アナザー・ディメンジョン -異界交流記-   作:誠龍

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魔導研究都市リグラス編は今回で終了です。
龍馬達とエミールが織り成す物語の行き着く先は果たして……?


第106話 Boys be ambitious

「た、頼む……この通りだ……!その情報をバラまくのだけはやめてくれ……!」

 

一時間後。バウスフィールド一家は執務室にて三人揃って龍馬の指示で床に正座させられ、アルフレッドに至っては頭を地面に擦り付けて懇願している。

あの騒ぎの後に自分達を私兵が取り囲んだが、証拠を握った彼等に何かあればただちにその情報を受け取った龍馬の友人達があの録音データを皇帝陛下に伝えるだろう。そうなったら自分達はおしまいだ。アルフレッドはボロボロのまま慌てて私兵達を下げさせた。

事態がある程度落ち着き、アルフレッドがコテンパンにのされたのを確認すると気が済んだのかルフローラは「これで久々にグッスリ眠れそうですわ」と今更な感じのするおしとやか感を出しつつ、バウスフィールド家にオーブが保管されていた理由を話す。

どうやらルフローラの話によれば本来は東の大陸の森にある遺跡に安置されていたらしいのだが、アルフレッドの先祖が森に住まう先住民達から無理矢理奪ったのが始まりらしい。

その後はありもしないドラゴン退治の話を作り出したというのだから呆れて笑いが止まらない。先祖代々嘘と捏造のバーゲンセールを行っていたとはなんたる茶番だろうか。

土下座するアルフレッドを見下ろして龍馬は顎に手を当てながらわざとらしく言ってみせる。

 

「さて、どうしようかなぁ?散々好き勝手やってくれたしなぁ」

 

「龍馬君、もうこいつお縄でいいんじゃない?」

 

「おおう、彩弓さんったらお主も悪よのう」

 

「いえいえ、龍馬様ほどでは」

 

龍馬も彩弓もニヤニヤと不敵な笑みを浮かべつつ、震えるアルフレッド達を見下ろして彼等に対する罰を考えている。その後ろではディレットとエミールが証拠となる書類を整理して黙々と鞄に詰めているところだ。

連中は今まで散々私腹を肥やしてきたのだ。こいつらのせいで多くの人々が涙を飲んだはず。ならばそれ相応の報いを受けてもらわなければならない。

だがここで予想外の反論を上げた人物がいた。震える両親を尻目に腫れ上がった顔のままエリックが龍馬に対して声を荒げたのだ。

 

「クソッ……!黙っていればいい気になりやがって……!優れた人間が凡人の上に立つのはいつの世も当然のことだろう!それの何が悪いっていうんだ!」

 

「お前……彩弓さんとディレットにぶちのめされたのにまだ殴られ足りねえみてえだな?自分の立場わかってんのか?」

 

「それはこっちのセリフだ!!僕達が何の努力もせずただ人の上に立っていると思っているのか!!生まれ持った才能だけでバウスフィールド家がここまでのし上がったとでも!?ハッ、違うね!お前ら凡人とは何もかもが違うんだ!」

 

もはや何もかもを諦めた目をした父と母とは違い、エリック一人だけが龍馬と彩弓に食って掛かる。

優れた魔術師の家系であるバウスフィールド家。龍馬からすればろくでなしの集まりとしか思えない連中ばかりだが、エリックにとっては誇り高い事であったのだ。

それ故に幼き頃から英才教育を施され、時に一般家庭では考えられないほど厳しい叱責を両親から受けたこともある。

だが両親やバウスフィールド家という家系を嫌ったことは一度もない。人より優れた存在だからこそ厳しい環境に身を置かなければならないことはわかっていたし、それを重荷に感じたことはなかった。跡取りとして生まれた自分にはそうするべき定めであると理解しているからだ。

そうやって誇り高き存在として生まれたからこそエリックはーーーーエミールやその他の庶民のように大した才能もなく努力もせずにのうのうと魔術を学んでいる人間が許せなかったのだ。

 

「僕達はお前らとは違う!生まれも育ちも何もかもが!そんなお前らにここまでされる謂れはない!」

 

「テメエ……言わせておけばいい気になりやがって……やっぱりまだ殴られ足りねえみてえだな!」

 

「僕を殴るか?なら好きにすればいい!それで気が済むのならな!」

 

拳を震わせる龍馬。今まさに振りかぶろうとした彼の腕を誰かが掴んだ。彩弓だ。

 

「彩弓さん……?」

 

彩弓は龍馬の顔を見つめながら黙ってゆっくりと首を横に振った。彼女はそんな彼の前に立ってエリックを見下ろす。

……正直言って彩弓でさえこいつは殴り足りないくらいのクズだ。だが歪んでいるとはいえ貴族という高貴な立場に生まれた誇りと根性はそれなりにあるらしい。

問題はその気高さが間違った方向へ使われていることだ。人の上に立つべきだから下の人間に何をしてもいいというわけではないだろう。今一度それを教えてやらねばならない。

 

「……あんたさぁ、人の上に立つべき者だから下の人間には何をしても許されるって言ったよね?」

 

「そうだ!それの何が間違っている!?この世は支配する者とされる者しかいない!ならば支配される者が支配する者のために生きるのは当然のことだろう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけんな!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彩弓の一喝。突然の大きな声にアルフレッドとアンジェリカはおろか、今まで勢いのあったエリックですら思わず黙ってしまう。

 

「上に立つべき人間ってのは誰かのためを思える人間だけが立つ位置なんだよ!そしてトップってのは常に孤独な状態……そんな状態を保てる信念もない上に孤独になる覚悟もない奴が人の上に立つ資格なんかねーよ!」

 

「……っ!」

 

まさにその通りだ。人の上に立つ者、指導者は支配者というものは実力や権力を持つ反面、得てして常に孤独な存在である。自分が人の上に立つべきであると言うのであればそれに伴う覚悟と信念も必要だ。

だがエリックにはその覚悟など彩弓から見れば見受けられない。確かに名家に生まれた境遇なりの努力はしているのかもしれないが、力を振りかざして周囲を味方につけ、それで弱者を痛めつけたり苦しめるようなヤツに支配する権利など有り得ない。そういう正論をぶつけられたエリックは彩弓に対して何も言い返せなかった。

だがこのやり取りを見ていた龍馬には何か思うところがあったようだ。このままバウスフィールド家の名を地に落としてしまうのは簡単だが、少なくとも保身に走る両親とは違ってエリックには間違った方向性とはいえ、多少なりとも意志がある。そこで龍馬はアルフレッドにある提案をした。

 

「アルフレッドのおっさんよ。アンタんとこのバカ息子に免じてこちらから一つ提案がある。こっちの条件を飲むなら今回のことは秘密にしてやってもいい」

 

「ほ、本当か!?なんだ!?言ってくれ!」

 

「それはだな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の朝。エミールの自宅にキラーワスプの眼が大量に届けられた。もちろん女王の眼も。

これだけの"眼"を目の前にしたエミールの両親は飛び上がって驚いている。無理もない。これほどの量があればかなりの金になる。エミールの研究設備費用を差し引いてもお釣りが来るくらいだ。

驚いている両親に事情を説明していると今度は血相を変えてフローレンス教授が宿屋へと飛び込んでくる。かなり慌てていたようで寝癖がついたままだ。手には一枚の紙が握られている。

 

「え、エミール!大変じゃ!ワシが……このワシが……リグラス魔術学院の次期理事長に任命されたんじゃああああ!!」

 

彼の手に握られていた手紙の正体。それはフローレンス教授が学院の次の理事長に任命された旨が書かれたアルフレッド直筆の手紙であった。

次々と起こる大きな出来事。それは昨夜の龍馬がアルフレッドに提示した"条件"によるものだ。

 

 

一つ、エミールに謝罪し彼等が集めたキラーワスプの眼を全てエミールに返すこと。

 

一つ、リグラス魔術学院理事長を辞任して後任にはフローレンス教授を指名すること。

 

一つ、エミールやフローレンス教授をはじめ、魔導学を学ぶ者達への差別・妨害・迫害を決してしないこと。

 

 

 

これらの条件と引き換えに龍馬はバウスフィールド家の悪事の数々を秘密にしておくことをアルフレッドに持ちかけた。

当初、アルフレッドは「理事長辞任はあんまりだ」と涙目になっていたが龍馬は決してそこは譲らなかった。中途半端に権力を持たせたままではまたエミール達が何か不利益を被るかもしれないからだ。

背に腹は代えられない。アルフレッドは泣く泣くその条件を飲んだ。もし秘密をバラされれば名が地に落ちるどころか下手をすれば投獄すらされかねない。それよりは遥かにマシだろうと龍馬に言われてそうせざるを得ない状況だったのだ。こうしてリグラスで長年続いたバウスフィールド家の支配は実質終わりを告げ、その歴史に幕を下ろしたのである。

その日、学校内ではアルフレッドの辞任式とフローレンス教授の理事長就任式が同時に執り行われた。龍馬達も式へと参加し、フローレンス教授……いや、フローレンス理事長の新たな門出を祝福する。

 

「おい、エミール見たかよ。アルフレッドの野郎のあの苦虫を噛み潰したような顔を」

 

「見ました見ました。ふふっ、本当に悔しそうでしたね」

 

式の最中、アルフレッドが心にも無いであろうフローレンスに対する祝辞の言葉を苦い顔をしながら述べているのを見て龍馬達は笑いを堪えるのに必死だった。

式が終わると龍馬達はエミールと共にフローレンス理事長にかつての研究室へと呼び出される。

 

「エミール……それにリョーマ君にディレットさんにアミさん。本当にありがとう。君達のおかげでリグラス魔術学院……いや、この街全てがバウスフィールド家の長きに渡る支配から解き放たれる時が来た。これでワシもエミールも学校で堂々と研究が続けられるよ。本当にありがとう」

 

「いえ、そんな……俺達はそんな大層なことはしていません」

 

「そうですよ、こういう結果を迎える事が出来たのは全てエミールの力です。ね、アミさん」

 

「そうそう、ディレットちゃんの言う通り!エミール君の想いがみんなを動かしたんだよ!」

 

気弱で魔法の才能はてんで無いとも言えるエミールだが、魔法に携わる事で人々を幸せにしたいという夢を持つエミール。

その気弱さ故に彩弓に一度厳しい叱責を受けはしたが、それ故に彼はより強い意志と決意を持つことが出来た。龍馬達はそんなエミールを軽く後押ししてやったに過ぎないと語る。

 

「そういえば教授……じゃなかった。理事長はあの後どこに行ってたんですか?」

 

「教授で構わんよ。……それじゃ。それの説明もあってワシは君達をここへ呼んだのじゃ。ほれ、これを見てくれ」

 

そこへ出された一枚の大きな紙。それを覗き込む四人。それは……

 

「こ、これは……!」

 

「そうじゃ。さらに改良された魔紅力保存庫の設計図じゃ。これを見せたかったんじゃよ」

 

フローレンスは龍馬達と別れた後に知り合いの研究者達を全て訪ね、魔紅力保存庫研究の助力を頼んだ。

最初はバウスフィールド家の魔導学に対する差別的な意思を知っているせいか断られてしまったが、エミールと自分がこの研究に賭ける情熱を語ると最後には折れて協力してくれたのだ。

様々な意見を交わし、自分とエミール二人の時よりもより的確な意見や指示が出、それに伴って設計図も改良された。

だが、この設計図には足りないものがひとつある。それは……

 

「君じゃよ、エミール」

 

「僕……?」

 

「君の魔導学に賭けるその強い想いこそがこの装置を完成させる大きな足がかりとなるのじゃ。所詮ワシらはもうジジイ。残された時間は君らよりも遥かに少ない。じゃが君には若さがある。未来がある。そして夢と情熱がある。それなくしてこの研究は完成せん。どうじゃ、エミール……やってくれるか?」

 

言われるまでもない。もうエミールの答えは決まっている。自分はそのためにここまで頑張ってきたのだ。今さらどうして断れようか。

 

「はい、よろしくお願いします……"教授"」

 

「うむ、いい顔じゃな。その答えを待っておった。では研究に取り掛かるとしようか」

 

二人ともいい顔だ。龍馬達も思わず笑みが溢れてしまう。

もう自分達に出来ることはなさそうだ。これなら魔紅力保存庫が正式に開発され、実用化される日もそう遠くないかもしれない。いや、きっと近いだろう。彼等ならやってくれるはずだ。

 

 

 

そんな時、龍馬のスマホに一本の着信が。母の涼子からだ。

 

 

 

「母さんからだ……もしもし?」

 

「"龍馬、あんた今どこおるんね?"」

 

「今は帝都の南西にあるリグラスって街にいるけど?」

 

「"ほんなら急いで帝都に戻ってきぃ!あたし今帝都におるけん!ルミちゃんのことで話がある!ほな切るばい!"」

 

「えぇ!?ちょっと!?何だよいきなり……もしもーし!?」

 

しかし聞こえてきたのはツー、ツーという虚しい音である。いきなり電話してきて帝都にいるなどと言ったかと思えば言いたいことだけ言って切りやがった、と龍馬は通話の終了したスマホを見ながら苦い顔でぼやいた。

着信があったのは龍馬だけではない。彩弓のスマホにもLINEのメッセージが来ている。島袋からだった。

内容は、

 

「最後の打ち合わせとリハーサルがあるからそろそろ帰ってきてくれ」

 

とのことだった。もう少しゆっくりしていきたかったがどうやらあまり時間はないらしい。

それにガソリンもだいぶ減っているはずだ。こちらの世界ではガソリンの給油は帝都の城でしか出来ない。給油用の大きなタンクは城で預かってもらっているからだ。

まだ余裕があるとはいえ、だからこそ早めに帰らねばいざという時にガス欠になって立ち往生しかねない。ただでさえ重たいバイクに荷物まで積んでいるものを押して帰るなんてまっぴらご免である。

龍馬達は事情を説明するとすぐにこの街を去ることをエミールとフローレンス教授に伝える。

 

「そうか……寂しくなるのう……」

 

「まだ恩返しも出来てないのに……そうだ!皆さん、帰る前に一度僕の家に来てください!」

 

そう言うとエミールは半ば強引に龍馬達を家へと連れて行こうとする。龍馬達もそんなエミールに気圧されて仕方なくついて行くことにした。ついでにフローレンス教授も一緒だ。まあ、どのみち荷物の一部は宿屋に置きっぱなしだしどうせ戻らなければならなかったんだから丁度いい。

エミールと龍馬達は宿に戻ると装飾の施された小さな箱を部屋から取ってきて龍馬に差し出す。

彼が箱を開けると中には……赤く輝く宝石がそこに詰め込まれていた。これは……

 

「キラーワスプの眼じゃないか……!それもこんなにたくさん……!」

 

「はい、これはリョーマさん達が貰ってください。僕達にはまだ余分に"眼"がありますし、あれだけの量があれば研究資金には充分ですから」

 

「だけど……」

 

キラーワスプの眼は貴族や王族でさえこぞって欲しがる代物だ。そんな希少な宝をこんなにたくさんもらうわけにはいかないと龍馬は言ったがエミールはそれを龍馬に譲るといって聞かなかった。

 

「いいんです。これは僕のリョーマさん達へのせめてもの感謝の気持ちです。これはリョーマさん達がいなければ拝むことすら出来なかった。だから……」

 

「エミール……」

 

エミールと龍馬達との出会い。不思議な運命が導いたかけがえのない出会い。それはエミールにとってはどんな宝物よりも大事なもの。彼等への感謝はたとえ金銀財宝をもってしても表せないほどだ。

そんなエミールの気持ちを汲んだのか、龍馬も頷いてそれを受け取る。

 

「……ありがとよ、エミール。じゃあ、俺達はそろそろ行くぜ」

 

「……ええ、お気をつけて」

 

実際には数日しかいなかったというのにリグラスには随分長い間居座ったような気がする。

色々騒動はあったが、いい人間に巡り会えたことは確かだ。エミールやフローレンス教授と会えて本当に良かった。

別れを惜しむのもつかの間、外でバイクに荷物を積み込んでいたディレットの呼ぶ声が聞こえてくる。どうやら出発の準備が完了したようだ。

龍馬は外へと出る。ディレットは既にヘルメットを被っており、バイクのエンジンをかけた状態で待機している。

出発間際、エミールと共に両親のバートとエマ、そして遅れてやってきたフローレンス教授らが見送りに来てくれた。最後までいい人達だ。

 

「本当に……息子がお世話になりました」

 

「本当にありがとう。またよかったらうちの宿屋に来てくれ。次はもっといい肉を用意して待ってるからな!」

 

「達者でな、みんな。気を付けるんじゃぞ」

 

「ええ……皆さんもお元気で」

 

龍馬がヘルメットを被り、バイクに跨がってエンジンをかける。が、いざ出発しようとした時に彩弓がエミールの元に駆け寄った。

 

「エミール君。私、お礼を言ってなかったね」

 

「え?」

 

「ほら、森でキラーワスプに襲われた時に私のこと守ってくれたでしょ?あの時は本当にありがとう。助かったよ」

 

「え……いや……その……」

 

マウルの森でキラーワスプの巣の下の薪に着火をしようとした彩弓に襲い掛かったキラーワスプの戦闘兵。そんな彼に彩弓はある物を手渡す。

 

「これは……?」

 

それは彩弓による手書きの招待状だった。シルワ語で書かれており、"異世界フェス招待状"と記されている。

 

「ここでDJやったじゃん?あれをもっとビッグにしたイベントをステージでやるからさ。エミール君も教授や家族と遊びに来てよ!あ、来るなら泊まりがけでね!私の出番は夜の部だから!」

 

「アミさん……」

 

彼女との出会い、そして存在そのものはエミールにとって一番大きなものだ。彼女の叱咤激励がなければ自分はきっと弱い人間のままはずだ。

龍馬達はもちろんのこと、エミール大きく変わるきっかけを与えたのは彩弓に他ならない。

 

「あ、あの……実は僕も……アミさんに渡したいものがあるんです……」

 

心の中では彼女に渡すと決心していたもの。

だがいざその時を迎えると恥ずかしさからか躊躇してしまい、なかなか言い出せない。もし彼女がこうして話し掛けてくれなかったらずっと渡せたなかったままかもしれなかった。

 

 

 

だが、彼女のおかげでこうして決心がついた。

 

 

 

 

「これ……もらってくれますか?」

 

「エミール君、これって……!」

 

エミールが取り出した小箱。その中にはーーーー

 

 

 

 

 

"女王の眼"が美しく、七色に輝いていた。

 

 

 

 

 

 

「女王の眼……!だ、ダメだよ!こんな貴重なものもらえないよ!」

 

「……アミさん。あなたがいなければ今の僕はなかった。あなたのおかげで僕は新しい一歩を踏み出すことが出来たんです。その価値に比べれば女王の眼なんて安いものですよ」

 

彩弓からの叱咤激励。それがあったからこそエミールは本当の第一歩を踏み出すことができた。

彼女との出会いが、エミールの人生を大きく変えたことはまぎれもない事実。そしてそれは何物にも代えがたいエミールにとっての本当の"宝"であった。女王の眼など足元にも及ばないほどに。

こんな希少なもの貰えないと最初は断っていた彩弓だが自分を真っ直ぐ見据えて言うエミールの目を見て彼の気持ちを悟る。

 

「……わかった。じゃあ、ありがたくいただいておくね」

 

「ありがとうございます、アミさん……」

 

もう行かなければ。彼には彼の、自分には自分のやる仕事がある。招待状という大層なものを渡した以上は恥ずかしいDJは出来ない。彩弓はエミールから女王の眼が入った小箱を受け取るとそれを大事そうにハンカチで包んでバッグへとしまう。

 

「エミール君、ありがとう。今度はフェスで会おうね!」

 

「……はい!」

 

彩弓は別れを告げるとディレットのバイクに跨がる。出発の時だ。

龍馬とディレットがエンジンをかけるとバイクは唸りを上げ始める。三人は出発直前に最後の挨拶をした。

 

「じゃーな、エミール!」

 

「みんな、ありがとう!また来るからね!」

 

「バイバイ、エミール君!」

 

そしてバイクは走り出す。徐々に加速し、離れていく龍馬達の姿。エミールはフローレンス教授、そして両親と共にいつまでも手を振り、彼等を見送ったのだった。

わずか数日間でエミール達の環境は劇的に変化した。異世界からやってきた彼等三人のおかげだとエミールは龍馬達の姿が見えなくなってからも彼等が走り去った方角に向かって頭を下げ、礼を述べる。

 

「ありがとうございます、リョーマさん、ディレットさん、アミさん……」

 

そう言いながら上げた彼の顔はもう昔の泣き虫エミールではない。"大きな(こころざし)"を抱いた、立派な研究者としての凛々しい顔つきであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少年は異世界の者達との出会いをきっかけに"大志"を抱き、偉大な一歩を歩み始める。その人生にはこれから様々な困難が待ち受けているだろう。

だが、彼は立ち止まらない。それでも自分を信じて突き進むことの強さと大切さを彼等異世界の者達に教わったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして彼は……エミール・コーネリアスは魔導学を"魔導工学"と呼ばれるまでに研究を昇華させ、様々な発明品の数々で世界に革新をもたらす"魔導工学の父"と呼ばれ、歴史に名を刻む偉大な研究者となるのだが、それはまだ先の話。

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