アナザー・ディメンジョン -異界交流記-   作:誠龍

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第126話 バルガスとターボの日常

私はバルガス・ディアガルド。ヴィヴェルタニアを治める偉大なる国王アティウスに仕える誇り高きガルム騎士団の団長を務めている。

 

 

が、しかし……

 

 

 

 

「……うっ、うう……」

 

顔に何か冷たい液体がついたような感覚で目が覚めた。気づくと一匹の犬が私の顔を舐めている。

 

「……もう朝か。こら、よさぬかターボ」

 

「ヘッヘッヘッヘ」

 

私がターボと呼んだその犬は私の顔を舐め、私が身体を起こすと床に座り込んだまま私の顔を見上げる。

時計を見ると時刻は午前4時。まだ外は暗く、冬の冷たい空気が部屋の中でも感じられる。私は布団から出ると部屋の電気をつけて布団を畳み、ターボの頭を撫でてやった。

……私は今ヴィヴェルタニアの王城ではなく、異世界の国ニホンに住むイガラシ御夫妻の家に世話になっている。

イガラシ御夫妻は以前、ヴィヴェルタニア王城に友人達を救うために乗り込んできたニホン人の少年サイトウ・リョーマの祖父母にあたる。ガルム騎士団を率いるこの私を見事打ち倒してみせたリョーマを遥かに越えるという、彼の武術の師……イガラシ・ヘイゾウ殿に教えを請うためだ。

留守の間は私が一番信頼を置くオフィーリアに団長代理を任せ、私はイガラシ御夫妻の家業を手伝う代わりに武術を指南してもらっている。

ヘイゾウ殿は特に凄い。以前素手ではあるが手合わせをした……しかしこの私の攻撃がかすりもしなかったのだ。リョーマ曰く「じーちゃんにはかすりもしない」らしいが、まさに言葉通りだ。私はリョーマに隠していた心の弱さを指摘され、敗北を喫した。そんなリョーマを越えるという彼の祖父……ヘイゾウ殿に至ってはまるで煙を相手にしているかのように攻撃が当たらない。私は二度、己の未熟さを痛感した。こんな男が"ヴィヴェルタニア最強の騎士"などとは片腹痛い。

そんなわけで私はニホンへの渡航資格を取得したのち、リョーマの口添えでイガラシ御夫妻の家に住まわせてもらえることになったのだ。

このターボという犬はリョーマが幼い頃に家の前に捨てられていたらしく、リョーマにとってかけがえのない親友のひとりであるそうな。

私がこの家に来た時は少し警戒していたがすぐに私になついた。いつもはイガラシ御夫妻の寝室で共に寝るらしいが、私になついてからは私の部屋で共に寝るようになった。

しかも私がいつも朝四時に起きていることを知ってか、こうしていつも顔を舐めて起こしに来る。

私は一階にターボと共に降りるとまずキッチンへ向かう。既に電気が付いており、イガラシ御夫妻……ヘイゾウ殿とヨネコ殿は私よりも早起きして朝食の準備をしていた。

 

「おはようございます」

 

「あら、バルちゃんおはよう」

 

「おう、起きたんかバルガス。さ、飯食おうや」

 

ヨネコ殿がコメとミソのスープを二人分よそい、ヘイゾウ殿は新聞を畳んでそれを受け取る。私は受け取る前に床に置かれた青い皿に"どっぐふーど"なる犬用の餌を入れ、ターボの朝食を用意した。最近はこれが日課になっておりなぜかターボは私に餌をねだることが多いため、そのまま私の日常の一部となった。

ターボが食べ始めたのを見て私もテーブルにつく。

 

「「「いただきます」」」

 

手を合わせてその一言を放つ。これはニホン人流の食事の前の祈りのようなもので、この一言に食事へのありがたみ、頂く命、食物の生産に携わった人々全てに対する感謝が込められているのだとか。

 

『"本日の福岡県の天気は曇りのち晴れ。ですが気温は低く、朝晩は特に冷え込むでしょう。昼間は晴れるものの、防寒対策は怠らないようにした方がよいでしょう"』

 

「今日は冷えるっちぞ、バルガス。ちゃんと着込んどけよ」

 

「はい」

 

……キッチンの小さな"テレビ"から本日の天気に関する情報が流れている。この"テレビ"にも慣れたものだ。様々な情報がこれだけですぐに飛び込んでくる。なんと便利なことか。

私は食事を済ませると洗顔をするため洗面所に向かう。その間もターボは私のそばを離れない。

 

朝五時。道場と敷地の掃除に取り掛かる。ヘイゾウ殿はそこまでしなくてもよいと言ってくれたが、これは私がヴィヴェルタニア王城にいる時代から欠かさなかった日課のひとつだ。武器や訓練所の手入れは決して怠らない。場所が変わってもやることは同じだ。

朝6時。庭で"シナイ"による素振りを行った後に肉体の鍛練を行う。騎士たるもの最後に頼れるのは己の肉体と精神である。鍛えた心身は決して己を裏切らない。

朝7時。私はヘイゾウ殿から買っていただいた私服に着替えるとターボに縄を繋いで散歩に出かける。ひんやりとした朝の澄んだ空気に当たりながら私とターボは近くの海岸へ出かける。

 

「ヘッヘッヘ」

 

「ターボ、あまり早く行きすぎるな」

 

ターボは早く海に行こうと張り切って強く縄を引っ張る。私は少し歩を早めながらターボを海岸へと連れていく。

海岸へ着くと私はターボの縄を首輪から外してやった。ターボは大喜びで砂浜を走り回り、私は砂の上へと腰を下ろした。朝日に照らされた海から吹き付ける冷たい潮風が心地よい。

ターボはしばらく走り回ったり、砂を掘ったりして満足すると私の隣にゆっくりと腰を下ろし、私の顔を見上げる。私はそんなターボの頭や背中を撫でてやるとターボは満足そうにして私の手を舐めてきた。

そんなターボの脇腹に残る生々しい傷痕。おおよそただの怪我ではない。そう、私は彼が何故この傷を負ったかを知っている。

今から四年前の夏━━━━ターボは今私達がいるこの場所でまだ弱かったリョーマを虐げていた同年代の不良少年達に暴行を受け、主であるリョーマを守ろうとして反撃を受け……瀕死の重傷を負った。それをきっかけにリョーマは親友を守るために修羅の如く強くなったという。

ターボは一命をとりとめたらしいが、主のために複数の人間に己の危険を省みず飛び込む犬などそういるものではない。

 

「ターボ……お前のこの傷はまさに戦士としての名誉の傷だ。たとえ犬であってもお前のような者こそ騎士の称号を授かるに相応しい。私が仕える偉大なアティウス国王陛下ならば勲章を授けていただろうな」

 

「ワン!」

 

「よし、そろそろ帰るか。今日の仕事がある」

 

私は立ち上がってズボンの砂をはらうとターボ

に再び縄を繋ぎ直して帰宅した。

朝8時。私は作業着に着替えてヨネコ殿とともに"軽トラ"に乗り込んで畑の作業に向かう。ヘイゾウ殿はあとから農耕用の巨大な機械である"トラクター"に乗り込んでついてきている。

イガラシ御夫妻は主に農業で生計を立てており、世話になっている身として私も稼業を手伝っている。ビニールハウスなるもので温度管理をすることで冬でも作物を育てられるため、やることは多い。

11時。少し早いが昼飯にしようとヘイゾウ殿に言われて一旦自宅に戻り、昼食を取る。二人のその日の気分や都合でコンビニなる店で弁当を買うか、自宅へ戻ってこうして家に残っているものを食べることがある。

12時過ぎ。外からバイクの音が聞こえ、来客がやってきた。

 

「じーちゃーん!ばーちゃーん!いるー!?」

 

あの声はリョーマだ。ヘイゾウ殿が玄関まで出迎えに行くとリョーマが同居人のエルフ……ディレットを連れてやってきていた。さらにはダークエルフの少女も一人。確かリョーマの両親が養子として引き取ったのだったな。名前はルビィとか言ったか。

三人は暇なので祖父母に会いに来たらしい。昼食を取っていなかったらしく、ヨネコ殿が残り物を出して料理をよそってくれていた。

 

「ほら三人とも。小遣い(せん)やるわい」

 

「おーっ!じーちゃんありがとう!」

 

「おじいさん、ありがとうございます」

 

「おじいちゃん、ありがとう!」

 

ヘイゾウ殿は紫色の紙の貨幣……五千エン札をそれぞれ三枚取り出して"おこづかい"として渡した。

ヘイゾウ殿が先に作業へ戻り、昼食を食べ終わったリョーマ達は居間でテレビを見ている。

 

「リョーマ……せっかく祖父の家にやってきたのだから少しは稼業を手伝ってはどうだ?」

 

「あー、無理無理。最初は手伝ってたんだけど俺じゃガサツすぎて逆に作物に手出すなって言われてるから」

 

「リョーマはここに来た時大体ターボの相手だもんね。それにしても……」

 

ディレットが私の隣に視線を移す。そこには私にくっついて畳に伏せるターボの姿が。

 

「ターボ、とてもバルガスになついてるね」

 

「おい、ターボ。俺のとこにも来いよ」

 

しかしターボはリョーマの呼び掛けに多少顔を上げて反応しただけですぐにまた顔を下ろしてくつろぎ始めた。

 

「なんだこの裏切り者ー!俺の方が長い付き合いだろー!」

 

「ファ~ゥ……」

 

ターボは大きくあくびをするとリョーマなど意にも介さず再び私の隣で身体を丸めて眠る。完全に興味なしといった感じだ。

午後1時。私とヨネコ殿はヘイゾウ殿の元に戻り、再び作業を続ける。途中3時くらいに夕飯の買い物に行くため一旦ヨネコ殿は離脱した。リョーマ達と買い物に行くそうだ。

午後4時。作業を終えて帰宅し、再びターボを夕方の散歩に連れていく。丁度リョーマ達も帰ってきたので私とリョーマは二人でターボの散歩に行くことにした。

 

「っしゃ、ターボ行くぞ!」

 

「ワン!」

 

先ほどは興味なさげにリョーマを無視したターボだが散歩となると話は別らしい。縄を用意したリョーマに飛び付いて尻尾を振り、喜んでいる。私はリョーマとターボの後ろからついていく形で彼等に同行した。

海岸につくとリョーマはボールを取り出して遠くに投げ、ターボと共に遊んでいる。私は沈みゆく夕陽に照らされた海と地平線を眺めた。

……今思えばずいぶん遠くまで来たものだ。まさかこんな次元の違う異世界で生活することになるとは夢にも思わなかった。あまり考えないようにはしているが、陛下やオフィーリア達は元気にしているだろうかとどうしても頭をよぎってしまう。

……夕方の空が夜に変わりつつある。そろそろ帰るべきか。

 

「リョーマ、ターボ。そろそろ帰るぞ」

 

「待てよバルガス。帰る前に海岸の"ゴミ掃除"をしとかなきゃな」

 

「グルルルル……」

 

リョーマが遠方を睨み付け、ターボが牙を見せながら唸っている。その先には四人の若者達が海岸で何やら持ち込んだ食べ物を食べていた。だが彼等は食べ物や飲み物の容器をその場に投げ捨て、さらには紙巻き煙草の吸殻までをも不法に投棄していた。

 

「バルガスはちょっと待ってろ。俺ぁ、あの馬鹿どもをシバいてくるわ」

 

「ワンッ!」

 

「お、おい……!」

 

私が止めるのも聞かず、リョーマとターボは若者達に歩み寄った。そしてリョーマはいきなりそのうちの一人の顔面に思いきり拳の一撃を打ち込んだのだ。

続けて隣にいた若者に蹴りの一撃、そして拳の追撃。流石に三人目はリョーマに反撃をしようとした。しかし……

 

「ワグ!グルルルル……!!」

 

「な、なんだこの犬!離せ!離……」

 

「ナイスだ、ターボ!オラアァッ!!」

 

拳を振り上げた若者のズボンの裾にターボが噛み付き、決して離さない。身動きが取れなくなった彼にリョーマの拳が炸裂する。

 

「こ、このガキ!殺してやる!」

 

残った最後の一人が空き瓶を拾ってリョーマとターボに襲い掛かろうと振り上げた。だがそれは下ろすことは叶わない。

 

「そこまでにしておけ」

 

「な、なんだテメェは!?……あだっ!!痛でででででで!!」

 

私はその若者の背後から腕を掴んだ。そして持ち前の握力で思いきり腕を握り締める。なんと柔らかく、鍛えられていない筋肉だ。我がヴィヴェルタニアの新兵にも劣るぞ。

 

「ここは皆が利用する海岸だ。ゴミを散らかすのは感心せんな」

 

「わ、わかった!わかったよ!片付けるよ!だから離してくれ!」

 

私は若者の手を離した。リョーマとターボが倒した者達も共に投げ捨てたゴミと吸殻の掃除をさせた。奴等にはいい薬になっただろう。因果応報というやつだ。それにしてもターボは本当に勇気のあるやつだ。犬にしておくには惜しい存在である。

午後五時過ぎ。帰宅した私達は順番に風呂に入ることにした。リョーマ達は今晩は泊まっていくようで、着替えの準備をしている。私は先に入らせてもらうことにした。

脱衣場で服を脱いでいる時、ターボがやってきて私の顔を見上げて舌を出している。どうやら風呂に一緒に入れろと言っているらしい。

 

「仕方のない奴だな……」

 

「ワン!」

 

私はターボと共に浴室に入る。こういうのは初めてではない。なぜかターボは私とよく風呂に入りたがる。流石に湯船には入れないが、シャワーと犬専用シャンプーでよく身体を洗ってやった。薬剤を洗い流すと勢いよく身体を振って水を飛ばす。

ターボを拭いてやってから浴室から出すとヨネコ殿があとの世話をしてくれた。そこでようやく私は自分の身体を洗い、湯船に浸かる。

 

「ふぅ……」

 

温かい湯が身体を芯まで暖め、思わずため息が出た。立ち上る湯気を見ながらこれからのことを考えているとやはり国のことを考えてしまう。オフィーリア達ならば問題はないだろうが……。

 

「……いかんいかん。私は修行のためにここへ来たのだ。それに留守は彼等に任せると約束した。今は強くなることだけに集中するべきだ」

 

私は自分に言い聞かせるようにそう呟き、湯船から立ち上がった。風呂から上がると交代でリョーマ達が入る。ちなみに今日はヘイゾウ殿の腰の調子が悪いとのことで道場での指南は休みとなった。

全員が風呂に入るとヨネコ殿が自家製の野菜を使った数々の料理やリョーマ達のためにいい肉を買ってきてそれを焼いてくれていた。ありがたい。イガラシ夫妻やリョーマ達と共に食事を共にする。

……相変わらずヘイゾウ殿はナットウが好きなようだ。あのグロテスクな腐った豆にネギとカラシをかけて食べている。朝食はもちろん、夕食だってお構いなしだ。その光景を見て私は思わず箸が止まってしまう。

 

「……」

 

「ん?どうしたバルガス、食べないのか?」

 

そう声をかけてきたリョーマも、さらにはディレットやルビィまでナットウを食べている。肉の合間にナットウまで食べるとは……。

 

「龍馬、バルガスはのう、納豆が好かんのたい」

 

「えぇ、マジかよ!?ディレットとルビィだって好きな和食のひとつなのに……」

 

「こんなに美味しいのに勿体ないなあ」

 

「アタシ、ナットウ大好きだけどね。朝ごはんにはいつも食べてるよ」

 

「……その……粘り気と匂いが苦手でな……」

 

私がそう言うとリョーマは箸を持ったまま口を抑えて笑い出した。

 

「納豆が弱点……プーックスクス……あのヴィヴェルタニア最強の男が納豆が弱点……!」

 

さらにリョーマだけではなく、ディレットとルビィの二人までクスクスと笑っている。くそ……なんだこの圧倒的敗北感と屈辱は……。私だって人間なのだから苦手なもののひとつやふたつくらいあったっておかしくはないだろう……。

 

「なんボーッとしとんやバルガス!ほら、お前も飲めや!」

 

「い、いただきます」

 

既に酒が入ってほろ酔い状態のヘイゾウ殿が瓶ビールを差し出してくるので私はすぐにグラスを用意した。注がれたビールを一気に喉の奥へ流し込む。

……よく冷えたビールの炭酸の刺激と苦味、そして喉ごしが五臓六腑に染み渡る。初めてビールを飲んだ時はこの刺激に慣れなかったが、今ではすっかり虜だ。寒い冬であってもよく冷えたビールはうまい。

 

「ほらバルちゃん、肉もいっぱいあるけん食べなさい」

 

ヨネコ殿は私の取り皿に肉やその他の様々な料理をどんどん取り分けていく。ヨネコ殿はリョーマ達の分もさらに取り皿によそっていった。

 

「おばーちゃん、アタシその分厚いお肉がいい!」

 

「はいはい、ちょっと待ちなさい。今ばーちゃんが取ってやるけんね」

 

ルビィはダークエルフだが戸籍上はサイトウ家の養子のため、イガラシ夫妻の孫にあたる。その様子は仲睦まじく、リョーマと変わらない、本当の祖父母と孫のようだ。二人曰く「龍馬もディレットもルビィもみんな大事な実の孫」だそうだ。

こうして笑い合いながら囲む食卓など過去の私からしてみれば決して有り得ない状況だ。だが悪くない。むしろなんと充実した日々だろうか。もちろん王国での務めを果たす日々も良き日々であったが、イガラシ夫妻のもとで生活をし始めてから自分の中でも変化が現れ始めたことに気付く。

 

 

私は口元をほころばせながら━━━━夕食を平らげ、ターボと共に自室に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

私は自室に戻ると座卓の前の座布団に座ってペンを手に取り、ノートを広げた。

こちらの世界で経験した出来事は些細なことでも向こうの世界に帰った時にきっと糧になる。そう考えて私は毎日こうして日記を書いているのだ。

さらに故郷への手紙も書く。再び印刷した新しい写真を入れて。その写真にはターボも共に多く写っている。

 

「これでよし、と……」

 

「ファウ……」

 

「ターボ、眠いか?……そうだな、もう今日は寝てしまうか」

 

いつものように私の部屋にやってきたターボ。彼は軽くあくびをすると既に敷いてある布団のそばにいく。私が部屋の電気を切って布団の中に入るとターボは布団の上で丸まって寝息を立て始めた。

 

「おやすみ、ターボ」

 

「……」

 

私は暗闇の中で目を閉じて眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

- 一週間後 -

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

冷たく吹き付ける夜風。輝く星空を見上げながらオフィーリアはため息をついた。

 

「団長がいなくなってもう4ヶ月が経つのね……」

 

ヴィヴェルタニア最強と謳われたガルム騎士団団長のバルガス・ディアガルドは現在異世界の国ニホンに赴き、そこで修行の日々を送っている。その間代理を任されているオフィーリアだが最近彼から時折送られてくる手紙が恋しくて仕方ないのだ。

 

「こんな夜更けに何をやっておるのだ、オフィーリア」

 

「陛下……!」

 

後ろから不意に声をかけられて振り向くとそこには国王アティウスがいた。周囲を見渡すとどうやら彼一人のようだ。

 

「陛下……私は……その……」

 

「……オフィーリア。お主の目には迷いがあるな」

 

アティウスは見抜いていた。騎士団を率いる責任を背負ったオフィーリア……彼女の心に残るその(わだかま)りを。

 

「いえ……!決してそのようなことは……!」

 

「馬鹿者が!この私に誤魔化しが通用するとでも思ったか!」

 

アティウスは声を荒げ、オフィーリアは身体を一瞬震わせる。騎士団を率いる存在である以上、たとえどのような事情であろうと心に迷いを持つこと、任務に私情を持ち込むことは許されない。それはオフィーリアとてわかっているはず。わかっているはず……なのだが。

 

「バルガスが不在の今、この騎士団を、ひいては兵士と民の命を預かれる存在はオフィーリア、お前を置いて他にはおらぬ。そのお前がバルガス一人がいなくなったことで心に迷いや戸惑いが生じておる。これがどのような結果を招くか……予想出来ぬわけではあるまい?」

 

「……はい……」

 

多くの者達の命を預かる者、守る者としてオフィーリアは今最も重い責務を背負う立場に立たされている。そんな彼女が今のような状態ではいずれ兵士の士気にも問題が出るだろう。最悪のシナリオを考えれば、何らかの敵対勢力に武力侵攻された際にロクに反撃も出来ず王国(くに)陥落(おと)されることも有りうる。

 

「……とはいえ、重荷を背負ったままというのも少々辛かろう。お前にこれをやる」

 

アティウスはそう言うと小脇に抱えていた分厚い本をオフィーリアに渡した。オフィーリアはそれを受け取り、本のタイトルを見て驚いた。

 

「へ、陛下……!これは……!」

 

「……このことはアーヴィングとゴドムにだけ伝えている。それ以外の者には口外してはならん。そしてもうひとつ……留守にしていいのは出発してから十日間のみとする。それ以上は許さん。よいな?」

 

「はい……!ありがとうございます、陛下……!」

 

オフィーリアは本を両手で抱き締めるように抱えるとアティウスに涙ながらに何度も頭を下げる。やはりこの方は偉大な王なのだと改めて認識した。厳しくはあるがまるで皆の父親の存在でもある。だからこそ皆から慕われているのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

オフィーリアの抱えたその本には"ニホン渡航資格学習書"と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バルガスー!お前宛てに何か手紙が来とるぞー!」

 

玄関から平蔵の声が聞こえる。その声に返事を返すと同時にターボが走り出した。そしてバルガスが向かうよりも早く平蔵から手紙を受け取り、口に咥えてバルガスの元へと戻ってきた。

 

「おお。ターボ、すまないな。私に手紙か……一体誰から……む!?」

 

ターボが咥えていた羊皮紙の封筒。それにはヴィヴェルタニア王国の紋章が記されており、一目で王国の関係者のものからだとわかった。

バルガスが封筒を開けると中にはオフィーリアからの手紙が入っていた。

 

 

"『団長へ ニホンではいかがお過ごしでしょうか。いつも手紙とシャシンをありがとうございます。私は団長からの教えを守り、未熟な身ながら日々精進しております。

さて、今回こうして手紙を送ったのには訳があります。実はアティウス王より十日間に限り、ニホンへの渡航を許されました。現在は資格を取得するべく王より賜った資格取得のための書物にて勉学に励んでいるところでございます。

つきましては資格を取得次第そちらに向かいたいと思いますのでどうぞよろしくお願い致します。

なお、渡航の時期に関しましては改めて手紙にてお知らせしたいと思います。

 

ヴィヴェルタニア王国 ガルム騎士団団長代理 オフィーリア・カトレーヌ』"

 

 

 

 

 

 

「……」

 

バルガスは手形を読み終えるとそれをそっと畳み、再び封筒にしまった。そんなバルガスを床に座ってじっと見つめるターボ。

 

「……ふ、あいつにも困ったものだ。なあ、ターボ」

 

「クゥーン?」

 

「ターボ、いずれその時が来たらお前にも紹介しよう。私の知る限り、一番信頼できる部下だ。さあターボ、散歩に行くぞ。今日はいい天気だ。走って体力をつけねばな」

 

「ワン!」

 

バルガスはターボにリードをつけて出発の準備をする。外へ出て空を見上げると雲ひとつない快晴で冬の澄んだ空気が冷たくも心地よく感じる。

信頼できる部下との再会を密かに楽しみにしながらバルガスはターボと共に海岸へと出掛けていった。




※2020/8/16:シナリオの予定変更によりオフィーリアの滞在期間を一週間→十日間に変更しました。
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