暴走族チームである
百人以上の規模を誇った九龍も今は久龍の意向でバイク同好会チームとしてのグループになり、メンバーも全盛期の三分の一程度にまで減ってしまった。しかしそれでも久龍を慕う者は一定数存在し、高橋の裏切りによる乗っ取りの後でも自分を気にかけてくれる本当の仲間達の存在に久龍は助けられていた。
現在は横暴な父親と離婚した母親と市内のアパートで二人暮らしをしており、決して裕福ではないがアルバイトで生活費を稼ぎつつ、久龍は学校生活を送っていた。
そんなある日のこと。
「かーちゃん。帰ったぞー」
アルバイトを終えて帰宅した久龍。しかし家の様子がおかしいことに気付く。
「……鍵が開けっぱなしじゃんか。かーちゃんってば不用心すぎだろ……ん?」
家の鍵が開けっぱなし、そして中に入ると電気はついておらず真っ暗なのだ。普段なら夕飯の支度をして待ってくれているはずなのだが。
「疲れて寝てんのか?かーちゃん?」
返事はない。しかし久龍がリビングに入り電気を点けると明らかに異様な光景が広がっていた。
「な、なんだこりゃあ……!?」
家の中が荒らされている。いや、荒らされているというよりは争った形跡があると言ったほうが正しいか。只事ではない光景に久龍は荷物を放り出して母の姿を探す。
「か、かーちゃん!?どこだ!?」
そう叫んだ久龍が後ろに何者かの気配を感じたのと後頭部に衝撃を受けて意識を失い、倒れたのはほぼ同時であった。
「う……」
久龍は後頭部に未だ残る強い痛みで目を覚ました。そして自分が目隠しをされ椅子に拘束されていることに気付く。
「く、くそっ……!なんだこりゃあ……!」
暴れるも縄は解けない。目隠しをされているため周囲の様子もわからない。言いようのない寒気と恐怖が久龍を襲う。
と、ここで足音が聞こえると近寄った何者かが久龍の目隠しに手をかけたことに気付く。目隠しの布が解かれるとそこは見知らぬ倉庫のような場所であることがわかり、黒服にサングラスの不気味な男三人に囲まれていた。
「な、なんだてめーらは!!クソッ!縄をほどきやがれ!」
久龍が再びガタガタと椅子を揺らして抵抗する。すると程なくして男の声が聞こえてきた。
「“おはよう、九龍総長の久龍和人君。はじめまして、私は……そうだな、『黒田』とでも名乗っておこうか"」
どうやら音からしてスマホのスピーカーのようだ。黒服の男一人がスマホを通話状態でこちらに向けている。声質的にある程度年配の男性であると予想できる。
「誰だてめーは!?何のつもりでこんなことを……!!」
「“おっと。あんまり暴れない方がいい。抵抗すれば君の大事なお母さんがどうなっても知らないぞ?"」
「か、かーちゃん!?」
母親の身柄を引き合いに出され、久龍の顔から血の気が引いた。まさか自分の母親はこいつらに拉致されたというのか?ハッタリだと思いたかったが次の瞬間に久龍はそれが事実であると認めざるを得なかった。
「“和人!和人なの!?"」
「か、かーちゃん!無事か!?」
一瞬聞こえた母の声。間違いなく母親だ。だがすぐに母親の声は聞こえなくなってしまう。
「“わかっていただけたかね?この通り君の母親は我々が預かっている。大事なお母さんを返して欲しければ我々の指示に従ってもらおう"」
「……嫌だと言ったら?」
「“その時は……君も母親も、物言わぬ屍となるだろう。ああ、我々を甘く見ない方がいい。殺しは慣れているのでね"」
まるで深い深い闇の底から響くような冷たいその声に久龍はぞっとした。こいつらは本気だ──あのような恐ろしい言葉を淡々と言える態度から久龍は恐怖を感じずにはいられなかった。
「“もちろんタダでとは言わない。我々の言うことに従い、そして成功した暁には母親の解放と共に金銭的な援助を約束しよう……君も母親も、生活には困窮しているだろう?"」
この男の言う通りだ。母のパート代と自分のアルバイト代だけでは決して生活は楽ではなかった。そのため食費を切り詰めたりするなど苦しい生活が続いていた。
どのみち指示に従わねば自分も母も殺される──そう確信した久龍にもはや選択肢は残されていなかった。
「……どうすればいい……」
「“さすがカリスマに優れた元総長だ。話が早くて助かるよ。我々の要求はひとつだ"」
「“君の友人である斎藤龍馬という少年を捕らえろ。生死は問わん"」
「龍馬、準備はできたか?」
「ああ」
龍馬と龍一郎は車に乗り込む準備をしていた。目的はひとつだ。件の記事を書いた新聞記者に会いに行くことである。
なぜかこの件に関してはやたら父は積極的に動きたがっており、いつも温厚な父とは思えない恐ろしい気迫を龍馬は感じていた。
さらに不思議なのはこういうことには真っ先にキレる涼子がついてこなかったことだ。「俺と龍馬だけで行く」と言い張った龍一郎に涼子は素直に従ったのである。
「新聞社には連絡してある。午前11時から会社で会ってくれるそうだ」
車に乗り込んで出発した龍一郎は運転席でそう言った。時刻は午前10時を回ったころだ。九州新聞社は西鉄天神駅近くのオフィスビルにある。車なら都市高速を使えば早く到着できるだろう。そして車の中で雑談をしつつ、龍一郎は龍馬に今朝の出来事を聞いた。
「龍馬、そういえばお義父さんと組手やって全部かわしたんだって?」
「ああ。夢の中でひいじーちゃんが避け方を教えてくれた」
「そりゃ頼もしい話だな。しかしひいおじいさんが教えたばかりでそんなに簡単にできるもんなのか?」
武術は長年の鍛錬と実戦によって身に付くものだ。いくらそんな非現実的な状態で故人から教わったとはいえ、そう簡単に身に付くものだろうか?
「いやぁ……実はあれは必勝法というか……ひいじーちゃんが言ってたんだ。“平蔵のハナタレはクセが抜け切ってない。攻撃する時は高確率でこう動くからこっちはこう動けば必ずかわせる"ってね」
実は平蔵に武術を教えていた巌鉄は彼の動き方のパターンを全て熟知していた。「孫に勝てるくらいで調子に乗ってるからひいじーちゃん直伝のこの動きをすればあのハナタレは必ず攻撃をかわされてビックリするだろうからこう動けばいい」と事前に龍馬は巌鉄から手ほどきを受けていた。つまりあれは対平蔵専用の動きだったのだ。
「なるほどな。そういうことだったのか」
「ああ。だからじーちゃん以外の相手であそこまで動けるかはやってみないとわからない。所詮付け焼き刃だしな」
いかに格闘センスの高い龍馬といえど平蔵、ましてやその上を行く巌鉄のような動きをするにはまだ経験が浅すぎる。“影舞"やその他の技をものにするにはまだまだ鍛錬も実戦も足りない。これから本当に強くなれるかは龍馬次第である。
「龍馬、喉乾いてないか?トイレは大丈夫か?」
「……ん?ああ、大丈夫だよ」
「そうか。まあ何かあればコンビニ寄るから声かけてくれよ」
そう言って龍一郎はニコリと笑った。しかし龍馬はずっと気付いていた。
朝から龍一郎の目は、一度も笑っていないことを。
「おはようございます、陣内さん。お忙しい中すみません」
「いえ、大丈夫です。ただ、手短にお願いしますよ。この後も来客の予定があるんでね」
九州新聞社の記者、陣内春樹は福岡県警の刑事である安田の応対をしていた。何でも自分に事件について聴取したいことがあるとのことだが。
「ありがとうございます。では単刀直入にお聞きしますが……例の警察官連続殺人事件……あれについて陣内さん何かご存知ありませんか?」
「……と、言いますと?」
「去年、県警所属の刑事が殺害されたことは記憶にあると思います。その人は私の先輩にあたる方でした。そしてそれ以前の警察官の経歴を調べたところ、全員にはある共通点があるんですよ」
安田は犠牲となった四人の刑事の写真を取り出して並べる。
「五年前の最初の犠牲者……小木昌夫刑事。その一年後に殺害された五味一郎刑事。さらに半年後に殺害された山口和己刑事……そして去年殺害された鬼塚正刑事。彼等は全員上司と部下の間柄だったんですよ。おそらく彼等は上司の捜査を独自に引き継いで“何か"を掴んだ。しかしそれを良しとしない黒幕によって彼等は口封じのために殺された」
さらに安田は続ける。
「おそらく実行犯は御堂誠公会でしょう。五年前に最初の小木昌夫刑事が殺害された当時、それまで弱体化の一途を辿り、大人しかった御堂誠公会の動きが突然活発になりはじめ、福岡県内での他の組織とのシマ争いが激化しました。この時とある組織が御堂誠公会の“後ろ盾"の存在を確信し、調査を開始しましたがその全員が殺害されたようです」
「……安田さん、つまり何が言いたいんです?」
「あの当時、独自に調査をしていた人間が一人いました……陣内さん、あなたのことですよ。あなた……この件について何かご存知なんじゃないですか?」
それを聞いた時、陣内は頭をボリボリとかくとポケットから煙草を取り出して火をつけた。そして一服すると俯いたまま、ため息のように煙をフーッと吐き出しながら顔を上げる。
「……安田さん、悪いことは言わない。この件からは手を引け。でないとあんたもその殺された刑事達の隣に並ぶことになる」
「……!」
やはり陣内は何かを知っているようだ。しかし過去に何かあったのか彼は多くを語ろうとしない。しばしの沈黙が流れ、陣内の持つ煙草の煙だけがゆらゆらと流れていく。
だがここで引き下がるわけにはいかない。何かを知っているのであれば尚更だ。安田はさらに陣内を問い詰める。
「何か知ってるんですね?警察も知らないような話を……」
「……教えても構わないが……これ以上この件を調べるのは絶対にやめておいた方がいい。世の中には知らない方が幸せなこともある」
そう言って陣内は再び煙草を口に咥えて煙を吸い込む。「知らない方が幸せなこともある」――よく聞くセリフだ。だが知らないまま後悔するよりは知って後悔する方がいい。安田はそういう考え方の人間だった。
「そうだな、どこから話そうか……」
陣内が煙草を灰皿に押し付け、火を消す。陣内が再び口を開いたのと派手な音を立てて乱暴に応接室のドアが開けられたのはほぼ同時だった。
「なんだ!?今は来客が……」
「おぉらぁぁっ!!!!」
飛び込んできた男性は有無を言わさずいきなり陣内の顔面を殴りつけた。吹っ飛んで壁に叩きつけられる陣内。何が起こったのか訳もわからず呆気に取られる安田。
入ってきたのは紛れもない、龍馬の父親である龍一郎だった。
「久しぶりだな、ハル坊。うちのせがれが世話になったみたいで今日はそのお礼をしに来たぜ」
「ぐ……!なんだあんた……!誰だ……!?」
「おいおい、先輩の顔も忘れちまったのか?俺だよ……斎藤だよ」
「落ち着きましたか?ええと……斎藤さん」
「ええ、すみません……まさか警察の方がいるとは」
「全く……今回は厳重注意で大目に見ますがあんまり過剰な行動は控えてくださいよ。そうでなきゃ私もあなたを逮捕しないといけなくなる」
「申し訳ありません」
応接室のソファに腰を落ち着けた四人。後から遅れてやってきた龍馬もいる。話によれば早めに到着したにも関わらず強引に受付を押し通し、自分よりも先に行ってしまって龍馬自身も困惑しているのだという。
「急に凄い勢いで走り出して……一体なんだっていうんだよ」
制止がきかなくなるほど父親がここまで怒りを露わにするのも珍しい。それに父は陣内のことを知っているようだった。
「……いや、驚きましたよ。まさか龍先輩だとは」
「……」
再び龍一郎は陣内を睨みつける。暴走を抑える名目で安田も同席しているが、それでもまだ下手をすれば彼は殴りかかりそうな雰囲気を醸し出していた。
「ハル坊。今日ここに来たのは他でもない。この記事のことだ。お前、うちの息子のことでこんなデタラメ書いてどういうつもりだ?」
バサリと乱暴に件の記事をテーブルに叩き付ける龍一郎。それを目にした陣内はギョッとするどころかむしろ飄々としている。明らかにこちらを馬鹿にした態度だ。
「……デタラメなんて失礼な。俺はちゃんと真実を書いていますよ」
「嘘だね。俺はあんたの取材を断ったはずだ。なのに無理に写真を撮ろうとしただろ」
「ふん。まさかお前が龍先輩のせがれとはな。いいか小僧、覚えとけ。“ペンは剣よりも強し"だ。暴力よりもペンから生まれた結果の方が“真実"なんだよ」
「テメェ……!!」
「おい、ハル坊。
煽る陣内と怒りに震える斎藤親子。
「ちょっと陣内さん。あんまり相手を煽らないでくださいよ。いくら先に手を出したのが斎藤さんでも言動が行き過ぎてたら私もかばいきれませんよ」
「へいへい、すみませんでした……っと」
相変わらず相手を舐めた態度の陣内。一触即発の状態と言っても過言ではない斎藤親子。そんな両者の間に板挟みになりやれやれ、と肩をすくめる安田。まったく、警察も楽じゃない。
「龍先輩、もういいですか。さっき俺を殴ったから気が済んだでしょう。これでおあいこってことで。あ、安田さん。話はまた後日続きを行いますんでまた来ていただけますか」
「ちょ、ちょっと陣内さん!」
「待てハル坊!話はまだ終わってねえぞ!」
陣内はめんどくさそうに立ち上がると言うだけ言って一方的に応接室を出て行ってしまう。それを追いかけようとする龍一郎だが父を一人にしては何をするかわからないと龍馬は必死で父を止め、安田も一緒になってそれを止める。
二人がかりで制止され、龍一郎もため息をつきながら一旦ソファに座り込み、重苦しい空気による沈黙がしばし流れた。そんな沈黙を打ち破ったのが突然のドアのノックだった。
「すみません、失礼します」
入ってきたのは黒髪を一纏めに結った20代くらいの若い女性の姿だった。
「あ、あの。はじめまして。私、陣内記者と一緒に仕事をしています、
鈴峰と名乗るその女性は丁寧に自己紹介をして頭を下げると陣内の非礼を代わりに詫びた。あの陣内の部下とは思えないほど非常に清楚で礼儀正しい。
「あの……良ければ少しお話をさせてもらえませんか……?陣内さんがあんな風になってしまったのには訳があるんです。刑事さんにとっても無関係ではないかもしれません」
安田、龍一郎、龍馬の三人は顔を見合わせた。何やら込み入った事情がありそうだが……三人はゆっくりと頷くと再びソファに腰掛ける。
「わかりました。お話を伺いましょう」
「ありがとうございます。刑事さんに……ええと……」
「斎藤です。斎藤龍一郎。こっちは息子の龍馬」
「よ、よろしくお願いします」
「ありがとうございます。……そう、あなたは龍馬君というのね。私の上司の記事のせいで迷惑をかけてしまったわ。本当にごめんなさい」
鈴峰は龍馬に向かって再び頭を下げる。こんな綺麗な女性から頭を下げられてたまらず龍馬は顔を赤くして焦りながら頭を上げるように促した。
しばらくして鈴峰は陣内があのように偏屈で悪質な記事を書くようになった理由を話し始めた。
「ごめんなさい、盗み聞きするつもりはなかったのですが……刑事さんは五年前を発端として起きた警察官の方々の連続殺人事件を追っているとか」
「ええ、そうです。その情報を陣内さんから聞くとこでした」
「実は……陣内さんもその事件を追っていたんです。ちょうど私がこの新聞社に入社して、陣内さんと知り合ったのもその頃でした」
鈴峰は少し顔を俯かせるとしばらく沈黙したのちに再び口を開く。
「……あの頃の陣内さんはとても真っ直ぐな方でした。ちょっとひねくれた性格と口調は今と変わりませんが少なくとも記者魂は会社一とも言えるほど熱い人でした」
あれほどまでに悪質な捏造記事を書く陣内がかつては記者魂溢れる男だったなどとはにわかには信じ難い。しかしそこには何か理由があるようだが。
「五年前……陣内さんは警察官殺害事件の最初の犠牲者である小木刑事に関する事件を独自に調査していました。『この事件には何か裏がある』と。詳しくは教えてくれませんでしたが……とにかく陣内さんは何か情報を掴んでいたようなのです。そして二人目の警察官が犠牲になった頃に事件は起きました」
二人目の犠牲者……小木昌夫刑事の部下であった五味一郎刑事だ。彼等二人の死にますます疑問を抱いた陣内は危険な調査をも試みたらしい。そんなある日……
「陣内さんの妹さんが……轢き逃げに遭ったんです」
「!!」
轢き逃げ、と聞いて龍馬は思わず身体が反応してしまう。あの陣内に妹が?轢き逃げとは一体?
「当時陣内さんの妹さんは高校三年生でした。テニスの特待生として推薦され大学への入学も決まっていたのに……その事故で一命は取り止めましたが半身不随となり車椅子での生活を余儀なくされ……」
妹が半身不随となりテニスの道を閉ざされた後、陣内の自宅に差出人不明の手紙が届いた。その手紙にはこう書かれていたらしい。
“コレイジョウカギマワルト、イモウトノイノチハナイゾ"
……陣内はそこで知った。自分のような人間一人では決して勝てない、抗うことのできない巨悪が存在するのだと。妹の命を守るため、そして治療費を稼ぐため、陣内は記者としてのプライドを捨てた。そして偏向に捏造……金を稼ぐためならどんな汚い記事でも書く三流記者へと成り下がってしまった。
陣内は確かに悪質なマスコミだ。だが彼もまた裏社会に潜む巨悪の闇によって傷付けられた被害者だったのだ。
「……斎藤さん……お願いします。慰謝料ならば私が払います!だから……だから陣内さんを責めないであげてください……!あの人は早くに両親を亡くして妹さんだけがたった一人の肉親なんです……!全ては妹さんの治療費を稼ぐためだったんです……!」
あのような記事を発行することを止められなかった自分にも責任はある、だから自分にも罪を償う義務があるはずだと鈴峰は精一杯謝罪しながら頭を下げた。そんな鈴峰を見て龍一郎はしばらく考え込んでいたが、重い口を遂に開いた。
「鈴峰さん、顔を上げてください。ハル坊……陣内は俺の高校時代の後輩だった。あいつのことはあなたよりよく知っている。生活のためにいくつもバイトをかけ持ちして、妹のためなら何でもする兄貴だったよ」
そういえば龍一郎は陣内の事を知っていたようだった。しかしまさか高校時代の後輩とは。龍馬も安田もこれには驚きの目を隠せない。
兄妹で生活している陣内は妹を少しでも不自由させないためにいくつもバイトをかけ持ちし、龍一郎はそんな陣内を可愛がっていた。陣内は龍一郎を“龍先輩"、龍一郎は陣内を“ハル坊"と呼び合う仲で暇ができた時はいつもつるんでいた。ただし皮肉屋なところは昔から相変わらずでよく二人で決着の付かない殴り合いの喧嘩になったこともしばしばあったという。
「あいつ自身のひねくれた態度もムカつくが、何よりこんな記事にゴーサインを出したおたくの編集長が問題だろう。あとで編集長には話をつけさせてもらうよ。だから鈴峰さん、あなたは気にしなくていい。ハル坊にもそのうちツケは払ってもらうからな」
「……斎藤さん」
ありがとうございます、と鈴峰は頭を下げた。龍馬もそれでいいな?と父から言われ、もちろん頷いた。安田は「やれやれ、一件落着だな」と苦笑しながら頭をかいた。そんな会話を部屋の外から聞く一人の人物が。
「鈴峰…………バカ野郎が…………ありがとよ…………」
その後編集長が応接室に呼び出され、龍一郎からこっぴどく叱られた後に編集長自身に慰謝料の約束を付け、三人は九州新聞社を出た。
「安田さん、お騒がせしました」
「いえいえ、お気になさらず。自分もどちらかというと私情だったので」
肝心な部分は聞けなかったが、陣内が何らかの重要な情報を握っているのは事実だ。後日また出直せば良い。それに……
「ここで例の事件の被害者家族に会えるとはね。龍一郎さん、もしよろしければ捜査にご協力いただけますか?」
安田の刑事としての勘が告げる。この親子は何らかの情報を握っている。そしてここで会えたのも何かの縁だ。安田は斎藤親子に情報提供を呼びかけた。
「……ええ、大丈夫です。安田さん、この後お時間はありますか?」
「はい、まあ」
「よかった。私達の自宅はここからそう遠くありません。よろしければ続きは家でどうですか?」
ここから車で20分ほどで自宅には帰れる。このように込み入った話は出来れば第三者がいる場所では避けたいところだ。龍一郎は自宅での聴取を勧めた。
「ええ。構いませんよ。是非お邪魔させていただきたいです……しかし……」
安田はチラリと背後を見る。
……一人……二人……三人……いや……もっとだ……もっと沢山“いる"……。いつの間にか自分達は……
“包囲"されている。