アナザー・ディメンジョン -異界交流記-   作:誠龍

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第26話 別れと謝礼

「それじゃあ、お気をつけて」

 

本日帰国するソフォス皇帝一行を見送るため、斎藤一家、そして勇斗や千春、アメリアや凛も福岡空港へやってきていた。

 

「本当に、サイトウ家の皆様にはお世話になりました。この御恩は必ず返させていただきます」

 

「皆様、本当にありがとうございました。私達は今回の旅と皆様にお会い出来たこと、決して忘れませんわ」

 

ソフォスとモニカは深々とお辞儀をした。

アルバート達もそれにならう。

 

「本当にお世話になりました。オールデン騎士団団長として、今回の御恩、決して忘れません」

 

「リョーコさん、美味い酒をたくさんありがとな!」

 

沢山の酒が入った袋を片手にレイラは嬉しそうだ。

涼子も「また一緒に飲もうやないね」とレイラにハグをした。

 

「私みたいなメイドがこんな体験をできるなんて夢のようでした。ちょっと怖いこともあったけど……本当に楽しかったです。それと……リョーマさん……その助けていただいてありがとうございました……あの時のリョーマさん、かっこよかったです……」

 

マリーは少し顔を赤らめながら視線を反らしつつ、そう言った。

勇斗が「よっ!色男!」とか茶化してくるが無視しておこう。それからディレットの冷たい視線が痛い。

 

「おっと、そろそろヒコウキの時間だ。皆の者、ぼちぼち出発しようか」

 

ソフォスは空港へ来る前に沢山買い込んだ辛子明太子を詰めたクーラーバッグを持ち上げた。

ちなみにクーラーバッグは龍一郎の私物だったが、もう使わないのでソフォス一行の辛子明太子用にと譲渡した物だ。クーラーバッグくらいもし必要になったらまた買えばいい。

 

「皇帝陛下、皆さん、俺達も楽しかったです。今度は俺達がアルカ帝国へ遊びに行きますよ」

 

「待っておるぞ、リョーマ君。その時は皇帝の名に恥じぬよう、盛大な歓迎会を開こうではないか。是非、ご家族やご友人達と遊びに来てくれたまえ」

 

龍馬とソフォスは互いに手を出し、握手をする。

そしてソフォス皇帝一行はターミナルへと進み、姿が見えなくなるまでこちらに手を振っていた。

数十分後、福岡空港屋外でソフォス達の乗った飛行機が東京を目指して離陸するのが見えた。

 

「行っちまったな」

 

「なんだか、あっという間の一週間だったね」

 

「なんか異世界の皇帝陛下達とこの一週間一緒に飲んだり食うたりしたとか実感湧かんばい」

 

「そうだな」

 

斎藤一家は勇斗達と共に遠ざかる飛行機を見つめながら、この一週間、皇帝達と過ごした日々を思い返していた。

ひょっとしてあれは夢だったのではないかと思ったりもする。

だが、あれは確かに現実だったのだ。

そう思っていたのは飛行機内のソフォス達も同じであった。

 

「素晴らしい一週間だったな。のう、モニカよ」

 

「ええ、とっても楽しかった……さようなら、サイトウ様御一家。さようなら、フクオカ」

 

モニカは飛行機の窓からどんどん小さくなる福岡の街並みを見下ろしながらそう呟いた。

 

「いいご家族に出会えてよかった。サイトウ様御一家に出会えてなければ今回の旅は有り得なかった。本当に素晴らしい方々だ」

 

アルバートも窓の外を見下ろしながらしみじみとそう語る。

 

「あれ?そういえば団長ヒコウキ苦手なんじゃなかったか?」

 

「……………………」

 

レイラの言葉にアルバートがしばらく固まる。

 

「れ、レイラお前なぁ!いい具合に忘れてたのに余計な事を言うな!」

 

「こらアルバート!大声を出すな!」

 

あわてふためくアルバートにそれを注意するソフォス。

マリーはその様子を見て笑っている。

 

 

 

こうして、ソフォス皇帝一行のメンタイコを巡る福岡の旅は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

それから一週間後ーーーー。

 

 

 

 

黒い高級セダンに乗った男達が斎藤家を訪ねてきた。

男達は「アルカ帝国のソフォス皇帝より日本政府への依頼で斎藤様にお届け物をお持ちしました」と大きなアタッシュケースを運んで来た。

応対した涼子にそれを渡すと「それでは、私達はこれで」とすぐさま去っていった。

涼子は困惑していたが仕方なくアタッシュケースをリビングへと持っていった。

 

「重たっ……一体何が入っとるんや……」

 

アタッシュケースをドサリとテーブルに置くと龍馬達が集まってきた。

 

「わ!大きなカバン!涼子さん、それは一体?」

 

「母さん、何だよそのアタッシュケース」

 

「知らんばい。いきなり政府関係者みたいなスーツの連中が持ってきてから……なんか皇帝陛下からの届けもんっち言いよったけど」

 

「皇帝陛下から?」

 

「とりあえず開けてみるばい」

 

涼子がアタッシュケースの留め具を外し、ケースを開ける。すると中には握りこぶし大の革袋がいくつも詰まっていた。

革袋の紐を解くとそこにはーーーー。

 

「き、金貨!?」

 

そこにはアルカ帝国の通貨である大量のトラム金貨が詰まっていた。どの袋にも金貨、金貨、金貨。さらに一部の袋には色鮮やかな宝石類も詰まっていた。

 

「す、すごい……!こんな大量の金貨、見たことない……!」

 

ディレットは金貨の枚数に驚愕している。

当たり前だ。このような大量の金貨、持つことはおろか、お目にかかることすら難しい量だ。

ディレットは金貨を数えていく。

ちなみにトラム貨幣は銅貨が10トラム、銀貨が100トラム、金貨が1000トラムの価値がある。

ただ、1トラムは日本円でいくら……というものがない。

文明レベルが中世のそれである異界とは現代の通貨レートへの換算が難しいのだ。

そのため、現代での純粋な金・銀・銅の価格レートがそのままトラム貨幣の価値へと繋がっている。

 

「ひ、一袋だけでも40枚前後詰まってます……」

 

「き、金の相場ってい、いくらだっけ……」

 

龍馬もディレットも声が震えている。

涼子に至っては放心状態だ。

ルミナはそもそも貨幣を必要とする種族ではないのでいまいちピンと来てない感じだ。

 

「お、おーい!大変だぞ!」

 

仕事が早く終わったのか、スーツ姿の龍一郎が慌てて帰宅した。

放心状態の涼子がはっと我に帰る。

 

「な、なんね!こっちも大事(おおごと)なんよ!一体なんね!」

 

「い、いや、面白半分でネットの懸賞サイトに応募したら……当たっちゃったんだよ!」

 

「何がね!勿体ぶらんではよ()いーよ!」

 

「く、車だよ!く・る・ま!」

 

「はぁ?車?どんな車ね?」

 

「ら、ランクル……」

 

「ランクル?あぁ、ランクルね…………はぁ!?ランクルぅ!?!?」

 

車の名前に詳しくないディレットやルミナには"ランクル"が一体何なのかわからない。

 

「ら、ランクルって……まさかあのランクル!?」

 

龍馬は"ランクル"が何か知っているようだ。

ディレットは"ランクル"の事を聞いてみた。

 

「ね、ねぇ、龍馬。"らんくる"って何?車の一種みたいだけど……」

 

「トヨタが出してる4WD車のランドクルーザーのことだよ!モデルにもよるけど普通に買ったら5、600万はするぞ……!」

 

「そ、そんなに高いの……!?」

 

トヨタ・ランドクルーザー。

トヨタ社が生産・販売している大型の4WD車で龍一郎が当てたのはランドクルーザー・AX Gセレクションモデルだ。

高級感溢れる内装とは裏腹にその巨体に見合った4WDならではのパワーと悪路の走破性能を持つ。

 

「ところで……何か大事らしいけどどうしたんだ?」

 

「ああ、そうそう!これこれ!」

 

涼子はアタッシュケースの中の大量の金貨と宝石を龍一郎に見せる。

ただでさえ、ランドクルーザーの当選におどろいていた龍一郎は車以上にとんでもない物にひっくり返りそうな勢いだった。

 

 

 

 

それから数日間は勇斗達も巻き込んで目まぐるしく動く日が続いた。

アタッシュケースには斎藤一家だけではなく、勇斗達、龍馬の友人達の分の謝礼も含まれており、相応の金額が彼等の手に渡った。

そして家一軒買ってもお釣りが来るレベルの財産とランドクルーザーという大きな車を手に入れた斎藤家だが、ガレージは既に自家用のヴィッツとバイク3台で一杯でランドクルーザーを置くようなスペースがなかった。

しかし龍一郎はここでソフォス皇帝からの謝礼金を一部頭金にしてガレージの増築を行った。

なんとガレージを大幅改良して二階建てにし、さらにガレージ奥にエレベーターを設置することで二階をバイク用、一階を自動車用にする。

これでガレージスペースの心配はなくなった。

あとは増築が完了すればランドクルーザーの納車が可能だ。

そしてーーーー

 

「ディレットちゃん」

 

「はい?」

 

ある日の夕食後、ディレットは部屋に戻ろうとしたところを涼子に呼び止められた。

リビングに再び戻され、ソファに座る。向かい側には涼子、龍一郎、龍馬が座っている。ちなみにルミナはテーブルの上でせんべいを頬張っている。

すると龍一郎が傍らから一枚の紙を取り出した。

紙には"博多モータースクール、入校のご案内"と書かれている。

 

「えっ!?」

 

「バイク、乗りたいんだろう?お金は負担するから自動車学校へ行ってきなさい。いつまでも原付じゃ物足りないだろう」

 

「ディレットちゃん、あんたバイク乗りたがっとったけんね。皇帝陛下の謝礼金のおかげで余裕がだいぶ出来たし、二輪免許代くらいはした金たい。そんかわり条件はあるよ」

 

涼子は人差し指を立てて、その"条件"を出した。

 

「バイクと保険と免許の金は出しちゃる。そんかわり、ガソリン代やらメンテナンス工賃やらの維持費と税金はあんたが自分でアルバイトして払いなさい。なんぼ金があるっちゅうてもそこまでは面倒見きらん。今すぐやなくてもいいけん免許取ってバイク乗るまでにアルバイトを見つけなさい」

 

言われなくてもそのつもりだ。

ホームステイは言い換えれば居候のような身だ。ただでさえおんぶに抱っこ状態でそこまでしてもらうわけにはいかない。

仮に斎藤夫妻がそこまですると言ってもそこは断っただろう。

 

「わかりました。そこはきっちりと自分の力で何とかします。リョーコさん、リュウイチロウさん、ありがとうございます!」

 

「礼なら皇帝陛下に言ってくれ。あの人の謝礼金のおかげでお金に余裕が出来たからね。まあ、頑張っておいで。君が免許を取るのを楽しみにしているよ。免許取ったらみんなでツーリングに行こうか」

 

「はい!」

 

「よかったな、ディレット」

 

「リョーマ、私頑張るからね!」

 

 

 

 

こうしてディレットはその週の入校日に無事、博多モータースクールへと入校した。

その日は必要書類の提出、視力検査、異界人向けに調整された運転適性検査と自動車学校のシステムについての簡単な説明を受け、授業に必要な教材を受け取って帰った。

そしてその日ーー仕事を早めに切り上げて帰ってきた龍一郎と共にバイク屋"マックスモータース"へ向かう。龍馬も一緒だ。

龍一郎曰く「自分がどんなバイクに乗りたいか決まれば免許を取るためのモチベーションも上がる」そうだ。

 

「いらっしゃい!龍一郎に龍馬じゃねぇか!ディレットちゃんも一緒かい?」

 

「はい!」

 

「実は彼女も二輪免許を取りに行くことになりましてね」

 

それを聞いた冴島は手を叩いて喜ぶ。

 

「おっ!?マジか!いやー、おめでとう!あ、まだ早いか!ガハハ!まあ、ゆっくり見ていってくれよ!うちは小さいけど色んなバイク揃えてるよ!」

 

龍一郎達は大型バイクが並ぶ店先を抜けて店内に入る。

 

「うーん……色んなバイクがあるねー……」

 

小さな物から大きな物まで。多種多様なバイクが並んでいる。

龍一郎から「ま、学生なら車検代がかかる400ccクラスとかより車検のかからない250ccクラスをオススメするよ。無理にとは言わないけどね」と言われたが、どれがどういうものなのかディレットにはわからない。

 

「ま、ゆっくり見てなよ。俺はちょっと社長と話してくるから」

 

そう言って龍一郎はバイクの整備をしている冴島の元へ向かう。

 

「バイクにも種類があるの?」

 

「ああ。細かく分けたらかなりあるけど大きく分けるなら……まあ、4つかな」

 

バイクは形によって名称が違う。

龍馬の言うとおり、大きく分けると4つに分類される。

ネイキッド・アメリカン・SS・オフロードだ。

ネイキッドは小型から大型まで全てにおいてスタンダードな形だ。

エンジンなどの部分がカウルで覆われていない物を差し、乗り心地もよくパワーも強い。

全国の自動車学校で二輪教習車として採用されている"スーフォア"の愛称で知られるホンダ・CB400SF(スーパーフォア)、カワサキ・ゼファー、"ペケジェイ"、"ペケジェイアール"の愛称で知られるヤマハ・XJ400、XJR400などがこれにあたる(XJならびにXJRは現在は生産を終了している)。

アメリカンは別名クルーザータイプとも呼ばれ、その名の通り低い車高とどっしりとした安定感、スピードよりも"乗って走ることそのもの"を楽しむスタイルのバイクだ。勇斗のビラーゴXV250、龍一郎のカワサキ・バルカンSもこのジャンルのバイクである。

また、車高の低さと重厚だがスタイリッシュなデザインから足つきがよく、女性ライダーに人気のジャンルでもある。中でもヤマハ・ドラッグスターは中型から大型まで多くの女性ライダーに人気の車種だ。外車で言うならハーレーダビッドソンなどが有名だろう。

ちなみにホンダは昔、原付カテゴリにアメリカンタイプを出しており、"ジャズ"や"マグナ50"が一部の層に密かに人気だとか。

SSは"スーパースポーツ"の略で別名"レーサーレプリカ"とも言われる。

全体がカウルで覆われたシャープなデザインはサーキットにおいてプロレーサー達が極限まで空気抵抗を減らし、ただただ速く、誰よりもサーキットを速く駆け抜けるためにデザインされたバイクだ。龍馬のカワサキ・Ninja250がこのジャンルにあたる。

その尖ったデザインから特に若い男性に人気のジャンルであり、他にもホンダ・CBRシリーズやヤマハ・YZF-Rシリーズ、スズキ・GSX-Rシリーズなどが存在し、それぞれのメーカーで支持を得ている。

また、SSでありながら長距離ツーリングに適した"ツアラー"と呼ばれるカテゴリが排気量1000cc越えのリッターバイクと呼ばれる特に大型のバイクの中に存在する。

カワサキ・ZX-12R、スズキ・GSX1300Rハヤブサなどがそれだ。

最後にオフロード。これはその名の通り、泥や砂利、ぬかるみや舗装されていない悪路を走破するためのバイクであり、車高が高いものがほとんどで初心者には扱いづらい。

しかし他のジャンルのバイクでは走れない山や林道など自然の中を走破する爽快感はオフロードバイクならではである。もちろん街乗りでも充分使える。

ホンダ・CBF250やヤマハ・セロー、カワサキ・KLXシリーズがそれにあたる。

他にもモタードやカフェレーサー、オールドルックなど様々な種類があるが、基本的は先程説明した通りの4つが大まかなバイクのジャンルとなる。

ディレットは様々なバイクを眺めたり、時には跨がってみたりしてバイクを選んでいる。

するとその時、店の奥のモニターに流れているバイク販促用の映像に目が止まった。

そこには某エナジードリンク企業主催のモトクロスの映像が流れている。

大きな土の山のジャンプ台で大きくジャンプし、空中でバイクごと一回転させる派手なアクションにディレットは心を奪われた。

そのモトクロッサーは緑色のオフロードバイクを乗りこなし、次から次に派手なジャンプを決める。

 

「すごい……」

 

「ん?オフロード?あれが気になるのか?」

 

ディレットは無意識に店内に同じバイクがないか探していた。

そして……見つけた。

名前はわからないが色や形はほぼ一緒だ。

 

「リョーマ!私、これに乗りたい!」

 

ディレットが指差したのは……

 

「KLX250……いきなりオフロードかよ……」

 

カワサキ・KLX250。

カワサキモータースジャパンによって生産されたオフロードバイクである。

水冷DOHC4ストローク短気筒エンジンを搭載、オフロードモデルのために最適化された燃料噴射により低回転域での粘り強いパワーと中・高回転域までスムーズに、素早く達するスペックを持つ。

残念ながら今年度である2016年を持って生産は終了してしまうそうだが。

 

 

「しかしカワサキか……お前もカワサ菌感染者になるとはなあ」

 

「カワサキン?」

 

「そのうちわかる」

 

ディレットは目を爛々と輝かせ、KLX250を隅から隅まで眺めている。

もうこうなっては彼女は他のバイクには興味を示さないだろう。

バイクに乗りたいと思った人間がバイクを探して一度目を引かれたバイクがあると、もうそれにしか目が行かないことを龍馬は知っていた。一年前の自分もかつてはそうだったからだ。

 

「決まったかい?」

 

龍一郎と冴島が店内に戻ってくる。

 

「リュウイチロウさん!おじさん!私、この"けーえるえっくす"に乗りたい!」

 

「え!?オフロード!?」

 

「おいおい、まさかのオフロードかよ!俺ぁ、無難にドラッグスターとかツインマグナを選ぶと思ってたんだがなぁ」

 

どうやら二人の予想は外れたらしい。

だが森の中で自然と共に生きてきたエルフであるディレットにはオフロードバイクがしっくりくる気がする。

それにカワサキのイメージカラーであるライムグリーンを基調としたカラーリングはエルフのディレット自身によく合っている。

 

「ま、君がそのマシンに惚れたならそれが一番いいだろうな。バイクと乗り手は……出会うべくして出会うんだ。ディレットちゃんがそのKLXに乗りたいというのならそれもまた運命なんだろうさ」

 

かつて自分も学生時代ーー惚れたバイクのために必死にアルバイトをして貯めた金でそのバイクを買った。ディレットを見ていると数十年前の懐かしい記憶がよみがえってくる。

 

「(懐かしいな……あの時の俺はGPZ400Rに乗るためだけにがむしゃらにバイトしてたな……)」

 

カワサキ・GPZ400R。

それが龍一郎のかつての愛車だ。

 

昭和61年。龍一郎がまだ息子の龍馬と同じ年頃だった時。

バイクに興味を持ち始めた頃に学校帰りのバイク屋の店先で見つけたGPZ400R。一目見ただけで彼はそれに心を奪われてしまった。

それに乗るためだけに必死にアルバイトをして免許代とバイク代を貯めた。そうしてやっと手に入れた念願の愛車で走ったあの時の感動は今でも忘れられない。

そして今ーー自分の息子が同じようにバイクに跨がり、新しい家族の一員もまた同じようにバイクに跨がろうとしている。

 

「(蛙の子は蛙、か)」

 

龍一郎はバイクについて楽しそうに語り合う龍馬とディレットを見ながら心の中でそう呟き、ふっと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マジかよ!オフロードとかワイルドすぎんだろ!」

 

放課後、ディレットは勇斗、千春と共に下校していた。ちなみに龍馬はバイトがあるので先に帰った。

 

「オフロードバイクかあ……かっこいいとは思うけど、乗るの難しそう……」

 

そう言った千春に対して驚愕の表情で彼女を見つめる勇斗。

 

「な、なによ?」

 

「いや……あの須崎から"バイクがかっこいい"だなんて発言を聞けるなんて槍でも降るんじゃねぇかと思ってよ」

 

次の瞬間、勇斗の頭に槍の代わりにゲンコツが振ってきた。

 

「ぁ、痛ァーい!酷いですね君!」

 

「うっさいゴリラ」

 

いつもの漫才が終わったところで千春はあるものを取り出した。

 

「そうだ、見てよこれ!」

 

それは免許証だった。中間テスト終了直後から自動車学校に行っていた彼女はついに自動二輪免許を取得したのであった。

 

「あ!免許証!チハルもう免許取ったんだ!」

 

「まあ、学科や筆記試験は楽だったわ。ただ、やっぱり非力な私じゃ実技が結構大変だったけど……」

 

「……どこが非力だよ暴力女」

 

本日二度目のゲンコツ。

 

「ン痛ァーい!やめたげてよぉ!」

 

「うっさいわよゴリラ。もう一発いくわよ?」

 

「すんませんっした」

 

本日二度目の漫才。

ディレットにとってももはや見慣れたものだ。

途中まで二人と家路を共にし、斎藤家宅へと帰る。

家ではガレージ増設のための建設業者がまだ作業を行っている。

帰宅するとディレットは自室で一冊の本を広げる。

街中のあちこちに設置してある無料の求人情報誌だ。彼女はアルバイトを探すという涼子との約束のため、求人情報誌でアルバイトを探すつもりなのだ。

が、しかし……

 

「はぁ……」

 

なんだか自分には難しそうな仕事ばかりで良さそうな職種を見つけてもなかなか電話をかける勇気が出ない。

涼子に相談しようかと思ったが、さすがにそれは気が引ける。何とか自分の力で解決したいところだが。

結局この日は何も進展がないまま、一日が終わってしまった。

翌日、龍馬がまたバイトのため先に学校を出たため、ディレットは一人で家路についた。

気晴らし、というわけではないが彼女はなんとなくふらりと商店街に寄ってみる。

そこでとある店の前で足を止めた。

 

「"フクマル"……」

 

大衆食堂ふくまる。龍馬と勇斗ご用達の食堂だ。

ディレットも学校帰りに彼等と一緒に何度か来たが、最近はご無沙汰になっていた。

ラーメンの香りにつられてついふらりと入ってしまった。

 

「いらっしゃい!……あら、ディレットちゃん!久しぶり!」

 

「わー!ディレットちゃん久しぶりだね!元気にしてた?」

 

「お、お久しぶりです」

 

店に入るとおばちゃんと娘の愛華が笑顔で迎えてくれた。

しかし、おばちゃんを見ると謎の安心感が湧いてくる。そのふくよかな体型のせいだろうか、どことなく故郷の世界の帝都で布を卸していた服飾屋のタマラおばさんに雰囲気が似ている気がする。

この謎の安心感はそこから来ているのかもしれない。

 

「今日は一人?珍しいねぇ」

 

「ええ。リョーマはバイトで……」

 

「なるほどねぇ。そういうことかい。……さ、とりあえず何か食うかい?」

 

「えと……じゃあ、トンコツラーメンを"ばりかた"でください」

 

福岡・博多のとんこつラーメンのうまい食い方がディレットも板に付いてきたようだ。

麺の硬さを指定して注文する。

 

「はいよ!ちょっと待ってね!」

 

おばちゃんは麺を茹で始め、愛華が丼と具材を用意する。

その間にも他の客からの注文が入り、二人とも忙しそうだ。

しばらくするとおばちゃんが「はい、ラーメンバリカタお待ち!」と、カウンター席に座っていたディレットの前にラーメンを置く。

ディレットは割り箸を手に取り、ラーメンをすすり、スープを飲む。濃厚な豚骨のスープと硬めの麺の相性は最高だ。

ディレットは無言でラーメンを食べ、最後はスープを飲み干して「ごちそうさまでした」と箸を置いた。

 

「ふー……」

 

ディレットは襟をパタパタと動かし、自身を扇ぐ。店内は冷房が効いているが、ラーメンを食べたせいか、身体が熱く汗が噴き出してくる。

もうすぐ7月だ。いよいよ夏の日差しは強さを増し、猛暑が近付いていた。

水を飲んで落ち着くとまたアルバイト探しの件が頭をよぎり、その場で考え込む。

 

「ディレットちゃん、何か悩み事?」

 

店内が落ち着き、手が空いた愛華が話しかけてきた。

 

「はい、実は……」

 

ディレットは思い切って自分の事情を説明することにした。

バイクの維持費のために涼子からアルバイトを探すように言われていること、そしてまだアルバイトが見つからないことを。

 

「なるほどねー。それで来た時から若干難しい顔してたんだ。ね、だったらさ?うちで働かない?」

 

「えっ?」

 

突如提案された愛華からの申し出に戸惑うディレット。

 

「私もさ、学校あるからお母さんの手伝いいつも出来るわけじゃないんだ。帰りが遅いときもあるしね。でもうちの店、お母さんと私だけだから私がいないときはお母さんが大変でさ……ねえ、お母さん?」

 

確かに何度か来たとき、愛華がいない時があった。

その時は厨房とホール作業、二つをおばちゃんが一人でこなしていた。

それでもおばちゃんは休まず、地元の人々の胃袋を支える存在として毎日毎日、鍋を振るっている。

 

「そうだねえ。あたしも最近は年でさ、店閉めたあとに腰がちょっと痛んだりして辛いときがあるからねえ……ちょっと前までは『まだまだいける!』なんて思ってたけど……」

 

そう言っておばちゃんは腰をさする。

すると店内で食事をしていた作業着姿のドワーフの男性が口を開いた。

 

「雇ってやったらどうだ、ヨシコさんよ?アイカちゃんも学校が忙しいみたいだしさ、"華"が増えると俺達もこの店に来る楽しみが増えるしな」

 

ドワーフの男性と一緒に食事をしていた同じ作業着の中年の男性も口を開いた。

 

「そうだねぇ。愛華ちゃんは俺達地元民のアイドルだからねぇ。アイドルが増えてくれたら仕事も頑張れるってもんさ」

 

二人はこの店の常連客でこの近くに会社を構えている"柳川(やながわ)工務店"の社員で、日本人男性の方は倉田、ドワーフの方はヴィダールという名だ。彼は日本の建築技術を学ぶために来日して働いている。

 

「おや?あたしは華じゃないってのかい?なら、倉田さんとヴィダールさんだけ明日からプラス300円もらうとしようかねぇ」

 

「そ、そんな!」

 

「そりゃないぜヨシコさん!」

 

慌てふためく二人をよそにおばちゃんは笑いながらディレットの方を向いた。

 

「うちの娘は学校だって大変なのに店も手伝って夜は勉強して……ほんと親孝行な娘だよ全く。まあ、そういうことだからディレットちゃん、あんたさえよけりゃうちで働いてみないかい?あんまり給料は高くないけどさ、賄いも出すし、可能な限り休日とかは相談に乗るよ」

 

お互いそれなりに気の知れた仲だ。家からも近いし、ディレットはすぐに了承した。

 

「じゃあ……よろしくお願いします!」

 

「はいよ。じゃあ今度履歴書持ってきてね。仕事の詳細と時間はその時に伝えるから」

 

「はい!」

 

 

 

こうしてディレットはふくまるでアルバイトをすることになった。

後ろでは倉田とヴィダールが「やったぜ!」「いいぞー!」などと声を上げている。愛華も嬉しそうだ。

 

 

異界でのはじめてのアルバイトはどのような体験になるのだろうか。

そして夢のライダーに向けてのバイク免許取得の第一歩。

期待と不安に胸を膨らませながら、ディレットの新たな日常が幕を開けようとしていた。

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