アナザー・ディメンジョン -異界交流記-   作:誠龍

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日常編4
第122話 航空ショーへ、いざ


11月も下旬。既に日本も冬に入っており、ますます厳しさを増してきた。冬の寒空の下龍馬達は凍えながら下校している。

 

「う~さみさみ」

 

「もうすっかり冬だね」

 

お互いにマフラーを巻いて学校指定のダッフルコートを着てはいるものの、やはり寒いものは寒い。龍馬はポケットに手を入れて震え、ディレットは吐息で手を暖めている。

今日は二人ともバイトがないので家へ直帰だ。こんな寒い日は家でゴロゴロするに限る。二人は足早に自宅へ帰った。

 

「「ただいまー」」

 

「ディレット、リョーマ兄ィ、おかえりー!」

 

二人が家に入ると同時にルビィがやってくる。そしてその手には一枚の紙が握られていた。

 

「ねー、ねー!リョーマ兄ィ、アタシこれに行きたい!」

 

「ん?なになに?"2016年度築城(ついき)基地航空祭"……ああ、航空ショーか。わかったわかった。とりあえず詳しく聞くから待ってな。先に手ぇ洗って着替えてくる」

 

龍馬とディレットは靴を脱いで洗面所へ向かうと手を洗い、二階で着替えてからリビングにやってくる。

ルビィの持った紙に書かれていたのは航空自衛隊の戦闘機と2017年度の航空祭の日程だ。

福岡では航空自衛隊による航空祭が毎年開かれており、ルビィが持っているチラシは行橋市(ゆくはしし)にある築城基地(ついききち)の航空祭の案内だ。

龍馬も一度だけ行ったことがあるが、航空自衛隊の本物の戦闘機を間近で観察できる上に、アクロバティックなその飛行技術も楽しむことができる。さらには基地内に様々な露店が出店し、お祭り気分も味わうことが出来るのだ。

 

「その日はお母さんはおばあちゃんちに行くし、お父さんはシュッチョーでいないんだって。だからリョーマ兄ィに連れてってもらいなさいって」

 

「……あのBBA、行橋まで運転するのがめんどくさいから俺に押し付けたな」

 

買い物に行っているであろう涼子に対して小声で悪態をつく龍馬。あの母親は長距離の運転をめんどくさがる傾向にあるのでらしいといえばらしい。

しかしルビィに頼まれては龍馬も断れない。丁度その日は予定もないし、築城基地まで行ってみてもいいかもしれない。

 

「そうだ、アヤはどうする?」

 

ソファに腰掛けてテーブルの上に立てたタブレットでポテチを食べながら動画を見ているアヤだが、彼女も行くのであればガジュマルの植木鉢を運ぶ方法も考えなくてはならない。

 

「んー、私はパス。沖縄出身にこの寒さは堪える。家に引き込もってネト◯リで海外ドラマ見たい。今"ランナーズ・デッド"のシーズン2が熱くて……」

 

このキジムナー、最近はやたらタブレットで海外ドラマを見ることにハマっている。お前のようなキジムナーがいるか。

 

「それにバイクで行くのにいちいち鉢持って移動してたら鬱陶しいでしょ?それじゃこっちもバツが悪いしさ。留守番しとくから行っておいでよ。あ、お土産はよろしくね」

 

請求するとこだけは請求するアヤ。お前のようなキジムナーがいるか。本日二回目のツッコミである。

 

「勇斗と須崎も誘うか。ディレットは大丈夫か?行橋は結構遠いぜ」

 

「大丈夫だよ!私は平気!」

 

行橋市はここからだとかなり遠い。というのも築城基地がある行橋市の築上町(ちくじょうまち)は福岡県の東部に位置する市で、ほぼ大分県との県境と言ってもいいくらいの場所にある。博多からではかなり遠い。飯塚市から田川市を経由していくと2時間近くはかかる。さらに基地の開放は朝8時からなので全てのプログラムを見学するとなると少なくとも朝6時には家を出なければいけない。

 

「行くのはいいが……ルビィは朝早く起きれるか?それにバイクだから寒いぞ?」

 

「うん、大丈夫!」

 

「そっか。ならまずはルビィに合うヘルメットを買いに行くか」

 

父のヘルメットではサイズが合わないだろう。準備は早いに越したことはない。正直、寒いからあまり外には出たくはないがルビィのためだ。龍馬はバスでルビィのヘルメットを買いに行くことにした。

 

「ルビィ、準備しろ。行くぞ」

 

「はーい!」

 

「あ、私は食器洗いやっとくね。二人とも、いってらっしゃい」

 

そう言ってディレットは昨晩から涼子がぶっ溜めている食器洗いに取り掛かる。あの母親は大体晩酌しながら飯を作るもんだから、夕食後には酔い潰れて寝てしまい、翌日の夕方まで洗い物が溜まっていることがほとんどだ。だがディレットのおかげでそういうのがだいぶ減ったのはありがたいことだ。

龍馬は再び着替えてルビィと共に出かける。バスに乗って行った先は"ウィップス"。ライダー御用達のバイク用品のショップだ。

 

「すごい!バイクの部品とかジャケットがいっぱい!それにヘルメットも!」

 

「とりあえず、頭の大きさ計ってもらうか」

 

まずはルビィの頭のサイズを従業員に頼んで計ってもらう。それから彼女が気に入ったデザインかつサイズの合いそうなヘルメットを選ぶ。

指定されたサイズからルビィがまず選んだのは白のシンプルなArai製のジェットヘルメットだ。被ってみると少し小さくてキツく、痛い。

ヘルメットはサイズが合っていても頭の形によってはキツかったりゆるすぎる場合がある。これはダメだ。

 

「じゃあ、これは……」

 

今度はSIMPSON製の黒のフルフェイスヘルメットだが、サイズが若干大きすぎる。しかもちょっとドクロっぽいデザインのせいで某世紀末四兄弟の三男に見えなくもない。ソードオフショットガンが似合いそうだ。

 

「ん~……これ!」

 

白と黒のスタイリッシュな模様が入ったSHOEI製のジェットヘルメット。それを被るとルビィの頭部に今まで以上にフィットした。

 

「へへ……似合ってる?」

 

「おー、いいじゃんか。似合ってるよルビィ。じゃあそれにするか」

 

ルビィはこのヘルメットを龍馬に買ってもらうことにした。立て続けの出費は痛いが……可愛い妹のためだ。やむを得まい。

兄にヘルメットを買ってもらってご機嫌のルビィ。バスの中で彼女はそのヘルメットを大事そうに抱えている。

 

「なあ、ルビィ」

 

「なに?」

 

「お前もいつかバイクに乗りたいか?後ろじゃなくて自分が運転する側でよ」

 

「……うん!乗りたい!」

 

ルビィは目を輝かせながらそう言った。馬も必要とせず、魔力も必要としない乗り物・バイク。兄やディレットのようにあれを乗りこなせたらどんなに楽しいだろうか。考えるだけでワクワクが止まらない。

 

「じゃあ、あと二年は我慢だ。16になったら免許取りに行きな。お前がバイクに乗れるようになったら……一緒にツーリングしよう」

 

「やった!約束だからね、リョーマ兄ィ!」

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして航空祭当日。朝5時に起きれるかとルビィに問いただした龍馬の心配は杞憂に終わった。むしろ龍馬が彼女に起こされたほどだ。

やはり朝は冷える。それにまだ日も昇っていない。先に起きていたディレットは朝食の仕度をしてくれていた。対して涼子はまだ寝ている。どうせいつも通り深夜まで飲んだくれていたのだろう。

 

「ルビィ、冬のバイクは寒いぞ。しっかり準備しておけ」

 

「はーい!」

 

ジャケットの下には複数枚着込み、顔にはフェイスマスクにネックウォーマーを、タイツの上からトレパンを履いてさらに裾の太いカーゴパンツを履く。そしてグローブはインナーグローブを付けた上から分厚い冬用グローブを装着。これくらいしなければ冬のバイクはかなり辛い。

龍馬もルビィもディレットも着込み、ガレージからバイクを出してエンジンをかけ、暖気する。

 

「ねえ、リョーマ兄ィ。ハヤト達はこないの?」

 

「ああ、ゴリラならリリィさんとイチャついてるよ。須崎はなんか調べたいことあるから今回はパスだって」

 

「そっか、残念」

 

千春は何やら最近調べたい事があると色々勉強をしているらしい。勇斗は言わずもがなリリィとリア充している。死ねばいいのに。

 

「それじゃ出発するぞ!」

 

「「おーっ!」」

 

ルビィは龍馬の後ろに乗り、ディレットは後ろから追従だ。

高速を使えない以上、築城基地までは約二時間の道のりである。途中休憩を挟みつつ三人は飯塚方面へとバイクを走らせ、飯塚を抜けて田川に辿り着く。田川を抜けたらようやく行橋市だ。

長時間の運転により龍馬もディレットもかなり疲れていた。ただ一人、ルビィだけが有り余る体力ではしゃいでいたのである。

 

「リョーマ……やっと着いたね……」

 

「ああ……寒いし疲れた……」

 

強い風というのはそれだけで人体から体温を奪い、疲労させる。冬の冷たい風ならなおさらだ。二人は「早く、早く!」と言いながら進むルビィを追って基地の入口へ向かう。

 

 

 

"ようこそ築城基地航空祭へ"

 

 

 

そう書かれた横断幕のゲートをくぐり、基地の敷地に入った三人。まだ開場したばかりだというのに中は多くの来場客で賑わっている。芝生のある広場には多くの露店やキッチンカーが並んでいて早くも買い物客が押し寄せていた。

 

「リョーマ兄ィ!アタシ、あれ食べたい!」

 

「はいはい」

 

ルビィが欲しがっているのはケバブ屋のケバブサンドだ。龍馬は三人分のケバブを買うとさらに温かいお茶を買ってプログラムが始まるまでの間に皆で食べ始めた。冬の冷たい風で冷えた身体に温かいお茶と食べ物が染みるようだ。

食べ終わってから奥へと進むと空を轟音と共にF-2戦闘機が高速で駆け抜けていく。

 

「うわぁ!見て見てリョーマ兄ィ!すごい!」

 

「ありゃあF-2だな。航空自衛隊の代表的な戦闘機だ」

 

F-2戦闘機は航空自衛隊にて2000年より制式配備がなされている三菱重工業製の戦闘機である。関係者やミリタリーファンなどからは"平成の零戦"と言われている。

 

「すごいね!あれに人が乗って操縦してるなんて……私達の世界じゃほんとに考えられないよ!」

 

先ほどの疲労はどこへやら、F-2の飛行を目にしたディレットもルビィと共にはしゃぎはじめた。まったく、現金なものだ。

F-2の展示飛行が終わり、龍馬達は基地の内部を回った。滑走路の一部には航空自衛隊の戦闘機だけではなく、陸上自衛隊のヘリコプターや車両も展示してあった。

 

「ねぇねぇリョーマ兄ィ、あの大きなジドウシャは何?」

 

「あれは"パトリオット"だな。自衛隊表記だと"ペトリオット"だけど。英語で国を愛する者……"愛国者"って意味だ」

 

「ぱと……?ぺと……?」

 

MIM-104"パトリオットミサイル"は"愛国者"の名を冠した、アメリカ軍や日本の陸上自衛隊など10ヶ国以上で運営されているミサイル迎撃システムである。

陸上自衛隊では"ペトリオット"の表記で配備されており、20キロメートルから30キロメートルの範囲を防衛することができる兵器だ。

 

「みさいる……げいげき……?」

 

説明をしたがルビィもディレットもあまりよくわかってないようだ。二人とも首を傾げている。

 

「ミサイルってこっちの世界の飛んでくる爆弾があるだろ?あれを別の国からの攻撃で撃ち込まれた時にこのパトリオットミサイルは空中で迎撃してくれるんだ」

 

「えぇ!?空中で落とすの!?」

 

「そうだ。過去の戦争でも使われてアメリカ軍で活躍したらしい」

 

龍馬が言っているのは1990年8月に起きた湾岸戦争のことである。イラク軍の発射したスカッドミサイルを迎撃したことでパトリオットミサイルは一躍有名となった。

 

「リョーマ兄ィ!ディレット!シャシン取ってー!」

 

「はいよ」

 

「じゃあルビィ、前に立ってね」

 

ルビィがヘリコプターやパトリオットミサイルをバックに、龍馬とディレットがスマホで撮影する。こうした兵器というのは普段一般人が生で目にする機会は少ないため、貴重な思い出となるだろう。

写真を取り終えると脇を子供達が走り抜けていく。何があるのかとその先を見ると遊園地にあるような、キャラクターの装飾が施された小さな列車があった。どうやらあれの受付をしているようだ。

 

「りょ、リョーマ兄ィ……」

 

「……はいはい。受付してやるから乗ってきな」

 

「!!」

 

恥ずかしそうにしていたルビィは一転、パァァという擬音が似合いそうな笑顔を見せた。龍馬が受付を済ませると航空自衛隊員の案内でルビィを含む子供達が列車に乗り込んでいく。

列車とは言っても花自動車という乗り物を自衛隊の隊員達が手作りしてキャラクターものの列車風に装飾したものである。列車に乗って楽しんでいるルビィを龍馬は動画で撮影し、ディレットはそれを傍らで見守っている。龍馬が撮影を終えてスマホをしまうとディレットが声をかけてきた。

 

「ねえ、リョーマ」

 

「ん?」

 

「ルビィ、本当によく笑うようになったよね」

 

「ああ」

 

思えばルビィとの出会いは自分の荷物を彼女にひったくられたことが始まりだった。ようやく追い付いた時には背中にナイフを突き付けられたりしたものだ。正直いい出会い方だったとは言えない。

だが彼女がうちに引き取られてからは本当に無邪気な少女としての笑顔をよく見せるようになった。14という年にしては些か子供っぽすぎる気もするが、それでも彼女が幸せならばそれでいい。龍馬はそう考えた。

列車を降りたルビィは非常に満足した顔で戻ってきた。そんな彼女に龍馬はひとつ提案をする。

 

「ルビィ、あそこで戦闘機のパイロットの装備を着せてくれるみたいだぞ。行ってみるか?」

 

「うん!行きたい!」

 

向こうの方で戦闘機に乗る航空自衛隊員達の装備を着せて記念撮影をしてくれる場所がある。龍馬がそこへルビィを誘うと彼女は龍馬と手を繋いで嬉しそうに向かった。

 

「(こうして見ると、本当の兄妹みたいだなぁ)」

 

二人を後ろから見る姿。それは人種も違えば血の繋がりもないとは思えないほど微笑ましかった。

行った先でルビィはパイロットの装備を着せてもらって記念撮影し、ついでに龍馬とディレットも写真を取らせてもらった。

 

「"ぱいろっと"の人達の装備、かっこよかったね!」

 

「だな。なかなか出来ない体験だからいい思い出になったな」

 

「うん!」

 

撮影を終えて今度は格納庫に展示してある戦闘機を見に行こうとその場を離れる三人。そんな三人の前に一人の男性が現れる。

 

「やあ、君達。ちょっといいかな?」

 

その男性はシワシワのワイシャツにヨレヨレのネクタイを付け、髪はボサボサで無精髭もろくに剃っていない、眼鏡をかけた不潔な感じの男性だ。それにタバコ臭く、怪しい雰囲気である。ルビィは龍馬の影に隠れた。

 

「……何ですか?」

 

「おっと、失礼。俺はこういうもんでね」

 

「"九州新聞社"…………"陣内春樹(じんないはるき)"…………?」

 

男性から渡された名刺を龍馬は受け取る。どうやら男性は九州新聞社に所属する記者、いわゆるマスコミのようだ。それにしては周りに音声やカメラマンもいない。

 

「今は自衛隊に関する市民の意見を個人で集めていてね。自衛隊の兵器って怖いよねぇ。不安がってる市民も多いんだよ。よかったら協力してくれないか?市民の声ってやつを全国に届けたいんだよ」

 

怪しい。この男、怪しすぎる。龍馬は警戒し、ルビィを決して前に出さないようにした。そもそも航空祭に来るような人間が自衛隊に対する不安や不満などを言うわけがなかろうに。そしてよく見るといつの間にかディレットがいなくなっている。

 

「……いや、そういうのいいんで。俺達これから格納庫で戦闘機見るから」

 

「ったく、最近の若者はつれないなぁ。お……後ろにいるのは異界人の子かな?ダークエルフってやつ?じゃあせめて写真の一枚でも……」

 

小さなミラーレスカメラを取り出し、陣内という記者はルビィにカメラを向けた。その瞬間、龍馬の怒りが爆発する。

 

「いい加減にしろこのマスゴミが!!妹が怖がってんだろうが!!ブッ飛ばされてえのか!!」

 

龍馬が一喝するとさすがの陣内も少し驚いたのか、慌ててカメラを下げる。

 

「……くそ……このガキ、人が下手に出てりゃ調子に乗りやがって……!」

 

「んだと、このヤニ(くさ)野郎が!タバコの匂いプンプンさせやがって!くせーんだよ、オメーよぉ!」

 

陣内は歯軋りをして悪態を突き出し、龍馬は今まさに陣内に噛み付きそうな勢いで罵倒しながら彼を睨んだ。こんなマスゴミにルビィを撮影させてたまるか。

 

「こら!何をしている!」

 

向こうから声がした。見ると迷彩服を着た航空自衛隊員とディレットがこちらに走ってきているのである。どうやら彼女が呼びに行っていたようだ。

 

「申し訳ないが、一般の来場者の方のご迷惑になるような行為や許可なしの取材は止めていただきたい!ただちに退場を命じます!」

 

「……へいへい、っと……帰りゃいいんでしょ、帰りゃあ」

 

陣内はカメラをしまうと頭をかきながらめんどくさそうに基地の出入口に向かって歩いていく。そんな彼の後ろ姿を一度睨みつけ、隊員は龍馬達に頭を下げた。

 

「こちらのエルフの女性からお聞きしました。せっかくご来場いただいたのに不快な思いをさせて申し訳ありません。確かあの記者は九州新聞社の者でしたね。後でこちらから抗議を入れておきます」

 

「これなんかまずいと思ってジエイタイの人に知らせて駆けつけてもらったの。やっぱり正解だったね」

 

「ナイスだディレット」

 

自衛隊員はもう一度頭を下げて龍馬達に謝罪をした。実際のところ悪いのはあの記者であって自衛隊ではないので龍馬も「ありがとうございます」と頭を下げておいた。

気を取り直して格納庫へ向かうがその途中でルビィはある疑問を龍馬に投げ掛ける。

 

「リョーマ兄ィ。なんであの人はジエイタイの事を悪く言ってるの?みんなを守ってくれてるのに……アタシ達の世界でいうところの騎士団みたいな人達なのに……」

 

「さあな。あいつに限った話じゃないが、誰でもいいから批判したくてたまらないか、軍隊や自衛隊みたいに力を持っていると世の中が平和にならないとか考えてる平和ボケした頭お花畑な連中なんだろうよ。どっちにしても頭のおかしい馬鹿ってことには変わりないな」

 

「……そうなんだ。変なの。守ってくれる人達を批判するなんて」

 

実際のところ、自衛隊を批判している日本国民や団体は多い。自衛隊はあくまで自衛のための集団であるのに軍隊だの戦争の手段だから平和の阻害になると本気で声を上げる連中は後を絶たないのだ。

自衛隊の仕事は自衛のための戦闘や訓練だけではない。災害が起きれば被災地やそこに住まう被災者達の援助をしたり救出をしているというのにわざわざそこへ駆け付けて自衛隊は軍隊だの自衛隊反対だのと声を張り上げたりもする。

それに拍車をかけるのが陣内のような悪どいマスコミの存在である。彼等は政治家・芸能人・自衛隊などの存在に対し、大衆が悪い印象を持つような悪意ある編集を加えて記事にしたりテレビで報道したりして世論の印象操作を行う。しかも批判のためなら嘘や捏造も平然と行うため、龍馬の中では宗教団体に並んで最も嫌いな存在のひとつだ。

 

「まあ、気にすんな。改めて戦闘機を見に行こうぜ」

 

「うん!」

 

三人は格納庫で展示された戦闘機を見学しに行く。間近で見る本物の戦闘機は迫力があり、更にはタラップに登って戦闘機のコックピットを見ることもできた。残念ながら乗り込むことはできないようだが、それでも普段はパイロットしか見ることのできないコックピットを見てルビィは目を輝かせていた。

格納庫を見終わって外へ出ると音楽が聞こえてくる。あれは対空機関砲による訓練兼ショーだ。音楽に合わせて動く対空機関砲はまるで生きているようでルビィ達はじめ、多くの人々から歓声が上がった。

 

「さあ、ルビィ。いよいよ航空祭の最大の見所だぞ」

 

「え?なになに?」

 

「そりゃ決まってるだろ。"ブルーインパルス"さ!」

 

「ぶるー……いんぱるす?」

 

ブルーインパルス。航空自衛隊きってのアクロバット飛行チームであり、T-4ジェット機に乗って機体後部からスモークを吐き出し、"空に絵を描く"そのパフォーマンスは見る者を虜にする。龍馬の言う通り、航空祭の一番の見所と言っても過言ではない。これだけのためにわざわざ航空祭へやってくる人間もいるくらいだ。

ブルーインパルスの名の通り、青い機体がエンジン音を上げながら滑走路を並んでゆっくりと走ってくる。運よく前の方の位置を確保できた龍馬達は動くブルーインパルスを間近で見ることができた。

 

「あ、見て見てリョーマ兄ィ!"ぱいろっと"の人が手振ってくれてる!おーい!」

 

こちらに向かってブルーインパルスのパイロットが手を振ってくれている。ルビィもまた精一杯、彼等に向かって手を振った。

轟音と共にブルーインパルスの部隊が空へと飛び立った。彼等はその類いまれなる操縦技術で大空を舞い、空という青いキャンバスにスモークで絵を描いていく。

 

「リョーマ!あれ……!すごい!煙がハートの形に……!」

 

ディレットが指差した先、T-4のアクロバット飛行によってスモークがハートの形となり、人々から声援が上がる。

だがこれだけではない。ここからさらにインパルスが驚くべき技術を披露する。

 

「わぁ!!リョーマ兄ィ、あれ!!」

 

「リョーマ……!あれ凄すぎない……!?」

 

5機のブルーインパルスが空中へと散らばって飛行したかと思うと、5方向から再び集まってきた。そしてその5機が空中で交差して再び離れた後には……

 

 

 

なんと、"星"が空に描かれたのだ。

 

 

 

 

これには多くの人々か驚いた。もちろんルビィとディレットも。空に描かれた五芒星を見上げて人々は歓声を上げ、スマホやカメラを空へと向けている。

"大空に夢と感動を描く"━━━━そのキャッチコピーの通りにブルーインパルスのパイロット達はこの場所に来た全ての人々に驚きと感動を与えた。

 

 

 

 

龍馬達はブルーインパルスのアクロバット飛行が終了してからも航空祭を楽しんだ。露店でアメリカ軍の放出品を買ったり、グッズやお土産を手に最後のプログラムまで満喫したのである。

 

「ルビィ、楽しかったか?」

 

「うん!とっても楽しかった!リョーマ兄ィもディレットも連れてきてくれてありがとう!」

 

帰りのバイクに乗る前、龍馬がルビィに尋ねると彼女は満面の笑みで返してくれた。二時間かけて行橋市まで来たのは流石にキツかったが、ルビィがこれだけ喜んでくれたおかげで帰り道も頑張れそうだ。

ディレットも満足したようで航空自衛隊のカレンダーやら何やらグッズを大量に買っていた。……バイクの後ろに積んでいる、本来は機関銃の弾が入っていたアモ缶など買っていつ使うつもりなのだろうか。気にはなったが聞かないで置くことにした。本人が良ければそれでいい。

 

 

龍馬達は充分に航空祭を満喫して、築城基地を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ダークエルフが日本人の少年の妹、ねえ」

 

「先輩、まださっきの少年の事を根に持ってるんですか?」

 

「うるせえよ、鈴峰(すずみね)。黙って情報まとめとけ」

 

基地から追い出された陣内は、基地近くの車の中で相棒の女性記者・鈴峰麻衣(すずみねまい)と共に仕事に関する会話を交わしていた。

しかし陣内の頭の中からどうもあの日本人の学生とダークエルフ、それに金髪のエルフの三人組のことが離れない。とりわけあの学生とダークエルフが兄妹だというのはなかなか興味深い。まさか本当に血が繋がっているわけではあるまい。

 

「編集長には悪いが……こりゃあ、自衛隊批判記事なんかよりいいネタになりそうだな……」

 

 

陣内は咥えたタバコを車の灰皿に押し込むと、密かに隠し撮りしたデータの写真を眺めた。




※実際の2016年度築城基地航空祭では同日に開催された百里基地航空祭に参加していたため、築城基地でのブルーインパルスの参加はありません。

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