アナザー・ディメンジョン -異界交流記-   作:誠龍

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第129話 みんなでお正月

クリスマスが終わり、2016年も残すところあとわずか。ひとつの年が終わり、2017年が迫ろうとしている。

クリスマスパーティが終わる頃にモニカが疲れて寝てしまい、ソフォスに連絡して結局彼女を一日泊める羽目になった。翌朝、アジトの前までアルバートが迎えに来てくれた。訓練やら何やらで疲れているだろうに朝一番で。寝ぼけ眼のモニカを無理矢理起こして何とかアルバートに預け、龍馬はポータルで自宅に帰った。

そんなクリスマスが終わってから数日後……27日の夜、仕事納めで龍一郎が帰宅してから斎藤家では滞在しているディレットの両親も交えて夕飯の最中に正月の過ごし方について涼子から提案があった。

 

「お正月はじーちゃんばーちゃんとこで過ごさんね?んでみんなで初詣行こうや」

 

五十嵐夫妻の住む福津市には宮地嶽神社がある。正月はきっと多くの出店と人々で賑わうだろう。

 

「おとーさん、"オショーガツ"ってなーに?」

 

「そうか。ルビィはお正月は初めてだったね。お正月というのは日本の新年の一番最初の日だよ。日本は12月の31日で一年が終わるからみんな新しい年を迎えるために掃除をしたり、特別な料理を作ったり、神社へ行って神様にお参りをしたりするんだ」

 

「ふうん……?よくわからないけど楽しそう!」

 

実際のところルビィだけでなく、ディレットやルミナも日本の正月は初めてだ。新しく加わった家族で日本の正月を知るのは沖縄出身のアヤくらいのものだろう。そこで龍馬はふと気になったことをアヤに聞いてみる。

 

「そういえばアヤに聞きたいんだけど、沖縄の正月ってこっちとはやっぱり違うのか?」

 

「うーん、沖縄は古代中国文化が色濃く残ってるからね。私が龍馬と会った1964年の時代では旧暦を用いた旧正月文化で祝っている家庭が多かったよ。沖縄の方言で旧正月は"ソーグワチ"って言うんだけどね。他にも本土の正月とは色々と違うこともあるから気になるならググってみるといいよ」

 

沖縄……琉球王朝は中国との交易が盛んだったため、今でも琉球独自の文化と中国の文化が入り交じった文化が多い。現に沖縄の家庭では新暦の正月と旧暦の旧正月を同時に祝うこともある。

 

「ね、ね、リョーマ。そういえばニホンではお正月って"オセチ"って料理を作るんでしょ?美味しい?」

 

「お前、ほんと食い意地の張った女だな……」

 

まったく、ディレットはこういう食い物に関する話だけは敏感だ。いつどこでその情報を仕入れたのか気になるが……おせち料理は確かに龍馬も楽しみだ。去年の正月は自宅と祖父母の家で別々だっから母と祖母のおせちを別々に食べたが、今年は二人が一緒に作るものになるだろう。

 

「"ショーガツ"か……一応資格を取る時に学びはしたが、新年を祝うニホンの文化ということくらいしかわからなかったな」

 

「私達とは文化が違いすぎてね……でもその年を締めくくる一大イベントだっていうのは知ってるわ」

 

日本の風習や文化については資格取得のための学校で多くを学ぶことができる。だが文明レベルが中世ヨーロッパ時代とほぼ同じ異界の人々からしてみれば実際のところ、体験してみるまでよくわからないことが多い。ノーブルとマリアも例に漏れず、だ。

 

「んじゃ31日は泊まりがけで福津に行こうか」

 

母のその言葉に全員が同意し、31日……大晦日の日から五十嵐夫妻の家に行くことになった。

 

 

 

 

 

そして31日の昼。斎藤家が出発の準備をしている最中、連絡を受けた五十嵐家では正月の準備の真っ最中であった。

 

「ヨネコさん、ここでいいのでしょうか?」

 

「そうそう、そこでいいばい。いやー、バルちゃんとオフィーリアちゃんのおかげで正月の準備がはかどるが!」

 

ヨネ子の指示でオフィーリアが脚立に乗って玄関扉の上にしめ飾りを取り付けている。門では平蔵とバルガスが門松を設置し、ほどなくして戻ってきた。

 

「言われるがまま手伝いましたが……"ショウガツ"というニホンの文化はかなり特殊なのですね……この入口の飾りはどのような……?」

 

オフィーリアがしめ飾りを指差した。明確なカレンダーなどが存在しない異世界では冬のうちに新しい年や季節を祝うような文化は存在しない。従ってバルガスもオフィーリアも正月は初めてだ。

 

「この"しめ飾り"は新しい年にやってくる歳神様っちゅう神様をお迎えするための飾りたい。入口の門松は神様が家にやってくるときに迷わないように目印にするとたい」

 

「なるほど、"シメカザリ"に"カドマツ"……家の中にある神棚もそうですが、各家庭で神を迎えたり感謝したりするためにニホンでは様々な習わしがあるのですね。なんというか……我々の世界の神を信仰するのとはだいぶ違うというか……ニホンの人々はまるですぐそばに神がいるかのように敬うのですね」

 

「気付いたか、オフィーリアよ。我々の世界において神とは絶対の存在であり強大なものである。しかしニホンの神は常に人々の近くに寄り添い、人々もまた神をすぐ身近に感じつつも信仰を忘れてはいない。ニホンの人々は古来より道端の草や石にすら神が宿ると考えていたのだ。私もこの世界の歴史や信仰を学び、違いに驚かされたよ」

 

基本的に西洋や異世界の神に対する信仰というのはあまりにも強大でそんな神を畏れ、一方で深い祈りを捧げ信仰することで成り立っている。

だが日本の神というのは確かに強大でありながらも常に人間のそばに寄り添い、人間達もまたそんな神に日々の感謝を忘れずにまるで"ご近所さん"のように当たり前にそこにいることを是として信仰してきた。神に対するそういう価値観はあちらの世界の人々からすれば有り得ない信仰の仕方なのかもしれない。

ほどなくして平蔵のスマホに連絡が入った。涼子からの電話で「もうすぐ着く」そうだ。クリスマスも楽しかったが今度は"お正月"。新年を祝う日本の風習にバルガスとオフィーリアは興味津々だ。

ほどなくして一台の車がやってくる。斎藤家のランドクルーザーだ。今日は家族総出でやってきている上、ディレットの両親もいるので賑やかな大晦日と正月になりそうだ。

平蔵とバルガスは道場の掃除がまだ終わっていないからと道場の方へ向かい、ヨネ子は龍一郎の運転する車に乗って涼子やオフィーリアと共におせちの材料の買い出しに向かった。

龍馬達は全員が居間に座れるようにもうひとつテーブルを出して繋げたり、全員が寝泊まりするための寝床の準備をしておく。

さて、買い出しに向かったヨネ子達はというと例年に比べてやはり人が多いショッピングセンターで材料を探していた。そしてオフィーリアはそのほとんどの人達が正月のための買い出しに来ていることに驚く。

 

「す、すごい人だ……"ショーガツ"というのはかくも大きな催しなのか……」

 

「"一年の計は元旦にあり"ってことわざもあるくらいやからねぇ。正月っちゃ大事(おおごと)よ。そらみんな買いもん来るくさ」

 

毎年大晦日は日本中がこうしてごった返すことだろう。商売人はかきいれ時、一般市民は帰省あるいは実家に帰ってくる家族のための準備と日本は大忙しなのだ。

そんな中、オフィーリアはヨネ子達含め、多くの買い物客が謎の黒っぽい細長い棒のようなものが沢山詰まった袋を買っているのを見かけ、疑問に思う。

 

「リョーコさん、この棒のようなものは一体……?」

 

「あれ?オフィーリアちゃん"蕎麦(そば)"は知らんの?日本じゃ年越しそばっていうのを大晦日に食べるんよ」

 

「トシコシ……ソバ……?」

 

「そば粉っていう実をすりつぶした粉で作る麺料理よ」

 

「ラーメンやウドンとは違うのですか?」

 

「麺ということ以外は全く違うねぇ。食べてみたらわかるばい」

 

「なるほど……それは楽しみです。しかし"トシコシ"ということはこの日に食べる特別なものなのですか?」

 

「そば自体は珍しいものやないけど……ま、"縁起物"やね。日本人は縁起を担ぎたがるけんね。年越しそばは歯切れがいいから"その一年の厄を断ち切る"って意味と、麺が長いから"そばの麺のように長く、健康に生きられるように"って意味があるんよ」

 

年越しそばは江戸時代に定着した日本の文化であり、今でも多くの日本国民が大晦日に食している。

涼子の言ったとおり、そばを年越しに食べるのは縁起物としての意味合いが強い。そばは他の麺類より歯切れが良いため、一年の終わりに食べることでこの一年間の"厄"を断ち切り、新しい年を縁起よく迎えるという意味合いがある。さらにそばは麺が長いので長生きができるように、すなわち長寿の縁起担ぎでもあるのだ。また、江戸時代の流行り病であった脚気(※『かっけ』。ビタミンB1の欠乏症による心不全や末梢神経障害)が「そばを食べることで予防できる」という噂が広まったことが江戸時代にそばを身分問わずに定着させるきっかけにもなったという。

 

「このソバひとつにそんなに深い意味が込められているとは……これは食すのが楽しみです」

 

「今日は海老の天ぷらやらもたっぷり乗せた豪華なそばにするけん、期待していいばい!ね、お母さん!」

 

「そりゃあ、大勢のお客さんおるんやけん今年な特に豪勢にいかなね!こすたれ(『ケチ』、『せこい』の意味)と思われたくないけんね!」

 

初めて食べる年越しそば、そして正月のおせち料理。オフィーリアはその二つの料理の味を楽しみに買い物を続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

一方、平蔵宅。道場の掃除が終わり、あとはヨネ子達が買い物から帰るのを待つだけとなる。ルビィとルミナ、アヤは三人でタブレットを使って○トフリを見ている。龍馬も途中までは一緒に見ていたが、ターボが龍馬の腕を手で引っ掻くような動きをし始めたので彼は何かを察して立ち上がった。

 

「なんだ?散歩に行きたいのか?じゃあ行くか」

 

大体ターボがこういう時は散歩に連れていってほしいというサインだ。龍馬はそれをよく知っている。

 

「あ、リョーマ私も一緒に行くよ」

 

久々のターボとの散歩だ。ディレットも龍馬に付き添って海岸への散歩コースを歩きたいとふと思った。

 

「私も一緒にいいかな」

 

「じゃあ私もご一緒しようかしら」

 

「いいっすよ、一緒に行きましょう」

 

ノーブルとマリアもターボの散歩に付き合いたいらしい。別に断る理由もない。龍馬は二つ返事でOKした。ターボも心なしか嬉しそうだ。

リードを繋ぎ、ターボ用のフリスビーやボールなどを持って出かける。龍馬とターボが歩く後ろをディレット達がついてくる形で海岸へ出掛けた。

海岸へ着くと龍馬はターボのリードを外してフリスビーを投げた。ターボは全力疾走してフリスビーを追い掛け、空中で見事にキャッチする。フリスビーを口に咥えて持ち帰ってきたターボの頭を褒めながら龍馬が撫でるとターボは尻尾をブンブンと振って喜んだ。仲睦まじいその姿にディレット達も思わず笑みが溢れる。

 

そんな中、マリアが口を開いた。

 

 

「ねぇ、ディレット。ぶっちゃけリョーマ君とはどこまで行ってるの?」

 

その言葉にディレットとノーブルは思わず吹き出した。いきなり何を言い出すのだこの人は。

 

「な、な、な……!」

 

「あら。そんなに動揺することかしら?夏に家に帰ってきた時も似たような話をしたでしょ?」

 

「ま、マリア!一体何の話をしてるんだ!まさかディレットがリョーマ君を……!私としては……!」

 

「はいはい、男は黙ってなさい。娘の恋路を邪魔する親父は馬に蹴られてなんとやら。で、どうなのディレット?」

 

ディレットよりも動揺するノーブルを差し置いてマリアは続ける。

 

「ううう……」

 

「ハァ……その様子だと進展なし、って感じね。ディレット、座りなさい」

 

マリアは海岸に座り込み、ディレットにも隣に座るように言った。女同士の会話に男は不要と言わんばかりのオーラを発していたせいかノーブルもそれを感じ取り、龍馬とターボと一緒に海岸で走り始めた。父が離れたところでマリアはディレットにいつになく真剣な眼差しで問い掛ける。

 

「ディレット。あなたがニホンに滞在できるのっていつまでかしら?」

 

「……高校卒業までの三年間」

 

留学という以上、滞在期間は定められている。ディレットの場合は高校卒業までの三年間が規定の滞在期間となり、それが近づくと進学・就職・帰国を考えなくてはならない。

 

「そうね。ニホン側の(こよみ)でつまりあと二年。あなたはその間に自分の身の振り方を考えなきゃいけない。リョーマ君への想いもその間に伝えるべきか否かを決断しなくてはならないわ」

 

「……」

 

「二年というのはあまりにも短いわ。私達エルフなら尚更。私は母親としてあなたを応援するわ。でも自分がどうするかはあなた次第よ。ディレット……悔いのない選択をしなさい」

 

いつか別れの時がやってくる。その時自分はどうするべきか。ディレットはそれを考えかねていた。だがそれでいいのだ。ヒトも、エルフも、様々な想いの元に悩み、葛藤し、そして決断して道を進んでいく。それは変わらない。

マリアは……ディレットの母としてそれを後押ししてやるのが親としての責務、そして最大限の愛情だと考えている。かつては自分も、夫もそうやって来たのだから。

 

「他でもない、あなたの人生よ。私達親にできるのはそれを後押しすることだけ。道は自分で決めなさい。もう一度言うわ。"悔いのない選択をしなさい"。いい?」

 

「うん……ありがとう、お母さん……」

 

二人は砂をはらって立ち上がる。そして龍馬とターボの遊びに付き合って少し走ったのち、平蔵宅へ引き返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜0時前。いよいよ年が明けそうになるその時に全員分の年越しそばが完成した。

 

「年明けに間に合ってよかった」

 

「今年は具やら量やら大事(おおごと)やけんね」

 

ヨネ子と涼子が作った今年の年越しそばはそれはそれは豪華なものだった。海老天が二つ、鴨肉が四切れ、さらにはかき揚げと蒲鉾。これは美味そうだ。

 

「ほう、これが"トシコシソバ"か……」

 

「団長、年越しに食べるソバは一年の厄を断ち切る意味とソバの麺のように長く健康に生きるという意味が込められているようです」

 

「オフィーリアよ、よく知っているな?」

 

「はい……まあ、買い物の最中にヨネコさんとリョーコさんに聞いた受け売りですが……」

 

年越しそばから漂う出汁のいい香りが食欲をそそる。バルガスもオフィーリアはもちろん、麺が伸びないうちにと皆早く食べたがっている。ヨネ子と涼子が最後に座り、ようやく全員の準備が整った。

 

「さて、それじゃ食べようかね。みんな、今年一年お疲れ様でした」

 

 

「「「「「いただきまーす!」」」」」

 

 

一斉にそばをすする音が響き渡る。うどんよりも味が濃いが深く、コクのある味の出汁。そしてそれに合ったそばと海老天や鴨肉。特に鴨肉の脂が出ているせいかかなり美味い。

 

「今年のそばは豪華だしうめーな」

 

「トシコシソバ、初めて食べるけど美味しいね」

 

龍馬とディレットのそばがみるみるうちに無くなっていく。すでに海老天と鴨肉は胃の中に消えており、残った蒲鉾も既に箸先につままれ、今まさに食べられようとしている。

熱々のそばを吹いて冷ましながらルビィは母の隣でそばを食べ、特製の小さなフォークとお椀にまるでわんこそばのように盛った年越しそばをルミナとアヤも食べている。

 

「このカモという鶏肉が美味いな。柔らかくてこの肉から出た脂がほどよくそばを美味くしている」

 

「このエビというのは私達の世界でいうシュルムね。ソバとよく合うわ」

 

初めて食べるそば。特にエルフの舌には気に入ってもらえたようでノーブルとマリアは帰り際にそばの麺と出汁をお土産に買おうと決心したくらいだ。

 

と、その時。

 

 

 

 

 

 

ゴーン、ゴーンとテレビの生中継から除夜の鐘を鳴らす音が聞こえてきた。

 

「お、年が明けたね」

 

龍一郎がテレビの音量を大きくする。2016年が終わり、遂に2017年がやってきた。

 

「「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します」」

 

平蔵とヨネ子がそばを食べる手を止めて皆に一礼した。新年を祝うその挨拶を倣って異界人である面々も一礼して新年を祝う。

そばを食べ終わると、ヨネ子が日本酒を熱燗で持ってきた。さらに龍馬達の分にと温かい甘酒を用意して追加で持ってくる。

 

「正月から飲む酒は美味いばい。みんな遠慮せんで飲まなよ。子供達もね」

 

甘酒はアルコール度数が1%未満のため、子供でも安心して飲むことができる。ただし、米麹の独特な風味から好みは別れるが。

 

「リョーマ兄ィ……アタシちょっとこれ苦手……」

 

ルビィはどうやら甘酒はあまりお気に召さなかったようで、残した分を代わりに龍馬が飲んでいた。

ただ、植物由来のものを好むエルフの舌のせいかアドミラシル家の三人には好評だった。

大人達は甘みのある日本酒を熱燗で飲み、特にバルガスは日本酒が好きなようで既に1合を飲み干していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。龍馬達は宮地嶽神社まで初詣に来た。福岡三社参りのひとつに数えられる宮地嶽神社はやはり多くの参拝客でごった返しており、参道入口まで来るのにも一苦労だ。

 

「ようやく来れたな……」

 

「前にバイクで来た時の比じゃないね……交通規制までかかってるし」

 

そう言って苦笑するディレットは振袖姿である。ヨネ子の手引きで知り合いの着物屋に頼んでレンタルしたものだ。さらにマリアとオフィーリア、ルビィ、ルミナもきちんと振袖を着ている。ルミナのものに至ってはもちろんヨネ子のお手製だ。

ちなみに涼子とヨネ子はおせち作りのために家に残っており、龍一郎も足りないものの買い出しのために龍馬達を神社の近くで降ろした後に車で去っていった。しばらくしたら迎えに来てくれる手筈だ。

 

「オフィーリア、その和服姿……よく似合っているぞ」

 

「そんな……勿体なきお言葉です……」

 

「マリア、素敵だな。とても似合っている」

 

「いやだわ、あなたったら」

 

後ろで騎士団カップルとエルフの夫婦がイチャついている。おのれリア充どもめ、と龍馬は密かに嫉妬する。そんな時、左手に何か柔らかい感触を感じた。隣を見るとディレットがこちらを恥ずかしそうに見ながら手を握っている。龍馬も顔を赤くしながら彼女の手を握った。

 

「リョーマ兄ィとディレット、いい感じだね」

 

「だね。あの二人も早くくっつけばいいのに」

 

龍馬とディレットの二人を見ながらルビィとルミナはこっそりとそう呟いた。一緒に暮らし始めて長いというのにどうも友達以上恋人未満といった関係からなかなか進展しない。ルビィとルミナは二人の関係が進むことを願っていた。

長い行列の先、本殿の賽銭箱までようやく来ると皆で賽銭を投げ入れて神に願う。

 

「(リョーマともっと仲良くなれますように……)」

 

ディレットはそう異界の神に願った。龍馬はディレットに何を願ったか聞いてきたが「秘密だよ」とだけ答えておいた。

次におみくじを引いて一年の運勢を見てみる。龍馬とルミナは吉、ディレットとマリアは中吉、バルガスとオフィーリアとノーブルは末吉、ルビィが大吉だった。大吉はいい一年になると龍馬に言われ、大吉を引き当てたルビィは大喜びだ。

皆でおみくじを縄に結び付けたら出店を堪能しようと踵を返す。と、ディレットが何かを察したように立ち止まって後ろを振り返る。

 

「……」

 

「どうした、ディレット?」

 

「リョーマ、ちょっといい?気になることがあるの。ついてきて」

 

龍馬は「すぐに戻るから参道の土産屋で休憩しててくれ」と残りのメンバーに伝えるとディレットについていく。

二人が向かった先は本殿右奥に行くと存在する"奥之宮八社"。八つの小さな社全てを参拝すれば願いが叶うと言われている、宮地嶽神社のもうひとつの見所だ。

 

「……リョーマ、ここだよ」

 

「ここは……」

 

「ルミナと初めて出会った時にもうっすら感じたんだけど……ここからだけ私は特に強い力を感じるの」

 

ディレットが止まったのは七番目の社・水を司る"龍神"が祀られる水神社だ。ディレットは社の前に立つと目を閉じて静かに呟く。

 

「……我が肉体に宿りし数多の精霊達よ。その力を解放せよ。その力を以て今一度、彼の者に現世(うつしよ)に立つ力を与えたまえ!」

 

沖縄でアヤに力を分け与える時に唱えた言葉。ディレットがその言葉と共に精霊魔法の力を社に注ぎ込む。

すると信じられない出来事が起きた。水が湧き出す場所から大量の水が溢れ、その水からは━━━━━

 

 

 

 

 

 

 

何と青い"龍"が現れたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……我を呼ぶ者は誰ぞ?』

 

 

あまりの出来事に龍馬は開いた口が塞がらない。頭上に浮かぶ龍はどうやら自分とディレット以外には見えていないようだ。

 

「あなたの力を感じて私が呼びました」

 

『ほう……娘、そなたは人間ではないな?はっはっは!これは面白い!なるほど、遥か大昔に繋がった異世界の者か!その長耳……"えるふ"なる種族じゃな?こうして他の神や巫女以外の者と話すなど一体いつぶりか!……すまない、少し気持ちが昂っていたようじゃ。我が名は"龍神"。水を司る神なり』

 

龍神━━━古来より日本各地で崇められてきた水を司る龍の神。その日本の神が今目の前にいる。龍馬は未だ目の前の光景が信じられなかった。

 

『ふむ……そこな(わらし)も我の姿が見えておるか。どうやら娘の力の影響を受けておるようじゃな。まあいい、今の日ノ本の国は神や精霊を()れぬ者達が多いからのう。呼び出してくれたこと、感謝するぞ。こうして話が出来るだけでも我にとっては楽しいのでな』

 

「あの……龍神様……実を言うと私は興味本意で呼び出してしまったのですが……」

 

『はっはっはっはっは!!何、構わぬよ。永きを生きる我ら神にとってはよい暇潰しじゃ。神なんぞ暇潰しに呼んでもらうくらいで丁度よいのだ。そうじゃ、礼と言ってはなんじゃがそなたに我の力を授けてやろう。精霊の力を秘めたえるふのお主ならば使いこなせるはずじゃ。それ!』

 

龍神の手から青い宝玉が浮かび上がり、それはディレットの胸目掛けて飛び込むとまるで溶け込むように体内に宿る。

 

「こ、これは……?」

 

『これでお主は水の精霊の力をより繊細に扱えるはず。そうじゃな、"龍神ノ型"とでも名付けておこうか』

 

「龍神ノ型……」

 

ディレットは試しに水の精霊の力を借りた魔法……ブレイズを小さく手のひらの上に広げてみる。

するとどうだろうか。本来固めようとすると必ず氷になってしまうブレイズの魔法の硬度を調整できるようになり、丸い水の塊を形成できるようになった。これなら水圧の弾丸を発射するように使えるはずだ。

 

「あ、ありがとうございます!龍神様!」

 

『何、構わぬよ。代わりに時々で良いから気軽に遊びに来てくれ。それからこの地には他にも様々な神々が祀られた社がある。そこへ行き、お主に宿る精霊の力を分け与えてやればきっと我のように力を貸してくれるはずじゃ』

 

龍神は髭を揺らしながらニコリと笑う。久しぶりにこうして話せたことは永らく人間達と話せなくなって久しい日本の神々にとってはとても嬉しいことなのだろう。

 

『そうじゃな……火の力ならばアテがある。"愛宕神社(あたごじんじゃ)"へ向かうといい。何、時間がある時で構わんよ』

 

ディレットはその言葉に対し、もう一度龍神に礼を言って頭を下げる。もしかしたらフルゥムも強化できるかもしれない。

 

『ちなみに愛宕神社へアクセスするならバスが便利じゃ。JR博多駅からなら西鉄バスを使って"愛宕神社前"で降りるとすぐじゃぞ』

 

 

 

…………現代の交通事情にもやたら詳しい神様であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初詣を終えて家に帰るとおせちが出来上がっていた。今回は大人数ということもあって三重の重箱が二つある。中を開けると色とりどりのめでたい具材の数々。そしておせちに続いて雑煮も出てきた。

そんな中オフィーリアはやはりおせちの具の意味合いが気になって聞いてみる。

 

「やはりオセチにも縁起物としての意味があるのですか?」

 

「そうやねぇ、全部にちゃんと意味があるばい」

 

まずニシンの卵である数の子は子宝に恵まれ子孫繁栄となる意味、伊達巻きは巻物に似ていることから知識が増えるように、栗きんとんは金運上昇、海老は長寿、昆布巻きは"よろこぶ"とかけて幸運を呼び寄せる、黒豆は"マメ"に働けるようにという意味と邪気を払う効果があるとされ、蒲鉾は赤と白で魔除けと清浄、または見た目の良さから縁起物とされる。その他おせちに含まれる数多くの具がどれも縁起物として多く詰められている。

 

「なるほど……このプツプツしたものは"カズノコ"……子孫繁栄……子宝……」

 

「…………オフィーリアよ、なぜそんなにカズノコばかりを食べる」

 

話を聞いたオフィーリアはさっきから数の子を多く口に運んでいる。バルガスは見た。オフィーリアの顔に邪なものが浮かんでいる様を。

 

「オセチ美味しいね、リョーマ」

 

「ああ。ばーちゃんの作るおせちは毎年本当に美味いぜ。来年も一緒に食べような、ディレット」

 

「うん!」

 

 

 

 

 

一年の計は元旦にあり。2016年を振り返りながら迎えた新たな年明け。

 

 

大勢で囲む賑やかな正月の食卓は全員にとって良き思い出となったに違いない。


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