朝。昨日早めに寝たせいか今日は早く目が覚めた二人。
この日は福津市滞在最終日。遅くても夕方までには家に帰らなければならない。
いつでも出発出来るように着替えの入ったバッグなどはあらかじめバイクに積んでおく。あとは手荷物だけ持って出ればいい。
出発するのは昼くらいでいいだろう。それまではゆっくりしてもいいかもしれない。
「忘れもんないね?」
ヨネ子が納屋にいる龍馬の元へやってきた。
「大丈夫。あとは手荷物くらいだよ」
「そーね。ならいいたい。あ、そうや。あんた、なんかじーちゃんが呼びよったばい。あとで二階の書斎に来いっちよ」
「わかった。行ってみる」
「ほならあたしゃ買いもんさい行ってくるけんね」
ヨネ子はそう言うと敷地に止めてある軽トラに乗り込んで買い物へと向かった。
ヨネ子の乗った軽トラが遠ざかるのを見届けた後、龍馬は2階にある平蔵の書斎に向かうことにした。
玄関から入ると丁度平蔵が階段から降りてきた。
「おお、龍馬か。丁度よかったたい。お前に渡したいもんがあるけん、あとで俺の書斎に来いや」
平蔵はそう言うとトイレへと向かっていった。
龍馬は一度居間に戻ってディレットを誘ってから平蔵の部屋に向かうことにした。
平蔵がトイレに戻るより先に龍馬とディレットの二人が平蔵の部屋に入ると、中は書斎と言うよりは作業部屋といった感じで大きな机にパソコンや得体の知れない機械に数々の工具、そして部屋中に置かれたラジコンの飛行機やヘリコプターの数々である。
「うわあ!凄い、何これ!?」
小さな飛行機やヘリコプターを見て驚くディレット。近くに寄ってそれをまじまじと見つめる。
「どや?凄かろ?」
いつの間にか平蔵が後ろに立っていた。
「それは全部俺の自慢のラジコンたい」
「らじ……こん……?」
ラジコン。ラジオ・コントロールの略で特定のチャンネル周波数を使って遠隔操作が出来る玩具であり、その歴史は長い。
平蔵はラジコンが一般化するさらに昔の時代、小型だが本物のエンジンを使ってワイヤーで回転しながら操作するUコンと呼ばれる飛行機まで持っている。ここにあるUコンやラジコンのほとんどは平蔵の自作である。
中にはバイク用のエンジンを自分で改良して作ったUコンまであるくらいだ。
そして本棚には昭和30年代頃から今に至るまでのUコン・ラジコンの雑誌や若き頃の平蔵がUコンやラジコンを持って写っているアルバム、さらに数々の大会で優勝を納めたトロフィーや賞状が数多く飾られている。
「じーちゃんは大のラジコン好きなんだよ」
「説明するより見せた方が早かろう。ちょっと着いてこい」
平蔵はラジコン飛行機を持って出ると敷地のワンボックスカーに積み込み、龍馬とディレットを乗せて畑へと向かった。
「よし、ここならよかろう」
ここら一帯は平蔵の土地の畑だ。この範囲内ならラジコンを飛ばしても安全上問題ないだろう。
平蔵はラジコン飛行機を車から降ろして飛ばした。
「わあ!凄い凄い!飛んでる!」
遥か上空を飛行するラジコン飛行機を見てはしゃぐディレット。
左旋回、右旋回、宙返り……平蔵が手に持っている機械のレバーを動かすとラジコン飛行機は自由自在に大空を舞う。
「どうや?」
「凄いです!楽しそう!」
平蔵の操作で近くまで戻ってきて着陸したラジコン飛行機。
「これがラジコンたい。……さて、本題に入ろうかのう。龍馬、ほれ、これお前にやるたい」
平蔵がワンボックスカーから取り出したのはプロペラが4つ付いた虫のような形の飛行機。
いわゆる"ドローン"というやつだ。
しかも折り畳めるタイプで折り畳むとペットボトルと同程度といったくらいのコンパクトな大きさだ。
「え!?これドローンじゃん!?貰っていいの!?」
「おう、お前ドローン欲しがっとったけんのお。やるわい」
「どろーん……?」
聞き慣れない単語に戸惑うディレット。プロペラが4つついているが飛行機のラジコンとどう違うのだろうか?
「それスマホやらタブレットでも操作できるけん、早速飛ばしてみれや」
「わかった」
龍馬はスマホのWi-Fiをドローンと接続。ドローン操作用のアプリケーションを起動して頭上に飛ばす。
頭上に浮かび上がったドローンには空撮用のカメラが搭載されていて上空からあらゆる方向の撮影が可能である。
龍馬のスマホの画面には仮想コントローラーと一緒に空を見上げる龍馬とディレットと平蔵が写っていた。
「あれ?リョーマのスマホに私達が写ってる?」
「ドローンには大体カメラ付いとるけんなあ。あげんして
「へぇ、すごい!楽しそう!」
ドローンをしばらく操作してから着陸させると龍馬はディレットにもドローンを操作させてやった。
最初はぎこちない飛行だったが、徐々に上手く使えるようになってディレットもドローン操作を楽しんでいた。
しばらくドローンの操縦を楽しんでから三人は家へと戻る。
家へ戻ると平蔵が予備バッテリーや充電器を龍馬に渡してくれた。
「ところでじーちゃん、あのドローンどんくらい飛ぶの?せいぜい5分くらい?」
「ふっふっふ……聞いて驚くなよ……ありゃあ連続30分は飛べるばい!」
「長っ!なんでそんなに飛べるの!?」
ドローンのバッテリー持続時間は通常5分前後、高価な物でも10分~20分程度が限界である。
「ありゃあ俺が"ソーラー・ドローン"って名前つけて魔改造したやつやけんな!ソーラーパネルが付いとるけん、飛行中でも日中なら太陽光で充電しながら飛べるんや!」
「魔改造すぎるだろ……どんな改造してんだ……そもそもソーラーパネルとかどこから調達したんだよ……」
「そりゃあ、内緒くさ!……まあ、飛行中はバッテリーの減りを遅くすること程度しかできんけん、あくまで飛行時間を普通より長くすることしかできんけどな」
「充分だよ。ありがとう、じーちゃん」
「それから、夜はドローンを飛ばしたらいかんぞ。今法律が色々厳しくなっとるけんな」
「わかってるって」
龍馬は背中のメッセンジャーバッグにソーラー・ドローンをしまう。
時計を見ると時刻は13時を回ろうとしていた。
丁度その時ヨネ子も買い物から帰ってきた。
「ただいまー。あれ、龍馬あんた帰るとね?」
「うん、そろそろ帰るよ」
「そうね、ほな気を付けて帰りいよ」
バイクのエンジンをかけて二人はヘルメットをかぶる。
「じーちゃん、ばーちゃん、ありがとね。また来るよ」
「おじいさん、おばあさん、二日間ありがとうございました」
ディレットは丁寧にお辞儀をする。
「またいつでも遊びに来いや。ばーさんと二人でいつで待っとーけん」
「二人とも、また来ぃね」
平蔵とヨネ子がそう言った直後に家の中からターボが走ってくる。
どうやらターボも見送りに来てくれたようだ。
「ターボ、また来るからな。いい子にしてろよ」
「じゃあね、ターボ」
「ワンワンッ!」
二人はターボを撫でて別れの挨拶を告げた後、バイクに跨がる。
「じーちゃん!ばーちゃん!バイバイ!」
「さよならー!」
龍馬のNinja250は颯爽と走り出し、あっという間にその姿が小さくなる。
平蔵とヨネ子とターボは孫達のその後ろ姿が見えなくなるまで家の前で見送ったのであった。
巨大な松の木の防風林が立ち並ぶ宮司浜の海岸沿いをしばらく走ると来るときにも見えた大きな鳥居があった。
鳥居は海岸への道へと続いており、龍馬はそこの信号で停止する。
そういえばここは福岡三大神社のひとつ、
時刻はまだ13時過ぎ、久しぶりにちょっと寄ってみるのもいいかもしれない。
「ディレットー!!」
「なーにー!?」
二人ともヘルメットを被り、更にエンジン音が響き渡るため、怒鳴るように声を出さないと声が聴こえないのだ。こういう時のためにヘッドセットが欲しいところだ。
「ここ左に曲がったらでっかい神社あるんだけどさー!!寄ってみるかー!?」
「うーん!!行ってみたーい!!」
「よっしゃー!!」
龍馬は交差点を左に曲がり、宮地嶽神社への道を進む。
この神社は今から約1700年前、
この神社ではこの三神はまとめて"
それにちなんで土産物屋の品も招き猫や必勝ダルマなど商売運に関連した品が多い。
毎年約220万人以上が参拝に訪れ、うち約100万人は正月の深夜から1月3日までの三が日に集まって新年を祝うため、三が日は参拝客でごった返すのだ。
だが今日は平凡な日曜日のためか、参拝客もまばらでのんびりしている。
鳥居をくぐったところでバイクを止め、引きずって駐輪スペースに停める。
このあたりの参道は餅屋やお土産屋が建ち並ぶエリアで土日祝日はそれなりにお客も多い。
二人が歩いていると甘い香りが漂ってきた。
これは餅の香りだ。それも覚えのある。
「いい匂い……リョーマ、これって"ウメガエモチ"じゃない?」
「残念ながらちょっと違うんだよなぁ」
龍馬は近くの店で餅を焼いているおばあちゃんから餅を二個買った。そして焼きたてのそれをディレットと一緒に食べる。
「モグモグ…………やっぱりウメガエモチじゃないのこれ?モチもアンコも一緒だよ?」
「これな、"松ヶ
太宰府天満宮の梅ヶ枝餅に対し、福津市の宮地嶽神社、宗像の宗像大社では松の木の焼き印がしてある"松ヶ枝餅"が一般的だ。
実は梅ヶ枝餅には白い生地のものとヨモギを練り込んだ緑色のものがある。
ただしヨモギ入りは菅原道真の誕生日と命日である毎月25日の"天神さまの日"にしか販売されない。
対して松ヶ枝餅は白とヨモギは常に販売されている。
龍馬が言った通り、物自体はほとんど同じなのだがそういった違いがある。
また、大宰府の梅ヶ枝餅店は梅ヶ枝餅協同組合という組織に所属しており、梅ヶ枝餅を登録商標としているため、内容が同じものでも同名で販売は不可能なのだ。
「こっちはヨモギって葉を練り込んだ餅だ。いい風味と香りが餡とよく合うぞ」
龍馬はヨモギ入りの餅を買ってディレットに渡す。
「モグモグ…………ほんとだ!美味しい!」
「だろ?」
餅を食べつつ参道の店の土産物を見回った後、二人は急な階段の前に着いた。
この長く急な階段は"男坂"という名称が付けられており、なかなかに登るのがきつい。
「ハァ……ハァ……」
「フゥ……フゥ……」
二人とも行きを切らしながら男坂の階段を登る。やっと上まで登り詰めたところで二人は後ろを振り返った。
「……リョーマ!下の道が海まで続いてる……!」
「ああ……あそこが俺達が曲がってきた交差点だ」
遠く、遥か向こうまで階段の下から続く参道。
龍馬達が曲がってきた交差点にあった海岸へと続く鳥居が見える。
その向こうには海と、そして水平線に相島が見えた。
「あそこからここまで、一本の道になってたんだね」
海岸から男坂まで続く全長800メートルの参道。
この参道は"光の道"とも呼ばれており、毎年2月下旬と10月下旬の2回、参道の延長線上の向こう側に太陽が沈む時期がある。
それはそれは滅多にお目にかかれない貴重で神秘的な光景で、それを見るために県外から来る参拝客も多い。
「この先に本殿がある。お参りしていこうぜ」
「うん」
二人がしばらく歩くと立派な楼門が見えてくる。
楼門をくぐった先にはこの神社の本殿があり、ここにあった"とある物"にディレットは目を奪われた。
「お、大きい!!何あれ!?」
本殿にあったもの。それは"
注連縄と言えば神社では珍しくもないが、この神社は他の注連縄とは一線を画していた。
ディレットが驚くのも無理はない。その注連縄は、
非常に巨大なのである。
直径2.6メートル、長さ11メートル、重さ3トンの大注連縄は日本最大の大きさを誇る注連縄で、宮地嶽神社の"三大日本一"のひとつである。
さらに宮地嶽神社には直径2.2メートルの大太鼓に重さ450キロもある巨大な鈴があり、この三つは日本全国どこの神社にもない名物である。
「すごい大きさの縄だね!どうやって作ってぶら下げてるんだろ?」
注連縄の下まで来て縄の断面に手を伸ばして触れてみる。
よく見ると縄の断面の稲の隙間に多くの小銭がねじ込まれている。
この注連縄のあまりの大きさに賽銭箱だけでなく、注連縄の隙間にも賽銭を入れていく参拝客が多いのだ。
二人はそれぞれ十円玉を用意して賽銭箱に入れ、手を叩いて参拝をする。
「なにかご利益があるといいね」
「そうだな」
そう言って龍馬はちらりと本殿の脇を見る。
するとこの神社の神主さんであろう方が困った顔で頭を抱えて唸っていた。
「……あの、どうしたんですか?」
「ん?ああ、失礼しました。私はこの神社の神主なのですが実は最近目に見えてほぼ毎日お賽銭が盗まれていまして……」
そう言って神主さんはため息をつく。
「賽銭泥棒?なんて罰当たりな……」
「リョーマ、サイセン泥棒ってもしかしてこのサイセン箱の中のお金を盗んでるの?」
「ああ。……しかし神様に奉納するお金を盗むたぁふてぇ野郎だ。神主さん、犯人に心当たりは?」
「……それが……全く……。昼間は常に本殿に人がいますし、お守りを販売している窓口の関係者の方々も怪しい人間は見なかったそうです。ただ……我々も四六時中賽銭箱を見張れるわけではないのでその隙を突かれているのかも……」
「そうですか……監視カメラとかは付けないんですか?」
「そうしたいのは山々なんですが……神聖な神社に監視カメラというのもなんだか気が引けましてね……それに参拝に来てくださる方々全てを疑うのも心苦しくて……」
神主さんはそう言ってまたため息をつく。よほど事態は深刻なようだ。
「そうだ!」
何かを思い付いたようにディレットが言った。
「リョーマ!ヘイゾウおじいさんからもらったあの"ドローン"を使おうよ!」
「……なるほど。考えたな」
龍馬が平蔵から譲り受けた折り畳み式のソーラー・ドローン。
ドローンにはカメラがついているため、空から賽銭箱を見張れば何か映るかもしれない。
「神主さん、ちょっと無理矢理な理屈ですが神主さん達はカメラを使いたくないんですよね?なら俺ドローンを今持っているから良ければ俺達がこれで見張ります。そうすれば賽銭泥棒を見付けられるかも」
「ドローン……ですか……ううん……」
「他の方々に迷惑にならないような位置取りで監視してみます。俺も賽銭泥棒は許せません。協力させてください」
神主さんはしばらく考えたあと、意を決したように頷いた。
「……わかりました。何かあった場合は私が全て責任を持ちます。お願い出来ますか?」
「喜んで!」
こうして龍馬達は賽銭泥棒を追うことになった。
果たして犯人は見つかるのだろうか。
「よし、まず情報と作戦のおさらいだ」
「うん」
本殿左側のお守りや破魔矢の売場窓口の建物に特別に入れさせてもらった龍馬とディレットはドローンを用意して作戦について話し合う。神主さんも一緒だ。
「まずドローンで上空から偵察、怪しい人間がいたらディレットが尾行、神主さんは賽銭箱の確認を。それから神主さんは犯人に警戒されないために売場の方々にあまり賽銭箱を凝視しないように伝えてください」
「わかった!」
「わかりました。善処します」
「よし、じゃあドローン展開!」
龍馬はドローンを窓から飛ばし、画面が見やすいようにスマホではなくタブレット端末のiPadでドローンを操作する。
「へへ、なんか特殊部隊の偵察任務みたいでカッコいいな」
「もう……リョーマ、遊びじゃないんだよ?」
「わかってるって。……お、誰か来たな」
やってきたのは帽子をかぶった裕福そうな老人だ。
老人はゆっくりと賽銭箱に近付く。
iPadの画面に映る様子を見て神主さんが言った。
「……この方はいつも参拝に来てくれる方ですね。名前も知っているし、裕福な方ですから賽銭泥棒をするような方ではありません」
「なら、ハズレですね……」
その後老人は参拝を終えると参道を引き返して帰っていった。
次に家族連れの団体客が来たが、どう見てもハズレだ。神主さんもはじめて見る顔と言っていたから遠方からの参拝客だろう。
その後も若い夫婦や複数のおばちゃん達など色々やってきたが怪しい様子は見られない。
「毎日盗まれているから必ずいるとは思うんですが……」
神主さんがそう言った時、本殿に一人の男が現れた。
男はやたらとキョロキョロしており、しかも帽子にマスクにサングラスと明らかに怪しい。
「この方は名前は知りませんが、最近よく参拝に来てくれますね」
「でもなんか怪しいなぁ」
不審に思った龍馬は男が賽銭箱の前に立った時にドローンの高度を下げて背後に回した。そしてカメラを遠距離からズームにする。
男は1円玉を賽銭箱に入れると手を叩いて拝んだ。
「1円とかしょっぱいやつだな……せめて10円くらい入れろよ……ん?」
男は急にまたキョロキョロとし始めるとポケットに手を突っ込んで封筒のようなものを取り出した。
そしてそれをおもむろに賽銭箱の中に入れたではないか。
しかし男はその後何事もなかったかのように賽銭箱から離れ、普通に立ち去った。
「神主さん、こいつ封筒みたいなもの入れましたよ!?」
「おかしいですね……これまで賽銭箱の中に封筒など入っていませんでした」
龍馬は急いでドローンを手元に戻すと背中のバッグにしまって立ち上がる。
「リョーマ!私、あいつを追うね!」
「バレないように気を付けろよ!もし危ない奴だったら急いで逃げるんだぞ!俺と神主さんは賽銭箱を確認してくる!」
ディレットは外に飛び出して、不振な男の後を追う。
龍馬と神主さんは急いで賽銭箱に近づき、神主さんが賽銭箱を開ける。するとーー、
「わぁっ!?」
羽根の生えた小さな"少女"が賽銭箱の中にいた。
「よ、妖精!?」
手のひらに乗るほど小さい妖精のような少女は賽銭箱の中にある小銭や紙幣をさっきの男が入れた封筒に入れているではないか。
「な、何でバレたの!?」
少女は羽根を羽ばたかせて賽銭箱から飛び去り、逃げようとする。
「逃がすか!」
龍馬はドローンを再び展開し、少女が飛ぶ先へドローンを先回りさせて牽制した。
「うひゃあっ!?な、何これ!?」
ドローンに少女は驚き、反対側に逃げようとするが、ドローンの旋回能力は妖精の少女のそれを越えていてどこへ逃げようとしても先回りされて徐々に追い詰められる。
「ご、ごめんなさい~!降参です~!」
観念したのか、遂に少女は地面に降り立ち両手を上げた。
「神様のお金を盗むたぁ、このバチ当たりが!」
「え~ん!ごめんなさい~!!」
龍馬は少女の服の襟をつまみ上げて怒鳴り付ける。
少女の身長は10センチといったところで背中には半透明の羽根が生えており、少女が妖精であることを強調させる。
その時ディレットからスマホに着信が入る。
「どうした?」
「"リョーマ、さっきの男参道の入り口にいるんだけど何かイライラしながら独り言言ってる。『遅い』とか『まだか』とか……"」
「……そうか。こっちは犯人捕まえたぜ」
「"ホントに!?"」
「ああ、犯人は"妖精"の女だった」
「"妖精……ということはピクシーの一族でしょうね。ピクシーは小さいけど高度な魔力を持っているから気を付けて"」
「わかった。こいつは神主さんに任せて俺もそっちへ行く。待ってろ」
「"わかったわ"」
龍馬は電話を切り、ピクシーの少女を神主さんに預けてディレットの元へ向かう。
階段を降りて参道の入口の鳥居へ向かうと、さっきの男がディレットと対峙していた。
「なんだテメエは!」
「あなたがサイセン泥棒ね。残念だけどお仲間のピクシーは捕まえたわよ。観念しなさい」
「なっ……!?チィッ、あいつドジりやがって……!クソッ!こうなりゃやけだ!うおりゃああ!」
男はナイフを取り出してディレットに襲いかかる。しかしディレットは男のナイフを素早くかわして腕を掴み、手首に手刀の一撃を浴びせてナイフを叩き落とす。
平蔵から教わった五十嵐流無手術のひとつ"小刀封じ"だ。
男が怯んだ瞬間、ディレットは後ろ手による拘束を施し、地面に組み伏せる。
それと同時に駆け付けた龍馬も男を取り押さえ、近くの店の店員の通報ですぐに警察が駆け付けた。
「犯人逮捕のご協力に感謝します」
駆け付けた警察官によって賽銭泥棒の計画犯の男は現行犯逮捕された。
そして実行犯のピクシーだが、彼女はどうやら"転送魔法"を使えるらしく、封筒に潜り込んでから男が賽銭箱に封筒を投入。内部で小銭や紙幣を封筒に詰め込んでから封筒と共にワープして男の元に戻っていたそうだ。
だがどうも様子がおかしい。ピクシーの少女はずっと泣きじゃくっている。
警官が男共々連行しようとするが、ディレットが制止する。
「お巡りさん、待ってください。ピクシーの一族は本来人里でこんなことをするような種族ではありません。話をさせてくれませんか?」
「そうは言いましても……現に犯罪を侵した以上はこちらも身柄を拘束せざるを得ませんので……」
「まあまあ、お巡りさん。とりあえずこの子の言い分を聞いてからでも遅くはないでしょう」
神主さんがフォローしてくれたおかげでディレットはピクシーから話を聞くことができた。
「はじめまして。私、エルフのディレット。あなたは?」
「うう……ぐすっ……私ルミナ……」
「ルミナはどうしてオサイセンを盗んでたの?」
「私、元々アルカ帝国の森で暮らしてたのに……悪徳商人に捕まって異界の国へ売られて……あの男の人からは"お前の家族の居所は知っている。逃げたら家族がどうなっても知らないぞ"って脅されて……怖くて転送魔法で逃げることも出来なくて……それでこの神殿のお金を盗むように言われて……」
「酷い話ね……でもあの男は本当にあなたの家族の居場所を知ってるの?」
「わからない……でももし本当だったら故郷のパパとママが危ない目に……うっうっ……」
ルミナはまた泣き出してしまった。
龍馬はそれを見て何も知らない彼女を捕まえた商人とそれを悪事に利用したあの男に対し、怒りを露にした。
「クズ野郎どもめ……」
龍馬は拳を握り締め、歯軋りをする。
先ほど逮捕されたあの男は警官が駆け付けた
る前に一発ぶん殴っておくべきだったか。
「私、どうなっちゃうの……?牢屋に入れられるの……?」
ルミナの泣きはらした顔からはさらに涙が溢れそうになっている。
しかしそこで神主さんが助け船を出した。
「んー、賽銭は盗まれてないなー。"ちょっといたずら好きの小さな女の子"が"賽銭箱の中で遊んでるのは見た"けどなー。金銭に被害は無かったしなー。被害届は出さないでおこうかなー。ねえ、お巡りさん?」
それを聞いて警官は帽子を深くかぶって、ふぅ、と軽くため息をついた。
「……わかりました。私は何も知りません。賽銭泥棒なんていなかった。いたのは傷害と銃刀法違反容疑の男だけでした。それでは、我々は失礼します」
警官は一度敬礼をした後、パトカーに戻って神社を去る。
後には龍馬達が残された。
「ルミナ、さっきの男も捕まったことだし今から転送魔法で帰れない?」
「それが……私、まだ長距離の転送魔法は使えなくて……ここから故郷まで戻るのは無理なの……」
「……ねえ、リョーマ。居候の身の私が言うのはすごく厚かましいことだと思うんだけど……この子、私達で預かれないかな?」
「……そう言うだろうと思ったよ」
実を言うと龍馬もディレットと同じ考えだった。
悪人にいいように利用されて、右も左もわからない異界の国で一人きり。このまま放っておくわけにはいかないだろう。
「ルミナ、うちに来い」
「……え?」
「俺達の力で故郷に返してやる……のは時間がかかるかもしれないが、少なくとも今夜寝る場所くらいはあるぞ」
あとは、賽銭泥棒の被害者である神主さんが同意してくれればいいのだが……
「いやぁ、さっきも言ったけど私は何も知らないなあー。妖精なんて存在するわけがないじゃあないかぁー」
神主さんは棒読みであさっての方向を見ながらそう呟いた。
「神主さん……」
「…………その子を頼みましたよ、二人とも。あ、そうだ……」
神主さんは何かを取り出す。
「お礼と言ってはなんですが、あなた達にこのお守りを渡しておきます。あなた達に三柱大神のご利益がありますように。それでは……」
龍馬とディレットは神主さんからお守りを貰い、それをポケットにしまった。
神主さんが立ち去った後、龍馬とディレットはルミナを連れてバイクに向かう。
エンジンをかけて暖気し、ルミナをジャケットの胸ポケットに入れてディレットを後ろに乗せる。
「じゃあ、帰るか!」
「うん!」
そして龍馬のNinja250は走り出す。
バイク初体験のルミナは龍馬の胸ポケットから顔を出したまま叫びっぱなしだ。
三人の乗ったバイクは宮地嶽神社を出発し、福津市を後にした。
色々あったが楽しかった二泊三日の福津市滞在。
そしてピクシーのルミナとの出会い。
母の涼子がまだルミナを受け入れてくれるかは疑問だが、きっと大丈夫だろう。
ダメならその時は別の方法を探すまでだ。
そう考えながら龍馬はアクセルをさらに回した。
「もしもし、どしたん?……えっ?ほんとね?帰ってくると!?……うん……うん……わかった。ほな、そん時は気を付けて帰ってきーよ。うん、じゃーね。…………父ちゃん帰ってくるんかー。ほな家ん中綺麗にしとかないかんね。そや、帰ってくる日はあの人の好きな飯作っちゃらないかんね。はー、今から忙しくなることたい」