アナザー・ディメンジョン -異界交流記-   作:誠龍

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第103話 一攫千金!キラーワスプ・アイ

翌日の朝、エミールは龍馬とディレットにも地下室の研究室を見せた。研究を独自に続ける決心をしたエミールの覚悟を知り、二人もエミールを大いに讃えた。

研究を続けるならばフローレンス教授の手も借りなければならないだろう。エミールは学校に行くと未だ元気のない教授に早速そのことを伝えた。

 

「なんと!?エミールよ、よくぞ決心してくれた!このワシですら半ば諦めていたというのに……こうしちゃおれん、持てる道具は持って君の研究室へ移そう!」

 

その話を聞いてフローレンス教授も喜び、すぐさま研究室へ向かうと設備の一部をまとめ始めた。

一部は学校の設備なので持ち出しは出来ないが、それでもフローレンス教授自らが購入した機材もあるのである程度はエミールの研究室へ持ち出すことが可能だったようだ。

エミールが学校で授業を受けている間、フローレンス教授が馬車を借りて道具や機材を積み込み、眠れる仔羊亭の地下室へと運んできたので龍馬達はその積み降ろしの手伝いをする。

午後になって授業が終わったエミールが帰宅するまでに研究室の設備を教授と龍馬達の合わせて四人で整えておいた。これで最低限の研究は行えるはずだ。

エミールが帰宅してから研究の再開について教授から話があった。

 

「持ち出せるものは全て持ち込んだが、それでも元の研究室には劣る。新しい設備の設置が必要じゃが、それにはやはり金がかかる」

 

学校の資金援助という後ろ楯が無くなった以上、研究のための資金も自分達でどうにかせねばならない。しかしここで龍馬からある疑問の声が上がる。

 

「そういえば魔紅力保存庫の開発には皇帝の命があったんじゃ?それなら陛下に直談判すれば資金を調達してくれそうな気がすんだけど……」

 

そもそも魔紅力保存庫を開発してほしいという話を最初に言ったのはソフォス皇帝だったはずだ。いくらアルフレッドとはいえ、皇帝の命に逆らうようなことは許されないはずだが。

だがそれに対してエミールは苦い顔で首を振った。

 

「リョーマさん、ダメなんです。皇帝陛下からの伝達は全て学校を管理しているアルフレッド理事長を通じて行われています。理事長に直談判してももみ消されてしまうでしょうし、逆に皇帝陛下が研究の再開を依頼しても『無理だった』とか『研究者に人格的問題がある』などと情報を隠蔽したり改ざんしたりして何が何でも研究の再開を阻止するでしょう。あの男はそういう男です。元々魔紅力保存庫の開発自体、あまり快く思ってなかった人間ですから」

 

研究に必要な設備を学校が担っている以上、個人で正式な依頼を出すことは出来ない。あくまでもリグラス魔術学院という組織に対して研究が一任されているからだ。いかに相手が皇帝といえどそのルールはねじ曲げられないのだ。

そもそもソフォスが最初に依頼をした時も研究に関して渋い顔をしていたが、ソフォスがあまりにも熱弁するので仕方なく引き受けたという感じだ。

しかしここでディレットから新たな疑問の声が。

 

「でもエミール、あなたやフローレンス教授がもし保存庫の開発に成功すればアルフレッド理事長だってその恩恵を受けられるでしょ?なぜあの人は保存庫の研究に対してそこまで否定的なの?」

 

「……それはバウスフィールド家の歴史と権力が大きく関わってくるんです」

 

エミールが説明するにはバウスフィールド家はこの街が魔導研究都市として発展する以前からこの土地に住まい、絶大な権力を握っていた。

この街に多くの知識がもたらされてからもバウスフィールド家は依然として権力を握り、さらに初代理事長がリグラス魔術学院を開校したことによって街に住まう魔法使いすら掌握するほどにますます実権を手にしていった。

元々バウスフィールド家は優れた魔術師の家系であったが、それ故に"魔法至上主義"な面が強く、「優れた魔術は優れた魔法使いのみが使えればいい」という偏った考え方であり、魔術の才能が無い者、魔力が低い者、魔力を科学に転用する魔導学に関しては差別的な発言や扱いが目立つ傾向にあるという。

バウスフィールド家の現当主であるアルフレッド理事長も例によってそういった思想の持ち主であり、ソフォスが語った"レイゾウコ"の話をほとんど信じておらず、そんなものがあったとしてもわざわざ彼にとって忌々しい魔導学で再現された発明品などで魔法も使えない庶民に魔法の恩恵を与える必要などないというのが彼の考え方だ。

リグラスが魔術の学問の都市として栄えてからは表面上は魔導学にも理解を示しているように見えるが、実際は世間に対する体裁のためにある程度許可をしているだけで力は入れておらず、むしろフローレンス教授のような人間はバウスフィールド家にとっては鼻つまみ者でしかない。

そこへ龍馬に殴られたエリックがここぞとばかりにそれにかこつけて父親であるアルフレッドに何かしら吹き込んだのだろう。そこでエミールが魔導学の研究をフローレンス教授と共に進めていたことが事態に拍車をかける結果となってしまった。

アルフレッドにとっては厄介者のフローレンス教授を抑え込むいい口実になるし、エリックにとってはエミールへの報復と彼とつるんでいる憎き異界人の龍馬達を街から追い出せていいことずくめというわけだ。

 

「わかったでしょう。これがこの街の実体なんです。全てはバウスフィールド家の思うがまま。リグラスにいる以上、アルフレッド理事長には逆らえないんですよ……」

 

「そんな……じゃあ俺があの時エミールを助けるために奴等をぶちのめしたから……」

 

「……いえ、リョーマさんがあそこで僕を助けなかったとしても遅かれ早かれこうなっていたでしょう。あなたが気に病む必要はありません」

 

エミールはそう言うが、龍馬は自分の行いが本当に正しかったのかと疑問の念を抱かずにはいられない。もしあの時エミールに関わらなければ今頃は……

 

「龍馬君。君までネガティブになるのはおねーさん許さないよ」

 

「彩弓さん……」

 

そんな迷える龍馬に強く、だが優しさを含んだ声で彼の目を見据えて言葉を発した。

彼の強さ、優しさは会ったばかりとはいえよくわかっているつもりだ。そんな彼の弱気な姿は出来れば見たくはない。

 

「君は目の前の困っている人を助けたんだよ。そして私のことも。それがあったからこうしてエミール君達と出会えたんだ。龍馬君がそれを言っちゃあ、おしまいだよ」

 

「彩弓さん……」

 

彼女のその言葉で龍馬はすぐに落ち着きを取り戻した。エミールだって覚悟を決めたのだ。自分まで弱気になってどうする。龍馬は首をブンブンと振ると同時に雑念や弱気な心を振り払った。

……正直に言うと彩弓を怒らせたくないのもあったが。彼女に本気でキレられるとヤバいというのはエミールを見て身に染みてわかっているから。

皆が一致団結したところで状況の整理といこう。現在は設備も資金も何もかもが不足している。これから自分達でどうにかするしかない。ここでディレットからある意見が。

 

「ここで話してても仕方がないわ。まずは街で何かお金になりそうな話や仕事を探しに行きましょう」

 

「うむ、ディレットさんの言う通りじゃな。ああ、ワシは鍛冶屋の主人と話してくるよ。注文した品物の届け先をエミールの家に変更せねばのう。それにちと他にやりたいこともあるでな」

 

龍馬達はディレットの意見で手分けして街で仕事の情報を集めてみることにした。

フローレンス教授は部品の届け先をエミールの宿屋に変更する手続きのため、鍛冶屋に向かった。このまま学校に発注した部品を届けられたら面倒なことになりかねないからだ。

龍馬はディレットと、エミールは彩弓と二手に別れて何か仕事になりそうな情報を集める。

 

 

 

数時間後ーーーー。

 

 

 

再び宿屋に戻ってきた四人は食堂のテーブルについてそれぞれの情報を交換する。エミールと彩弓はどうやら本屋の仕事を見つけてきたようだ。内容によると本屋の在庫管理に仕入れ、また"写本"を印刷する印刷工場への発注や下請けも行っているようだ。それらの仕事は確かにエミールにはピッタリだし、向いていると彩弓は指摘する。

一方龍馬とディレットはギルドを回って何か仕事を見つけてきたようだ。

 

「稼げるっちゃあ稼げるんだが……こいつはかなりハイリスク・ハイリターンな仕事だ」

 

「私達が見つけてきたのは……南西にある街道沿いのマウルの森に巣を作っている"キラーワスプの討伐"だよ」

 

「キラーワスプ!?」

 

「……何それ?」

 

驚くエミールに対してキラーワスプが何かを知らない彩弓はきょとんとしている。

キラーワスプは人間の子供ほどの体格を持つ巨大な殺人蜂であり、縄張り意識が強く非常に凶暴なモンスターだ。もし大規模な巣を森に作ってしまえば多くの被害が出るばかりか森を丸ごと焼き払わねえば駆除出来ないほどの大事になってしまう。

危険が大きい反面、見返りは大きい。以前ラオグリッドがヴォルティスに贈賄として贈ったものと同じく、キラーワスプの目は殺してすぐに抉り出せば結晶化して美しい宝石のようになる性質がある。キラーワスプの駆除だけでも多くの報酬が貰える上にそれを売ればかなりの大金が手に入ること間違いなしだ。そうすれば研究設備もいいものがすぐに揃えられる。

 

「チビチビ稼いでたら間に合わねえ。ここは一発デカく稼がねえと」

 

「危険は伴うけどね。それに完成を急いだ方が私はいいと思うの」

 

ディレットの推測によれば開発が長引けば長引くほどバウスフィールド家の横槍も入る可能性が高いということだ。確かに今はエミールと教授が研究を諦めたと思っているだろう。だがそのうち彼等が研究を続けていることを遅かれ早かれ知れば恐らくはエリックの嫌がらせやアルフレッドの圧力がかかってくるはずだ。なるべく開発を急いだ方がいいのは事実である。

 

「でも……キラーワスプなんて危険なモンスターをリョーマさん達に任せるわけには……」

 

「エミール、気にしないで。私には精霊魔法とこの弓と銃がある。リョーマにも同じく……」

 

「ああ。銃に……そしてこいつがあるのさ」

 

龍馬は四肢に力を込めて念じた。光が龍馬の手足を包み込み、龍馬を幾度を危機から救ってくれた最大の武器がそこにはあり、美しい輝きを放っている。

 

「な……な……な……何ですか、それは!?」

 

「ちょっと龍馬君!なにそれ!?あみ、そんなの龍馬君が持ってるなんて聞いてないよ!?」

 

「だって言う必要なかったし、そのうち見せることになるだろうなって思って……」

 

龍馬の戦いを支えてきた最大の武器、ルナ・アームを見てエミールも彩弓も目を丸くした。美しい装飾の施された籠手と脛当ては驚くほどに頑丈で、そして軽い。これが無ければ龍馬は命がいくつあっても足りないような修羅場を潜り抜けてきた。今さらモンスターくらいどうということはない。それに……

 

「うわっ!」

 

「ひゃっ!?」

 

龍馬の手足が突然燃え盛る炎に包まれてメラメラと燃えている。熱くないのか、龍馬自身は平然としていることに二人は更に驚く。

 

「ま、魔法!?リョーマさんが!?」

 

「ちょ、ちょっ!熱い熱い!龍馬君、離れるか消すかして!」

 

ルナ・アームに宿るバレンの獄炎から発せられるあまりの熱気を受けて彩弓がたまらず後ずさりするので龍馬はすぐに炎と籠手を解除して戻る。彼はこのルナ・アームを手に入れた経緯と聖霊との契約について二人に話した。

この話について彩弓は目を輝かせてはしゃぎ、エミールは何やら一心不乱にメモを取っている。本物の女神より授かった武器とあっては誰しもそのような反応を取るのは当然のことだろう。

ちなみにルナ・アームには決まった形が存在せず、龍馬が喧嘩ばかりしていたのでこの形の武器になったということも話したら彩弓は手を叩いて笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一時間後。四人は結局キラーワスプの駆除を行うために南西にあるマウルの森へとバイクで向かっていた。やはり背に腹は変えられないと一攫千金を目指して危険なキラーワスプ退治を行うことにしたのだ。

最初は龍馬とディレットの二人で向かうことになっていたのだが、エミールと彩弓からの強い要望で結局二人も連れてくることになってしまった。危険なので本当は戦えない二人をあまり連れていきたくはないのだが。

エミールによるとマウルの森には狩人達が使う共同の小屋が森の入り口付近にあるらしく、まずはそこを目指すことになった。

馬で行けば時間のかかる距離もバイクならすぐだ。マウルの森に到着するとエミールの案内で狩人の小屋を見つけ、そこへバイクを停める。

 

「ここは父も狩りの時によく利用していて僕も何度かついてきたことがあるので道は知っているんです」

 

彼によれば幼い頃によく父に連れられてこの小屋に泊まりがけで狩りに来たのだという。

父が狩ってきた獲物の肉を一番に食べさせてもらえていたあの思い出はエミールにとって今でも大切で、いい思い出だ。ただ、父親抜きでここに来るとは思っていなかったが。

 

「そういえば腹減ったな。みんな飯でも食いながらこれからの事を話し合おうや」

 

そう言うと龍馬はバーナーとクッカー、そしてキャンプ用の食器を用意した。傍らでディレットが焚き火台に火を起こしつつ、湯を沸かしている龍馬がある物を作り始める。

 

「あ!龍馬君それ"うまかっちゃん"じゃん!」

 

「福岡県民ならこれしかあるまいて」

 

今回は袋ラーメンを持ってきていた龍馬。その名も"うまかっちゃん"。

福岡では一般的なご当地袋ラーメンであり、ハウス食品が福岡工場のみで生産している九州豚骨味のロングセラー商品である。

よく福岡に来た時に買って帰っていた彩弓はすぐにそれに気付く。が、そもそもラーメンがなんだかよく分からないエミールは頭の上に"?"の文字が浮かんでいる。

龍馬とディレットが手分けして調理すると共に豚骨の濃厚だがいい香りが漂ってきた。二人は彩弓とエミールの分のラーメンを食器に移す。

 

「先に食べな」

 

「私達は今から自分の分を作るから」

 

「ありがと。それじゃお言葉に甘えて……いただきまーす!」

 

「い、いただきます……」

 

彩弓が美味そうに麺をすするのを見てエミールも麺に手をつけた。ちなみにこういうことを予想して龍馬は使い捨てのフォークを持参しているのでエミールも安心だ。

 

 

一口食べると麺に絡んだ豚骨スープがラーメンを初めて食べるエミールの食欲を掻き立てる。

 

 

 

エミールは次にスープを飲んだ。濃厚な豚骨のスープの味が口いっぱいに広がり、さらに麺を食べたくなる。エミールは麺とスープを交互に口にし、吹き出る汗を拭いながら異世界の料理に舌鼓を打った。

 

「お、美味しい!美味しいです!」

 

「そうか、そりゃよかった。わざわざ異世界まで"うまかっちゃん"持ってきた甲斐があったぜ」

 

龍馬達二人も丁度出来上がったようだが、食器がないためクッカーのままラーメンを食べ始めた。アウトドアならこういった食べ方もたまにはいい。

四人は焚き火を囲んで談笑しながら食事を取り、つかの間の休息の後にエミールが取り出した本……というより"図鑑"を元にキラーワスプの生態を調べている。

 

「キラーワスプには四種類の階級があってそれぞれ"奴隷"、"偵察兵"、"戦闘兵"、そして"女王"がいます。奴隷が主に巣作りや食糧の確保に幼虫の世話を、偵察兵は巣から離れた場所を徘徊して縄張りを巡回し、もし侵入者や外敵がいた場合は巣の近くを警備している戦闘兵に知らせて共に敵に襲い掛かります。万が一、敵が巣の近くまで接近した場合は女王の命で奴隷も戦闘に駆り出される場合があります。奴隷は戦闘・偵察兵に比べると体格や力は劣りますが、なにぶん一番数が多いので油断出来ません」

 

「小さな蜂ですら相当危険なのにかなり厄介だな」

 

「はい。そしてやはりというか一番危険なのが戦闘兵です。体格は一番大きく毒も非常に強い。しかも戦闘兵は毒針を射出して攻撃する能力を備えています。この毒針は射出されると再び新しく生えてくるため、針が切れるということはありません」

 

「……」

 

エミールの説明に思わず全員が息を飲む。キラーワスプというのは思った以上に危険なモンスターのようだ。これはかなり慎重な戦いを求められるだろう。

 

「巣を壊滅させるには?」

 

「女王を仕留めるのが一番確実ですが、女王は体格が一番小さく、普段は巣の中に隠れています。女王だけを的確に攻撃するのは困難かと思います。何か外へ炙り出す方法でもあれば別ですが……」

 

いきなり司令塔を潰すというのはやはり難しそうだ。そこでエミールの出した作戦が次の内容である。

まず慎重に森の中を進み、偵察兵を捜索する。縄張りを巡回する偵察兵を周囲から少しずつ仕留めていき、出来るだけ脅威を減らしておく。伝令役を果たす偵察兵を排除したら縄張りの遠くで大きな音を出す。戦闘兵が騒ぎを聞き付けてそのポイントに捜索に来ている間に巣に近づき、何らかの方法で女王を仕留める。

女王さえ仕留めてしまえば司令塔を失った奴隷や戦闘兵はパニックになり、どこかへ去ってしまうそうだ。そうすれば巣も自然と朽ちていくのだという。

 

「女王を巣の外に追い出す方法か……」

 

「何かいい方法ないかな……?」

 

「ねえ、龍馬君。これどうかな?」

 

龍馬達が悩んでいる所に彩弓がスマホの画面を見せてくる。そこにはミツバチの養蜂家が煙で蜂を遠ざけながら蜂の巣から蜜を採集する動画が映し出されていた。

 

「煙か……」

 

「うん、キラーワスプに効くかどうかはわからないけど巣の近くで煙を焚けばもしかしたら女王蜂を追い出せるんじゃないかって……」

 

「彩弓さん、それだ!その方法でいこう!」

 

煙は一時的に蜂を気絶させたり忌避効果があるようだ。それがキラーワスプにも通用するかどうかはわからないが、どんな生物であれ密室に煙を焚かれれば外へ飛び出すというものだ。

龍馬達はまず手分けして枯れ葉や薪を集める。この時なるべく水分を含んだ薪を探すようにする。水分の多い薪は燃えた時に多く煙が出るからだ。着火しやすいように焚き付けとなる麻の縄をほどいておく。これはディレットが持ち込んだ私物だ。

ある程度集めたら出発の準備に取り掛かる。龍馬とディレットは武器を用意して確認し、エミールは何やらお札のようなものを何枚か取り出して数枚、彩弓に渡した。

 

「これなに?」

 

「それは僕が作った"呪符"という道具です。本来魔法は魔術師本人の魔力を練り上げて放つのですが、僕はその技術がからっきし駄目なので護身用に簡易魔方陣を書いた符を持っているんです。今アミさんに渡した呪符は火球を放つ魔方陣が書かれています。もし危なくなったら『火よ、我を護り(たま)え』と叫びながら呪符を掲げて敵に向けてください」

 

「ってことはあみもこれで魔法が使えるの!?」

 

「ええ。ただし呪符は一枚につき一回限りの使い捨てです。魔方陣を描き、呪符に力を込めるにはそれなりの知識と下準備が必要になりますので現地での呪符の補充は困難になります。なるべく無駄撃ちは避けてください……って、アミさん聞いてます?」

 

「すごいすごい!早く使ってみたいなあ!」

 

出来れば使う機会が来ない方がいいということはこの時の彩弓の頭には無かったようだ。自分でも魔法が放てると聞いてはしゃぎまくりである。

先行き不安な彩弓を見てエミールが念押ししてようやく彩弓は全てを理解したようだ。

準備が整ったところで徒歩にて森の奥を目指す。辺りからは小鳥の(さえず)りが聞こえ、揺れ動く木々の間からは木漏れ日が差し込み、美しく平和なマウルの森の情景が広がっていた。

こんな平和な森に本当にキラーワスプが巣を形成しつつあるのかと疑問になってきたが、そう考えていた矢先にブウゥンという大きな羽音が聞こえ、音のした方角を見ると……遂に見つけた。

 

「リョーマ……!あそこ……!」

 

「!……あれがキラーワスプか……!」

 

ディレットが指差した先にはまるで巨大化したオオスズメバチのような外見をしたキラーワスプがゆっくりと木々の間を飛行していた。どうやら偵察兵のようだ。

龍馬達はすぐに伏せるとしばらくキラーワスプの偵察兵を観察する。距離があるためか、まだこちらには気付いていないようでゆっくりと巡回を続けている。

 

「よし、先手必勝だ。こっからぶち抜いてやるぜ」

 

龍馬はウィンチェスターライフルを背中のショルダーケースから引き抜くとそれを構えてキラーワスプへと向ける。

が、しかしディレットは慌ててその銃身を抑えて下げさせた。

 

「リョーマのバカ!何考えてるのよ!こんな時に銃なんかぶっ放したら他のキラーワスプに気付かれちゃうでしょ!どこに仲間がいるかわからないのよ!?」

 

「あっ……」

 

ディレットは小声で、しかし強く龍馬に言い放つ。

音に敏感なキラーワスプの縄張りで銃声など立てればたちまち群れに襲われてしまうだろう。まったくこれだからトリガーハッピーは、と言われて龍馬は顔を膨らませながらも渋々銃を下げる。

 

「私に任せて」

 

ディレットは愛用の弓に矢をつがえながら低い姿勢を保ちつつ、ゆっくりとキラーワスプに近付いていく。

狙うは頭。ここを潰せれば一発で仕留められるだろう。しかしキラーワスプの眼球は傷付けてはならない。眼球の硬化が始まるのはワスプの死後だ。一度眼を傷付けてしまえば価値は大きく下がってしまう。

ディレットはワスプの正面に回り込むと茂みに身を隠しつつ、呼吸を整えて引き絞った弓から矢を一気に放った。

 

「ギイィッ!?」

 

頭頂部に矢が突き刺さったキラーワスプは甲高い鳴き声を上げながら地面に落下してしばらく痙攣したのちに動かなくなった。どうやら即死のようだ。

 

「よっしゃ、やったぜ!」

 

「ディレットちゃん、すごーい!」

 

「えへへ……」

 

絶命したキラーワスプの元へと龍馬達が集まる。かなりデカい蜂だ。よく観察してみると尾の先には普通の蜂とは一線を画すほどの鋭く凶悪な毒針が突出していた。こんなもので刺されたらまず命は無いだろう。

ディレットは刺さった矢を引き抜き、ナイフを取り出すと何の躊躇いもなくキラーワスプの眼球の周囲に突き刺して眼を抉り取る。そのあまりにグロテスクな光景ゆえに龍馬も彩弓も思わず目を逸らしてしまう。

 

「うっげ……」

 

「やば……きもちわる……」

 

一方エミールは研究熱心なその知識欲が勝っているのか、ブツブツと呟きながらキラーワスプの生態を書き留めていた。気弱な彼だがこういう面では中々に根性があるのかもしれない。

 

「よし、取れたよ!」

 

抉り出したキラーワスプの眼。ディレットがそれを近くにあった岩の上に置いてしばらくすると生々しい眼球が徐々に硬化し始め、最終的には赤く透き通った美しい宝石のようになった。

汚れを拭き取って軽く磨いてやるとキラーワスプの眼は太陽の光に照らされて妖しくも美しい、見る者を魅了する輝きを放っていた。

 

「うわぁ……綺麗……」

 

手に取って眺めていた彩弓が思わず言葉を漏らした。あれほど凶悪で恐ろしく巨大な虫からこんな美しい素材が手に入るとは未だに信じられない。

手に入れた素材に関しては彩弓が持ち運ぶことになった。採取が完了した後ディレットはその場に穴を掘るとキラーワスプの死体を埋める。他の仲間に察知されてはまずいからだ。

 

「この調子でどんどん行こう!」

 

さらに森の奥まで探索を進める。すると縄張りを巡回しているキラーワスプの偵察兵が次々に見つかった。ディレットの弓さばきで一体ずつ確実に仕留めていき、それに伴って"眼"も面白いほど取れていく。

ほとんどディレットの活躍とはいえ、さすがに少し楽な仕事だと思っていたがそう感じられるのも偵察兵が少なくなってきた所で終わりを告げる。

 

「……皆さん、伏せてください!」

 

エミールの言葉に一斉に全員がその場に伏せる。するとより大きな羽音が辺りに響き渡り、偵察兵よりも一回り大きなキラーワスプが複数、辺りを警戒している。

 

「な、なにあれ……でっか……!」

 

「アミさん静かに……!戦闘兵です……!絶対に見つからないでください……!」

 

戦闘兵は偵察兵と違って顔に赤い模様があるのが特徴だ。それはまるで歌舞伎役者の隈取りを思わせる。

身体が大きい分"眼"も大きなものが手に入るが、その分リスクは高い。しかも今は複数で行動している。戦闘を仕掛けるのは自殺行為だ。

四人は伏せたまま戦闘兵が去るのを待つ。……どうやらこちらには気付かずに離れたようだ。

 

「彼等がいるということは巣は近いはずです。あちらへ行ってみましょう」

 

エミールが先陣を切って慎重に進む。いよいよここからが本番だ。さらに森の奥へと進んだ四人は辺りを警戒しつつ、ようやく辿り着いた。彼等の"巣"に。

 

「な、なんなのあれ……でかすぎでしょ……!」

 

森の奥地にあった一際大きな木。それにまとわりつくような形でキラーワスプが巨大な"巣"を形成していた。

それは地球におけるスズメバチの巣のそれとはまるで違う。まるで気球のような大きさの巣がそこに出来上がりつつあった。エミールの話によれば最悪のケースになるとこれがさらに大きく作られ、それと同じ巣があちこちに新しく作られてしまう上にそうなれば森ごと焼き払わねばならぬほどの事態にまで悪化してしまうという。

幸い今はまだこの巣だけのようだ。おそらくこの中に"女王"がいる。その女王さえ倒せばこのコロニーは潰えてしまうだろう。

巣の周囲では複数の戦闘兵が見張りをしており、"奴隷"がひっきりなしに巣を出入りしている。巣の材料集めや食糧の確保に向かっているのだろう。

しばらく観察してみるが状況が変わる様子はない。今のままではやはり近付けないため、当初の予定通り陽動作戦で行くべきだろう。

 

「よし、俺が奴等を引き付ける。銃声がして奴等が離れたら急いで木の下で火を焚いて煙を出すんだ。着火は彩弓さんが、エミールは出てくるキラーワスプを観察して女王を見つけろ。女王を見つけたらディレット、お前が仕留めるんだ」

 

「りょ!」

 

「わかりました!」

 

「わかったわ。私に任せて。リョーマも気を付けてね。」

 

龍馬は「おう」と返事をするとウィンチェスターライフルを構えたまま一人で巣から離れた場所へ向かっていく。

 

 

 

 

 

かなり危険な仕事だが果たして今回の依頼、うまくいくのだろうか。その結果は神のみぞ知る。

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