしていてくださいね」

 

マスターはにっこりと微笑んだ。

 

「ほんでマスター、さらにその隣のクソガキがうちのバカ息子の龍馬です」

 

「おいコラ」

 

「ハハハ、知ってるよ」

 

「マスター、ちょっとは否定してくれよ!」

 

「事実だろう?ま、いいや。とりあえず座んなさい」

 

四人はカウンター席に座る。昼は喫茶店として営業しているためか店内にはコーヒー豆のいい香りが漂っており、流れるジャズの音楽も合わさってここだけが都会の喧騒から切り離されたような印象を受ける。

 

「ん……?」

 

龍馬はカウンター席の端にちらりと目をやった。

龍馬と同じ学校の制服を着た女子生徒がメモ帳に何かを書き込んでいる。見た限り一人で来ているらしい。

 

「(見かけない顔だな……うちの学校……?あのネクタイの色は……芸能科の子か?)」

 

「さて、ご注文は?」

 

マスターの言葉に涼子と龍馬はコーヒーを頼んだ。コーヒーの苦手なディレットはクリームソーダを頼み、アメリアも同じものを頼んだ。ちなみに代金は全て涼子が持ってくれている。

注文の品が来てからこの店に来たいきさつを涼子がマスターに説明した。

 

「なるほどね。それで私のところに来たと」

 

「マスターも音楽詳しいけんさ、それに楽器も弾けるしね。アメリアちゃんにマスターの生演奏聴かしてやりたかったんよ」

 

「そこまで期待されちゃ断るわけにはいかないな。じゃ、ちょっと一曲弾かしてもらおうかね」

 

マスターはカウンターから出るとミニステージのギターを手に取り、椅子を用意して演奏を始めた。

流れるギターの音色とマスターの落ち着いた、しかし渋い歌声に皆が聞き惚れてしまう。このトロバドルが地元から愛される所以だ。

そして演奏を終えたマスターがステージで一礼し、四人から拍手が巻き起こる。

 

「いやー!マスターの演奏はやっぱいいね!しかもチョイスがジュリーっちゃ、マスターはあたしの好みよくわかっとるやん!」

 

「マスターはやっぱりギターも歌も上手いなー」

 

「すごい、すごい!こんな演奏初めて聴きましたよ!」

 

「とても素敵な演奏でした!また聴きたいです!」

 

四人からの絶賛にマスターも思わず照れて笑顔になってしまう。こうして皆を喜ばすことのできる音楽はやはりいいものだ。マスターは音楽をやっていて良かったと感じた。

 

「ハハハ、ありがとう。そう言ってもらえて光栄だよ」

 

すると別の場所からも拍手が起きる。その拍手はさっき龍馬が見ていた芸能科らしき女生徒からだ。

 

「マスターの演奏、いつ聴いても素敵ですね。心が落ち着きます」

 

「ありがとう、伊月(いつき)ちゃん」

 

マスターに伊月と呼ばれたその女子生徒に龍馬は話し掛けてみることにした。

 

「なあ君、福岡中央高校の生徒だよな?」

 

「えっ?う、うん。もしかして君も?」

 

「ああ、普通科の2年だ。そのネクタイの色だと芸能科か?」

 

「うん、芸能科の2年だよ。同級生だね。私、伊月凛(いつきりん)。君は?」

 

「斎藤龍馬だ。よろしく」

 

「うん、よろしくね」

 

伊月凛と名乗ったその女子生徒はにっこりと微笑む。笑顔が素敵で可愛らしい。なんというか……眩しさを感じさせるような、そんな微笑みだ。

 

「そうか。龍馬君も同じ学校だったな。彼女はアイドルを目指して宮崎から来ているんだ」

 

「宮崎?県外からわざわざ?」

 

そういえば福岡中央高校の芸能科は現在芸能界で活躍する数多くの芸能人を輩出していることでも有名だった。

歌手や舞台役者、野球選手にお笑い芸人まで現在まで活躍する数多くの芸能人達が龍馬の学校を卒業している大先輩にあたるという話を入学当初に聞いたことを龍馬は思い出す。

 

「あの学校はカリキュラムが充実しててね。私、いつか東京でアイドルになりたいんだ」

 

「まー、努力家さんやねぇ。親元離れて県外の学校に通うとか。どっかのボンクラ息子も見習ってくれんやろか」

 

「一言多いよアンタ」

 

「斎藤親子はいつ見ても飽きないねぇ。……そうだ、アメリアちゃん……だったかな?よかったら君の歌も聴かせてくれないかな?」

 

「え?私の?」

 

マスターの提案に少し驚くアメリア。だが少し考えた後、彼女はステージに立つことを決めた。人前で歌うのは久しぶりなので少し緊張するが、悪い気はしない。

 

「それじゃあ……セイレーンの一族に伝わる伝統的な歌を一曲歌わせていただきます」

 

アメリアはそう言ってステージ上で歌い始める。

……その歌声はとても魅力的だった。目を閉じれば青く澄んだ海が見えるような美しいセイレーンの歌声はマスターをはじめ、店内にいる者全てを魅了した。

言葉はわからないがーーーーとても心に響く。彼等は無言でアメリアの歌声に聞き惚れていた。やはり音楽は言葉の壁を越えてしまうものなのだと改めて実感する。

 

「……ふう。いかがでしたか?」

 

「いやあ、素敵な歌声だったよ。聞き惚れちゃったね」

 

「うんうん、ほんといい歌声やった。久々にこんないい歌聴いたばい。言葉はわからんけど」

 

「セイレーンの歌すげーな。さすがだわ」

 

「やっぱりセイレーンの歌声はいつ聴いてもいいわね」

 

拍手が巻き起こり、全員が立ち上がって絶賛する。

アメリアによればこの歌はセイレーンの一族に古くから伝わる海とそこに生きる生命を讃える歌らしい。

 

「すごい歌唱力だね!とっても素敵!」

 

アメリアの歌声に一番聞き惚れていた凛がアメリアに歩み寄った。同性で同じ学校、さらに歌を同じく愛する者として誰よりも共感したのだろうか。

 

「ありがとう。気に入ってもらえて嬉しいわ」

 

「アメリアさん……だっけ?異世界の人?」

 

「うん、アルカ帝国の領海出身のセイレーンだよ。リンさんっていったよね?よろしく。アメリアでいいよ」

 

「うん、よろしく!凛って気軽に呼んでね!音楽好きならいい友達になれそうだね!」

 

アメリアと凛は互いに両手で握手をし、その後は二人で仲良く話に花を咲かせた。

カップの中の紅茶がなくなる頃、時計の針が思った以上に進んでいることに気付く。楽しい時間というものは過ぎるのが早いものだ。

 

「……あっ、もうこんな時間」

 

時計は夜8時を回っていた。そろそろ帰らないとまずい。アメリアはすぐに支度をする。

 

「リョーコさん、マスター、今日はありがとうございます。それとごちそうさまでした」

 

「私ももう帰らないと……マスター、ごちそうさま」

 

「ああ。気を付けて帰るんだよ」

 

「アメリアちゃんまた()ぃーね!」

 

「アメリア、凛ちゃん、またな」

 

涼子と龍馬はもう少し店にいるらしい。店の外までマスターが見送りに来てくれた。

二人の姿が見えなくなるまでマスターは店先に立ってくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく歩いた後、アメリアは一緒に帰ることになった凛に話しかけた。

 

「ねえ、リンちゃん。"あいどる"になるって言ってたけど、"あいどる"って何?」

 

「うーん……職業的に言えば歌手なんだけど……私の中では"世の中の人達に夢と勇気を与えられる存在"かな?」

 

「夢と勇気?」

 

「そう。ステージで歌って、私の歌を聴いてくれた人達が喜んでくれたらそれはきっと皆の夢と勇気になる。私の歌で"また明日も頑張ろう"って思ってくれたり、"自分もアイドルになってみんなに夢と勇気を与えたい"って同じように思ってくれたりしたらそれはすごく嬉しいことだと思うの。そして皆が笑顔になれば私ももっともっと楽しくなるだろうし、頑張ろうって思える。私に夢と勇気を与えてくれたアイドルの人みたいに私もなりたいから」

 

凛は夜空を見上げてそう答えた。幼い頃に見たアイドルの姿に憧れて今ようやく彼女はスタートラインが見える位置まで来たのだ。

ステージの上でまるで美しい星のように輝いて見えるあの憧れのアイドルは今もその笑顔で人々を幸せにしている。

「あの人のようになりたい」ーーーーそんな思いを胸に故郷を飛び出してここまでやってきたのだ。そこでこうしてアメリアのような存在と出会えたことは奇妙な巡り合わせを感じる。

 

「……そこまで考えてるのね……。あはは……私なんかただ"異世界の音楽を知りたい!"ってだけでここまで突っ走ってきたんだけど……リンにはそんな夢があるんだ……凄いなぁ」

 

「いやいや、アメリアも凄いよ。異世界の国に留学なんて勇気がなくちゃ出来ないよ?音楽が好きっていう愛だけでそこまで出来るのはアメリアが凄い証拠だよ」

 

凛は苦笑しながらそう答える。

 

「ほんと?ありがとね。そう言ってもらえて嬉しいわ。リンの夢……叶うといいね」

 

「うん。……あ!流れ星!」

 

「あ!ほんとだ!」

 

夜空にひとつの流星が流れる。儚くも美しく輝く星。あの輝く流星のようにいつかは私もーーーー凛はその胸の内を願いに込める。

 

「お願い事しなきゃ。"みんなを笑顔にするアイドルになれますように"っと……」

 

「流れ星に願い事をするのはこっちの世界でも同じなんだね」

 

古来より人類は流星に願いを捧げてきた。流星とはそれ即ち"神がこちらの世界を見ている瞬間"なのだという言い伝えがある。その時に神の世界より溢れた光が流星となって人々の天上に輝くのだと。

異界でも"流星は遥か天空の大いなる女神より溢れた寵愛と慈悲に満ちた涙"がその正体であり、女神の涙と呼ばれるそれには人間達の願いを叶える力が秘められているとの伝説があった。

 

「うん。アメリアも何か願い事した?」

 

「したした。でも内緒!」

 

「えー、ずるいー、教えてよー」

 

柔らかな月明かりと満天の星空の下、凛とアメリアは途中で別れるまで話に花を咲かせながら帰宅するのであった。

 

 

制服のディレット・千春・凛

 

【挿絵表示】

 

イラスト・かなめ(@kaname_pooh__)

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