アナザー・ディメンジョン -異界交流記-   作:誠龍

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ソフォス皇帝一向お忍び福岡来日編
第19話 メンタイコを求めて(前編)


「うむぅ……」

 

アルカ帝国皇帝ソフォスは妙に落ち着きがなかった。

政務の傍ら、ソワソワとしている。

その原因は大臣がニホンから持ち帰った"ある物"が原因だった。

 

 

ーー事の始まりは数日前のことだ。

 

 

 

 

 

アルカ帝国大臣のボルドはソフォス皇帝より久々の休暇をもらい、それを利用してニホンへ旅行に行っていた。

彼は観光よりも食を重視していて、城内関係者でも屈指のグルメである。

帝都内にあるニホン旅行代理店でその旨を伝えると、代理店のニホン人からある場所を勧められた。

そしてボルドはその場所へ3泊ほど旅行へ行っていたのである。

 

「陛下。ただいま戻りました」

 

「うむ。ボルドよ、久々の休暇はどうだったかな?」

 

「とても楽しめました。私が行ったニホンのとある地は珍味が沢山あって、数日で体重が増えてしまいましたよ」

 

そう言ってボルドは自分の腹をポンと叩く。

 

「そうそう、陛下と姫様にお土産があるのです。食べ物なのですが、現在城の給仕達に用意させております。食堂の方へどうぞ」

 

「ほう、それは楽しみだ。是非頂くとしよう」

 

ソフォスは玉座から立ち上がり、ボルドと共に食堂へ向かう。

食堂に付くとすでに食器類が用意されていた。

そして皇帝の椅子の脇ではすでにモニカが待機していた。

 

「あっ!お父様!」

 

「おお、モニカ。既に呼ばれておったか」

 

「帰ってきた時に丁度中庭で姫様と会いましてね。先に誘っておいたのですよ。では、今お持ち致します」

 

大臣が手を叩くとメイド達がソフォスとモニカの分の"お土産"を運んでくる。

それは見たこともない……お世辞にも見た目のいいとは言えない赤い食べ物だった。

 

「……お父様……これ……」

 

「……ボルドよ。この不気味な物はなんだ?」

 

「それはニホンのフクオカという街の特産品の"メンタイコ"というものでございます。タラと呼ばれる魚の卵をトーガラシという香辛料に漬けたものでございます」

 

「そ、そうか……しかしこのような食べ物、見たことも聞いたこともない」

 

正直言って魚の卵、しかも香辛料に漬けてあるとはいえ、生で食べるのは気が進まない。

 

「ふふふ……陛下、私と全く同じ反応をしていますね?私も最初はそうだった。でもここは騙されたと思って食べてみてください」

 

「う、うむ……食わず嫌いも良くないな。とりあえず食べてみるとしよう」

 

ソフォスはナイフとフォークでメンタイコの端を切るとそれを口に運んだ。

 

「……む!?」

 

辛い。香辛料に漬けてあるとは聞いたが、結構辛い。しかし……

 

「……うまい!!」

 

「でしょう?その辛さがまたクセになるのですよ。……おい!例の物を持ってきてくれ!」

 

ボルドはメイドに命じると今度は熱々の白い粒が入った皿を持ってくる。

 

「これは……コメか!」

 

コメ。ニホンから伝わった麦とは似て非なる穀物。

実はよく洗い、水を入れて釜で炊くことでホカホカのやわらかい粒になる。

それ単体では大したことはないが、ニホン人はこれを主食として食べており、おかずと共に口に運ぶことで暴力的なうまさを発揮する。

なるほど、これは間違いなく……

 

「……合う!これはうまいぞ!!」

 

ソフォスはメンタイコとコメを同時に口に運ぶ。

口の回りが汚れるのもなんのその、凄い勢いで食べていく。

その様子を見てモニカもおそるおそるメンタイコを口に運ぶが、父と同じ道を辿ることとなった。

 

「辛い!でも美味しいわ!コメによく合うわね!」

 

「うむ!これはうまい!」

 

「喜んでもらえてよかった。それにしてもお二人ともいい食べっぷりだ。見ている私もお腹が空いてきますよ」

 

ソフォスとモニカはボルドがお土産に持ち帰ったメンタイコをほぼその日のうちに食べてしまった。

ニホンと帝国が繋がってはや一年と数ヶ月。

ある程度ニホン由来の食べ物も食べたが、まだまだニホンには自分の知らない珍味が眠っている事を実感したソフォスであった。

 

 

 

 

それから数日。メンタイコの味が忘れられないソフォスはあの味と食欲を誘う辛さを舌に思い起こしながら政務に勤しんでいたが、そのうち政務の事よりもメンタイコの事が頭の中を占領するようになり、仕事が段々手につかなくなっていた。

 

「(ううむ……頭の中の我が城が陥落しようとしておる……!メンタイコの軍勢によって……!)」

 

ソフォスの頭の中はさながらまるで攻城戦。

メンタイコの軍勢が今にも城を落としそうな状態である。と言うかもう落ちている。

 

「……陛下?」

 

「……はっ!?」

 

目の前にはアルバート。

そうだ、今はアルバートより政務に関する報告を受けている最中だった。

 

「陛下……どうしたのですか?最近よく上の空になっているような感じがして……何かお悩み事でも?私にできることがあれば微力ながらお力添え致しますが……」

 

「す、すまぬな……のう、アルバートよ」

 

一国の指導者ともあろうものが珍味一つに囚われて上の空になろうとは。

ソフォスは己の行動を恥じる一方、やはりメンタイコの味を忘れる事が出来ずにいた。

そこでソフォスはある事を考えた。

 

「はい、何でしょう?」

 

「……実は折り入ってお前に相談したいことがある……が、ここでは話せん。今夜、儂の私室に来てくれまいか」

 

「へ、陛下の私室へ!?」

 

皇帝の私室は皇帝の親族のみが立ち入りを許される場所。

いくら騎士団団長といえど、おいそれと入れる場所ではない。

皇帝が夜な夜なそこへ来てほしいということは……

 

「あ、あの……陛下……」

 

「うん?」

 

「その……まさかとは思うのですが……陛下……変なあれに目覚めたということは……も、もしそうなら……わ、私にはその趣味は……」

 

ソフォスはアルバートの言葉の意味がわからなかったが、しばらくしてアルバートが言った意味を理解した。

 

「ば、馬鹿を申すな!儂だってそんな趣味はないわ!」

 

ソフォスは慌てて全力で否定する。

 

「そ、そうですよね!!失礼しました!!で、では私はこれにて!!」

 

アルバートは逃げるように素早く後ろ歩きで謁見の間を去った。

 

「ふう……まったく……」

 

 

 

 

 

アルバートはその後、城の廊下を歩きながらソフォス皇帝の真意について考えていた。

 

「よお、団長!どうしたんだい?」

 

そう言って話し掛けてきたのは深紅の鎧に身を包み、赤い髪に褐色の肌を持つ女騎士レイラ・ヴィクトール。オールデン騎士団の紅一点だ。

男勝りな性格で槍を得意とする女騎士だが、見た目の美しさから兵士達には密かに人気がある。

 

「レイラか……いや実はな、陛下から今夜私室に来るように言われてな」

 

「なんだ、陛下ってホモだったのか?団長のケツが危機に晒されるんだな、可哀想に……」

 

「お前言葉が直球すぎるだろ。お前まで私と同じ発想か。絶対陛下の前で言うなよ」

 

「わーってるって。んで?何で呼び出されたんだ?」

 

「それがわからんから悩んでいるのだ。私がいくら騎士団団長とはいえ、皇族の私室に呼び出されるなどただ事ではないぞ」

 

「……やっぱりホモなんじゃないか?」

 

「死にたいなら止めはせんぞ」

 

「じょ、冗談だよ」

 

レイラは苦笑いしつつ、アルバートの側の壁にもたれ掛かる。

 

「確かにねぇ……親族以外の人間を私室に呼ぶなんて普通ありえねぇよなぁ……アタイもそんな話今まで聞いたことがないぞ」

 

「……他国との戦などというような物騒な話でなければいいが」

 

「でも他の国との交友関係が悪化してるなんて噂は聞かないしなぁ……隣のヴィヴェルタニア王国からも普通に人や物の行き来があるし」

 

ヴィヴェルタニア王国はアルカ帝国の東に位置する王国だ。

現国王であるアティウス・ディ・ヴィヴェルタニア王が治める国はシルワ大陸の中央部に位置しており、シルワ大陸での人の行き来や物流の中継地点としてアルカ帝国と同じく多くの人が集まる国である。

 

「ヴィヴェルタニア王は厳格だが我が主君と同じく民思いの優れた指導者だ。急に他国との交友関係を悪化させるようなことはしないだろうな」

 

「まあね。あの"バカ息子"なら有り得るかもしれないけど、今のヴィヴェルタニア王ならまず有り得ないか」

 

「……ご子息のレオンハルト王子のことか」

 

ヴィヴェルタニア王アティウスには二人の息子がいる。

一人は長男のレオンハルト・ディ・ヴィヴェルタニア王子。もう一人は気弱な弟のエドワードだ。

 

「確かにあの王子がヴィヴェルタニア王国を継ぐとなると不安が残るな」

 

レオンハルト王子はとにかく自己中心的な性格でアルカ帝国でも有名だった。

"民あっての王であり、国である"という民思いの父の考えをバカにしており、とにかく自分より身分の低い者を"愚民"と呼んでいるような人格破綻者である。

アティウス王も息子の自己中心的な考えには頭を悩ませているらしいが、やはり父親として厳しくはしつつもいまいち鬼になりきれていないフシがある。

 

「ニホンへ通じる異界の門が開いたのが我が国で良かった。もしヴィヴェルタニア王国だったらいくらアティウス国王が尽力してもご子息のレオンハルト王子がメチャクチャにしてしまう可能性があるからな」

 

「まあね。まあその分団長の仕事は増えてるけど」

 

「政務が増えるだけならいいことだ。戦がないのが何よりさ」

 

そう言ってアルバートはふっと笑った。

 

「団長って何回か皇帝陛下の付き添いでニホンに行ったんだろ?いいなあ、アタイも行ってみたいぜ」

 

ニホンには美味い飯と美味い酒が多くあると聞く。

酒に目のないレイラにとってニホンはいつか訪れてみたい地であった。

以前、ニホンからの輸入品で飲んだ不思議な泡立つ"ビール"という酒はよく冷えており、謎の弾けるような刺激が酒好きのレイラの喉を唸らせた。

 

「遊びじゃないんだ。どうせお前のことだから酒目当てなんだろうが、行ったとしてもそんな暇はないぞ」

 

「ちぇっ。つまんねーの」

 

レイラは口を尖らせてそう言いながら手を頭の後ろで組んだ。

 

「とにかく、今夜になってみないと陛下の真意はわからないか……」

 

アルバートはそう言って自室へと戻る。

この時小さな影が二人の会話を物陰から聞いていたことに二人は気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜、アルバートはソフォス皇帝の私室の前にやってきた。扉の前ではソフォスが待っていた。

 

「おお、アルバートよ。待っておったぞ。さあ、中へ入るがよい」

 

ソフォスは扉を開ける。

皇帝の私室。アルバートも入るのは初めてだ。

 

「あっ!アルバート!」

 

中にはモニカもいた。アルバートはますます話の予想が付かなくなった。

 

「まあ、座れ。……それと、そなたら」

 

「はい?」

 

ソフォスは扉の両側にいる見張りの兵士に声を掛ける。

 

「これから話すことはアルバート以外には聞かれたくない。悪いが外してくれまいか」

 

「は、はあ……しかし……」

 

「なあに、何かあってもアルバートがおるから大丈夫だ」

 

「しょ、承知しました」

 

扉の両側にいた二人の兵士を部屋から遠ざける。

 

「さて……アルバートよ。話というのは他でもない。ニホンに関することだ」

 

「ニホンに?」

 

「うむ。数日前にニホンに旅行へ行ったボルド大臣のことは知っておろう?そのボルドが土産として持ち帰った"メンタイコ"という珍味を儂とモニカは食べたのだが……その味が忘れられなくてな」

 

なるほど。そう言うことか。

そのメンタイコとやらの珍味のためだけに自分が駆り出されるのか。

正直勘弁してほしいと思ったアルバートだが、よくよく考えたら商人でもない軍人である自分にわざわざそんな話を持ち出すのはどうも変だ。

次にソフォスの口から飛び出したのは予想もしなかった言葉であった。

 

「そこでだ。儂とモニカは"お忍びでニホンに行こうと思う"。アルバートよ、そなたも付き添いで来てはくれまいか?」

 

 

 

 

「…………………………は?」

 

 

 

 

 

アルバートの時が一瞬止まった。

お忍びでニホンへ?自分が付き添い?

 

「へ、陛下!一体何を言っているのですか!?他国との対談などの政務でならまだしも、珍味が食べたいという理由だけでニホンへ行きたいなど!」

 

「あ、アルバート!声が大きいぞ!」

 

「!す、すみません……失礼しました……」

 

アルバートは一呼吸置いて落ち着くと、再び口を開いた。

 

「しかし陛下……やはりそのような私情だけで、しかもお忍びで他国へ行くというのはいかがなものかと……」

 

「アルバート……儂だってなあ、たまにはワガママを言いたくなるときもあるのだ。頼む、アルバートよ……この話はお前にしか頼めんのだ……」

 

正直呆れすぎて「何を言ってんだこのオッサン」と心底感じたアルバート。

 

「留守の間はボルドに話を通して任せてある。ニホンに行く手配もしてある。アルバートよ……頼む……儂らはあの"メンタイコ"の味が忘れらんのだ……」

 

「し、しかし……それなら取り寄せればいいのでは?」

 

「メンタイコは生物(なまもの)なのだ。ニホンには儂らにはない保存技術があるものの、それでも日持ちしない上に大量には取り寄せられん。それにメンタイコを作っている街にはボルドが買ってきたものの他に様々な種類のメンタイコがあるらしい」

 

「私からもお願いするわアルバート。こんなことはアルバートにしか頼めないの……」

 

「う……」

 

うるうるとした目でモニカがアルバートに訴える。アルバートはこの目に弱い。何度この目に屈服してしまったことか。

 

「……仕方ありません。では……」

 

アルバートが渋々了承しようとした時、扉の外で声が聞こえた。

 

「……そこにいるのは誰だ!!」

 

アルバートはソフォスとモニカを庇うように背後にして立ち、剣の柄に手を掛ける。

 

「れ、レイラさん!押さないでください!」

 

「お、押してねぇって!うわっ!」

 

扉が開くと同時にレイラとメイドの少女がなだれ込んできた。

 

「レイラ!?それに君は……」

 

「あ、あはは……どうも……」

 

苦笑いで誤魔化そうとしている青い髪の少女の名はマリー。この城のメイドだ。

大の噂話好きであり、城内・城外問わず噂に敏感な少女でアルバートも何度か彼女から噂話を聞いたことがある。

 

「えーと……その……も、申し訳ありません!!」

 

 

 

 

 

 

「ーーーーで、私とレイラが話していた内容が気になってここで聞き耳を立てていた、と」

 

「はい……」

 

床に正座したままマリーはしゅんと俯いている。

あの時廊下で話していたアルバートとレイラの話を物陰から偶然聞いたマリーはレイラにこの聞き耳作戦の話を持ち掛け、レイラも「面白そうだ」と話に乗ってしまったのである。

 

「恐れ多くも皇帝陛下の私室に聞き耳を立てるなど……厳罰も覚悟の上だろうな?」

 

「だ、団長!陛下!すみません!アタイはどんな処罰でも受けます!だからマリーのことは勘弁してやってください!」

 

「れ、レイラさんは悪くありません!誘ったのは私です!罰するなら私だけを罰してください!」

 

レイラとマリーは互いを庇いながら床に頭を擦り付けて謝罪する。

 

 

「……陛下、どうされますか?」

 

「……聞かれてしまったものは仕方がない……」

 

ソフォスはそう言って立ち上がると、二人の目の前で言い放った。

 

「儂があと二人分手配する。レイラ、マリー。そなたらも同行するがよい」

 

ソフォスのその言葉に驚いたのはレイラやマリーよりもアルバートだった。

 

「へ、陛下!?何を言っているのです!?」

 

「まあ良いではないかアルバート。旅は道連れ、世は情け。賑やかな方が楽しいからのう」

 

「はぁ……わかりました……」

 

「それにマリーよ。お主は噂好きだったな?変な噂を流されても困るしのう。儂らと一緒に来る代わりに今回の事は黙っていてほしい。

ニホンに旅行に行ったことを喋るのはいいが、あくまで休暇をもらって単独で行ったことにしてくれ」

 

「そ、それは構いませんが……いいのですか?レイラさんならまだしも、ただのメイドである私までついて言っても……?」

 

「よいよい。それと、出発は明後日だ。皆の者、明日は各自準備をしてほしい」

 

「わ、わかりました!じゃ、じゃあ、アタイ達はこれで!」

 

レイラは自分の寿命が縮んだ事を実感しながらマリーを小脇に抱えて皇帝の私室を後にした。

その様子を見てアルバートはまた厄介な事になった、と頭を抱えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、各々が準備に取りかかる。

ソフォス皇帝の手配では港より船に乗り、海洋港へ。その後、海洋港からフェリーに乗りニホンへ着いたらハネダ空港からヒコウキに乗ってフクオカ空港へ行く手筈である。ボルドには無理を言って旅の手配と留守を任せていた。

 

 

そして当日。城ではなくとある城下の宿屋の一室へと集合した各自。

アルバートは部屋に入った時、ソフォスの容姿の変化に驚いた。

 

「へ、陛下……!?そのお姿は……!?」

 

自慢の長い髭は短く切り揃えており、長かった髪も短髪になっている。

 

「どうだ?似合っておるかの?」

 

ソフォスは変装と称して髭と髪を短く切り揃えたのだ。

 

「さすがにあの髭と髪は目立つからのう。一般人に紛れるためにはこれくらいせんとな」

 

「は、はあ……」

 

「お父様ったら張り切って髪まで自分で切ろうとしたから私が切ってあげたのよ」

 

隣で大きな帽子をかぶったモニカがクスクスと笑う。

あとから遅れてレイラとマリーもやってきた。

もちろん二人がアルバートと同じ反応を見せたことは言うまでもない。

全員揃ったところで五人は目立たないように徒歩で港へ向かう。

港から船へ乗り込み、アルカ帝国海洋港へ入りニホンへとフェリーで入国する。

ここに来るまでどうやら誰にも自分達が皇族とその関係者ということはバレていないようだ。

フェリーを降り、ニホンの地を踏んだ一行。

レイラとマリーは初めてのため、その光景に圧倒されている。

 

「す、すげぇ……ここがニホンか……」

 

「大きな建物がいっぱい……」

 

建ち並ぶ高層ビルやその中にそびえ立つ東京スカイツリーを目の当たりにして驚く二人にソフォスはかつての初来日した自分を思い出してふっと笑った。

 

「(儂らも初めて来た時はあんな感じだったな。あの日は本当に驚きの連続だった)」

 

五人は港で待っていた羽田空港行きのマイクロバスに乗り込む。

レイラとマリーは初めて見る自動車を見て本当に馬無しで走るのかと疑ったが、エンジンの音を響かせながら走り出したバスに驚き、窓からずっと外を眺めている。

本来なら渡航資格試験を受ける時に自動車については教えられるのだが、二人は皇帝の権限で特別にそれをパスして来ている。そのため自動車など今まで話くらいでしか聞いたことがなかった。

 

「すげえな!馬もないのに走ってる!」

 

「どんな魔法を使ってるのかしら?」

 

二人は窓の外の景色を見つつ、初めて感じるニホンの文明の利器に対して話の華を咲かせている。

そうこうしているうちにバスは羽田空港に到着。

空港の中を見てさらに圧倒されるレイラとマリー。

 

「す、すっげぇ……人がたくさん……」

 

「陛下……一体ここは……?」

 

「ここは"空港"だ。"ヒコウキ"という空飛ぶ鉄の鳥に乗って皆、ここから長い距離を僅かな時間で移動しておるのだ」

 

「そ、空を!?」

 

「空を飛べるのですか!?」

 

搭乗手続きを済ませてターミナルに向かうと、なるほど、確かに巨大な鉄の鳥が窓から見える。

ニホン人も自分たちと同じ異界人も皆ヒコウキとやらに乗り込んでいる。

 

「あんなデカブツが本当に空を飛ぶのかよ……?」

 

「ちょっと予想できませんね……」

 

しかし二人のその疑問はすぐに打ち破られることとなる。

目の前で建物から離れた一機のヒコウキが長い道を走ったかと思うと空へと飛び立っていった。

 

「お、おいマジかよ……」

 

「あれに乗れるのですか!?もう私今からワクワクしてきちゃいました!」

 

「ヒコウキは凄いのよ!ドラゴンよりも早く、高く空を飛んであっという間に私達を運んでくれるの!」

 

レイラとマリーにモニカも加わって和気あいあいと話に華を咲かせている。

しかしその一方で青い顔をしている人物がいた。アルバートだ。

青ざめた顔をしているアルバートを見てレイラが肩を叩く。

 

「……団長?」

 

「……はっ!?な、なんだ……?」

 

「どうしたんだよ?顔色わりぃぞ?腹でも痛いのか?」

 

「ああ、レイラ。アルバートったら空飛ぶ乗り物が苦手なのよ。初めてニホンに来た日も"へりこぷたー"に乗って顔真っ青にしてたしね」

 

モニカはアルバートを見ながらクスクスと笑いつつ、レイラにそう言った。

 

「なんだ、団長にも苦手なもんがあるんだな!」

 

「う、うるさいぞ」

 

搭乗時間が迫り、一行は飛行機に乗り込む。

三席並んでいる窓際の席を二列取っている。

前の三席にはモニカ、ソフォス、アルバートが、後ろにはレイラとマリーが座る。

そして離陸の時間になり、アナウンスが流れた。

 

「"それでは、到着まで空の旅をお楽しみください。"」

 

ジェットエンジンの音が鳴り響き、身体が前に引っ張られる。

レイラとマリーは感じたことのない重力の力に驚いて歯を食い縛るが、飛行機が離陸した瞬間にみるみるうちに離れていく大地と近付く雲を見て大はしゃぎだ。

モニカも窓に張り付いて外を眺めている。

ソフォス皇帝はすっかり慣れたのか、気持ち良さそうに寝ている。

アルバートは……言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

大手自動車メーカーに勤める社員の斎藤 龍一郎(さいとう りゅういちろう)はこの日、長かった京都での単身赴任を終えて関西国際空港で福岡空港へ向かう搭乗手続きを済ませ、飛行機に乗り込んでいた。

 

「長かったけど、やっと家に帰れるな」

 

彼は涼子の夫であり、龍馬の父親である。

単身赴任は長かったが、ようやく愛する家族に会えることを楽しみにしていた。

しかもいつの間にか異界からのエルフの娘や果ては妖精までいるという話だ。

最初に異界人を受け入れるという話を妻から聞かされた時は驚いたが、話を聞く限りとてもいい子たちだそうだ。

仕事が忙しく、異界人たちに触れ合える機会がなかった龍一郎は内心そのことも楽しみだった。

お土産の八ツ橋もたっぷり買った。あとは家族のもとへ帰るだけだ。

 

 

 

 

 

何の因果か、はたまた偶然かーーーー。

龍一郎の乗り込んだ飛行機とソフォス皇帝一行の乗った飛行機の到着時刻はほぼ同じであったーーーー。

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