「ディレットちゃんのご両親とバルガスさんとオフィーリアちゃんの服やらなんやら買いに行くけん、お父さんとお母さんは家のことよろしくね」
「はいよ、いってらっしゃい」
涼子は龍一郎と共に買い物兼博多の街を案内するために家をヨネ子に任せてディレットの両親とバルガスとオフィーリアを連れて外出した。リビングでは平蔵がルビィ達と会話をしている。皆、平蔵とヨネ子が好きなようで会話が弾んでいた。平蔵自身も新しく増えた"孫達"の可愛さあまりにまた小遣いを配っている。やはりいつの世も老人からしてみれば孫は可愛いものなのだろうか。五十嵐夫妻が連れてきたターボもルビィ達と会えて尻尾を振っており、嬉しそうだ。
「よし、俺達は俺達でどこか出掛けようぜ」
「賛成!モニカも行くよね?」
「もちろんよ!そのために来たんだから!」
龍馬達三人もまだ昼間のうちに街へ繰り出すことにした。モニカの目的のひとつはクリスマスの日本の街を堪能することだ。まずはこれをやらないことには始まらない。
幸いモニカは日本訪問の際に買っておいた冬服があるのでそれを着、さらには帽子と伊達眼鏡で容姿を誤魔化すことにした。これなら気付かれることもあるまい。前回だって気付かれなかったのだから。
龍馬、ディレット、モニカの三人は徒歩で街へ繰り出した。まずはバスに乗って天神の中央辺りへと移動する。
「わあ……すごい……!」
モニカはバスの窓から博多の街を眺め、感嘆の声を漏らす。街はあちこちでイルミネーションが輝き、クリスマスソングやジングルベルが鳴り響く。モニカにとってはまるでその様子は幻想の世界のようだった。
バスから降りると三人は適当に街をぶらついてショッピングを楽しむ。向かった先は天神地下街。ここからなら様々な施設にアクセスできるし、地下街自体も規模の大きな商業施設となっているからだ。
クリスマスセールと称して様々な品物が割引価格で販売されておりモニカは特に服やアクセサリー、本の類いを多く購入している。
「まだ出掛けてすぐなのにもうこんなに買っちゃったわ。"くりすます"のニホンの街は楽しいわね!」
「さすが皇族。お金には困らないってわけね」
モニカの財布からは確認できただけでも諭吉が30人以上は入っている。皇族なので当然っちゃ当然だが、14歳の少女が平然と持ち歩ける額ではない。お小遣いのスケールが大きすぎる。
「……で、まだ買うのかよ」
そう言う龍馬の両手には沢山の紙袋が。男手は買う量の多い女性のショッピングの荷物持ち……よくある光景だ。特に今日はクリスマス・イヴ。龍馬と同じような境遇であろう男性を多々見かける。
「あら!ごめんなさいリョーマ!つい夢中になっちゃって……一度荷物を置きに帰った方がいいかしら?」
「そこまでしなくていいよ。コインロッカーに預けとけば」
現代の日本の駅にはあちこちにコインロッカーという便利なものがある。大きさによって値段は異なるが、表示された金額を入れればセットされている鍵をかけることができ、抜いた鍵を再びかければしまった荷物を取り出せる。セキュリティが発達したこちらの世界の文明だからこそ実現可能な"無人預かり所"だ。
「これでよし、と」
「これで大丈夫なの?盗まれないかしら?」
「大丈夫だよ。駅の中なら監視カメラも多いし、ロッカー自体も頑丈だしな。さて、次はどこへ行く?」
「そうね……じゃあ、甘いものが食べたいわ!お菓子屋さんとか行きたい!」
「はいはい」
一方、こちらは涼子達。天神コアやイムズといった場所で服を購入し、アドミラシル夫妻とオフィーリアも現代の服を着ている。全て涼子のセンスで選んだものだ。
「あなた、似合ってるわよ」
「ありがとう、お前も素敵だよ」
マリアにはブラウンカラーのストールに黒のセーター、白黒チェック柄のロングスカートと落ち着いた大人の女性感あるコーデを。ノーブルには白のタートルネックセーターにネイビーカラーのチェスターコート、下は黒のスキニーと全体的にシックなコーデをそれぞれ選んだ。
「団長……その……似合って……いるでしょうか……?」
「あ、ああ……よく似合っているぞ、オフィーリアよ」
オフィーリアは黒のタイツにブラウンのロングスカートとショートブーツ、赤いダッフルコートに紺のニットと白いマフラーというコーデで彼女のスタイルによく合っている。
いつもの甲冑姿とは違う、オフィーリアのその姿にバルガスは言い様のない感覚を抱く。凛々しい姿で兵を率いる"紅蓮のオフィーリア"はそこにはなく……そう、例えるならまるで一輪の花のように彼女は美しい━━━━
「バルガス、
「な、鼻の下を伸ばしてなど━━━確かに……その……美しいとは思いましたが……」
「ふぅーん?」
ニヤニヤと不敵な笑みをこぼしながら涼子は目を細めてバルガスを見る。慌てていたものの「美しい」と発言したバルガスの横でオフィーリアは顔を下に向けて真っ赤にしている。
実のところ、オフィーリアのコーデは特に気合いを入れて揃えたのだ。それもそのはず、今の涼子は"お節介おばさん"と化している。これだけわかりやすい反応をオフィーリアがしてやれば世話を焼きたくなるのが中年女性の
さて、そろそろ頃合いだろうか。涼子の手筈によればこの辺りで"彼等"と出会うはず。建物を出て通りを歩き、西鉄天神駅前に到着すると━━━━、
「あっ、あれうちのバカ息子達やない?おーい!」
そこには大画面前でカフェで買ったドリンクを飲みながら談笑する龍馬達がいた。龍馬達も母に気付き、手を振る。
「偶然やね。満喫しとるみたいやん」
「そっちこそ。みんないい感じにお洒落してるじゃんか」
もちろん、これは偶然などではない。事前に涼子が仕組んだ"
事の始まりは出かける直前であった━━━
「バルガスとオフィーリアさんをくっつけるゥ!?」
「シーッ!声が大きい!……いや、オフィーリアちゃんがね、どう見てもバルガスさんのこと好いとるやん?今年の夏からずっとあんなんやし、いい加減ひっ付いたらいいんやないんかねって」
また母のお節介が始まった、と龍馬は半ば呆れた。この人実は大阪のおばちゃんか何かだろうかと思ってしまう。
だが確かにオフィーリアの好意に対してバルガスの態度は平行線だ。何の進展もない。いい加減にくっついてほしいところだ。
「そこでよ。あたし考えたんやけどくさ……」
「(まったく、母さんもほんと世話焼きだな)」
そう心の中でぼやきつつも龍馬は作戦に乗った。ディレットももちろん賛同したし、モニカに至っては「とっても面白そうじゃない!やりましょう!」とノリノリの姿勢だった。
「あ、そうだ龍馬。あんたさあ、よかったらせっかくオフィーリアちゃんおめかししたことやし、バルガスさんとオフィーリアちゃんの二人を案内してあげなさい。あたしはディレットちゃんのご両親連れて別のとこ行くけん」
「えーっ!?なんで俺が……!」
わざとらしくリアクションをする。これももちろん演技だ。涼子の言葉を聞いてバルガスもオフィーリアも困惑している。よく見ればディレットの両親も後ろで不敵な笑みを浮かべている。そう、バルガスとオフィーリア以外のこの場にいる全員が仕掛人だったのだ。
「いいやないね、別に。ほら、どうせ暇なんやったら遊べるスポットのひとつでも紹介しちゃんなさい」
「仕方ねぇなぁ……ディレットとモニカもそれでいいか?」
「うん、私は大丈夫!」
「右に同じよ!」
端から見れば半ば強引に案内役を押し付けられたように見える。しかし何度も言うがこれはあらかじめ仕組まれた作戦に過ぎない。困惑しているバルガスとオフィーリアを置いて涼子達はさっさと離れてしまった。ここまでが作戦の第一段階だ。
「……じゃあ、とりあえず茶でもシバくか?」
龍馬のその提案に乗るディレットとモニカ。そして選択肢のないバルガスとオフィーリアも仕方なく龍馬についていく。
彼等が向かった先は近場のチェーン喫茶。そこで適当に飲み物を頼んで五人で会話をすると、ここでディレットとモニカがトイレのために席を外す。が、これも作戦の一環だ。
龍馬はスマホでトイレにいるディレット達と次のプランについて話し合う。
"『さて、次の展開なんだが』"
ディレット
"『「どこで二人を二人きりにさせるか」……だよね?』"
"『それ。どのタイミングで離れるか……なんだけど、ある程度母さんから指示が出てる』"
龍馬は母のメッセージを引用し、デートスポットと最終的な決戦の場となる場所をディレットと共有した。
行き先は……福岡タワー。かつては龍馬が久龍と
作戦としては夕方17時頃、日が沈んだ辺りでいい雰囲気にしたのちにそれとなーく理由をつけて龍馬達は離脱する予定だ。だがまずはそこへ至るまでのデートを成功させねばならない。
"『ショッピングは向こうも俺らもやったし、まずは遊びに行くか?』"
ディレット
"『賛成!ゲーセンとかいいかもね!』"
メッセージのやり取りを終了すると二人が席に戻ってきた。勘のいいバルガスは少し怪しんでいるような素振りを見せて龍馬は一瞬焦ったが、空気を察したモニカが無理矢理話題を切り出した。
「ねえリョーマ、どこか遊べる場所を紹介してくれるんでしょ?」
「あ、ああ。ゲーセンにでも行こうかなって……」
「"げーせん"……?」
聞き慣れぬ名前にオフィーリアは首を傾げる。今がチャンスだと言わんばかりに龍馬とディレットは畳み掛けた。
「そ、そうそう!色んな遊びが出来る場所!」
「ゲーセンはね!超楽しいからね!さ、みんなで行こう!」
「お、おい……お前達……!」
呼び止めるバルガスの声も聞かず、龍馬達は半ば連れ出すようにして二人を伴って店を出る。
西鉄福岡天神駅の北口付近にはゲームセンターがいくつかあり、日本に来たばかりのディレットも過去に龍馬に連れられて遊びに来たことがある。
その中の一件に入ると龍馬はバルガスとオフィーリアもプレイできて尚且つ二人が共同で出来そうなゲームを探した。
「(あれなんか良さそうだな……)」
龍馬が目をつけたのは"ザ・リビング・オブ・ザ・デッド"という名のガンシューティングゲームだ。襲い来るゾンビやモンスターを相手に銃を使って攻略する二人プレイ可能ゲームで龍馬はさっそくバルガスとオフィーリアを位置につかせた。
「リョーマ、なんだこれは?私と団長で何をすればよいのだ?」
「いいからいいから」
龍馬はとりあえず100円玉を二枚投入し、二人にガンコントローラーを持たせてやり方を説明する。まあ、どうせすぐにゲームオーバーになるだろうが多少は楽しめるだろう。
「団長!上です!」
「うむ!」
二人の高速連射が画面上部から襲い来る俊敏なゾンビを蜂の巣にする。斧や投げナイフを投擲してくるゾンビの攻撃も難なくしのぎ、遂にはノーコンティニューでラスボスまで辿り着き、撃破してしまった。
「(マジかよ……)」
驚く龍馬、そして集うギャラリー達。バルガスとオフィーリアはゲームすら初挑戦だというのにノーコンティニューはおろかノーダメージ、スコアランキング一位という快挙まで成し遂げたのだ。
「グールの分際で武器や魔術を使うとは……!遊戯上の架空の存在とはいえこのオフィーリアと我らがガルム騎士団団長が相手では運が悪いとしか言えんな」
「全くだ。まあ、ちょっとした訓練にはなったがな」
もう終わりか、と言わんばかりに二人はコントローラーを台に戻す。ギャラリーから歓声や驚きの声が上がり、今回のプレイは破れぬ記録として頂点に残り続けるだろう。
そしてこのタイミングで別れて遊んでいたディレットとモニカが戻る。
「お待たせ~」
「"げーせん"って楽しいわね!色んな遊びがいっぱい!」
どうやらレースゲームやメダルゲームに興じていたらしい。モニカの手にはメダルがたくさん入ったメダル用の小さなバケツが抱えられている。
「見て!銀貨がこんなにいっぱい!」
「こ、これは……!銀貨とはいえトラム貨幣なら一体いくらになるのか……!」
オフィーリアは積み重なったメダルを見て驚きの声を上げる。確かに金貨・銀貨ともなれば異世界の人々の方が馴染みが深いだろう。紙の紙幣がまだ存在しない以上、トラム貨幣は金・ 銀・銅の硬貨のみで構成し、流通されている。
「オフィーリアよ、よく見ろ。それはニホン円とも違う。ならばおそらくここの遊戯のみで使える専用の貨幣なのだろう。いわば玩具のようなものだ。そうだろう、リョーマよ?」
「ご名答。賭博じゃないからいくら稼いでも金にはなんねえよ。あくまで遊びに使うだけだ」
「むむむ……そうなのか……しかし玩具にしてはよくできている……記念に持って帰っても……」
「オフィーリア、残念だけどメダルは持ち出し禁止だよ」
「い、一枚くらいなら……」
「お店の迷惑になるからダメ」
ディレットのその言葉にオフィーリアは残念そうに少し肩を落とした。
その後、五人はプリクラを撮ったりボウリングやビリヤード、ダーツといった遊びに興じた。異世界の遊びを堪能しモニカやオフィーリアも満足気で、バルガスもどことなく楽しんでいるように見えた。
そして夕方━━━━日が沈みつつある中で一行は福岡タワー前までやってきた。
タワーの周辺はイルミネーション、そしてタワーのライトアップによって美しく彩られており多くの恋人達が集っている。
「異世界の光の芸術……美しいものだな」
「ええ……そうですね……とても綺麗です」
イルミネーションを見上げて感嘆の声を漏らすバルガスとオフィーリアの二人。自分達の世界には存在し得ない美しい光の数々に息を飲むばかりだ。
「しかしリョーマ達は遅いな……一体何をやっているのだ……」
「……」
二人のそばに龍馬達三人の姿は見当たらない。それもそのはず、バスを降りてからすぐに龍馬は「飲み物を買ってくる」と離れ、ディレットとモニカは再びトイレへ行くと告げていなくなってしまった。しかもなかなか戻ってこない。
だがこれは三人の作戦であった。そしてオフィーリアはディレットとモニカから事前にこの事を聞かされている。
15分ほど前━━━━
「な、ディ、ディレット……!貴様、何を申すか……!私が団長に恋心など……!」
「いや、みんなにバレバレだからね。今年の夏からずっと」
「……!!」
オフィーリアの顔が一気に赤くなる。幸いこの会話はバルガスには聞かれていない。オフィーリア達はバスの後方、バルガスと龍馬はバスの前の座席に座っているからだ。
「いい?オフィーリア。私とモニカの指示通りにして。想いを伝えるならこの後、タワーの前しかチャンスはないわ。私達は適当な理由でそれとなく離れるからその間に実行するのよ」
「ま、待て……!勝手に話を進め……!」
「いいから言うとおりにしなさい。せっかくの機会を逃してもいいの?」
「……」
「(まったく、ディレット達め……いらぬお節介を……しかし確かに今しかチャンスはない……!団長と職務抜きで二人きり……!今こそ私の想いを……!)」
もはやオフィーリアの覚悟は決まっていた。ずっと想い続けてきた人。憧れであり、オフィーリアが初めて恋心を覚えた人。それがバルガスだ。美しい景色と光が広がるこの異界の地でオフィーリアは遂に口を開いた。
「だ、団長……!あの……!」
「む?どうした」
「団長は……その……私の事を……どうお思いですか……?」
しまった。ここで遠回しな発言になってしまったとオフィーリアは思った。しかしバルガスの気持ちも気になる。オフィーリアはただただ彼の言葉を待つ。
「……お前のことを、か?……そうだな、私は……」
オフィーリアの鼓動が早くなる。息が苦しい。全身が熱くなり、胸が破裂しそうだ。バルガスが次の言葉を発するまでの時間がとてつもなく長く感じられる。
そして遂にバルガスはその言葉を放った。
「オフィーリア。私はお前を誰よりも信頼している。騎士として、戦士として、戦友として。男か女かは関係ない。それがお前に対する私の純粋な気持ちだ」
「……え?」
オフィーリアは……自分の時間が止まったような気がした。彼の自分を見る目は女を見る目ではない。あくまでも騎士として、戦友としての目だ。そこに恋愛感情などありはしない。
「……そう、ですか……」
「ああ、だからこれからもよろしく頼━━━」
「団長は……私を一人の女として見てはくれないのですね……」
オフィーリアはうつむいて唇を噛み締め、涙を浮かべた。そのまま彼女は振り返って無言で走り始める。バルガスは後ろから声をかけて止めたがオフィーリアは止まらない。走り去る彼女の後ろ姿を見てバルガスは困惑するしかなかった。
その時だ。駆け寄る足音が背後から急に聞こえてきたのは。
「このバカタレがあああぁぁぁぁぁ!!!!」
「ぐふっ!?」
突如としてどこからか現れ、走ってきた龍馬が振り返ったバルガスの顔面に渾身のドロップキックを喰らわせ、彼を吹っ飛ばして地面に這いつくばらせた。
「な、何をするリョーマ!!何のつもりだ!!」
「そいつはこっちのセリフだこのアホ!!マヌケ!!ウスラバカ!!何オフィーリアさん泣かせてんだよ!!」
「見損なったわよ、バルガス」
「ガルム騎士団を率いる団長ともあろうものがなんてザマかしら。はっきり言って幻滅したわ」
後ろにいたディレットとモニカも腕を組んで白い目でバルガスを見下ろしている。バルガスは状況が理解できぬまま立ち上がって龍馬に蹴られた顔を拭った。だが龍馬達の態度を見てバルガスはすぐに悟る。
「……なるほど、そういうことか。私とオフィーリアをくっつけるためのお節介だったわけだな」
「そうだよ!空気が読めないにもほどが……!」
「知っている」
「……え?」
ただ、静かにバルガスは龍馬に背を向けて呟いた。突然の彼のその言葉に怒り心頭だったさすがの龍馬もキョトンとしてしまう。
「知っている、と言ったのだ。オフィーリアが私に好意を寄せていることは。これでも騎士団を率いる身。部下の考えていることなどすぐわかる。特に感情が表に出やすいオフィーリアはな」
「そ、そこまでわかっててなんで……!」
「……我等は騎士だ。いつ戦で命を落としてもおかしくないのだ。仮に私とオフィーリアが一緒になったとしてどちらかが戦で命を落としたら……残された方はどうなる?二人一緒に死ぬならまだしも、どちらかだけが生き残ってしまえば伴侶を失った哀しみを一生背負って生きねばならない。その辛さがお前にわかるか、リョーマ」
「……」
━━━━バルガスの言うことは最もだった。彼等は戦場に身を置く存在。そんな中で夫婦となって無事に一生を添い遂げられる保障はない。どちらかが死に、どちらかが生き残れば……残された方は大きな哀しみを背負うことになる。
オフィーリアの好意を知っていながら敢えてそれに応えない姿勢を取ったのは……バルガスなりの"優しい嘘"だったのだ。
「……それは本心から言ってるのか?」
「……ああ」
「そうか。だったらなんで"俺の目を見て話さない"?」
「……」
バルガスは龍馬に背を向けたままだ。龍馬には彼の言葉が心からの本心だとは思えない。だがしかしこの頑固者が簡単に答えるとは思えない。
「……こっちを向けよ、バルガス。それとも一度負けた俺が怖いか?ああ、そうだろうな。人の目も見て話せない、自分に嘘をつき続ける小心者だからな。そんなんだからレオンハルトも止められないし、エドワードを守ることもできなかった。アティウス王はよくお前みたいな奴をそばに置いてるよな。あのおっさん人を見る目がないんだろうな」
「…………今、何と言った……?」
龍馬の口から出た言葉の数々。自分を蔑む言葉の数々。それはいい。それはまだいい。
奴は━━━我が主君を侮辱した。その言葉は……例え龍馬であっても許されるものではない。
「我が主君を……我が王を侮辱するか、リョーマ!!ならば貴様とて容赦はせんぞ!!」
「へえ、容赦しなけりゃどうだってんだ。自分に嘘をつき続けるようなやつに負けるほど俺はヤワじゃないぜ」
バルガスが構えると同時に龍馬も構える。後ろにいるディレットとモニカがそれを不安そうに見つめるが、龍馬は「オフィーリアさんを探せ」と二人に指示し、この場を離れさせた。
「かかってこいよ、バルガス」
「リョーマ……!行くぞ!!」
バルガスの拳が龍馬に襲い掛かる。龍馬は屈んで避けるとバルガスのボディに一撃を入れようと試みた。
「うりゃあ!!」
「ぬうっ!!」
バルガスは素早く龍馬の拳をガードすると膝で龍馬にカウンターを繰り出す。が、龍馬も素早く後ろに下がって攻撃をかわした。
続けざま龍馬が足を狙ってローキックで攻撃。だがバルガスは打点をずらしてダメージを抑えると、龍馬の横っ面に拳を叩き込んだ。
「ぐふっ!?」
「どうした、リョーマ!あの時王国で戦った時とはずいぶん違うな!」
「……っんの野郎!!」
龍馬のワンツーパンチによる反撃、それをガードするバルガス。しかし空いたボディに龍馬も拳を打ち込んだ。
嗚咽し、怯むバルガス。そこへ龍馬の容赦ない追撃。隙を狙い、龍馬もバルガスの顔面に一発拳を入れた。
「ぐおっ!!……こ、小癪な……!」
「どうだ、まだやるか!!」
バルガスと龍馬が殴りあっていることなど知らないオフィーリアは離れた場所で目に涙を浮かべたまま佇んでいた。
そうだ。私達は騎士だ。恋愛感情など抱いた自分が間違っていたのだ━━━━そう自分に言い聞かせるも、溢れる涙が止まらない。
「オフィーリア!」
「探したわよ!」
「ディレットに……モニカ皇女か……すまんが一人にしてくれ……みっともない姿をこれ以上見られたくはない……」
オフィーリアはもはや"紅蓮"の異名を持つとは思えないほど萎れてしまっていた。
だが、そんな彼女にディレットは渇を入れる。
「四騎士の一人が何項垂れちゃってんのよ!私とあの時戦った"紅蓮のオフィーリア"はどこへ行ったの!?バルガスはあなたの好意に気付いてた!さっきの言葉は本心じゃないわ!もう一度、彼と向き合うべきよ!」
「……だが団長は……」
その時パチン、という音が響く。オフィーリアは頬に痛みを感じ、自分が叩かれたということに気付いた。
「その団長が好きだから、愛しているからこそここまで来たんでしょ!?だったらやれるだけやりなさいよ!一度フラれたからって簡単に諦めてんじゃないわよ!」
「私もディレットと同意見よ、オフィーリア。"騎士として"じゃなく……"女として"のあなたの答えはもう決まっているはずよ」
そうだ。私は……バルガス・ディアガルドという
「すまない、ディレット。モニカ皇女。私はもう一度あの人と向き合ってみようと思う。ガルム騎士団団長としてではなく、バルガス・ディアガルドという一人の人として」
「それなら早く行った方がいいわ。リョーマとバルガスは今頃殴り合いの真っ最中よ」
「……恩に着る」
「お、おい……あれヤバくね?」
「ケーサツ呼んだ方がいいんじゃ……」
隻眼の大男と日本人の少年が殴り合っている光景に辺りはざわついていた。野次馬が集まり、警察を呼ぼうとするものまで現れはじめる。
「この野郎ぉぉ!!」
「ぬぅぅん!!」
二人の殴り合いがより熾烈さを増した、まさにその時だった。
「団長!お止めください!それ以上はなりませぬ!」
「止めるな、オフィーリアよ!奴は……リョーマは我が王を侮辱した!許してはおけぬ!」
「それは私を思ってのことだったのです!どうか私の話を聞いてください!お願いします!」
オフィーリアの必死の言葉にバルガスは幾分か落ち着きを取り戻す。周りを見回すといつの間にか一般人が集まりざわついていることに気付いた。バルガスの説得によりなんとか騒ぎは落ち着き、野次馬も方々に散っていく。
「……よかろう、申してみよ」
「ありがとうございます、団長。……リョーマ、すまぬが外してくれるか?」
「へいへい……あー、顔が痛ぇぜまったく……」
龍馬は腫れた顔を押さえながらやれやれといった表情でその場を離れた。彼が去ったのを確認すると、オフィーリアはバルガスと向き合う。
「単刀直入にお聞きします。団長は私のことをどうお思いですか?」
「私は……騎士団長としてお前を頼れる部下であり仲間だと……」
「……いいえ、騎士団としてではありません。バルガス・ディアガルドという一人の男としての答えを私は聞きたいのです」
「……」
オフィーリアのいつになく真剣な眼差し。そしてバルガスは迷う。本当の気持ちを打ち明けるべきなのか。それとも━━━━
「……では、私の答えを先に言いましょう。私は……一人の女として……貴方を愛しております」
「……!オフィーリア……!」
これほどまでに真剣で、熱意に満ちた眼のオフィーリアはバルガスも見たことがない。騎士としてではなく、一人の女として━━━━本当の気持ちを打ち明けた彼女に、そして自分自身に━━━━もう嘘はつけない。
━━━━優しい嘘は、終わりだ。
「……私も……お前を愛している、オフィーリア。騎士としてではなく、女として」
「団長……!!」
その言葉を聞いた瞬間、オフィーリアの目から大粒の涙が溢れ出した。彼女は思わずバルガスのその大きな身体に抱き付いてしまう。そしてバルガスも彼女を優しく抱き締めた。
"すれ違う時の中で あなたとめぐり逢えた"
"不思議ね 願った奇跡が こんなにも側にあるなんて"
「貴方がこちらの世界に行ってしまわれてから……貴方の事を想わなかった日はありません」
「すまなかった、オフィーリア。お前にはつらい思いをさせてしまったな」
"逢いたい想いのまま 逢えない時間だけが 過ぎてく扉 すり抜けて"
"また思い出して あの人と笑い合う あなたを
"愛しき人よ 悲しませないで 泣き疲れて 眠る夜もあるから"
"過去を見ないで 見つめて 私だけ"
「……はい、貴方の顔を拝めぬ日々はつらいものでした。ですが……ようやくそれが報われた……たった一言……"愛している"……その言葉だけで」
「オフィーリア……」
"You're everything You're everything"
"あなたが想うより強く やさしい嘘ならいらない 欲しいのはあなた"
「その……すまぬな、こういう事には慣れておらぬ故、上手い言葉が見つからぬ」
「ふふ、団長はやはり団長です。そういう少し不器用なところも……私は愛しております」
「よ、よせ……照れるではないか」
"どれくらいの時間を 永遠と呼べるだろう 果てしなく 遠い未来なら"
"あなたと行きたい あなたと覗いてみたい その日を"
「色々あったけど、あの二人ようやくくっついたね」
「私とディレットが頑張ったおかげね!」
「あの……俺、殴られ損なんですがそれは……」
「ハカタの怒龍が細かいこと気にしないの!あの二人が幸せなら殴られた甲斐もあったでしょ、リョーマ!」
「は?まじふざけんなよお前も一発殴られてこいや食いしん坊エルフ」
"愛しき人よ 抱きしめていて いつものように やさしい時の中で"
"この手握って 見つめて 今だけを"
「オフィーリア、流石に人目が気になる。そろそろ……」
「いいえ、なりませぬ。どうか、もう少し……このままでいさせてください……」
「……仕方のないやつめ」
"You're everything You're everything"
"あなたと離れてる場所でも 会えばきっと許してしまう どんな夜でも"
"You're everything You're everything"
"あなたの夢見るほど強く 愛せる力を勇気に 今かえていこう"
「団長……もう優しい嘘はいりません……どうか……私にだけは……素直な気持ちのままでいてください……」
「……ああ、約束しよう」
「ありがとうございます…………」
「……オフィーリア、愛している……」
「ええ……私も……」
"You're everything You're everything"
"あなたと離れてる場所でも 会えばいつも消えさって行く 胸の痛みも"
"You're everything You're everything"
"あなたが想うより強く やさしい嘘ならいらない 欲しいのはあなた"
"You're everything You're everything"
"You're everything"
"My everything..."
夜空の下の福岡タワー。その光は恋人達を祝福するように輝いていた。
バルガスとオフィーリアは異世界の美しい光の下で━━━━
永遠の愛を誓う口づけを交わした。
バルガスにとっても、オフィーリアにとっても、その瞬間はまるで永遠のようにも感じられた。
唇が離れた時、夜空からはゆっくりと白い小さな塊が降ってきた。━━━━雪だ。
「あ、雪……」
「うむ、この世界の光のせいか……雪がとても美しく見えるな。そうは思わぬか、オフィーリア?」
「は、はい。とても……素敵ですね……」
異世界に降る雪。まるでこの雪すらも自分達を祝福してくれているかのようだ。
「「「おーい!!」」」
二人が雪の降る夜空を見上げていると龍馬達三人が駆け寄ってくる。バルガスとオフィーリアはハッとしてお互いの距離を一歩取った。
「母さんが飯の準備できたからそろそろ帰ってこいって。バスや電車だと遅くなりそうだし、タクシーで帰ろうぜ」
「う、うむ。そうか。ならばそうしよう。な、オフィーリア?」
「え、ええ……そうですね」
龍馬達は一部始終を見ていたが特に何も言わずに見ていないフリをしつつ、タクシーを二台停めた。そしてそれに乗り込むと一行は斎藤家へと引き上げたのであった。
「「「「メリークリスマース!!」」」」
酒やドリンクの入ったグラスを掲げ、斎藤家ではクリスマスパーティが開かれた。大人数となった今年のクリスマスのために涼子は急遽クリスマスケーキを四つも用意してくれた。
「さー、ジャンジャン食べて飲みない!料理もたくさんあるけんねー!」
たっぷりのクリスマスチキンに何枚ものピザ。そして涼子特製のローストビーフやサンドイッチにビーフシチュー。ビールやワインにシャンパンと今日はご馳走だ。
「あ!リョーマずるい!そのチキン私が狙ってたのに!」
「こちとら殴られてまで活躍したんだからそれぐらいケチケチするんじゃねーよ」
「むうぅ……」
「あ、おかーさん!私ケーキ食べたい!」
「私も!」
「はいはい、待ちなさい。今取っちゃるけん」
「あーピザうっま。暖房の効いた家でネ○フリ見ながらかっ喰らうピザとコーラは最高に美味いわー。ルミナもそう思うでしょ?」
「え!?う、うん、そうだね!」
「マリア、リョーコさんのこの肉料理最高に美味いぞ!シチューも濃厚で舌が溶けるようだ!」
「あら、ほんとだわ!とても美味しい!向こうに帰った時、私達も作れないかしら……?」
大きなチキンの取り合いを繰り広げられる龍馬とディレット。そしてケーキを涼子に取り分けてもらっているルビィとモニカ。そのそばでピザとコーラを食しながらタブレットでネト○リを見ているアヤとルミナ。ノーブルとマリアは涼子のローストビーフとシチューに舌鼓を打ち、龍一郎は五十嵐夫妻と酒を飲みながら何やら離れた場所で談笑している。
「オフィーリア。一杯どうだ?"シャンパン"という異世界の弾けるワインだ。なかなかいけるぞ」
「は、はい。いただきます」
「乾杯」
「か、乾杯……」
オフィーリアはバルガスにシャンパングラスを渡され、グラスをカチリと打ち付けて乾杯し、飲み干す。
口当たりのよい白葡萄の滑らかな味わいとシュワシュワとした炭酸の爽快さがたまらない。"フェス"でも何回か飲んだが異世界の酒はやはり美味い。
「団長……」
「ん?」
「私はいつか……"二人だけのクリスマスパーティー"をしたいです……団長はどうお思いですか?」
「……うむ、そうだな……私も同じ事を考えていた……だが……」
バルガスはグラスを片手に和気あいあいとパーティを楽しむ斎藤家の面々を見た。そして口元を緩ませ、ふっと笑う。
「今宵はこの賑やかな宴を楽しむとしよう。私達を繋げてくれた彼等に感謝の意を表すためにも」
おそらく龍馬や彼の家族がいなければ自分もオフィーリアも気持ちがすれ違ったままでいたに違いない。そんな自分達が結ばれるように尽力してくれたのだ。特に龍馬は自分の身体を張ってまで。バルガスは彼等に感謝しながらシャンパンを飲み干す。
「またリョーマには借りができてしまったな」
「まったくですね、本当に……彼と仲間達には本当に感謝しかありません」
雪の降るクリスマスイヴの聖なる夜。賑やかなひとつの家族のもとで開かれたその宴からは一晩中笑い声が絶えなかった。
歌詞引用:MISIA『Everything』