第115話 騎 兵 -The Trooper-
「フンフンフーン♪」
お気に入りのメタル曲。彼にとっての作業用BGM。それを聴きながら勇斗は来年2月のコミックシティに向けて原稿を描いていた。
秋のフェスを満喫した勇斗はその後もリリィと連絡を取り合い、主に同人活動についてやり取りしつつ、良好な関係を築いていた。
二人が合同で描いた合同誌は大好評で、SNSでは大きく拡散されてなんと"りゅうのあな"に委託販売をすることになったほどだ。
あっという間に在庫は品切れ、既刊も新刊もネット上ではファンが心待ちにしている状態であり、勇斗はウキウキとしながら原稿を描いている。
彼がご機嫌なのはもう一つ理由があった。それは明日の予定が関係している。何と明日は美術館でリリィとデートなのだ。
あの合同誌を出した日にサークルスペースに訪れた異界の画家、レオノール・デュノアの絵画展だ。そのチケットを手に入れたリリィからお誘いが来たのである。もちろん勇斗に断る理由などあるはずもなく、二つ返事でOKした。
原稿も程々に進み、明日着ていく服を選ぶ。そこまでファッションに詳しいわけではないが、少なくともデートで恥ずかしくない服装くらいはしていきたい。
と、そこへ勇斗のスマホにLINEの通知音が鳴る。相手はディレットからだ。
ディレット
『龍馬から聞いたけど明日リリィさんとデートってそマ?』
『マ』
ディレット
『おっ、(着ていく服)大丈夫か大丈夫か
無理に着飾ろうとすると不自然になるから自然体が無難ゾ
かと言って申し訳ないがダサいのはNG
(カッコつける必要とかいら)ないです』
『助言ありがとナス!』
どうやら龍馬から聞いていたらしく、ディレットからお節介のメッセージが。しかしこういう場で異性からのアドバイスというのはありがたいもので、勇斗は礼を述べるメッセージを添える。それとついでにもう一つ聞きたいことがあったのでメッセージを打ち込んだ。、
『龍馬の具合は大丈夫か?』
ディレット
『まだ熱があるけど今は薬が効いて寝てるゾ
(冷えピタ)冷えてるか~?』
『問題なさそうだな』
ディレット
『お気遣い謝謝茄子!』
実は帰国後に龍馬が体調を崩してしまい、今度は彼の方が風邪を引いて寝込んでいるのだ。ただ今は落ち着いているみたいなので改めて見舞いに行ってやろうと考える勇斗。
ディレットとのやり取りを終え、再び勇斗は服を選ぶ。明日が楽しみだ。
翌日。勇斗は地下鉄に乗って
階段を登ると既に彼女はそこにいた。黒いワンピースに薄い黄色のカーディガンを羽織って青色のハンドバッグを手に立っているのを見て勇斗は緊張してしまう。
「や、やあ!リリィさん!待った?」
「あ、ハヤト君!大丈夫、私も今来たとこだから……」
"待った?"、"今来たとこ"……なんとデートらしい響きであろうか。勇斗は胸がジーンと熱くなるのを感じた。
二人はしばらく話した後に目的地である大濠公園敷地内の福岡市美術館に向けて歩き出した。
ここは福岡県が運営する公園で、元は福岡城の外濠であった部分を池にする形で作られた公園だ。外周約2キロメートルの池の中心部にはいくつかの島が橋で繋がっており、自由に行き来できる。また、その外周の長さが程よい長さのためにちょっとしたジョギングやサイクリングに適しており、春には桜の名所のひとつとしても知られているため福岡市民の憩いの場所となっている。敷地内には美術館の他にカフェなどもあり、デートスポットにも適した場所だ。
ゆっくりと池の周りを歩いているとリリィが勇斗に突然ベンチに座ろうと言い出した。
「リリィさん、どしたの突然?もう美術館は開館してるはずだけど……」
「う、うん!あのね……実は……これ……ハヤト君に……」
「?」
そういえば彼女はハンドバッグと一緒にどこかの衣料品店らしい袋を持っていた。彼女は頬を赤らめながらそれを勇斗に差し出してきたのである。
「えっ、俺に!?」
リリィは無言でコクコクと頷き、勇斗も少し照れながら袋を受け取る。
開けてもいいかと問うと彼女は再び首を縦に振った。勇斗は中身は何かとワクワクしながら袋の中身をがガサゴソと取り出す。すると中にはーーーー
「これ……カウボーイハット?」
中から出てきたのは黒のカウボーイハットだ。頭のサイズもピッタリである。
「ハヤト君……セイブゲキ?うぇすたん?っていうのが好きだってよくSNSで言ってたから……調べたの。それでハヤト君に似合いそうだなって……」
なんとありがたいことだろうか。こんな素敵な女性からこんな素敵なプレゼントをもらえるなんて。今自分は世界一の幸せ者だ。何なら首を賭けてもいいと思うほどに。
「……あの……もしかして……あんまり好きじゃなかったかな……?」
「とんでもない!めっちゃカッコいいし、サイズも丁度いいし、最高のプレゼントだよ!ありがとう、リリィさん!」
「……へへ、よかった……」
リリィからのプレゼントであるカウボーイハットを被ったまま、勇斗はリリィと共に美術館に入る。レオノール氏の絵画展でリリィは自分の技術向上に何かヒントを見出だせる部分があったようで熱心に絵を見つめていた。
少しテンションが上がってしまったせいか、リリィは氏の絵画について熱心に語り始め、勇斗もそれにしっかりと耳を傾けて聞いた。自分はアニメ的なイラストレーションが専門でこういったガチの美術絵画のことはわからないが、リリィが説明するうちにいつしか勇斗自身にも絵画に対する関心が生まれていた。何より目を輝かせて解説する彼女が可愛くて、そんな彼女と美術をもっと楽しみたいと思ったからだ。
普段は大人しいリリィがここまではしゃいでいる姿は新鮮そのもので、そんな彼女と二人でいられる時間は勇斗にとって至福の一言であり、この時間がずっと続けばいいとさえ思った。
美術館を一回りした二人は退館し、近くにあるカフェで休憩を取ることにする。そこで勇斗は彼女にある質問を投げ掛けた。
「そういえばふと思ったんだけど……リリィさんは何で絵を描こうと思ったの?」
「私?私は……そうだなぁ……"誰かを感動させる絵が描きたい"って思ったから、かな……」
「誰かを……感動?」
リリィはコクリと頷くと紅茶を一口飲んだカップを置いてその理由を話し始める。
「私の種族……ウォリアーキャットは狩猟民族だから男女問わず狩猟が主な生業なの。だから気性の荒い人も多くて……でもそんな中で私は内気で狩りも下手くそで家の中で一人で遊んでばかりの子だった……周囲から見ればそれは異端でね……」
ウォリアーキャットは狩猟に生きる種族。いくつかの集落に別れて生活し、男も女もいずれは狩りの技術を身に付けなければならなかった。そんな中で狩猟を好まないリリィは時には蔑まれることさえあったという。
「そんな時……私の村を訪れた商人がいた。それ自体は珍しいことじゃなかったけど、商人が持ってた小さな絵画があった。それを見た時に衝撃を受けたの。その時は一日中商人のおじさんとお話して絵に関する色々な事を聞いたわ」
その時リリィは思ったのだ。自分もこんな絵を描けるようになりたいと。その時の自分のように誰かを感動に導ける存在になりたいと。
「……でも家族や長老、そして一族の掟がそれを許さなかった。"絵など生きるためには何の役にも立たない"って……」
「ひっでぇな……それに……一族の掟?」
「うん……」
当然の事ながら絵などに心酔することは両親や彼女の兄に加えて、長老がそれを許さなかったのだ。さらにウォリアーキャットの一族の掟では女性は別の村で戦士として認められた一人前の男と結婚することになっている。リリィも例外ではなく隣村の男と結婚を強いられる運命にあった。
「でも私はそんなの嫌……!生き方も、結婚する人も自由に選べないなんて……!だから私はこっそりと家出したの」
「え、行動力すご……」
リリィはその後馬車に乗って帝都へとたどり着き、酒場での住み込みの仕事を見つけたのちに少しずつ資金を貯めて画材と自らの住まい兼アトリエとなる部屋を購入した。それまでには何と三年の月日を費やしたという。
それからは絵画についての本を買い漁り、独学で絵を学びながらいつの日か、自分の絵が評価されることを願って絵を描き続けた。
「その矢先に異世界への門が開いてニホンとの交流が始まった。私はすぐにニホンへ渡って勉強したいと考えたの。故郷に未練は無かったしね。後はこうして同人活動をしながら……そしてハヤト君と会ったのよ」
「……」
何という苦労人であろうか。それほどまでに辛い境遇を持ちながらめげずに自分の好きな事に全てを費やし、生きてきた彼女は自分より遥かに大人なのだと認識した。絵描きを公言しながら二回ほど原稿を落としたことのある自分が恥ずかしい。過去に戻れるならあの時の自分をぶん殴りたい。
「その……ごめんなさい、俺……嫌なこと聞いちゃって……」
「ううん、いいの。ハヤト君になら話してもいいと思ったしね。それに今度はハヤト君の昔話聞きたいなぁ。絵を描き始めたきっかけとかリョーマ君との仲とか」
「俺の昔話?大して面白くないですよ、いいんですか?」
「私が聞きたいの。ほら、私も自分のこと教えたからそれでおあいこってことで、ね?」
「仕方ないなぁ……うーん、俺が絵を描き始めたきっかけは11の時に読んだ漫画がきっかけで……」
勇斗はその後もリリィと会話を続けた。話は弾み、お互いに笑顔の絶えない時間が続いた。
勇斗はリリィとのこんな幸せな時間が明日も、明後日も続くと信じていた。
彼女からの助けを求める声が届くまでは。
美術館デートを終えた次の日、勇斗は次の新しい合同誌について彼女にLINEを送る。が、いつまで経っても返事が来ることはなく、この時はただ仕事が忙しいだけなのだろうと思っていた。
「(おかしいな。普段は結構早くに返事くれるのに)」
学校が終わる頃、通知音がスマホから鳴り響き、勇斗はすぐにスマホを見た。
そこに映った文字を見て、勇斗は目を疑った。
『助けて』
「……なんだ、これ!?」
"助けて"……その一言だけが画面には映し出されていた。慌てて勇斗は現状を伝えるようにメッセージを送るが既読は付かず、焦りだけが増えていく。勇斗は急いで帰宅するとすぐさま着替えてバイクにまたがり彼女の自宅へ走った。
以前、彼女の自宅に招かれたことが幸いだった。おかげで家はすぐにわかる。勇斗は彼女のアパートを訪ねる。
「リリィさん!……リリィさん!?」
インターホンを何度押しても反応はない。鍵は……
「鍵が……開いてる……」
自宅の鍵は開きっぱなしだった。勇斗は申し訳ないと思いつつも彼女の部屋へ足を踏み入れた。だがそこに彼女の姿はなく、かと言って泥棒や暴漢が入ったような形跡もない。
「そ、そうだ!リリィさんの職場……!た、確か……」
リリィの職場はここから近くにある花屋だ。勇斗はスマホで電話番号を調べるとすぐに店に電話をかける。
しばらくすると店長の女性が電話に出た。勇斗が事情を説明すると店長は困惑した声で答える。
「"リリィさん、今日は出勤してないの……!こんなこと初めてよ……君、何か知ってるの!?"」
「すみません、俺にも何が何だか……!」
「"そう……もしかしたら事件に巻き込まれたのかもしれないわ。警察には私から連絡しておくからお友達のあなたはアパートの人や大家さんに連絡を取ってみてくれる?"」
「はい!何かわかったら連絡します!」
勇斗は電話を切り、このアパートを管理する大家に電話をかける。
が、大家は何も知らないらしく今度は隣室の住人を尋ねた。しばらくすると若い女性が姿を現し、勇斗は事情を伝える。
「え?お隣のリリィさん?……うーん、昨日は私飲み会帰りであんまり記憶が……あっ!でもちょっと待って!」
「何か知ってるんですか!?」
「そういえば私が昨日帰った時に言い争うような声が聞こえた気がする……"家に帰る"とか"兄さん"がどうとかって……ごめんなさい、それくらいしか覚えてないわ」
「家……?兄……?」
これはとても有力な手がかりなのではないか。勇斗は女性に礼を言うと誰か相談できる相手を探そうと試みる。
「……で、私のとこに来たと」
「ああ」
勇斗がやってきたのは龍馬の家。そしてここにいるディレットに助言を乞うためだ。
エルフとして長く向こうの世界で生きてきたディレットなら何か知っているかもしれない。
というのも隣の住人が"家に帰る"、"兄さん"というワードだ。もしかしたら今回の失踪には彼女の故郷が関係しているのかもしれない。龍馬は風邪で寝込んでいるので今勇斗はディレットの部屋にお邪魔している。
「……そうね。状況から考えるとリリィさんはおそらくこちらの世界にやってきたウォリアーキャットの種族……それも自分のお兄さんに無理矢理連れ戻された可能性が高いわ」
「……やはりか」
状況的に薄々勘づいてはいたが、やはりその線が一番濃厚だろう。おそらくは家出をした彼女を連れ戻すためにずっと足取りを追っていたに違いない。それにしてもまさか異世界であるこちらにまでやってくるとは。
「……」
「……行くんだね?彼女を助けに……」
「……ああ。女に助け求められて黙ってられるかよ」
勇斗は決意する。リリィの家族の事情や一族の掟など知ったことか。彼女が助けを求めている。それに応えることに何のためらいがあるというのか。
「……ハヤト、私も一緒に……」
「お前は龍馬と一緒にいろ。あいつのそばにいてやれ。それに……お前の身に何かあったら俺はあいつに殺されるぜ」
そう言って勇斗は苦笑する。とはいえディレットをこの件に巻き込むわけにはいかない。助言さえもらえればあとは充分だ。それに簡単にくたばるほど自分だってヤワじゃない。
「ウォリアーキャットの集落については?」
「いくつかあるけど可能性としてはヴィヴェルタニアとの国境近くにあるロンヌの森付近が一番高いかもしれないわ。あの周辺にはいくつかウォリアーキャットの村が点在してる。リリィさんの故郷ならそのどれかかも」
「恩に着るぜ、ディレット。さて、じゃあ龍馬のアホウを見舞って俺は失礼するかな」
勇斗が龍馬の部屋に行こうと立ち上がったまさにその時、ディレットの部屋のドアが開かれる。立っていたのは家着姿の龍馬だった。
「リョーマ!まだ熱あるんだから寝てなきゃダメだよ!」
「いい、ディレット……すぐに戻る……。勇斗、事情は聞かせてもらった……帝国に……行くんだな……?」
「ああ。……って、まさかお前そんな状態で付いてくるとか言わないよな?」
「馬鹿言うない……とても動ける状態じゃねぇよ……だけど……お前の助けになれると思う……まずこいつを渡しとく……」
龍馬から受け取ったポリ袋。その中にはトランプやチェス、オセロといったボードゲームの数々やいくつかの本などが入っている。
「……は?これをどう使えっていうんだ?」
「いいから最後まで聞け!……帝都の北のロイド山脈に"忘却の谷"という場所がある……そこの洞窟に住んでいる男にこいつを渡して俺の知り合いだということを伝えろ……きっとお前に協力してくれるはずだ……」
忘却の谷やらなんやらと色々教えられたが一体何のことやら勇斗には理解が追い付かない。しかしだ。龍馬が言うのだから信用には足るのだろう。
「あと……キャンプ用品やバイク用品が必要ならガレージにある俺の物を貸してやる……好きなもん持ってけ……バイクで帝都に入れるように陛下には俺が連絡しといてやる……」
「……すまねえ、龍馬。恩に着るぜ」
「気にするな……気を付けろよ、勇斗」
勇斗は龍馬の言葉に甘え、ディレットの案内でガレージから持てる限りの道具を借りて持ち出してバイクに積み込んで、或いは背中に背負って自宅へと急いで戻る。
家へと戻った彼はすぐにフェリーの予約を取ると親にバレないよう、バイクにあらかじめ荷物を積み込んでおく。
……学校はしばらくサボることになる。とても親と学校に直接事情を説明することなど出来ない。だが一応部屋の机に書き置きは残しておこう。スマホも着信拒否設定だ。
部屋でも準備をして着替えや荷物を用意する。その時、机の上に置かれた黒いカウボーイハットが彼の目に入った。
「リリィさん……」
あの時彼女が自分のためにくれたカウボーイハット。彼女からの大事なプレゼント。あの幸せなひとときと彼女の笑顔が忘れられない。勇斗はハットを手に取るとそれを握り締める。
……明日は夜明け前に家を発つ。家族にバレないように家を出なければならないからだ。
「……今日はもう休もう。明日に備えねえと」
はやる気持ちを抑えつつ、勇斗は寝床に入る。まずは休息を取らなければ。帝国までの道のりは長いのだ。勇斗はそっと目を閉じた。
翌朝。早めに目を覚ました勇斗はカウボーイハットの紐を首にかけてヘルメットを被り、こっそりと自宅からバイクを出す。もちろん使うのはヤマハ・セローだ。
自宅でエンジンをかければ家族に気付かれる。勇斗はバイクを押して家を出た。そしてしばらく歩くと道端にある人影に気付いた。傍らにはバイクもあるのがわかる。
「こんな朝早くにどこに行くのかしら?」
「お前……!」
見ればそれはオフロードバイクを自前で準備した千春であった。青と白のボディ。そしてシート側面に描かれた"SUZUKI"のロゴ。まさか彼女は……
「何よ。斎藤に頼まれたのよ。あんたの歯止め役になってほしいってね。ほら、ボサッとしてないで早く行くわよ」
「いや、お前……バイクどうしたんだ?」
「マックスモータースの店長さんから古いバイクを譲ってもらったの。スズキのDR250SH。異世界行くなら必要でしょ?オフロードバイク」
なんと龍馬から千春は頼まれてわざわざバイクまで用意したという。どうやら金は龍馬が出したようだが一体いつの間にそれほどの金を手に入れていたのか。
まあ、キラーワスプの一件でそれなりの収入を得た龍馬の件を勇斗や千春が知る由もないのだが。
「まったく、風紀委員が何日も学校をサボるなんて本末転倒もいいとこだわ。ほら城島、行くわよ。リリィさんを助けるんでしょ?」
「……当たり前だ。言われるまでもねえ」
自宅から程よく離れた所で二人はエンジンをかける。目指すは門司港。フェリーに乗っていつもの旅だ。しかし今度は観光ではない。大事な人のピンチなのだ。
勇斗のアクセルを握る拳に力が入る。決意を秘めて
「(待ってろよ、リリィさん……!必ず助けてやる……!)」
大切な人を救うべく、勇斗の旅と戦いが始まった。