アナザー・ディメンジョン -異界交流記-   作:誠龍

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第108話 龍馬の喧嘩指南(後編)

「えぇ!?何ですかいきなり!?」

 

「お願いします……もう誰かに助けられてばかりの自分は嫌なんです……」

 

ノエルは前々から思っていた。自分はいつも綺麗事ばかりで子供はおろか、自分の身さえ守れない非力な自分を変えたいと。そんな中で龍馬のあの強さを幾度も目の当たりにしてきた。

"全ての者に神の祝福による救いを"ーーーーそう願って布教をしてきたが、実際には龍馬のような力の強い者が多くの人々を救っているのが事実。これでは救いだのなんだのと偉そうなことは言えない。

 

「格闘術って言ってもなぁ……」

 

「リョーマ、どうする?」

 

「うーん……」

 

祖父などに教わることはあっても人に教えた事は皆無である龍馬。そもそも怒りに任せて暴れていたらいつの間にかこうなっていた感じなので技を教えてくれと言われても何から教えていいのかわからない。

かと言ってノエルの頼みを無下に断るのも気が引ける。しばらく考えた末に龍馬は仕方なく了承した。

 

「……わかりました。でも喧嘩の仕方なんて人に教えた事ないんであんまり期待しないでくださいね?」

 

「ありがとうございます!リョーマさん!」

 

かくして龍馬の喧嘩指南が始まった。人知れず特訓をしたいというノエルの要望で場所を移すことにし、ディレットは気を使って席を外した。

やってきたのは大聖堂の東側にある裏庭。ここはあまり人がこないので特訓にはちょうどよい。

 

「さて……まず教えることですが……」

 

「はい!」

 

「最も有効な戦法は"逃げる"。これに尽きます」

 

「…………はい?」

 

目を輝かせていたノエルが口を開けてぽかんとしながら今度は目を点にしていた。一瞬の静寂の後、ノエルは眉をしかめながら言う。

 

「リョーマさん!からかわないでください!私は戦う方法をーーーー」

 

「からかってません!いいですか!一日二日程度喧嘩の腕を磨いたところでいきなり強くなるわけじゃないんです!喧嘩の前にまず自分の身を守ることが大事なんです!不要な争いは避けること!それが鉄則です!」

 

勝ち目のない戦いを挑むほど無謀なことはない。龍馬の言うことは実に理に叶っている。ある程度喧嘩慣れした者ならまだしも、技術も経験も持たぬノエルが場慣れした人間に勝つなど不可能だ。戦いを避けるか、或いは全力で逃げるか。それが最善策である。

 

「……それは……そうですが……でも、それでは周りの人達を守れません……」

 

ノエルがうつむいて拳を握り締めた。いくら平和や愛などを訴えても理解できない人間や悪意の塊のような人間は先ほどのゴロツキのようにいくらでもいる。そんな人間達から自分の大事な人達を守りたいというのに、"逃げることが最善策"などと言われてもはいそうですか、とは言えない。

 

「……と、ここまでは"自分の身を守る方法"です」

 

「……え?」

 

「さっきの馬鹿どものようにチンピラやゴロツキとの争いを避けられないこともあるでしょう。周りに非力な人がいるなら尚更だ。そういう時は決して怯んではいけません。奴等は相手が弱いと分かればハイエナのようにたかってきます。そして"喧嘩"は"ルール無用のデスマッチ"です。使えるものは何でも使いましょう。たとえばこの足元の土や砂。こいつを投げて目眩ましなんてのも有効です」

 

喧嘩とは環境によって有利か不利かが左右される。自分にとっていかに有利な状況で始めるか、そういう状況に持ち込めるかはかなり重要だ。

 

「でも、そんな……」

 

「卑怯だ、悪だと思いますか?ノエルさん、喧嘩に騎士道精神は必要ありません。勝つか負けるかです。自分が守りたいと思う人がそばにいるなら尚更です」

 

そもそも悪意を持って襲い掛かってくる連中に容赦も情けも必要ない。こちらの身を守るためなら手段や理想などを選んではいられないのだ。龍馬はそうやって修羅場を潜り抜けてきた。

そういった"覚悟"にも近い心構えを真剣に教えるとノエルもわかってくれたらしく、黙って頷いた。

 

「……次は技を教えましょうか。じーちゃん直伝の技です。力のない女性でも練習すれば多分使えるかと」

 

「お願いします!」

 

まず龍馬は相手の攻撃に対して使える"小刀封じ"を教える。これは対ナイフを想定した技だが、動きの基本は合気道に準じたものであり、素手の相手に対しても使える。うまくいけばそこから非力な女性でも大の男をねじ伏せたり拘束することも可能だ。

 

「……こうやって……相手がこうしてきたら……こう……」

 

「こう……ですか?」

 

「そうそう、そんな感じです。次はもう少し早くやってみましょうか」

 

「はい!」

 

龍馬の教えた動きを今度は素早くやってみる。今回の一連の流れは相手の腕を掴むと共に懐に入ってそこから腕を捻る、というとこまでだ。ここまでいけばあとは顔面をぶちのめすだけで雑魚なら一撃で沈む。

 

「いきますよ……それ!」

 

「え、えいっ!」

 

龍馬が少し早くノエルの顔目掛けて手を伸ばす。ノエルは教えられた通りに龍馬の腕を掴んで捻りーーーー、

 

「あだだだだだ!!痛い痛い痛い痛い!!ノエルさん、力入れすぎ!!」

 

「あっ!ご、ごめんなさいっ!」

 

龍馬の腕を力を入れて捻ってしまったノエル。咄嗟に腕を放したが龍馬は未だに腕をさすっている。

つい力んでしまったが、しかしあの龍馬が痛みを訴えたことで効果のほどを実感できた。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「おー、痛い痛い……なかなか力ありますね、ノエルさん……次はパンチ力でも試して見ますか?」

 

ノエルの力が思ったより強かったので一度彼女の力を試してみようとノエルに向けて手のひらを向ける龍馬。ノエルは困惑するが龍馬は「遠慮なく拳を打ち込んでみてください」と余裕の表情だ。

 

「わかりました……行きます!」

 

「どんと来い!」

 

「えいっ!!」

 

ノエルがぎこちなくも龍馬の手のひら目掛けて拳を打ち込む。そして龍馬は彼女の拳を受け止めーーーー、

 

「っ!?」

 

凄まじい衝撃が龍馬の手のひらを直撃し、ノエルの拳は手のひらを弾き飛ばしてそのまま龍馬の顔面に直撃した。

何が起こったのかわからない龍馬は後ろに吹っ飛ばされて尻餅をつき、遅れてやってきた顔面の痛みに頬を押さえながら自分がノエルのあまりのパワーに殴り飛ばされたのだとようやく気付いた。

 

「りょ、リョーマさん!大丈夫ですか!?ごめんなさい!!」

 

「ちょ、待っ……え……えぇ……?」

 

事実に気付いたが、ノエルのパワーが未だに信じられない。あんなパンチを喰らったのは久しぶりだ。ぶっちゃけ彼女はその辺のチンピラやゴロツキよりよっぽど強いのではないか。いや、そもそも自分が喧嘩を教える必要なんてあったのだろうか?

 

「だ、大丈夫です。意外に……というかかなり力強いですね、ノエルさん……普段なんか力仕事とかしてます?」

 

「ち、力仕事……ですか……?ええと……」

 

普段の仕事を思い返してみる。聖職者としての仕事はもちろんのこと、大聖堂の掃除や日用品に食料品の買い出しなどの中で重たい家具の運搬や買い出しの品物を数多く抱えて歩くなどそれなりに力の必要な仕事をこなしていたノエル。

もしかしたらそれが原因なのだろうか。

 

「……そりゃ、力も鍛えられるはずだわ」

 

もっと本気のパンチを浴びていたらもしかすると自分でさえ気絶していたかもしれない。それほどまでにノエルの力は強かった。

 

「ご、ごめんなさい!本当にごめんなさい!」

 

「い、いやいや。ノエルさんは悪くないですよ。むしろいい意味で驚きました。ノエルさん、あなたは自分が考えているよりずっと強いと思いますよ」

 

「ほ、本当ですか?」

 

「ええ。あとは技と度胸と自信、それに経験ですかね。場慣れすればその辺のチンピラくらいなら軽く捻り潰せると思います」

 

その言葉に嘘偽りはない。こうしてみて初めてわかったが、彼女は中々に素質があるだろう。

もう少し技術を教えれば少なくとも自分の身を守るくらい簡単なはずだ。

龍馬は続けて"鬼崩し"や"武士泣かせ"などの五十嵐流の技をノエルに教えた。祖父のような教え方は出来ないが、これで彼女が自分の身くらいは守れるようになったと思いたい。

 

「もっと素早く!"鬼崩し"はタイミングが命です!」

 

「は、はい!」

 

その後も練習は続く。かつて祖父に教えてもらったこの技と極意をまさかノエルに教える日が来ようとは。

 

「……よし、これくらいでいいでしょう。後は日々練習してればそれなりに身につくはずです」

 

「はい!リョーマさん、ありがとうございました!」

 

ノエルは深く頭を下げて龍馬に何度も何度も礼を述べる。

特訓を終えて大聖堂に戻るとディレットがまだ戻ってきていないことに気付く。スマホを見ると「タマラおばさんに挨拶してくるね」とのメッセージが。どうやらタマラの店に行っているらしい。このまま城に戻るわけにもいかないし、彼女が戻ってくるまでしばらく待つほかないだろう。

そんな龍馬を見てノエルからある提案が。

 

「そうだ、リョーマさん。よろしければ一緒に買い物に行きませんか?」

 

「俺と?」

 

「ええ。実は日用品や食料に少し足りないものがあるのでこのあと買い物に行く予定だったのです。ディレットさんもしばらく戻らなさそうですし、格闘術の指南のお礼もしたいのでよろしければ私とご一緒にどうかと……ご迷惑でしたか?」

 

確かにここでこの大聖堂に不釣り合いな山笠を眺めてボーッと待っているよりはどこかに行った方がいい。どうせディレットもすぐには戻らないだろうし、暇潰しにちょっと行ってこよう。

 

「せっかくだし、ご一緒しますよ。よろしくお願いします」

 

「はい、こちらこそ」

 

こうして龍馬はノエルと共に買い物へと出かけることになった。

せっかくなのでまだバイクに乗ったことのないノエルを後ろに乗せて走ってみる。最初は怖がっていたノエルだが徐々に慣れたらしく、目的地が近くなるころには完全にバイクのタンデムを楽しんでいた。

目的地のバザー通りに到着し、買い物を済ませる。途中、ノエルからのお礼として色々食べ物を奢ってもらった。高校生ともなれば食べ盛りの時期。そんな龍馬にとってはありがたいお礼である。

 

「さ、じゃあ帰りましょうか」

 

「はい」

 

それほど荷物は多くなかったのでパニアケースに入る量だった。かくして荷物をバイクに積み込んで出発しようとするが、そんな二人に近づく複数の影が。

 

「おい!!さっきはよくもやってくれたなぁ!!」

 

見ると先ほど龍馬に打ちのめされたゴロツキの男の姿がそこにあった。しかも今度は十人ほどの仲間を連れてだ。やはりこの手の連中というのはどこもやることは同じだと龍馬は苦笑する。

 

「りょ、リョーマさん……」

 

「大丈夫です、ノエルさん。……おい、先に子供に手ェ出したのはお前らだろうが。自業自得って言葉を知らねぇのか」

 

「うるせぇ!ニホンのバーサーカーだかなんだか知らねえが異界人が調子に乗ってんじゃねぇ!ぶっ殺してやる!!」

 

リーダー格の男は仲間と共に龍馬に襲いかかる。龍馬は笑みすら見せる余裕の表情で屈強な男達を相手に豪快な喧嘩技と祖父直伝の体術で彼等をいなしていく。

パンチを屈んで避けてからの鳩尾への一撃。さらにそこから鬼崩しによる足払いとダウン追撃。殴りかかってきた男の一人をその勢いを利用して壁に叩きつけるなど圧倒的な戦闘力を見せた。

龍馬が多人数を相手に立ち回る中、最初に龍馬に殴られたリーダー格の男は腹部を押さえながらヨロヨロと立ち上がる。が、彼が狙ったのは龍馬ではない。

他の仲間に龍馬が気を取られている隙に離れた場所に避難していたノエルに狙いを定めたのだ。

 

「ひっ……!!」

 

「へ、へへ……!丁度いいや……!あんたには人質になってもらうぜ!」

 

龍馬は他の男達と殴り合っていてこちらに気付いていない。リーダー格の男はナイフを取り出すとそれを突き付けながらジリジリとノエルににじり寄る。

光るナイフの切っ先を見てノエルが恐怖に怯えた。

このままでは捕まってしまう。もし自分が人質になってしまえば龍馬はきっと手も足も出せなくなる。

この時恐怖に染まったノエルの心の底に僅かな戦意が湧いた。ーーーーそれだけは避けねば。もう守られてばかりなのはごめんだ。

ノエルは拳を握り締め、構える。恐怖を必死に圧し殺しながら。

 

「大人しくしろやああああ!!」

 

男のナイフが迫る。ノエルは落ち着いて呼吸を整えた。真っ直ぐ相手を見つめ、神経を研ぎ澄ましーーーー拳に力を集中させる!

 

 

 

 

 

 

 

 

「せいやあぁっっ!!!!」

 

 

 

 

「ぶへえぇっ!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

例えようのない音が響き渡る。ナイフをかわして男の懐に潜り込んだノエルの拳が男の顔面を捉えて直撃する。男の身体は仰け反りながら宙に舞い、2メートル後方へと吹き飛んで地面に叩き付けられた。

男は既に気を失っている。そんな一連の光景を目撃した男の仲間達と龍馬も思わず手を止めて目を丸くして絶句した。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

ノエルが荒い息のまま倒れた男を見下ろす。

龍馬との練習とは違う、初めて人を本気で殴った感触。その言い様のない感情にノエルは声を出せないでいた。

今のノエルは動揺している。今襲い掛かられたら成す術もないだろう。龍馬は素早く機転を利かせてゴロツキの男達に言う。

 

「……おい、お前らどうすんだ?あの女の人、見た目以上に結構強いぜ?俺ら二人を相手にまだやるかい?」

 

「ぐっ……!」

 

「く、くそっ……!」

 

「ちくしょう、覚えてろよ!」

 

半分ハッタリではあるが、動揺しているのは男達も同じだ。このタイミングでこの発言はかなり効いたようだ。残った男達は捨て台詞を吐きながら足早に逃げていく。

ゴロツキ達が去ったのを見届けるとノエルは一気に身体の力が抜けてしまったのか、その場にへなへなと座り込んでしまう。

 

「ノエルさん、大丈夫ですか?」

 

「……はい……なんとか……」

 

「とりあえず帰りましょう。立てます?」

 

「あ……ありがとうございます……」

 

龍馬に差し伸べられた手を掴んで立ち上がるノエル。どうにかバイクの後ろに乗せて大聖堂まで帰る。

荷物をパニアケースから下ろし、大聖堂まで運び込む一連の作業を手伝った後にノエルの私室に案内され、そこで龍馬はお茶をご馳走になった。彼女も少しは落ち着いたようだがお互いに無言のまましばらく沈黙した時間が続く。

 

「リョーマさん……」

 

「はい?」

 

「私は……身を守るためとはいえ、暴力に訴えてしまいました。こんなことを言っては格闘術を教えてくれたリョーマさんに申し訳ないとは思っているのですが……私のやったことは本当に正しかったのでしょうか?」

 

「……」

 

ここでようやくノエルが口を開いた。やはり先ほどの喧嘩沙汰のことを気にしているのだろう。

無理もない。彼女は暴力とは無縁の聖職者だ。いくら相手が悪人で自分の身を守るためだったとはいえ、初めて本気で人を殴ってしまったその感触が言い様のない感情となって心に残り、忘れられない。いや、それよりももっとーーーー聖職者としてあるまじき感情をあの時覚えてしまったのだ。

 

「あの時私は……人を力でねじ伏せたあの瞬間に……罪悪感と共に相手に勝った、という高揚感を覚えてしまいました。私は聖職者であるはずの自分にそのような感情が芽生えてしまったのが何よりも怖いのです。愛や正義といった名の元に暴力を正当化し、私自身も暴力の虜になってしまうのでは、と……」

 

あの時ノエルが抱いたのは罪悪感以上に相手を倒した、悪人に力で勝ったという事実に対してのカタルシス。そんな感情を抱いた自分自身が非常に恐ろしかったのだ。

いずれ自分も彼等と同じように暴力を行使するようになってしまうのでは、という恐れが彼女にはあった。

 

「……俺は聖職者じゃないので何が正解なのかはわかりません。俺はキレたら周りが見えなくなるようなヤツだし、気に入らないヤツは怒りに任せてぶん殴ってきたし……でもひとつだけ確かな事があります」

 

龍馬はノエルの問いに多少困惑しつつも自分なりの答えを口に出してみる。

これが正しいかはわからないし、立派な行為だとは思えないがしかし……。

 

「……力が無ければ何も守れません。悪意のある連中相手に正論は通じない。目には目を、歯には歯を、力には力で対抗するしかないんです。少なくとも俺はそう考えています」

 

龍馬の脳裏にいじめられていた幼い頃の記憶が蘇る。佐古田の悪意によって重傷を負ったターボの姿も。

もしあの時自分が暴力で対抗しなければターボはあのまま死んでいたかもしれない。そう思うと自分の行いが間違っていたとは言い切れない。

しかしノエルのような人間の言うことが本来ならば正しいのだ。暴力なんて振るったり振るわれたりしないほうがいいに決まっている。平和が一番なのだと。

しかし悲しいかな、人が人である限り暴力の連鎖は決して無くならないだろうし、最初に言った通り悪人に正論は通じないのだ。そういった連中が危害を加えてくるならば"力"で黙らせるしかない。

 

「何が正しいかなんて誰にもわかりませんよ。俺だって自分が正しいとは思ってません。でも悪意を持って危害を加える連中が来るならブッ飛ばすだけです。……俺は頭がいいほうじゃないんでそれくらいしか言えませんが気休めにでもなれば」

 

「……」

 

ノエルは考え込みながら黙ったままだ。再び流れる沈黙。その静寂を破ったのは龍馬のスマホだった。画面を見るとディレットから着信が。龍馬は電話に出る。

 

「もしもし?」

 

「"リョーマ、今大聖堂の前まで戻ってきたんだけどリョーコさんから電話が来たよ!早く城に来なさいって!"」

 

「やべ……母さん待たせてたんだった!すみません、ノエルさん!急ぐのでちょっと失礼します!」

 

「あ……リョーマさん……!」

 

ノエルが引き止める間もなく、龍馬は足早に去ってしまう。

龍馬が去った後、部屋に一人取り残されたノエルは再び静寂の中で自らに自問自答する。

"何が正しいかなんて誰にもわからない"ーーーー龍馬のその言葉が脳裏に残ったままだ。

そうだ、その通りのはずだ。だがこのモヤモヤとした気持ちはなんだろうか?

あの時悪漢を打ち倒した自分の中に渦巻いた安心感とそしてーーーー暴力での勝利による高揚感。この二つが聖職者としてのノエルの在り方を揺さぶってくる。考えても考えてもやはり答えは出てこない。

ため息をついてすっかり冷めた茶の入ったカップを見つめていると部屋にノックの音が響き渡る。

 

「私だ。アレクだ」

 

「アレク様……どうぞ」

 

「邪魔するぞ」

 

部屋に入ってきたのはアレクだ。いつものように愛用の槍を錫杖のように持ってノエルのすぐ側の椅子に座る。

 

「らしくないな、ノエル。悩み事か?」

 

「ええ……ちょっと……」

 

「そうか……ああ、そういえばそこでリョーマの奴に会ったぞ。城に来ている母親のところへ行くとか言って急いでいたようだが……奴と何かあったのか?」

 

丁度よい。自分が信仰している神が目の前で話を聞いてくれているのだ。思い切って先ほどのことを相談してみるのもいいかもしれない。

 

「実は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっはっは!なんだ、お前はそんな事で悩んでいたのか!」

 

ノエルの悩みを聞いた瞬間、アレクは手を叩いて笑い出した。そりゃあ神からすればちっぽけな悩みかもしれないが、そこまで笑うことはないのではと若干頬を膨らませるノエル。

 

「あ、アレク様!私は真剣にーーーー」

 

「いや、すまんすまん。しかしノエルよ、そんな事で悩む前によくよく思い出してみろ。お前が信仰している神……つまり私だ。私は何の神だ?」

 

「そんなの決まっています!アレク様は戦いと希望の女神……あっ」

 

ようやくそこでノエルは気付いた。信仰するアレクは希望の女神であると共に戦いの女神でもあるということを。"守るために振るう力"を何ら恥じることはないのだということを。

 

「そう。私は戦いの神でもある。そんな神を信仰しているというのにたかが喧嘩のひとつやふたつで悩むなど滑稽にも程があるぞノエル」

 

「も、申し訳ありません!」

 

「よいよい。そういう純粋な優しさがあってこそのお前だ。しかし愛の化身みたいな性格をしているお前がリョーマに喧嘩を教えてもらうとはなぁ……世の中何があるかわからんものよ。これだから人間は面白い!」

 

さらにアレクはハッハッハと笑う。神に比べれば人間などほんのわずかしか生きられぬか弱き存在。だからこそ彼等は神が想像もしないことで悩み、傷付き、強くなっていく。アレクはそんな"人の可能性"を観察するのが面白くてたまらなかった。

 

「心配するな。お前のような性格の奴なら力の使い方を間違えたりはしないだろう。それに……あのリョーマから直々に鍛えてもらっているのだからな」

 

「……どういうことですか?」

 

「よいか。弱き心の人間が下手に力を持てばいずれ力に溺れて自らの破滅を招く。だが……"誰かを思う心が強い者"は決して力に溺れず、強靭な精神力を保てるのだ。お前やリョーマのようにな」

 

「……」

 

龍馬は短気ではあるが決して自分から手を出すことはしない。弱い者いじめがいかに愚かなことか、身を持って知っているからだ。

彼の怒り、そして力はいつだって誰かのために使われている。そんな彼から力の使い方、在り方をノエルは教わったのだ。アレクはそれならば何の心配もないだろうと胸を張って言ったのである。

 

「まだ迷いがあるとはいえ、お前も誰かのために覚悟を持って新たな行動を起こしたのだ。そんな自分を少しくらい労ってやってもバチは当たらんと思うぞ。神たるこの私がバチが当たる当たらないの話をするのも少し可笑しな話だがな」

 

「アレク様……」

 

もう悩むのはやめよう。もっと自分自身を信じよう。彼……龍馬のように。ノエルはうつむいた顔を上げて前を見据える。

 

「うむ。また一つ、成長したなノエルよ。そうだ。その顔だ。私達神はそうやって悩みながらもそうやって前を向いて進もうとする人間達に世界を託せる可能性を見出だしたからこそ人間に味方したのだ。お前にはこんな偉大な神がついているのだぞ?もっと胸を張れ!」

 

「……はい!」

 

そうだ。自分にはアレク様がいる。理解し合える仲間達がいる。もっと学び、精進しよう。彼等と共に歩む未来ならきっとどんな苦しい道のりでも乗り越えていける気がする。ノエルはまた一つ、成長したのであった。

 

「ところで……腹が減ったな。今日は"ヤキトリ"が食べたい気分だ。竜の髭亭にでも行くか!」

 

「ふふ。アレク様ったら。いいですわ、お供致します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、帝都に現れる暴漢を次々と打ち倒し、弱き人々を救う聖女が活躍する話があったとかなかったとか。

 

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