ソフォス皇帝一行の福岡滞在三日目。
この日も龍一郎に頼んで皇帝一行は福岡案内してもらうことにした。
どこへ行こうかと迷っていたその時、モニカがある要望を出した。
「ニホン、ひいてはフクオカの歴史を学べるようなところに行きたいですわ」
その要望に答えるために龍一郎が連れてきたのが"福岡市博物館"である。
福岡市博物館は福岡の地の領主であった戦国時代の武将・
「リュウイチロウ殿、ここは?」
「ここは福岡市博物館です。様々な歴史的資料が展示されています。今は軍師・黒田官兵衛の展示が一番の目玉みたいですね」
「クロダ・カンベエ?」
「我々の時代から遡ること数百年前、戦国の世と言われる時代がありました。
当時の日本の戦国武将達は皆、日本の全ての領土を手中に収める"天下統一"を目指してシノギを削っていたのです。黒田官兵衛もその中の一人です。彼は優れた軍師であったという話です」
「なるほど……それは興味深い」
「ニホンの騎士……一体どのような方なのでしょうか……気になりますわね……」
龍一郎は博物館のロビーで黒田官兵衛展に関するガイドパネルを見てあることに気が付いた。
「おっ……これは……!陛下……ちょうど良いタイミングで来れましたよ!」
「ど、どうしたのですかな?」
龍一郎はパネルにある一振りの日本刀の写真を指差す。
「これは……"カタナ"ですな。これがどうかしましたか?」
「これはただの刀じゃありません。国宝の名刀です。戦国の歴史で"覇王"、"第六天魔王"と呼ばれた戦国武将・織田信長が愛用し、後に黒田官兵衛が信長より譲り受けた伝説の名刀……"
「ほう!ニホンの伝説の
「"ヘシキリハセベ"か……変わった名だな」
ソフォスとアルバートは写真の刀をまじまじと見つめる。
"
言わずと知れた安土桃山時代の"覇王"、"第六天魔王"の異名を持つ戦国武将・織田信長。
その信長がかつて使用した刀である。
信長は観内という茶坊主が自らに敵対したことに激しく怒り、この刀を抜いた。
観内は慌てふためき、台所の膳棚の下へと身を隠したが信長はこれを"圧し切り"(刀身を押し当てて切ること)で棚ごと観内を斬り殺したという逸話が残っており、そのことから"圧し切り"の異名が付いたと言われる。
その後は諸説あるが、後に黒田官兵衛が信長から中国攻めの策を提案した褒美としてこの圧切長谷部を受け取ったと伝えられている。
「では、展示を見てみましょうか」
一行はエントランスから二階に上がり、常設展示のエリアへと進む。
やけに暗い場所の中央にポツンとガラスケースが置いてある。
そのケースの中には何やら小さな金塊のようなものが。
「おお!すげー!金塊だ!」
レイラがケースの中の金塊を物珍しそうに見る。
この中にあるのは"
以前、龍馬と勇人がツーリングで向かった
「それは福岡県の志賀島という島から発掘された漢委奴国王金印です」
「カンノワノナノコクオウ……噛みそうな名前ですね」
マリーはそう言いつつ、モニカやレイラと一緒にケースの中の金印を見ている。
「日本の北西の大陸には中国という国があります。その中国の古代の国王の金印と言われていますが、情報量が圧倒的に不足していてあまり詳しいことはわかっていません。さ、次に行きましょうか」
金印の展示を抜けると開けた場所に出た。
ここは石器時代から平成の現代に至るまでの福岡の歴史が様々な出土品や文献とともに展示されている。
石器時代や弥生時代、飛鳥時代など古代日本の出土品がずらりと並んでいて、皆物珍しそうにケースの中身を見ている。
そこにある数々の出土品や古い文献を見てアルバートは呟く。
「我々の世界では考えられない文明を持つこの世界もかつてはこういう原始的な生活だったのだな……」
遥か昔から悠久の時を過ごしてきたであろう古代の遺物。そういったものを今目の前にしてアルバートは歴史の息吹を感じていた。
「お!なんだいこれ?」
レイラは穴の開いたケースの中身にある細長い棒のような武器に触れていた。
「れ、レイラさん……触ったらまずいんじゃ……」
「ああ、マリーちゃん、大丈夫だよ。"触っていい"って書いてあるからね」
レイラはケースの中身の謎の武器らしいものを持ち上げて全体を眺めている。
「リュウイチロウさんよ、これってなんだい?」
「それは"火縄銃"だよ。"鉄砲"とも言うね。……って"銃"がまずわからないか」
「ジュウ?」
「うーん、簡単に説明するなら大砲があるだろ?あれを人の手で持ち歩けるようにした火薬兵器かな。火薬の爆発で鉛の弾を筒から飛ばすんだよ」
「へー!」
火縄銃は天文12
日本初の火縄銃は"種子島銃"と名付けられた日本初の鉄砲は全国に広まり、戦の在り方を変えた。
その時レイラがケース内で抱えているその火縄銃を見てアルバートが疑問の声を上げる。
「しかしこの大きさでは大したものは発射できないのでは?レザーアーマーのような鎧ならまだしもフルプレートアーマーを着込んだ重装歩兵には簡単に弾かれてしまいそうですが」
「いい質問ですねアルバートさん。ですがまだこの火縄銃で戦っていた時代、重く分厚い甲冑を着た兵士ほど死亡率が高かったそうです」
「何!?」
「なんと……!それはまことか、リュウイチロウ殿!?」
アルバートもソフォスも目を丸くして驚く。
大砲ならまだしもこのような小さな筒に入る火薬などたかが知れている。ならば威力もそれ相応のはずだが。
「私もあまり詳しくはないのですが、火縄銃は威力だけで言えば現代の銃よりも高く、簡単に甲冑を貫通してしまうそうです。さらに被弾時に銃の弾丸が甲冑の破片ごと体内に食い込んでしまうので、分厚い鎧を着た武士ほど致命傷を負う確率が高かったそうです。そのため重い鎧で死ぬ確率を高めるなら、身軽な鎧で素早く動いて当たる確率を減らそうという戦法が増えていきました。もちろん当たるとどっちにしても死にますがね」
その話を聞いてモニカがおそるおそる尋ねた。
「で、では……リュウイチロウ様……今の世界にはどんな"ジュウ"があるのですか……?」
「小型化・軽量化された拳銃や大量の弾丸を放つ軽機関銃、それに人が持ち歩けるものから遮蔽物や乗り物に固定して使う大型の重機関銃も…………銃というカテゴリーからは外れますが、乗り物に搭載するミサイルなど様々なものがあります。ミサイルに至っては遥か遠く海の向こうに離れた国ですら一発で正確に命中させる弾道ミサイルなどがあります。
さらに恐ろしいのが"核兵器"です。核兵器はただの大きな爆弾ではありません。おそらくは帝国の帝都の何倍もの範囲を一瞬にして焼き尽くし、さらに有害な"放射線"を残留させることで生き残った人々をも不治の病で蝕む上に土地そのものを汚染させ数十年もの間、草木も生えぬ不毛の大地にすることが可能な恐るべき兵器です。
そして私達の国日本は……今から71年前、広島と呼ばれる場所に当時戦争で敵対していたアメリカ軍によって原子爆弾が投下され、爆風と放射線による毒でおよそ17万人近い人々が命を落としました。
さらにその三日後には福岡県の二つ隣の県、長崎県に二発目の原爆が投下され、7万4千人の人間が一瞬にして消滅しました」
その話を聞いて一行は愕然とした。
たった一発の爆弾がそれだけの命を奪えるのか。
ソフォスは額に冷や汗を浮かべた。
ーーーー自分達が干渉している世界は予想以上にとんでもない世界だったのかもしれない。
もし、ニホンか或いはこの世界の別の国と敵対し、攻め込まれたら?
魔法があるとはいえ未だに剣や槍や弓で戦っているような自分達などひとたまりもないだろう。
「なんという……」
「核兵器……そんなおぞましいものが……この素晴らしい世界に……」
「ひどい……いくら戦とはいえ、どうしてそんなことが出来るの……?」
「ドラゴンが暴れたってそこまで酷くならねえぞ……この世界は一体どうなってんだ……」
「……」
核兵器という恐るべき兵器の存在とそのかつての惨状に誰もが畏怖している。マリーに至っては言葉も出ていない。
「だから今は外交が鍵を握る時代なのです。持とうと思えばどの国でも力は持てる。しかしその力を使えばお互いに大きな損害を受けるために"抑止力"としての軍力があり、外交による駆け引きが現代における"戦争"と言えるかもしれません。……ちょっと暗い話になってしまいましたね。次に行きましょうか」
核兵器や抑止力の話により暗い表情になってしまった一行の雰囲気を払うように龍一郎は歩き出した。ソフォス達もそれに続く。
ここでいよいよ黒田官兵衛に関する展示が増えるエリアへやってきた。
そこにあるケースに展示された古ぼけた黒田家譜と黒田官兵衛とその息子・長政の姿が描かれた"
「ほう!この御仁が……!」
「クロダ・カンベエ……ですか。ニホンの遥か昔の軍師……」
黒田官兵衛。天文15年11月29
真名は
「元々この方は目薬を売って生計を立てていた人でした。その後、仕えていた赤松政秀と対立した時に当時拠点であった姫路城を攻められますが、この時政秀は3000の兵に対して官兵衛のいる姫路城は防御能力が低く、しかもわずか300の兵士しかいなかったそうです」
「さ、3000対300……ですと……!?」
「3000に対してたったの300……!?戦力差がありすぎる……!」
「おいおい、どう考えても負け戦じゃねーか」
ソフォスは元軍人、そしてアルバートとレイラは現在進行形で騎士であり軍人である。なのでそういった状況がいかに危ういかを即座に理解した。
「現職の騎士が言うと説得力ありますね……」
そう言って龍一郎は苦笑する。
「ですが、官兵衛は城の外に本陣を置いて政秀の軍にそのたった300の兵で奇襲を仕掛け、撃退しました。それも二度も」
「バカな……!」
「ですが政秀も諦めませんでした。1ヶ月後に政秀は再び3000の兵で姫路城に来襲。圧倒的戦力差に対して残った精鋭150を率いて官兵衛はこれを迎え撃ちますが、重臣たちが次々と戦死します」
だが、官兵衛は諦めなかった。それでも政秀軍と戦うことを選んだのだ。
しかし重臣である
しかし間一髪で英賀城城主・
まさかの攻撃に政秀はあわてふためき、敗走したという。
「……これが黒田官兵衛という人間が軍師として頭角を現した有名な合戦"青山・土器山の戦い"です」
「ふーむ……10倍の戦力差がありながら敵を三度に渡り撃退したその手腕、見事としか言いようがありませんな」
ソフォスはもう一度黒田如水像を見る。
遥か昔。ニホンの優れた軍師であるクロダ・カンベエ。その腕は我等も見習う必要があるーー彼はそう思った。
黒田如水像の展示の近くには黒田藩2代目当主・
「これが昔のニホンの武人が使っていた鎧ですか。我等の鎧とは似ても似つかぬ変わった鎧ですなあ」
黒田忠之の着用していたその甲冑は特に兜が特徴的であった。
「リュウイチロウ様、この兜はやけに変わった形をしておられますわね」
「何かのヒレのようにも見えますけど……」
モニカとマリーが兜を指差して言った。
「これは黒田藩二代目当主・黒田忠之が愛用した変わり鎧と変わり兜ですね。我々の世界にはナマズという魚がいるのですが、その魚の尾の形を模して作られたようです」
「へえ……魚の尾の形、ねえ。あたしらの世界でもなんらかの形を模した兜はあるけど、魚の形は初めて見たな」
「昔の日本の人々は地中深くに巨大なナマズが棲んでおり、それが大地震を引き起こしていると考えていました。もしかしたらそのような巨大ナマズの力にあやかりたいという思いがあったのかもしれませんね。さ、次に行きましょうか」
その後、幕末や明治・大正の日本文化の展示を見て文明の進化にソフォス達は感心していた。
さらに奥に行くと巨大な見たこともない装飾品が。
「大きな飾りですね……」
五人の中で一番小柄なマリーがそれを見上げてつぶやく。
「これは飾り山といって福岡の伝統的な祭りの"博多どんたく"と"
「こんな大きなものを!?」
博多どんたくは毎年5月、博多祇園山笠は毎年7月に福岡で開催される伝統行事である。
特に山笠は福岡の櫛田神社の神事で700年以上続く歴史ある祭りだ。
福岡の祭りといえばどんたくが有名だが、歴史で言えばこっちの方が長い。
「これでもまだ小さい方です。祭りの本番ではもっと大きなものも見れますよ。残念ながらどんたくは5月で終わっていますが、博多祇園山笠は来月7月に開催されるのでお暇があればみなさんどうぞ」
一行はこんな巨大なものを人力のみで担いで練り歩くと聞き、大いに盛り上がった。
そのような祭りは是非とも見てみたいと全員が
興味を持ってくれたようだ。
そして山笠を最後に常設展示は終わりを迎え、二階のエントランスへ戻ってきた。
「では次は企画展示の方へ行ってみましょうか」
そこへ行くと常設展示以上の人数でごった返していた。
国宝である圧切長谷部が展示されると聞いて多くの人々が来館していたのだ。
だがそこでアルバートがあることに気付く。
「リュウイチロウ殿……ひとつ疑問なのだが……」
「はい?」
「なぜこんなにも若い女性が多いのだろうか……ニホンの若い女性はそんなに剣が好きなのか?」
普通、武器に憧れると言えば男子である。
男とは強い者や強さの象徴である武器に憧れるものだ。それは異界とて変わらない。
にも関わらず、"ヘシキリハセベ"とやらの剣を見に来ている客は圧倒的に若い女性客が多い。それがアルバートには疑問だった。
しかも時折、興奮した女性客のなかから「ヘシカワ」や「トウトイ」などといったよくわからない単語が聞こえる。
「……え!?い、いやあ、なんででしょうね、ははは……」
龍一郎はその真実を知っているのだが、おそらくアルバート達に話しても理解できないであろうと考え、笑ってごまかすことにしたのであった。
若い女性客の列に並び、しばらくすると"それ"が姿を現した。
「これが……"ヘシキリハセベ"……」
「比較的、刀身は小さいな……」
モニカとアルバートは間近で見る日本の国宝の刀剣に目を奪われていた。
圧切長谷部は元は大太刀だったが、後の時代に切り詰められて刀にされたために作者の銘がない刀である。
「だが、美しい。カタナはどれもそうだが、斬ることと突くこと、そして剣でありながら打つ(打撃)こと全てに特化している。中でもこれはかなりの業物だ」
ソフォスは刀身を見ながらそう呟いた。
こうして見ているとかつて自分が軍人として戦場を駆けた若かりし頃を思い出す。
ソフォスはあらゆる武器を使いこなせるが、中でもやはり剣を愛用していた。
戦のほとんどない今となっては兵士達に自ら稽古をつけてやるときくらいしか剣を握らないが、それでもやはり剣を振るったあの時代の記憶と感触は強く身体に染み付いていた。
「ん?そういえばレイラは?」
いつの間にか姿を消していたレイラの姿をアルバートが探す。
「おおー!?なんだこれ!?」
別の方向からレイラの驚きの声が聞こえた。そこを見ると見たこともない巨大な槍にレイラが釘付けになっていた。
「それは"日本号"という槍です。別名を"呑み取りの槍"とも言います。黒田官兵衛の家臣・
あとからやってきた龍一郎が解説する。
「この槍……レイラさんの使ってる槍より遥かに長いです」
マリーもその槍のあまりの長さに釘付けになる。
日本号は黒田官兵衛の家臣・母里太兵衛の愛槍として知られる。
当時、泥酔していた正則は太兵衛に酒を勧めるが使いであった太兵衛は仕事が優先と一度は断るも正則は、
「この酒を飲み干せば好きなものを何でもくれてやろう」
と豪語。さらに黒田家に難癖を付けるような発言で太兵衛を挑発。
太兵衛も「黒田家を馬鹿にされて引き下がっては黒田武士の名折れである」と何杯もの大盃の酒を見事飲み干し、見返りとして日本号を所望した。
正則も「武士に二言はなし」と太兵衛に日本号を譲ったという。
これが日本号が"呑み取りの槍"と呼ばれる由来である。
そして日本号にまつわるこの逸話を元に生まれたのが"黒田節"と呼ばれる福岡の民謡だ。
酒は飲め飲め 飲むならば
日の本一の この槍を
飲み取るほどに 飲むならば
これぞまことの 黒田武士
「……これが日本号に伝わる逸話です」
「槍使いで酒豪とは……レイラみたいだな」
「もしかしたらレイラさん、この方の生まれ変わりなんじゃないですか?」
「なっ!?んなわけねーだろ!」
アルバートとマリーが母里太兵衛とレイラの共通点を指摘し、レイラをからかう。
確かに母里太兵衛とレイラは槍の使い手であり、酒豪である。マリーの言う通り、"生まれ変わり"が世界の壁を越えても有り得るというのであれば考えられなくもない。
その後、一行は展示をある程度見終わり、一階のエントランスへと戻ってきた。
エントランスの脇には売店があり、考古学や黒田家にまつわる書籍が多く販売されていた。
モニカの要望で福岡の土地の歴史や黒田家に関する歴史資料となる本を多く買った。
帰ったらもっと日本語文字を勉強して必ず読破してやると意気込んでいた。
結構な額に上る量の本だったのだが、娘の勉学の成長のためならとソフォスは惜しみなく財布の紐をほどいた。まあ、皇族だからそれくらいは大したことない金額なのだが。
「お父様!ありがとう!」
「よいよい。その代わりしっかり勉強して読み終えるのだぞ。あと、読み終わったら儂にも読ませてくれ」
「もちろんよ、お父様!」
ソフォスとモニカの微笑ましい様子を見て龍一郎はふふっと笑った。
「?どうしたのです?リュウイチロウ殿?儂の顔に何かついていますかな?」
「いや、そうではありません。ただ……こうして陛下とモニカさんを見ているとまるで皇族には見えなくて……どこにでもいる仲睦まじい普通の親子なんだなって。それに……アルバートさんとレイラさんはモニカさんのお兄さんお姉さんみたいだし、マリーちゃんと並ぶと年の近い友達って感じだ。つい、微笑ましく感じてしまいましてこちらまで嬉しくなってしまいました」
「はは、そうでしたか。……皆、儂の大事な家族です。モニカだけではない。アルバートも、レイラも、マリーも、城の兵士や臣下達も、そして国民全てが儂の大事な家族です」
ソフォスは優しい笑みを浮かべつつ、そう言った。
「……陛下。あなたはやはり優れた指導者であり、良き父です。その気持ち、いつまでも大事にしてください。……さあ、博物館は見終わりましたけど、まだまだ時間はありますよ!次はどこへ行きますか?」
「ありがとうございます、リュウイチロウ殿。そうですな、次は……」
一方その頃、皇帝不在のアルカ帝国では大臣ボルドが"急な来客"に手を焼いていた。
「どういうことだ!貴様、僕が誰だかわかっているのか!?僕はヴィヴェルタニア王国王子、レオンハルト・ディ・ヴィヴェルタニアだぞ!いいから早くモニカを出せ!」
「レオンハルト王子。先ほどから何度も申し上げております通り、現在モニカ様は陛下と共に外交のために他国へ滞在しているため、不在であると申し上げております。陛下がお戻り次第、連絡致しますので今日の所はお引き取りくださいませ」
「嘘を付くな!モニカがいるのはわかっているんだぞ!いいからさっさと……!」
急にアルカ帝国にモニカへの婚姻の申し込みに押し掛けてきたヴィヴェルタニア王国王子のレオンハルト。
ボルドはあくまでも紳士的に、礼儀正しく"丁重に"断っているにも関わらず、レオンハルトはボルドを嘘つき呼ばわりして帰ろうとしない。
その時である。
「……レオンハルト王子」
レオンハルトの背後から金の縁取りをした漆黒の鎧に身を包み、銀髪に短い髭を生やした隻眼の騎士が現れた。
「な、なんだよバルガス……」
バルガス・ディアガルド。通称"鬼神のバルガス"と言えば、軍人ならば誰もが恐れる男である。
彼はヴィヴェルタニア王国所属・ガルム騎士団を束ねる騎士団長であり、王国最強の剣士である。
騎士団の名と同じ、"ガルム"の名を冠した鉄塊ともいえるほどの巨大な大剣を背中に背負ったその姿に加え、金の縁取りの装飾が施された漆黒の鎧に傷痕の多く残る顔、そして片目だけでもわかる突き刺すような鋭い眼光。
たとえ彼を知らなくてもその外見と威圧感だけでほとんどの者は怯み上がってしまうだろう。
「……どうやらボルド大臣は嘘は言っておらぬようだ。王子、ここは引き上げましょう。それに……万が一余計ないざこざを起こしてそれが国王陛下の耳に入ればいくら王子といえどもタダでは済まないかもしれませぬ」
「う、うぐ……」
レオンハルトは一瞬たじろいだが、すぐにその白い礼装にまとったマントを翻すと馬に乗った。
「ふ、ふん!今日の所はこれくらいにしておいてやる!帰るぞ、バルガス!」
「……承知」
レオンハルトとバルガス、それに護衛の騎士達は回れ右をして馬を走らせ、ようやく帰っていった。
「ふう……」
ボルドは肩の力を抜いてその場でやっと帰ったか、と言わんばかりにため息をついた。
「まったく、あのレオンハルト王子にも困ったものだ……姫様もワガママなところはあるが、あの王子に比べたら遥かに可愛いものだな……」
ボルドはそう言って、兵士達と共に城の中へと引き返した。
ーーーーアルカ帝国に、暗雲が立ち込めていた。