アナザー・ディメンジョン -異界交流記-   作:誠龍

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第2話 対談に向けて

「…以上が異界の国・ニホン国との対話の内容になります」

 

アルバートは謁見の間で跪いて報告した。

 

「うむ、ご苦労であった」

 

アルカ帝国皇帝…ソフォス・レーグヌム・アフトクラトリアは立派な顎ひげをさすりながらオールデン騎士団団長アルバートの話すニホン国との対談の内容に耳を傾けていた。

今回の事件で繋がった異界の国。そこへ調査に赴いたアルバートの話を謁見の間にいた誰もが固唾を飲んで聞いていた。

 

「…して…異界の国のニホンとはどのような国であった?」

 

「はっ。それはもう驚きの連続でありました。ニホン国の海軍は我が帝国最大の規模を誇る軍艦ですら凌駕する巨大な鉄の戦艦を持ち、空を飛ぶ虫のような鋼鉄の乗り物、更には我等の送迎にと案内された大きな鉄の箱は馬を必要とせずに走る"クルマ"という乗り物。ニホンの王都と言われる"トウキョウ"という都は一面が石の地面に覆われ、我が国の王城よりも巨大な鉄の建造物が無数に建ち並び、更には天空まで届くような巨塔までありました」

 

アルバートの話を聞いた皇帝の臣下や側近達がざわつく。中にはそんなもの有り得ないとアルバートを狂人扱いするような声も聞こえたが、アルバートは聞かなかったことにした。今は偉大なる皇帝陛下に大事な報告をしている時なのだ。そのような戯言を耳に入れている場合ではない。

 

「なんと!ニホンは高度な魔術師や錬金術師が沢山いる国なのか!?」

 

ソフォス皇帝は目を丸くして驚いたが、アルバートは冷静な声で続ける。

 

「いえ。ニホンには魔術師も錬金術師もおりませぬ。それどころかあちらの世界には"そもそも魔法が存在しない"ようなのです。おまけにエルフやドワーフといった亜人種の一族は存在せず、文明を持つのはあちらの世界ではヒト種だけのようなのです」

 

"魔法が存在しない"ーーーーアルバートのその言葉はこの世界に住む者にとって信じがたい言葉である。高度な文明は優れた魔術によって生み出されるのが当たり前のこの世界でそのようなことは有り得ないのだ。アルバートの言葉を信用できない側近の一人が声を上げる。

 

「馬鹿を申すでない!!そのような高度な文明が魔術なくして存在できるわけなかろう!!」

 

「黙れ!アルバートは儂と話をしておるのだ!お前にではない!」

 

ソフォス皇帝が一喝すると流石に皇帝へは言い返せないのか側近はむぐぐ、と黙ってしまう。皇帝が相手とあっては無理もないだろうが。

 

「…見苦しいとこを見せたな……続けるがよい、アルバート」

 

「はっ。…ニホンの高度な文明についてですが…彼等の世界は魔法や精霊が存在しない代わりに鉄や金属で作った"機械"を使った技術による文明が発達しているようなのです」

 

「ほう、機械とな?」

 

「はい。先ほどの乗り物はもちろん、遠くにいる人間と話したり文面を交わしたり出来る"でんわ"や"すまあとほん"と呼ばれる機械や遠くの景色や人間を薄い金属の箱に映す"てれび"という機械があります。私がニホン国指導者のヤマナカ殿と対話している様子をその"てれび"を使ってニホン国民へと見せているという説明を受けました。仕組みは解りかねますが…彼等は政治の様子などをこうやって遠くの国民に見せることで公平な政治を行っているようです」

 

アルバートが異世界の国ニホンで目にした数々の信じられないもの。帆を張らずに動く鉄の船。石造りの巨大な無数の建物に馬を必要とせず動く鉄の乗り物。さらには遠くの人間と会話が出来る装置や遠くの景色を映し出すものまで。アルバートは夢でも見ているのではないかとずっと思っていたが、こうして多くのことを体験して帰ってきてあれは現実だったのだと理解する。

 

「にわかには信じがたい話だが…お前ほどの男がわざわざ嘘をつくとも思えぬ」

 

「お気持ちは分かります陛下。何よりこの私自身あの世界で見たことを信じられません……あれは夢だったのではないかと未だに心のどこかで思っております。恐れながら陛下。陛下もご自身の目であちらの世界を見れば信じざるを得ないでしょう」

 

「うむ、それで…彼等は和平に応じてくれるのだったな?ならば早く支度をしよう。いつでも出られるように船と馬を準備しておけ」

 

「仰せのままに。皇帝陛下」

 

「ご苦労であった、アルバート。下がってよい。今日は疲れたであろう。ゆっくり休め」

 

「ありがとうございます、皇帝陛下。それでは失礼致します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ…」

 

アルバートは王城の廊下で溜め息をついた。

異界の国に行ってからというもの、ニホンとの対談、異界の信じられぬ技術による高度な文明に関する情報報告のまとめ、皇帝とニホンの本格的な対談に向けた準備、それに加えて本業である騎士団団長としての勤めや訓練など仕事は山積みだ。

そして一番の頭痛の種はーーーー

 

「アルバート!!帰ったのね!!」

 

「(このお方だ…)」

 

彼に駆け寄ってきたのは美しい阿麻色の髪にリボンを付け、赤いドレスに身を纏った少女だ。

彼女はモニカ・レーグヌム・アフトクラトリア。この国の皇女でソフォス皇帝の一人娘だ。

彼女は嫌いではないが心底疲れているこの状態では正直出来ればあまり会いたくない人物であった。彼女は"お転婆"という言葉を体現したような性格で、ソフォスもアルバートも度々手を焼かされている。容姿端麗、文武両道ではあるのだがいかんせんお転婆な部分が強すぎる故によく家庭教師の授業やアルバート直々の武術の訓練をサボってはどこかで遊んでいたり、アルバートが遠征で遠い場所からクタクタになって帰還した時は遠方の珍しいものや場所の土産話をこうしてずっと要求するのだ。異世界が繋がるというただでさえ大事(おおごと)で一大事の時だというのに勘弁してほしいものである。

 

「姫様…ご機嫌うるわしゅう。…ところでこの時間は自室にて勉学に励まれているはずでは?」

 

「今日の分はもう終わったわ!あの家庭教師ったら情けないわね。歴史の専門家とか言っておきながら知識は私以下なんですもの!」

 

「それはそれは…彼のお給金がどんなことになるやら楽しみな話ですな…では、私は仕事がありますのでこれで…」

 

そそくさと去ろうとするアルバートのマントの裾を後ろからモニカがむんずと掴んだ。後ろから引っ張られる力を感じてアルバートは止まらざるを得なくなる。

 

「待ってアルバート!あの異界の門の向こう側に行ったのでしょう?お父様だけなんてずるいわ!私にも聞かせて頂戴!」

 

「(…ハァ…やっぱりこうなるのか…面倒なことになったな…)」

 

「あっ!今『こいつ面倒くさいな』とか思ったでしょう!顔を見なくてもわかるわよ!」

 

ギクリ。

 

「い、いえ、決してそのような事は…」

 

アルバートの額に冷や汗が浮かぶ。全く、女の直感というものは恐ろしい。実は心でも読んでいるのではと不安になる。

 

「そう?だったら土産話のひとつでも聞かせて頂戴。いいでしょ?アルバート」

 

「……わかりました。ですが少しだけですよ。仕事が遅れれば陛下や城の者達にも迷惑がかかります」

 

「わあい!アルバート大好き!」

 

無邪気にはしゃぐ少女の笑顔をよそにアルバートは終始くたびれた表情のままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルカ帝国帝都。貿易の盛んな町としても賑わうこの町は多くの物が流通するせいか、人間以外にもエルフやドワーフ、ハーフリングや魔族など様々な者達が生活していた。ソフォス皇帝は外見による差別を嫌い、あらゆる種族が平和に暮らしていける町作りをモットーとしたため、種族間のいざこざはほとんど起きていない。アルカ帝国領の東にあるトルトの森の村からやってきたエルフの少女ディレットはある目的のために故郷の森からここアルカ帝国王都へとやってきていた。

 

「さて、まずはタマラおばさんの店へ行かないと…」

 

彼女はエルフの伝統的な技術で作られた生地を馴染みである帝都の仕立屋へと卸しに来ていたのだ。エルフの作る生地はしなやかでいて美しく、王族や貴族の衣装や家具素材として非常に需要が高い。ディレットの母マリアは村でも一番の機織り職人であり、その美しい生地やタペストリーや絨毯は見る者を魅了させ、貴族や王族からの発注が絶えない。また、エルフ生地のコースターやスカーフなどの小物は遠方からやってきた旅人や巡礼者のお土産として人気も高い。

仕立屋であるタマラの店は港の近くだ。ディレットはまず港へと向かった。

 

「あれ…?」

 

なんだか港の様子が変だ。いつもより兵士達が多く、船乗り達も忙しそうに動いている。海に面する帝都は海産物の交易や水揚げも盛んで普段から多くの水夫達が忙しそうにしているが今日は明らかにただ事ではない。

 

「なんだろ…何かあったのかな…ん?」

 

ディレットがふと、沖の方に目を向けると沖の海のど真ん中に巨大な空間の"穴"がぽっかりと空いている。

その向こうには灰色の巨大な建物や鉄の船が建ち並ぶ港らしき風景が見えていた。

 

「な、何あれ!?」

 

港のようではあるが、違う。木造の船が並ぶこちらの港と違い、あちらの船らしきものには帆が見当たらない。しかし日差しの陽炎(かげろう)で景色がぼやけており、それ以上ははっきりと視認出来なかった。

 

「ここからじゃよく見えないな…なんなんだろあの穴…もしかして…って、もしかしなくてもあの穴が原因よね…兵士さんや船乗りさんが忙しそうなのは…」

 

これ以上その場で考えても仕方がないのでディレットはタマラの仕立屋へ向かうことにした。しばらく歩き、見慣れた建物の前に立ったディレットはドアをノックする。

 

「はーい!」

 

しばらくするとドアが開かれ、中から気の良さそうな中年の女性が出てきた。

 

「おや!ディレットちゃんじゃないかい!」

 

「おばさん、こんにちは!」

 

彼女がタマラ。この町一番の仕立屋で庶民から貴族、皇帝に至るまで最高の仕事をしてくれると専らの評判だ。自分の祖母の代から続く老舗の仕立屋をその熟練の腕で切り盛りしており、その仕事ぶりは遠方からわざわざ貴族がやってくるほどである。

 

「ああ、生地を卸しに来てくれたんだね?いつもありがとう。じゃあ、お代を計算するから中でお茶でも飲んでちょっと待っとくれ」

 

「ありがとうございます!お邪魔しまーす!」

 

ディレットはその言葉に甘え、店の奥でお茶を頂くことにした。タマラが計算している間、ディレットはあの不可解な空間の穴と向こう側の景色について考えていた。

 

「(あの穴…転移魔法の一瞬かしら?でもあんな大きな空間の穴をずっと維持できる魔法なんて聞いたことない…)」

 

転移魔法というのは確かに存在する。自分を遠くに一瞬で転移させる、或いは空間に"亀裂"を生じさせて遠くに移動するための"ゲート"を作り、複数人がそれを通過して移動出来るようにするためのものだ。今回のあの巨大な空間の穴は後者に位置する。しかしあれほどの規模のものなど見たことも聞いたこともない。ゲートはしばらくすれば勝手に閉じてしまうものだが、あれは閉じることなくずっとその"亀裂"を維持したままになっている。なんとも不可解な話だ。

渋い顔をして唸っていると、タマラがお茶を運んできてくれた。

 

「どうしたんだい?何か考え事かい?」

 

「ええ……おばさん、港の沖にある空間の穴のこと何か知ってる?」

 

「ああ、あれかい……そうか……ディレットちゃんは森に住んでるから知らないよねぇ。何でもあの穴は異世界に繋がっていて、私達が見たこともないような文明の国に繋がってるんだと……あれはつい一週間くらい前に唐突に現れてねぇ。帝国の騎士団長サマが船に乗って調査に行ったんだよ。どうやら向こうの世界の国の人間と話したらしいよ」

 

「その国の名前は?」

 

「えーと、確か……"ニホン"って言ったかねぇ……なんでも噂によれば馬が引かなくても勝手に走る馬車や空飛ぶ乗り物、無数に建ち並ぶ石造りの巨大な建物なんかもあるらしいよ」

 

「ニホン……異世界の国……」

 

ディレットの好奇心に火がついた。未知の世界に存在する未知の国。そんな世界を是非見てみたいという感情が心の奥底からふつふつと沸いてくる。そんな状態でディレットがまたしばらく考え込んでいると、タマラが貨幣の詰まった袋を持ってきた。

 

「はい、今回のお代だよ。今日はいつもよりおまけしといたからその分で何か美味しいものでも食べて帰りな」

 

「あ、はい……ありがとうございます……!」

 

ディレットは袋を受け取るとタマラにおじぎをして店を出ていった。若干の急ぎ足で店を離れていく彼女の後ろ姿を見送りながらタマラは僅かな不安を感じる。

 

「(あの子は昔から好奇心が旺盛だからねぇ……何かとんでもないこと考えてなきゃいいけど)」

 

タマラはそんな事を思いながら、店の窓から見える美しい金色の髪をなびかせて足早に去るエルフの少女を心配そうに見送るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ニホンとの対談の日が決まったか」

 

「はい、小型の船舶で使者を向かわせたところ、こちらの準備がよろしければ明日にでも対談が可能とのことです」

 

「うむ、結構」

 

ソフォス皇帝は顎ひげを撫で、頷いた。遂にニホンとの対談の予定が決まった。こちらも準備は万端だ。

当初の予定通り帝国とニホンとの同盟に関する対談はなんとか滞りなく進みそうだ。異世界同士が繋がるという一大事に帝国も日本側もてんやわんやの大騒ぎだったが、これが終わればようやく一段落する。アルバートは内心ほっとしていた。

 

「明日は早い。アルバートよ、そなたにも同行してもらうが故、今日は早めに休むがよい。明日からは忙しくなるぞ」

 

「はっ、ではお言葉に甘えて……」

 

 

 

 

 

「ちょーーーーっと待ったーーーー!!!!」

 

 

 

 

 

甲高い声と共に謁見の間の扉が勢いよく開かれた。そこには皇女のモニカが仁王立ちしてこちらを睨んでいた。

 

「モニカ!?一体何の用だ!?」

 

「ずるいわ!!お父様とアルバートだけ!!私もニホンへ同行させなさい!!」

 

ずかずかと玉座に向かって早歩きしながら近付くモニカの前にアルバートが困惑しながらも立ちはだかる。

 

「なりません、姫様!陛下はとても大切な対談のためにニホンへと向かわれるのです!それにあちらは勝手の分からぬ異世界……姫様を連れていくには危険すぎます!」

 

「あら、それなら大丈夫よ。だってアルバートが守ってくれるでしょ。ねえ、お父様?」

 

「……ならぬ。アルバートの言う通りだ。お前はここで留守番していろ」

 

「なによ!!お父様のバカ!!けちんぼ!!ヒゲ!!王冠!!」

 

「ヒゲと王冠は悪口ではないであろう……」

 

娘のワガママとお転婆っぷりには本当に手を焼かされる……ソフォス皇帝はそう思いながら溜め息をつき、肩をすくめた。娘は知識も教養もある。そしてアルバート直々の指導によって武術の心得も習得しつつある。だが、このワガママだけは全く治らずアルバートはおろか父親である自分ですら手を焼いている状態だ。

 

「……アルバートよ。儂は部屋に戻る。明日に備えて準備をしておけ」

 

「お父様!!!!」

 

叫ぶモニカ。だがその声は父親には届かない。そんな娘を尻目にソフォスは自室へと戻っていく。

 

「なによ……みんないつも私を子供扱いして……!!」

 

モニカは拳をわなわなと震わせ、唇を噛み締めた。そして次の瞬間走り出し、扉を乱暴に開けて廊下へと飛び出していった。

 

「姫様!」

 

慌ててアルバートが後を追う。しばらく追い掛けるとモニカは唐突に立ち止まって怒りに震えた目でアルバートを睨む。

 

「姫様…」

 

「……教えてよアルバート。お父様は私がうるさくてうるさくて本当は邪魔で仕方ないんでしょう!?きっと私を愛していないんだわ!!」

 

「何……!?今、何と……!?」

 

その言葉を聞いた瞬間アルバートの表情が険しくなる。

 

「あなただってそうなんでしょう、アルバート!?私が邪魔で!私がここからいなくなってしまえばいいってあなたもお父様もそう思って……!!」

 

その言葉を聞いた瞬間、アルバートの中で何かが音を立てて切れた。そしてーーーー

 

 

 

 

 

 

「い い 加 減 に し ろ ! !」

 

 

 

 

 

パァン、と高い音が響いた。

モニカは一瞬何が起きたのかわからなかった。

そして頬の痛みと共に自分がアルバートに平手打ちを受けたのだと理解した時、信じられない現実に身体が硬直して動かなくなった。

 

 

「……え?」

 

 

 

アルバートが、叩いた。

 

 

 

私を。

 

 

 

誰よりも信頼していたアルバートが、私に手を上げた。

 

 

 

その頬の痛みは武術の指導で受けたどんな痛みよりも遥かに痛くて。

 

 

 

目から涙がこぼれた。

 

 

「父親が君を愛していないだと!?俺が君を邪魔だと思っているだと!?ふざけるな!!ワガママも大概にしろ!!だから君は子供なんだ!!陛下が!!君のお父さんが!!どれだけ君を心配していると思っている!?君をどれだけ愛していると思っている!?あの方はいつも君を大事に思っている!!他の誰よりも!!酒の席じゃあ『いつかは自慢の娘に国を託すのが儂の夢なんだ』って嬉しそうに語ってる!!そんな人が君を愛していないと思うか!?」

 

 

初めて見る、本気で怒ったアルバートの顔。

 

 

 

いつも笑顔で、時には困った顔で。

 

 

 

何でも言うことを聞いてくれたアルバートが初めて怒った顔は本当に怖かった。

 

 

 

だけど、アルバートの目はどこか哀しい目をしていた。

 

 

 

でもそんな事を考える前に溢れ出る涙と感情で心はぐちゃぐちゃになっていた。

 

 

「う……う……うう……うわあああああああああん!!!!!!」

 

モニカは大声で泣き叫びながらどこかへと走り去ってしまった。アルバートは追い掛けることはせず、ただ黙ってその場に佇んでいた。

 

「(……俺もクビ……いや、斬首か……良くて追放か流刑だな……皇帝陛下の娘に手を上げたんだ……タダでは済むまい)」

 

理由はどうあれ、皇帝の娘に暴力を働いたことは間違いないのだ。場合によっては極刑の可能性もある。

 

だが……アルバートは言わずにはいられなかった。

 

"親の愛を知らずに育った"自分だからこそーーーー彼女の言葉はどうしても許せなかったのだ。

今までモニカのどんなワガママでも許してきた。時に自分が寝る間も無くしてまで。そうすることも帝国に仕える騎士の勤めであると思っていたからだ。だが今回は違う。彼女の言葉はアルバートにとって許されるものではなかったのだ。しかし哀しい過去を持つ"彼"にとってそれはあまりにも過ぎた発言であることをモニカは知る由もない。

いずれ皇帝陛下が自分を呼び出すだろう。そこできっと厳罰を言い渡されるはずだ。それに関しては覚悟している。だが悔やむらくは……父である皇帝や自分の真意にモニカが気付いてくれないまま終わることだ。アルバートはそんな現実に溜め息を付きながら自室へと重い足取りで戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(ふう……)」

 

ソフォス皇帝は自室にある肖像画に向かい、椅子に腰を下ろした。肖像画には美しい亜麻色の髪の女性が描かれている。

 

「まったく……あの娘は若い頃のお前にそっくりだよ……女の子は男親に似ると言うが……儂らの場合は逆だったようだな」

 

肖像画の女性。今は亡きソフォス皇帝の妻フィオナ。そしてモニカの母親だ。元々身体の弱かったフィオナ皇后はモニカを産んですぐに病気で亡くなってしまった。

 

「なあ、フィオナよ……儂は父親として何をすればいいのだ……儂はあの娘のためなら出来ることは何でもしてきたつもりだ……だが、あの娘は儂からどんどん離れていってるような気がしてならんのだ……」

 

肖像画の中で美しいままの姿でいる最愛の妻にそう彼は問いかける……がーーーー

 

 

 

ーーーー答えは、帰ってこない。

 

 

幼くして母を失った娘の哀しみは深いものだった。一時期は誰とも口をきかず、食事も喉を通らない日々が続き、遂には身体を壊してしまった娘のモニカ。そんな娘を救うために吹雪が吹き荒れる中、娘を抱いて一人で城を飛び出して医者に駆け込んだこともあった。

その後はなんとか持ち直したが、娘の心は沈んだままだった。そんな彼女の心を救ってくれたのがアルバートだった。彼は娘のために遠征先の地で買ってきた珍しい品を持ってきたり、土産話をたくさん話してくれた。最初はアルバートにも心を開かなかったモニカだが、徐々に彼と打ち解けるようになり今では良き友人のような関係にまでなっている。

しかし……最近ワガママがあまりにも過ぎる。元気になったのはいいことだがそのワガママが最近度を越しているのは明らかだ。今回もまたいつものように無理を言っている。異世界の国ニホンとの対談を控えた大事な時だというのに。ソフォスはため息をつき、長い沈黙のあと(とこ)に入ろうとした……その時だった。

 

「うわあああああああああん!!!!」

 

 

モニカが泣き叫びながら部屋へ飛び込んできた。ただ事ではないその事態に慌ててソフォスは娘に駆け寄る。

 

「モニカ!?」

 

「うわあああああん!!お"どうざま"あ"あ"あ"あ"!!!!アルバートが……!!アルバートがあ……!!」

 

「落ち着け!!何があったのだ!?」

 

「アルバートがわ"だじを"ぶっだあ"あ"あ"あ"!!」

 

「何だと!?……お前はここにいろ。アルバートと話をしてくる」

 

娘の口から飛び出したのは信じられない言葉だった。アルバートが?モニカに手を?有り得ない。誰よりもモニカのことを気にかけているアルバートが娘に手を上げるなど。だが……モニカはワガママでお転婆ではあるが嘘をつくような性格ではない。そのことは父親である自分がよく知っている。ならば本当にアルバートは……ソフォスは部屋を飛び出ると、すぐさまアルバートを謁見の間に呼ぶよう、見張りの兵士に伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルバート団長、陛下がお呼びです」

 

「いよいよか……」

 

衛兵からの伝言が"その時"を伝える。アルバートは覚悟を決めて謁見の間へと向かった。

 

 

 

しばらくして、謁見の間。

 

 

 

「アルバートよ、どういうことだ!?我が娘に手を上げるなど……自分のしたことが分かっておるのだろうな!?」

 

「……はい。私は姫様に手を上げました。それは紛れもない事実です。こうなってしまった以上、私は斬首、追放、流刑、火あぶり……いかなる処罰でも甘んじて受け入れるつもりです」

 

アルバートは玉座に座るソフォスに向かい跪いた。どのような言い訳もするつもりはない。だが……本当にこのままでいいのだろうか?真実を語るべきではないのか?アルバートは思い悩むがそれを語るための言葉が口から出てこない。そんなアルバートの様子を察し、ソフォスははっとして我に返ると落ち着いた口調で問う。

 

「……待て、アルバートよ。お前ほどの男が理由もなく手を上げるわけがない。話してくれ。処罰はそれを聞いてからでも遅くはない」

 

しばらく沈黙したのち、アルバートはゆっくりと口を開く。

 

「……姫様は陛下が自分を愛していないと。陛下や私が姫様を邪魔者だと思っていると。そう言われました」

 

「何だと!?」

 

アルバートのその言葉にソフォスは耳を疑った。

 

 

ショックだった。まるでドワーフの巨鎚で頭を思い切り殴られたような気分だ。

 

「続けてくれ……」

 

「私は陛下が姫様に人一倍愛情を注いでいることを知っています。彼女は父親の愛を充分に受けて育ったはずです。なのに彼女はそれを否定した」

 

アルバートは哀しい目をしたまま語る。彼には哀しい過去があった。親の愛情を受けられなかった哀しい過去が。

 

「陛下もご存じの通り、私は物心付く前に両親を戦争で失いました。戦争孤児だった私は両親の愛情を知らぬまま育った。だから許せなかったのです。娘に深い愛情を注いで育ててきたあなたの思いも知らずに一時の感情で"親に愛されていない"などと言った姫様が……!」

 

アルバートは戦争で両親を亡くした壮絶な過去を持っていた。彼は30年程前に発生した東の国の内戦に巻き込まれて父親は戦死、母は幼いアルバートを抱えて西を目指して逃亡したが怪我をしていた母親は日に日に衰弱し、遂に帝国まであと少しというところで倒れてしまい、力尽きた。もう動かない母の亡骸を必死に揺らして泣き叫ぶアルバートを見つけたのが……外交から帰る途中でその場に出くわしたソフォス皇帝だった。

それからソフォスに引き取られたアルバートは兵士として城に仕え己を鍛え上げ、今や誇り高きオールデン騎士団を率いる存在にまでなった。だがもはやアルバートにとって"親の愛を知る"ということは不可能だ。そしてソフォスの娘を思う気持ちもよく知っている。だからこそ彼女のーーーーモニカの言葉を彼は許すことが出来なかった。

 

「アルバート……」

 

ソフォスは全身の力が抜けていくのを感じた。

 

 

 

 

自分は、父親失格だ。

 

 

 

アルバートは「深い愛情を注いで育ててきた」と言ってくれたが、自分がやったことは本当に愛情を注いできたと言えるのか?ただ甘やかして、大事なことはアルバートをはじめ、城の人間に任せっきりだったではないか。そのために娘の寂しさにも気付いてやれなかった。それでどうして良い父親だと言えようか。あのワガママは寂しさの裏返しだったのではないか。

 

「アルバート、ここで少し待っていてはくれまいか。すぐに戻る」

 

「……?はい……」

 

ソフォスは謁見の間にアルバートを残すと一度自室へ戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソフォス皇帝が自室に戻ると、泣きはらした顔でモニカが俯いて座っていた。そんな娘に歩み寄ってしゃがみ、目線を合わせると彼女の両肩に手を置いて微笑みながら口を開く。

 

「……少しは落ち着いたか?」

 

「……!お父様……!」

 

「モニカよ、すまなかった。儂は父親失格だ。皇帝としての使命を果たそうとするあまり、父親としての大事な何かを忘れていたのかもしれぬ」

 

「……わ、私の方こそごめんなさい……私はいつもワガママを言って……お父様やアルバートを困らせてばかりだった……それがいけないことだっていうのは自分だってわかっていたはずなのに……」

 

モニカはドレスの裾を握りしめ、涙を堪える。

しかしとめどなく湧いてくる涙は目から溢れ、雫となって自身のドレスを濡らす。

 

「うっ……うっ……お父様……私……お父様やアルバートにも酷いことを」

 

わかっていた。父親もアルバートも、本当は自分のことを誰よりも大切に思ってくれているのだと。心の底ではわかっていたのだ。

 

 

なのに、そんなワガママを聞いてくれる彼等にあんな酷いことを言ってしまった。

 

 

自分は何て愚かなんだろう、と後悔の念が止めどなく押し寄せて……また涙が溢れてくる。そんな娘の頭をソフォスは優しく撫でる。

 

「……いいのだ、モニカよ。もうよい。……さあ、アルバートの所へ行こう。彼が待っている」

 

「……彼はもう怒ってない?」

 

「大丈夫だ。もう怒っていないよ」

 

ソフォスは優しく微笑みながら娘の手を引いた。モニカは立ち上がり、父と共にアルバートの待つ謁見の間へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

謁見の間に付くとモニカはそこで待つアルバートと対面する。

 

「陛下……姫様……」

 

「待たせたな、アルバートよ。……ほら、モニカ」

 

ソフォス皇帝が促すとモニカはゆっくりとアルバートに歩み寄る。ここに来るまでにようやく落ち着いたと思ったのにーーーー自分が傷付けてしまった大事な友の顔を見た瞬間に再び涙が溢れて止まらなくなる。

 

「あ、アルバート……ごめんなさい……私……私……う……うううう………うわああああん……!」

 

モニカは声を上げて泣き叫んだ。ただひたすらに、アルバートに謝りながら。自分のワガママがアルバートの触れてはいけない部分に触れてしまったこと。その事実は悔やんでも悔やみきれない。

 

「私……アルバートの気持ちも知らずに……うっ……うっ……あんな酷いことを……!」

 

泣きじゃくるモニカの目線に合わせるようにアルバートはしゃがみこむとポケットからハンカチを取り出すとモニカの涙を優しく拭き、そして頭を下げた。ーーーーいいや、自分の方こそ申し訳ありません、と。騎士団長ともあろうものが感情の抑制も出来ずに大人げないことをしてしまったと。彼がそう言うとモニカは下唇を噛み締めて溢れ出る涙を抑えながらアルバートの顔を見る。

 

「姫様……もう泣かないでください。そんなに泣きじゃくっていては綺麗なお顔が台無しですよ」

 

「うん……ありがとう……ねえ、アルバート?」

 

「はい、なんでしょう」

 

「もう……怒ってない?」

 

「怒っていませんよ。……それに、私も謝らせていただきたい。申し訳ありませんでした。騎士団団長としてあるまじき行為。処罰を科すというならいつでも受け入れる覚悟です」

 

「そんな!……お父様、アルバートは……!」

 

「わかっておる。こんなに娘のためを思ってくれている偉大な男を罰するほど、儂はとち狂うてはおらん」

 

ソフォスは苦笑する。人のために本気で怒り、ぶつかることの出来る人間というのは思っているより遥かに少ない。アルバートはそんな数少ない人間なのだ。彼を罰するなど愚の骨頂でしかない。

 

「偉大など……私にはもったいなきお言葉……その言葉は陛下こそがふさわしいかと」

 

「はっは。何を言うておる。儂なんか国のため民のためとほざいておきながら娘と今まできちんと話も出来なかったバカなジジイじゃよ。……のう、アルバートよ」

 

「はい、なんでしょうか」

 

「これからもこの国のため、力を貸してくれ。そして良ければ……これからも我が娘の良き師であり友人であってくれ。頼む」

 

ソフォスはーーーーアルバートに頭を下げた。そんな目の前の光景にアルバートは慌てて口を開く。

 

「……!!陛下!!頭を上げてください!!皇帝たる存在が一介の兵士に頭を下げるなど……!!」

 

「今だけは皇帝ではない。ただの一人の男としてお前に頼みたい」

 

騎士団団長とはいえ、一介の兵士でしかないアルバートに頭を下げる父親を見てモニカは悟った。

 

 

ああ、私はやっぱりお父様にはまだまだ届かない子供なんだ、勉強不足なんだ、と。

 

 

時として自分より目下の人間に頭を下げることのできる勇気。この世界には国は数多くあれど、私の父ほど優れた指導者はいない。そう思えた。

 

「……元よりそのつもりです。私はこの国をより良くするため、いつでも尽力する覚悟です」

 

「ありがとう、アルバート」

 

「私からもお願いするわ。そして……これからも私のそばにいてね、アルバート」

 

「もちろん。この命ある限り、私はいつまでも陛下と姫様をお守りします」

 

 

アルバートは微笑んで右手を胸に当て、跪いた。彼の脳裏に幼い頃から城で生活を共にしたモニカとの記憶が甦る。母を失い、哀しみに暮れる幼い彼女に笑顔を取り戻そうとアルバートはあらゆる手段を使ってモニカを楽しませようとした。そんな長年の苦労と想いが実り、ようやくアルバートに見せてくれたモニカの笑顔。それを見てまだ兵士だった頃の彼は決意を固める。

 

 

 

 

ああ、モニカ皇女よ。たとえこの身が砕かれようと私は一生を賭けてあなたに仕えましょう。その笑顔のためなら私はどんな過酷な試練にも耐えてみせましょう。この命尽きるその日まで。

 

 

 

 

ーーーー自分はそのために、騎士になったのですから。

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