アナザー・ディメンジョン -異界交流記-   作:誠龍

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第12話 博多の怒龍

五月。未だ春の陽気もポカポカと続き、多少の暑さすら感じるある日の昼休みの屋上で龍馬は空を見上げながらため息をついていた。

 

「はぁぁ~……もうすぐ中間テストか……」

 

「そこまで憂鬱になることか?」

 

「勇斗……お前なんでそんなに余裕なんだよ……」

 

「そりゃお前、原稿に響かないように基本だけは抑えてるからな。あとは赤点さえ回避できればそれで充分だし」

 

中間テスト。学生ならば誰しもが経験する修羅の道。テストが一週間後に迫った今日日、龍馬のテンションは最悪だった。

そもそも学生生活において家でも楽しんで勉強をやる学生がどこにいるというのだ、というのが龍馬の専らの意見である。テスト前に机に向かう学生の六割は嫌々か渋々に向かっているに違いない。残りの三割は机にすら向かわない悟りを開いた連中で、後の一割が"勉強を楽しんでいるマゾ野郎"だと龍馬は考えている。

 

「神よ……テストを無くすか私を出○杉くんみたいな超天才にしてください」

 

「バカね。普段から勉強しとかないからよ」

 

弁当を食べ終えた千春が空になった弁当箱を包みながら、叶いもしない願いをどこぞの神に向かって願う龍馬を呆れながら一蹴する。

 

「お前はいいよな。優等生でよ」

 

「私は普段からちゃんと勉強してるもん。あんたと違ってね」

 

「酷い言われようだ。勇斗もなんとか言ってやれよ」

 

「ぐう正論」

 

「うーんこのぐう畜ども」

 

反論したいところだがどう考えても千春の言うことが正しい。普段からきちんと勉強しておけばテストなぞ恐るるに足らないのだ。しかし口で言うのは簡単だが、それを実行できる学生というのは少ない……はず。

 

「テストかぁ……テストなんて私がいた世界の専門学校以来だよ……緊張するなぁ」

 

渡航資格の専門学校では"学校"の名のつく通り、やはり段階を踏むためのテストや卒業のための試験が存在する。ディレットはニホンに行きたい一心でそれをクリアしてきたが、今考えるとあれほどの情報量をよく覚えきれたものだと我ながら感心してしまう。

 

「大丈夫よ。ディレットはきちんと授業も聞いて勉強してるんでしょう?そこのおバカさんと違ってね」

 

「ねえ、どうあっても言葉の最後でぼくをディスっていくスタイルやめて。ぼくたちなおれなくなる」

 

「その前に勉強しろ」

 

「(´・д・`)」

 

「顔がうるさい」

 

もうこうなったら仕方がない。うるさい顔からいつもの顔に戻った龍馬は意地もプライドを捨ててある行動を起こす決意をした。

 

「須崎」

 

「な、何よ」

 

背伸びジャンピングからの滑り込みによるダイナミック土下座で龍馬は頼み込む。男のプライドも威厳もあったものではない。正直千春は引いていた。

 

「勉強教えろください!頼みますセンセイ!」

 

「はぁ!?なんであんたなんかに私が勉強教えなきゃいけないのよ!」

 

やはりそうすんなりとは承諾しないか。

龍馬は"奥の手"という名の卑劣で卑怯な最後の手段に出ることにした。正直この手を使いたくはなかったが、仕方がない。背に腹は代えられないのだ。

 

「こないだヤンキーから守ってやったのになー」

 

「うぐ」

 

「相手は5人いたのに一人で勇敢に立ち向かったのになー」

 

「うぐぐ」

 

「しかも俺や勇斗がいたからこそお前のお父さんの形見のバイクが見つかったのになー俺らがいなかったらずーっとあのバイクに出会えなかったかもしれないのになー」

 

「うぐぐぐ……」

 

龍馬の奥の手。それはこの間千春を連れて四人で天神へ遊びに行った時のことだ。あの時売った恩で人の善意や罪悪感に訴えかけるという、正直人としてどうかと思うような卑劣にして最強の切り札である。千春のような真面目な人間ならたやすく通じるだろう。

 

 

そんな姑息な手段に出た龍馬を見て勇斗は思った。

 

 

 

 

 

「(おお、ゲスいゲスい)」

 

 

 

 

その一言だけを。

 

 

 

 

 

「わかった!わかったわよ!」

 

「やったぜ。」

 

「まったく……あんたプライドってもんがないの?」

 

龍馬の己を省みない数々の行動に千春は半ば呆れ顔で答える。

 

「そんなものはない」

 

某三國志漫画の武将の如く、龍馬はいつになく真剣な眼差しでそう答えた。今更プライドや誇りなど気にしてなるものか。こちとらテストの成績がかかっているのだ。さっきも言ったが、背に腹は代えられないのである。

 

「ハァ……呆れた。まあ、いいわ。放課後見てあげるから図書室に来なさい」

 

「ありがとうございやす先生!」

 

腑に落ちない点はあるが龍馬には二回、暴漢から助けてもらった恩がある。それと父の形見のバイクの件も。

本人もサボったり逃げたりしようというわけではなく、一応最低限の勉強をする気はあるみたいだし、勉強を教えるくらいしてもバチは当たるまいと心の中で苦笑した千春であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

龍馬が千春に勉強を教えてもらうのに学校の図書室に残ったため、ディレットは一人で帰宅することにする。

この帰り道を一人で歩くのは初めてだが、道自体は覚えている。元いた世界と違って見たこともない建物や建造物が建ち並び、そこかしこに自動車やバイクが走っている光景にもだいぶ慣れてきた。

龍馬と帰れないのは少し残念だが、彼もテストのために勉強をしなければならないのだからワガママを言って困らせるわけにはいかない。

 

「リョーマ……早く帰ってくるといいなぁ」

 

夕焼けになりつつある空を眺めながら歩いているといつの間にか家の近くまでやってきていた事に気付く。ディレットは少し歩を速めながら徐々に斎藤家への道を進んでいた。そこである異変に気付く。

 

「……!?」

 

突如として響き渡るバイクや自動車のエンジン音。それは徐々に近くなり、背後からいきなりディレットを追い抜いた二台のバイクが彼女の行く手を遮るように急停車する。

ヘルメットを被らず、ガラの悪い外見をした二人の男はニヤニヤと笑いながら気持ちの悪い顔でこちらを見ていた。

 

「な、なんなのあなた達…………むぐっ!?」

 

叫ぼうとしたその瞬間にディレットの背後から一際大きな手が伸びて彼女の口を塞いだ。さらに頭から袋のようなものを被せられて彼女は後ろ手に拘束され、そのまま引きずられて"何か"に乗せられてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怪しい男達が彼女を連れ去った瞬間を見た者は……残念ながら誰一人としていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、図書室で千春に勉強を教わる龍馬。

理数系の苦手な龍馬は数学や英語の基本的な所を教えてもらったおかげである程度は弱点を克服できた……はず。

だがしかし、こと勉強に関しては集中力が長く続かない龍馬。

 

「……眠くなってきた」

 

「はぁ……仕方ないわね。集中力が切れたら教えても頭に入らないだろうし、毎日少しずつやりましょ。復習はしときなさいよ」

 

「へーい」

 

「それにしてもあんた、国語や日本史はしっかり出来てるのね……」

 

千春にとってその点は意外だった。勉強はあらゆる面がちゃらんぽらんだと思っていた龍馬が文系に関してはしっかりと勉強出来ていたのである。彼は文系ということか。

 

「まあな。小さい頃から本や歴史は好きだったし、小学生で歴史の授業始まる前から日本史の漫画とか読んである程度の知識は付けてたしな」

 

「なるほどね。決してあらゆる勉強嫌いの馬鹿じゃないってわけね」

 

「お前すごく失礼な奴だな」

 

「だったら馬鹿だと誤解を受けないようにしっかりと勉強なさい」

 

その後も龍馬は千春から弱点教科の基礎と応用の手解きを受けた。

ふと窓の外を見ると既に夕焼けの赤い空が広がっており、カラスの鳴く声が聞こえる。そろそろ帰らないと遅くなってしまう。

龍馬と千春は一緒に学校を出て、近くのコンビニで飲み物を買って一息ついた。ちなみに勉強のお礼として千春の分は龍馬のおごりだ。

 

「どう?少しはテスト頑張れそう?」

 

「ああ、応用はちょっとまだ不安だけど基礎は大丈夫だと思う」

 

龍馬はそう言いつつ、ブラックコーヒーを口にする。

最初は大人に近付こうと背伸びをする子供のような感覚で飲み始めたブラックコーヒー。当初はただ苦いだけだったが、徐々にこの味に美味さを見出だし、なんだかこれを飲まないと落ち着かなくなってきた。カフェイン中毒でなければいいが。

 

「助かったわ、須崎。ありがとな」

 

「……べ、別にいいわよお礼なんて。それよりこっちはきちんと教えたんだからあんたも本番では成果出してよね!」

 

「ツンデレ乙」

 

「うっさい!」

 

千春は自分をからかう龍馬の頭をゲンコツで殴る。

 

「いてっ!ぼ、暴力は良くないです!」

 

「あれだけケンカしてる人間がどの口でそれを言ってんのよ!」

 

ギャーギャーと騒ぐ千春をなんとか落ち着かせ、途中で別れて家路に付いた龍馬。

勉強をした疲れと眠さでぼんやりとしつつも今日の夕飯は何なのだろうと、そんなことを考えながら帰宅する。家に帰りつく頃には夕焼け空もだいぶ暗い色に変わってきていた。

 

「ただいまー」

 

「おう、おかえりー」

 

リビングに隣接するキッチンから夕飯の仕度を涼子の声がする。龍馬は自室に戻って私服に着替えてからリビングに行く。が、いつもの自宅の光景に"あるもの"が足りないことに気付いた。

 

「あれ?ディレットは?」

 

先に帰したはずのディレットの姿が見当たらない。もう日もほとんど沈みかけているのに、家のどこにも姿が見えない。

まだ土地勘もないはずだし、何も言わずに一人でどこかへ行くような人間……もといエルフではないはずだが。

 

「は?知らんばい?あんた一緒やないと?」

 

「え?俺は今日友達に勉強教えてもらってたからディレットは先に帰したんだけど……」

 

それを聞いた涼子はまったく何をやっているのだと言わんばかりに呆れ顔で口を開いた。

 

「なんしよんねあんたは……どっか道に迷ったんかもしれんけん、ちょっと電話してみりぃ」

 

「うん」

 

龍馬はスマホを取り出してディレットに電話をかける。着信の取り方は教えたし、簡単なのですぐに出れるはずだ。すると数コール後に電話を取る音が聞こえた。

 

「もしもし、ディレット?お前今どこに……」

 

「"クックック……斎藤かぁ?"」

 

しかし聞こえてきたのはディレットの声ではなく、明らかに下品な男の声だった。しかもどこかで聞いたような気がする。

 

「……テメーは誰だ?」

 

「"俺だよ俺……お前に天神でぶちのめされた高橋だよ"」

 

「高橋……?あの時のクソヤンキーか……」

 

そういえばあの時ぶちのめした中で一人慌てて逃げた金髪オールバックの奴がいた。確か奴の名前が高橋だった。今まで忘れていたが、一年の頃に名前と噂をチラッと聞いたことがある気がする。それもかなり悪い噂を。

そんな男がなぜディレットのスマホを持っているのか。龍馬は嫌な予感がしつつも、眉をひそめて言い放った。

 

「……なんでてめぇがディレットの携帯を持ってる?」

 

「"まだわかんねぇのか?このエルフの女は俺達が預かってんだよ!"」

 

まさか。そんな馬鹿な。

高橋のその言葉を聞き信じられないと思った瞬間、電話の向こうから聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 

「"リョーマ!リョーマなの!?"」

 

「ディレット!?お前か!?」

 

「"おおっと、そこまでだ!…………この女を返して欲しかったら箱崎埠頭5丁目のスクラップ置場まで来いや。この女上玉だからなぁ……早くしねぇと俺達何するかわかんねぇぜ?ヒヒヒ……"」

 

高橋が再び下品な笑い声を出す。龍馬の手は怒りでわなわなと震え、スマホを握り潰さんばかりの勢いだった。龍馬は爆発しそうな怒りを抑え込みつつ、歯軋りをしながら高橋に対して静かな怒りを電話越しにぶつけた。

 

「……ディレットに何かしてみろ。てめぇら全員博多の海に沈めてやる」

 

「"へっ、そうかい。楽しみに待ってるぜ。最も……お前に出来ればの話だがなぁ!!ヒャーッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ!!"」

 

雑魚のヤンキーの分際でとことんムカつく野郎だと龍馬は憤る。人をイラつかせる要素をふんだんに含んだ高橋の下卑た大きな笑い声が響いた瞬間に、龍馬は電話を切っていつもの赤いレザージャケットを羽織る。

明らかに様子がおかしかった息子に対して、涼子は夕飯を作る手を止めて何があったのかを尋ねた。

 

「どうしたんね?」

 

「……ディレットが前にぶちのめしたヤンキーの奴らにさらわれた。箱崎埠頭にいるらしい」

 

「なんち!?」

 

「あいつら今からぶちのめしてくる。帰りはちょっと遅くなる」

 

静かに、だが大きな怒りに震える息子と同じように我が娘のように可愛がっているディレットに手を出されたことに対して涼子はそれ以上の怒りが爆発しそうだった。彼女は手に持ちっぱなしにしていた調理用の長い箸を片手でバキリとへし折り、"鬼"の形相を見せた。

 

「……龍馬」

 

「なんだよ」

 

「そのガキどもボテくり回してこいや。うちの家族に手ぇ出したらどげんなるか、思い知らせてやりぃ」(※ボテくり回す・・・『袋叩きにする』の意)

 

「言われなくてもわかってるよ。……言ってくる!」

 

龍馬はそれだけ言うと愛用のヘルメットを被ってグローブを嵌めると、ガレージに停めてあるバイクに跨がった。愛車Ninja250のエンジンが唸りを上げる。

 

「(よし……!)」

 

ハンドルを握り、発進しようとする龍馬。

いざ出発しようと構えた龍馬だがそんな彼を遮るようにスマホに着信が。

 

「ああもうチクショウ!人が急いでるっつーのに誰だよこんな時にクソッタレ!」

 

悪態を付きながら仕方なくヘルメットとグローブを外し電話を見るとそれは勇斗からの着信だった。何でよりによって一分一秒を争うこんなタイミングで電話をかけてくるのかと龍馬はイラつきを隠せない。

 

「ったく、空気読めよあのゴリラ!!……もしもし!?なんだよ今急いでんだよ!!」

 

「"うお!?悪い悪い。今度のイベントのことでちょっとな。邪魔だったか?"」

 

「最悪のタイミングだよ!!空気読めよクソゴリラ!!」

 

「"電話越しに空気読めとか無茶すぎワロタ。何かあったのか?"」

 

龍馬の罵倒にも大して動じないあたり、やはり勇斗は龍馬の扱いを理解しているといえる付き合いの長い友人であることがわかる。

一番悪いタイミングで、しかも電話で今言う必要があるのかと言うくらい話の内容がどうでもいいことだったので龍馬はなおのことイラつきを抑えられない。そんなことならばLINEでもいいではないかと文句を言いながらも龍馬はディレットが前に撃退したヤンキーにさらわれた事を説明する。

 

「"何だって!?マジか!?……よし、龍馬!俺も助太刀に行くぜ!"」

 

龍馬の話を聞いた勇斗は声色を変えてすぐに助力を申し出た。

親友の家に居候しているエルフのディレットは勇斗にとっても大事な友人なのだ。指を咥えて見ているわけにはいくまい。

 

「本当か!?なら途中のマリンメッセ前で合流しよう!」

 

「"わかった!焦るなよ!間違っても一人で突っ込むんじゃないぞ!!"」

 

電話は切れた。一番の腹の立つタイミングで電話をかけてきた時はこのゴリラ殺してやろうかとも思ったが、あいつが助けに来てくれるなら百人力だ。そう思った龍馬であった。彼が安心して背中を預けられる友人は勇斗を除いて他にいないからだ。

 

「待ってろよディレット……!今助けてやる……!」

 

再びヘルメットを被り、グローブをはめてハンドルを握り、アクセルをふかす。龍馬のNinja250は唸りを上げつつ、ガレージを出て急速にスピードを上げ、夜の闇に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ったか……ほんっと、あの泣き虫のガキんちょが強くなってからに……」

 

窓から息子が新しい家族を助けるためにバイクに跨がって走り去るのを見届けた涼子は咥えていた煙草を灰皿に押し付けると着慣れた愛用のエプロンを外し、ジーンズとシャツというラフな服装に着替える。

新しい家族のディレットはたとえ異世界の住人だろうがエルフだろうが家族は家族、彼女は自分の娘なのだ。家族の危機を黙って見ているなど母としての、そして何より……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かつて若かりし頃、"鬼"と呼ばれ恐れられた女としてのプライドが許さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今日はまだ酒飲まんで正解やったね」

 

涼子はそんなことをつぶやきながら、玄関にある車のキーをひっつかむとガレージに向かい、愛用のトヨタ・ヴィッツに乗り込み、エンジンをかけて息子の後を追う形で自宅を出発したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マリンメッセ福岡前。様々な企業の展示会やイベント、コンサートなどが開かれる海に面したイベント会場であるマリンメッセも平日の夜は静かである。到着した龍馬が辺りを見回すと、勇斗がビラーゴのエンジンをかけて待っていた。

 

「龍馬!」

 

「勇斗!悪いな!」

 

「なあに、いいってことよ。さ、それよりも早く埠頭へ向かおうぜ!」

 

「ああ!」

 

二人はバイクに再びまたがり、海沿いの道を箱崎埠頭目指して走り去る。

しばらくして、高橋が指定した箱崎埠頭の5丁目……製粉工場やスクラップ置場のある場所の入口まで着いた。二人はバイクを降り、スクラップ置場へと向かう。

 

「龍馬……どうやら熱烈な歓迎パーティーの準備が出来てるみたいだぜ」

 

龍馬と勇斗の向かい側から不良達がゾロゾロと歩いてくる。数は……十人ほどだろうか。中には鉄パイプや金属バットで武装している者もいる。先頭にはヤンキーが好みそうなよくあるダサくて白いジャージを着たあの高橋がいた。

 

「高橋……!!」

 

「よう、斎藤。……へっ、城島も一緒か」

 

「ああ、龍馬の家族に手ぇ出した馬鹿たれどもを一発殴らないと気が済まなくてな」

 

拳を鳴らす勇斗。まったく、いつの時代も不良というやつはやることは変わらない。群れて、吠えて、自分より弱い人間をいたぶって自分達は強いのだとのたまう馬鹿ばかり。勘違いも甚だしいと勇斗は笑いさえ込み上げてくる。

 

「……ディレットはどこだ」

 

怒りに震える龍馬が歯軋りをしながら静かに言う。拳は強く握られ、目からは尋常ではない殺気を感じる。

勇斗は知っていた。これは完全にキレた時の一番恐ろしい龍馬だと。最早ここまで彼を怒らせて無事でいられる人間が果たして目の前の連中の中にどれほどいることか。

 

「……スクラップ置場の奥にいる。ま、いくらお前らでもそこまで辿り着けるとは思えないがね。これだけいるんだ。しかも奥にもまだまだ仲間が待ち構えてる。てめぇらは死んだも同然だぜ」

 

「御託はいい。さっさとかかってこいクソ野郎」

 

龍馬と勇斗は構える。

 

「おおっと、まずは仲間が相手をするぜ。そんで消耗しきった所でお前らを俺がぶちのめしてやる。今からお前らが泣いて謝る姿が目に浮かぶようだぜ……!ヒヒ……!」

 

そう言うと高橋は不快な笑い声を上げながら奥のスクラップ置場へと消えていった。残った不良達がこちらを睨み付ける。そしてその中の一人が龍馬に歩み寄ってきてニタニタと高橋に負けず劣らずの気持ちの悪い笑みを浮かべながら龍馬を挑発する。

 

「おい、斎藤とか言ったな?俺は優しいからよぉ、忠告しといてやるぜ。今帰るなら黙って見逃してやる。その代わりあの女は俺達で楽しませてもらうけどなぁ?クックック……」

 

「……」

 

男に対し、龍馬は何も言わない。そのまま男は続ける。

 

「悪いことは言わねぇからよぉ、さっさと帰んな。俺達もめんどくせえのは嫌いだからよ。ここで帰った方がお前らの身のため…………ぐふぅっ!!!?」

 

男がそこまで言った瞬間、龍馬の鉄拳が男の顔に炸裂した。男は鼻の骨を今の一撃で粉々に砕かれてさらに数メートル先まで吹き飛んで地面に叩きつけられ、今の一撃で完全に気絶してしまった。

仲間の一人が一瞬のうちにやられてしまったのを見て不良達は怒号を上げながら咄嗟に武器を構えた。

 

「ゴチャゴチャうるせえんだよ……クソが。俺はお前らを誰一人として無事で返すつもりはねえ」

 

「奇遇だな、龍馬。俺もだ。久々にキレたぜ」

 

不良達がさらに大騒ぎしながら武器を手に、向かってくる。龍馬と勇斗は構え、応戦の態勢を取った。

 

「来やがれこのクソ野郎ども!!一人残らず叩き潰してやる!!うおぉぉぉぉ!!!!」

 

龍馬と勇斗対不良グループの乱闘がついに始まった。龍馬は先頭の男の顔面にパンチを入れ、殴り倒してその手に持っていた鉄パイプを奪い取る。

 

「しゃあらぁぁ!!」

 

奪い取った鉄パイプで左側にいた男の顔面にフルスイングで殴り付ける。鼻の骨と歯を砕かれて鼻と口から豪快に血を吹き出して倒れる不良の一人。

 

「死ねやボケがぁ!」

 

「うるせーぞこの野郎!!」

 

反対側から殴りかかってきた男のパンチを手で受け止め、そのまま腕を掴みながら鳩尾に拳を叩き込む龍馬。さらにそこから背負い投げで地面に叩き付ける。

 

「ぐはぁっ……!」

 

ここは埠頭であり、下はコンクリート。マットや畳ではない。そんな場所に背負い投げから思い切り叩きつけられた時の衝撃は想像を絶するだろう。龍馬はその投げで男を無力化すると次の目標に向かって再び攻撃を開始した。

 

「おら、どうした雑魚ども!!」

 

勇斗はその巨体と豪腕を活かして壁や地面に不良達を叩きつける。さらに龍馬の背後からバットで殴りかかろうとする男の背中を掴んで大きく持ち上げ、海へと放り投げる。

 

「うわあっ!?」

 

派手に海水の水しぶきが上がり、さらに周囲にいた二人もまとめて海へと放り投げた。龍馬とは違う、その大柄な巨体と怪力を生かした勇斗ならではの喧嘩殺法だ。

 

「サンキュー、勇斗!」

 

「いいってことよ。さ、行こうぜ。ここは片付いた」

 

二人は入口の連中を全て叩きのめしたのちに、スクラップ置場の奥へと急ぐ。辺りに工業機械のものであろう、大型のスクラップの山が積み上がっている。そんなスクラップ置場の奥から高橋の仲間の不良達が怒号を上げながら続々と現れる。

 

「斎藤ォ!!」

 

「あいつら二人殺せぇ!!」

 

龍馬と勇斗の二人は素早く構えると応戦を始める。

龍馬はスクラップの塊を拾い上げると、近くの男の顔面に思いきり投げ付ける。男が倒れるとさらにその後ろにいる男に飛び蹴りで顔面にキックをお見舞いした。

勇斗は不良の一人を殴り倒すと倒れた男の両足を掴んでジャイアントスイングで振り回しながら周囲も巻き込んで張り倒していく。

 

「オラァ!」

 

「ぐあっ!」

 

勇斗の腕から繰り出される必殺のラリアットがクリーンヒットした。仰向けに倒れる男に対し、勇斗はさらにだめ押しとばかりに顔面にストンプの追撃を喰らわせる。

一人、また一人と龍馬と勇斗の前に倒れていき、もはや彼等の快進撃を止められる者はいなかった。

 

「どきやがれ、この雑魚どもがぁぁぁぁ!!!!」

 

二人をまとめて殴り倒す龍馬。そして周囲を巻き込みつつ、不良を投げ飛ばす勇斗。多くの敵を倒したのにも関わらずどこからか増援の連中が湧いてくる。実力が伴っていないくせに不良(ヤンキー)というものは同類で群れることだけはピカ一だなと龍馬は怒りの中で呆れさえ湧いてくる。

 

「クソッ!一体何人居やがるんだ!」

 

キリがない。このまま相手を続けていればいずれは体力を消耗し、高橋の思うつぼだ。

優先するべきはディレットの救出である。勇斗の頭にひとつの案が浮かび、そしてそれを実行するべく彼はある行動に出る。

 

「龍馬、先に行け!これじゃ埒があかねえ!ディレットが危ない!」

 

一刻も早く彼女を……ディレットを助けなければならない。龍馬を先に行かせて勇斗は一人残り、増援を食い止めるつもりでいた。

 

「だが……」

 

「いいから早く行け!なあに、こいつらを倒したらすぐに追い付くさ」

 

言ってしまった。言ってはならないそのセリフを。一級死亡フラグ建築士資格を満点で取得できるそのセリフを。

 

「……お前それ死亡フラグだぞこの野郎……」

 

「なら、フラグをへし折ってやるさ!」

 

敢えてそのような状況に身を置いてフラグやお約束というものを覆してやるのも悪くはない。勇斗はニヤリと笑みを浮かべながら拳を鳴らし、向かってくる不良(ヤンキー)達を見据えた。

そんな彼の男気を無駄にするわけにはいかない。龍馬は親友の腕を信じてこの場を任せることにした。

 

「……わかった!くたばるんじゃねえぞ!」

 

「任せとけって!……おらあぁぁぁ!!!!てめぇらの相手は俺じゃあああああ!!!!」

 

猛然と一人で集団に立ち向かう勇斗を尻目に、龍馬はスクラップ置場のさらに奥へと走り出した。奥からはさらに高橋の仲間達が湧いてくる。

 

「どけって言ってんだよ雑魚ども!!」

 

出会い頭に強烈な顔面へのパンチ。そしてミドルキック。相手のパンチをかがんで避けてからの強烈なアッパーカット。龍馬の怒りの連撃が炸裂し、成す術なく次々と倒れていく不良達。

 

「ディレット!!どこだ!!」

 

龍馬はディレットを探してスクラップ置場を走り回る。その中で積み上がったコンテナがあるエリアの一角に回ると……

 

 

いた。ディレットと高橋だ。

 

 

「ディレット!!」

 

「リョーマ!?来てくれたのね!?」

 

縄で拘束されたディレットがパイプ椅子にくくりつけられており、それを見て龍馬はさらに怒りを爆発させる。

 

「高橋ぃぃぃぃ!!!!!!」

 

龍馬の怒りは最高潮に達していた。この高橋とかいう愚か者はこの手でぶん殴ってやらなければ気が済まない。

 

「ケッ、たどり着きやがったか。まあいい。こっちには"切り札"があるんだ。……先輩!あいつです。お願いしやす!」

 

高橋がそう言いながらまるでヤクザの様式美のように膝に手を付き、頭を下げる。

するとコンテナの陰から勇斗に負けんばかりの巨体の男が現れた。緑色のアロハシャツに黒いズボンを履いており、スキンヘッドで顔中にピアスを付けた、おっかない顔つきの男である。

身長はざっと見つもっても190センチ以上はあるだろう。身体つきもガッチリしていて拳は龍馬のそれよりも一回り大きい。

 

「ほーう、このガキか。うちの後輩達を可愛がってくれたのは」

 

スキンヘッドの男は拳をパキポキと鳴らしながら歩み寄ってくる。見た目通り、かなりヤバそうなヤツだ。龍馬は背中に冷や汗が流れるのを感じた。

 

「そうです!……おい斎藤よぉ、てめえ死んだぞ?うちの高校のOBの山崎さんが出てきたんだからよぉ?」

 

どうやらこの山崎という男は福岡中央高校の出身らしい。恐らくは高橋とは暴走族やヤンキー集団を通じて知り合ったのだろう。自分では勝てず、徒党を組んでもダメだとわかればこういう馬鹿はすぐに虎の威を借ろうとするのが定石、テンプレである。

 

「お前、斎藤とか言ったな?うちの後輩が世話になったみてぇじゃねぇか?今からたっぷりお礼してやるから覚悟しろや」

 

「上等だよハゲ。OBだろうがキューピーだろうが、邪魔するなら叩き潰してやる」

 

この山崎という男に勝つには生半可な腕と覚悟では足りないであろう。不安からじんわりと滲み出る汗を感じつつも龍馬は退くわけにはいかなかった。ここで自分が退いたら誰が彼女を助けるというのか。

 

「ほう、そうかい……やれるもんなら……やってみろやぁ!!」

 

山崎の拳が迫る。龍馬は素早くそれを避け、がら空きの奴のボディに一発叩き込む。が、

 

「(っ!?なんだこいつ!?硬すぎだろ!?)」

 

思い切り殴ったというのに手応えを感じない。まるで鉄板か岩を殴ったような堅さ。人間の腹とは思えない。どうやらただ図体がでかいだけの人間ではないようだ。

 

「んん~?今何かしたかぁ?じゃあ今度はこっちの番だ……オラァァ!!」

 

「ぐふっ!?」

 

動揺する龍馬の顔の左側面に山崎の拳による右フックが直撃した。よろける龍馬の腹に続けざま容赦のないミドルキックが襲う。まるで丸太をぶち当てられたような衝撃に吹き飛ぶ龍馬。

 

「ぐわぁっ……!!」

 

「リョーマ!!」

 

たまらずディレットは叫ぶ。二発もの強力な攻撃を喰らった龍馬は地面にうずくまったまま動かない。

 

「大したことないガキだ。おら!もっと来んかい!」

 

「……ぐぅぅ……クソッ……」

 

龍馬は顔と腹部を押さえながら痛みを堪えて立ち上がり、思考を巡らせた。

 

「(真正面からじゃこっちが叩き潰される。奴の隙を狙ってどこか弱いところを狙うしかない!)」

 

さっき殴った時の感触でわかったことだが、やはり山崎はただの木偶の坊ではない。その大柄な身体に見合ったパワーはもちろん、肉体そのものが強靭に鍛えられている。パワーもリーチも劣っている龍馬の攻撃では大したダメージにはならないだろう。

だが諦めるわけにはいかない。龍馬は再び構える。

 

「そう来なくっちゃな……喧嘩は……相手をいたぶるのが醍醐味だからよ!!」

 

再び山崎のパンチが襲いかかるが、龍馬はそれを素早く避けて、今度は山崎の足を狙ってローキックを側面から叩き込む。

 

「ぐっ!てめえ!」

 

「(効いている!よし!)」

 

まだダメージは大きくないみたいだが、攻撃は効いているらしい。巨体の人間はそれだけ足にかかる負担も大きい。ならば足を狙って動きを封じてやろうという戦法だ。"将を射んとするならば、まず馬を射よ"。何事も相手の足や移動手段を封じてしまうのはどんな戦況であれ、優位に立ちやすい。

山崎が体勢を整えると再び彼のパンチが龍馬に迫る。龍馬は受け流したその隙に山崎の足に再びローキックを喰らわせた。

その後も山崎の攻撃を回避しては足を集中的に狙い打ち龍馬だが、遂に山崎の堪忍袋の尾が切れたことで戦況は再び悪い方向へ傾いてしまう。

 

「ぐぅっ!このガキャアアアア!!」

 

山崎がその巨体と太い腕で一気に掴みかかってくる。反応が遅れ、運悪く掴まれてしまう龍馬。

 

「しまっ……!?」

 

「オラァ!!」

 

「ぐはっ……!」

 

山崎の頭突きが龍馬の顔面にクリーンヒットする。打撃がメインの龍馬に対して組み技は非常に相性が悪い。

ただでさえパワーも体格も上回る山崎から組み付かれたとあっては龍馬には成す術がない。身体の自由を奪われては抵抗すらままならないからだ。

山崎はそんな龍馬に容赦なく追撃を加える。続けて胸ぐらを掴んだままの連続顔面パンチ。さらに鳩尾への拳撃。次々に山崎から攻撃を受けた龍馬は口や鼻から出血しており、既にボロボロだ。

 

「ぐぅっ……!がはっ……!がっ……!」

 

「オラ!さっきまでの威勢はどうした!?」

 

「リョーマ!……ねえ、やめて……!もうやめてよ……!それ以上リョーマを傷付けないで……!」

 

ディレットが目に涙を浮かべながら必死に懇願するも、山崎は龍馬を殴る手を止めようとしない。彼女の目の前で大切な友人が無慈悲にも傷付けられているというのに、拘束されている自分には何も出来ずにただ見ていることしかできないのが悔しかった。

 

「へへへ……いいザマだなぁ斎藤!俺らに手出しするからこういうことになるんだよ!」

 

そんなディレットと痛めつけられる龍馬を見ながら高橋は愛用のナイフを片手でクルクルと回しながらその様子を最高のショーだとでも言わんばかりに下品な笑みで眺めている。

いつしか龍馬は段々と抵抗する力も無くし、徐々に山崎の成すがままになっていった。

 

「……チッ!もうくたばったか。つまらねえヤツだ。ふん、じゃあそろそろ仕上げといくか?」

 

山崎は勝ち誇った顔で龍馬を片手で投げ飛ばした。そのまま近くのコンテナに叩き付けられる龍馬。彼はぐったりとして動かなくなっており、もはや彼の勝利など絶望に等しかった。

 

「んじゃ、終わりだクソガキ。……これでとどめじゃあ!!」

 

山崎が迫り来る声と足音が聞こえる。やはり龍馬は動かない。

 

 

ーーーーだが、彼は勝利を諦めていたわけではなかった。うつ伏せに倒れた龍馬はたまたま落ちていた石を掴んだのだ。

ここは喧嘩の場。ルール無用のデスマッチである。それは山崎も心得ていることだろう。ならばどんな手を使ってでも勝つだけだ。

 

「……喰らえっ!!」

 

龍馬は握り締めていた石を山崎の顔面に向かって投げる。完全に油断していた山崎は目に石が当たり、目を押さえて仰け反った。

 

「ぎゃあっ!目……目が……!」

 

喧嘩というものは場所も、ルールも選ばない。周りにあるものは何でも使い、時にはその場の地形すらも武器になる。

ゴミ箱をひっくり返して缶やペットボトルをぶちまければ相手の足を取れるし、石のような投擲できるものなら不意打ちや牽制として使え、コンクリートやアスファルトなどの硬い壁や地面に相手の顔面や身体を叩き付ければそれすらも時として凶器に成り得るのだ。龍馬はそういった喧嘩ならではの環境においての"地の利"を見出だし、活かすことに長けたセンスの持ち主であった。

 

「うらぁぁっ!!」

 

山崎がよろめいたのを確認すると龍馬は素早く起き上がって駆け寄り、山崎の右の脛を目掛けて思いきり飛び蹴りを放つ。骨が筋肉に守られていない剥き出しの膝や脛は人間にとって鍛えようのない大きな弱点である。いかに山崎と言えど"弁慶の泣き所"を思いきり攻撃されては激痛に苦しむしかなかった。

 

「ぐわあぁぁっ!?」

 

たまらず右脛を抑える山崎。その時低くなった山崎の頭を掴んで龍馬は膝蹴りを顔面に何度も喰らわせる。

 

「お返しだ木偶の坊!!オラッ!オラッ!オラァァ!!」

 

「ぐふっ!ぐへっ!うがっ!」

 

鼻を砕かれ、歯を折られ、山崎の顔が血まみれになりつつある。龍馬はふらついた山崎の頭を離すと、怒りを込めて顎に渾身のアッパーカットを喰らわせた。

 

「どりゃあぁ!!」

 

「ぐへあっ!」

 

巨体が宙を舞い、大の字になって地面に倒れる山崎。今まで散々やられたお返しだ。龍馬は拳を鳴らすと右手を構え、倒れた山崎の顔面に思いきり拳を振り下ろした。

 

「ま、待て!待っ……」

 

「どぉりゃあああああぁぁぁぁ!!!!」

 

山崎の制止も空しく顔面に龍馬の拳が叩き込まれる。フルパワーで叩き込まれた龍馬の一撃は山崎の顔を粉砕するほどに力強く打ち込まれ、一瞬にして彼の意識を奪った。

山崎は龍馬の攻撃を受けて大の字になったままピクピクと痙攣し、そのまま気絶して動かなくなってしまう。

 

「ハァ……ハァ……」

 

デカブツは倒した。龍馬は山崎が気絶したのを確認すると今度は高橋に視線を向けた。その形相は……あまりに恐ろしい。

 

「ヒッ!?ひぃぃぃ!!」

 

「高橋ぃぃ……てめぇ……覚悟はできてんだろうな……?」

 

これほどのことをしたのだ。奴を許す道理などない。次は奴の番だ。

高橋に対し、尋常ではない殺気を放つ龍馬。その気迫はまるで人間ではない。例えるならば、そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

龍だ。

 

 

 

 

怒りに満ちた龍……"怒龍"がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高橋はこの時悟った。自分は決して怒らせてはいけない男を怒らせてしまったのだと。触れてはいけない"龍"の逆鱗に触れてしまったのだと。

だが、なおも高橋は悪あがきをする。

 

「くっ、来るなぁ!それ以上近寄ったら……この女の首をかっ切るぞ!」

 

「ひっ……!」

 

追い詰められた高橋はあろうことか、ディレットの喉元に持っていたバタフライナイフを突き付けたのだ。あまりの高橋の卑劣さにさらに怒りを爆発させる龍馬。

 

「高橋ぃ!!てめぇ!!」

 

「う、動くんじゃねぇ!!動いたら……!!」

 

高橋がディレットにナイフを突き付けたまま龍馬を威嚇していると、急に頭上から高橋の頭目掛けてスクラップの塊が飛んできた。それは高橋の頭に見事命中したのだ。

 

「がはっ!!」

 

高橋は倒れ、ナイフが地面に落ちる。龍馬がスクラップの飛んできた上を見ると、コンテナの上に勇斗が立っており、今しがたスクラップを投げたのは彼であることがわかる。ここにいるということはあれだけの人数を一人で制圧し、なおかつフラグを見事にへし折ったということだろう。相変わらずバケモノ染みた男である。

 

「よう!待たせたな!……よっと!」

 

勇斗はコンテナから特撮ヒーローばりに華麗に飛び降りて龍馬の目の前に降り立つ。近くでよく見ると顔も身体も傷だらけだ。戦いを制したとはいえ、やはり彼自身もさすがに無傷では済まなかったらしい。

 

「……来るのが遅ぇよ、マウンテンゴリラ」

 

「魅力的なバナナがあったもんでな。それにヒーローは遅れてやってくるもんだろ?……さて」

 

傷だらけでダメージもそれなりにあるというのに、いつものノリでジョークを言う彼からはそれを感じない。

そして勇斗と龍馬は拳をパキポキと鳴らしながら今回の事件の元凶……高橋に近づく。高橋は落としたナイフを四つん這いで慌てて拾おうとする。しかしナイフに手を伸ばした瞬間、素早く駆け寄った勇斗の足が高橋の手を思いきり踏みつけた。

 

「ぎゃあっ!」

 

「往生際が悪りぃぞ、高橋。……龍馬!こいつの始末はお前に任せたぜ」

 

勇斗は高橋の首根っこを掴んで無理矢理立ち上がらせ、龍馬に引き渡す。

恐怖に怯える高橋。そして彼の前には……怒りに満ちた"怒龍"が。

味方は全て倒され、一番の頼みの綱である山崎でさえも打ちのめされてしまった。もはや彼を助けるものはいない。高橋の顔が絶望に歪んだ。

 

「高橋……俺の家族に手ぇ出したら一体どうなるか……身を持って知ってもらうぜ」

 

「ひぃぃぃっ!!助けてくれ!!見逃してく……」

 

「うおらあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!!!」

 

高橋の命乞いも虚しく、龍馬の必殺の右ストレートが高橋の顔面に炸裂した。背後のコンテナに叩き付けられる高橋。

怒りに震える龍馬の拳はおさまらない。高橋の顔面にありとあらゆる方向から龍馬の拳が襲い掛かる。

 

殴る。

 

殴る。

 

殴る。

 

殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。

 

 

 

 

何度も、何度も、怒りと憎悪を込めて。

 

 

 

そこに慈悲などありはしない。高橋にとって"龍"の逆鱗に触れた代償はあまりにも大きかった。

容赦ない拳の連撃を顔面に受け、高橋は鼻も歯も砕かれ、頭蓋骨すら砕かん勢いだった。

 

「う……う……も、も……う……ゆ……るし……て……」

 

アザだらけの顔で血まみれになり、泣きながら許しを乞う高橋。だが彼が逆鱗に触れてしまった"怒龍"の怒りは収まらない。

抵抗はおろか、声を出す気力すら高橋は失っていた。それでも龍馬の攻撃は止む気配を見せない。そんな高橋に対し、再び渾身の右ストレートを放つ龍馬。

 

「うらあぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」

 

「ひいっ!」

 

高橋は残った力かはたまた咄嗟の本能からか、たまらず手を上げて顔を守ろうとする。そんな防御が"龍"の怒りの拳の前では焼け石に水だとわかっていても。

 

 

しかし、龍馬の拳は彼に届くことはなかった。

 

 

 

「待て!」

 

そんな龍馬の拳を止めたのは勇斗だった。彼は龍馬の右腕を持ち前の怪力で強く握り、高橋へのトドメの一撃を寸前で制止したのだ。

 

「!?放せ勇斗!!こいつはもっとぶちのめさねえと気が済まねえ!!」

 

「もう充分だろう!それ以上やったらそいつほんとに死んじまうぞ!」

 

「う……う……」

 

もはや元の顔がわからないまでに高橋の顔は腫れ上がり、血まみれになっている。それでも龍馬の怒りはおさまらない。もしここで彼を止めなければ彼は高橋を殺しかねない勢いだった。

龍馬は一旦キレると周りが見えなくなることが中学時代からしばしばあった。それは誰かを思う優しさ故の怒りであることは勇斗も重々承知していたが、それ故に龍馬の怒りはとどまることを知らない。こうして自分が止めなければーーーー彼は一線を越えていたかもしれないと思ったことはこれが初めてではない。

高橋は泣きながらその場にへたりこんでしまい、勇斗の制止を受けた龍馬は拳を下ろす。

 

「……わかったよ」

 

「それでいい。……おい、高橋!……もう行け!こいつが大人しいうちにな」

 

勇斗は高橋に立ち去るように促す。高橋はふらふらと立ち上がっておぼつかない足取りで立ち去った。龍馬は地面に落ちた高橋が忘れていったナイフを拾うとディレットを拘束している縄を切る。

 

「……リョーマ!!」

 

縄が解けるとディレットは龍馬に力強く抱き付いた。身体ひとつで自分を助けにきてくれた、その友人に。

 

「リョーマ……助けに来てくれてありがとう……私、信じてたよ」

 

ディレットは涙を浮かべて龍馬を抱き締めるが、それとは反対に傷だらけの龍馬は悲鳴を上げる。

 

「い、痛い痛い痛い痛い!!ディレット!!痛い!!」

 

山崎と戦った傷が癒えてない龍馬はまだ身体のあちこちに強い痛みが残っていた。身体の節々がズキズキと痛むし、今のディレットの抱擁でさらに痛みが増してしまう。慌てて龍馬から離れるディレット。

 

「……あっ!ご、ごめんね……待ってて。今治してあげる。…………我が身体に宿りし森の精霊よ。その力を以て傷付いた戦士を癒したまえ。ヒール!」

 

ディレットはエルフの一族の身体に宿る精霊の力を借りて癒しの精霊魔法"ヒール"を唱える。すると龍馬の身体から戦いで受けた傷による痛みが消えていく。

 

「おお!?痛みが消えた!?」

 

腫れやアザなどはそのままだが、身体の痛みが消えた。ディレットの精霊魔法を目の当たりにして驚く二人。

母なる森はエルフと共に生きる偉大な存在。エルフの一族は皆生まれながらにしてその身体に精霊の力の一部を宿している。森は生命を育み、あらゆる不浄を祓い、癒しを与えてくれる。ヒールはそんな森の精霊の力を借りて人間の治癒能力を一時的に向上させることができる。喧嘩の傷くらいならすぐに治るであろう。

 

「やっぱりディレットはすげーな!」

 

「ありがとう。でもリョーマも凄いよね!あれだけの人数に勝つなんて」

 

「あのー……ワシも加勢したんですけど……」

 

勇斗が困り顔で自分を指差す。せっかく奮闘したのだから自分にも労いの言葉をかけてほしいものだ。出来ればヒールの魔法も。

 

「もちろん知ってるよ!ハヤトもありがとね!はい!」

 

ディレットはそんな勇斗にも惜しみなく感謝の言葉を述べ、さらにヒールの魔法をかけてくれた。勇斗の身体からも痛みが引いていく。

 

「おっ!魔法最高だな!……へへ……どういたしまして」

 

勇斗は指で鼻の下をさすり、ちょっぴり照れ臭そうにしている。龍馬から見るとゴリラの照れ顔など誰得だよと思いつつも、ディレットの手を引いて歩き出す。

 

「さあ……帰るか、ディレット。うちによ」

 

「うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これって……リョーマとハヤトの"ばいく"だよね?」

 

止めてある自分たちのバイクにまたがる二人。龍馬はバイクにぶら下げてある予備の半ヘルをディレットに被らせる。出来れば半ヘルは使いたくないが今はこれしか予備がないのだ。

 

「さあ、ディレット後ろに乗れ」

 

「いいの?今乗ったら"コウツーホーイハン"なんじゃ?」

 

龍馬はまだギリギリで免許取得から一年経っていない。今二人乗りをするのは違反行為である。しかしお構い無しに龍馬はディレットの手を引いてバイクに乗せる。

 

「バレなきゃいーんだよ、バレなきゃ。それに誰も見ちゃいないさ。月以外はね!」

 

「コブラじゃねーか!」

 

勇斗がすかさずツッコミを入れた。それはまぎれもなくヤツさ。許されるはずもないPeace and Love。

 

「行くぞ!掴まってろよ!」

 

「わ、わわっ!?」

 

龍馬はNinja250のエンジンをかけて走り出す。

エンジンの振動、そして身体が前に引っ張られる感覚を覚え、慌てて龍馬の背中にしがみつくディレット。

馬よりも早いスピード。唸るエンジン。そして風を切って走るバイクの感覚をディレットは初めて体感する。

 

「わあ……すごい……!!」

 

ベイサイド付近の海沿いの道に差し掛かるとちょっとした登り坂になった道路がある。バイクで駆け抜けながら見えてくるベイサイドのタワーや工場やタンカーの光と海の見える風景がディレットにはより一層美しく感じられた。

 

「すごい……!!これが"バイク"……!!」

 

風を切って走る感覚、心地よさすら感じるほどの風圧。ディレットはすっかりバイクに魅せられていた。

「叶うことならいつか自分が運転してみたい」ーーーーそう密かに思うディレットであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うぐぐ……ちくしょう……あの斎藤とかいうガキ……!絶対ぶち殺してやる……!」

 

埠頭で龍馬に敗北した山崎は目を覚ました。そして斎藤龍馬に対する復讐心に燃えていた。

福岡中央高校のOBとしてあらゆる喧嘩に勝ってきたというのに、今年入学したばかりの一年生に負けてしまった。そんな山崎のプライドはズタズタになっていたのである。

どんな手を使ってでも龍馬(やつ)に復讐を果たしてやると憎悪の炎を滾らせながら立ち上がる山崎の背後に一人の影が迫る。

 

「おい」

 

それは女性の声だった。反応した山崎が後ろを振り向いた瞬間、山崎は首を掴まれて持ち上げられた。

山崎は必死にもがくが自分の首を掴んでいる手はびくともしない。そんな勇斗と同じかそれ以上の体躯を誇る山崎を片手で持ち上げているのはなんと身体の細い女性だったのだ。しかし外見とは裏腹に凄まじい力である。一体どこからこんな力が出ているのか。

 

「うぐぐ……な、なんだテメェは……!?」

 

「うちの家族に手ェ出したろうがキサン。おぉ?言っとくけどな、"福コー"のOBやけんちゅうて調子乗んなよキサンこの。うちの息子や娘に手ェ出してみぃ。あたしと"元・天神連合"の仲間が許さんけぇのぉ」

 

「て、天神……連合……!?あ、あんた……まさか……!」

 

ーーーー聞いたことがある。福岡中央高校の伝説と呼ばれた存在を。

誰もが勝てなかった最強の女の名を。

その女は古代の猛将のようにあまりにも強く、恐ろしく、当時の博多を支配下に置いていた巨大暴走族"天神連合"ですら束になっても勝てなかったという。

あまりの強さに鬼、或いは修羅そのものとも言われたその女の名はーーーー"五十嵐涼子"。

山崎も高校時代に自分の先輩達からその話を聞いていたが眉唾物(まゆつばもの)だと思っていたし、自分の先輩達ですらそのまた先輩から語り継がれただけだというので大して気にも止めなかった。

 

 

 

まさか目の前にいるのがーーーーあの斎藤龍馬とかいう子供(ガキ)の母親がーーーーその"伝説の女"五十嵐涼子"だとでもいうのか。

 

 

 

 

「ま……まさか……あんた……が……"博多の呂布"……"鬼"のりょう…………がはっ!!」

 

 

山崎の身体が宙を舞い、コンテナに叩き付けられる。頭を打ち、意識が朦朧としてきた。

薄れゆく意識の中で最後に見たものは……自らを恐ろしい形相で見下ろす"鬼"の姿だった。

 

「変な気は起こさんことやね。キサンみたいな名無しのOBなんぞ簡単に潰せるんやけん」

 

そう言って涼子は気を失った山崎を残して立ち去る。

涼子はそんな中途中で煙草に火をつけて一息ついた。吐き出した煙が夜の闇へと消えていき、煙草を咥えながら涼子は夜空を見上げた。

 

「(やべえときは加勢しょーっち思うたけど、いらん世話やったみたいね。まあ、親としてこのくらいの後始末程度はしちゃってもバチは当たらんめー)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー……って、母さん出掛けてるのか?」

 

龍馬とディレットが帰宅すると涼子の姿はなかった。が、直後にガレージに車が入ってくる。すぐに涼子が玄関にやってきた。

 

「おう、帰ってきたんね。悪い悪い。煙草買いにいっとった。無事にディレットちゃん助けてきたみたいやね。ようやるやんね。さ、今日クリームシチュー作っとるけん、先に風呂入ってきー」

 

「ああ、ありがとう」

 

「ありがとうございます、リョーコさん」

 

二人が風呂を済ませる前に夕飯の最後の下準備にエプロンを付けて取り掛かる涼子。この日のシチューはとても美味くてその日のうちに無くなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

そんな二人の影でかつて鬼と呼ばれた女が密かに見守っていたことは彼等は知る由もない。




・龍馬vs山崎戦イメージBGM……『Pray me』
(『龍が如く』より)

※高橋と山崎の下の名前は特に考えてませんので、みんなが思いつく『ヤンキーの男にありがちな名前』を勝手に想像しといてくださいw
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