アナザー・ディメンジョン -異界交流記-   作:誠龍

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第14話 コミックシティ福岡開催

6月。ディレットが異界に来てから三ヶ月。中間テストも終わり、ひと安心の龍馬達。テストの成績はというと、勇斗は横ばい、ディレットは異界人の中で上位、千春は学年7位と高成績。そして肝心の龍馬は千春の指導が実を結んだのか、本当に僅かではあるがやや上位に上がった。

これは龍馬にしてみれば大きな進歩だった。

とある日の昼休み、いつもの屋上にていつもの四人に加え、龍馬が誘って一緒にやってきたアメリアと凛も加わって昼食を取っていた。

 

「こみっくしてぃ?」

 

購買のパンを頬張りながらアメリアはきょとんとした顔で言った。

 

「そ。今度の日曜の昼11時から昼過ぎの15時までの四時間、ヤフオクドームで開催されるんだ。それでさ……」

 

勇斗は弁当のおかずをつまんで一口食べ、飲み込んだあとに続けて言う。

 

「龍馬とディレットの他にアメリアとか凛ちゃんにも手伝い頼めないかなって思ってよ。俺はスケブとかも頼まれるし、今まで龍馬に任せっきりで俺も龍馬もあんまりサークル回る時間がなかったから人手が多いと助かるんだよ」

 

勇斗がサークルを立ち上げたのは中学生の頃である。最初はぽっと出のサークルなど見向きもされないが、努力を重ねて絵のクオリティを高めるうちに徐々にネット上でファンが増え始め、今では大人気の……とまではいかないが、それなりに人気のある絵師の一人となっている。

だがそれと同時にイベント当日は一人では捌ききれない忙しさとなり、龍馬に手伝ってもらっているのだが、自分がスケブ※を頼まれた場合、売り子の手伝いが出来なくなるため自分や龍馬がサークルを回る時間が無くなってしまう。せめて一人は戦力が欲しかった。

(※スケブ・・・『スケッチブック』の略。同人イベントでスケッチブックや色紙、ノートなどを持ち込んでその場でサークルの絵師にイラストを描いてもらうことを指す)

 

「私はいいよ」

 

そう言ったのは凛だった。

 

「マジで?いいの?」

 

「うん、ライブ活動用のコスプレ用の衣装とかもいくつか持ってるから売り子には向いてると思うな」

 

「ありがてえありがてえ!今回は既刊の東方誌3冊とガルパンの新刊1冊を出すんだけど、そのキャラの衣装とかあったりする?」

 

「ガルパンはないねー。でも東方の衣装なら霊夢のやつが一着あるからそれ持っていこうか?」

 

「オナシャス!ありがとごぜえやす!」

 

売り子が女の子でしかもコスプレイヤーならありがたい。しかも作品にまで衣装を合わせてくれるとは至れり尽くせりだ。勇斗は凛に拝むように礼を言った。

 

「なんか楽しそうだし、あたしも手伝うよ」

 

「私も手伝ってみたいな」

 

アメリアとディレットも賛同する。

二人はコスプレイヤーなどではなく、異界から来た本物のエルフとセイレーンだ。これは大きな戦力となる。

 

「いいねぇ、いいねぇ、今回のコミックシティは華が沢山あるねぇ」

 

勇斗はうんうんと頷きながらチラリと千春を見る。

 

「な、何よ」

 

しばらく千春を見たあと勇斗はハァ、とため息をつく。

 

「こ、このゴリラ!!」

 

勇斗の頭に千春のげんこつが直撃し、火花が飛んだ。

 

「いって!!」

 

「何よ!?私は華じゃないとでもいうの!?」

 

「すんませんすんません許して下さい何でもしますから何でもするとは言ってない」

 

「……お前の場合華っていうよりは棘だよな」

 

盛大な燃料投下である。ボソッと龍馬が呟いたその一言が千春の耳に入り、龍馬もげんこつをもらってしまったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

日曜日。コミックシティ当日。

開催地は福岡ヤフオク!ドームである。

福岡ヤフオク!ドームは通称ヤフオクドームと呼ばれており、福岡市中央区の埋め立て地域であるシーサイドももちこと地行浜に建設されている。

元々は福岡ドームという名称であったのだが、2005年にヤフーが福岡ドームの命名権を獲得、福岡ヤフードームと改名し、2013年に現在の福岡ヤフオク!ドームへと再度変更された。

福岡のプロ野球球団である福岡ソフトバンクホークスの本拠地であり、ドーム球場の大きさとしては日本最大級である。

併設されている曲線を描いたような形が特徴的な巨大なビルはヒルトン福岡シーホーク※という高層ホテルであり、福岡市内では三番目に高い建物である。

(※2017年2月現在での名称です)

龍馬達は西鉄バスでドームへと向かっていた。

 

「暑い……」

 

ディレットが呟いた。

当然である。コミックシティの日の地下鉄やバスは来場者で混んでおり、まさにすし詰め状態なのだ。

さらにコスプレイヤーの来場者は荷物や衣装を大きなバッグやキャリーケースに入れて持ち歩くため、余計にスペースが取られてしまう。

 

「我慢しろ、もうちょいだから」

 

そういう龍馬も額に汗を浮かべている。

季節はもう6月だ。徐々に夏の日差しが強くなりつつある。この日は晴天に恵まれており、皮肉にもそれがすし詰めの車内をさらに暑くさせる要因になっていた。

冷房は効いているのだが、車内の熱気がそれを上回ってしまっている。

 

 

バスに乗ること約30分あまり。

バスはヤフオクドーム前のバス停へと到着し、龍馬達をはじめとした乗客はようやく車内から解放された。

 

「うわあ……おっきな建物だねー……!」

 

福岡ヤフオクドーム。そして併設されているヒルトン福岡シーホーク。そのあまりの大きさにディレットは感嘆の声を漏らした。

 

「さ、行こうぜ。入り口近くで勇斗達が待ってるはずだ」

 

龍馬とディレットはバス停前の歩道橋を渡って反対側の歩道へと渡り、ドームへ向かって歩を進める。

しばらく歩くとドームの入り口へと続く階段の前に勇斗、アメリア、凛の三人がいた。

 

「おー、おはよう。待ってたぜ」

 

「すまん、待ったか?」

 

「なに、まだ9時半だ。設営には間に合うさ。お前らの分のサークルチケットは取ってあるからすぐ入場出来るぞ」

 

「いつも悪いな。……ん?ところで須崎は?やっぱり来てないのか?」

 

「来るらしいけど一般参加で来るんだってよ。だから11時以降だな」

 

「そっか。なんだかんだでやっぱり来るんだな、あいつ」

 

コミックシティの開始は午前11時からだが、サークル関係者は9時から入場可能だ。その際にサークル関係者であることを証明するサークルチケットが必要になる。

龍馬達は入口である5番ゲートのサークル入場列に並び、しばらく並んだ後にドーム内部へと入っていった。

ゲートからドーム内部の廊下を抜けると外野スタンドへの入口がある。外野スタンドの階段を降りればようやく会場だ。

果てしなく広い観客席と会場、そして高い天井を見てディレットとアメリアは驚きの声を上げる。

 

「うわぁ……すごい広い……」

 

「闘技場みたいだね……」

 

階段を降りたところでキャリーバッグを持った凛と別れた。彼女はコスプレ衣装に着替えるために更衣室へと向かったのだ。

 

「えーと、Iの60ab……Iの60ab……おっ、ここだここだ」

 

勇斗のサークル"アーミーズギア"のスペースには既に配達業者によって印刷物の入ったダンボールが積まれている。

 

「よし三人とも、本やら飾りやら置くから設営手伝ってくれ」

 

「おう」

 

「はーい」

 

「まかせて」

 

ダンボールから勇斗の同人誌を取り出す。相変わらずいかつい顔に反してイラストは可愛い。

 

「ハヤトの絵、かわいい絵だね」

 

「うん、すごいね!あたしなんて絵心ないからなんにも描けないよ。ハヤトが羨ましいな」

 

「よせやい、照れるぜ」

 

雑談をしつつテーブルクロスを置いたり、同人誌やらチラシやらを置いていく。

全ての飾りと配布物を置いたところで勇斗はスペースの写真を撮影し、ツイッターにアップロードする。

 

「『アーミーギア、設営完了です!今日はレイヤーの女の子とエルフとセイレーンの女の子がお手伝いに来てくれています!』と……」

 

時間は午前10時半。開場まであと30分だ。

その時、赤い巫女服に身を包んだ凛が現れた。

 

「お待たせ~。設営終わったみたいだね」

 

「わー!リン、素敵な服だね!これが"こすぷれ"ってやつ?」

 

アメリアが衣装の袖や裾をくいくいと引っ張る。

 

「そ。漫画とかアニメとか架空のキャラクターの衣装を着てそのキャラクターになりきるの」

 

凛はその場で軽くくるっと回り、長いスカートを翻した。

 

「おー、いいねぇ凛ちゃん。じゃあ設営終わったし、後は残った時間で周りのサークルさんに挨拶しとこうかね。アイサツは実際大事。古事記にもそう書かれている」

 

勇斗は左隣のサークルに挨拶した後、今度は右隣のサークルに目をやる……が、まだ誰もいない。開場まであと15分しかないのにダンボールだけが置かれっぱなしだ。

と、その時である。向こう側から猫耳と尻尾を生やした獣人族の少女がやってきた。

ずっと走ってきたのか、息を切らしながら慌ててダンボールを開けようとする。が、なかなか開かない。しかもどうやらこのサークルは少女一人だけのようだ。

 

「あの~……」

 

「っ!?はっ、はいっ!」

 

勇斗が話し掛けると少女は慌てて返事をする。

 

「よかったら手伝いましょうか?」

 

「えっ?いえ、そんな……」

 

「でももう時間ないですよ?困った時はお互い様です。さ、早く設営しちゃいましょう!」

 

勇斗は慣れた手つきでテキパキと設営を進めていく。そのおかげか時間ギリギリで設営完了することができた。

 

「あぶね、時間ギリギリ。……なんとか間に合ってよかったですね」

 

「は、はいっ!ありがとうございます!」

 

少女はぎこちなく微笑んだ。

 

「あ、そうだ。自己紹介がまだでしたね。自分、隣のサークル"アーミーズギア"のジョナサンです。今日はお隣同士よろしくお願いします」

 

「わ、私、"フラワーキャット"のツバキっていいます……設営の準備手伝ってくれて本当にありがとうございます……その……今日がコミックシティはサークルでは初参加で……前日緊張して眠れなくて……」

 

「あー、あるある!俺も初めての時は緊張して眠れなかったですよ!その気持ちわかります!」

 

うんうんと頷きながら微笑む勇斗。いかつい風貌の勇斗だが、この温厚さや人当たりの良さが彼が人に好かれる要素でもあった。

 

「そういやこれは油絵ですか?とても綺麗な絵ですね!」

 

少女の配布物は二種類の本がそれぞれ10部ずつ。それらには油絵の風景画が描かれていた。

 

「俺、背景描くのは苦手だから風景かける人は尊敬しますねー!」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

あまり人と会話することに慣れてないのか、ぎこちない返事をするツバキ。

 

「今日はお互いイベント頑張りましょう!」

 

「は、はい……!」

 

二人がそこまで会話をしたその時、会場にアナウンスが流れた。

 

 

「"ご来場の皆様にお知らせ致します。只今より第○○会コミックシティ福岡を開催致します"」

 

 

アナウンスが流れてしばらくすると一般の参加者が次々と会場入りしてくる。

 

「さ!頑張ろう!じゃー、今日の売り子だけど流石に五人でスペースに固まるのは狭いし効率悪いからまずはアメリアと凛ちゃん、売り子してくれる?」

 

「おっけー!」

 

「まかせて!」

 

アメリアと凛は元気よく返事をした。

アメリアは異界人で同人誌即売会も初めてだが、ディレットと同じで飲み込みが早いのでまあ、大丈夫だろう。凛はこの手のことには慣れてるようだから心配ないはずだ。

 

「龍馬とディレットは先にサークルを回ってきていいぞ。そうだな……12時過ぎたら戻ってきてくれ。その時にアメリアと凛ちゃんと交代しよう」

 

「了解。じゃあディレット、行くぞ」

 

「うん!」

 

龍馬とディレットの二人は勇斗達に手を振りつつ、人混みの中に消えていった。

二人がいなくなった直後、勇斗のサークルに早くも客がやってくる。

 

「すみませーん、新刊くださーい」

 

 

「ジョナさん!スケブお願いします!」

 

 

「既刊と新刊両方ください」

 

 

主に金銭の管理や計算は勇斗が行い、スケブ中は金銭管理と計算を凛が行う。

レイヤーの女の子とセイレーンの女の子の相乗効果もあるのか勇斗の新刊と既刊は徐々にではあるが次々と売れていく。

 

 

一方その頃、龍馬達は……

 

 

「すごいね!色んな本やアクセサリーがいっぱい!」

 

コミックシティはオールジャンルのイベントである。アニメ・漫画・ゲーム・オリジナルやハンドメイドのアクセサリーなど様々な物が出品されており、異界では味わえない一大イベントにディレットは大はしゃぎだ。

 

「あ!リョーマ、見て見て!この本凄い!ニホン人の人が描いてるのにシルワ語が書かれてる!」

 

「ほんとだ」

 

ディレットが注目したサークルはファンタジー系イラストをまとめた本を配布しているサークルだ。サークル主は日本人の男性だが、文章にはシルワ語と日本語が書かれている。

 

「ありがとうございます。実はバイト先に異界から来たエルフの同僚がいましてね。少しでも雰囲気を出すために絵の解説や詩にシルワ語を入れたくて教えてもらったんです」

 

「へえ、凄いですね!あ、これ一冊ください!」

 

「はい、500円です。お買い上げありがとうございます」

 

\¥チャリーン¥/

 

…………

 

 

「このアクセサリー素敵!これください!」

 

「えーと……800円です。はい、確かに」

 

\¥チャリーン¥/

 

 

 

…………

 

 

 

「いらっしゃい。"どわあふがらす工房"へようこそ。おっ?お嬢ちゃんエルフかい?まあ、ゆっくり見ていってくれよ。ドワーフの俺っちが丹精込めて作った硝子細工の品々さ!」

 

「うわー……!綺麗だね……!」

 

「ドワーフの人も同人イベントにサークル出してるんだな……」

 

「この"びいどろ"ってやつください!」

 

「あいよ!1500円ね!」

 

 

\¥チャリーン¥/

 

 

 

…………

 

 

 

「あれー……?」

 

「どうした?」

 

ディレットは財布の中を覗いて困ったように言う。

 

「おこづかい……もう少なくなっちゃった……」

 

「同人イベントという孔明の罠である。誰しもそうなるのさ」

 

同人イベントは普段売っていない物を多く目にするため、ついつい財布の紐がゆるみがちである。

そのためオタク達は同人イベントの前には軍資金をたっぷりと溜め込んでいるのだ。備えあれば嬉しいのである。もちろん金欠参加の人間も多いが。

 

「よし、じゃあ次はコスプレエリアに行ってみるか」

 

ドーム北側の約3分の1のスペースはコスプレエリアとなっている。コスプレ撮影はこのスペースのみ許可されている(撮影さえしなければサークルエリアやスタンド席、及びトイレにコスプレのまま行くのはOK)。

 

「"こすぷれ"の人達凄いね!あれって自分で作ってるの?」

 

「まちまちだな。自分で作る人もいれば業者や知り合いに有料で頼む人もいる。さ、まずは撮影許可証を買うか」

 

撮影のみの場合はドーム入口かコスプレエリアで撮影許可証を300円で買う必要がある。

龍馬は二人分の許可証を買い、首からそれをぶら下げた。

 

「まずは気になる人がいたら声をかけて『撮影いいですか?』と聞くんだ。相手がOKを出せば撮影しよう。撮影する時は他の人の邪魔にならないように周りを確認しろよ?」

 

「うん、わかった」

 

「よし、なら……お、いい感じのガスマスクキャラ……すみません!撮影いいですか?」

 

「"はい、どうぞ!"」

 

龍馬はガスマスクに黒い軍服とエアガンで装備を固めたレイヤーを撮影する。

それを横目にディレットも気になるレイヤーを探す。

 

「えと……あの!」

 

「はい?」

 

ディレットが話し掛けたのはエルフの服装をしたニホン人だ。

 

「撮影……いいですか?」

 

「もちろん!うわ、緊張するなぁ……本物のエルフの人に声かけられちゃった」

 

ディレットは女性を撮影後、軽く雑談を交わす。

 

「凄いですね!エルフの民族衣装じゃないですか!しかもエルフ生地……」

 

「私、ファンタジー世界大好きでエルフが大好きなんですよ!だからエルフ生地買って自分で作りました!」

 

「自分で!?凄い……!」

 

その後も雑談を交わし、エルフ衣装のレイヤーと別れた後、龍馬とディレットは撮影を続けた。

 

「お、あそこのお姉さん素敵だな。撮らせてもらおう」

 

龍馬の好きな作品のキャラクターのコスプレをしている女性レイヤーがいた。しかし一眼レフを構えたカメラマンが先に撮影していたのでしばらく待つことにした。

 

「うーん、いいねー。じゃあもう一枚!」

 

 

……。

 

 

「じゃあもう一枚いいかな?」

 

 

……。

 

 

「じゃあ、これで最後ね!」

 

後ろに自分が並んでいるのに一人で撮影を続けるカメラマン。しかしようやく終わったらしい。

やれやれ、やっとかと思いつつ、龍馬はスマホのカメラを起動して準備する。が、その時。

 

「じゃあ、次はこっちのカメラで撮るからよろしく!う~ん、いいねいいね~」

 

カメラマンは散々撮影して人を待たせているにも関わらず、脇にぶら下げているもう一台の一眼レフカメラを構えて深くしゃがむと煽り視点で女性レイヤーを撮り始めた。スカートの中がギリギリ見えそうな視点で。この男、俗に言うローアングラーというやつだ。

女性レイヤーは困った顔でスカートの裾を押さえる。

その時、龍馬の怒りが遂に爆発した。

 

「おい」

 

龍馬は肩を掴んでカメラマンをこちらに向かせ、胸ぐらを掴む。

 

「ひっ!?な、なんだいキミは!?」

 

「後ろで俺が待ってんだろうが?見えてねえのか?あぁ?しかもてめぇ、ローアングラーだな?迷惑行為やめろや。スタッフに突き出すぞコラ」

 

「ひ、ひいっ!?すみません!すみません!」

 

カメラマンのTシャツが引きちぎれんばかりの力と握力でグググと引っ張る。直後に怯えまくるカメラマンの胸ぐらを突き放すと怒りの表情を見せる龍馬の眼光にカメラマンは慌てて逃げていった。

 

「……大丈夫ですか?」

 

「は、はい。ありがとうございます。あの人しつこくて……」

 

「たまにいるんだよな。ああいう輩が。あ、そうだ。俺も撮影していいですか?二枚程度で済むんで」

 

「全然!構いませんよ!お兄さん、助けてくれましたしそれくらい!」

 

「ありがとうございます!じゃあ、一枚目……」

 

 

 

 

 

 

 

時刻は12時近くになり、コスプレイヤーも増えてきた。

その時、勇斗のサークルに赤黒い衣装を着たコスプレイヤーがやってきた。

 

「いらっしゃいま……アイエエエエ!ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」

 

ゴウランガ!ハヤトのサークルに並んだのは赤黒の装束に身を包んだニンジャだ!ハヤトはNRS(ニンジャ・リアリティ・ショック)を発症!シライト・ウォータフォールめいて失禁!ナムアミダブツ!(◆イメージ◆※失禁が一切ない◆重点な◆)

 

「ドーモ、ジョナ=サン。テル・ニンジャです」

 

「ドーモ、テル・ニンジャ=サン。ジョナです」

 

二人は互いにオジギした。ただならぬアトモスフィア纏い、二人は会話を続ける。

 

「シンカン重点な。一冊ください」

 

「ヨロコンデー!シンカン500円(イェン)です!ドーゾ!」

 

「ドーモ。イヤーッ!」

 

ニンジャスレイヤーはニンジャ特有の投擲武器であるスリケンめいて500円玉トークンを投擲!

トークンはホーガン・スローめいて弧を描き、ハヤトのマネー・ポーチに的確にホールイン・ワンだ!ワザマエ!(◆実際◆※現実ではやってはいけない◆迷惑な◆)

 

「なんたるワザマエ!」

 

「ドーモ」

 

 

 

明らかに異質な会話を続ける勇斗と赤黒い衣装を着たレイヤーの会話にアメリアと凛は付いていけなかった。

 

「何……アレ……」

 

「さあ……」

 

おかしな会話の後、普通の会話を始める勇斗とレイヤーの男性。

 

「いやー、ジョナさんはいつも乗ってくれるから好きですよ!あ、新刊ありがとうございます」

 

「いえいえ、こちらもテルさんのコスプレいつも楽しみにしてます!本当にいつもありがとうございます!」

 

その後、テルという男性レイヤーが去ったのと入れ替わりに龍馬とディレットが戻ってくる。

 

「おつかれー。じゃー代わろうか」

 

「お、助かるぜ。じゃあしばらく回ってくるからあと頼むわ。……ん?」

 

勇斗が何かに気付く。向こう側から見慣れた顔がやってきた。千春だ。

 

「やっと見つけた……。エリアの見方が分かんなくて探したわよ」

 

そう言う千春の手には戦利品であろう手提げ袋が。どうやらかなり満喫しているようだ。

 

「あんだけ偏見まみれだった奴が一番楽しんでんじゃねーか」

 

「う……いいでしょ別に……。それはそうと勇斗、これあんたの漫画?へえ……結構絵上手いのね。ゴリラのくせに」

 

「ゴリラの知能なめんなよ。あ、そうだ。須崎、もう大体回ったなら龍馬とディレットを手伝ってくれねーか?」

 

「……まあ、構わないけど」

 

「よっし、じゃあ頼んだぜ」

 

勇斗、アメリア、凛の三人は龍馬とディレットと千春の三人と交代し、会場内を回るためにサークルを離れた。もちろん、この間はスケブは受け付けられない。

三人が交代してからしばらくするとぼちぼち既刊と新刊は売れていく。一時間ほど経つ頃には新刊は完売した。

新刊の完売とほぼ同時に勇斗達も戻ってきた。

 

「おかえり。新刊は完売したぜ」

 

「おー、サンキュー!」

 

しかし新刊の完売を喜ぶ勇斗の隣のスペースでしゅんとうつむいているツバキという半獣の少女。どうやらあまり売れていないようだ。

すると勇斗はツバキのサークルの前に立ち、二種類を一冊ずつ手に取った。

 

「すみません、これ二冊ください」

 

「え……?あ、はい……!えと……一冊300円なので……二冊で600円です……」

 

「すみません、俺にもその二種類を一冊ずつください」

 

「私も!」

 

「あたしも!」

 

皆がこぞってツバキの画集を買う。

 

「皆さん……ありがとうございます……!」

 

深く頭を下げるツバキに対し、勇斗は答える。

 

「ツバキさん、あんまり気を落としちゃいけませんぜ。初めてのサークルなんて誰もが見向きもされなくて当たり前なんです。俺も最初はそうだった。でも、"好き"を形にしていたらきっと同じものが好きな仲間に出会える。そうしたらもっと頑張ろうって思える。それが同人イベントなんです」

 

「ジョナサンさん……ありがとうございます……」

 

「その"ジョナサンさん"って言いにくいでしょ?ジョナさんでいいですよ!あ、"さん"は敬称ね」

 

勇斗は軽くウインクした。正直言ってキモい。

が、今それをツッコむのは野暮というものだろう。龍馬達は黙って見守ることにした。

 

「は、はい!あ、あの……今日はありがとうございます……おかげで自信が付きました……!」

 

「いえいえ。同人活動をする者同士頑張りましょう!」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、今日は楽しかったねー」

 

戦利品の入った袋を抱えたディレットがほくほくとした笑顔で言う。

 

「次は9月開催かぁ。また行きたいな」

 

アメリアも色々な戦利品 (主に同人音楽CD)が入った袋を抱えて嬉しそうにしている。

今までにない大所帯で参加したコミックシティももう終わりの時間だ。ドームを出て地下鉄唐人町駅に向かう (帰りのバスは行き以上に込むために地下鉄で帰ることにしたらしい)龍馬達一行。

 

だがその帰り道。

 

「ねえねえ、一枚!一枚だけ!いいでしょ?ねえ!」

 

「い、嫌です……写真はお断りしてます……」

 

ツバキが悪質なカメラマンに絡まれている。

よく見るとそのカメラマンはあの時龍馬を怒らせたカメラマンだった。

何度もツバキが断っているにも関わらず、しつこく写真をせがむカメラマン。

 

「あいつ……!また迷惑行為を……!」

 

龍馬が駆け寄ろうとした時、勇斗が進路を手で遮って言い放つ。

 

「俺がやる。お前は手を出すな」

 

「……わかったよ」

 

勇斗はズンズンと歩いてなおもツバキにしつこく写真を迫るカメラマンとツバキの間に割って入り、カメラマンの腕を掴む。

 

「ひっ!?いでっ!いででででで!!」

 

まるで万力にでも挟まれたかのように凄まじい握力で手首が締め付けられ、みるみるうちに手首の感覚が麻痺してくる。

 

「えっ……!?ジョナ……さん……!?」

 

「彼女が嫌がっているでしょう。あなたも同人イベントに参加する人間ならマナーを弁えてください」

 

勇斗は突き放すようにカメラマンの腕を離すと、カメラマンは手首を押さえて息を荒くしながらセリフを吐き捨てる。

 

「ふ、ふんっ!なんだそんな売れもしない絵を売ってるショボい女!こっちから願い下げだ!」

 

同人活動を否定するその言葉に勇斗の中で何かが切れた。

 

「……あ?てめぇ今なんつった?"売れもしない絵"?」

 

「そ、そうだよ!その通りだろ!?」

 

「じゃあ、その"売れもしない絵"を買った俺に喧嘩売ってるっつーことでいいな?」

 

「へ?」

 

次の瞬間、カメラマンは痛みも衝撃も感じる暇もなく、紙くずのように宙を舞っていた。勇斗の右ストレートが顔面に炸裂したのだ。

 

「今回はこれで勘弁してやる。だが次にその行為見かけたら……病院送りプラス、そのご自慢のカメラがお前と同じ運命を辿るぜ」

 

勇斗は後ろを振り向き、ツバキに頭を下げる。

 

「ツバキさん、お見苦しいところをお見せしました。お怪我はありませんか?」

 

「は……はい……あの……助けてくれてありがとうございました……」

 

「何、困った時はお互い様だと言ったはずです。あ、そうだ」

 

勇斗はポケットからゴソゴソと何かを取り出す。

 

「これ、俺のサークルの名刺です。ツイッターやってます?」

 

「は、はい。あ、私も名刺を……」

 

二人は互いにサークル名刺を交換した。名刺にはツイッターのアカウント名が書かれている。

 

「じゃ、後でフォローしますね、ツバキさん!」

 

「……リリィ」

 

「え?」

 

ツバキはそっと呟いた。

 

「リリィです。私の本名。リリィ・オルテア。あなたの名前は?」

 

「……勇斗。城島勇斗です」

 

「ジョーシマ・ハヤトさん……今日は本当にありがとうございました……!また、お会いしましょうね……!」

 

ぎこちない笑顔しか見せなかったリリィが初めて見せた満面の笑み。その笑顔に勇斗は思わず心臓の高鳴りを感じた。

彼女は深くお辞儀をすると、手を振りながら去っていた。

 

 

「 惚 れ た ね 」

 

「おわっ!?」

 

勇斗の背後からぬっと顔を出す龍馬。

 

「び、びっくりさせんな龍馬!心臓止まるかと思ったわ!つか、惚れたとかそんなんじゃなくてだな……!」

 

「わーってるって!みなまで言うな!俺はお前の恋路を応援するぜ!」

 

「テメッコラー!」

 

ディレット達もそれを見ながらクスクスと笑っている。龍馬はタチの悪い酔っ払いが絡むかのように勇斗の肩に寄り掛かって勇斗をからかい続けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

帰りのバスの中リリィは一人、勇斗から貰った名刺を見つめていた。

初めてで内気な自分を初対面ながら励ましてくれて、自分の作品を褒めてくれて、暴漢からも守ってくれたハヤトという少年。

彼は身体も大きく顔もどちからというといかついほうだ。外見だけなら近寄りがたい雰囲気だろう。

だが自分にはわかる。彼は誰よりも人に優しく、大きな心の持ち主であると。

だからこそあのように彼の周りには友人が多いのだろう。

特にあのリョーマという少年とは固い絆で結ばれているように感じた。

 

「(ハヤトくん……また……会いたいな……)」

 

リリィはそっと名刺をしまう。

 

「(よし……!帰ったら早速絵の練習だ……!)」

 

また彼と会えるときは胸を張ってイベント参加できるようにもっと頑張ろう。そう決心しつつ、リリィはふふっと顔を綻ばせた。

 

 

 

"好き"を形にする人間達が集うイベント、"同人誌即売会"。

同人イベントは新たな出会いと発見の場所であり、同じものを好きと呼べる仲間の集う場所なのだ。

出会いは人を成長させる。その成長がまた新たな出会いを呼ぶ。

出会いは歴史を紡ぎ、歴史は新たな発展をもたらす。

少々大袈裟な言い方ではあるが、同人イベントとはそんな人の"在り方"を描いた歴史のシナリオのひとつなのかもしれない。

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