アナザー・ディメンジョン -異界交流記-   作:誠龍

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第25話 帰国前夜

皇帝一行の一週間のニホン滞在も残すところあと1日となった。明日は午前の便の飛行機で東京に戻り、そこから船でアルカ帝国へと帰国する。そこでディレットの提案で皇帝一行と龍馬の友人も招いた送迎会を開こうという展開になった。

二日酔いから復活した龍一郎と涼子の同意を得てまずは皇帝一行を龍馬宅に招いた。そこからは様々なグループで行動する。

 

「うし、じゃああたし買いもん行ってくるけん誰か荷物持ち手伝って」

 

「私行きます!」

 

「じゃあ、アタイも!」

 

涼子はレイラ、ルミナを連れて車で買い出しへ。ソフォスとアルバートはモニカから"ばいく"の話を聞いて興味津々だったのでそれならばと龍一郎の提案で彼の愛車であるカワサキ・バルカンSをガレージから出した。

半年間乗っていないが、手入れとエンジン慣らしだけは龍馬がやってくれていたので問題ない。自分で軽く状態をチェックし、早速準備をする。

 

「何度か見かけはしたが、間近で見るのは初めてだ……!これが"ばいく"か……!」

 

「"ジドウシャ"やこの"ばいく"が我が帝国にもあればさらに移動が楽になるのに……」

 

異界の鉄の馬"ばいく"にソフォスは大興奮だ。

アルバートも冷静を装いつつ、早く乗ってみたいという感情を抑えきれていないようで目を輝かせていた。

ソフォスは龍一郎のバルカンSに、アルバートは龍馬のNinja250に乗ることになった。ついでに後方から勇斗もビラーゴに乗って追走しようとしたところ、モニカも乗りたいと言い出したので勇斗のビラーゴにはモニカが乗ることになった。お転婆なお姫様がビラーゴに乗る。その絵面に勇斗はクスクスと笑う。

 

「ハヤト、どうしたの?」

 

「ん、いや、なに、このバイクは"ビラーゴ"って名前なんだけどな、ビラーゴってのはこちらの世界にあるラテン語っていう言語で"お転婆娘"とか"じゃじゃ馬娘"っていう意味なんだよ。あ、あと"口やかましい女"って意味もあるな」

 

「な、何それ!私がお転婆だって言いたいの!?」

 

モニカがポカポカと勇斗の背中を叩く。

 

「おー、痛い痛い」

 

そう言いつつもガタイのいい勇斗はまったく痛がっている様子はない。

 

「異世界の学生と一緒にチンピラ相手に喧嘩してしばき倒すお姫様がおしとやかだとでも?」

 

笑いながら勇斗はそう言ってエンジンをかける。そして先頭の龍一郎が走り出し、続いて龍馬が走り出したので勇斗もビラーゴを発進させた。

最初に涼子のグループ三人が外出し、続いて龍一郎のグループ六人が外出した。斎藤家に残ったのはディレット、マリー、千春、凛、アメリアの五人。彼女らは千春の提案でケーキやその他お菓子を作ろうということで近所のスーパーへ買い出しに。

 

 

 

 

 

ー涼子のグループー

 

 

 

 

「さあ、何作ろうかねえ。出てきたはいいけどなんも考えとらん」

 

今日は商店街へ買い物に来てみた。

しかし実はまだ献立を考えていない。

 

「ルミちゃん、なんか食べたいもんある?」

 

「私ですか?特にこれって食材はないんですが、強いていうなら"焼いた料理"か"炒めた料理"ですかねぇ……」

 

「なるほどねぇ……レイラちゃんは?」

 

「うーん、いきなり言われてもなあ……"酒に合うもの"か"肉料理"としか……」

 

涼子は考え込んだ。大勢で囲める料理がいい。しかし鍋物は以前やった。

もつ鍋をやったので水炊きをやってもいいかと考えたが、また鍋物というのもなんだか面白くない。それにルミナは焼いた料理を食べたがっている。鍋物は除外だ。そしてレイラは酒に合うもの、そして肉料理ときた。

 

酒……焼き物……肉料理……。

 

 

涼子は閃いた。焼き物でシンプルかつ、大勢で囲めて、酒に合う肉料理。これしかあるまい。

 

「決めた!今日は焼肉にするばい!」

 

「焼肉ですか!いいですね!」

 

嬉々としている二人を見て頭に?が浮かんでいるレイラ。

 

「……?肉を焼くだけ?確かに酒には合うだろうけど……」

 

「レイラちゃん、あんた日本の食文化を舐めたらいかんばい。ただ肉を焼くだけとは違うんよこっちの世界の"焼肉"っちゅうんはね」

 

「……?」

 

「まあ、一回体験したらわかるたい」

 

首を傾げるレイラをよそに、涼子は嬉々として肉屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

ー龍一郎のグループー

 

 

 

 

「うおおおおお!!これが"ばいく"か!!ほっほ、こりゃ楽しいぞ!!」

 

「喜んでもらえて何よりですよ、陛下!」

 

馬よりも早く、風を切って駆け抜けるバイクにソフォスもすぐに虜になった。龍一郎のバルカンSの後ろにはアルバートを乗せた龍馬のNinja250が一定の間隔で追走していた。

 

「アルバートさーん!!大丈夫ですかー!?怖かったら言ってくださいよー!!」

 

「ああ、問題ない!!素晴らしいな、"ばいく"とやらは!!」

 

右手で持ち手(ハンドル)を軽く捻るだけでみるみるうちに加速するバイク(実際はギア操作が必要だが)。故郷の世界では味わえないスピード。確かに多少の恐怖心はあるが、それよりもこのスピードによる興奮が恐怖に勝っていた。

 

「ハヤト!もっとスピード出ないの!?」

 

「おいおい、無茶言うなよ!!車間距離開けてないと危ないんだぜ!!」

 

最後尾のビラーゴでは一定の車間距離を取りつつ走る速度に"お転婆娘"のモニカは少々不満のようだ。

三人はとりあえず福岡ヤフオク!ドームや福岡タワーのあるウォーターフロント地区のシーサイドももちへと向かってみることにした。

徐々に近付いてくる巨大な建造物に目を見張る皇帝達。ドーム近くのコンビニで休憩し、ドームと隣接したヒルトン福岡シーホークホテルを見上げる。

 

「ここでは野球という競技を行っているのですが、それ以外のイベントの会場としても使われることがあります」

 

龍一郎は説明する。

ヤフオクドームは野球の他にも以前龍馬達が参加したコミックシティやコンサート、モーターショーなど様々なイベント会場としても使われており、福岡を代表する建物のひとつでもある。

 

「今は何もやってないのですかな?」

 

「そうですね。今日は何もないので閉場しています」

 

「そうですか……"ヤキュウ"とやらを見てみたかったのですが……」

 

ソフォスは少しガッカリした。異界では"スポーツ"といったものがこちらの世界ほど存在しない。競技自体は存在するが、闘技場や馬術といったものがほとんどでボール、いわゆる球技などは存在しないため、野球やサッカーといったスポーツは異界にとっては物珍しい存在であった。

 

「じゃあみんな、次は福岡タワーの方に行ってみるか」

 

再びバイクに乗り、龍一郎の先導で一行は次に福岡タワーの方へとバイクを走らせた。

 

 

 

 

-ディレットのグループ-

 

 

 

 

「それでメイド長が思い切り水ぶちまけちゃって……」

 

「「「あはは!」」」

 

皆はお菓子を作りながらマリーの話に耳を傾けている。

コスプレではない、お城で働く本物のメイドの職場の話という貴重な体験談に皆、興味津々だった。

意外とお茶目な皇帝の一面、ベテランメイド長の失敗談、自分が新人だった頃の事や仕事の大変さ、兵士達の話題、などなど……城一番の噂好きは伊達じゃない。マリーは話題の引き出しをいくつも持っている。聞いていて飽きなかった。

そうこうしているうちにクッキーやワッフルが焼き上がった。どれも綺麗な形に仕上がっている。菓子の焼けたいい香りがキッチンに漂っていた。それぞれひとつずつつまんで試食してみる。クッキーはさっくりと、ワッフルはふんわりと焼き上がっており、なかなか申し分ない味だ。

 

「あら……?」

 

ディレットは冷蔵庫を開けて気付いた。

ワッフルの盛り付けに使うバニラアイスクリームを買い忘れたようだ。

 

「バニラアイス買い忘れちゃった。ちょっと買ってくるね」

 

「あ、なら私もご一緒します」

 

再び買い出しに出かけるディレットにマリーがついていくことになった。二人は千春達に家を任せ、コンビニまで向かうことにした。

コンビニに到着し、バニラアイスクリームをいくつか買う。レジで会計を済ませ、店を出た二人はアイスが溶けないうちにと足早に斎藤家に戻る。

もうすぐ6月も終わる。今年は例年より早い梅雨明けになるそうで、7月に入れば本格的な暑さになるだろう。足早にはなりつつも、マリーと談笑しつつディレットは歩を進める。

その途端、マリーが突如背後から何者かに口を塞がれた。ディレットも同じように背後から拘束される。

 

「んん!?んーっ!?」

 

必死で抵抗する二人。ディレットはなんとか振りほどき、自分を拘束していた人物の脇腹に肘鉄を入れ、五十嵐流無手術の技術で男を地面に組伏せる。

が、マリーを拘束していた男はすぐに小柄なマリーを抱えあげ、乗ってきたであろうワンボックスカーに乗せていた。……仲間を残して。

 

「……ブレイズ!」

 

男を組伏せたままディレットはタイヤを狙って氷の精霊魔法を放つが、上手く当たらない。

 

「(ダメ……!逃げられる……!)」

 

ワンボックスカーはそのまま走り去ってしまい、マリーは正体不明の人間に連れ去られてしまった。情報を握っているのは今組伏せているこの男だ。何としても情報を引き出さなければ。

 

「……答えなさい。あなた達は何者?どうしてマリーをさらったの?目的は?」

 

「……へ、へへ……誰が……答えるかよ……」

 

「……そう」

 

ディレットは冷たくいい放ち、左手に炎の精霊魔法"フルゥム"の火を宿す。そしてうつ伏せに組伏せたままの男の左頬にそれを近付ける。

 

「あ"っ!?熱ち"い"い"ぃぃっ!!!!」

 

「ほら。早く答えないとお顔が焼けちゃうわよ?」

 

燃えるような、というか正に燃えている熱さに男は悶え苦しむ。

 

「わ、わかった!!わかった!!言う!!言うよ!!!!」

 

このままでは本当に顔がステーキになってしまう。男はあまりの熱さにあっさりと観念した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マリーがさらわれただと!?」

 

それぞれのグループは既に帰宅しており、ディレットの報告に驚きと困惑の色を隠せなかった。

 

「一体どこに!?相手は誰だよ!?」

 

ディレットの肩を掴んでレイラが揺すりつつ問い詰める。メイドと騎士、身分は違えど大事な友人である彼女がさらわれたとあっては落ち着いてなどいられない。

 

「れ、レイラさん待って……!待って!今話すから……!」

 

話によればディレットをさらったのは"九龍(クーロン)"と名乗る名称で活動する福岡の暴走族チーム。そしてそれを指示したのが……

 

「……タカハシよ」

 

「高橋……!!あのクソッタレが……!!」

 

龍馬は拳を握り、震わせる。千春の心を傷付け、ディレットをさらい、凛のライブをめちゃくちゃにし、そして今回は異界からの大事な客人にまで手を出した。

もはや奴を野放しにするわけにはいかない。

今度こそケリをつけてやる。拳を握って龍馬はそう決意を固めた。すると龍馬のスマホから着信音が鳴る。相手は……非通知だ。龍馬は迷わず通話ボタンをスワイプする。

 

「……もしもし」

 

『……ヒッ……ヒヒッ……斎藤……久しぶりだなぁ……』

 

「高橋……!!てめえ……!!」

 

『てめえんとこの客人は俺達"九龍(クーロン)"が預かってる……!返して欲しけりゃ福岡タワー前まで来な……!ヒヒ……!イヒヒ……!』

 

狂った笑い声を出しながら高橋はそう告げた。

龍馬はスマホを握り潰しそうな勢いでわなわなと通話を切る。そして無言でジャケットを羽織り、家を出ようとする。

 

「お、おい、龍馬!どこ行くんだよ!」

 

あわてて勇斗が龍馬の肩を掴んで引き止める。

 

「福岡タワーだ。マリーはそこにいる。マリーを助ける」

 

もはや龍馬の目は何を言おうと聞くような人間の目ではなかった。"博多の怒龍"は静かなる怒りと闘志に満ちた声でそう言った。

 

「全くお前は……よし、もちろん俺も行くぜ。異論はないよな?」

 

勇斗も拳をポキポキと鳴らし、そう言い放つ。

中学時代から常に喧嘩の時は彼がそばで共に闘ってくれた。龍馬は無言で頷き、勇斗と共に家を出ようとした。

 

「……私も行こう」

 

「アタイも行くぜ。大事な友達人質に取られて黙ってられるか」

 

アルバートもレイラもそう言った。

騎士とメイドという職の違いはあっても城で共に働く仲間だ。その仲間を蛮族にさらわれたとあっては動かぬわけにはいかない。

特にレイラは同性で年が近いこともあってまるで姉妹のように仲が良かった。彼女も怒りに拳を震わせている。

ソフォスやモニカも行くと言い出したが、アルバートが制止した。仕方なく二人は斎藤家に残ることになった。

 

「龍馬」

 

母の涼子が家を出ようとする龍馬を呼び止めた。

 

「今回はあたし達も手ェ貸す。先に行っとけ。応援呼んじゃるけん。ねぇ、あんた?」

 

「ああ。子供の喧嘩に親が~……ってのはあるが、今回は状況が状況だからな」

 

涼子の言葉に龍一郎も頷いた。今回は相手が相手だ。親が助け船を出しても文句はあるまい。何より帝国からの大事な客人に手を出したとあっては龍一郎も涼子も堪忍袋がおさまらないのだ。

 

「母さん……親父……助かるよ」

 

「そん代わり、ケリはあんたがつけるんよ。今まで好き放題やらかしたあのバカガキに二度と何かしちゃろうとか思わせんごと、ボコボコにしちゃりぃ」

 

「わかってるさ。この落とし前……つけさせてやる!」

 

龍馬は母にそう言って勇斗、アルバート、レイラと共に家を出た。もう日はほとんど沈み、夕焼けと夜空が共存しているような空模様になっている。

ガレージでNinja250とビラーゴのエンジンが唸りを上げる。アルバートは龍馬のNinja250に、レイラは勇斗のビラーゴに跨がり、四人は福岡タワーを目指して出発した。

……そして、彼等が出たのを見計らって涼子は次々に電話をかけた。

 

 

 

 

 

「おう、ヒロ!久しぶりやのう!いきなりで悪いんやけど頼みたいことがあるたい!」

 

 

 

 

 

 

 

「キヨか!お前んがた会社、土建屋やろが!トラックでもダンプでも会社から二、三台……いや、十台くらい引っ張ってこいや!!」

 

 

 

 

 

 

 

「松下ぁ!お前の会社の若けえとを何人でもいい!腕に自信のあるやつ連れてこいやキサン!」

 

 

 

 

 

 

「おう、中田ぁ!!松下とあいつんがた会社の若けえ連中乗せる車出せや!!場所は……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

福岡タワー前では狂気に満ちた笑みを浮かべながら高橋が九龍のメンバーと共に龍馬達の到着を今か今かと待ち構えていた。

薬物か、或いはシンナーか━━━━或いは"何か"を摂取した彼の目の焦点は定まっておらず、精神は龍馬への復讐心と狂気のみで満たされており、もはや常人のそれではなかった。

 

「フヒッ……ヒヒヒ……あいつら早く来ねえかなあ……切り刻んで魚のエサ……いや、バイクで引きずり回すってのもいいなぁ……ウヒヒヒヒ……」

 

「……」

 

そんな高橋を冷めた目で見る金髪オールバックの眼鏡の男━━彼はこの九龍をまとめ上げる総長・久龍和人(くりゅうかずと)だ。

彼は何も言わず、冷めた目で高橋とそばにいる拘束され、怯えるマリーに目をやるだけだった。そのうちメンバー達がざわつき始めた。前線で乱闘が起こっているらしい。仲間が次々に倒され、目の前に四人の姿が現れた。

 

「高橋ぃぃぃ!!!!」

 

龍の咆哮とも言えるような怒りに満ちた声で龍馬が叫んだ。

 

「ヒヒッ……斎藤……来やがったな……じょ、城島も一緒か……ウヒヒヒヒ……ヒヒヒ……」

 

口から涎を垂らし、目の焦点が定まらない変わり果てた高橋を見て龍馬はすぐさま彼が薬物に溺れたと判断した。

 

「知らねえ異界人もいるがな……ヒヒヒ……関係ねえ……全員まとめてぶっ殺してやるよ……!!」

 

高橋は今まで使っていた折り畳み式のナイフとは違い、刃渡りの長いシースナイフをマリーに突き付ける。

 

「マリー!!」

 

「てめぇ!!マリーを離しやがれ!!」

 

アルバートとレイラが叫ぶ。だが高橋はシースナイフの切っ先をマリーの喉元にあてがったままヒヒヒ、と笑うだけだ。

 

「アルバートさん……レイラさん……助けて……!!」

 

マリーの目には恐怖で涙が浮かんでいる。

 

「おおっと、動くなよ……?動いたら……わかってるな……?」

 

相変わらず弱者を盾にすることでしか力を誇示できない高橋のお決まりの戦法だ。だが周りにはまだ九龍のメンバーが大勢残っており、迂闊に手は出せない。不意打ちは不可能に近い。

 

「高橋ぃぃぃいぃい!!!!こんのクソ野郎が!!!!」

 

龍馬が再び怒声を上げる。

 

「いいぜいいぜぇ……その顔だ……もっと怒れよ斎藤………」

 

そして今まで動きのなかったリーダーの久龍がゆっくりとマリーと高橋に近づいていく。

 

「さあ、久龍さん……あいつら存分に殺っちゃってくださいよ……ヒヒッ……今まで俺達"九龍"を舐めた報いだ。早いとこボコッて……ぶへぇっ!?!?」

 

突如、久龍は高橋の顔面を殴り付けた。

高橋は鼻血と歯を飛ばしながら3メートルほど地面を転がり、気絶して動かなくなる。

 

「高橋テメェ……誰に指図してやがる。いつからテメェは俺にでけぇ口叩けるほど偉くなったんだ?ああ?」

 

久龍は落ちたナイフを拾い上げるとマリーの手を縛っていた縄を切り、彼女を優しく立ち上がらせると龍馬達に引き渡した。

解放されたものの、マリーは先頭にいた龍馬にしがみつき、恐怖のあまり震えて泣きだしてしまった。

 

「……何のつもりだ?」

 

「……先に自己紹介をしておこうか。俺は久龍和人。九龍の総長……リーダーだ。今回……いや、今回だけじゃねぇな。うちの高橋がうちのチームのメンバー使って色々やらかしたようだな。その件はすまなかった。

まあ、謝って許されることじゃねぇのはわかってる。俺達は確かに族だが、女人質に取るような真似するのはあのバカ以外にはしねえ。本来はな」

 

久龍は続ける。

 

「高橋のやったことは充分理解している。だが同時に斎藤、お前にチームのメンバーをことごとく倒されたのもまた事実だ。このまま謝って帰しただけじゃ俺も下の人間に示しがつかねえ。そこでだ」

 

久龍は着ていた特攻服を脱ぎ捨て、サラシを巻いた上半身を露にした。

 

「斎藤。俺とタイマン張っちゃくれねえか」

 

「……人んちの客人さらっておいて馬鹿じゃねぇのかお前」

 

おそらく高橋の独断であったのだろうが、マリーをさらって彼女を解放したとはいえ、部下に示しがつかないから自分とタイマンを張れとは何と好き勝手なことか。この久龍という男も高橋と何ら変わらぬ馬鹿者ではないか。

 

「ああ。馬鹿さ。だがこうでもしねぇとお前は来てくれねぇだろ?だからそのお嬢ちゃんダシに使わせてもらった。マリーとか言ったか?お嬢ちゃん、すまなかったな」

 

マリーは龍馬の背後にしがみついたまま、怯えた目で久龍を見る。龍馬はマリーをアルバート達に任せ、無言でゆっくりと上着を脱ぎ捨てた。

どのみち高橋も、この久龍とかいう男も……一発ぶん殴らなければ気が済まない。

ならば乗ってやろうではないか。

 

 

 

そのくだらない喧嘩に。

 

 

 

「そこまでやりてぇなら……お望み通りやってやるよ!俺もてめぇを一発ぶん殴らなきゃおさまらねえからよ!」

 

「……フッ、そう来なくっちゃな!おい!おめえら!どっちが勝っても絶対に手を出すなよ!!……行くぞ、斎藤ぉぉ!!!!」

 

「来やがれ……!久龍ぅぅ!!!!」

 

二人の叫び声と同時に拳と拳がぶつかり合う。

拳の痛みと衝撃に二人とも一瞬歯ぎしりをして顔を歪ませ、次の瞬間には一歩下がってジリジリと様子を伺う。

久龍のファイトスタイルはボクシングをベースとした喧嘩技だ。構えも、足元のフットワークも、ボクシングのそれである。

先に仕掛けたのは久龍だ。キレのある、素早い拳撃が龍馬を襲う。龍馬は素早く受け流し、ガードをする。

しかし繰り出されたボディブローをフェイントと見抜けず、顔面に久龍の左ストレートが襲い来る。だが素早く頭を左側に動かしてすんでのところで拳を避ける。しかし右頬を久龍の左ストレートがかすめた瞬間、龍馬の右頬に一筋の赤い線が入り、そこから出血する。

龍馬は素早く間合いの外に飛び退いた。右頬を拭うと思ったよりも出血している。龍馬は背中に嫌な汗が染み出すのを感じた。

 

「驚いたか?これがボクシングだ。普通の喧嘩とは技術もパワーも違う」

 

ボクサーの拳撃は刃物にも匹敵する。軽やかなフットワークと拳撃のみに特化したそのファイトスタイルはパンチと身軽さにおいては他の格闘術の追随を許さない。その素早い拳撃からはまるで刃(やいば)のような恐るべき切れ味すら発揮するのだ。

 

「リョーマ君!」

 

「リョーマさん!」

 

アルバートとマリーが叫ぶ。だが勇斗がそれを制止した。

 

「二人とも。龍馬なら大丈夫だ。あいつは必ず勝つさ。……中学時代からの相棒の俺が言うんだからな」

 

龍馬はもう一度傷口を拭うと、久龍に攻撃を仕掛けた。怒龍の怒りの連撃が久龍を容赦なく襲う。

久龍に負けず劣らずの素早いパンチでガードされても何のその、反撃の暇を与えず容赦なく攻撃を浴びせる。しかし一瞬の隙をついて久龍が右フックを繰り出すも龍馬はそのフックを弾き返す。

 

「くっ!この野郎!」

 

すかさず久龍が左ストレートを繰り出すが、龍馬は最低限の動きでかわし、久龍の右脇腹に左フックを叩き込んだ。

 

「オラァ!」

 

「ぐふっ……!!」

 

たまらずよろけた久龍の隙を見逃さず、龍馬は顔面目掛けて右ストレートをお見舞いする。

しかし素早く体勢を立て直した久龍のボディブローが龍馬の鳩尾にヒットし、怯んだところで龍馬の顔面に渾身の右ストレートをぶち当てる。

 

「ぐはぁっ!!」

 

もろに顔面にダメージを受けた龍馬は吹き飛ばされ、地面に倒れた。

 

「おら、どうした斎藤。まだくたばるほどやわじゃねえだろ」

 

「クソがぁ……!」

 

龍馬は鼻血を拭って激痛の走る顔面の痛みにこらえながら久龍に立ち向かう。

久龍の足にローキックを喰らわせ、怯んだ一瞬の隙を突いて久龍の腹部へジャブの連撃を浴びせた。

そして顔ががら空きになった瞬間、お返しとばかりに顔面に右ストレートを放つ。

 

「ぐほぉっ!!」

 

倒れはしなかったものの、大きくよろけた隙を龍馬は見逃さない。久龍の鳩尾にパンチをお見舞いし、顔面にハイキックを喰らわせた。

久龍は地面にうつ伏せに倒れる。しかし龍馬は彼の髪を左手で引っ付かんで無理矢理立たせ、顔面にパンチを喰らわせた。しかし久龍も抵抗し、ケンカキックで龍馬を突き放すと、顔の血を右手で拭う。

 

「まだまだぁ!行くぞ斎藤ぉぉ!」

 

「クソがあああぁぁ!!」

 

再び間合いを詰めての殴り合い。久龍の右ストレートを防御した龍馬は左ローキックで足を狙うが久龍も防御を怠らない。その隙をついて久龍の左フックが龍馬の顔に直撃するが龍馬は衝撃と痛みを気合いで乗り切り、パンチのラッシュを繰り出す。

防御とカウンターが繰り返される。そしてついに龍馬の拳が久龍の顔面を捉えた。

 

「オラァ!」

 

「ぐぅっ!!こ、この野郎っ!!」

 

一瞬ふらつく久龍。しかしすぐに反撃のラッシュに転じる。龍馬はそれをかわすと久龍の脇腹に強烈な拳の一撃を叩き込んだ。

 

「がはっ!」

 

「おら、どうしたぁ!!」

 

怯んだ久龍の顔面にさらに追撃。龍馬の拳は真正面から決まり、久龍はあまりのパンチの強さに後ろに吹き飛んで仰向けに倒れた。

 

「ぐうぅっ……!!やるな、斎藤……!!」

 

だがそれでもなお立ち上がり反撃する久龍。龍馬も負けじと激しい殴り合いを彼と繰り広げる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「ふぅ……ふぅ……」

 

両者ともそろそろ限界だろう。この一撃で決着がつく。誰しもがそれを感じていた。

 

「行くぞ久龍ぅぅぅぅ!!!!」

 

「来やがれ斎藤ぉぉぉぉ!!!!」

 

助走をつけ、拳を構えて殴りかかる両者。

一瞬早く右ストレートを繰り出したのは久龍だった。

だが龍馬は素早くかがんで拳を避ける。

 

「なっ……!?しまっ……!!」

 

「うりゃあああああ!!!!」

 

龍馬の渾身のアッパーカットが久龍の顎を捉えて直撃し、久龍の身体が大きく宙を舞った。

 

「ぐへぁっ……!!」

 

久龍は地面に落ちたあと、大の字になって気絶し、動かなくなった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「ま、負けた……」

 

「久龍さんが……そんな……」

 

「そ、総長……!」

 

辺りを取り囲む九龍のメンバーからどよめきが起こる。

 

「やったな、龍馬」

 

「ああ」

 

勇斗は龍馬と拳を合わせる。龍馬はそばに落ちていた上着を拾って身に付けた。

 

「リョーマさん……!」

 

マリーは龍馬に走り寄り、抱き付いた。

 

「お、おい、マリー……」

 

「よかった……本当によかった……!」

 

龍馬は傷だらけの顔を赤面させて困惑した。

 

「リョーマ君、見事な戦いだった」

 

「リョーマ、あんた根性あるね!どうだい、オールデン騎士団に来る気はないかい?」

 

「はは、遠慮しときますよ」

 

アルバートとレイラから称賛の言葉が送られる。だが騎士団に入るなんてのは流石にごめん被りたい。

しかし帰ろうとした矢先、九龍メンバーのどよめきが次第に怒号に変わった。

 

「てめえら!!このままタダで帰れると思ってんのか!!」

 

「ふざけんじゃねぇぞコラァ!!」

 

「全員ぶっ殺してやる!!」

 

"どっちが勝っても手を出すな"という久龍の言い付けも忘れて、ただただリーダーを倒されたことの怒りで怒号を飛ばすメンバー達。

しかしその時遠くから多くの車やバイク、トラックのエンジン音が鳴り響き、九龍のメンバー達を取り囲んで完全に包囲した。そして車からは屈強な男達が降りてぞろぞろと向かってくる。その先頭にいたのは……

 

「母さん!?親父!?」

 

涼子と龍一郎がこちらに向かってくる。そばにはディレットやソフォス、モニカ達もいる。

 

「リョーマ!」

 

「マリー!みんな!無事かの!?」

 

「私達も助太刀しますわ!」

 

「おー、遅れてすまんやったのう。昔ヤンチャしとった時の仲間を集めてきたばい」

 

「いや、久々に召集かけてよくこれだけ揃ったな。懐かしい顔ぶればっかだよ、全く」

 

涼子は怒号を飛ばす九龍のメンバーに言い放った。

 

「おいコラ、このクソガキども。これで数の差は埋めたばい。命が惜しかったらそこで伸びとるキサンらの頭連れてさっさと帰れや。……それとも……あたしらと殺り合うか?それやったら……弱いモンにしか手ェ出しきらんケツの青い甘ったれたガキどもに"昭和のワル"の恐ろしさ、味あわせてやろうか?」

 

その姿、まさに"鬼"。九龍のメンバー達も彼女から発せられる異様な殺気と背後にいる男達にたじろいでいた。男達はかつて涼子が学生時代につるんでいた同級生や後輩達、そして彼女と喧嘩で拳を交わしたかつてのライバル達だった。その全てが涼子の強さと優しさ、そして男に勝る男気と美しさに惚れて未だに涼子を慕っているのである。

皆、今は社会人として働いているが涼子が声をかければこの通りだ。皆、彼女と彼女の家族や友人のためならば喜んで駆け付けてくれる。

 

「弱いものいじめしか出来んクソガキどもが!!それでもワルかテメェらは!!」

 

「涼子さんの敵は俺らの敵だ!!覚悟しやがれよ、シャバ憎ども!!」

 

男達から怒号が上がる。その迫力は九龍のメンバーの比ではない。九龍のメンバーは流石にこの数と屈強な男達には敵わないと踏んだのか、ジリジリと引き下がっていく。

 

「そうたい、それでいいんたい。……龍馬!帰るばい!」

 

「……ああ!」

 

龍馬達は自分のバイクへと戻り、マリーは涼子の車に乗る。

九龍のメンバー達が退散したのを確認すると、男達一人一人が涼子に挨拶をして各々のトラックや車、バイクで帰っていった。

こうして帰国前夜の事件は幕を閉じ、龍馬達は福岡タワー前を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、今夜は焼肉ばい!肉はいーっぱい買(こ)うてきたけん、みんな食うて飲みなっせ!」

 

奮発して多くの肉を買ってきた涼子。肉もそれなりにいいものだ。ただ肉を焼くだけだと思っていたレイラが一番食っている。もちろんビールもだ。

異界では貴重な胡椒もふんだんに使い、うまいタレで肉を楽しむ。肉とビールはよく合い、飲酒勢は早くもほろ酔い状態だ。なお、明日帰国するソフォス達は「また二日酔いにならないように」としっかりとモニカに釘を刺されていた。異界勢は皆、焼肉に舌鼓を打ち、酒を楽しんだ。

明日はソフォス達は帰国する。異界の国を治める皇帝達と日本の平凡な家族の一週間は、終わりを迎えようとしていた。




龍馬vs久龍戦イメージBGM……『怨魔の契り』
(『龍が如く0 誓いの場所』より)
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