「ディレットちゃん、庭の物置片付けるの手伝ってくれん?」
「はい!」
ある日、ディレットが帰宅すると庭にある小さな物置の整理を涼子から頼まれた。ちなみに龍馬はバイトでまだ帰宅していない。
マスクと三角巾をして砂ぼこりにまみれた物置を掃除していく。
涼子がガラクタを出して内部を掃除し、ディレットは可燃ゴミと不燃ゴミを分別していく。
「もーいい加減掃除せんと汚くなるばっかりやけんね」
古い雑誌の束やカレンダーの束などの紙類も大量にある。ディレットはそれを紐で束ねていく。
「ん……?」
するとやたら硬い紙で出来た一冊の大きな本を見つけた。
表紙には"博多中央小学校2012年度卒業生"と書いてあり、下には"6年1組 斎藤龍馬"と書かれていた。
何故だかその本が気になったディレットは涼子が掃除に夢中になっている隙に「トイレに行く」と言って家の中に入り、自室に隠した。
しばらくして掃除が終わったあと、涼子が夕食の準備に取り掛かったのを確認するとディレットは自室に戻り、本を開いた。
「(写真がいっぱい載ってる……)」
見るとそれは子供達が写っている本だった。そう、卒業アルバムである。
しかし卒業アルバムというものを知らないディレットは元の好奇心旺盛な性格もあってページを進めていく。
「もしかしてこれ、リョーマが今より小さい頃の写真なのかな?」
ページの最後の方には集合写真やクラスの児童個別の顔写真が載っているらしい。
「さっきまでの写真じゃわからなかったけどひょっとしてリョーマの顔写真が見れるのかな?ふふっ、ちょっとワクワクしてきちゃった」
龍馬のクラスは1組。次のページをめくればすぐに現れるはずだ。ディレットはページをめくった。
だが彼女が目にしたのはあまりにもおぞましい内容だった。
「ーーーーっ!!!!!!?」
"死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね"
"殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す"
「なに…………これ…………」
龍馬のクラスの一部の児童の顔写真には赤い油性マジックで×印が施され、想像以上の怨み辛みを込めたであろう無数の言葉がびっしりと枠の周りに書かれていた。
ディレットはおそるおそるページをめくる。すると……
「……!!!!」
×印、怨みの言葉、そして無数の画鋲が顔部分に刺されており、さらに不気味さを増している。
他にも不自然に切り取られた写真の跡なども見つかり、ディレットはまるで呪いの書か何かを見ている気分になった。
その時。
「おーい、ディレット。いるかー?」
コンコンとノックの音が響いた。龍馬が帰宅したようだ。
だがディレットはアルバムに気を取られていて龍馬のノックに全く気付かない。
「入るぞー」
龍馬はガチャリとドアを開け、部屋に入ってくる。
流石に気付いたディレットは机の前で立ち、後ろにアルバムを隠す。
「あ、ああリョーマ。帰ってたのね?」
「ああ。さっきな。それよりさ、ツーリング雑誌適当に買ってきたから一緒に読も……お前、何後ろに隠してんだ?」
「な、なんでもないわ。なんでもないのよ」
「ナ◯シカかな?……まあ、そんなことは置いといて……いいじゃん、ちょっと見せろよ。もしかして日記?」
「あっ……!」
龍馬はニヤニヤと笑いながら机の上の"それ"をついに見てしまう。
その瞬間、悪戯っぽくと笑っていた龍馬の表情がみるみるうちに変わっていった。
「……ち、違うのリョーマ!これは……!」
「お……お前……これを……これをどこで見つけやがった!!!?」
龍馬が初めて見せる"ディレットに対しての怒りの表情"。
その瞳には憎悪と、哀しみと、冷酷さと、強い憤怒といった負の感情全てが込められていた。
「も……物置の掃除をリョーコさんに頼まれて……一緒にやってる時に見つけて……」
「だからってなんで読みやがった!!?なんでそのまま捨てなかった!!?ああ!?言ってみやがれ!!人の知られたくない過去を暴いて楽しいか!?楽しいかって聞いてんだよ!!!!」
「ご……ごめん……なさ……い……わたし…………そんなつもり…………じゃ…………」
絶え間なく続く龍馬の怒声。初めて自分に向けられた同居人からの怒り。そして人の知られたくない過去を興味本位で知ってしまった事への罪悪感。それらの感情を抑えきれずにディレットの目からは涙が溢れだす。
その涙を目にした龍馬ははっと我に返った。
「す……すまん……言い過ぎた……お前はたまたま見つけて知らずに読んだだけだったのに……」
ディレットは嗚咽を漏らしつつ、涙を拭う。
龍馬は一時の怒りに身を任せてディレットを怒鳴ってしまったことに罪悪感を感じ、慌てて謝罪する。
しかし両者の間には微妙な空気が流れ、その日の夕食は全く味がわからなかった。
夕食後、龍馬の部屋にディレットがアルバムを持って入ってきた。
「リョーマ……」
「……」
「これ……どうしたらいい……?」
「……思い出したくない思い出だ。できれば見たくない。明日捨てよう」
「うん……」
両者の間に沈黙が流れる。
しばしの沈黙ののち、龍馬が口を開いた。
「お前には話しておこうか。俺の昔話を」
「……え?」
「俺が昔いじめられていた頃の話さ」
ーーーーーーーー。
2011年。斎藤龍馬が12歳だった頃。
「ぐぅっ……!!」
「斎藤のくせによぉ、こんなもん持ちやがって……生意気なんだよバーカ」
龍馬は6年1組のクラスのリーダー格である、佐古田
龍馬は小学校1年生の頃からこの佐古田を筆頭としたグループに目を付けられており、様々ないじめを受けていた。
教師は見て見ぬふりを決め込み、佐古田は成績優秀でサッカー部のエースなため、彼がいじめをしているなどと学校側は認めるわけにはいかなかったのだ。
佐古田のいじめは学年を重ねるごとにエスカレートしていき、今では他のクラスも含めて学年全てが龍馬の敵のようなものだった。
「お?なんだよその目は。言いたいことがあるなら言えよ。おら!」
倒れた龍馬に蹴りを入れて追い打ちをかける佐古田。それと同時に取り巻きの二人も殴る蹴るの暴行を加える。
「よーし、今日はこれぐらいにしといてやるよサンドバッグの斎藤君よぉ。みんな、行こうぜ!」
痛みに悶えて苦しむ龍馬を放置して佐古田と取り巻きはその場を去っていった。
龍馬は悔し涙を流しながら立ち上がり、ふらふらと自宅へ帰った。
帰宅すると誰もいない。父は出張が多くたまにしか帰ってこない。母は会社の重役であり、父ほどではないが家にいないことが多かった。
龍馬は冷蔵庫に入っていた固くなったコンビニ弁当を温めて味気ない食事を取る。
おそらく母は今日も帰りが遅い。自分が寝るまでには帰ってはこないだろう。
龍馬は入浴をシャワーで簡単に済ませ、部屋に戻る。そして気を紛らわすためにテレビゲームをプレイする。
ーーああ、自分にもゲームのキャラクターのような力があればーーあんな奴等やっつけてやるのにーー。
そう考えながら数時間ゲームをしていると、次第に眠くなり、龍馬はベッドで深い眠りに落ちていった。
ーー時は過ぎ、一年後の2012年。
龍馬は小学校を卒業し、小学校からそう離れていない博多中央中学に入学した。
博多中央中学はこの近辺でもかなりのマンモス校であり、周辺の小学校の卒業生はほとんどここへやってくる。もちろん佐古田も例外ではなかった。
中学に入り、自分達が大人になったとでも勘違いしているのか、男子は眉毛を剃って髪を染め、女子は似合わない厚化粧をしている。
佐古田は中学に入って他の校区からの一年生をも味方につけ、さらに龍馬へのいじめをエスカレートさせた。
顔中が痣だらけ、傷だらけになるほどの暴力は当たり前、水の入ったバケツに顔を沈められたり、下校中に自転車で体当たりされるなどもはやいじめのレベルでは済まされないほど佐古田のいじめは酷くなっていた。
小学校と同じでやはり教師は役に立たない。それどころか早くも中学のサッカー部のエースとしてメキメキ頭角を表している佐古田をかばい、「彼の迷惑になるようなことはするんじゃない」と龍馬が悪者扱いされる始末だ。
そしてそれが佐古田の耳に入ればまた酷い暴行が待っている。
それでも龍馬は耐えた。六年我慢出来たのだ。あと三年我慢するのなんかどうってことない。高校までいけばもっと選択肢がある。県外の高校にだっていける。
どうせ両親も助けてはくれないし、自分のことを鬱陶しく思っているに違いない。龍馬はその考えと小学校の卒業アルバムへの怨み辛みの書き込みとたまに泊まりがけで遊びにいく祖父母の家を心の拠り所にして必死に耐えた。
しかしその年の夏休みーー祖父母の家に泊まりに来ていた龍馬にある事件が起こる。
ある日、犬のターボを連れて福間海岸に来ていた龍馬。しかし、そこで会いたくない顔に会ってしまった。
「おっ!斎藤さんちの龍馬くんじゃないっすかぁ~。こぉ~んなところで何してんのかなぁ~」
なんと友人達と海水浴に来ていた佐古田と出くわしてしまったのだ。
佐古田は龍馬の肩に手を回し、馴れ馴れしく接触してくる。
「……」
「何黙ってんだよ、オラァ!!」
佐古田は突然逆上し、龍馬を蹴り飛ばした。
「うぐっ!!」
その瞬間、ターボがワンワンと吠え、佐古田の腕に噛み付いた。
「いでぇっ!!は、放せっ!!」
「た、タカちゃん!!」
佐古田がターボを殴り、取り巻きが引き離そうとするも、ターボは凄まじい力で腕に噛み付いており、放そうとしない。
「この……クソ犬がっ!!」
佐古田は近くに落ちていたガラスかなにかの破片らしきものでターボの背中を刺した。
「キャインッ!!」
「た、ターボっ!!!!」
ターボは佐古田の腕を放し、砂浜にドサリと落ちる。
「おめえら!!あのクソ犬もボコっちまえ!!」
取り巻きの二人は怪我をして弱っているターボを踏みつけようとする。
そして、龍馬の中で何かが切れーー
"龍"が目覚めた。
ターボを踏みつけようとした取り巻きの一人をタックルで吹き飛ばし、拾い上げた流木でもう一人を殴る。起き上がる前に殴る。殴る。殴る。気を失うまで。
もう一人も流木で滅多打ちにする。
「……は?」
あっという間に取り巻き二人を倒した龍馬はゆっくりと佐古田の方を向く。
そこにいたのは今まで自分がいじめていた弱々しい少年ではなくーー怒りに震える"龍"だった。
「よくもターボを……許さねえ……おまえらみんな……許さねえ……許さねえ……許さねえ!!!!」
龍馬は流木を佐古田に投げつける。佐古田は流木を両手でガードするが、一気に間合いを詰めた龍馬の手には捨てられた空き瓶が握られていた。
「ヒッ……!」
「死ね佐古田!!!!」
龍馬はためらうことなく佐古田の脳天を空き瓶でぶん殴る。派手に瓶が割れ、破片が飛び散って太陽の光に照らされてキラキラと輝いて舞いながら砂浜に散る。
「ぐふっ……!!」
軽い脳震盪を起こしてふらつく佐古田。
龍馬は佐古田の顔面を左ストレートで殴って倒し、倒れたところで佐古田の右手を掴む。そしてーー
ザクッ。
「ぎゃあああぁぁぁあああぁぁああ!!!!」
佐古田の絶叫がこだまする。
龍馬は割れた瓶の先端を佐古田の右手の甲に思い切り突き刺したのだ。
「痛ぇか?痛ぇよなぁ?それがターボの痛みだクソ野郎!!」
龍馬はグリグリと破片を動かしてさらに破片を佐古田の右手の肉に食い込ませる。血がじわじわと広がり、金色の砂を鮮血が赤く染めていく。
あまりの激痛に佐古田は遂に気を失ってしまった。龍馬は佐古田を放置してターボの元に向かう。
「ターボ!ターボ!しっかりしろターボ、死ぬな!!」
ターボの背中からは血が溢れだしており、龍馬はターボを抱えて急いで祖父母の家に戻った。
町にある獣医師の処置でターボは一命を取り止めた。
龍馬も冷静さを取り戻し、今回の件を祖父母に伝えた。
相手が先に手を出したとはいえ、流石にやりすぎたと思ったが祖父の平蔵は「悪りぃとはあいつらたい!」と龍馬を責めるようなことはしなかった。
だが、博多の自宅へ戻ると龍馬はすぐさま学校に呼び出しを受け、母の涼子と共に向かった。
学校では頭と腕に包帯を巻いた佐古田と取り巻き二人、そしてその親と担任、校長が待っていた。
「腕を刺して大怪我を負わせるなんて……まったく斎藤君、君は何を考えているのかね」
「大事には至らなかったから良かったものの……佐古田君の腕が使い物にならなくなったらどう責任を取るつもりだ。彼は我が校が誇るサッカー部のエースだ。問題を起こして巻き込まれては困るんだよ」
「先生……!でも僕は犬と散歩に来てただけです!そしたらたまたま出会った佐古田君が僕に絡んできて急に殴られて……そしたらうちの犬が僕を守ろうと飛びかかったら佐古田君がうちの犬を刺したんです……!悪いのはそっちじゃないですか……!!」
「うちの子がそんなことするわけないでしょ!!」
佐古田の母親が急に大声を上げた。
「隆弘、あなたはそんなことをしたの?」
「ううん、してないよ。たまたま斎藤君に会ったから挨拶したら急にあっちの犬と斎藤君が飛びかかってきたんだ……!」
どの口がそんなでまかせを言うか。
六年以上に渡って自分を虐げてきた男は逆に龍馬を悪者に仕立てあげようとした。
「ほら!この子もこう言ってるじゃない!まったく、どんな教育をしてるのかしら、そちらの子は!」
取り巻きもそうだ、そうだと口々に声を上げる。
母はただ「すみません、申し訳ありません」と頭を下げるばかりだ。
なんでこっちが謝るんだ、悪いのはあいつらじゃないかーーーー自分の代わりに頭を下げるばかりの母親にすら龍馬は怒りを感じていた。
「斎藤君。仮に君の犬が佐古田君に刺されたのだとしてもそれは正当防衛だ。いきなり犬が噛み付いてきたら何としてでも引き離そうとするだろう?」
違う、悪いのはあいつらだーーあいつらがターボをーーターボはただ俺を守ろうとしただけだーー。
そう言いたいが言葉が出ない。
そしてーー担任教師が放った一言がーー。
幼き"龍"の逆鱗に触れてしまった。
「ーーそもそも"たかが犬程度"で何をそこまで怒る必要があるんだ」
……今、何て言った?
"たかが犬"?
「……おい、先生。今何て言った?」
「え?」
「今なんつったって聞いてんだよ!!!!このボンクラ教師がぁ!!!!」
龍馬は校長室にあったトロフィーを引っ付かんで担任教師の方向に投げ付ける。トロフィーは担任の頭をかすめ、後ろのガラス棚にぶち当たって派手に割れたガラスをぶちまけた。
大人しかった突然の息子の激昂に涼子は驚きを隠せない。佐古田達も親達も担任や校長も静まり返っている。
「"たかが犬"だって!?てめぇらにターボの何がわかんだよクソ野郎ども!!あいつは……ターボは俺の心の支えだ!!俺が野犬に襲われた時も!!そこの佐古田のクソ野郎どもに殴られた時も!!俺を守ろうとしてくれた大事な家族だ!!家族を傷付けられて黙ってろっつーのか!!」
「さ、斎藤君!!落ち着きなさ……!!」
「うるせえぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
もはや担任教師の話などに聞く耳は持たない。
龍馬は校長室に並べられたトロフィーを根こそぎ叩き割り、窓とガラス棚を破壊した。
ガラスの破片が辺りに飛び散り、校長室はまるで廃墟の一室のように無残にも破壊されていく。
担任も校長も、佐古田達と親達も手が付けられないほど暴れだす龍馬に部屋の隅で縮こまることしか出来なかった。
「龍馬!!やめりぃ!!やめなさい!!」
「うおおおおお!!!!」
涼子が慌てて止めようとするが、凄まじい力で振りほどかれる。若干13歳の子供のどこにこのような力があるというのか。
それは悪を黙認し、自らの助けを求める声を無視し、大切な家族をも傷付けられ、否定された底知れぬ怒りから生み出されていた。
龍馬はまっすぐ担任に向かって突進し、床に押し倒して馬乗りになると、担任の顔面を何度も何度も殴り付ける。
「ぐはっ!ぶへっ!ぐふっ!」
「お前も佐古田や俺をいじめた奴等と同じだ!!自分のためだけに弱い人間を踏みつけるクソッタレだ!!」
元の顔がわからなくなるくらい顔面を痣だらけになるまで殴り付けると龍馬は次に校長の頭を掴んで机に何度も叩き付ける。
「ぐふっ……!!や、やめっ……!!」
「うるせぇハゲ!!くたばれ!!」
校長を叩きのめすと、龍馬は佐古田の方を向いた。
「ヒッ……!や、やめろ……!」
「佐古田ァ……お前に虐げられた……六年間と半年……その間に溜まりに溜まった恨み……今ここで返してやるよ!!!!」
龍馬は佐古田の顔面を思い切り殴る。何度も、何度も。
鮮血が飛び散り、歯は抜け、佐古田は成す術もなく打ちのめされていく。
そして龍馬は近くに落ちていたガラスの破片をひっ掴む。そしてもう片方の手で佐古田の足を掴んだ。
「お前、俺から色んなもの奪ったよな。おもちゃ、漫画、ゲーム……そしてしまいには大事な家族の命まで奪おうとした。……お前サッカー部のエースなんだよな?今度は俺がお前から奪う番だ。二度とサッカーが出来ない足にしてやる!!!!」
「よ、よせっ……!!やめろおぉぉぉ!!」
佐古田の叫びも虚しく、龍馬は破片を佐古田の足に向かって振り下ろした。
「やめろっち言いよろぉがこのバカ息子がぁぁぁぁ!!!!」
佐古田の足に破片が刺さる寸前、遂に堪忍袋の緒が切れた母の涼子が龍馬の顔面を思い切り殴り飛ばした。
龍馬は壁に叩き付けられた際に頭を打ち、意識を失った。
その後は大変な毎日だった。
連絡を受けた龍一郎は出張から慌てて帰宅し、後日学校と佐古田らの家族に謝罪した。
学校の備品やガラスを破壊し尽くし、取り返しのつかないトロフィーまでも破壊した龍馬の責任を涼子と父の龍一郎が可能な限り負うことになった。
龍馬は両親にこっぴどく叱責を受け、さらに両者から殴られた。
両親は龍馬が怪我を負わせた校長と担任、そして佐古田の治療費を負担した。
しかしそれでもやはり起こした騒ぎは大きく中学で異例の退学を宣告された。両親は龍馬の編入先を探したが、これだけの大問題を起こした生徒を受け入れる学校はなかなか現れず、仕方なく現在の学校に二度と騒ぎを起こさないことと、次に万が一問題を起こした場合は即退学という条件付きで在学を許可された。
そんなある日の斎藤家。
「俺がいない間、龍馬の事はお前に任せると言ったろう!!」
「あたしだって仕事があるんよ!!あんたいっちょん家に帰ってこんくせにえらそうに言いなさんな!!」
「そりゃ俺だって家に帰りたいさ!!でも俺が働かないとお前達を養えないんだぞ!!お前の稼ぎだけで食っていけるか!?」
龍馬のこの騒ぎを巡って斎藤家では夫婦喧嘩が絶えなかった。
両親は龍馬の教育指導の責任を押し付けあって日々口論を繰り広げる。
龍馬はそんな光景に嫌気が差し、家に帰らないことも多かった。そして天神を遅くまでうろついては警官に補導されていた。
学校に行くと誰も龍馬を目を合わせようとしない。
担任は授業中もビクビクしながら時折龍馬の方をチラチラと見ている。
「おい……」
龍馬は席から立ち上がる。
「言いてぇ事あるなら言えよ!!!!」
龍馬は机を蹴飛ばして怒鳴る。龍馬の怒声に教室中が緊張に包まれる。
「ケッ……根性無しが」
龍馬は乱暴にドアを開け、教室を出ていく。
担任は止めようともしない。
龍馬は屋上に向かうと昼間の博多の街並みを見下ろす。
彼は完全に荒れていた。
自分を見ようともしない両親。学校では厄介者扱い。佐古田すら怯えて彼を避けるようになった。
「クソが……」
その言葉は佐古田に向けたものか、両親か、教師達か、それともその全てと現実そのものに対してかーーーーそれは彼にすらわからなかった。
そんな時、龍馬は屋上の金網越しに見下ろした街並みを走る一台のバイクを見つけた。
黒いスポーツタイプの大型バイク。街を颯爽と駆け抜けていくバイクに思わず目を奪われた。
「……あんな風にバイクで走れたら気持ちいいだろうな……そういえば親父もバイク乗ってたっけ」
言うが早いか、龍馬は自然と学校を抜け出して本屋へと向かっていた。
本屋で買ったのはバイク雑誌数冊。彼はそれを読みあさった。そしてスマホでバイクの動画を見て、ますますバイクの世界に引き込まれていった。
そんなある日、彼は街中でいかにもひ弱そうな少年を取り囲んだ連中を見つけた。それは佐古田の取り巻きとしてたまに見かけた連中だ。
どうやらカツアゲをしているようだ。
正義感よりも胸糞の悪さから彼等に向かっていく。
「おい、てめぇら……!!」
「あぁん?なんだてめ…………さ、斎藤っ……!?何でここに……!?」
「ああ?俺がいちゃいけない理由があんのか?……ああ、そうだよな。いじめてたヤツにいじめ返される現実なんか見たくないよな?」
屈辱的な一言だ。だがしかし彼等は知っていた。斎藤龍馬を怒らせてはならないと。
それは自分達のリーダー格である佐古田を見れば明らかだった。
小学校六年間と中学の半年間いじめていた相手に思わぬ猛反撃を受け、怪我を負い、龍馬という存在にトラウマを抱いて怯えるまでになっている。
「く、クソっ……!」
「"クソ"?今なんつった?ああ!?」
龍馬は拳を鳴らしつつ、ズンズンと迫っていく。今まさに殴ろうと拳を振りかぶった瞬間、目の前に大きな影が割り込んだ。
「はいはいはーい!喧嘩はやめようぜ喧嘩は!どっちも何も得しないぜ?」
そこには180㎝はあろうかというゴリラのようないかつい顔をした巨体の男。
「な、なんだテメェ!?」
「どけデカブツ!邪魔だ!」
龍馬は目の前のデカい男を威嚇する。
「まあまあ、お前は少し落ち着けよ。お前らは……その子放してやんな。な?」
巨体の男は少しだけ目つきを鋭くする。
不良連中はたじろぎながら捨て台詞を吐いて去っていく。
解放された少年も礼を言うと足早に去った。
「チッ……邪魔しやがって……」
「まあそう怒んなよ。喧嘩はやらないに越したことはないぜ」
男はニコニコとしている。呑気なヤツだ。
龍馬は踵を返してその場を去る。この後、すぐに彼と会うことになるとは思いもせずに。
次の日、朝のHRで転校生の紹介があった。
「では、転校生を紹介します。……城島くん、どうぞ」
「おいーす!」
入ってきたのは中学生とは思えない巨体の少年。
「箱崎私立中学から来ました、城島 勇斗です!よろしく!」
「(あいつ……)」
昨日のちょっとしたいざこざで出会った巨体の男。それが中学生であったことにさすがの龍馬も驚いた。
担任は厄介なポジションを押し付けるかのように龍馬の前の席に勇斗を案内した。
「おっ!お前、ここの中学だったの?へへ、また会ったな!」
「(なんだこいつ……)」
やたら馴れ馴れしい。そして鬱陶しい。
だがーー不思議とそこまで悪い気分はしない。
斎藤龍馬と城島勇斗。
のちに親友となるこの二人の運命はここから始まったのであった。