アナザー・ディメンジョン -異界交流記-   作:誠龍

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第104話 女王の眼

「ここら辺りでいいか……」

 

ディレット達と別れた龍馬は戦闘兵のキラーワスプを巣から引き離して陽動すべく、森のとある場所でライフルを上に向ける。

ここは比較的他の場所よりも樹木が生い茂っており、幹も太い木が多い。飛行を主な移動手段とするキラーワスプもここなら一直線には飛べないだろう。多少は逃げやすくなるというものだ。

 

「よし、やるぞ……」

 

龍馬はトリガーに指をかける。これを撃てば殺人蜂どもが一斉に襲ってくるだろう。だがその危険を犯さなければ女王を仕留める事は叶わない。虎穴に入らずんば虎児を得ず、だ。龍馬は覚悟を決めた。

 

 

 

 

そして数発の銃声が森の中に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銃声を聞き付けた瞬間、戦闘兵のキラーワスプ達が一斉に巣の回りから飛び立っていく。何匹かは巣の中にもいたらしい。それらは全て音のした方角へと一目散に飛んでいった。

 

「みんな、今よ!」

 

今巣の中に残っているのはおそらく奴隷と女王だけだ。龍馬一人で引き付けられる時間は決して多くはないだろう。今のうちに女王を巣から炙り出さねばならない。

ディレット達は巣に張り付いている少数の奴隷蜂に注意しながら木の下に近付いて素早く薪や枯葉を積む。

ディレットだけが狙撃できる位置に素早く下がり、弓をしまってエンフィールドライフルを構えた。

 

「アミさん!」

 

「オーケー!えっと……"火よ、我を護り賜え"!」

 

彩弓が呪符をかざし、発動のための呪文を唱えると呪文から火の玉が飛び出して積み上げた薪に着弾し、火の手があがる。だが……

 

「……火の勢いが弱い……!」

 

湿った薪を多くしすぎたのか、火があまり大きくならない。離脱しようとしたエミールが慌てて引き返してくる。

 

「……アミさん、僕も加勢します!」

 

「ダメ!エミール君はディレットちゃんのとこへ行って!着火は私が何とかするからあなたは女王が出てこないか見張るんだよ!」

 

「アミさん……!わ、わかりました!」

 

彩弓に一喝されてエミールは再び離脱し、ディレットの元に向かう。狙撃体制に入ったディレットだけで素早く女王を視認して狙撃するのは困難だ。エミールが観測手としてついていなければ女王を取り逃がしてしまう可能性がある。そうなったらこの仕事は失敗だ。

巣を排除出来ないどころか戻ってきた戦闘兵のキラーワスプ達に返り討ちに合ってしまうだろう。何としてでもここで女王を仕留めなければならない。彩弓は再び呪符を取り出して呪文を唱え、再度着火を試みる。

 

 

一方、龍馬はーーーー

 

 

 

「ええい、クソッ!何匹いやがるんだ!」

 

木々の間を駆け抜ける龍馬の背後には無数の羽音を響かせながら戦闘兵のキラーワスプ達が侵入者である龍馬を排除しようと追跡してくる。

龍馬は走りながら一番近い位置にいるキラーワスプをウィンチェスターライフルで撃ち抜き、迎撃しながら逃走を続けるが、体格が大きく甲殻が頑丈なキラーワスプの戦闘兵は一撃では死なず、一体倒すのにも複数の弾丸を必要とした。

そのおかげで龍馬は走りながらのリロードを余儀なくされ、なかなか思うように迎撃出来ないでいる。

 

「ディレット、まだか……!このままじゃ俺は奴等の餌だぜ……!!」

 

木々を盾にしながら逃走し続ける龍馬はライフルからモーゼルに武器を持ち変えてさらに迎撃を続けながら森の奥地へと入っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「火よ、我を護り賜え!」

 

彩弓が四枚目の呪符を使いきった時、ようやく薪から火と煙が大きく立ち上ぼり、白煙がキラーワスプ達の巣を包み込んだ。

しばらくすると巣の内部に充満した煙に耐えきれず、奴隷達が次々と飛び出しては慌てて逃げていく。が、女王らしき個体の姿は見当たらない。

 

「どこだ……!どこだ……!」

 

エミールは辺りをくまなく観察し、女王の姿を探す。しかしやはり女王の姿は見えない。

女王は体格が一番小さい上に唯一針を持たないため、戦闘能力も皆無である。従って群れや自身に危険を感じた場合は種の存続のために急いで逃走を図ろうとする。女王の死はそれ即(すなわ)ちコロニーの壊滅を意味するからだ。

やはり混乱に乗じて真っ先に逃げてしまったのだろうか。いくら探しても女王は見当たらない。

一方その頃、龍馬は最大の危機に追い込まれていた。逃走を続けた先で崖が立ちはだかっていたのだ。

 

「やべっ!」

 

後ろからは戦闘兵のキラーワスプが無数に迫る。逃げ道はない。

 

「クソッ!」

 

龍馬は撃ち尽くしたモーゼルの弾をクリップで装弾すると崖に沿って走り始めた。援護の仲間も合流したのかキラーワスプの数が増えている気がする。

ルナ・アームで火炎弾を使いたいところだが無闇やたらに、それもキラーワスプのような動きの早い目標に対して撃ちすぎると森林火災を引き起こす可能性もある。ここは銃で応戦するしかない。

 

「っ!?」

 

走り続けているといきなり龍馬の正面に別のキラーワスプが現れた。どうやら回り込まれたようだ。龍馬に向かって戦闘兵のキラーワスプが針を向け、射出する。

 

「うおっ!危ねぇっ!」

 

何とか寸前で回避した龍馬だが、地面に弾痕が出来るほどの勢いで放たれた針を見て背中に寒気が走る。

道を開かねば。しかし目の前のキラーワスプをすぐに倒すにはモーゼルでは火力不足だ。ならば……

 

「こいつでも喰らいやがれ!!」

 

龍馬はモーゼルをしまい、ソードオフショットガンを引き抜くと立ち塞がるキラーワスプの頭部目掛けてトリガーを引いた。轟音と共に射出される12ゲージショットシェル内部に込められた無数の散弾がキラーワスプの頭部に直撃し、緑色の血液を振り撒きながら頭を粉々に吹き飛ばした。

龍馬が走り抜けた背後で頭を失ったキラーワスプがドサリと音を立てて落下する。が、背後から迫る追っ手の戦闘兵達はそんな仲間の無惨な死にも全く動じることなく、龍馬の追跡を続けた。

徐々に群れと龍馬の間隔が狭まりつつある。そんな中龍馬は崖に洞窟を発見した。

洞窟の入り口はかなり狭く、龍馬が身体をねじ込んでようやく入るくらいだ。

龍馬はしめた、と急いで洞窟へ飛び込む。

洞窟は思ったよりも奥行きがなく、入り口から数メートルの地点で行き止まりになっていた。

だがここなら安全だろう。横幅なら龍馬よりも大きなキラーワスプなら入口から侵入することはないはずだ。そう考えていた龍馬だったが、その考えが甘かったことに気付く。

 

「ギィッ!!ギィィッ!!」

 

先頭にいた一体のキラーワスプが羽を畳んで洞窟の入口から無理矢理身体をねじ込んで侵入しようとしている。しかも徐々に身体が入り込みつつある。

 

「マジかよ……クソッ!くたばりやがれ!!」

 

龍馬はソードオフショットガンに込められた残りの一発をキラーワスプの頭に撃ち込んだ。頭部が爆ぜ飛び、息絶えるが仲間の死体を押しのけて後続の戦闘兵達が龍馬に殺意を剥き出しにして次々と洞窟に侵入しようと入口の隙間に集まってくる。

ソードオフショットガンからショットシェルを排莢し、再び次弾を装填する龍馬。

 

「クソが!死ね!くたばれ!!」

 

洞窟内に響く銃声。ソードオフショットガンから轟音が鳴り響く度にマズルフラッシュが龍馬の顔を照らし、辺りに硝煙の匂いを振り撒いていく。

ショットガンを撃ちまくっているせいで手がしびれてきた。ソードオフは銃身を切り詰めているため携行が用意な分、射程距離と反動抑制を犠牲にしている。龍馬の手のしびれと痛みが徐々に強くなってくる。

何度も射撃するうちに積み重なるキラーワスプの死体。それを押しのけては現れる新たな戦闘兵達。撃っても撃ってもキリがない。

そのうちショットガンの弾がついに尽きた。火力は劣るが仕方ないと龍馬はモーゼルを撃ちまくる。しかしモーゼルの弾も切れ、残りはウィンチェスターライフルだけ。おまけにライフルの弾もあの群れを一掃するにはまず足りない。

 

「クソ……こうなったら……!」

 

龍馬はルナ・アームを装着して火炎弾を放つ。洞窟に入り込もうとするキラーワスプが燃やし尽くされ消し炭と化し、辺りに嫌な匂いを放った。

威力は高いがこの狭い洞窟、というよりもはや横穴とでも言うべきこの場所でバレンの獄炎を多用するべきではないことは龍馬にもわかっていた。こんな狭い場所で火を使い続ければいずれ一酸化炭素中毒で意識を失うだろう。だがやるしかない。もはや銃は当てにできないのだ。

 

「さあ、来やがれ蜂野郎共!入れるもんなら入ってみろってんだ!」

 

果たしてキラーワスプが全滅するのが先か、それとも自分が一酸化炭素中毒で骸と化すのが先かーーーー今はまだわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エミール、女王はどこ!?」

 

「わ、わかりません!見つからないんです!」

 

ライフルを構えるディレットと観測を続けるエミール。だが相変わらず女王と見られる個体は見つからない。

話によれば女王の特徴は体格が小さなこと以外に尾の縞模様が少なく、全体的に黒っぽい色をしているらしいが、くまなく探しているというのにそれが見当たらないのだ。

早く女王を仕留めないと囮になっている龍馬が危ない。女王が死ねばその瞬間、キラーワスプ達は何かの習性により女王の死を感じ取り、混乱に陥るのだという。

立ち上ぼる煙のせいか辺りに飛ぶ奴隷のキラーワスプ達が弱々しく飛ぶ中、エミールは必死に女王を探した。

そして遂に……見つけた。女王だ!

 

「ディレットさん!あれです!あそこにいる黒っぽい個体!あれが女王です!」

 

「ようやく現れたわね……!任せて!」

 

ディレットはうつ伏せのまま呼吸を止めて女王を狙う。だいぶ煙を吸っているのか飛行が不安定だ。動きは鈍いがフラフラしているせいで狙いがつけづらい。

なかなか隙を見せない女王。しかしその時、狙いやすい位置の木の幹に女王が張り付いた。ディレットが引き金を引こうとしたまさにその時、離れた位置から悲鳴が聞こえてくる。あれは彩弓の声だ。

 

「アミさん!?」

 

慌てて彼女のいる場所までエミールが駆け付けるといないはずのキラーワスプの戦闘兵がその凶悪な眼を彼女に向けていた。しかも他の戦闘兵個体より一回りは大きい。

 

「あ……あ……!」

 

彩弓は腰を抜かして動けない。本来なら龍馬の元に向かったはずの戦闘兵だが巣の危機を感じ取ったのかたまたま近くにいただけなのかはわからないがーーともかく彼女を助けなければとエミールは呪符を取り出してキラーワスプの前に立ち塞がった。

 

「待てっ!僕が相手だ!……火よ、我を護り賜え!」

 

呪符から飛び出した火球がキラーワスプに直撃する。多少怯んだがあの体格の戦闘兵にこれでは火力不足だ。逆に火に油を注ぐ結果となってしまったようで戦闘兵は尾の先の毒針をこちらに向ける。

 

「くっ……!火よ、我を護り賜え!」

 

追加の呪符を同時に構えて複数の火球を放つエミール。どうにか攻撃を止めさせることには成功したが、やはり決定打とはならないようだ。

エミールはさらに呪符を取り出そうとする。だが……

 

「しまった……!呪符が……!」

 

用意していた呪符は彩弓の分と合わせて8枚しかない。全て使い切ってしまったのだ。

もはやエミールと彩弓には牽制の手段すら残されていない。まさに絶体絶命だ。

 

「二人とも、伏せて!!」

 

その瞬間、ディレットの声が響いた。エミールは彩弓を庇うようにして共に伏せる。森の中に銃声が鳴り響き、そして立て続けに三発の銃声が聞こえた。そのどれもがキラーワスプの頭と身体を撃ち抜いており、戦闘兵のキラーワスプは地面に落下して瀕死のままなおももがく。

とどめを刺さなければ。彩弓は無我夢中で近くにあった長く尖った木の枝を拾うともがいているキラーワスプに駆け寄りーーーー

 

「いい加減に……しろっつーの!!」

 

ーーーーその枝を頭部に思いきり突き刺した。キラーワスプは頭部を貫かれた瞬間さらに暴れだし、そして……動かなくなった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「アミさん!大丈夫ですか!?」

 

「ありがとう、エミール君。私なら大丈夫だよ。とりあえずこれで……」

 

ひと安心、と言おうとした彩弓は更に恐ろしい光景を目の当たりにする。

先ほどのディレットの銃声のせいか、付近にいた戦闘兵のキラーワスプ達が続々と集まってきていたのだ。

 

「嘘でしょ……」

 

相手は大軍。もはや攻撃手段は残されていない。今度こそ万事休すかと思った時、再び銃声が鳴り響いた。

その銃声の直後、キラーワスプ達の動きが止まった。そして悲鳴とも取れるような鳴き声を上げると辺りを滅茶苦茶に飛び回り、そのままバラバラの飛び方で木々の間を抜けながらどこかへと飛び去っていく。

まさか、とエミールと彩弓はディレットの元へと戻る。そこには未だ硝煙の立ち上るエンフィールドライフルを構えたままディレットがその場に立っていた。

 

「女王は仕留めたわ」

 

ディレットが指差した先には確かにあの女王が見事に頭部に弾丸を受けて地面で絶命しており、物言わぬ屍と化していた。

こうして近くで見ると女王の名に恥じぬ美しさと妖しさすら感じる彩りをしている個体だ。黒っぽい身体の模様は日の光に照らされて鈍い輝きを放っているほどである。

ディレットはライフルを背中にしまうとナイフで女王の眼を抉り出した。その眼を取り出してしばらく立つと硬質化した眼に見る者全てを魅了するようなある変化が現れる。

 

「女王の眼が……!!」

 

ディレットの手の中で"眼"が徐々に硬質化すると今まで鈍い赤色だったものが美しい虹色のような七つに変化する輝きを放ち始めたのだ。

透き通る女王の眼は見る方向によって様々な色の輝きを見せ、ディレット達三人を驚かせた。

 

「これが……女王の眼……!」

 

通常のキラーワスプの眼だけでも相当の価値があるというのにこの女王の眼なら一体どれだけの値打ちが付くのだろうか。三人は同時にゴクリと唾を飲み込む。

 

「ディレットちゃん、あみにも見せて見せて!……うわ、凄いわこれ……」

 

ディレットから受け取った女王の眼が彩弓の手の中でその美しい輝きを変わらずに放っている。見る者を魅了してやまないキラーワスプの眼。その中でも最高級の女王の眼を手に入れたことでディレット達は歓喜の声を上げる。

 

「お~~~~い…………」

 

力なくこちらを呼ぶ声が聞こえてくる。声のした方向を見ると青ざめた顔の龍馬が革袋を手に持ってのそのそと歩いてきていた。

彼はディレット達と合流するとその場に座り込み、革袋を投げた。中をディレットが覗くと大量のキラーワスプの眼が袋に詰め込まれていた。

 

「リョーマ、これ……!」

 

「倒したヤツで頭が無事なヤツだけ可能な限り回収してきた……気分悪くて吐きそう……」

 

どうやら眼を抉り出す解体作業を慣れないながらも行ったらしいが、そのせいで龍馬の精神は多大なダメージを被(こうむ)ったようだ。

龍馬は「もうキラーワスプはこりごりだ」とぼやきつつその場で大の字になってしまう。

三人は笑いながらも龍馬の健闘を称え、彼の回復を待ってマウルの森を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が暮れる頃、龍馬達四人は依頼の完了を伝えるためにリグラスの冒険者ギルドへとやってきた。大量のキラーワスプの眼、そして滅多に手に入らない女王の眼まで入手した彼等は悠々とギルドの受付で依頼の完了報告手続きを済ませる。

これにはギルドの受付嬢も驚いたようで、目を丸くして龍馬達の報告を聞いていた。

 

「虹色に輝く眼……た、確かにそれはキラーワスプの女王の眼……間違いありません」

 

女王討伐の確認のため一旦差し出した女王の眼を確かめると受付嬢が出した報告書に龍馬達四人の名前を記入してこれにて依頼は完了だ。

報酬のトラム金貨を受け取り、契約書通り集めたキラーワスプの眼は女王のもの含めて龍馬達の報酬の一部として渡されることになった。

報酬の金貨とキラーワスプの眼を持ってギルドを出てエミールの研究室に戻る四人。どうやら教授はまだ戻ってきていないようだ。教授に真っ先にこの成果を伝えたいところだが仕方がない。テーブルの上に大量に置かれたキラーワスプの眼を前にして龍馬達は果実を絞ったジュースでささやかな祝杯を上げる。

 

「皆さん、お疲れ様でした。皆さんの協力がなければこんな奇跡は起きなかったと思います。これで研究室の設備投資が出来ます。本当にありがとうございました」

 

エミールがジュースの入った木のジョッキを片手に祝辞と龍馬達に対する礼を述べる。そんなことはない、エミールもよくやったと龍馬達は彼の健闘を称えた。

龍馬達の戦闘力もそうだが、キラーワスプの詳しい生態に関するエミールの知識がなければ今回の依頼は達成できなかった。どちらが欠けてもこの成功は有り得なかったのだ。

それに女王を見つけたのはやはりエミールなのだ。それを考えると彼の功績はやはり大きい。

 

「エミール君、ありがとね」

 

「え?」

 

「さっきキラーワスプの戦闘兵にあみが襲われた時、身体張って助けてくれたでしょ?あれがなかったら私死んでたよ。本当にありがと」

 

「いえ……そんな……」

 

エミールが照れ臭そうに目線を下に背けながら頭を掻いた。

あの時ーーいきなり現れた戦闘兵と鉢合わせしてしまった彩弓を助けたのは他ならぬエミールなのだ。自らの危険を省みず身を挺して誰かを守ることのできる勇気。それはおいそれと簡単に出せるものではない。そんなエミールの勇気に彩弓は敬意を表した。

かなり危険な依頼で危うく命を失いかけた彼等だったがこうして設備投資の資金を大量に獲得できた。今はその喜びを分かち合うべきだ。このジョッキを掲げて勝利の美酒(ジュースだが)に酔いしれようではないか。

完全に小さなお祭りムードの最中、研究室の扉がノックされる。てっきり教授が帰ってきたのかと思ったが、聞こえてきたのは父親の声だ。エミールは慌てて地下室を出る。

 

「父さん?どうしたの?」

 

「どうしたもこうしたもあるか!大変だぞ!アルフレッド理事長が衛兵を連れてうちに来ているんだ!お前とリョーマ君達に『密猟の疑いがある』って……!」

 

「えぇ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一体どういうことなんですか、理事長!?僕達が密猟って!」

 

「言葉の通りだよ、エミール君。君達はギルドの許可なくマウルの森でキラーワスプの眼を不正に乱獲した疑いが持たれている」

 

宿屋の食堂のテーブルを多くの衛兵達が取り囲む中、アルフレッド理事長は淡々と告げる。

突如エミールの家に押し入ったかと思うと彼はエミールと龍馬達に件のキラーワスプの依頼を不正な密猟だと言い始めたのだ。

エミールは必死に抗議したが、アルフレッド理事長は衛兵に一枚の羊皮紙を用意させ、それを見せた。

 

「これは君達が依頼を受ける時に書いた契約書だ。ここにきちんと書いているだろう?"キラーワスプの駆除をした後はキラーワスプの眼などの戦利品は全てギルドに引き渡すこと"と」

 

「そんな……!確かに契約書には戦利品は全てもらっていいって……!」

 

この時エミールの脳裏にある考えが浮かぶ。

 

 

 

文書の偽造。アルフレッドならやりかねないことだ。

 

 

 

おそらくはギルドの人間もアルフレッドとグルだ。或いは虚偽の証言をするように圧力をかけられたか。しかし書類に書かれた四人の名前は間違いなく彼等の筆跡だ。手段はわからないが何らかの方法で偽造を行ったのは間違いないものの、筆跡鑑定などが存在しないこの世界では書類が偽造されたものだという根拠を提示することも出来ない。

 

「まったく……これだから平民の子というものは……それにそっちの異界人とエルフ。貴様等には確か朝には出ていけと言ったはずだな?バウスフィールド家の忠告を無視するとはいい度胸だ。何らかの処分を下さねばならんが……」

 

フンと鼻息を鳴らすアルフレッドに対して龍馬達はただただ拳を握り締め、歯軋りすることしか出来ない。この状況で歯向かうのはエミール一家とフローレンス教授にとって更なる事態の悪化を招くことだと理解しているからだ。

 

「バウスフィールドさん!ありました!地下室に大量のキラーワスプの眼を発見しました!」

 

「ご苦労。そこへ置いてくれ」

 

家宅捜索(ガサ入れ)を行っていた衛兵が地下の研究室にあった大量のキラーワスプの眼が入った革袋から中身を全て机の上に取り出して置き、そこには"女王の眼"までも存在していた。

 

「……あの凶暴なキラーワスプを退治したのみならず、まさか"女王の眼"まで手に入れるとはな……」

 

アルフレッドは虹色に輝く女王の眼をつまみ上げ、それを深々と観察する。この美しさにはやはり彼ですらも惹かれるようでしばらく無言で眺めていた。

 

「……ふむ。本来ならばギルドの契約違反は投獄か或いはそれ以上の厳罰が下るものだが……キラーワスプの退治で君達が功績を上げたのも事実。今回は女王の眼を含めたこのキラーワスプの眼と報酬金の没収だけで勘弁してやってもいい。それらを全て差し出せば今回の不正は多目に見よう」

 

「……テメェ!!ハナからそれが目的で……!!」

 

女王の眼を眺めながらそう言ったアルフレッドに対して遂に龍馬の怒りが我慢の限界を越えた。エミールの言った通りだ。この男はエミールとフローレンス教授の研究を邪魔するためなら権力を乱用してどこまでも妨害するつもりなのだ。

この男は……アルフレッドはどこまでも腐りきったド畜生だった。

 

「口を慎みたまえ、野蛮な異界人よ。それさえ差し出すのならば私は君らでさえ罪を見逃そうと言うのだぞ?」

 

「何が罪だ!文書を偽造するようなヤツが寝言をほざいてんじゃねぇぞ!」

 

「やれやれ、文書の偽造?この私が?根拠のない勝手な言い掛かりはやめてもらいたい。それに今は君達の方が危うい状態なのだぞ?自分の立場を弁えたまえ」

 

肩をすくめながらアルフレッドは呆れた様子でそう言った。確かに彼が文書を偽造したという確固たる証拠はない。彼が権力を握っている以上、龍馬達はどうすることもできない。

 

「……わかりました。集めた物と報酬は全て持っていって構いません。それでいいですね?」

 

「おい、エミール……!」

 

「ああ。男に二言はない。大人しく従えば今回の件は不問にしよう」

 

アルフレッドは言うが早いか女王の眼をはじめとしたキラーワスプの眼を衛兵に持たせると勝ち誇ったような、見下したような顔で龍馬達を嘲笑しながら眠れる仔羊亭を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エミールはその後、マウルの森に行ったこととキラーワスプの退治などという危険な事を犯したせいで両親からこってりと絞られてしまった。

研究設備のために死にそうなほど危険な目に遭いながら必死で集めたキラーワスプの眼だというのにアルフレッドの言霊ひとつでそれらは全て奪い取られ、努力は水泡に帰してしまった。

四人が無言のまま研究室の入口に向かうと遠くからエリックと彼の取り巻きであるデブ吉とガリの助がこちらをニヤニヤと笑いながら見ているのに気が付いた。

おそらくはエミールの動向を探っていたであろうエリックの仕業であることは明白だったが、ここで騒ぎを起こしてはまたアルフレッドから何をされるかわからない。龍馬はエリックを睨み付けつつ研究室へと入った。

今頃ならキラーワスプの眼を売って稼いだ大金を手にどんな設備を導入するのかエミールと話していたところだというのに最悪のシナリオとなってしまった。

四人は神妙な面持ちのまま、研究室の椅子に腰掛けて一言も発しない。

どのくらいの時間が過ぎたのか、地下室ではわからない。そのうち誰かの嗚咽が漏れ始めた。エミールだ。

 

「どうして……?僕は魔法や魔導学で世界中の人達を幸せにしたいだけなのに……神様はどうしてこんな酷い仕打ちをするの……?」

 

誰かの笑顔のために……ただそれだけを願って不器用な身ながらも魔法や魔導学を学び、研究しているというのに、アルフレッドやエリックのような生まれつきの権力を持った心ない人間にそれを阻まれてしまう。

 

 

 

理不尽……あまりにも理不尽だ。

 

 

 

エミールも覚悟を決めてようやくその足を踏み出した矢先にこれだ。こんなこと……あっていいはずがない。

龍馬は拳を握り締めて椅子から立ち上がった。

 

「許さねえ。エリックの野郎も、アルフレッドの野郎も。神様仏様が許しても俺だけはあいつらを許さねえ。このまま黙って引き下がれるかよ」

 

何かを決心した龍馬。この時彼の中で静かに、だが激しい怒りの炎が燃え滾っていた。

"博多の怒龍"は弱者を虐げる者を許さない。どのような権力や力を持っていようが決して。

アルフレッドはあれほどまでに権力を乱用しているのだ。ならば叩けばヤツを初め、バウスフィールド家からはいくらでもホコリが出てくるはずだ。

 

 

 

 

 

 

「……今夜、バウスフィールド家の屋敷に忍び込む。そこでアイツらの悪事を暴けるような証拠を見つけ出してやるさ」

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