ガガガ、と音を立てて倉庫のゲートが開け放たれる。外から差し込む光の中にはサングラスをかけた黒スーツの男達が三人立っており、九龍の連中とは明らかに雰囲気が違う。それに代紋バッジが見当たらないため、ヤクザとも違う。いや、ヤクザなどよりも何かもっと……なんというか“冷酷さ"のような恐ろしく不気味な空気を龍馬は感じ取った。
「……誰だ、テメェらは!!」
「……!あいつらは……!」
久龍は何かに気付き、それを龍馬に伝えようとするも彼等の動きは早かった。先頭の男が懐に手を入れると銃を取り出し、それを龍馬に向けたのだ。
「!!」
あまりの突然の出来事に一瞬驚愕する龍馬。しかし男は銃をしばらく龍馬に向けたかと思うとその銃口をいきなり久龍に向けた。
そして次の瞬間──銃声が鳴り響く。
龍馬が見たものは──腹部に銃弾を受け、血を吹き出しながら倒れる久龍の姿だった。
「く……久龍っっ!!」
「あ……が……」
久龍はそのままうつ伏せに倒れ、さらに男はさらに久龍へと発砲しようとした。だが龍馬がそれを許さなかった。
「こ……この野郎ォォォッッ!!!!」
龍馬は両腕のルナ・アームから激しく炎を発すると再度射撃態勢に入った黒服達に火炎弾を連射する。これには黒服達も驚いたようで、いきなり飛んできた火の塊によって服に引火し、慌てて鎮火を試みていた。
「久龍!!しっかりしろ!!」
「う……ああ……」
龍馬は久龍を抱え上げると倉庫に積まれていた寂れたコンテナの隣に移動する。まだ意識はあるようだが出血が酷い。このままでは命に関わる。早く処置をしなければ。
とにかく黒服達を追い払わねば自分も久龍も命が危ない。奴等が火消しに追われている今のうちに倒そうとすると久龍が龍馬の上着を掴んだ。
「……なんだ、久龍!?」
「斎……藤…………あいつ……ら……を……逃がす……な……たの……む……やつ……ら……に……逃げ……られ……た……ら……お袋……が……殺さ……れ……る……」
「なんだって!?」
“母親が殺される"──そう発言した久龍はそこまで言うと意識を失ってしまう。なんとなくだが今回の九龍襲撃の全貌が見えてきた気がする。龍馬は久龍の頼みを聞き入れ、未だ三人が火を消そうと慌てている時にルフローラの疾風の加護を使って龍馬は素早く距離を詰める。
「おりゃあぁぁっ!!」
龍馬の渾身の右ストレートが久龍を撃った男に炸裂した。男はサングラスを砕かれて吹き飛び、さらに後ろにいる男を龍馬は続けざまアッパーカットで吹き飛ばして無力化する。だが二人をダウンさせた直後に最後の一人が銃を取り出して龍馬に向けた。
「クソガキが……死ね!」
それに気付いた龍馬は再びルフローラの疾風を使って撃たれる前にすぐさま無力化しようとした。だがその時──
「大の大人が子供相手にハジキ出すなんてやめなよ、みっともない」
どこからか若い男性の声が響いた。すると黒服の背後から青いジャケットを着た青年が迫り、拘束したかと思うと銃をすかさず奪い取って投げ飛ばした。
地面に叩きつけられた衝撃で黒服の最後の一人は気絶してしまい、突如として現れた青年は服をパンパンとはたいている。
「大丈夫かい?」
「……!?」
なんだこの男は。自分を助けてくれたようだがこんな場所でいきなり龍馬を助けるなんて怪しすぎる。龍馬はルナ・アームを外さず戦闘態勢も崩さなかった。この男を信用するにはまだ値しないと判断したからだ。
「待って待って。僕は敵じゃないよ。僕は……いや、自己紹介は後だ。それよりお友達が危ないんじゃない?」
久龍の姿を見ていたのか青年はコンテナの陰を指差す。そうだ。久龍を助けなければ。龍馬は青年と一緒に久龍に駆け寄る。龍馬はすぐに警察と救急に電話しようとするが、青年はそれを制止し久龍の腹部の銃創を見て持っていたカバンから清潔なタオルを取り出すと彼の傷口にあてた。
「弾丸は貫通している。が、早く処置をしないとまずいね。だけど警察と救急はやめた方がいい。この状況で警察が来たら色々と面倒だと思うよ?」
確かに多くの元暴走族メンバーに加え、謎の黒ずくめの男達と争っていた龍馬達。そして銃撃を受けて苦しむリーダーの久龍。こんな状態で警察に事情聴取などされたらあらぬ疑いをかけられかねない。
しかし久龍の顔色はみるみるうちに悪化していく。応急処置をしているとはいえ、出血が激しく危険な状態なのは間違いないのだ。
「じゃあどうしろって言うんだ!」
「焦るなよ。……大丈夫だ、僕はこう見えても色々と“コネ"があってね」
すると青年はどこかへと電話をかけると誰かと話し始める。青年が電話をしていると九龍メンバー達を片付けた龍一郎と安田が痣だらけでようやく合流した。
「大丈夫か、龍馬!って、ええ……!?」
「いや、ほんとしんどいぜ……って、何だこの状況は!?」
到着するやいなや突っ込み所満載の異様な状況に困惑する二人。龍馬は青年が電話をしている間に今の状況を大まかに説明した。
青年が電話を済ますと合流した龍一郎達に気付いた青年は自分が乗ってきた車に久龍を運び、さらに龍一郎にも車があるなら協力してほしいとのことで例の気絶している三人を安田と共に龍一郎の車へ拘束して詰め込んだ。
一時間後──。
「よし、これで大丈夫だ……」
怪しげな雑居ビルが立ち並ぶ中洲の一角に運び込まれた久龍はこれまた怪しげな医者の男性の処置によって一命を取り留めた。成り行きで来てしまったが一体ここはどこなのか。あの医者は何者なのか。そしてこの青年は何者なのか。疑問は尽きない。
「容態も落ち着いている。今は意識を失っているが心配はない。じき意識を取り戻すだろう。弾丸が貫通していたのが不幸中の幸いだったな」
白髪が特徴である医師の男性はそう言った。年は60代といったところだろうか。少しいかつい見た目だが真っ直ぐな目をしており、少なくとも胡散臭い雰囲気は感じられない。……病院と呼べるのかこの場所自体は怪しいが。
「寺尾先生、いつもありがとうございます」
「ふん、別にいいさ。その代わり治療費はお前持ちだからな、太刀川」
「ええ、いつもの口座に振り込んでおきます」
どうやら医師は寺尾、この青年は太刀川というらしいがそういえばこの二人の詳しい素性をまだ聞いていない。龍馬は二人にどういう人間なのか、どういう関係なのかを聞いてみることにした。
「ああ。自己紹介が遅れたね。僕は
「おいおい、この人は闇医者ですなんてどストレートすぎんだろ太刀川」
「ふふっ、そうですねすみません。でも実際そうでしょ?あ、これ名刺ね」
龍馬は太刀川から名刺を受け取る。そこには“フリージャーナリスト 太刀川淳"という名前と彼の連絡先が書かれている。名刺があるということは少なくとも記者ということは嘘ではなさそうだ。
「ところで君は?あんな場所にいるなんて訳アリみたいだね。それに……見たところ学生さん……?」
「え?ええ……まあ……」
あのような場所にいてなんと説明したものか。それに相手はフリーランスとはいえジャーナリストである。陣内に書かれた捏造記事のことが蘇り、龍馬はなかなか上手い言葉が言えずにいた。
「ふむ、当ててやろうか。“御堂誠公会絡み"……だろう?」
「!」
なんだこの男は。どこまで知っているんだ──そんな言葉が龍馬の頭の中に浮かんでくる。
「なんでわかったんだ、って顔してるね。いや実はね、僕もここ最近活発になっている御堂誠公会の動きに特ダネを感じて追っていてね。独自の情報網もあるからそれを調べていたんだ。そしたら君達が倒した九龍のメンバー達は全員が御堂誠公会かその息のかかった連中に焚き付けられてるのがわかった」
どこからそんな情報を手に入れたのか龍馬は疑問だった。独自の情報網とは言っているが、果たしてフリーのジャーナリストがそこまでの情報を入手できるのだろうか。この闇医者との交友関係といい、彼には不明な点が多すぎる。果たして信用していいものか。しかし彼の助けが無ければ今の状況は有り得なかった。そこは感謝している。
「まあ、この状況じゃ僕みたいな人間を信用できないのも無理はないね。だけど考えてみてくれ。もし僕が君と敵対するようならあそこで助ける必要なんてないだろう?どうだい?ここはお互いに情報交換と行こうじゃないか。僕も君も、今は情報を必要としている。それに……倒すべき“敵"が誰なのかすらわからない状態じゃあ君も不便だと思うよ?」
確かに青年の言う通りだ。御堂誠公会が敵なのは間違いないがおそらく今回の事件の背後にはもっと大きな黒幕がいる。下手したら仁が以前に言った通り、警察組織も介入しているかもしれない。そう考えると情報に精通した人間がいるのは心強い。龍馬は決心した。
「……わかった。あんたを信用する。こちらがわかったことは出来る限り伝える。その代わりあんたも情報をくれ」
「よし、取引成立だな。でもまずは今の問題を片付けようか」
目下の問題……九龍メンバーによる龍馬を狙った一連の犯行と、何故か久龍を撃った謎の黒服の男達。気絶させた連中は縄で縛り上げて今は別室に閉じ込めてある。今は安田と龍一郎が見張ってくれているはずだが。
「う……うう……」
仕切りのカーテンの向こうから久龍の呻く声が聞こえる。どうやら目を覚ましたらしい。龍馬はカーテンを開けて久龍のベッドに駆け寄る。
「おい、久龍!大丈夫か!?しっかりしろ!」
「う……斎藤……?ここは……?」
「……えーと……病院だ」
病院、と呼ぶには些か狭っ苦しく胡散くさい場所だが龍馬はとりあえずそう伝えておいた。しかしそれを聞いた久龍はまだ完全に傷の塞がっていない身体に鞭を打って身体を起こそうとする。
「病院……!?く……くそっ……!こんなところで俺は寝てる場合じゃねぇんだ……!早くしねぇと母ちゃんが……!!うぐっ……!!」
身体を起こそうとすると腹部から強烈な痛みが身体を駆け抜ける。平尾医師はそんな久龍に苦言を呈しながら眉をひそめた。
「馬鹿野郎、動くんじゃねぇよ。お前さん、さっきまでドテっ腹に穴空いてたんだぞ。大人しく寝てろ」
「う……く……くそっ……!」
こんなことをしている場合ではないというのに痛みのせいで身体を満足に動かすこともできない。久龍はどうにもならないこの状況にベッドの上で天井を見上げながら歯軋りをするしかなかった。
「なあ久龍、一体何があったんだ?何の理由があって俺を狙ってきたんだ?人を本気で殺しにかかってきたんだ。だんまりだけはごめんだぜ」
龍馬はやや強めの口調でそう言った。命を狙ってきたのだ。ただの私怨とは思えないしそれに「母親が殺される」と彼は意識を失う前に口走った。全ての理由を聞き出す必要がある。久龍もそれを悟ってたか、しばらくの沈黙の後に重い口を開いた。
「…………母ちゃんが誰かに攫われた。俺がバイトから帰ってきたら家が荒らされてて……俺もその時後ろから殴られてどこかに……」
久龍は続ける。
「黒服の男達に囲まれて俺は誰かと電話させられた。そいつが言うには『母親を無事に返してほしかったら斎藤龍馬を生死に関わらず捕らえろ』と……」
「……俺を?」
どういうことだ。自分を名指しで狙う人間がいるというのか?御堂誠公会の人間なのかそれとも……
「ふむ……なるほど、なるほど……」
後ろで呟く声が聞こえる。太刀川がメモを取っているようだ。ジャーナリストだからかこういった情報は少しでも欲しいのだろう。かなり熱心にメモを取っている。
とりあえずメモを取りながらブツブツと呟く太刀川は置いておいて、久龍の言っていることが本当だとするとあの黒服の男達は“黒幕"の手先かもしれない。久龍の母親が危険な状態にあり今は一刻を争う状態ではあるものの、奴等を利用できれば黒幕に近づくことができるかもしれないのだ。
と、龍馬が考え込んでいると龍一郎と安田が帰ってきた。あの男達を調べていたのだ。
「ふう、お待たせ」
「こりゃあ思った以上になかなかデカいヤマかもしれねえな……しかし龍一郎さん、あんたえげつねえな……」
ハハハ、と笑って誤魔化す龍一郎。そういえばさっきから廊下を挟んだ男達を閉じ込めた別室で時折大きな物音や普段からは想像もできない龍一郎の怒号が聞こえていたが、一体何をしていたのか。まあ、知りたくもないが。
「お、久龍君も気が付いたみたいだな。それに龍馬の顔からしてなんか知れたみたいだな?とりあえずこっちも収穫があったからお互いに情報をまとめよう」
龍馬と龍一郎達は互いに知れた情報を話し合い、一旦まとめる。そこで聞くと新たな事実が見えてきた。
まず、あの男達とそれを操っている“黒幕"らしき男は龍馬達のことを知っていること。あの男達は御堂誠公会の人間ではないこと。久龍の母親を誘拐し、久龍を捕まえた実行犯だということ……。
そして一番大きいのが“久龍の母親の監禁場所を吐かせた"ことだ。
どうやったのかは知りたくもないが龍一郎は現役の刑事をして「えげつない」と言わせるほどの手段を取ったらしい。母の涼子といい、うちの両親は拷問のプロか何かかなのだろうか。ただし残念ながら男達自身やスマホなどの持ち物から黒幕に繋がるようなものは発見されなかった。まあ流石にそこは相手も対策しているだろう。
「久龍君、君のお母さんは門司にいる。間違いない」
「も、門司……っすか?」
「ああ。黒幕は御堂誠公会の金田という男と通じている。紅鸞会の若頭だ」
「金田……!」
金田といえばあの時結局会うことすら叶わなかった紅鸞会の若頭だ。奴は紅鸞会二代目会長である鷲尾に繋がる重要な情報を握っているが所在が判らず、ようやく居所を掴んだと思ったら松山という男に一杯喰わされ、泣く泣く小倉から撤退したことは記憶に新しい。
「金田も鷲尾も、今は門司にいる。久龍君のお母さんと一緒にな。場所は……“門司港レトロハイタワー"だ」
門司港レトロハイタワーといえば北九州市門司区の門司港レトロにあるタワーマンションだ。直接門司港レトロに行ったことがない龍馬も写真でなら見たことがある。
どうやらあそこの一部は鷲尾の居住地兼事務所のひとつとなっているらしく、現在は若頭の金田と一緒にいるらしい。
「場所がわかったのはいいが、もちろん問題もある。流石に真正面から仕掛けていけば辿り着く前に奴等は久龍君のお母さんを始末するだろう。それだけは何としても避けなければならない」
ただ馬鹿正直に真正面から乗り込んでいけば久龍の母親の命はない。奴等は間違いなく母親の命を奪うだろう。それだけは避けねば。気付かれないように忍び込んで久龍の母親を救出しなければならない。鷲尾と金田を叩きのめすのはその後だ。
「そこで問題なんだがどうやって奴等の懐に飛び込むか……」
「……親父、それなら……」
「お前が囮になるぅ?」
「ああ」
場所は変わってその日の夜のふくまる。久々にふくまるのラーメンを食べながら龍馬は福津から博多に帰ってきた勇斗と件の作戦を話す。ちなみに今は彼等二人意外には事情を知るおばちゃん、レナ、そしてブラッドとラグーンしかいない。おばちゃんが気を利かせて貸切状態にしてくれたのだ。
なお、盗聴器などの類はないそうだ。これはブラッドの能力によるもので微弱なカーテンウォールの探知能力により盗聴器や隠しカメラといったスパイ機器をも発見できるのである。
「龍馬……お前、僕達が知らない間にそこまで首を突っ込んでるのか」
「水臭いよ、龍馬。なんで言ってくれないのさ」
ブラッドが肩をすくめ、ラグーンが顔を膨らませる。別にわざと言わなかったわけではないのだが、言う暇や余裕がなかったというか……。
「いや、すまんすまん。それで久龍の母ちゃんを助ける方法なんだが……みんな、協力してほしい。一人でも多くの味方が必要なんだ」
相手は狡猾で、どこまでこちらの手段に対策してくるかわからない恐ろしい連中だ。もはや少人数で紅鸞会に挑むのは無理がある。ここで勝負をかけるしかないのだ。
まずは作戦内容だ。
「まず久龍がある程度回復するまで待つ。あいつが歩ける程度になったら俺はあいつに捕らえられたフリをして人質として引き渡してもらう」
黒服の男達を捕らえたおかげで幸いまだ久龍が命令に失敗したことは奴等には知られていない。そこで龍馬は自らが囮になることを思いついたのだ。……父親には苦い顔をされたが。龍馬は縛られた状態で突き出されるが、あらかじめ緩く結んでおいた縄をタワーに侵入したタイミングを見計らってほどき、連行する敵を排除。そこから単独で久龍の母親を探す。
母親を発見したら勇斗達に連絡。屋上まで彼女を連れて行き、ブラッドの飛行能力で久龍の母親を脱出させて安全が確保されたら龍馬は敵の親玉……鷲尾と金田を叩きのめす。この際にタワー周辺で騒ぎを起こし、敵の戦力を分散させて陽動作戦を行なう。
「勇斗、ブラッド、ラグーン。お前達の力を貸してほしい。久龍の母親を助けるために。そして紅鸞会を潰し、黒幕に迫るために」
ここで久龍の母親の救出と親玉叩きを同時に遂行できれば龍馬達は大きく前進できるだろう。そして龍馬達を狙う黒幕の存在も明らかになるかもしれない。
龍馬に頼まれた勇斗達。もちろん彼等の答えは決まっていた。
「当たり前だろうが!ここまで一緒に戦ってきたんだ!嫌って言っても俺はついていくからな!」
「ここで僕達が協力しない理由なんてないよね!」
「龍馬。お前には返しきれない借りがある。今の僕がこうして生きていられるのはお前のおかげだ。友のために命を賭けるお前のために、僕自身も命を賭けよう」
「お前ら……」
龍馬は目頭が熱くなるのを感じた。こういう時、背中を預けられる仲間というものは本当に頼もしいものだ。龍馬は「ありがとう」と頭を下げる。
「やめろよ、龍馬!中学からの付き合いじゃねぇか!」
「付き合いは勇斗ほど長くないけど、僕とブラッドだって龍馬と一緒に戦った仲間さ!」
そうして一致団結しているところにラーメンとギョーザがドンと置かれる。龍馬達は置いたその運び主の顔を見上げた。レナだ。
「私を忘れてない?一人でも多くの味方が欲しいんでしょ?私も行くよ!」
かつての事件。レナも共に戦った仲間の一人。卓越した格闘術を持つ彼女が味方にいれば頼もしいことは間違いない。
「レナ……」
「大丈夫!ほんとにヤバいと思ったら逃げるから!」
そう言ってレナは二の腕を構えて押さえながらウインクをしてみせる。正直なところ、女性を向かわせるのは忍びないという気持ちもあるが今は一人でも多くの味方が欲しい。敵の戦力を分散させ、削ぐことができれば……それだけ勝機も見えてくるというものだ。
「……レナ、頼めるか?」
「まっかせて!ディレットちゃんをあんな目に遭わせた連中、正直ぶっ飛ばしたくて身体がウズウズしてたのよ!久々に暴れまくってやるわ!それよりも早く食べないとラーメン伸びちゃうよ!」
ハッとして龍馬達は一斉にラーメンを食べ始める。熱々の麺とスープから感じる慣れ親しんだ味が身体に染み渡り、力がみなぎってくる。
ともあれ、これで多くの味方ができた。正直大組織を相手にするにはまだ人手不足が否めないが……やるしかない。龍馬達は決意を胸に秘め、一心不乱にラーメンとギョーザを頬張った。さらにはおばちゃんも「自分にできるのはこれくらいだから」と龍馬達が腹一杯になるまで店のメニューをご馳走してくれたのだった。
翌日。自宅近辺の人間の目を避けるために勇斗の家に泊まった龍馬。起きると着信履歴が残っている。発信源は……仁からだ。龍馬はすぐに仁に連絡をした。
「もしもし、会長さん?」
「“おう、龍馬か。お前さん、門司にある紅鸞会の拠点にカチコミかけるんだって?"」
「!……どうしてそれを?」
「“お前の連れに気の強い委員長さんがいるだろ。彼女がわざわざうちに来て教えてくれたんだ。まったく、女の子一人でヤクザの本拠地にやってくるなんざ、大したタマだよ。お前、あの子に感謝しろよ"」
気の強い委員長……間違いない、須崎のことだと龍馬は理解した。確かにこの作戦の旨を昨日説明はしたが……まさか仁の所に助力を求めに行くとは思ってなかった。そこまで行動力のあるヤツだったとは。
「“作戦内容は聞いた。お前のお友達の母ちゃんを助けてから外で暴れりゃいいんだな?ならうちのモンを兵隊としてお前の仲間につける"」
「それはありがたいけど……でもそんなことしたら会長さんの組織と御堂誠公会との全面戦争になっちまうんじゃ?」
末端同士の小競り合いならまだしも、大規模な人数で、しかも御堂誠公会のナンバー2とも言える直系組織と暴力沙汰になればそれは御堂誠公会との全面的な抗争の勃発を意味する。そうなれば仁の組織もただではすまないだろう。
「“その点は心配ねえ。実はお前のお友達が来るよりも前……昨日の夜の話だ。御堂誠公会四代目会長の藤嶋がうちに来やがった。しかも一人でだ"」
どういうことだ。御堂誠公会のトップが敵対している組織の本拠地を訪問?それも護衛も付けずにたった一人で?
「“実はな……"」
──昨晩のこと……
「失礼します。黒谷会長」
「これはこれは……御堂誠公会の会長さんがたった一人で何の御用で?」
黒狼会本部に現れた初老の男性。彼は御堂誠公会四代目会長・藤嶋繁雄その人だった。細い身体付きながらも眼光鋭く威圧感がある。だが仁も余裕のある態度は崩さない。煙草の煙をくゆらせながら仁はソファに座る。
「立ち話もなんだ、どうぞ」
「失礼します」
藤嶋は一礼すると仁とは反対側のソファに腰を下ろした。
「んで?一体御堂誠公会のトップが何の用ですか?敵の本拠地に、護衛も付けずにたった一人で」
「……単刀直入に申し上げます。今の御堂誠公会を潰していただきたいのです」
「…………は?」
藤嶋の口から放たれたあまりにも意外すぎる言葉に仁は言葉を失う。今の御堂誠公会を潰してほしい?一体何のために?
「まず最初に言っておきます。今の御堂誠公会はただの傀儡……操り人形に過ぎないのです。そしてこの私自身も。御堂誠公会四代目という肩書きもお飾りに過ぎません。三代目の逮捕も、紅鸞会が影で実権を握っているのも。私が操り人形のひとつでしかないのも。全ては福岡……いや、九州と沖縄全ての表と裏を牛耳るある一人の男の思惑でしかない」
藤嶋は膝に肘をつき、顔の前で手を組んでうなだれる。そしてしばらくすると顔を上げてため息をつき──重い口を再び開いた。
この事件の、そして全てを裏で操るその“黒幕"の名を。
「その男の名は……
藤嶋の口から語られた真実。この事件の全ての黒幕。九州管区警察局長・大豪秀俊。この男こそが九州・沖縄の裏と表の全てを支配していた元凶なのだと藤嶋は顔をしかめながら語った。
「この男の支配は二十年以上前から始まっていました。当時博多署に勤めていた大豪は当時の博多署署長や警察局長の汚職を知り、そこから裏社会の連中と接触。彼等の弱みを握った大豪は後ろ盾を得て上層部すら脅迫し、長い年月を経て今の地位と九州・沖縄全域の実効支配に至りました」
警察局長の大豪は狡猾で非常に頭の切れる男だった。彼は上層部の汚職をネタに裏社会との取引を行なって力を付け、気付いた時には上層部よりも力をつけていた。ある者は地位を追われ、ある者は物言わぬ屍となって闇に葬られ、自分の罪を暴こうとする者はたとえ
「御堂誠公会の中で紅鸞会が実質トップに等しい力を持っているのは彼等が大豪と通じているからです。それは紅鸞会先代の頃からでした。私が大豪の傀儡にされているのも、万が一の場合に私に全ての罪を着せるため……いわば私は弾除けに過ぎないのです」
組織のトップというものはどうしても目立つ。普段は都合の良い傀儡として、そして万が一の保険……トカゲの尻尾切りのような存在として。御堂誠公会での地位などまさにお飾りに過ぎないのだと。
「だからってなんで
「……黒狼会は力を持った九州の組織で唯一、大豪の息がかかっていないからです。逆に言えばここ以外の組織はほとんどが大豪の手中に落ちてしまった。大豪の傀儡に過ぎぬ私にもはやあの男を止める術はありません。私はもう……操り人形でいることに疲れたのです」
もはや大豪とそれに深く関わっている紅鸞会一強の支配からは逃れられない。だが唯一、希望があるとすれば……まだ大豪の手が及んでいない黒狼会だけが頼りだ。もし黒狼会が紅鸞会を崩すことができればそれを起点に御堂誠公会は瓦解するだろう。そうすれば大豪にもボロが出るはず。あとはそこをうまく突ければ……。
「なるほど……やっぱり警察のお偉いさんが関わってたか……」
仁は煙草を灰皿に押しつけながらつぶやく。何となく警察内部の人間が関わっていることは薄々気付いていた。だがまさか警察局長とは。とんでもない大物が出てきたもんだと仁は苦笑いした。
「それで?具体的にどうしてほしいんだ?」
「……私も腐っても四代目会長。ある程度組織を押さえ込むだけの力は残っています。まずは紅鸞会を倒してほしい。奴等は今現在門司港にいてそこには紅鸞会二代目会長や若頭達もいる。こんなチャンスは滅多にない。基本的に彼等はバラバラに行動してますので。私は他の末端組織が増援などに駆けつけないよう組織を押さえ込みます」
偽の指令を出せばある程度組織全体を混乱させたり足止めはできるだろう。そこを黒狼会が叩けば……。
「なるほどな。だが……うちとしてもリスクの高いケンカだ。それをやるメリットはどれほどあるんだ?」
バックに警察組織の幹部が控えているとなると相当に危険な戦いになる。果たしてそこまでの危険を侵す必要があるのか?仁は慎重に判断する必要があった。
「……もちろんあります。もしここで大豪を倒せなければ奴は九州・沖縄だけでなく本州に進出、果ては警視庁までをも支配下に置きかねません。そうなれば日本の政治までもが奴の思い通りになってしまうでしょう。これはもはや福岡のヤクザがどうとかそういうレベルの問題ではないのです」
大豪はあまりにも力をつけすぎた。彼を野放しにすることはいずれ日本社会そのものが彼の手中に落ちかねないのだ。それほどまでに大豪という男はあまりにも危険な男であると藤嶋は語る。
「今しかチャンスはありません。そして私にもおそらくあまり時間は残されていない。用済みになれば追放されるか始末されるかのどちからだ。もう私自身も操り人形でいることに疲れました。だが最後に紅鸞会に、そして大豪に一矢報いてやりたい。私も極道の端くれ、いつでも
藤嶋はそう言いながら決意を秘めた瞳で仁を見据える。
……こうまで言われては流石に退けまい。それに……ここで断ったら極道の名折れだと仁は遂に決意する。
「……わかりました、藤嶋会長。黒狼会会長としてあなたの決意、しかと受け取りました」
「黒谷会長……」
「それに……こっちには頼もしい味方もいますしね」
仁は“龍"と呼ばれたあの少年の顔を思い浮かべながらふっと笑い、藤嶋と握手を交わした。
相手は警察組織の大幹部。なるほど、面白い。
面白い