異世界を舞台にした彼等のショータイムが幕を開ける。
色付きの号砲が帝都の空に上がる。遂に二度目のフェスが始まった。
街は前回以上に凄まじい人々でごった返しており、街の外にまでフェス目当てでやってきた人々が溢れ帰っている。
前回はバザー通りを中心にして多くの店が広がっていたが、帝都の外からやってきた商人があまりにも多過ぎて街の外側にある平原にまで大規模なキャンプが広がっており、そこで寝泊まりや商売を始める者も多い。
城のバルコニーからこの大きすぎる賑わいを見てソフォスとモニカも思わず絶句している。
「何という人の数じゃ!前回とは比べ物にならん!」
「お父様、これは大忙しになること間違いないわ!私達も早く行動しましょう!このままじゃ移動もままならないわ!」
「お、おお!そうじゃな!」
祭りの当日になってもやることは山積みだ。何せ今回は"向こう"の世界からの来訪者も多いのだ。
現在港には日本からの来訪者も多く訪れており、そちらにはアルバートと彼の率いる部隊の騎士や兵士達が誘導に当たっている。
「押さないで!ゆっくり二列になって入場してください!」
凄まじい人々の列だ。別の桟橋からはフェス関係者の船が到着し、そちらはアルフォンスの部隊が誘導している。
一方、噴水広場のステージでも最後の調整が行われていて慌ただしい動きを見せていた。今回は例のコンテストがあるのだ。
コンテストの開催は昼から。それまではDJ陣や日本から呼ばれたアーティストやバンドグループの演奏が続けられる。ステージの裏側の控え室代わりのテントには次々と日本から現地入りしてきたキャスト達と
「すげー人だかりやな!前とは比べもんにならんくらいおるやろこれ!」
「いやー、これはマジでヤバイよ、うん。こりゃあ絶対失敗できんばい」
フレアバーテンダーとして多くのイベントや大会、パーティーでパフォーマンスをこなしてきたベテランのナックルでさえもこれだけの人の数を前にすると身震いがするというものだ。しかも今回は前回以上に貴族達も多い。絶対にヘマをするわけにはいかないし、中途半端なショーを見せるわけにはいかない。
そもそも何故彼が今回のコンテストに出ることになったのか。その話は一ヶ月前に遡る……。
ーーーー1ヶ月前……天神・親不孝通り"フレアバー・エデン"にて
とある水曜日の夜。週の半ばとあってか客はまばらだ。二階から見下ろす親不孝通りも幾分落ち着いている。
これが週末ともなれば大騒ぎする酔っ払いやらイチャイチャするカップルやらそれらを拾うタクシーやらで混み合っているのだが、いかに繁華街といえど中洲ほどの規模ではない親不孝通りの週半ばなどはこれが普通の風景だ。
今日の客は仕事帰りの常連が軽く二杯ほど飲みに来たのと、日本人とエルフのカップルがデートで来たくらいだ。
「そういや、龍馬君達元気にしてるかねぇ」
さっきのカップルを見て思い出したのだが、龍馬とディレットはどうしているのだろうか。ディレットはともかくまだ未成年の龍馬に店に遊びに来いとも言いにくい。だがあの二人にもいつか店に来てもらいたいものだ。そうしたらとっておきのカクテルを出してやろう。そんなことを考えながら軽くボトルを回していると一階から足音が聞こえてくる。メインフロアである二階へと向かう螺旋階段から姿を覗かせたのは意外な人物だった。
「いらっしゃいませ。……あれ、あなたはあの時の」
「久しぶりだな、ナックルよ。元気にしていたか?」
店にやってきたのはあのフェスでレインボーショットを振る舞ったアドルファス・ヒューイット伯爵だ。派手な貴族の服ではなく、日本に馴染めるように紺のスーツを着ている。
「ヒューイット伯爵じゃあないですか。まさか本当に僕の店に来てくれるとは……嬉しい限りですね」
「うむ。このために渡航資格を取ったのだ。最初はなかなか苦労したぞ」
「わざわざそのために……ありがたいお話ですね。恐縮です。ところで……今日はお一人ですか?」
「いや、実はもう二人連れてきているのだ……お二人とも、どうぞ」
続けて階段を上がってやってきたのは見覚えのある女性と……何やら厳格そうな顔をしたガタイのいい男性だ。女性は赤いドレス姿で男性はタキシードを着用している。
「シルヴィアさん!」
「お久しぶりですわ、ナックル様」
そこにいたのは紛れもない、ベルスティード家のシルヴィア侯爵令嬢だ。彼女もナックルがカクテルを振る舞った客の一人である。
「後ろの方は?」
「紹介しますわ。
「……お初にお目にかかる。ベルスティード家当主、クリストファー・ベルスティードだ。その節では娘が世話になったそうで、この場を借りて礼を言わせてもらいたい」
シルヴィアと共にいたのは彼女の父親のクリストファーだ。ヒューイット伯爵と比べるとより貴族らしい雰囲気が感じられる。その眼光も鋭く、少し気圧されそうだ。
「シルヴィアさんのお父さんでしたか。いえいえ、こちらこそお嬢さんに素敵な贈り物をしていただいて……」
カウンター越しにクリストファーと握手をしながらナックルはチラリと店の壁に目をやる。そこにはベルスティード家の紋章が入ったあのスカーフが額縁に入れられて飾られていた。
「まあ!これはあの時私が贈ったスカーフ!こんなに大事にしていただいてるなんて……感謝の極みですわ……!」
「いえいえ、感謝するのはこちらです。このスカーフのおかげで異世界のお客さんも増えてくれてありがたい限りですよ。"フレアバー・エデンはベルスティード家のお墨付き"ってね」
このスカーフを見た、ベルスティード家を知る在日異界人の人々の間ではあっという間に噂になっていた。「エデンという名の酒場はあのベルスティード家が認めた店」だと。おかげで新規の客も増えてありがたい。
「立ち話も何です。どうぞカウンターにお座りください」
ナックルに案内され、中央付近の席三つに三人は座る。お手拭きとコースターを用意し、メニューを手渡した。
「それで……ご注文は?」
「「「乾杯!」」」
三人のグラスがカチンと静かな店内に響き渡る。三人がそれぞれのグラスを傾けてカクテルを口にし、異界の酒を堪能する。
「ふう……うん、素晴らしい味だ」
「ああ、とても美味しいわ。これよ、これ。これがずっと待ち焦がれたエデンの味ね」
「うむ。二つ、或いはそれ以上の酒を混ぜて作る一つの酒というのはとても味わい深く、奥深いな。果実を味付けと飾りに使うというのも面白い」
三人はそれぞれ自分の好みとそれに合ったオススメで出されたカクテルを口にし、各々の感想を述べた。
「強めの酒が欲しい」と希望したヒューイット伯爵が飲んでいるのはモスコミュールだ。ウォッカをベースとしたカクテルでジンジャエールやライムジュースを使って作る。
「赤くて美しいお酒が飲みたい」と希望するシルヴィアにはビールとトマトジュースを使用するレッド・アイを、全てをナックルに任せたクリストファーに対してはマティーニを提供した。ジンベースのカクテルであるマティーニは"カクテルの王様"とも呼ばれており、威厳のあるクリストファーにはピッタリだろうとナックルは考えたのだが、どうやらお気に召したようだ。
少し話も弾んだところで今回の来訪についてナックルは尋ねてみる。
「伯爵、今日は何故わざわざうちの店まで?」
「おお、そうだ。その事について話さねばな。実はシルヴィア様とクリストファー様よりお主に提案があってな」
「ええ、それを是非伝えようと思って。わざわざ渡航資格までとってここへやってきたのは私の完全なワガママですけどね」
シルヴィアは軽く口を抑えてうふふ、と笑った。隣でマティーニを飲み干したクリストファーは軽く咳払いをすると"提案"について話し始める。
「……実はな、今度のフェスで帝国主催の大道芸コンテストをやることになったたのだ。単刀直入に言おう、そのコンテストにそなたも出てみぬか?」
「コンテスト?それに僕が?」
大道芸コンテストーーーー帝国内外問わず様々な芸達者な者達が集まり、己の芸を披露する催し……だそうだ。これはフェスという多くの人々が名を売るチャンスのため、既に多くの応募が集まっている。
「そうだ。"七色の酒を生み出す男"……専ら貴族達の間でも噂になっておるし、前回のフェスでそなたの腕前を目の当たりにした民衆の間でも話題になっておる。もし出てくれるのであれば個人的なものではあるが礼は弾もう。どうだ?」
「……」
既に彼の答えは決まっていた。
そこにパフォーマンスと美味しい酒を求める人々がいるのであれば向かわない訳にはいかない。ましてや貴族がこうしてわざわざ世界を越えて自分の店までやってきてくれたのだ。それを無下にしてはフレアバーテンダーの名が廃るというもの。
「……もちろん、お引き受け致しますよ。ベルスティード家当主からの直々の頼みとあっては断れませんから」
「そうか……!これでコンテストも盛り上がるというものだ。恩に着る……!」
「ありがとうございます、ナックル様。ところで……今日はもう一人の"ばーてんだー"の方はいらしてませんの?あの方、凄く面白い方だったので是非お会いしたいのですが……」
シルヴィアの言う"もう一人のバーテンダー"とはおそらく……というか間違いなくプリンスのことであろう。肝を冷やしたあの思い出がナックルの脳裏に蘇る。
「あー、プリンスですか。あいつ今日は休みなんですよ。しかも確か今日は出かけるって言ってたから今から呼ぶのも難しいかもしれませんね」
「そう……それは残念ね。彼が来たらよろしく言っておいてくださると嬉しいわ。何なら彼もコンテストにご一緒してくださるとなお良いのだけど」
「はは、光栄な話ですね。次にあいつが出勤したら伝えときますよ。ところで……」
既にシルヴィアもクリストファーもヒューイット伯爵もグラスが空だ。次の注文を取ってもいいだろう。
「次は何にしましょう?」
「それでしたらナックル様!私、またあの七色のお酒が見たいわ!」
「シルヴィア様、それはいい考えですな!私もあの七色の酒を待ち望んでいたのですよ!」
「ふむ、娘とヒューイット伯爵がそれほどまでに期待する七色の酒……コンテスト前に是非見ておきたいものだ。ナックルよ、私もそれを所望する」
「はい、"レインボーショット"ですね。かしこまりました。それでは準備しますので少々お待ちを」
三人から七色の酒こと"レインボーショット"を希望されてナックルはグラスとシェーカーを用意する。店のスピーカーにスマホを接続してパフォーマンス用の音楽を流し、準備は万端だ。
ボトルが宙を舞い、シェーカーが小気味良い音を立てる中で彼はその手で"虹"を生み出す。
生み出された"虹"。それはカクテルという芸術で描かれる美しい"虹"だ。
待ち焦がれた"七色の酒"を目の当たりにした三人からは歓声が上がり、静かに終わるかと思われた週半ばのエデンの夜は賑やかに過ぎ去っていった。
そして現在。フェスの会場にていよいよステージイベントが始まり、本番まではあと数時間となった。彼はプリンスと共に今一度、道具の準備に問題はないか確認する。
……問題はない。全て揃っている。音響に関しては龍馬と顔見知りであるDJの島袋に融通してもらった。
「やあ、ごきげんよう。あなたが噂のナックル氏ですか」
後ろから突然声をかけられる。振り向くと頬にタトゥーらしきものを入れたオレンジ色の長い髪の男性が立っている。
「そうですが……あなたは?」
「申し遅れました。私は"火と煙の幻団"の団長を務めさせていただいております、マティアス・クロフォードと申します」
マティアスと名乗るその男性は丁寧に一礼したのちにナックルに握手を求めてきたので彼もこれに握手で対応する。
「よろしく、マティアスさん。フレアバーテンダーのナックルです」
「本日は正々堂々、競い合いましょう。"七色の酒を生み出す男"よ」
「……!」
にこやかに笑うマティアス。しかしナックルはその瞳の奥に強く燃える彼の対抗心に気付いていた。
あくまで紳士的に対応しているマティアスであはあるが目は笑ってはおらず、まさに闘志を燃やす猛獣そのものだ。
「……ええ。僕も楽しみにしてます」
「お互い良い結果を出せるように頑張りましょう。それでは私は最後の準備がありますので失礼します」
マティアスは再び一礼し、奥で待つ二人の男女の元へと去っていく。あの二人が"火と煙の幻団"の仲間だろうか。彼等も遠くから軽くナックルに軽く会釈しながらにこやかな顔を見せる。が、その目はやはりマティアス同様勝負に燃える者の目である。
激戦の予感を感じる中、彼等と入れ替わりに会場の下見をしていたプリンスが戻ってきた。
「お待たせ。やっぱどこまで行っても人、人、人だよ。地面を見る機会がこんなに少ないの割とガチでないよね。……ところで今のは?」
「あれがコンテスト出場者の1グループらしいよ。"火と煙の幻団"っていうらしいっちゃけどね」
「火と煙の……?ああ、彼等がそうなんやね。いや、下見してたら会場の人達がよく話してたのを聞いたんよ。彼等結構有名な旅芸人らしいけんさ、あれやね、これは今回のコンテスト一番の強敵の予感がするばい」
「うん……あいつらニコっとしてはおったけど目が笑ってなかったもん。真剣そのものやけん」
コンテストの参加者は数多い。辺りを見回せば様々な参加者の人々でいっぱいだ。皆活気に溢れているが、あれほどまでに強い意志を秘めた目をした者は火と煙の幻団以外には見受けられない。
二人は激戦の予感を感じつつ、コンテストの出番に向けて準備を始める。
「おっ、あそこ!親父とアヤだ!」
「リュウイチロウさーん!アヤー!」
「あっ、龍馬!ディレット!やっほー!」
「やれやれ、やっと着いたよ。凄い人だかりだな。前とは比べ物にならないね」
港にやってきた船から降りた龍一郎とアヤを出迎えた龍馬とディレット。アヤは初めての異世界とあって龍一郎の頭の上で跳び跳ねてはしゃいでいる。力の源となるガジュマルの苗は龍一郎が背負っているリュックの中にビニールに包んで入れてあるようだ。
人混みをかき分けて城へとたどり着き、荷物を降ろすと家族で噴水広場前のステージへ向かった。もちろん今回のフェスの昼の目玉であるコンテストを見るためにだ。
大々的に宣伝を行っているためか日本、異世界の人々を問わず見物人は多い。MCは島袋が担当している。
「"さあ、遂にやってまいりました二回目の異世界フェス!今回はこちらのステージにて様々な者達が『芸』を競い会うコンテストを開催致します!現在、出場者が準備中ですがもう間もなく登場しますので開催まで今しばらくお待ち下さい!"」
初めて見る日本の音響設備の数々を前にして驚く人々もいれば、前回のフェスを経験しており、興奮した様子でステージに声援を贈るものもいる。
ステージ裏のテントでは目前の出番に向けて愛用の道具を手入れする者、我こそはと意気込む者達で溢れている。ナックルとプリンスもそのうちの二人だった。
「さ、そろそろ出番ですよっと。準備OK?」
「ああ。いつでも大丈夫ばい」
プリンスが先に道具を準備して抱え、ステージに向かおうとする。そんな矢先、不意に後ろから声がかかる。
「……プリンス、待て」
「
「景気付けや。こいつを
するとナックルは二つのビアマグを取り出すとクーラーボックスから赤い液体が入ったボトルを取り出す。
……プリンスはそれがすぐにトマトジュースであると気付いた。そして彼がこれから何をしようとしているかも。
ナックルは続けざま、ジンジャーエール、そしてタバスコとコショウにウスターソースを取り出してそれらを割ったあとに生卵を落とす。
「……なるほどね。"バーテンダーの朝食"か」
「ノンアルコールやけどな。大事な競技前やからビールの代わりにジンジャーエール。"バーテンダーの朝食・エデンスペシャル・ノンアルコールVer."とでも言っとこうかね」
「名前が長くね?」と苦笑まじりに言うプリンス。そう言いながらも彼の手は既に"バーテンダーの朝食"なる特製のレッド・アイの注がれたビアマグを掴んでいた。
良い結果を残せるように。悔いのないように。観客に最高のショーを披露するために。二人は生卵の入ったレッド・アイを飲み干した。
「カーッ、効くねぇ……」
「……"火と煙の幻団"の奴等は芸人っちゅーても真っ赤に燃える勝負師の目をしとったけんね。それならこっちもバーテンダー流の"真っ赤な目"を以て勝負に臨んでやろうやん」
トマトジュースとビールを使った赤いカクテル、レッド・アイ。名前の由来は二日酔いで目を赤くした者が迎え酒として好んでいたという説が有名だが、グラスに浮かぶ生卵の卵黄がグラスの底から見るとトマトジュースを通して赤い目のように見えるという説もある。これこそが火と煙の幻団に対する
「ヒューッ!うまいねぇ!冴えてるぅ!じゃ、今度こそ行きますか!」
「おう」
二人はクーラーボックスや道具の入ったケースを抱えてステージへと向かう。いよいよ本番だ。
果たして"七色の酒を生み出す男"が再び魅せるのはその名の通りの奇跡のレインボーショットか、それともーーーー
今、コンテストという名の戦いの火蓋が切って落とされた。