「クエルクス村に行ってみようぜ!」
発端は勇斗のその言葉からであった。
年が明け、ディレットの両親とオフィーリアが帰国して冬休みも残すところあと数日となった時、勇斗はいつものメンバーにそう言い出したのだ。
理由としてはただ何となく、と言ってしまえばそれまでだがせっかくの冬休みだし何もしないまま終わるのもどうかということで龍馬達もその提案に乗った。
帝都からもそんなに離れていないし、ポータルもある。すぐに移動は可能だ。冬休みの課題もすぐに終わり、龍馬・ディレット・勇斗・千春の四人はアジトに集まると装備を整えて再びポータルを利用してクエルクス村へと向かった。
確か帰る直前にはローランドが作物や薬草の畑を拡大すると計画を練っていたり、村の拡大のためにエルザがゴルと共に建物の案を考えていたりなどしていた。…………サルーンはいつものように狩り以外のことは考えていないようだったが。
あれから少しは変わったのだろうか。小一ヶ月でそれほど大幅な変化はないとは思うがきっと前よりは変わっているに違いない。龍馬達がそう思いながらポータルでクエルクス村に到着すると━━━━━
━━━━━そこには予想だにしなかった光景が広がっていた。
「なんだこりゃあ!?」
龍馬が目の前の光景に驚いた。新たに建てた小屋は半壊し、畑は荒らされて滅茶苦茶になり、村の柵も看板も無惨に叩き割られていた。
「ああ、リョーマさん達……!来てくれたのですね……!」
龍馬達に気付いたオークのローランドがドスドスと足音を建てながらこちらへ足早にやってくる。よく見るとあちこち傷痕だらけだ。
「ローランド!一体何があったんだ!」
「実は……」
「村が襲われた!?」
「ええ……」
龍馬達は話を聞いて驚いた。なんとクエルクス村が多くの野盗や飼い慣らされたモンスターの襲撃を受けたというのだ。
どこからかクエルクス村の情報が漏れ、さらに暮らしているのがオークやオーガなどの本来ならば人々に害を成すモンスターや魔族であるのをいいことにやりたい放題らしい。帝国騎士団の保護下にある村とはいえ騎士団が駆け付けるには些か村が遠い。ローランド達も抵抗はしたものの相手の数が多く、彼等はされるがままになるしかなかった。
畑は荒らされ、設備は壊され、ローランドとサルーンは軽傷を負い、ゴルは設備を何度も直し、エルザは悲しみのあまりずっと落ち込んだままだ。
この話を聞いて龍馬達が激怒しない理由がなかった。せっかく彼等と出会い、コネを使って騎士団の保護下にし、村を発展させるきっかけを作ったというのに。モンスターは一体どちらだ、と龍馬は憤慨した。
「おい、みんな!こうなったら徹底的に奴等をのしてやろうぜ!幸いこっちには銃や魔法もあるし、現代の知識もある!奴等に二度と変な気を起こさせないようにしてやろう!」
「おう!」
「もちろん!」
「ようやく私のグレネードランチャーが活躍する時が来たようね」
満場一致。龍馬達のクエルクス村防衛作戦が始まった。まずは作戦会議だ。
「敵は四方八方から分散して攻めてきます。しかも野盗集団の中にはビーストマスターがいて一部のモンスターを使役して襲わせてきます」
ビーストマスターはその名の通り猛獣を従わせることを生業とした人間で、元は旅芸人の調教師だったり奴隷とモンスターを戦わせる闘技場の関係者だったりすることが多い。そういった連中が職を失って野盗となるか或いは悪事のためにビーストマスターとなる場合もある。
相手が人間だけならばステゴロでも充分だと思ったがモンスターを引き連れているとなると話は別だ。猛獣に対しては銃器での殺傷もやむを得ないだろう。
「問題は相手の数が何人か、そしていつ、どこから、どのように攻めてくるのかを知る必要があるわ。この辺りの地形を書いた地図とかはないの?」
「それが……そういったものは用意しておらず……」
「そう。じゃあまずは下見ね。ローランド、過去に襲撃があった場所を教えて頂戴。斎藤、あんた達は村の防衛設備を何かしら考えてて」
千春はバックパックからノートとペンを取り出すとローランドと共に村周辺の地形を把握するためこの場を離れる。残された龍馬達は設備ならばと柵の補修をしているゴルの元を訪ねた。
「お、リョーマ。久しぶり。みんなも。元気か」
たどたどしい言葉遣いでゴルは挨拶する。さすがに頑強な岩で出来ているゴーレムだけあって身体的な被害はないようだが……それでもせっかく作った設備を破壊され、直せばまた破壊されるという状況は心を持った彼にとっては悲しいことなのではないか。
「オレ、平気。でもエルザとローランド、悲しんでる。サルーンは怒ってる。だけどオレ、建てたり直したりする以外、できない。だから自分の仕事、やるだけ」
そう言ってまたゴルは柵を直す作業に戻る。龍馬達も手伝おうとしたがゴルは「サルーンをなだめて、エルザを慰めてほしい」と頼み、龍馬達は修理をゴルに任せてローランド達の住む小屋へと向かう。
中に入ると傷だらけで怒りに震えるサルーンとさめざめと泣くエルザがいた。部屋の中の空気はかなり重苦しい。
「誰だ!!……なんだ、この間のガキ共か。一体何の用だ」
「勇斗の提案でたまたま遊びに来たんだよ。そしたら村がこんなことになってて……事情はローランドから聞いたぜ」
「ローランドか……そもそもあいつが"殺しは駄目だ"なんて言わなけりゃこんなことにはならなかったんだ!ったく、おかげでこのザマだ!……俺ぁ、狩りに行ってくる。お前らも用事が無いならとっとと帰るんだな!」
サルーンは弓矢を取ると乱暴にドアを閉めて外へと出ていく。小屋に残されたのは龍馬達、そしてエルザだけ。彼女は特に外傷などは負っていないようだが……安息の地を脅かされ、荒らされた恐怖と悲しみは計り知れないだろう。同性であるディレットが優しく語りかける。
「エルザ……大丈夫……?」
「……ありがとう、ディレット。みんなも、来てくれたんだね。本当ならおもてなししなくちゃならないのに……」
本来であれば皆客人である。それが満足に出迎えることもできない。逆に自分達が龍馬達から心配される始末だ。
「さっきはサルーンがごめんね……決して悪い人じゃないんだけど……ちょっと気が立ってて……」
「ある程度はローランドに聞いたけど……
「ええ……」
小さなテーブルの椅子に腰掛け、ディレットはエルザの向かい側に座る。そしてしばらく間を置いてから彼女はぽつり、ぽつりと話し始めた。
━━━━ある日、エルザが洗濯物を干していた時のことである。突如として複数の野盗達が襲い掛かってきたのだ。
ローランドとサルーンがすぐさま彼女を小屋に避難させ、ゴルが盾となりながら三人で応戦した。この時ローランドはサルーンとゴルに対し、"不殺"を貫くよう指示した。
サルーンは反対するが、一度人を殺してしまえばもう自分達は人に害を成すモンスターと変わらなくなってしまうと意見は対立。渋々サルーンは了承したが、彼等のような怪力を誇る存在が加減をしながら大勢の敵を相手にしなければならないとなると迎撃の難易度は格段に跳ね上がる。
結果、調子に乗った野盗達に四方八方から攻められ、家屋や設備は壊されて食料の類いは奪われた。それからローランドとサルーンは半ば対立のような状態にあるという。ローランドが争いを好まない性格だったのがせめてもの救いか。
「……私はその……戦えないから……みんなに迷惑をかけちゃって……」
エルザはサイクロプス族の末裔だ。しかしかつて猛威を振るった巨人としての力は現代の数少ない一族の末裔にはもはや無くなっている。単眼と角という特徴を除けば普通の人間と同じである。
「か弱い女性なんだからそりゃ仕方ないぜ。な、龍馬」
「ああ、まあ確かに」
勇斗の意見に龍馬も同意する。先ほども述べた通り、サイクロプス族の角と単眼を除けばエルザはただの人間と変わらない。そんな少女に戦いを強要するのはあまりに酷であろう。
「か弱い……そうね。私は……」
「……?どうかしたの?」
「……いえ、何でもないわ」
何か言いたげな、しかし悲しげな表情でエルザは視線を落とす。何か心の奥底に秘めていそうな感じではあったがディレットは追求しなかった。この場でそれをやるのは無粋だと思ったからだ。
「それよりまず村の防衛を考えよう。ゴロツキどもはぶちのめしてやるとして問題はビーストマスターだ。奴等がどれだけのモンスターを従えているか、エルザはわかるか?」
「家の中からチラリと見ただけだけど……ワイルドベアーが一体、それとブラックボアが二体、スライウルフが何匹かだったわ。実際はもっといるかも」
「と、なるとまずはモンスターをどうにかしないとな。その上で奴等を叩く。勇斗、なんかいい案あるか?」
「そうだなあ。人員が限られてるのと数では奴等が多いならここはブービートラップを仕掛けるしかないな。んで混乱したところを潰そう」
「ブービートラップか。落とし穴とかか?」
「シンプルかつ古典的だがこんな森の中にある村なら有効だろう。襲撃が夜にあるとしたら偽装効果はもっと高くなる。あとは獣用の罠とかな」
落とし穴はイタズラから軍事作戦のものまで、古来より幅広く使われてきた古典的な罠のひとつである。中には穴の底に竹や刃物で作ったトゲを設置したり、大量の毒蛇を入れたりしたものもあるという。
四方八方に落とし穴を掘りまくった方が柵を新たに作るよりは防衛が容易いかもしれない。あわよくば野盗達を生け捕りに出来れば微力ながら国の治安の向上にも一役買えるというものだ。龍馬達はさっそくこのことをゴルに伝えた。
「わかった。オレ、穴、掘る。リョーマ達、ありがとう」
こうして落とし穴作戦がスタートした。龍馬達はゴルやエルザと強力して襲撃があった方角になるべく深い穴を掘る。簡単には出れない深さのものがいい。
四つほど掘り終わったところで千春とローランドが戻ってきた。地形を大まかに記録したようでノートに書かれた情報と地図を元に再び小屋で作戦会議だ。
「村がここ。襲撃方向がこれで……そんでさっきあんた達が掘った落とし穴がこれね。うーん……ローランド、襲撃があった人数はどれくらいだったか覚えてる?ざっくりでいいわ」
「そうですね……襲撃は全部で三回。最初の襲撃では人間だけで10人前後、その次にビーストマスターを含めた15人前後とモンスターが数体。一番新しい最後の襲撃では……すみません、この時はあまりに多くて数える暇もありませんでした」
「ん、いいわ。その話から仮定して敵は20人から30人程度ね。相手が相手だから元々は別々だった複数の集団が徒党を組んでる感じかしら。だとしたら罠も人数もまだ足りないわね」
時として野盗達はより確実に獲物を物にするために少数の集団が協力して規模を大きくする時がある。クエルクス村に金銀財宝の類いはないが、サルーンが狩ってきた獣の肉や希少な皮などが狙いらしい。
特にレッドボアの皮やワイルドベアーの皮は様々な武具の品質の高い素材として高く売れる。クエルクス村を何度も襲うには充分な理由があるというわけだ。
「それならスネアトラップも仕掛けようぜ」
勇斗の提案、スネアトラップ……こちらも古典的な罠のひとつだ。木の枝に括りつけた縄の先に輪っかを作って地面に設置する。この輪っかに踏むと作動する仕掛けを作れば対象がこれを踏んだときに輪っかが足を縛り上げて木に逆さ吊りにしてしまう罠だ。決して髪の毛が某金持ち坊っちゃんキャラのように三本に尖る罠ではない。
「いい案ね。なら村から離れた辺り……落とし穴より遠い位置の木が多い場所に沢山作りましょう。さあ、そうと決まればあんた達は縄をかき集めてきて!私とローランドでトラップの位置を定めておくわ」
「へいへい」
千春の指示で龍馬達は一度ポータルで帝都に戻って縄の買い出しに行った。その間にローランドと千春はスネアトラップが有効そうな木に目印をつけておく。
視界の利きにくい森の中での奇襲や待ち伏せ、罠は非常に有効だ。特に人数差がある場合はこういったゲリラ戦術が必須となる。ベトナム戦争においてあの軍事大国アメリカをも退かせたベトナム兵のジャングルにおけるゲリラ戦がいい例だろう。
二人が小屋に戻るとサルーンが一匹のブラウンボアを狩って戻ってきていた。千春はここでローランドの代わりに防衛の作戦を彼に提案する。が、しかし……
「ハッ!めんどくせえ!だから言ってるだろうが!いちいち罠なんか仕掛けて捕まえるよりぶっ殺しちまえば手っ取り早いってよ!ま、そこで女の影に隠れてる腑抜けのオークには無理だろうがな!」
やはりサルーンは皆殺しの一点張りだ。血の気が多いオーガならば仕方がないかもしれないがそれはまずい。ローランドが述べた通りのリスクが村に降りかかることになる。だが千春はそんなサルーンを前にして一歩も退かない。
「事情は聞いたわ。でもここで人間に大して規模の大きな殺しをすればもう村どころじゃなくなる。最悪ここに住めなくなるわよ。少しはその筋肉だらけの脳ミソ働かせなさい」
「んだと、このガキ……!調子に乗りやがって!!」
サルーンは千春の言葉に激昂し、彼女の胸ぐらを掴んでまさしく鬼の形相で睨み付ける。だが千春は全く動じない。
「あら、私を殺す?それなら別にいいわよ。ただし私に手を出せば野盗を殺すよりもっと厄介なことになるわ。あなたは帝国を敵に回し、斎藤達まで怒らせることになるわよ。言っとくけど斎藤のやつを人間だと思って甘く見ない方がいいわ。あいつを怒らせたら最後、あなたは地獄を見るでしょうね。あいつは私達の地元じゃ"龍"って呼ばれるほど強い男よ。あいつと喧嘩して無事でいられた奴なんてただの一人もいない。その気になれば一国の王城にだってカチコミかけるような奴だもの。それでもよければ……やってみる?」
ただのガキにそんな力があるはずがない━━━━サルーンはそう思ったが彼女が嘘を言っているとも思えない。それにようやく見つけたこの場所を追われて住処に困るのは
「……チッ!」
「サルーン、彼女達は唯一の協力者です。ここは力を合わせましょう。あなただって本当は━━━」
「それ以上は言うな!……おいガキ、お前らそこまで啖呵切るからには何かいい案があるんだろうな?」
「ええ。今その準備中よ。そしてサルーン、あなたにもやってほしいことがあるわ」
「……何だ」
「お前ら、いい頃合いだ。行くぞ」
「へい、親分」
「へへ、オークやオーガが手を出すのを躊躇うなんてチョロい仕事だぜ」
深夜、野盗の集団が行動を開始した。無論、クエルクス村を再び襲って食料や高く売れる皮等を奪うためだ。
しばらく間を開けたからきっとまた物資を溜め込んでいるに違いない。野盗達はそう考えて今夜また村を襲おうと考えたのだ。
騎士団の保護下にあるなどと看板はあるがこんな森まで、しかも深夜に襲撃があったとて帝国の兵士や騎士団がすぐに駆け付けたり張り込んだりするとは考えにくい。それに夜の森での行動なら街にいる騎士団なんぞより自分達の方が動き慣れている。いざというときはすぐに撤退すればよいのだ。野盗達はそう考えていた。
「おかしなゴーレムもいるから警戒するに越したことはないが……おい、獣の準備は大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。俺の可愛いペット達も早く暴れたくて仕方がないってよ」
ビーストマスターの男はそう言って唸りを上げるワイルドベアーとブラックボア、そしてスライウルフ達を撫でる。かなり腹を空かせて気が立っているようだがやはりビーストマスターには従っている。
と、その時だ。
「うわっ!?」
「わあっ!?」
「ひゃあっ!!」
突然何人かの野盗達が空へと飛び上がった。否、飛び上がったのではない。龍馬達が仕掛けたスネアトラップによって空中に逆さ吊りにされたのだ。
「な、なんだ!?」
「わ、ワナだ!!お前ら気を付けろ!!」
野盗のリーダーが叫ぶが時既に遅し。一人の男が足元のワイヤートラップに引っ掛かって紐が千切れた瞬間、頭上から宙吊りになった巨大な丸太が凄い勢いで振り子のように迫り、野盗達をまとめて吹き飛ばした。
既に8人近い人数がトラップに引っ掛かった瞬間、野盗の集団に混乱が走る。それを何とか沈めようとリーダーは叫んだ。
「お、落ち着け!!無闇に動くな!!どこにワナがあるかわからんぞ!!」
そう叫んだ瞬間、今度はワイルドベアーが突然あらぬ方向へ走り出した。
「お、おいどうした!?どこへ行く!?」
ビーストマスターは呼び止めるがワイルドベアーは止まらない。スライウルフはなんとか引き留めたが二匹のブラックボアはワイルドベアーに続いて走り出してしまった。
二匹が走った先には大量の肉が無造作に置かれている。さらに肉にはたっぷりの獣の血がかけてあり、腹を空かせた猛獣からすればこれ以上ないご馳走だ。
しかしビーストマスターからすればそれは明らかに罠だとわかる。しかしそんなことが空腹の獣にわかるはずもない。
「今だ、撃て!!」
何者かの声と同時に肉に喰らいついていたワイルドベアーとブラックボアが木の上から一斉に矢を放たれる。さらにそれと同じくして聞いたこともないような轟音が連続して鳴り響いた。そう、木の上で待ち伏せていた龍馬達である。サルーンやローランドが弓矢を放ち、龍馬達がライフルやショットガンで滅多撃ちにしたのだ。
「グオァァァァァ!!」
「バヒイィィィィッ!!」
矢と銃弾の攻撃を一斉に受けた獣達は手負いとなってその場で暴れ始めた。
「ようやくコイツを使う時が来たわね。待ってたわ、この瞬間を!!さあ、粉微塵になりなさい!!」
千春がM79グレネードランチャーから榴弾を放つ。スポン、という音と共にランチャーから撃ち出された榴弾が獣達の集団の真ん中に着弾する。
次の瞬間榴弾が爆発音を立てて炸裂し、三匹の獣は手足や内臓を吹き飛ばされて文字通り木っ端微塵と成り果てた。
度重なるトラップに加えて一番の戦力であった獣が倒され、さらに謎の轟音や爆発音で野盗達はさらに混乱に陥った。そして━━━━
「「「うわあぁっ!?」」」
遂に落とし穴に引っ掛かった。穴はかなり深く易々と抜け出すことは出来ない。次々に落とし穴にはまる野盗達。気付けば30人強いた集団はリーダーを含めわずか14人とスライウルフ数匹となってしまった。
「何者だ!!で、出てきやがれ!!」
「よっと」
木の上から龍馬と勇斗が飛び降りてくる。目の前のこんなガキがこの罠を仕掛けたのか━━━━そう思い野盗のリーダーは歯軋りした。
「てめえら……よくもこんな真似を……!!」
「こんな真似?それはこっちのセリフだクソ野郎共。ここを村にするために協力したのは俺達なんだからな。お前らみたいなチンピラに好き勝手させるわけにはいかねえんだよ」
「野郎……!!おい、あいつらを餌にしてやれ!!」
「へい!……お前達、行け!!」
ビーストマスターが命じるとスライウルフ達が一斉に走り出した。その牙で龍馬達の喉元に喰らいつくために。だが相手が悪かった。
「龍馬、任せろ」
勇斗は慌てることなくカウボーイハットの鍔をくいと上げると腰のホルスターに素早く手を伸ばした。
スライウルフ達が一斉に飛び掛かるのと銃声が響くのは━━━━ほぼ同時だった。
「うりゃあ!!」
目にも止まらぬSAAの早撃ち。まるで一発にも聞こえるほどの銃声。次の瞬間、四匹のスライウルフ達は物言わぬ屍となって力無く地面に落ちた。
「な……な……な……」
ビーストマスターはわなわなと震えた。あのスライウルフが一瞬で"何か"に射抜かれた。原理はわからないが……あの少年が持っている武器のようなものであることは気付いた。
「ヒューッ!流石だな勇斗。生まれる時代を間違えるだけのことはある」
「おうよ、俺が西部開拓時代のアメリカに生まれてたら伝説になってたってのによ」
たじろぐ野盗達を前にそんな冗談を余裕で放つ勇斗と龍馬。これでビーストマスターの手の内は全て潰した。それと同時に木の上からローランドやサルーンも降りてくる。
「暴力は好みませんが……仕方ありません!」
「よくも散々好き勝手やってくれたな……このお礼はたっぷりさせてもらうぜ!」
「さて、チンピラ共にはきついお仕置きが必要だな。行くぜ!」
龍馬と勇斗は銃をしまうとローランド、サルーンと共に素手で戦闘態勢を取る。モンスターさえ始末すればこちらのものだ。修羅の国こと福岡仕込みの喧嘩技、とくと思い知らせてやろう。
「く、クソッ!やれ!叩きのめせ!」
リーダーの男は残った部下に命じて龍馬達との戦闘を開始する。が、強者との戦いを数多く積んだ彼等に加えてオークとオーガがいるのだ。
しかし結果は散々だった。龍馬と勇斗の喧嘩技、そしてローランドとサルーンの怪力の前では戦力の大半を失った野盗達など敵ではない。
「ひ、ひぇっ!!」
「あ、あんなのに敵うわけねえよ!!」
何人かは慌てて逃走を試みる。しかし彼等は気付いていない。自分達が既に八方塞がりだということに。
逃げた先、岩の塊にぶち当たった。否、岩の塊ではない。ゴルである。騒ぎに乗じてこっそりと野盗達の背後に回り込んでいたのだ。
「お前達、許さない。ローランド、サルーン、傷付けた。エルザ、泣かせた。オレ、お前達……許さない!!」
ゴルの豪腕が一人を弾き飛ばして気絶させ、二人を鷲掴みにして抱え上げた。そしてあらかじめ建てておいたサルーン特製の木造の檻に三人を放り込んだのだ。
「す、すごい……リョーマ達、すごく強いんだね……」
「うん!リョーマはね、色んな敵と戦って……そして勝ってきたんだ。もちろんハヤトもね」
「あいつらほんっとーに喧嘩バカだからね」
木の上に避難したままのディレットとエルザ、それに千春は眼下で乱闘を繰り広げる龍馬達を見る。そんなやり取りをしてるうちにあらかた片付いたらしい。叩きのめされた野盗達は縛り上げられ、落とし穴やスネアトラップにかかった連中も同じ末路を辿った。安全が確保されたため龍馬の号令で女性陣も木から降りる。
「これで全部だな」
襲ってきた連中はこれで全て捕らえた。
……いや待て、何か足りない。そうだ、あのリーダー格の……
「動くな!」
「ひっ!?」
いつの間にかエルザの背後に忍び寄っていたリーダーの男が彼女を背後から羽交い締めにした。首元にはナイフを突きつけられている。
「てめぇ!!」
「おっと、お前らもだ!動くんじゃねぇ!動いたらこの女の命はねえぞ!」
龍馬が近づこうとするがナイフは既にエルザの首の肌に当たっている状態だ。少しでも男が力を入れればあの刃がエルザの頸動脈を貫くだろう。男はエルザを盾にしたまま自分一人だけ逃げようとしている。
「や、やめて……」
「うるせえ、一つ目の化け物め!大人しくしてろ!」
「…………って……」
エルザはぽつりと何かを呟いた。そして次の瞬間、龍馬達は信じられない光景を目の当たりにする。
「あん?」
「……やめろって言ってんのよ、このチンピラぁぁぁ!!!!」
ゴキッ、と嫌な音が響くと同時にエルザは男を背負い投げで地面に叩き付けた。全身に広がる激しい痛み。そして男の右腕はあらぬ方向へと曲がっていた。
「あがっ……!!ぎゃああぁぁ!!腕があああぁぁぁ!!」
有り得ない方向に曲がった腕、襲いくる激痛。痛みに耐えきれず叫ぶ男の上にエルザは馬乗りになる。
「よくも……よくも私達の村を……!!」
「!いけません、エルザ!!」
「うらああぁぁぁぁっ!!」
「ひ、ひいぃぃぃっ!!」
ローランドが止めようと走るが間に合わない。エルザは上げた拳を男の顔面目掛けて思いきり振り下ろし━━━━
次の瞬間、男の顔の隣の地面が音を立てて大きく抉れた。
あまりの光景に龍馬達はただただ絶句するだけだった。
「……俺は外でゴルと縛り上げた連中を見張ってる。話したいことはその間にしな」
珍しくサルーンが気を使って小屋から出ていった。エルザは部屋の中央のテーブルにある椅子に腰掛けてうつむいたままだ。
「……エルザ。もう話してもいいでしょう。あの光景を見られた以上、リョーマさん達には話しておくべきです」
「ええ……わかってる」
ローランドが促すとエルザはしばらく黙り込んでからやがて話し出す。自分に秘められた過去を。
「本当はリョーマ達にあの姿を見せたくなかった……サイクロプスとしての力を……」
彼女は語る。巨人としての体格は失われたものの、サイクロプスとしての力は未だこの血に流れていると。そして彼女に秘められた壮絶な過去が明らかになる。
「私は……東のガラド大陸出身なの。そこで長い間……"
エルザは言う。幼い頃に両親を病気で失ってから一人で生きていた時に奴隷商人に捕まり、"とある国"に売り飛ばされ……その国でサイクロプスとしての力を買われ、"
「相手はモンスターだったり……人間だった時もあった。でも殺さなければ……私が死ぬしかない……」
今でも対戦相手となった奴隷が死の恐怖に怯える顔が忘れられない、その顔を今も夢に見ると彼女は語る。そして彼女は拳闘士として得たわずかばかりの金貨を日々貯めて奴隷商人を買収し、国から脱出したのちに船による密航でここまでやってきたのだ。
満身創痍となっていたエルザを保護したのは薬草を取りに出ていたローランドだった。当時の彼女は痩せ細り、目も虚ろでまるでサイクロプスとは信じられなかったという。
「私が彼女を保護できたのは幸運でした。いくらエルザでもあの衰弱しきった状況で野盗の集団に襲われてはひとたまりもありませんからね」
「そうか……だからエルザは俺があの時"か弱い女性"って言った時に……事情も知らずに勝手にそうだと決めつけて俺は……」
「いいの、気にしないで。ハヤトは何も悪くないわ」
"か弱い女性"だと勝手に決めつけて罪悪感を募らせてしまった勇斗。そんな勇斗を見てエルザは優しく、しかし申し訳なさそうに微笑みかける。黙っていた自分も悪かったと。
「あんな風に襲われると今でも頭に血が上るの。過去のトラウマか、それともサイクロプスとしての血がそうさせるのかはわからないけど……」
エルザの事情を知っているローランドはなるべく彼女を前線に立たせないようにした。あくまでも"か弱い女性"を演じるために。彼女にこれ以上命のやり取りをさせないために。
「ごめんなさい……一つ目で、怪力の化け物で、仕方なかったとはいえ過去には闘技場で相手を何人も殺してる……そんな怪物と交流なんてしたくないよね……」
「俺はそうは思わねえな」
うつむくエルザを前に龍馬は頭をかきながら気だるげに語る。
「生き延びるために拳ひとつで戦い抜いてここへ辿り着いて……村を守るために封じていた力を使って戦った。簡単にできることじゃねえさ。それに比べて何の害もない魔族がひっそり暮らしている村に押し掛けては略奪していくあのチンピラ達みたいな人間の方がよっぽど俺は化け物に見えるな。目の数なんて問題じゃない」
確かにエルザの力は驚いたが、正直言って別に彼女を蔑むほど自分達は落ちぶれてはいない。それにエルザより自分の母親の方がよっぽど化け物なんだよなあと龍馬は密かに思う。あれに比べたら可愛いもんだ。
それにエルザの過去など今さら関係ない。それを聞いたところで自分達の気持ちが変わるはずもない。エルザはエルザなのだ。みんな誰しも話したくない過去のひとつやふたつやある。
「リョーマ……」
「あんまり気にするなよエルザ。ここにいる全員、何とも思っちゃいねぇさ」
その言葉にディレットも、勇斗も、千春も頷いた。誰も彼女の過去を蔑む者はここにはいない。
「……ありがとう、みんな……」
「いいってことよ。よし、みんなで飯でも食おうや。レトルトのカレーとカップ麺持ってきたからよ」
龍馬はバッグからレトルトカレーとパックご飯、それにカップ麺を多数取り出した。これで外の焚き火に当たりながら夕食にしようというのが彼の提案だ。
でも、と遠慮がちになるエルザをディレットと千春が半ば強引に連れ出し、ローランドは先に焚き火に吊るした鍋で湯を沸かしている。そのうち見張りに立っていたサルーンもゴルに見張りを任せて戻ってきた。
パックのご飯とレトルトカレーを湯煎で温め、沸いた湯をカップ麺に注いで待つ。ようやく全員分の食事が用意できた。
「「「「いただきまーす!」」」」
ローランド達は最初困惑していたものの、良い香りと龍馬達の食べっぷりを見てレトルトカレーとカップ麺に手をつける。
「む!この"かれー"というのは……様々な香辛料が含まれていますね!スパイシーで香りも味も良い、興味深い料理だ」
「へえ、これが異世界の食い物か。最初は泥みてぇな気持ち悪いモンだと思ってたがよ、味はなかなかいいじゃねぇか。こっちの麺が入ったスープもうめぇ」
「こんなに手軽に美味しくて温かい料理が食べられるなんて……なんだかとても贅沢だわ。身体も温まるわね」
三人に異世界の料理は気に入ってもらえたようだ。特にサルーンはかなりお気に召したらしく、あっという間に平らげてしまった。そんな中、エルザはゆっくりと器に匙を下ろす。
「……エルザ?どうしました?」
「いえ……なんだか……とても嬉しくて」
自分にはローランドやサルーン、ゴルがいたから寂しくはなかった。それでもそれ以外の者達とこうして大勢で火を囲いながら食事を共にするのがとても楽しいのだ。ほぼ奴隷とも言えるような地獄の日々が続いたあの頃の自分からすれば……考えられないような出来事だ。
食事を終えて後片付けをすると龍馬は「悪党達は後日村まで帝都の衛兵達が身柄の確保に来てくれるから」と言い残してポータルで仲間と共に向こうの世界へと帰っていった。それをローランド達は見送り、寝床に入ろうとする。特に狩りと防衛作戦で疲れていたサルーンは真っ先にいびきをかき始めていた。
そんな中、まだ焚き火の日を見つめているエルザの姿にローランドは気付いた。
「エルザ、どうしたのです?」
「ねえ、ローランド。リョーマ達のいる"ニホン"って楽しいのかな?」
「……私には確かなことは言えませんが、リョーマさん達のような人に恵まれれば楽しいのかもしれません」
こちらの世界の人間も多数暮らしているという異世界の国、ニホン。文明の進んだその国ならではの文化や技術、そして人々に対する興味がエルザの中で芽生えつつあった。
もちろんローランド達と暮らすこともとても幸せだ。あの頃の自分と比べれば遥かに。それでも……一度芽生えたこの感情が無くなることはない。
エルザはそれ以上は何も言わなかったが、ローランドは彼女の心の奥底にある気持ちに気付きつつあった。