アナザー・ディメンジョン -異界交流記-   作:誠龍

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第21話 メンタイコを求めて(後編)

「エ、エルフのお嬢さん。一体何のことですかな?私はしがない商人です。他人の空似では……」

 

ソフォスは自分が皇帝であることを否定するが、ディレットの発言により龍馬がなんとなくだが感じていた既視感、そして彼等に対する疑問は確信に変わっていた。

 

「どうりでなんか見たことある人だと思ったよ!髭と髪切ってるけどアルカ帝国皇帝のソフォス陛下じゃないか!しかも隣の男の人は名前忘れたけど、帝国騎士団の団長さんでしょ!?そっちの女の子だって帝国のお姫さまじゃん!!」

 

「う、うむむ……」

 

ソフォスはこの後に及んでまだ誤魔化そうとしていたが、アルバートにたしなめられた。

 

「……陛下。もう諦めましょう。我々の顔はニホンでは"てれび"や"シャシン"とやらで多くのニホン国民が知っているのです。そちらのエルフのお嬢さんにバレたというのに今さら誤魔化したところでどうにもなりません。むしろ今までバレなかったことが奇跡です」

 

「お父様……やっぱり無理がありましたわね……」

 

「陛下……ここまできたらもう腹を括りましょう……」

 

「メイドの身ながら……私もそれがよろしいかと思います……」

 

アルバート達はもはや誤魔化しようがないと諦めるようにソフォスに言う。

 

「…………そうだな」

 

ソフォスは諦めがついたのか、ソファから立ち上がると斎藤家の面々に向かって深々と頭を下げる。

 

「騙すつもりはありませんでした……身分を隠していたご無礼をお許し下さい。……改めましてアルカ帝国第三代皇帝ソフォス・レーグヌム・アフトクラトリアです」

 

「同じく娘のモニカでございますわ」

 

「アルカ帝国オールデン騎士団団長アルバート・トゥロンフォです。この度は本当にご迷惑をお掛け致しました」

 

「アタイはオールデン騎士団所属の騎士レイラ・ヴィクトールだ。改めてよろしく」

 

「こ、皇帝陛下のお城でメイドを勤めさせていただいております、マリーと申します。ふつつか者ですがよろしくお願いします」

 

全員城の関係者じゃねーか。

そう言おうとしたが、一国を治める皇帝が目の前にいるとなっては龍馬は声が出なかった。

 

「あちゃー。やっぱりバレちゃったか」

 

そう言い出したのは龍一郎。そういえば彼はさっきからやけに落ち着いている。

 

「親父……どういうことだよ?」

 

「いや、知ってたよ。俺はこの人達が商人なんかじゃなく、皇帝陛下と城の関係者だということに」

 

龍一郎の口から驚きの言葉が飛び出した。

なんと彼は最初から彼等の正体に気付いていたというのだ。

 

「し、知っていたのですかリュウイチロウ殿?」

 

「そりゃあ、あれだけテレビで有名になった顔です。最初は私も目を疑いましたがね。少数で来ているところを見るとおそらくお忍びで来ているのだろうと察しました。

だからあなた方の作り話にもあえて合わせていたのです。あくまで一般人として滞在し、帰国出来ればお互い何事もなく日常に戻れるだろうと思いましてね」

 

「我々の正体に気付いていたとは……いやはや、リュウイチロウ殿もお人が悪い。これは一本取られましたな」

 

そう言ってソフォスは苦笑する。

 

「ですが、福岡を案内するという約束は変わりません。私が言い出したことだ。約束はきっちり果たさせていただきますよ」

 

「リュウイチロウ殿……感謝致します……」

 

ソフォスはそう言って深々と頭を下げる。

 

「……あ、そうだ。リョーマ、これ……頼まれてたやつ」

 

今まで黙っていたディレットがレジ袋を差し出す。

 

「あ、ああ。サンキュ」

 

龍馬はレジ袋を受け取ると、中のお菓子とジュースを取り出す。

 

「あ、あの皇帝陛下……これ……お茶請けです……よかったらどうぞ」

 

龍馬は何故か食器用洗剤までテーブルに置こうとする。皇帝を目の前にして急に極度の緊張状態になり、思考が鈍っているのだ。

 

「リョーマ、落ち着いて!洗剤まで置いてどうするのよ!?」

 

「あ?ああ……」

 

ディレットに言われて龍馬は慌てて洗剤を引っ込める。

龍馬は頭をブンブンと振って思考を持ち直すと、お茶請けとして置いたお菓子の包装を開けた。

 

「おお、これはわざわざご丁寧にどうもありがとうございます。では皆の者、ありがたくいただくとしようか」

 

各々が様々なお菓子に手を伸ばしている間に龍一郎がディレットに挨拶をしてきた。

 

「挨拶が遅れたね。龍馬の父の龍一郎です。ディレットちゃんのことは妻からよく聞いているよ」

 

「あ!はい!はじめまして!お世話になってます!よろしくお願いします!」

 

二人が挨拶をしている時、香ばしい香りが漂ってきた。ディレットが買ってきたドリップコーヒーを龍馬が淹れているようだ。

 

「親父、はいコーヒー」

 

「おお、悪いな」

 

龍一郎はキッチンのテーブルに移動し、コーヒーを飲んで一息つく。

その時、コーヒーの香りにアルバートが反応した。

 

「……リョーマ君、この香ばしい香りは……一体……?」

 

「コーヒーですけど……アルバートさんも飲んでみます?」

 

「こーひー……?」

 

帝国と日本が繋がって一年以上経つが、常に仕事に追われていたアルバートはニホンの嗜好品にもほとんど触れていなかった。

コーヒーも多少は帝国に流通しているはずなのだが、香りを嗅ぐ機会すらなかった。

 

「飲んでみます?」

 

「……いいのかい?」

 

「別にコーヒーくらい構いませんよ」

 

龍馬はそう言ってインスタントのドリップコーヒーを追加で淹れる。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう」

 

アルバートはカップの中を見た。

焦げ茶色、というよりはほぼ黒に近い液体が香ばしい香りを漂わせ、表面に中を覗き込むアルバートの顔を映している。

アルバートは熱々のコーヒーを一口飲んでみる。

 

「……」

 

苦い。しかし決して不快ではない苦さ。

苦みと共にやってくるコクと深み。そして絡み付くような酸味。

そして熱々のコーヒーが腹に入ることで身体がとてもリラックスするのを感じる。

これはクセになりそうだ。

 

「あ、あの……もし苦かったら砂糖やミルクもありますけど……」

 

「……いや、結構。このコーヒーとやら、初めて飲んだがなかなか美味い。苦い飲み物だが決して苦いだけではない。香りと深いコクがあり、とても心が落ち着く」

 

アルバートは再びコーヒーをブラックのまま口にする。

するとコーヒーを飲んでいたアルバートを見てレイラが近寄ってきた。

 

「あっ、団長なに一人で美味そうなもん飲んでんだ?アタイにも一口くれよ!」

 

「いやレイラ、お前はやめておいた方が……」

 

そう言う前にレイラはアルバートのコーヒーカップを奪い取り、一口飲んだ。

 

「!?」

 

強烈な苦みがレイラの舌を襲う。

 

「うげぇっ!なんだこれ!?まずっ!苦くて飲めたもんじゃねぇ!」

 

「だから言ったじゃないか。それに口を慎め。失礼だろう」

 

舌を出して苦みをなんとか払おうとするレイラ。

 

「ぷっ……あはは!」

 

それを見ていた龍馬は吹き出してしまった。

騎士団っていうからもっと堅苦しい感じかと思っていたが、別にそんなことはなかった。見ていて面白い。

そう考えるとさっきまでの緊張が嘘のように消え失せていった。

その後は話が弾み、全員でお茶やジュースを飲みながら色々な話に花を咲かせていた。

 

 

 

ほど話し込んだ時、ガレージに入る車のエンジン音が聞こえてきた。涼子の乗ったヴィッツだ。

しばらくして大量の買い物袋を抱えた涼子が家に入ってきた。

 

「あ~疲れた重てえきつい。あら、やっぱりお客さんもう来とん?」

 

涼子を見て龍一郎が立ち上がる。

 

「ああ、陛下。うちの家内です」

 

「怒らすとおっ"かない"です」

 

龍馬が付け加えた。

 

「おお、この方がリュウイチロウ殿の奥方でございますか。なんとお美しい」

 

「あらやだ、お客さん、そんなん褒めたっちゃなんも出らんとですよ。…………ん?"陛下"?」

 

「ああ、こちらはアルカ帝国のソフォス皇帝陛下だよ」

 

 

 

 

「…………………………………………はい?」

 

 

 

 

涼子が一瞬固まり、龍馬と同じ反応を見せたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、まさか皇帝陛下がウチに来るとか……汚いとこですみませんね」

 

「いえいえ、とんでもない。こちらこそご迷惑をおかけします」

 

ソフォスは龍馬が用意したコーラを一口飲んだ。

異界の様々な飲み物を飲んでソフォスはコーラが気に入った。

ソフォスは皇帝という威厳のある立場にいる存在ではあるが、意外に好みが子供っぽい。

お菓子やジュースをとても気に入ったようだ。

 

「しかしあんたこげん人数がおったら今買いもんしてきたやつだけじゃ足りんばい。もう一回買いもん行かな」

 

涼子は再び財布と携帯を持った。

もう既に彼女は全員分の夕飯を作る気満々だ。

 

「ほならちょっと行ってこようかね」

 

「あ……何かお手伝い出来ることは……」

 

そう言って立ち上がったのはマリー。

こう見えてメイドだ。家事には自信がある。

 

「あー、いい!いい!座っとって!お客さんなんやけんね、ゆっくりしときなさい」

 

「でも……」

 

「手伝って欲しいときはお客さんやろうが容赦なく言うけん座っとっていいっち……あ」

 

そこで涼子は思い付いた。

マジもんのメイドならばあまり外出出来ずに城や屋敷を一日中掃除したりしてるイメージだ。ならば。

 

「ほなマリーちゃん、あんたあたしの買いもんついてくるね?」

 

「え?いいんですか?」

 

「社会見学や!荷物持ちさせちゃるけん、ついてきい!」

 

「わあい!やった!」

 

「他買いもんついてくる人!先着四名!今一人追加したけん後三人!」

 

「あ!じゃあ面白そうだし、アタイも行くぜ!」

 

マリーが涼子についていくのを見てレイラもそれにあやかろうとする。

 

「はい!じゃああと二人!」

 

「私も行きたいですわ!」

 

「じゃあ私も!」

 

どうやらモニカとディレットが最後のメンバーのようだ。

 

「よし!じゃあ五人で女子会と洒落こもうやないね!」

 

「待ってください、リョーコ殿。姫様が行くなら私も護衛として……」

 

アルバートがついていこうとするが、涼子はそれを制止する。

 

「アルバートさん、あんた人の話聞いとった?"先着四名"ってさっき言ったやろーも。うちのヴィッツは運転手含めて五人までしか乗れんと。それに女子メンバーで行くって決めたんやけん、むさ苦しい男共は家で待っとれ。あ、ルミちゃんはピクシーだからついてきていいばい」

 

「やった!ありがとうございます!」

 

ずっと龍馬の肩にいたルミナは涼子の肩へと飛んでいく。

 

「う……しかし……」

 

「しかしもカカシもない!心配せんでもお姫さまなら大丈夫やけん、あたしを信用してくださいな」

 

涼子は任せろ、と言わんばかりに自分の胸をドンと叩く。

 

「やーい、団長仲間はーずれー」

 

「アルバートさん、ごめんなさいね」

 

「アルバート、いくら誇り高き騎士と言えども女の世界に土足で踏み込んじゃ駄目よ」

 

「ぐぬぬ……」

 

レイラ、マリー、モニカの三人から散々な言われようのアルバート。仕方なくソファに座り直す。

 

「それじゃあ、皇帝陛下とアルバートさんは私と一緒に明太子を買いに行きましょうか?」

 

「おお!いいですな!リュウイチロウ殿、よろしくお願いします!」

 

「では、私はそちらに同行しましょう」

 

龍一郎の提案により明太子班が出来上がった時、涼子がある意見を出した。

 

「ああ、陛下は明太子が食いたいっち話でしたっけ?それなら適当に余分な数を()うて来てくれたらあたしが明太子使った料理しちゃりますけん」

 

「なぬ!?メンタイコで料理が出来るのですか!?」

 

ソフォスは驚いた。クロワッサンに使っているのはハカタ駅で見かけたが、メンタイコとは基本そのまま食べるだけではなかったのか。料理の材料としても応用が利くとは。

メンタイコとはどれだけ素晴らしいものなのか。ソフォスは期待に胸を膨らませた。

 

「こうしちゃおれん!リュウイチロウ殿!早く向かいましょう!」

 

「はいはい、大丈夫ですよ。慌てなくても明太子は逃げませんから。龍馬も来るか?」

 

「そうだな。男パーティに俺も参加しようか。家で一人で待つのもあれだし」

 

こうしてソフォス、アルバート、龍一郎、龍馬の四人は明太子を買いに行くことになった。

話が纏まり、二つの班はそれぞれの買い出しに出掛ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明太子の買い出し班であるソフォス皇帝一行は龍一郎の案内で明太子ブランド一番の老舗である"ふくや"の本店へ向かっていた。

ふくやの本店は福岡、ひいては九州最大の繁華街である中洲にある。

中洲は地図で見るとその名の通り、博多のど真ん中を流れる那珂川に小さな島のような感じで固まって佇んでいる。

夕方が近いとはいえ、今はまだ夜に向けて忙しそうに準備をする人間達で溢れている。

 

「陛下、ここが福岡最大であり九州最大でもある繁華街・中洲です」

 

「ナカス……ほう、これは凄い」

 

川沿いの道にはびっしりと隙間なく屋台が並んでおり、夜の開店へ向けて忙しそうに準備をしている。

博多といえば屋台であり中洲はもちろん、小綺麗なオフィスビル街の歩道にさえ夜には数多くの屋台が顔を出す。

福岡・博多は元々商人の街。様々な商売で活気のある街は現代になっても大昔の名残を"屋台"という形で残している。

 

「ここまで数多くの屋台があるのは初めて見ました。我らの帝国でも屋台や露店は数多く見かけますが、ハカタには負けますな」

 

短いあごひげをさすりながらほっほ、と笑うソフォス。

アルバートも「賑やかで見ていて楽しいものだ」と気に入ってくれたようだ。

そうしているうちにふくやに到着し、四人は店内へと入る。

 

「おお……!」

 

高級感溢れる店内に並ぶ数多くの明太子。大小様々な明太子が並び、福岡一番の長い歴史を持つ明太子の老舗であることを窺わせる。

 

「ふむ……色々買い込みたいところだが、必要分だけ買うとしようか。持ち帰り用は最終日でいいだろう」

 

「それがいいですね。やっぱり生物である以上は冷蔵したとしても日持ちはしませんし、時間が経つと味も落ちますから」

 

「ふむぅ……」

 

ソフォスは龍一郎と一緒に明太子を吟味している。

辛さも味付けも色々あって、嬉しい迷いだ。

 

 

 

一方その頃、涼子のパーティは……

 

 

 

「おおお!すっげー!」

 

「こんなに品物がたくさん……!」

 

「ニホンの方々は食料品の買い物を主にここでやっているのね!」

 

地元の大きなスーパーに来たのだが、三人はその大きさと品揃えの豊富さに歓喜の声をあげていた。

特にレイラは酒コーナーの種類の多さに狂喜乱舞し、マリーは香辛料や調味料の多さに、モニカはお菓子に目を輝かせていた。

 

「さ、とりあえず色々買い込もうかね。ルミちゃん、あんたつーっと飛んでってから"こしょう"持ってきちゃりぃ。あたし達肉売場におるけん」

 

「はーい!」

 

ルミナは元気よく返事すると調味料の売場に飛んでいった。

涼子達は肉類の売場に移動し、涼子はそこで何やら変な形の肉を吟味している。

と、その時"こしょう"の瓶を抱えてルミナが戻ってきた。

 

「リョーコさん!持ってきました!」

 

「お、ありがと。……あ、これやない。こりゃ"洋ごしょう"や」

 

「え?」

 

「ごめん、あたしの言い方が悪かったね。"こしょう"っちゃ"唐辛子"のことよ。福岡の人間っちゃ唐辛子のことを"こしょう"って言ったりするけんね」

 

福岡では一般的な"こしょう"のことは"洋ごしょう"と言われ、一味・七味唐辛子や唐辛子そのものを"こしょう"と呼ぶ風習がある。

しかし"洋ごしょう"を普通に"こしょう"と呼称する(うまいこと言った!)人も多く、ぶっちゃけややこしい。

 

「ごめんね、ややこしいでから。"一味とうがらし"って書いた赤い瓶を持ってきてくれん?」

 

「わ、わかりました」

 

ルミナはすぐにまた"洋ごしょう"の瓶を抱えて調味料の売場に戻っていく。

その後、無事に一味とうがらしを持ってきたルミナ。一行はアルコール類の売場にやってきた。

 

「酒飲む人はおると?」

 

「はいはいはい!アタイ飲みたいです!」

 

「ほな、とりあえずビール買おうかね。あとは焼酎をあと2本くらい買って……」

 

涼子はビールの6缶パックを3つほど買いつつ、ディレットを見た。

 

「……そういや今までスルーしとったけど、ディレットちゃんは酒飲めるんかね?」

 

「う~ん……飲めないこともないですけど……私お酒弱いし……」

 

「……ならジュースでいいね。エルフとはいえ高校生やしなんか倫理的にアレやし」

 

涼子は飲酒メンバーの頭数からディレットを外すことにした。

エルフは長い年月を重ねているため、飲酒をしても問題はないが、弱いのであれば無理に飲むこともない。

涼子は酒に弱い人間に無理矢理飲ませるような輩が嫌いだ。酒が飲めないのであればその分食を楽しめばいい。

 

「うし!こんぐらいでよかろう!さ、計算して帰るよー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夕食は豪勢なものだった。

元々、龍一郎が帰宅すると聞いて色々用意しようと買い物に行っていた涼子だが、思わぬ来客のためにさらに腕によりをかけた。

まず、もつ鍋。

博多といえば二つの鍋ものである。

ひとつは以前も紹介した水炊き。もうひとつが牛や豚の腸であるホルモン、すなわち"もつ"を煮込んだ"もつ鍋"である。

福岡にきたらこれを食べなければ始まらない。もつ鍋は鰹や昆布のだし汁に醤油や味噌で味付けしてもつを煮込む。

さらにそこに唐辛子やキャベツ、豆腐やにんにくなどを入れてたっぷりのニラを上に乗せれば完成だ。

一番メジャーなのは醤油スープだが、今回は味の濃厚な味噌ベースのスープを涼子が用意した。

さらに大量の唐揚げ、手羽先なども用意した上にソフォスが余分に買ってきた明太子で様々な料理も作った。

 

「さー、皇帝陛下。それに皆さん。今日はあたしが腕によりをかけて作ったから腹一杯食べていきーね」

 

「おお……この美味そうな匂い……たまりませんな」

 

あごひげをさすりながらソフォスはグツグツと煮えたぎるもつ鍋を見る。

鍋からは濃厚な味噌ベースのスープのいい香りが漂っており、全員の食欲を刺激する。

 

「これは"もつ鍋"っちゅうてから、福岡の名物料理です。ホルモンっちゅうて牛や豚の腸があるんですけど、あたし達はそれのことを"もつ"って呼んどるんですよ。それをぶち込んだ鍋です」

 

「う……牛や豚の……腸……!?」

 

牛や豚の肉は食べても腸を食べる文化のないアルカ帝国の住人。特にこういう物にはアルバートが一番悪い意味で反応する。

 

「なんね、アルバートさん?あんたまさか食いきらんとか言わせんばい?腸を食うとか気持ちわりいっち思うかもしれんけど、食うてから文句言いなさい!」

 

「し、失礼しました……私達の国の文化には腸を食べる習慣はないもので……」

 

「……そうやねえ。確かに食文化の違いがあるけん抵抗があるのも当たり前か。まあ、とりあえず一口食うてみてくださいよ。嫌やったら残していいけん」

 

そう言って涼子はアルバートの小鉢にもつ鍋の具を盛り付ける。

 

「アルバートよ、せっかくのご厚意を無駄にしてはならぬぞ。儂のことは気にせずに、ささ、早く食べるがよい」

 

「で、では……お先に頂きます」

 

多少の抵抗はあるが……香りはとてもよい。アルバートはもつ鍋を口にする。

 

「…………これは……!!」

 

美味い!とてつもなく!

濃厚な味噌のスープ、コリコリとした不思議な弾力のもつ、スープがよく染み込んだキャベツやトーフという不思議な食材の美味さ。そしてトーガラシの辛さがさらに食欲を引き立てる。

間違いない。これは自分の人生で食べたもので一番美味い!

 

「なんという美味さだ!"モツ"とやらがここまで美味いとは!」

 

「ほら見てみい。美味かろうが。さ、皇帝陛下もどうぞ」

 

涼子はもつ鍋をソフォスの小鉢にも盛り付ける。

もちろんソフォスもすぐにもつ鍋の虜になった。

 

「ほっほ!スープが濃厚で美味いのう!」

 

「皇帝陛下、ビール飲みます?」

 

「"びーる"……あの麦から作ったというよく冷えた酒じゃな。是非いただこう!」

 

涼子が冷蔵庫からよく冷えたビールを取り出す。

 

「あ!リョーコさん、アタイにもビールください!」

 

「はいよ。そげん慌てんでもちゃーんとあるけん心配しなさんな」

 

レイラは涼子からビールを受け取る。

缶の開け方がわからなかったので涼子に開けてもらい、夢にまで見たビールを飲む。

キンキンに冷えたビールは舌の上で弾けると同時にホップの苦みとキレが喉を刺激してくれる。

 

「~~~かーーーーっっっ!!!!うめえ!!!!最高だぜ!!!!」

 

「おおー、若いのにいい飲みっぷりやないね。さすが騎士団やねえ」

 

「こら、レイラ!皇帝陛下より先に酒を飲むとは何事だ!もう少し行動を慎め!」

 

「アルバートよ、よいよい。騎士団は毎日大変だろう。こんな時くらい羽目を外させてあげなさい」

 

「ほら、陛下もこう言っているんだから別にいいじゃんよ。団長はいちいちうるさすぎるんだよ」

 

「お前、帰ったら訓練量2倍にするからな」

 

「ええ!?そりゃないぜ団長!」

 

レイラがブーブー言っている間にいつの間にかソフォスは涼子からビールを受け取って飲んでいる。

その横でモニカとマリーがもつ鍋と唐揚げに手をつけている。

 

「とっても美味しいわね、マリー」

 

「ええ!私、幸せです……!ニホンに旅行に来れてこんな美味しいものまで食べれるなんて……!」

 

和気あいあいとしながら夕食を食べる皇帝一行を見て笑みをこぼしながら龍一郎もビールを飲む。

 

「いやあ、賑やかな夕食だな」

 

「本当は親父の単身赴任終了祝いの予定だったんだけどな」

 

「ははは。それより凄いことになっちゃったな」

 

そうやって笑いつつ、龍一郎はもつ鍋を口にしてまたビールを飲む。

龍馬の隣でディレットとルミナももつ鍋の小鉢に手をつける。……ルミナは小さいので少し食べにくそうだが。

 

「皇帝と一緒に飯を食うことになるなんて思いもしなかったよ」

 

「ほんとだね」

 

各々が様々なおかずに手をつけつつ、酒も楽しんでいる。

いつの間にかアルバートもビールを飲んでほろ酔い状態だ。

 

「さ!じゃあ、皇帝陛下お待ちかね……明太子料理行きますかね!」

 

「お!待っておりましたぞ!」

 

涼子がまず出したのは定番中の定番、明太子パスタだ。

茹でたパスタの上に明太子がかけられており、その上にバター、そしてきざみのりがかけてある。

 

「ほう!パスタですか!」

 

「明太子を使ったレシピじゃもう定番メニューですよ。さ、どうぞ。普段パスタはあんまり作らんけん美味いかどうか知らんけど」

 

「何を言いますやら!こんなの絶対に美味いに決まっております!」

 

そう言いながらソフォスは明太子パスタを口にする。

バターでまろやかになった明太子とパスタの麺は抜群の相性を誇り、このノリという海藻の味がほどよいアクセントになって期待以上のうまさだ。

 

「うむ!絶品ですな!」

 

「そら良かったですたい。ほな次はこれ」

 

そう言って涼子が次に出したのは明太子のだし巻き玉子。

明太子とマヨネーズを和えたものを溶き卵に混ぜてそこにきざみネギも入れて焼き上げたものだ。

 

「これは……卵を焼いたものですかな?」

 

「だしを混ぜてからくるくると巻きながら焼いとるけん"だし巻き玉子"って言うとですよ。これ簡単そうに見えるけど難しいとですよ?正直これが一番めんどくさかった」

 

「どれどれ……うむ!」

 

卵と酢と油で作ると言われるマヨネーズなる調味料。そのマヨネーズは明太子との相性抜群であり、それがふんわりとした"ダシマキ"なる卵焼きと合わさって最高の味となっている。

さらに中に入ったネギという薬味のアクセントのおかげで次の一口を食べたくなる。

 

「はい、これが最後。明太子とツナのトーストね」

 

最後に出てきたのは食パンにツナとマヨネーズ、明太子を乗せて焼いたものだ。

シンプルではあるがかなり美味い。

 

「ううむ……これも素晴らしい味だ……!」

 

夢にまで見たメンタイコ。

それだけでも至高だというのにそのメンタイコを応用した料理をここまで堪能できようとは。

フクオカへ来てよかった。そしてリュウイチロウ殿とリョーコ殿に出会えてよかったと心から思う。

あまりのうまさに食卓に出される料理をその場の全員が平らげてしまった。

本当は〆にもつ鍋の残り汁にちゃんぽん麺を投入したかったのだが、流石にみんなもう満腹だ。ちゃんぽん麺はまたの機会にしよう。そう思った涼子であった。

 

「ふう……食べた食べた」

 

「お父様……もう私食べられませんわ」

 

「こんなに食べたのは久しぶりだ。流石に少し腹が苦しいな……」

 

「アタイもう動けねえ……」

 

「私もお腹いっぱいです~……」

 

皇帝一行は満腹になり、腹をさすっている。

しかし夜ももう遅い。そろそろ宿に帰らなければ。

その旨を伝えると涼子が気を利かせてタクシーを二台、呼んでくれた。十五分後タクシーが到着し、皇帝一行はホテルへ帰ることにした。

玄関先でソフォスは斎藤一家に頭を下げた。

 

「本当に今日はお世話になりました。サイトウ一家殿には本当に感謝しておりまする」

 

「いえいえ。大したことはしていません。私は道案内をしただけです」

 

「あたしも適当にメシ作っただけですから」

 

「皇帝として受けたこの恩は忘れませぬ。アルカ帝国に来ることがあれば是非城を訪ねてくだされ。城の者全員で歓迎致しましょうぞ。……それと、そちらのエルフのお嬢さん?」

 

「は、はい!なんでしょう陛下!?」

 

ソフォスはディレットの方を向くと優しく微笑んだ。

 

「良いご家族に恵まれましたな。故郷の家族だけでなく、ニホンの家族も大切にするのですよ」

 

「は、はい!もちろんです!」

 

ディレットは直立した状態で言う。軍隊かな。

 

「ディレット固くなりすぎ」

 

「……それ、お菓子と一緒に洗剤出してたリョーマが言う?」

 

「う、うるせーな」

 

龍馬はバツが悪そうにそう言った。

その時、龍一郎がソフォスにあるメモを渡した。

 

「陛下、これ私の電話番号です。ホテルにある電話という機械からこの番号にかければ私の電話に繋がります。使い方はホテルの方が教えくれるでしょう。何か困った時はまたご連絡下さい。私はしばらく休みで自宅にいますので」

 

「リュウイチロウ殿……貴殿には感謝してもしきれませぬ。もちろん奥方のリョーコ殿やご子息のリョーマ殿、そしてそちらのエルフのディレットさんやピクシーのルミナさんも。今日は本当にありがとうございました。それでは、私達は宿へ戻ります」

 

「今日は父共々本当にお世話になりました。アルカ帝国の王女としてお礼を申し上げますわ」

 

「騎士団を代表してこのアルバート、礼を言わせていただきます。本当にありがとうございました」

 

「リョーコさん、ビールも美味かったけど"ショウチュウ"美味かったぜ!ありがとな!」

 

「レシピのメモまで頂けるなんて……城のメイド仲間への土産話と自慢話が同時に出来ます!ありがとうございました!」

 

五人全員が礼を伸べつつ、タクシーに乗って彼等はホテルへ帰っていった。

斎藤一家はタクシーが見えなくなるまで手を振り続けていた。

 

「……行っちゃったね」

 

「ああ。……しかし皇帝陛下と家で晩飯喰ったなんて話誰も信じちゃくれないだろうな」

 

「おい龍馬。あんまり人に言いふらすなよ。彼等はあくまでお忍びで来てるんだからな」

 

「わかってるよ」

 

「さ!後片付けせないけんね。あんた達手伝いーよ!ルミちゃん眠たそうやけど大丈夫ね?」

 

「は、はい、何とか」

 

 

 

 

 

 

日本の平凡な一家と異世界の帝国の皇帝一行との一時の団欒。

それはお互いとってきっと生涯忘れられない一日の思い出になったに違いない。

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