少し短めです。
博多の家々の建築やリフォームを手掛ける柳川工務店。ある日の変わらない日常、仕事終わりの時間。ありふれた風景だ。
「倉田さん、お疲れ様ーっす」
「おう、岡本。お疲れ。どうだ?暇なら一杯やるか?」
「倉田さんの奢りなら!」
「ったく、オメーは現金なヤツだな」
そう言いつつも倉田は岡本のためによく昼食や仕事終わりの一杯を奢ったりしている。厳しくある上司であり先輩だが面倒見はよく、岡本も彼をよく慕っている。
「クラタさん、俺もいいかな?」
「おっ、じゃあ俺も」
ヴィダールと柳川社長もその話に乗ってきた。大体みんなで飲みに行くときはいつもこの流れだ。結局いつもの四人で飲みに行くことになる。
飲みに行く先は決まって"居酒屋 博多っ仔"だ。仕事帰りのサラリーマンや作業着姿の働く人々で賑わう居酒屋に入ると大将と大学生のアルバイトの子達と見慣れた顔ぶれに迎えられながらテーブルに四人で座る。
「とりあえず中生四つ。あと焼き鳥と刺し身盛り合わせで」
「ありがとうございます、少々お待ち下さい!」
アルバイトの店員に注文を伝えるとまずはビールが四つ、運ばれてくる。よく冷えたビールジョッキを四人は手にして突き出した。
「「「「乾杯!」」」」
カチン、とジョッキ同士が触れあういい音が響く。そしてビールを喉の奥へと流し込む。よく冷えたビールののど越しと爽快感が労働で疲れた身体の隅々にまで染み渡るようだ。
"この一杯のために生きている"━━━━━まさしくその言葉がピッタリである。
「ッッッかぁ~~~~ッ……!うめえ!やっぱり仕事終わりの酒は最高っすね、倉田さん!」
「そして人の金だからな。そりゃ美味いだろうよ」
そんな凸凹コンビの倉田と岡本のやり取りを見ながら向かい側でワハハ、と笑う柳川社長とヴィダール。その内、料理も運ばれてきて四人の酒が進んだあるところで岡本が切り出す。
「そういえば俺聞きそびれてたんですけど、ヴィダールさんってどういう経緯で日本に来てこの会社で働き始めたんですか?」
岡本が入社したのは今年の春。その時には既に異界からやってきたドワーフのヴィダールはこの柳川工務店で正社員として働いていた。ずっと聞こうと思っていたのでいい機会だ。
「俺か?俺がニホンに来たのは……去年の秋くらいだったかな」
「あの時はうちの会社に異世界のドワーフの人が入社するなんて思ってもみなかったなあ」
ヴィダールと柳川社長の二人は語り出す。ヴィダールが何を思って日本にやってきて、何を目指してこの小さな会社に入社したのかを。
ヴィダールはシルワ大陸の南にあるドワーフ達の鉱山の町・コルガ出身であった。
炭鉱夫や鍛冶屋を営む者がほとんどのこの街だが、中には別の職を目指す者もいた。
腕力と細かい作業に優れるドワーフは宝石類を装飾品に加工するジュエリー職人や建築家なども数多く存在する。その中でヴィダールは建築家に憧れ、その道を目指して木こりと材木の運搬による職で各地を巡りながら帝都にも出入りしていた。
ある日、帝都の建築ギルドの依頼で建築材料となる資材を積んで運び込む仕事をしていた時に"あの出来事"が起きた。異世界・ニホンへの門が開いたあの事件だ。当初は驚いたものの、「自分には縁のない話だ」と傍観を決め込んでいた。
しかし半年後、"異界同盟法案"が可決されたことによって彼の運命は大きく変わる。帝都に滞在中の飲み仲間が日本に観光に行った話を聞かされ、向こうで手に入れた"シャシン"の数々を見せられて彼は考えを変えた。
"ニホンの建築技術を学ぶことが出来ればより立派な建物をこちらの世界でも建てられるかもしれない"━━━━━━そう考えた彼は早速渡航資格取得の学校の門を叩いたのである。
「へぇー。じゃ、資格取ってすぐにこっちに来たんすか?」
「いや、なかなか仕事が見つからなくてな。しばらくは帝都にいたよ」
ヴィダールはぐいとビールを飲んでからそう答えた。実際のところ、文明が中世ヨーロッパとそう変わらない異世界の人間を積極的に雇おうとする企業は法案可決当初はまだ多くなく、就職希望で日本に渡れる異界人は少なかった。ヴィダールもその例に漏れず、なかなか仕事が決まらなくてジレンマを抱えていたものだ。
「そんな時にわざわざ帝都までやってきて俺を雇ってくれたのがヤナガワさんだったんだ」
「え!?社長って帝都まで行ったんすか!?」
「そうだよ。あの時はベテランの加藤さんって方が定年で辞めちゃって、小さなうちの会社はほんと大変だったんだ。だから藁にもすがる思いで異界人雇用のための視察に行ったんだ」
柳川工務店には長い間柳川社長と苦楽を共にしてきたベテラン社員の加藤という社員がいた。しかしその加藤も定年を迎え、退社することになった。
元々小さな会社で若手も少なく、小規模でなんとか経営を切り盛りしていたのだから倉田以上のベテランである加藤が退社してしまったことは定年で仕方のないこととはいえ、かなり痛かった。
若手の入社はあまり期待できず、腕のある職人は大企業の方へ取られている。そこで柳川社長はまだ多くの企業が難色を見せていた"異界人の雇用"に目をつけた。
特にエルフやドワーフなどの亜人種は人間よりも非常に優れた能力をそれぞれの人種で持っていることが多いため、柳川社長はそこに注目したのだ。
中でもドワーフは頑丈さ、腕力、そして手先が器用と建築関係に必要な能力を兼ね備えているため、柳川社長はドワーフの就職希望者を探した。
「そこで会ったのがヴィダールさんってわけさ」
「今の俺があるのはこの人のおかげだ。この人がいなけりゃニホンに来れなかったかもしれねえ」
他にも就職希望者がいるなか、ヴィダールは元々資材関係や建築の仕事をしていたために即戦力と成りうるノウハウを持っていた。そんな彼と面接をして柳川社長はすぐに雇うことを決めた。さらに社長は彼のために住まいまで確保してくれたのでヴィダールからすれば柳川社長は本当に恩人なのである。
「ヴィダールさんにそんな過去が……」
「そいで次の年の春に入社してきたのがオカモト、お前さんってわけだ」
岡本は久しぶりの若手新入社員であり、少し浮わついた雰囲気ではあるが、仕事はしっかりこなしてくれる。時々疲れたとかもう嫌だとか弱音を吐きつつも決して仕事を途中で投げ出すようなことはしない。ここ一番で体力も根性もあるということを社長も倉田もヴィダールも見抜いていた。
しかしその軽い言動が災いしてこの柳川工務店に至るまでは全ての会社の面接や選考で落とされてしまったらしい。倉田にも「そういうとこだぞ」と楽観的な性格をよく咎められている。
しかしなんだかんだでうまくいっているのがこの柳川工務店という小さな会社だ。こうして日々の仕事を共にし、労働の終わりにはこうして皆で酒を楽しむ。世の中にブラック企業なるものが蔓延る中、理想的な職場ではないか。
「うむ……こうしてニホンで飲む酒も美味いが……一度はこの会社のメンツを揃えて帝都で飲みたいなあ……」
「そういやこないだの帝国のハロウィン、ヴィダールさんも行ってたんすよね?」
「ああ、久々にダチと飲みたくてな」
この間のフェス兼ハロウィンイベントでは実はヴィダールも参加していた。帝都にいた頃は様々な飲み仲間と街の酒場を渡り歩いたものだ。
「それって俺の後輩も参加してたんすよ!もしかしたらどっかでヴィダールさんとすれ違ったかもしれないっすね!……あ、でもあいつら妙なこと言ってたなあ……」
「妙なこと?」
「ええ。何でもジ○イソンに襲われた……とか」
「ジ……何だって?」
岡本の後輩はあのハロウィンに参加していたらしい。酒のせいで記憶がおぼろ気だったらしいが、酔ってテンションが上がっているところに突然、某有名ホラー映画の殺人鬼の仮装をした男が襲ってきたというのだ。男は恐ろしく強く、とても太刀打ちなど出来なかったという。
「ははは!岡本、そりゃ面白い話だな!まあ、どんな殺人鬼でもうちのカミさんより恐ろしい奴はいないだろうがな」
「そうっすね!尻に敷かれてる倉田さんが言うとおり説得力あるぅ!」
「よし、岡本。お前今日全員分の飲み代奢れ」
「う、ウソですウソです!倉田さん、勘弁してくださいよ!あ、やめてやめて!痛い痛い痛い痛い!」
岡本の首に腕を回して締め上げる倉田。そんないつもの光景を眺めながら笑みを浮かべつつ、酒の進む柳川社長とヴィダール。柳川工務店の社員達の日常は過ぎていくのであった。