アナザー・ディメンジョン -異界交流記-   作:誠龍

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第20話 メンタイコを求めて(中編)

ソフォス皇帝一行は一時間強のフライトののち、福岡空港へ到着した。

そして空港内の売店を目の当たりにしたソフォスは興奮を抑えきれなかった。

 

「おおお……!夢にまで見た"メンタイコ"がこんなに沢山……!」

 

あっちを見てもこっちを見ても売店にはお土産用の"メンタイコ"が。

 

「ふむ……これがメンタイコ……へい……叔父さん、一体これはどういう食べ物なのですか?」

 

ソフォス皇帝が身分を隠すため、人前ではアルバートには"叔父さん" と呼ぶように指示している。

危うく陛下と言うところだった。危ない、危ない。

 

「これはな、タラという魚の卵をトーガラシという辛味の強い香辛料に漬けたものだ」

 

「な……!?これは魚の卵なのですか……!?しかもこれを生で食べるとは……!!」

 

アルバートはぎょっとした。

ニホン人の食文化はこの一年でいくらか知ることが出来たが、彼等の食文化には理解できないものが多い。

特に彼等は"スシ"や"サシミ"といって魚を生で食べる習慣があるのだ。

魚とは生臭いもの。本来は焼いたり蒸したりと何らかの加熱調理をして食べるのが当たり前だ。

それなのにニホン人は魚をショーユというソースに付けて生で食べる。アルバートにとっては理解しがたいことだった。

それに加えて今度は魚の卵を生で食べるとは。

そもそも魚の卵など内臓と同じで捨てるものだ。たとえ加熱しても本来食べるべき部位ではない。

皇帝はこんなもののためにわざわざ異界までお忍びでやってきたというのか。まったく、馬鹿馬鹿しい。

 

「あら、いらっしゃーい。異界の方々ね?」

 

ソフォスとアルバートがまじまじと冷蔵ケースの中のメンタイコとやらを眺めていると、店員のおばちゃんが話しかけてきた。

 

「辛子明太子は初めて見ると?ならちょっと試食していきんしゃい」

 

そう言うとおばちゃんは試食用にぶつ切りにしたメンタイコを取り出すと、皿に盛り付けて小さなプラスチックスプーンをアルバートに渡そうとする。

 

「いや、私は結構……」

 

「これはかたじけない!早速頂こう!」

 

ソフォスがひったくるようにして試食用のメンタイコを受け取り、口にする。

口に入れた瞬間に感じる卵のつぶつぶのなめらかな舌触り。

それと同時にやってくる言葉にし難い風味とトーガラシの辛味。

ソフォスにとって至福の瞬間であった。

 

「うーむ……!これだ、これ……!この不思議な食感……!独特の風味……!そしてこのさらに食欲を誘う辛さ……!夢にまで見たメンタイコだ……!」

 

「あら~。お客さんいい食べっぷりやねぇ。物が物なだけに異界の人は食べんでから嫌がっちゃってねぇ。お客さんみたいな反応してくれる異界の人は嬉しいねぇ。そちらのお兄さんもどうね?」

 

おばちゃんが新しく盛り付けたメンタイコをアルバートに差し出す。

 

「いや……私は……」

 

「アレックスよ。騙されたと思って食べてみよ。きっとお前も虜になるぞ」

 

「う……」

 

アルバート(人前では偽名としてアレックスという名を使っている)は目を輝かせている皇帝を見て断りきれず、おそるおそる紙皿を受け取る。

 

「(ええい、ままよ!)」

 

そしてスプーンの上に乗ったその鮮やかな赤い物体を意を決して口に運ぶ。

 

「む……?」

 

辛い。確かに辛い。しかし……

 

「…………美味い」

 

「だろう!?これが儂が求めていた珍味"メンタイコ"の味なのだよ!」

 

決して不快ではない卵のつぶつぶのなめらかな食感。卵そのものの淡白な味わい。そしてさらに次の一口を食べたくなるほどよい辛さ。

なるほど、これは帝国ではそうそう味わえない美味さだ。

 

「あっ、ずるい!二人だけでメンタイコ食べてる!」

 

「なんだなんだ?叔父さんの探してたメンタイコっつうのはそれなんですか?アタイ達にもくださいよ!」

 

「これがメンタイコですか?不思議な見た目の食べ物ですね?」

 

売店内を見ていたモニカ、レイラ、マリーの三人も集まってくる。

初めてメンタイコを食べたレイラとマリーもその虜になったのは言うまでもない。

 

 

 

 

しばらくして試食を終えたソフォス皇帝一行。

店を離れるとき、帰りのお土産は是非ここで買っていくとおばちゃんに約束して店を離れた。

 

「さて、まずは宿に向かうか」

 

ボルドが事前に手配してくれていたホテルへと向かう。

 

「それで……陛下?宿への行き方は分かるのですか?」

 

「任せるがよい。ここにボルドのメモとシルワ語のパンフレットが…………………………」

 

チカテツ。デンシャ。ハカタエキ。

ボルドが残したよく分からない単語がズラリと並んでいた。

 

「……………………」

 

「あの…………陛下…………まさかとは思いますが…………」

 

デンシャはわかるが、どれに乗ればいいのか。

そもそもチカテツと呼ばれるデンシャの乗り場への入り口がわからない。

今日はお忍びで来たのだ。案内役など期待できない。

 

「……大丈夫だ。なんとかなる」

 

「……陛下……下調べはきちんとしましょうよ……」

 

 

 

 

 

 

関西国際空港から福岡空港へ到着した龍一郎はキャリーケースを引きずりながら、空港の地下鉄駅へと足を運んでいた。

 

「いやあ、久しぶりの福岡だなあ」

 

ターミナルを抜け、ううんと伸びをする龍一郎。

今日は涼子が迎えに来れないそうなので、地下鉄とバスを使って帰る予定だ。

 

「ああ、早く我が家に帰りたいよ」

 

そんな事を思いながら彼は地下鉄への入り口であるエスカレーターを目指して空港内を歩く。

 

「ん……?」

 

龍一郎は何かに気付いた。そこではゲートの近くでキョロキョロして明らかに道に迷っているらしい五人の男女がいた。

服装を見るにどうやら異界人のようだ。

 

「道に迷ったのかな……すみません?」

 

突然話しかけてきた龍一郎に驚く初老の男性。

出で立ちを見るに裕福そうな感じだ。

 

「は、はい?なんですかな?」

 

「もしかして……道に迷ってらっしゃる?」

 

男性は手元の地図やパンフレットに一度目を落とすと、龍一郎の方を向いて言った。

 

「じ、実は……お恥ずかしながら……"チカテツ"への行き方がわからず……」

 

「地下鉄?ああ、なら私と行き先は同じですね。よかったらご案内しますよ」

 

「それはまことですかな?いやあ、かたじけない。では、お願いしてもいいですかな?」

 

「ええ。困った時はお互い様ですから」

 

龍一郎は異界人の男女一行を案内することになった。

 

 

それがアルカ帝国を治めるソフォス皇帝一行であるとも知らずに。

 

 

 

 

「……ほう、ゾルさんたちは辛子明太子を求めて?」

 

地下鉄のホームに一行を案内した龍一郎は電車が来るまでの間、ソフォス皇帝(偽名としてゾルの名を使っている)から福岡に来たいきさつを聞いていた。

 

「うむ。我が一族は代々商人の家系でしてな。親しい知り合いの商人がフクオカに旅行に行ったお土産としてメンタイコを譲ってくれたのです。いやあ、それの美味いこと美味いこと。

私はすっかり虜になり、こうして娘のモイラと甥のアレックス兄妹を連れてメンタイコのためにやってきたのです」

 

その話を隣で聞いていたアルバートはよくもまあそんな偽名や設定を考えつくものだ、とある意味感心していた。

 

「ところがいつも案内役や騎手を勤めている召使いが現在は休暇のために故郷に帰省していましてな。私達だけで行くことにしたのですが、お恥ずかしながら道に迷ってしまって……いやはや、人に任せっきりなのも良くないと痛感致しました。此度はリュウイチロウ殿には本当に感謝しておりまする」

 

「いえいえ。丁度私も博多駅に向かうとこでしたしね。ついでですよ」

 

そうこうしているうちに電車がやってくる。

レイラとマリーは初めて見る電車に興味津々だ。

一行は電車に乗り込み、しばらくガタゴトと揺られながら博多駅を目指す。

 

 

「"次は博多、博多です"」

 

 

車内アナウンスが流れ、龍一郎は降車の準備をする。

 

「もうすぐ博多です。次で降りますよ」

 

「うむ、承知しました。皆、降りるぞ」

 

龍一郎が降車を促すとそれに従ってソフォス皇帝一行も降りる準備をする。

博多駅に到着後、電車を降りて改札を抜け、長いエスカレーターを上がる。

 

「ニホンの施設のあちこちにあるこの動く階段って便利よね!」

 

「こっちに来て何回か乗ったけど、階段が動くなんて信じられないぜ。下で誰か動かしてんのか?」

 

「きっと私達の知らない高度な魔法が使われているに違いありません!」

 

エスカレーターに対してモニカ、レイラ、マリーが各々の感想を言っている。

普通階段は動くものではない。というか、まず階段を動かそうなどという発想が向こうの世界にはない。たとえそれが魔法で可能だとしてもだ。

エスカレーターを登り終えると、遂にJR博多シティ構内へ辿り着く。

 

「うわぁ、ここも人がいっぱい……」

 

「ニホンってのはどこもこんなんなのか……?」

 

その時レイラとマリーが何かに気付く。

あたりに漂う甘い香り。二人は暴力的なまでの甘い香りの正体を探す。

 

「レイラさん!あれです!あそこ!」

 

マリーが指差した先にはクロワッサンを焼いている店が。そしてそこには長蛇の列が出来ている。

 

「パン屋か!どうりで美味そうな匂いがすると思ったぜ!にしても、やけに甘い香りだな?パンは確かにいい香りだけどこんな菓子みたいな甘い香りのパンなんて聞いたことないぜ」

 

「ああ、ミニヨンのクロワッサンですね。博多駅ではあの甘いクロワッサンというパンの香りに釣られて多くの人達が集まってくるんですよ。……いやぁ、この光景久しぶりに見たなあ」

 

龍一郎が懐かしげにうんうんと頷く。

博多駅構内に充満する甘い香りの正体はミニヨンというパン屋のクロワッサンである。

この甘い香りは普通のパン屋の香りとは一線を画しており、その香りは普段甘いものやパンを食べない人間でさえ虜にしてしまうのだ。

そうしてミニヨンには連日多くの客が長蛇の列を成しており、博多駅の日常の光景となっている。

 

「へい……じゃなくて叔父さん!アタイはもう辛抱たまりません!並びます!」

 

「こらこらレイラ(※レイラとマリーは日本人には顔が知られていないため本名そのままである)、今はそんな暇は……ん?」

 

食い意地の張ったレイラが列に並ぼうとするのを止めようとしたソフォスがあるものに気が付いた。

クロワッサンが積まれたケースにあるものが見えた。

 

 

 

"めんたいクロワッサン"

 

 

 

ニホン語の文字はそれなりにマスターし、ひらがな・カタカナ・漢字が読めるソフォスはその値札に書かれた商品名を見て大きく心が揺らぎ、もう一度値札を凝視する。

 

 

 

 

" め ん た い ク ロ ワ ッ サ ン "

 

 

 

 

「……リュウイチロウ殿よ。しばし待っていただけるかな」

 

「そう来ると思いました」

 

 

 

 

 

その後、レイラとマリーがプレーンとチョコのクロワッサンを買い、ソフォスがめんたいクロワッサンを買った。

そして焼きたてのクロワッサンを皆で分けあって食べる。

 

「う~ん、甘ぇ!甘くて美味いぜ!」

 

「こんなに甘くて美味しいパン初めて食べました!」

 

「こんなパンが帝国でも食べられたらいいのに……ねえ、おとう……じゃなかった、パパ?」

 

女子三人は砂糖とバターの甘みがしっかり付いてパリッと香ばしく焼きあがったクロワッサンに舌鼓を打つ。

 

「うむ、確かにな。しかし儂の本命はやっぱりこっちだ……ほっほ、いい香りだのう」

 

甘いクロワッサンも確かに良い。

しかしこの"メンタイクロワッサン"にはかなうまい。そう思いつつ、ソフォスはめんたいクロワッサンを口にする。

 

「……うむ!期待通り……いや、それ以上の味だ!」

 

外はパリッと、中はふんわりと焼きあがったクロワッサンとメンタイコの暴力的なまでの相性の良さ。これこそまさに至高の美味だ。

 

「確かにこれは……どちらも帝国のパンでは味わえない美味さだ。甘い方もメンタイコのクロワッサンとやらもとても美味い」

 

アルバートもそれぞれの種類のクロワッサンを口にしながらうんうんと頷いている。

ただ、やはりどちらかといえば甘いものより自分はメンタイクロワッサンの方が好きだ。メンタイコ恐るべし。

クロワッサンをその場で食べ終わった一行は博多駅を博多口から出てホテルを目指す。

幸い、ホテルは博多駅の目と鼻の先だったので龍一郎はついでにホテルの前まで送っていくことにした。

ホテルの目の前に到着後、ソフォスは龍一郎に頭を下げて礼を言った。

 

「いやはや、見ず知らずの我々にここまでして頂いて……リュウイチロウ殿には感謝してもしきれませぬ。本当にありがとうございました」

 

「いえいえ。帰る方向が一緒でしたからね。さっきも言いましたけど、困った時はお互い様ですよ。ところでゾルさん達はこの後はどうするのですか?」

 

「うむ……とりあえずはメンタイコを売っている店を探してみようと思うのですが……」

 

「でしたら"ふくや"がおすすめです。辛子明太子のブランドでは一番の老舗ですよ。種類が一番多く、さらに辛さも選べるのでお土産用にもピッタリです。少々値は張りますが」

 

「ほう、"フクヤ"なる店が?」

 

「ええ。私や家族は"かば田"の明太子が好きですがね。こちらは昆布だしが効いていて味わい深いのですが、味が濃くて辛味が強いので慣れてない方はご注意を」

 

福岡の名物である辛子明太子には様々なブランドがある。

中でも一番有名なのが一番の老舗である"ふくや"であろう。

辛さにあわせて様々な種類の明太子を取り揃えており、料理の素材として特化したチューブ式の明太子も販売している。

他にも"かば田"、"福さ屋"、"やまや"などのブランドが存在し、それぞれで同じ明太子でも味付けや辛さが異なる。

 

「しかし……ゾルさん達、場所わかります?博多は慣れてない人は結構迷いやすいし、バスも路線が多すぎて地元民でもわからないことがありますからねえ」

 

「さ、左様ですか……ううむ……」

 

「……もしよろしければ、私が福岡を案内しましょうか?」

 

龍一郎はそう提案した。

今日は土曜日だし、単身赴任が終わったばかりで向こう一週間はまとまった休みをもらっている。

どうせ乗りかかった船だ。また彼等が道に迷ってしまうよりはこのまま案内をして福岡を充分に堪能し、いい気分で帝国へ帰ってもらいたい。

そう考えた末の提案だ。

 

「い、いえいえ!ご厚意はありがたいのですが、そこまでリュウイチロウ殿にご迷惑をかけるわけにはいきませぬ!」

 

ソフォスは流石にこれ以上の迷惑はかけられないと断った。

だが冷静になって考えてみると異世界の街、しかもこのような入り組んだ都会の中で案内役がいるのといないのとでは明らかに行動の勝手が違う。

厚意に甘えるべきか、否か。ソフォスは悩んでいた。

するとアルバートが龍一郎に聞こえないようにソフォスの耳元で囁く。

 

「(陛下……ここは恥を忍んでリュウイチロウ殿のご厚意に甘えるべきです……勝手のわからぬ異界の街。私は陛下の護衛は出来ますが、見知らぬ街での案内は流石に出来ませぬ。ここで案内役がいるというのはこれ以上ないくらい心強い。陛下、ご決断を)」

 

「(う、うむ……そうだな……では……)」

 

アルバートの意見に耳を傾け、ソフォスは遂に決断する。

 

「リュウイチロウ殿……一度断った手前申し上げにくいのですが……やはり見知らぬ地での行動には不安が残る……厚かましいとは思いますがお願いしてもよろしいですかな……?」

 

「ええ、全然構いませんよ。ただ、私は長期の仕事で別の土地から帰ってきたばかりでして。一度荷物を自宅に置きに帰りたいのですが……良かったらうちまで来ますか?」

 

彼等は異界人旅行者である以上、携帯など持っていない。ホテル以外での待ち合わせはまず無理があるだろう。

かと言ってホテルまでわざわざ迎えにいくのも面倒だ。ならば自宅まで一緒に来てもらおうと考えた。

 

「い、いいのですか?こちらは結構人数がいるのですが……」

 

「一応カミさんに連絡しますね」

 

そう言って龍一郎はスマートフォンを取り出すと涼子に電話をかける。

 

「もしもし?」

 

「"なんね、どしたん?"」

 

「ちょっと今博多駅前にいるんだけど、たまたま会った異界人の旅行者の人の案内をすることになってね。またホテルまで行くのも大変だから一度家に帰るのに一緒に連れてってもいいかな?」

 

「"はぁ!?またあんたは安請け合いしてからに、ほんともう……しょーがないたい、引き受けてしまったもんは仕方なかろうもん。今家に龍馬と例のエルフのディレットちゃんと妖精のルミちゃんおるけん、龍馬に電話してから家の掃除ざっとでいいけんさしときー"」

 

「迷惑かけてすまないね」

 

「"ほんとよ!あんたはなんでんかんでんすぐ安請け合いするんやけん……まあ、気を付けて帰ってきいよ。あたしもできるだけ早めに買いもん終わらして帰るけん"」

 

そんな会話をしている最中、スマホで通話している龍一郎を見てレイラとマリーが首を傾げる。

 

「リュウイチロウさんは一体誰と喋っているのですか?」

 

「なんかニホン人はみんな持ってたけど、あの光る薄い板みたいなのはなんなんだ?」

 

この二人は異界についてよく知らないままニホンに来てしまった。

当然スマートフォンなど知るはずもなく、なんらかの魔道具か何かだと思っていた。

 

「あれは"すまあとほん"という機械だ。"けいたいでんわ"とも言うらしい。相手が同じ物を持っていれば遠く離れていても機械を通して会話が出来るんだ」

 

アルバートがそう説明する。

彼は一番最初に異界に足を踏み入れた帝国の人間である。

その時、異界の様々な文明の利器を知り、度肝を抜かれたことは記憶に新しい。

それでもニホンとの外交を重ねるうちにある程度のことは覚えてきた。

無論、詳しくはわからないが"すまあとほん"なる機械は遠く離れた人間とも会話が出来る機械だということだけはアルバートにもわかっている。

 

「そんなものをみんな持ってるのかよ……あんなのあったら伝令とかいらないな」

 

「あの道具があればいつでも話したい相手と気軽にお話出来ますね!」

 

実際は結構な料金が毎月かかるので維持が大変なのだが、そんな事実を彼女らが知る由もない。

 

「お待たせしました。カミさんの了解を得ましたのでゾルさん方がチェックインして荷物を置いたら向かいましょうか。

私はロビーで待っていますので」

 

「承知しました。皆、宿への記帳を済ませようか」

 

ソフォスは了解し、ホテルの受付へ向かう。

龍一郎はその間に今度は龍馬に電話をかける。

龍馬は久しぶりの父からの電話に驚きつつも、父が急な客人を連れて帰ってくることを知って「バタバタ掃除しとくよ」と返事をしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ディレット、うちの親父が帰ってくるぜ」

 

「ほんと!?」

 

「リョーマのお父さんって遠いところで働いてたんだよね?」

 

"ジドウシャ"を作る会社に勤めているという龍馬の父親。

長らく帰宅していなかったが、今日帰ってくるらしい。

 

「ああ。ただ、なんかお客さん連れてくるみたいだから家の掃除を急いでしとかないと……ディレット、ルミナ、手伝ってくれ」

 

「「はーい!」」

 

龍馬はまず朝と昼に使った食器を洗うことにした。

リビングやキッチンカウンターからは洗い物が見えてしまうため、来客があるならこのまま放置するのは見た目的にアレだ。

龍馬は母親のエプロンを借りてキッチンに立つ。

 

「リョーマ、お母さんのエプロン意外に似合ってるね」

 

ひよこ柄のエプロンしかないので男が付けるのはアレだが、何故か龍馬が着るとしっくりくる。

 

「うるせーな。それよりルミナ、お前小さいし飛べるだろ。棚とかテレビの上や隙間とかカーテンの上を掃除してくれ。ディレットは掃除機を……あ」

 

そう言いながら洗い物をしようとした龍馬が何かに気付いた。

食器用の洗剤が残り僅かしかない。

 

「食器用洗剤がもう少なかったんだった。すまんけどディレット、近くのコンビニで買ってきてくれないか?あとなんか適当にお茶菓子とジュースとコーヒー買ってきて。あ、ドリップのやつな」

 

「わかったわ。任せて」

 

龍馬から千円札を二枚受け取り、財布にしまう。

ディレットは上着を着ると龍馬のリュックを借りてヘルメットを用意してガレージへと向かった。

龍馬の指導の甲斐あって、彼女はカブを乗りこなせるようになったのである。

ヘルメットを被り、龍馬からもらった夏用のバイクグローブをはめるとガレージにあるカブに跨がり、キーを回してキックペダルを踏み抜き、エンジンをかける。

シーソーペダルを前に踏んでギアを1速に入れてアクセルを回し、ガレージからそろそろと出庫させる。

さらにアクセルを回して高速ギアに上げていき、ディレットのカブはコンビニを目指して走り去った。

 

ディレットが買い物に行っている間に龍馬とルミナは家の掃除をする。

龍馬が掃除機をかけてルミナが棚やテーブル、テレビやカーテンの上といった掃除しにくくホコリが溜まりやすい場所の掃除を担当し、二人は急ピッチで掃除を終わらせる。

とりあえず来客の目が届く玄関、廊下、トイレ、リビングは終わらせた。

残り僅かな食器用洗剤で可能な限り食器洗いをしつつ、ディレットの帰りを待つ龍馬。しかし……

 

 

 

 

ピンポーン。

 

 

 

 

インターホンの音が鳴り響いた。

キッチンの壁にある応答用のマイクのスイッチを押す龍馬。

 

「はーい」

 

「龍馬ー。俺だー。開けてくれー」

 

父・龍一郎の声。ようやく父が帰ってきた。

洗い物はまだ途中だが仕方ない。やれるだけのことはやった。

龍馬は玄関に向かい、ドアを開ける。

 

「おかえりー」

 

「ただいま。久しぶりだな、龍馬」

 

以前と変わらぬ父の姿。何事もなく単身赴任は終わったようだ。

 

「龍馬、彼等が例のお客さんだ」

 

龍一郎の後ろにいた五人の男女。その中の一人である初老の男性が前へ出て龍馬に挨拶をする。

 

「リュウイチロウ殿のご子息のリョーマ殿ですね。

お初にお目にかかります、アルカ帝国で商人をやっております、ゾルと申します。こちらは娘のモイラ。そしてこちらが甥のアレックス。後ろの二人がアレックスの妹のレイラとマリーでございます。ほれ、ご挨拶なさい」

 

「娘のモイラです。よろしくお願い致しますわ」

 

「甥のアレックスです。ご迷惑をおかけします」

 

「アレックスのい、妹……?のレイラです……どうも……」

 

「同じく妹……?のマリーです。どうぞよろしく」

 

四人がそれぞれ挨拶をする。

 

「此度は道に迷っていたところをお父上のリュウイチロウ殿に助けていただいた上、ご自宅にまでお招き下さって誠に感謝しておりまする」

 

「は、はあ……どうも……」

 

自分より遥かに年上であろう人間が自分のような年端もいかぬ人間に物凄くかしこまった挨拶をしたので龍馬は呆気に取られてしまっていた。

それがアルカ帝国皇帝・ソフォスであるとも気付かずに。

龍一郎の案内でソフォス一行は斎藤家へとお邪魔する。

リビングに彼等を通している時、龍馬は一行の一部の人間に既視感を覚えていた。

 

「(あのおっさんともう一人の男の人、どっかで見たことある気がするんだよな……それにあのモイラって女の子も……)」

 

そう考えるも、どこで見たのか思い出せない。

そのうちまあいいやと思い、リビングのソファに彼等を案内する。

 

「あ、こ、こんにちは!は、はじめまして!」

 

リビングにいたルミナが慌てて挨拶する。

 

「おっ、君が例の妖精のルミナちゃんかい?はじめまして。龍馬の父の龍一郎です。よろしくね」

 

「は、はい!よろしくお願いします!」

 

ルミナはぺこりとお辞儀をすると龍馬の肩に飛んで行き、隠れるようにしがみついた。

 

「ほう、ピクシー族ですか!珍しい」

 

ソフォスがルミナを見てそう言った。

ピクシー族はヒトに対しても友好的だが、人里に来るのは稀だ。ましてやここは異界。ピクシーがいるのは非常に珍しいケースなのだ。

 

「俺が祖父母の住んでる街の神社に行った時に賽銭泥棒に捕まって脅されてるところを助けたんですが……帝国領の悪徳商人に捕まって日本に売り飛ばされたらしくて、家にも帰れないらしいからしばらくうちで面倒見ることにしたんです」

 

「なんと!帝国にそのような悪どい輩がいようとは!我が騎士団と兵士達に命じて捕らえさせ……」

 

「(へ、陛下!!)」

 

「……我が騎士団?」

 

ソフォスはそこまで言ってはっとした。

今は身分を隠しているのだ。自分達が皇族であることがバレてはいけない。

 

「……い、いや……必ずや我が国の皇帝と騎士団がそのような不埒な輩、捕らえてくれましょう。全く、同じ商人として腹立たしいものです」

 

ソフォスは慌てて訂正する。

龍馬はじっとソフォス達を見ているが、首をかしげてキッチンへ向かった。どうやらやり過ごせたらしい。

 

「狭い家ですが、ゆっくりしていってください」

 

「う、うむ。かたじけない。ではお言葉に甘えて……」

 

ソフォス達がソファに座る。

 

「龍馬、お茶を入れてやってくれないか?」

 

「あいよ」

 

コーヒーを切らしていたのでディレットに買いに行かせたが、まだ帰ってきていない。

仕方がないので龍馬は余っていたティーバッグのアールグレイの紅茶を出した。

 

「どうぞ。粗茶ですが」

 

「わあ!とてもいい香り!」

 

龍馬の出したアールグレイの香りにご満悦のモニカ。香りを十分に堪能してから一口飲む。

 

「うん、凄く美味しいわ!いい香りだけど不思議な香りのする紅茶ですわね?」

 

モイラと名乗る少女はただの商人の娘にしてはやたら上品な振る舞いが目に止まる。龍馬はモイラが本当に商人の娘なのか不振に思っていた。

まあ、その予想は当たっているのだが事実を龍馬が知る由もない。

 

「親父はなんか飲む?」

 

「ああ。コーヒーがあればくれ」

 

「あー、コーヒーは今切らしてるから例の女の子に買いに行かせてんだよ。そろそろ帰ってくると思うんだけど」

 

言うが早いか、外からカブのエンジン音が聞こえてきた。

カブのエンジン音が止み、しばらくして玄関からディレットが入ってくる。

 

「ただいまー。ごめんリョーマ、遅くなっ…………た………………?」

 

コンビニのレジ袋を手に下げたままリビングに入ってきたディレットは来客の顔を見て愕然とした。

 

「おう、おかえりディレット。丁度親父の言ってた来客のゾルさんって人達が…………ん?どうした?」

 

髭を短くし、髪も短髪になっているが、人の顔をしっかり覚えているタイプのディレットはその来客の顔に見覚えがあった。

間違いない。この人達はーーーー、

 

 

 

 

 

 

 

「こ……皇帝…………陛下…………!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………………は?」

 

 

 

龍馬の時が止まった。

こうていへいか?こうていへいかってあの皇帝陛下?アルカ帝国の指導者の?

 

 

 

 

 

「ええええええええええええええええええええ!!!!!!?!?!?!?!?!?」

 

 

 

 

龍馬の驚く声が斎藤家に大きくこだました。

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