アナザー・ディメンジョン -異界交流記-   作:誠龍

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第18話 ディレットのバイク免許取得日記その①・入校の壁と原付免許

福津市滞在から数日。夏の日差しが強くなりつつあるとある日の学校の中庭。龍馬、ディレット、勇人、千春の四人は木陰のベンチにて昼食を取っていた。

他愛もない会話をいつものようにやり取りしていたある日のこと、遂に千春があることを宣言したのだ。

 

「テストも終わったし、そろそろバイク免許を取りに行こうと思うの」

 

中間テストが終わり、風紀委員の仕事にも余裕ができた彼女は以前宣言した通り、遂にバイクの免許を取りに行くことにしたのである。

手には免許取得のためのチラシを何枚か所持していて、それぞれ違うチラシを見ながら彼女は龍馬に話し掛けた。

 

「それで……俺達に相談って珍しいな?」

 

千春は龍馬と勇人を捕まえて「バイク免許のことで相談したいことがある」と切り出したのだ。

彼女から相談を受けるなど少し前まではかんがえられなかったことだが、これで龍馬達と千春の距離はだいぶ縮まったに違いない。

 

「そう。免許を取りに行く自動車学校を選んでるんだけど、なかなか決まらなくて。この2つ、どっちがいいのかしら?」

 

そう言って千春が見せてきたのは複数あるうちの二枚のパンフレット。いずれも近くにある自動車学校のものである。

ひとつは徒歩でもいける"福岡中央自動車学校"、もうひとつは少し離れた場所にある"博多モータースクール"である。

 

「ああ、二輪なら博多モータースクールがいいぞ。俺も勇斗もそこで取ったし。福岡中央自動車学校は今二輪の先生少ないらしいから都合が合わない可能性があるからな。博多モーターは二輪の先生多いし」

 

「自動車とバイクの先生って違うの?」

 

「当たり前だろ。四輪は四輪、二輪は二輪の先生がちゃんと別れてるんだから。中には両方兼任してる先生もいるけどな。それに博多モーターは無料送迎バスも多いからやや遠いとはいえ足には困らないぞ」

 

自動車学校というのは教習コースも教員もバイクと自動車で別れている。基本的には専門の教員が指導するため、バイクの教員が少ない場所では講習の予約が取りづらい場所もあるために二輪免許を取るならばバイクを指導出来る教員が多い学校を事前に調べて選ぶこともスムーズな免許取得のための方法でもある。

また、自動車学校の多くは最寄り駅などを回ってくれる上に無料で使えるスクールバスを配備していて、初めて免許を取る"足の無い"生徒のための配慮もされていて意外と通学には困らないことも多い。

 

「ふーん……じゃあ、そっちにしてみようかな。ありがと、助かったわ。あとはお母さんと相談してから学校に許可取らなきゃ」

 

千春はパンフレットをクリアファイルにしまいつつ、母親に連絡を取るためにスマホを取り出す。

 

「なあ……須崎、ひとつ聞いていいか?」

 

「何?」

 

勇斗が申し訳なさそうに切り出した。もちろん尋ねたいのほ千春の母親のことだ。

 

「その……言いにくいんだが……お前のお母さん……バイク免許取っていいって言ってるのか……?だって……自分の旦那さんバイク事故で亡くしてるのに……」

 

千春が最愛の父を失ったということは千春の母もまた同じく自分にとって最愛の人をバイク事故で亡くしているのだ。そうなれば唯一残った愛する娘がバイクに乗りたいなどと言えば反対してもおかしくはない。

 

「……なんだ、そんなことか。……大丈夫よ。最初聞いた時はびっくりしてたけどね。お父さんが遺してくれたバイクのことを話したらきちんと最後まで話を聞いてくれたわ。そしたらいいって」

 

「そ、そうか……悪かったな、変なこと聞いて」

 

「……別に気にしないで。……ありがとね。じゃ、私先生に免許のこと言ってくるから」

 

どうやら要らぬ心配だったらしい。少し寂しそうな笑顔を浮かべつつも千春はファイルと空になった弁当箱を持つとベンチから立ち上がり、職員室に向かうために校舎へと戻っていく。龍馬達はそんな彼女の後ろ姿を見届けると昼食の残りを平らげるために視線を膝の上の弁当箱へと戻した。

そんな中、龍馬はある事に気付く。

 

「…………」

 

「ん?ディレット、どうした?」

 

さっきからディレットが変だ。珍しく一言も発しない。様子を見る限り、怒ったり落ち込んだりしてるわけではないようだが。何か深く考え事をしているような……そういう風に見て取れた。

 

「……え!?ううん、なんでもないの。ちょっとぼんやりしてただけ」

 

「……?なら、いいんだけどよ……」

 

ディレットは咄嗟に取り繕うが実はこの時彼女の中ではある決意が固められていた。だがそれをまだ龍馬達が知る術はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ~……くたびれた……じゃー、帰るか」

 

龍馬が大きく伸びをしつつ、隣で上履きから革靴に履き替えるディレット。

 

「……リョーマ、ごめんね。今日私用事があるから先に帰ってて」

 

「?」

 

龍馬はアルバイトをしているためいつも彼女と一緒に帰っているわけではないが、彼のバイトが無く一緒に帰れる時に彼女がそれを断るのは珍しい。

 

「やーい、フラれてやんの」

 

丁度そこへ後からやってきた勇斗が茶化しに入る。全く、目障りなゴリラだ。

 

「うっせぇブタゴリラ」

 

「ブヒウホ」

 

「ツッコまないからな」

 

そんなくだらないやり取りをしている間にディレットはいつの間にか姿を消していた。

まあ帰り道はわかるだろうし、高橋のような輩はこのあいだぶちのめしてやったし、ディレットも前に祖父から護身術代わりに五十嵐流の技を教わったから心配はないだろう。

あまり詮索しても悪いと思い、その日龍馬は仕方なく暑苦しいブタゴリラ……もとい、勇斗と家路を共にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数十分後、ディレットは一人で慣れないバスに乗りつつなんとか目的のバス停へ辿り着き、ある施設へとやってきていた。

 

「ここね……」

 

"博多モータースクール"。建物にはそう書いてあった。

彼女の目的は……

 

 

 

 

 

そう、バイク免許の取得である。

 

 

 

 

 

 

龍馬のNinja250にタンデムしてからというもの彼女のバイクに対する憧れは強くなっていた。

そして友人である千春が免許の取得をしようとしている。出来れば自分だってバイクに乗りたい。そう思い、彼女はとりあえず情報だけでもとこうして自動車学校へやってきたのだ。

彼女は意を決して建物に入る。

中に入ると白く清潔感のある広いロビーがあった。入り口でディレットがキョロキョロしていると受付の女性がどうぞ、と言ってくれたので受付の椅子に座る。

 

「入校希望の方ですか?」

 

「は、はい……!」

 

「免許の種類は普通自動車免許ですか?二輪免許ですか?」

 

「え、えと……"バイク"は……」

 

「ああ、バイクは"二輪免許"になりますね。ご希望は小型自動二輪、普通自動二輪、大型自動二輪とありますが、どれですか?」

 

ディレットの頭はこんがらがっていた。

こがた?ふつう?おおがた?バイクってそんな種類があるの?と。

 

「えと……その……私……異界留学生で……あまりそのへんがよくわからなくて……」

 

「ああ、これは失礼しました。ではバイクの排気量について簡単に説明させていただきますね」

 

受付の若い女性は資料を取り出すと丁寧に説明してくれた。何もかもが未知の世界で勝手がわからない免許の世界でこういう配慮はありがたい。

 

「一般的にバイクと呼ばれる二輪車はガスの排気量によって原付・小型・普通・大型の四種類があります。排気量50cc以下は原付、51~125ccが小型、126~400ccが普通、それ以上の排気量は大型自動二輪というふうに日本の法律では区分がされています。このうち原付は試験場での試験のみで1日で取得できるため、ここでは割愛します」

 

受付の女性はそう言うがディレットにはいまいちピンとこない。こちとら自分の世界では馬にしか乗ったことがないのだ。

 

「じ、実はホームステイ先の男の子がバイクに乗っていて……それに憧れて来たんですけど……"はいきりょう"とかがよくわからなくて……同じくらいの大きさのバイクに乗りたいって思ってるんですけど……」

 

「なるほど。バイクの名前はわかりますか?」

 

「えと……"にんじゃ……にーはん"って言ってたような……」

 

よく龍馬が名前を口にしていたのでかろうじて名前は覚えていたディレット。それを聞いて女性はピンと来たようだ。

 

「わかりました。それなら普通自動二輪ですね。その"ニーハン"というのは排気量250ccのことです。では普通自動二輪希望ということでご案内してよろしいですか?」

 

「は、はい!」

 

よかった。なんとか通じた。

ディレットはほっと胸を撫で下ろし、女性の説明に耳を傾ける。

 

「かしこまりました。ではまず授業時間についてですが、普通自動二輪は実際にバイクに乗って受ける実技講習が合計19時間、教室で学科授業を受ける時間が計21時間となっております。ただ、あなたは異界人なのでまず自動車や道交法をよく知るための追加の学科講習があって、通常より2時間多いので学科の講習は23時間となります」

 

バイク免許って結構時間がかかるんだな、ディレットがそう思っていると、受付の女性は料金プラン票を出してくれた。普通自動車免許やその他様々なプランがある中から"普通自動二輪(MT車)"と書かれた場所を彼女は指差す。

 

「では、こちらが料金になります。えーと……"17万5000円"ですね」

 

「じゅ、じゅうななまん!?」

 

こちらの世界でニホンの貨幣の単位や価値は既に知っている。17万といえばかなりの大金だ。そう気軽に出せる金額ではない。

 

「そ、そんなにお金がかかるんですか……」

 

「そうですね……昔よりも免許の費用はかなり高くなってて今はこれぐらいかかります。ですが、分割払いのローンのプランもありますので保証人がいれば異界人の方でもローンを組めますよ。とりあえず今日はこちら資料とローンの申し込み用紙をお渡ししておきますので、ホームステイ先の方とご相談なさっては?」

 

「わ……わかりました」

 

「はい、では入校お待ちしております」

 

とりあえずディレットは資料と申し込み用紙を受け取り、自動車学校を出た。

思った以上にかかる費用の大きさという自動車学校の"入校の壁"に愕然としつつ、重い足取りで彼女は自宅を目指したのであった。

 

 

 

 

 

 

「(アルバイト……探そうかなぁ……)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

「あっ!リョーマ、お帰りなさい!」

 

龍馬が自宅に帰るとルミナが家の奥からパタパタと羽根を羽ばたかせながら出迎えてくれた。

賽銭泥棒の一件以来成り行きで連れて帰ってきてしまったが、母は全然構わないと言ってくれた。

ルミナの小さな身体でも手伝えるレベルの簡単な家事を任せているらしいが、一番涼子が嬉しく思っていたのが"話し相手が出来たこと"だ。

龍馬とディレットが出掛けている間は基本的に一人である涼子。彼女が暇を潰すのにルミナの存在は一躍買っていた。

 

「あれ?ディレットは?」

 

「なんか行きたいとこがあるからって一人で行っちゃったぞ」

 

「ふーん……どうしたんだろうね」

 

「さあな」

 

龍馬は洗面所で手洗いを済ますと、部屋に戻って着替え、ゲーム機のスイッチを入れた。ベッドにはルミナが座り込んで龍馬がプレイするゲームの画面を見つめている。

 

「さて……最近あんまやってなかったからちょっと進めるか……」

 

「リョーマ、また"てれびげーむ"やってるの?」

 

ルミナは足をパタパタとさせながらそんな言葉を龍馬に投げ掛ける。

画面には剣と盾を持った西洋の騎士が映っていて、不気味な雰囲気の場所でおぞましい怪物と戦っている。

龍馬は何やら強そうな怪物と対峙したが、力及ばずやられてしまう。

龍馬の操作する騎士は光となって消え失せ、画面には"YOU DIED"と表示された。なんと読むのかはルミナにはわからないが。龍馬によれば「あなたは死にました」という意味の言葉らしい。

その後も龍馬は何度も戦いを挑むが、難しいのか何度やっても龍馬が操作する騎士は死んでしまっていた。そのうち龍馬の顔から段々と活力が消えていくのがわかる。

 

「……心が折れそうだ」

 

「ニホン人ってこういう雰囲気好きだよねー。私達の世界じゃ騎士とか城とか魔法とか当たり前の存在だけど」

 

折れそうな心をなんとか持ち直して再度挑戦しようとすると玄関のドアを開ける音がかすかに聞こえた。ディレットが帰ってきたようだ。

龍馬は彼女を迎えようと立ち上がって部屋のドアを開けた。ドアが開ききる前にルミナが隙間から飛び出て玄関へと急ぐ。

 

「ディレット!おかえり!」

 

「……ただいま」

 

ルミナはすぐに気付いた。ディレットの表情は暗く、元気がない。すぐにそのまま二階に上がってしまった。

二階の廊下で龍馬とすれ違うも、俯いたままぼそりとただいまを呟いただけで自室へと籠ってしまう。ルミナは自分が何か彼女を傷付けるようなことをしたのかと不安になってしまう。

 

「……あ、あれ……私なんか悪いことしたのかな……」

 

「……いや、ありゃ出先でなんかあったな……おーい、ディレット?何があったんだよ?」

 

人当たりのいい彼女がわけもなくあんな態度を取るはずはない。きっと今日の"用事"で何かあったに違いないと察し、龍馬はドアをコンコンと叩くが返事はない。

 

「なんだってんだ、まったく……」

 

 

 

 

そのまま二時間が経ち、夕飯になった。

とりあえず食卓にはやってきたディレットだが、どうも箸が進んでいない。降りてきてからもずっと思い詰めた表情のままだ。

 

「……ディレットちゃん、あんた全然食べとらんやないね。何があったんね?」

 

涼子が話しかけるもディレットの表情は暗いまま。そしてやはり彼女は理由を答えない。

 

「……いえ、何でもありません……」

 

「飯は食わんわ、元気はないわで何でもないわけがなかろうもん。あんたにとっちゃ本当の親やないかもしれんけどね、あたしにとってはあんたは実の娘も同然の存在なんよ。たとえ自分より遥かに年食ったエルフやろうが同じたい。その娘がなんか悩んどるんやったら話くらい聞いてやりたくなるのが親っちゅうもんよ。

それともあたしそげん信用ない女かね?」

 

涼子にとってエルフだろうが年上だろうが同じ釜の飯を食って寝食を共にする以上、彼女も大切な"家族"であり"娘"なのだ。

そんな涼子の言葉を聞いてしばらく黙ったままのディレットだったが、ようやく口を開いた。

 

「……わかりました。ちょっと待っていてもらえますか?」

 

ディレットは俯いたまま箸を置くと、自室に戻って何やら大きな封筒を持ってきた。

涼子はそれを受け取ると、中身を取り出す。

 

「こりゃあ……自動二輪免許の入校案内と申込書やないね!?ディレットちゃん、あんたバイクの免許が欲しいと!?」

 

「え!?ディレットがバイク免許!?」

 

彼女が取り出したのは自動車学校のパンフレットと申し込み用紙だ。涼子と龍馬、二人は目を丸くしてディレットを見る。ディレットは暗い表情のまま黙ってコクリと頷いた。

 

「リョーマがバイクに乗ってるのに憧れて……今日一人で自動車学校に行ってみたんですけど……私が想像してた以上に免許って高いんですね……」

 

「はぁー……それで悩んどったんね……確かにねぇ、バイク免許は17、8万かかるし車の免許に至っては昔と違うけん35万くらいかかるたい。しかも免許取れても今度バイクがまたン十万もするばい?」

 

「……ですよね」

 

「しかもディレットちゃん、現実を突き付けるようで悪いけど……よしんば免許とバイクが手に入ってもくさ、自動車やバイクには"保険"っちゅうもんがかかるとよ?」

 

「ほ……ほけん?」

 

「そう。"自賠責保険"と"任意保険"のお金がかかると」

 

免許とバイク(又は自動車)さえあれば乗れるわけではない。バイクや自動車には事故にあった時のために強制的に付けられる"自賠責保険"と任意の保険会社に加入して付ける"任意保険"がある。

法律上、自賠責保険は必ず入らなければならないし、万が一事故に遭った場合は自賠責保険では補償をカバー出来ない。そのために任意ではあるが別に料金を払ってどこかの保険会社と契約して更に保険をかけておく必要がある。

 

「それだけやない。ガソリン代だってかかるし、不調が出たらメンテナンスしたりバイク屋で直してもらったりせないかん。ほて、またその金がかかる。いわゆる"維持費"っちゅうやつたい。

そんでヘルメットも3~4万するやつ買わなきゃいけんし、更に乗り物には税金もかかる。それ考えたらとんでもない金がかかるよ?」

 

「う……」

 

自動車やバイクに乗るのがそんなに大変だったとは。この世界の人達も便利な物を使ってる反面、やはりいいことばかりではなく苦労しているのだと身に染みて感じたディレット。

 

「もしディレットちゃんがバイトするっちゅうんやったらあたし達も出来るだけ協力しちゃりたいけど……仮になんかバイト見つけたとしても今すぐは無理やねぇ……ローンでもちょっと厳しいと思うばい……」

 

「そう……ですよね……ごめんなさい……居候の身でこんなこと……」

 

やはり異界に来たばかりでしかもホームステイとはすなわち居候に等しい。こんな自分がバイクの免許を取るなどやはり不可能なのだと実感する。

今にも泣き出しそうな声でディレットは言う。

 

「ごめんねぇ。あたし達が大金持ちか宝くじでも当たっときゃあ『おう!今すぐ免許取り行ってこい!』っちゅうてから10万20万くらいポーンと出しちゃるんやけどねぇ……ん……?」

 

仕方ないこととはいえ、あまりに不憫なこの状況を嘆く涼子だが、彼女はその時気が付いた。

妥協案ではあるが、極力金をかけずにディレットがバイクに乗る方法がひとつだけあるではないか。

 

「龍馬、あんたそういえばくさ、ガレージに父ちゃんの使ってない"カブ"置いとらんやった?」

 

「"カブ"?ああ、あのカブか。でもあれずっと放置してるから自賠責は切れてるし、オイルは交換しなきゃだし、チェーンも錆びまくってたるみまくってるよ。まあ、ちょっと手かければすぐに動くけど」

 

「ならあんたちょっとあれ直しちゃりいよ。あんたばっかいバイク乗ってからディレットちゃんこげん落ちこんどったらあたしも喉詰まるが」

 

「わかったよ。ちょっと見てみる。なあ、ディレット」

 

龍馬の呼び掛けに俯いたままのディレットは少しだけ顔を上げる。

 

「ちょっと飯食ったらガレージまでこれるか?」

 

「……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食事のあと、ディレットは龍馬と涼子に連れられてガレージにやってきた。龍馬はガレージの電気を付け、その片隅に向かい、"何か"にかけてある汚れたシートカバーを外した。

そこには青と白の古ぼけた小さなバイクが砂と埃と錆にまみれてちょこんと立っていた。

 

「……これは?」

 

「これは親父が昔使ってたカブだよ……っつってもわからないか」

 

「かぶ?」

 

「50ccの原付バイク。ホンダのスーパーカブ50っていうんだ」

 

ホンダ・スーパーカブ50。バイク乗りなら知らない者はいない、世界最多数の出荷量を誇るホンダが生んだ原付でも屈指の名車である。

カブが名車と言われるそのわけだが、空冷4ストロークSOHC単気筒エンジンを搭載したこの原付の恐るべきところはその異常な燃費と耐久性である。

少々の整備不良や悪条件ではビクともしない頑丈さ、オイルは使い古しの天ぷら油を入れてもエンジンが動く、さらにリッター約30~40kmという驚異的な燃費の良さが自慢のこのバイクは日本国内のみならず世界中でビジネス用バイクとして愛用されている。

日本国内では新聞配達・ラーメンやピザなどの食事のデリバリーサービス・郵便配達など配達業の業者のほとんどがこのスーパーカブを採用している。

さらにカスタマイズの豊富さも相まって機械いじりのできるバイク愛好家からの人気も高く、大型免許を持ちながら敢えてカブを楽しむライダーも多い上に、燃費の良さと維持費の安さから通勤や通学に使う者も多い。

ビジネスから通勤・通学、そして趣味に至るまで。ありとあらゆる場面で活躍し続けるホンダが生み出した永遠の名車。それこそが"ホンダ・スーパーカブ"なのだ。

ちなみに"カブ"という名称は野菜の蕪(かぶ)ではなく、英語で(熊などの)"猛獣の子"を意味する"CUB"から来ている。

まるで猛獣の子供のように"小さな体に秘めた大きなパワー"という意味を込めて名付けられた名前なのだ。

 

「ちょっと古いし汚れてはいるけど、メンテナンスすればすぐに乗れるぜ」

 

「でも……免許のお金が……」

 

「ああ、それなら心配ないが。あたしが出しちゃる。だって原付やったら一万で取れるし。しかも一日で」

 

「……えっ?」

 

ディレットは耳を疑った。

一万?一日で取れる?どういうことなのか。

……待てよ、そういえば……。

ディレットは自動車学校の受付の女性の話を思い出していた。

 

 

 

"『一般的にバイクと呼ばれる二輪車はガスの排気量によって原付・小型・普通・大型の四種類があります。排気量50cc以下は原付、51~125ccが小型、126~400ccが普通、それ以上の排気量は大型自動二輪というふうに日本の法律では区分がされています。このうち原付は試験場での試験のみで一日で取得できるため、ここでは割愛します』"

 

 

 

 

確かに言っていた。"原付は一日で取得できる"と。

 

「これやったらバイクはもうここにあるし、1万出して受かればあとは自賠責保険の登録を取り敢えず最低ライン一年分の7千円ちょっと出して新しくすればすぐに乗れるばい。原付の税金なんて一年で千円くらいしかかからんしね。

まー、龍馬みたいにでかいバイクじゃないけどなんもないよりマシやろ。あたしも若い頃は乗りよったけどカブもなかなか捨てたもんやないばい」

 

涼子はカブのシートをポンポンと叩く。なるほど、確かにこれなら最低限の出費と期間で最短で乗ることができる。

小さなバイクではあるが、むしろこれの方が入門用としてはいいのではないか。ディレットはそう考えた。

 

「リョーコさん……リョーマ……ありがとう……」

 

「なに、いいってことよ。それより原付免許の勉強した方がいいんじゃね?」

 

原付免許は自動車免許試験場にて48問の○×問題を受け、50点満点中45点以上で合格となる。

合格後、事前に予約しておいた試験場内のコースで原付講習を数時間受ければあとは免許の交付を待つだけだ。

 

「俺が二輪と原付用の参考書や学校行ってた時の教科書持ってるし、インターネットにも模擬試験問題とかゴロゴロ転がってるから色々やってみるといいぞ。もちろん落ちたら払った金がパーだから気を付けろよ」

 

「う、うん。わかった」

 

こんなに嬉しいことはない。早速今日から猛勉強だ。

ディレットは夢のバイクライフに向けての一歩を踏み出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それからディレットは数日間龍馬や涼子、学校では加えて勇斗にも原付免許の勉強を教えてもらっていた。

元々ディレット本人が物覚えの良いのもあってか標識の意味、道路の種類、信号の正しい意味、道路による速度や車両の制限など日本のややこしい道路交通法を少しずつ覚えた。

さらにこの勉強のおかげで日本語のひらがな・カタカナ・漢字をだいぶマスターするという二次効果まで得た。

一方ディレットが勉強に勤しんでいる間、龍馬は暇を見つけてカブのメンテナンスを行った。

ただし、チェーンやスプロケット(軸の回転をチェーンに伝える歯車のこと)の交換だけは大掛かりなのでマックスモータースのおっちゃんに頼んでやってもらった。……痛い出費だったが。

 

そして試験当日の朝。

免許交付のための試験は平日の朝8時30分~9時の間のみ受け付けている。この日ディレットは学校に申請して休みを貰い、涼子の車で免許試験場へと向かう。

入り口近くで車を降りる。「頑張ってきーよ!」と言いながら涼子は試験に向かうディレットを見送った。

試験に合格した場合、講習を終えて免許の交付までには時間がかかる。そのため涼子は先に帰った。ちなみに帰りはバスだ。

試験場へ付くと受験料や手数料を窓口で払い、指示された教室で試験を受ける。

 

「(いよいよね……)」

 

試験はマークシート方式で行う。

福岡県公安委員会の男性が問題用紙とマークシートを渡すと次に鉛筆と消しゴムを配った。これは不正防止のためだ。

 

「えー、では試験を開始します。それでは初めてください」

 

こうしてディレットの原付免許試験が始まった。しっかり勉強したおかげで難なく解ける問題ばかりだ。走り出したペンは止まらない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方。涼子は夕飯の仕度のために買い物から帰ったとこだった。龍馬はまだ帰ってきておらず、家にはルミナが一人でいるだけだ。

 

「あ、リョーコさんおかえりなさい」

 

「ただいま~。あー疲れた」

 

涼子は買い物袋をドサリとテーブルに置く。すると中からクッキーとクランチチョコレートの箱を取り出してルミナに渡す。

 

「ほら、ルミちゃんお土産」

 

「わあ!ありがとうございます!」

 

ルミナは甘いものが好物である。元々住んでいた世界では貴重品である砂糖や菓子。あらゆる種族にとってそれらは場合によっては金銀財宝よりも価値のあるものなのだ。

ルミナ達ピクシーも果実や木の実、花の蜜を加工したものなどを他種族と物々交換することで生計を立てていた。ヒトをはじめとした様々な種族はそうやって菓子の原料を手に入れているのだ。

ルミナは箱を開けてクランチチョコレートにかぶりついた。やや苦味があるが味わい深いこの"チョコレート"とサクサクとした焼き菓子の"クッキー"が特にルミナの大のお気に入りだ。

テーブルの上で菓子を嬉々として頬張るルミナの嬉しそうな顔に涼子は顔をほころばせながら、キッチンの換気扇を付けてその下で煙草を吸う。

涼子は基本的に煙草をここでしか吸わない。

家が煙草臭くなるのと家具がヤニで黄ばむのを嫌がるためだ。もちろん車の中でも一切煙草を吸わない。

ヘビースモーカーというわけではないが、それなりに喫煙量の多い涼子は喫煙マナーはしっかりしている。

以前コンビニで灰皿があるにも関わらず駐車場にポイ捨てした男に注意したら男が逆上したのでその場でギタギタにのしてやったほどだ。

あの時はさすがにやり過ぎたと思ったが、男は大量の吸い殻を撒き散らしていくはた迷惑な存在だったそうでコンビニの店長からは逆に感謝された。

 

「夕方……こんな時間まで帰ってこんっちゅうことは……あの子……」

 

そこまで呟いた時、家のドアが開く音が聞こえた。どうやらディレットが帰ってきたらしい。

 

「おう、お帰り。どうやったんね?」

 

するとディレットは嬉々とした表情で財布から原付免許を取り出した。やはり無事に合格したようだ。涼子もほっと胸を撫で下ろす。

 

「やりました!これで原付に乗れます!」

 

「おめでとう。良かったやないね」

 

その時、龍馬も丁度帰宅したので早速彼にも報告する。

 

「ただいま。……おっ?合格した?」

 

「うん!この通り!」

 

ディレットは免許証を龍馬にも見せる。龍馬もやはり心配していたようだが、無事に彼女が免許を取れたことで安堵したようだ。

 

「よし、じゃあ早速乗るか?自賠責登録も済ませてるし、いつでも動かせるぜ」

 

ディレットはブンブンと首を縦に振る。早く乗りたくてたまらないらしい。

ガレージからカブを取り出し、表に出る。

龍馬が予備に持っているゴーグル付きの安い半ヘルをかぶり、カブに跨がる。

講習で"すくーたー"には乗った。

アクセルを回すだけで細かいスピードの調整ができ、馬とは全然違う魅力にディレットは一発で虜になった。

だがカブは"すくーたー"とはかなり形が違う。ブレーキレバーが左にない。ハンドルの左側にはグリップとあとはホーンやウインカーのスイッチだけだ。だがすぐに慣れるだろう。

 

「じゃあ、キースイッチを回してみろ。カブはセルが付いてないからキックペダルを思い切り踏んでエンジンをかけるんだ」

 

車体右側にあるキックペダルに足をかけ、思い切り踏み抜く。エンジンは一発でかかった。

 

「じゃあ、軽く進んでみな」

 

「うん!」

 

ディレットは嬉々としてアクセルを回す。が……

 

「……あれ?」

 

エンジンの音が大きく響くばかりで車体は前に進まない。

何回か回してみるが、やはりなかなか進まない。

 

「あっ……」

 

その時龍馬が何かに気付いたようだ。忘れていた。そういえば原付講習で乗る車種は……

 

「ディレット、お前講習で乗ったのってスクーターだよな?」

 

「う、うん」

 

「すまん、忘れてた。"カブはギア操作が必要"だぞ」

 

「えー!?」

 

カブは少々特殊な車両である。

通常バイクはスクーターならハンドル左側にブレーキレバーが、マニュアル車ならクラッチレバーがある。だがカブにはそれがない。だからといってAT車というわけではないのだ。

カブは"自動遠心クラッチシステム"のバイクで"クラッチ操作がいらないがギア操作は必要"というものなのである。

カブには左側のステップの前後に"シーソーペダル"と呼ばれるシフトチェンジのためのペダルが付いている。このペダルで1速・2速・3速までのギアを切り替えるのだが、アクセルのみで進むスクーターに慣れているとこの操作がうまくいかないことが多い。

ただ、カブはクラッチレバーがないのでエンストの心配はないが。

 

「まず、左足のシーソーペダルの前を倒せば1速にギアが入る。速度が上がったらアクセルを戻してエンジンの回転数が落ちる前に2速に入れるんだ。同じ操作を3速までやればいい。3速の状態でもう一度前に踏めばニュートラル……ギアが入っていない状態に戻るぞ。慣れないうちはシフトダウンは使わなくていい。エンジンブレーキかかってガクってなるからな」

 

「……ごめんもう一回言って」

 

「ハァ……」

 

専門用語が多すぎてとても理解できない。前途多難である。

龍馬は自分が代わりに跨がって乗り方を実践した。その後、日が沈むまでディレットのカブ乗車練習は続いたそうな。

 

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