アナザー・ディメンジョン -異界交流記-   作:誠龍

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この回はアルバートの視点で話が進みます。


第22話 アルバートのコーヒーメモ

私はアルバート・トゥロンフォ。

アルカ帝国の誇り高きオールデン騎士団の団長だ。

今は"メンタイコ"を求めてフクオカの地へやってきた皇帝陛下の付き添いでここにいる。

メンタイコに魅せられた陛下のように私もニホンの"ある物"に魅せられた。

今日はそれについてここに記しておこうと思う。

 

 

 

 

「昨日の今日ですみませぬな、リュウイチロウ殿」

 

「いえいえ、連絡してくれって言ったのはこっちですから」

 

側にはリュウイチロウ殿がいる。

昨日はリュウイチロウ殿のご自宅にお邪魔させていただき、なんと夕食までご馳走になってしまった。

彼の奥方のリョーコ殿が作った"モツナベ"やメンタイコ料理の数々の美味いこと美味いこと……更にはビールや"ショウチュウ"などの酒も数多く頂いて柄にもなく満腹になるまで食べて飲んでしまった。

……まあ、たまにはいいだろう。

さて、昨日の今日で再びリュウイチロウ殿に会いに来たのは他でもない。

メンタイコを食べるという当初の目的は果たせたのだが、せっかく異界の地まで来たのだ。何か色々観光もしてみたいと陛下から提案があった。

そこで宿の"デンワ"を借りてリュウイチロウ殿に連絡を取った。……もちろん宿の人間に手伝ってもらってだ。

"デンワ"を見るのは初めてではないが、実際に使ってみて改めて驚いた。その場にいないはずのリュウイチロウ殿の声が聞こえるではないか。

異界の文明の利器の便利さに感心しつつ、私はリュウイチロウ殿と再会する約束を取り付けた。

そして彼はわざわざこの宿まで迎えに来てくれるという。そして今に至るわけだ。

リュウイチロウ殿と再会した私達は彼の提案で"ダザイフテンマングウ"という神殿に行くことにした。

ニホンでは神殿のことを"ジンジャ"といい、ここで神に仕えし者達が奉っている神への祈りを捧げたり、一般の者達が巡礼に来たりするのだ。

一年前、ニホンとの同盟を結ぶためにニホンに来た際には"キョート"という古き良きニホンの昔の文化が色濃く残る場所へ陛下や姫様と共に来たのは記憶に新しい。

あの時は我らの国とは違う独特のニホン古来の文化や建物の造りに驚いたものだ。

さて、"チカテツ"とは違って地上を走る"デンシャ"に乗ってダザイフテンマングウまで行くことになったのだが、デンシャから見える景色に姫様やレイラやマリー達ははしゃいでいた。

しばらくしてデンシャから降り、"たくしー"なる有料のジドウシャに乗ってダザイフテンマングウへと向かう。

うむ、やはりここも立派な造りだ。我らの国にある教団の神殿とはまた違った神聖さに満ちている。

ジンジャに巡礼したのち、リュウイチロウ殿がある物を我等に奢ってくれた。

"マツガエモチ"という焼いた菓子だ。

熱々で伸びる不思議な生地の中に入ったアンコがとても美味い。

陛下は大層気に入ったらしく、「宿でも食べたい」と言って持ち帰り用の10個入りの物まで買ってしまっていた。

姫様はこのジンジャの布で出来た袋状の護符……お守りを買っていた。

このジンジャはニホンの大昔の貴族……スガワラノミチザネという貴族を奉っていて学業成就のご利益があるらしい。

姫様はワガママなのがたまに傷だが、学問・武芸と共に向上心が強く、上達も早い。

いつかお父上である皇帝陛下のような優れた指導者になりたいと勉学や武芸に関しては決して弱音を吐かずに努力している。

私はそんな姫様に更なる学業のご利益があることを切に願う。

……その場のノリでレイラもお守りを買っていたが、あの脳筋にはスガワラノミチザネという貴族もお手上げではないのかと思った。

おそらくあいつのことだ。"学業成就"の意味すらよくわかってないだろう。異界の神よ。すまぬ。バカは死ななきゃ治らないのだ。

そんな事を思いながらダザイフテンマングウを出た私達は一度ハカタへと戻った。

そんな時だ。リュウイチロウ殿は「煙草を買いたい」と"こんびに"という店に入った。

もちろん私達も一緒に入ったのだが、この"こんびに"とやらは店は小さいのに所狭しと商品が並んでいる。

食品はもちろん、書物や衣類に至るまでありとあらゆるものが揃っている。

レイラがビールを買おうとしたので"後で宿に戻る時に買え"と釘を刺しておいた。

まったく、これでは騎士団団長というよりわんぱくな子供を持つ親のようだ。子守りになった覚えはない。

私はやれやれと思いつつ、リュウイチロウ殿の買い物が終わるのを待った。

その時だ。私はある物を目にした。

カウンターで清算を済ませた他の客が紙でできた容器を持ってカウンター脇にある黒い箱のような装置に入れて"何か"を注いでいた。

その"何か"が注がれている時に気付いた。

香ばしい香り。コクの深い香り。

そう、これは"こーひー"だと。

あの時リョーマ君に淹れてもらったこーひーとやらの茶に私は虜になっていた。

すぐに私はリュウイチロウ殿に買い方を教えてもらい、金を払って容器を受け取る。

それを装置に入れて光る突起を押すとウィーン、ガーという音が装置から鳴り、しばらくして黒い液体……こーひーが容器に注がれた。

私は装置から容器を取り出し、こーひーを口にする。

香ばしい香り。コクのある味わい。飲む者を虜にする苦味と酸味。うん、これだ。これこそ"こーひー"だ。

私達の世界と違い、異界ではミルクや砂糖が豊富なのでこーひーにもそれらを好みで入れるらしいが……とんでもない。この素晴らしい苦味を消すなど愚の骨頂だ。それくらいこーひーを知ってまだ二日目の素人の私でもわかる。

……すまん、これは言い過ぎたな。

人それぞれ好みがあるのだからそれを否定してはいけない。

だがこれだけは言わせてもらおう。"こーひー"は"無糖"こそが至高であると。

……後から知ったのだが、ミルクや砂糖を入れない、そのままのこーひーは"ブラックこーひー"というらしい。なるほど。

ちなみに陛下も飲んでいたが、苦いのが嫌らしく、砂糖とミルクをたっぷり入れていた。

……陛下!!我が主君よ!!貴方は何もわかっておらぬ!!

……しまった。さっき人の好みを否定してはならぬと反省したばかりではないか。しかも我が主君を心の中とはいえ否定するなど騎士団としてあるまじき行為。

いかんいかん、こーひーの事になると柄にもなく熱が入ってしまう。一度落ち着こう。

ふと、装置の上を見ると透明の容器の中に焦げ茶色の粒々がぎっしりと詰まっている。

一体なんだこれは?そう思った私はリュウイチロウ殿に尋ねた。

 

「これはコーヒー豆ですよ。この豆を抽出したものがコーヒーなんです」

 

なんと!こーひーとは元は豆なのか!

話によるとこーひーはこの小さな硬い豆を細かく砕いたものを熱湯で抽出することでこういった苦味のある茶になるらしい。

確かにこの苦味は人を選ぶ味ではあるが、奥が深い。

この世界においてこーひーを初めて作って飲んだ名も知らぬ者よ。あなたは偉大なる英雄だ。感謝します。

こーひーを飲んでいると今度は別の客が何やら不思議な素材の透明な容器を持ってこーひーの抽出装置にセットした。

容器の中には結晶のような何か……あれは氷だ!氷が中に入っている!

我々の世界では異界のように保存技術が発達していない。したがって氷は非常に貴重なものなのだ。

しかしニホンでは氷を作ることも保存することも簡単にできる。だからこそこういった使い方も出来るのだ。

どうやら"あいすこーひー"というらしい。抽出した熱々のこーひーを急激に氷で冷やすことでスッキリとした味わいを楽しむのだそうだ。

私は気付けば二杯目を購入していた。

もちろん"あいすこーひー"で。

溶けにくい不思議な加工がされているらしい氷の入った容器にまた熱々のこーひーが注がれていく。

"すとろー"という細長い筒で吸って飲むのだそうだ。

私は軽くすとろーであいすこーひーを混ぜて満遍なく冷やす。

軽く混ぜたところですとろーから吸って飲む。

……うん、確かにスッキリしていて美味しい。

今は夏に近付きつつある時期で気温も高い。

そういう時にはこの"あいすこーひー"が身体も頭もスッキリ冷やしてくれる。これはいいぞ。

リュウイチロウ殿はそんな私を見てこう言った。

 

「お茶請けにドーナツでも食べたらいかがです?ブラックコーヒーに適度な少量の甘い菓子はお互いを引き立てますよ」

 

リュウイチロウ殿が指を指した先にはガラスで出来た棚が。その中には真ん中に穴の空いた菓子が並べられている。

聞けばあれはドーナツという焼き菓子らしい。

私はチョコレートという帝国でも最近ニホンからの輸入品で有名な黒い菓子を溶かしたものをドーナツにかけた"チョコオールドファッション"という種類のドーナツを買ってみた。

……リュウイチロウ殿は少量の菓子はブラックのこーひーを引き立てると言うが……果たして……。

いくら帝国では貴重品と言ってもそこまで甘いものには執着がない私は半信半疑であいすこーひーを飲みつつ、ドーナツをかじった。

 

……リュウイチロウ殿……疑ってすまなかった……。

 

美味い。こーひーの苦味の余韻が残る口へ甘い物を少し頬張ることでドーナツの生地の甘さとチョコレートの甘さが引き立つ。

ドーナツを喉の奥に落としてから再びこーひーを口に含むと、逆に今度は甘さの余韻に対してこーひーの苦味がいい塩梅で絡み付いてくる。

……なるほど。こーひーとはそれ単体でなく、茶請けとなる菓子とあわせることでまた違った楽しみ方が出来るのか。酒と肴のようなものだな。

"こんびに"を出た私達はその足で昼食を取りに向かった。

リュウイチロウ殿は「せっかく福岡・博多にきたのだからとんこつラーメンでも食べませんか?」と提案してきた。

……"とんこつらーめん"とはなんであろうか。聞けば麺料理らしい。だがパスタとは違うようだ。

リュウイチロウ殿の案内で"テンジン"と呼ばれるフクオカの街にある彼の行きつけの場所だという店へやってきた。

"ショウテンガイ"という大小様々な店が集う通りの一角にそれはあった。

どうやら大衆食堂のひとつらしい。店に入ると……まあ、なんというかかなり脂っこいというか……濃厚な匂いがする。

厨房らしき場所ではふくよかな中年のご婦人と……娘さんだろうか。共に調理をしている。

 

「いらっしゃい!……あら……?龍一郎さん!?いつの間に帰ってきてたんだい!?」

 

「ついおとといですよ。お久しぶりですね、芳子(よしこ)さん」

 

聞けばこの店はリュウイチロウ殿のご子息のリョーマ君もよく来ている店らしい。

リュウイチロウ殿は我々のことを陛下が作り上げた設定と偽名で紹介してくれた。……感謝する。

我々はテーブル席を二つ使わせていただいた。

ヨシコというご婦人の娘さんらしき女性が注文を伺いにくると"トンコツバリカタ6つ"とリュウイチロウ殿は頼んだ。

聞けば"トンコツ"とは文字通り"豚の骨"らしく、"らーめん"とは豚の骨を使ったスープの中に麺が入っているらしい。

しばらくするとらーめんが二つ運ばれてきた。

まずは陛下と姫様が先に食す。

陛下と姫様はフォークがないので木でできたニホン人の食器"ハシ"を使って食べる。

お二人は外交のためにニホンの作法も勉強しておられるのでハシも多少は使える。

白く濁った熱々のスープの中に白くて細長い麺が入っており、表面に豚の脂が浮いて輝いている。

陛下と姫様はまず麺を口にする。かなり熱そうだ。

しかし豚の骨から取った濃厚なスープとやや堅めの麺は相性がいいらしく、陛下も姫様もご満悦だ。

続いて三つ、らーめんが来た。

リュウイチロウ殿は「お先にどうぞ」とあくまで我々を優先してくれた。

私、レイラ、マリーの三人は慣れないハシを使って悪戦苦闘しつつもなんとか麺を口にする。

 

……!なるほど……これは……

 

確かに濃厚なスープと堅めの麺がマッチしていて美味い。

スープも脂がたっぷりで少し胃もたれしそうではあるが、その脂っこさがまた美味いのだ。

特に脳筋のレイラはこういう脂っこいものが好きだ。あいつはらーめんにがっつきたいがためにその場でハシの使い方をマスターして私より使えるようになっていた。

……その努力を訓練の方にも活かしてほしい。

らーめんの他にも挽き肉と野菜を薄い生地で包んで焼いた"ギョーザ"なども頂いた。パリッとした生地にジューシーな挽き肉と野菜が詰まっててうまかった。

食事を終え、店から出るとリュウイチロウ殿は店先で何やら光を発している箱に硬貨を入れた。

そして突起らしき部分を押すとガタンと音が鳴る。リュウイチロウ殿は箱の下部にある所から金属の筒を取り出した。……あれは飲み物を入れておく金属の容器か。昨日"びーる"を頂くときに同じようなものを見た。

リュウイチロウ殿によればこれは"ジドウハンバイキ"という無人の販売機械らしく、硬貨を入れれば冷たい飲み物や暖かい飲み物を売ってくれるのだそうだ。……盗難にあったりしないのだろうか?

どうやらリュウイチロウ殿はこーひーを買っているらしい。食後のこーひーもいいだろう。

私はリュウイチロウ殿と同じブラックのこーひーを購入した。容器がガタンと落ちてくるので下の取り出し口から容器を取り出す。

開け方はもうわかった。この蓋部分を起こすことで反対側に力が加わって飲み口が開く仕組みだ。

冷たいこーひーを買った私はそれを飲んで食後の余韻に浸る。

……うん、悪くない。

"こんびに"で飲んだものよりは多少味は落ちるが、"ジドウハンバイキ"さえある場所なら手軽にこーひーが買って飲めるというのは大きな利点だ。

それに様々な飲み物も売っているので我が帝国の城や街のあちこちにこれが設置されれば皆が気軽に飲めていいのだが。……一度ニホンに設置を頼めないかどうか陛下に掛け合ってみようか?

 

皆もそれぞれ飲み物を飲んで店先で軽く話している時、ショウテンガイの野菜売りの店で買い物をしているリョーコ殿とばったり会った。

 

「あんたらそげんゾロゾロゾロゾロ大人数で歩いてからに!目立ちすぎやない!?」

 

……相変わらず豪快な女性だ。

しかし言われてみればそうだ。

異界人がそこまで珍しくなくなったとはいえ、我々の世界の服装であんまり固まって歩くのは目立つ。

今のところ、サイトウ一家以外には私達の正体はバレてはいないようだが人目を引くのは可能な限り避けたい。

そこでリョーコ殿の提案で我々の"服"を買いに行くことになった。

 

 

……それから二時間後。

我々はリョーコ殿のチョイスで服を買い、着替えを終わらせた。

私は"じーんず"というズボンに伸び縮みする生地で出来た"てぃーしゃつ"という薄手の服、それの上から薄手の"わいしゃつ"という服を着ている。

陛下は……"すーつ"というこちらの世界の礼装を着崩して着ている。色は黒に近い鼠色だ。

リョーコ殿曰く、"チョイワル"というあえて少し悪そうな雰囲気をイメージしたらしい。

確かに"すーつ"を着た陛下は若干悪っぽい感じの男性っぽくなった。雰囲気が全然違う。

それに加えて日の光を遮るための眼鏡である"さんぐらす"とやらも付けられていた。

正直、皇帝としての雰囲気がまるで残っていない。

髭と髪がそのままであったらわかるだろうが、それを短くしてしまっていたため、道ですれ違ったら気付かないかもしれない。

姫様は落ち着いた色の髪飾りに白のワンピースを着ており、清楚さが増した。

レイラは私より明るい色のじーんずを履いて白い"ぶらうす"という服を着て、靴も"すにーかー"という運動に適した靴を履いている。

マリーは黒と白の縞模様の薄手の長袖シャツに青い"おーばーおーる"という胸まであるズボンのような不思議な服を着ていた。

これらは全てリョーコ殿のセンスで選ばれている。リュウイチロウ殿によれば彼女は服装のセンスはピカ一なのだと言う。

なるほど、確かに全員の雰囲気にマッチした服装ばかりだ。

異界の服に身を包んだ私達は再びテンジンの街に繰り出した。

そしてそこでリュウイチロウ殿からある嬉しい提案が。

 

「アルバートさん、コーヒーが好きなら私達家族の行きつけのカフェバーに行きませんか?そこのマスターが淹れるコーヒーは絶品ですよ」

 

行かないわけがない。

私はこーひーに心を奪われてしまったのだ。

陛下も「たまにはアルバートの行きたいところへ行ってもバチは当たるまい。儂も興味があるしな」と賛同してくれた。

そして私達は再びショウテンガイの一角へ。

案内されたのは"トロバドル"という酒場。

こちらの世界にある異国の言葉で"吟遊詩人"という意味らしい。なかなかいいセンスではないか。

中に入るとこーひーの香ばしい香りが店内に漂っており、白髪頭に白いちょび髭を生やした初老の男性が食器を拭いていた。

 

「おや、いらっしゃい。龍一郎くん、久しぶりだね」

 

「お久しぶりですマスター。おととい福岡に帰ってきましてね」

 

「ほう、そうかい。今日はやけにお客さんが多いね?」

 

「ええ……異界人の旅行者さんたちでして」

 

リュウイチロウ殿はここでも偽りの身分で私達を紹介してくれた。だが……

 

「龍一郎くん、嘘が上手いね。でも私はすぐにわかったよ。……またとんでもないお客さんを連れてきたねぇ」

 

……この店主には見抜かれていた。

仕事柄、様々な人間と出会い、話してきた彼にはごまかしは効かなかった。

 

「大丈夫、安心してください。私は色々言いふらしたりしませんよ。この商売ではお客さんに対して私からは必要最低限の会話しかしません。お客さんが会話を望めばそれを聞き入れ、黙ってひとときを過ごしたいのであれば注文を聞き取る言葉意外では声をかけない。ここは様々な方が訪れる場所。決してお客さんに深入りはしない。それが私のバーテンダーとしてのポリシーです」

 

……なるほど。安心した。この店主になら安心して身分を明かしても良さそうだ。

そしてサクラダというこの店主は気を利かせて「今日だけ特別ですよ」と店を貸し切りにしてくれた。

私達は軽く自己紹介を済ませると、飲み物を注文した。

私はもちろんこーひーを注文する。

私以外の四人は迷っていたのでリュウイチロウ殿とサクラダ殿のオススメで"くりーむそーだ"なるものを注文した。

透き通った宝石のような緑色の液体の中で泡が弾けており、その上には"あいすくりーむ"という牛の乳を冷やして固めた菓子が乗っている。

陛下をはじめ、四人とも年齢はバラバラだというのにくりーむそーだを食べた途端、皆ご馳走を食べた子供のような笑顔になっている。そんなに美味いのか?機会があれば私も食べてみるか……

さて、私のこーひーだが……サクラダ殿は何やら木製の筒に金属の取っ手がついたものをつまんで取っ手をグルグルと回している。

 

「これはコーヒーミルといってコーヒー豆を挽くための道具なのですよ」

 

なるほど。手作業で一から豆を挽いているのか。これは期待できそうだ。

サクラダ殿は次にそれをガラスで出来た変わった形の器具に入れた。

一体、これは……?

 

「これはサイフォンという器具です。下の容器を加熱すると挽いた豆とお湯が上の容器に蒸気の圧力で移動します。そこで加熱を止めると減圧によってコーヒーが再び下に移動してろ過されて抽出される仕組みになっています」

 

なるほど。"さいふぉん"とやらは圧力を利用した抽出装置なのか。

確かに挽いた豆ごと上に移動したのに加熱を止めるとろ過されて豆が分離し、こーひーだけが下に抽出されている。

抽出したこーひーをマスターがカップに注ぎ、私の前に出す。

 

「どうぞ」

 

私は一口こーひーを飲む。

 

 

……!?なんだこれは!?

香り、コク、苦味、酸味、そして飲んだ後の心地よい余韻。

その全てが今まで飲んだこーひーを凌駕している!!

 

「美味しいでしょう。マスターの作るコーヒーは最高ですからね」

 

「あ、マスター。あたしにも一杯コーヒー入れちゃらん?」

 

リュウイチロウ殿とリョーコ殿のご夫妻もコーヒーを頼んでいる。

私は夢中になってこーひーを楽しんだ。

 

「ふふ。アルバートさん、よほどコーヒーが気に入ったみたいですねえ。……そうだ。せっかくだからコーヒーを自分で淹れてみますか?」

 

私が?自分でこーひーを?いいのだろうか。

 

「ええ。構いませんよ。せっかく異界の地まで来たんだ。それにこんなにコーヒーを好いてくれる人にはもっとコーヒーを知ってほしくてね。"お客さんに深入りはしない"がポリシーとは言いましたが今回は特別です」

 

私はカウンター内に入らせていただき、サクラダ殿からこーひーの淹れ方の手ほどきを受けた。

 

「まず一口にコーヒー豆といっても種類があります。豆は栽培している国や地方の環境によっても大きく変わります。さらに"ブレンド"といって種類の違うコーヒー豆を複数混ぜることでコーヒーは無限の可能性を引き出します」

 

なんと。こーひーは豆選びの時点でそんなに奥が深いのか。

 

「そしてこのコーヒーミルですが、挽き具合によってコーヒーの味わいが変わります。細かく砕くほどコーヒー豆は濃い味わいになります。さらにコーヒーサイフォンで抽出する時にも味の変化があります。抽出する時間や火力でまた味が変わるのです」

 

私は"こーひーみる"で豆を挽かせてもらい、サクラダ殿の指示した通りに"さいふぉん"に挽いた豆を淹れて器具を扱う。

抽出したこーひーを淹れて自分で飲んでみたが……何かが違う。

決して不味くはないのだが、苦味と味が濃くなりすぎてサクラダ殿には遠く及ばない。

 

「ははは。こればっかりは経験ですからね。サイフォンはコーヒーを作る器具の中でも味のバランスが取りやすい器具ではありますが、やはり本当においしいコーヒーを淹れるにはどんな器具であれ、経験を積まなければなりません」

 

私はサクラダ殿のご厚意でもう一度こーひーを淹れてみる。

陛下と姫様はさいふぉんが沸騰する様をじっと見続けており、レイラは私がこーひーを淹れている様子を見てニヤニヤしている。

 

「団長が豆挽いてる時と器具を睨んでる時の顔、トロールみたいな顔で面白かったぜ」

 

こいつは帰ったら訓練量3倍コースだな。うん。

しかしこーひーとは奥が深い。

この"こーひーみる"や"さいふぉん"は比較的構造が単純そうだ。物さえあれば我が帝国の技術力でも生産できないだろうか……?

 

 

サクラダ殿の店でひとときの一杯を楽しんだ後、私達はサクラダ殿とリュウイチロウ殿の夫妻に別れを告げて宿へと戻った。

油や火を使わずとも"電気"の力で煌々と明るい部屋の中で私は今、素晴らしき飲み物"コーヒー"に関する日記を書いている。

しかしインクにいちいち付けなくても物が書けるペンとノートという薄く白い紙で出来た帳面は非常に便利だ。

これらは一年前から帝国にも入ってきているが、城や貴族達以外にはまだあまり普及していない。これらがもっと普及すれば帝国は更なる発展を遂げるはずだ。

 

今私が記録を書いている隣にはとあるものが。

……"コーヒーミル"と"コーヒーサイフォン"だ。

コーヒーを淹れることにも興味が湧いた私を見かねて陛下が買って私に寄贈してくれたのだ。

……売ってる店を探すのに陛下と二人だけであちこち歩き回るのは大変だったが。

これらの器具を見て私は柄にもなく目を輝かせた。その様子を見て姫様は「アルバートったら子供みたい。こんなに嬉しそうなアルバート

初めて見たわ」と悪戯っぽく笑っていた。

 

聞けばコーヒーには"カフェイン"なる興奮作用のある物質が入っているらしい。

あまりにも多量に取りすぎると身体に毒だが、適度に摂取すれば眠気覚ましにもなると。もう夜も更けたというのに眠くならないのはそのせいか。

ならば城に帰ったら夜の警備などに立つ兵士達の束の間の休息にコーヒーを淹れてやるのもいいかもしれない。……私一人で全員分はさすがに無理だが。

 

 

出来ればコーヒーを帝国中に広めたい。

我々の世界でもこの素晴らしい飲み物をもっと多様な人々と共に楽しみたい。

趣味と言えば剣の修行か武器の手入れ、それとたまに飲む酒くらいしかなかった私にコーヒーは新たな生活の色を与えてくれた。

私はこれからも軍人としての人生の傍ら、コーヒーを研究するだろう。

戦で命を落とさない限りはいつか私も年を取り、騎士を引退する時がくる。

そうなったらあのサクラダ殿のようにコーヒーの店を開くのもいいかもしれない。

そう考えると騎士道一筋だった私も新たな生き甲斐が見えてくる。

 

 

 

……今日はこのくらいにしておこう。

まだまだフクオカの地の観光の旅は続く。明日はどんな出来事が待っているのだろうか。

 

 

 

私はそんな事を考えながらペンを置き、日記を閉じた。

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