「すみません!すみません!」
商店街で店先を掃除していた男性が必死に頭を下げている。その先にはいかにもと言った感じのガラの悪い男達。
「何がすみませんじゃコラァ!すまんで済めばケーサツはいらんのじゃボケェ!!」
洋服屋を営むこの男性は店先の掃除をするために水を撒いたところ、運悪くガラの悪い男の一人のスーツの裾に水が少しかかってしまったらしく、それで絡まれてしまったのだ。
「このスーツは特注のもんなんじゃ!!クリーニングなんぞ出せるもんやない!!新しいスーツ代50万……耳揃えて払わんかいコラァ!!」
「そ、そんな……50万なんて……」
「なんやコラァ!アニキのスーツ汚しといて払えん言うんか!?」
周囲は見て見ぬ振りだ。誰も男性に救いの手を差し伸べようとはしない。だが、その時。
「待ちなよ」
「あぁ~ん?なんだこのガキは」
背後からの声に気付いてスーツの男が振り返るとそこには白いハチマキを頭に巻いた、活発そうな褐色肌の少女が立っていた。
サイドテールに結んだ茶髪、黒いシャツの上から赤とオレンジ色のジャケットを着て、手には茶色い穴空きグローブ、ズボンもジャケットと同じカラーリングの半ズボンを履いている。
「裾にちょっとばかし水がかかったくらいで50万なんてケツの穴の小さい男だねぇ。男なら笑って許すくらいの器持たないと女にモテないってママから教わらなかった?そもそもそんな悪趣味なスーツが50万なんて頭イカれてるかセンスが無さすぎるかのどっちかとしか私は思わないね。着てるやつも売るやつも」
「てめっ……!このガキ、言わせておけば!」
「アニキにナメた口ききやがって!!やっちまえ!!」
チンピラ達は怒り狂い、少女に向かってきた。だがーー
「はっ!!」
取り巻きの一人が鳩尾に拳を受ける。するとどうだろうか。
それほど力を入れたようにも見えなかったにも関わらず、凄まじい勢いで吹き飛ばされた。
そのまま自販機脇のゴミ箱に激突し、辺りに空き缶が散らばる。
あまりの出来事に吹き飛ばされた仲間を見て呆然とする男達。
「よそ見してる暇があるの!?」
顎に掌底を受けるチンピラの一人。やはり凄まじい勢いで宙を舞い、反動で空中で三回転ほどグルグルと回転して地面に叩き付けられる。
「なっ……!?な、なんだこのガキ……!?」
リーダー格のスーツのチンピラはあっという間に倒された二人の取り巻きを見てただただ狼狽するしかなかった。
「弱いものイジメしか出来ない雑魚には……お仕置きだよ!!」
一瞬で間合いを詰めた少女はスーツのチンピラの顔面にストレートを叩き込む。
「うぐぅっ!?」
小さな身体。しかも筋肉質というわけでもない少女の拳からはヘビー級ボクサーのような凄まじい力が伝わり、まるで頭の中心部まで激痛と衝撃が届くような感覚を受けた。
「ぎゃあっ!!」
そのままスーツのチンピラは吹き飛ばされ、壁に激突して気絶してしまった。
少女は構えを解き、絡まれていた男性に近づく。
「おじさん、怪我はない?大丈夫」
「あ、ああ。ありがとう。助かったよ。そうだ、何かお礼を……」
「なーに、いいって。私は当然のことをしただけだし。"困っている人がいたら助ける"。それが私の信条だしね。
あ、そうだ!おじさん、"ふくまる"って食堂がこの商店街にあるって聞いたけど、知らない?」
「……ふくまる?あ、ああ……それならここを真っ直ぐ行ったら左に見えてくるよ。赤い暖簾が目印だ」
「サンキュー、おじさん!じゃあまたね!あ、店先の掃除する時は気を付けなきゃ駄目だよ!」
少女は傍らに置いていたスーツケースに再び手を伸ばすと、サイドテールの髪とハチマキを揺らしながら足早に駆けていく。
「……不思議な……女の子だったなぁ……」
男性はその後ろ姿を見ながらポツリと呟き、去っていく少女の後ろ姿を見送ったのであった。
場所は代わってふくまる。
この日は久々に龍馬とディレット、そして勇斗の三人でふくまるのラーメンを食べに来ていた。もちろんディレットは客として、だ。
「ああー!うめぇー!やっぱりおばちゃんのラーメンが最高に最強だなー!」
スープを飲み干した勇斗が満足気な顔で言った。今日は勇斗はたっぷりにんにくを入れて食っていたので口が臭い。
「どうも。だけど誉めても何も出ないよ」
「おばちゃんのおケチ」
「……お金倍取るよ?」
「おばちゃんはサイコー太っ腹超絶美人ですモナリザも腰抜かすレベル」
分かりやすいヤツだ。龍馬は心の中でそう密かに思った。
「あ、おばちゃん。替え玉おかわ……」
龍馬が三杯目の替え玉をおかわりしようとした時、店の引き戸が勢いよく開く。
「押忍!!たのもー!!」
勢いよく開けられた入り口の引き戸に全員が目を向けると、サイドテールの茶髪に白いハチマキを巻いた、変わった格好の少女が立っていた。
「いらっしゃ……あら?あなたもしかして……」
「おばさん!お久しぶり!」
「レナちゃん!久しぶり!おっきくなったねぇ!」
おばちゃんはその褐色肌の活発そうな少女を見るなり、厨房から飛び出して抱き締めた。
「お……おばさん……苦しい……」
ふくよかなおばちゃんに抱き締められ、呼吸が困難になる。しばらくその状態が続いたあと、おばちゃんは少女を離した。
「おばちゃん、その子誰?」
龍馬は餃子と米を頬張りながら少女を見つつ、おばちゃんに少女の事を尋ねる。
「ああ、この娘はね……」
「私、
真龍寺レナと名乗る少女。彼女のテンションがなかなか高めなので慌てて返事を返そうとして龍馬は食べている餃子で少しむせた。
「……ゴホゴホ!……あ、ああ……これはご丁寧にどうも。斎藤龍馬といいます」
「可愛い女の子だねー!髪型素敵!」
ディレットは立ち上がってレナに近づく。
手を差し出すとレナも手を伸ばし、ディレットと握手を交わした。
「エルフの女の子が働いてるって話、本当だったんだ!うわー、可愛いなあ!名前は?」
「私ディレット!ディレット・アドミラシルっていうんだ!あなたもフクマルで働くの?よろしくね!」
「こちらこそよろしくね、ディレット!」
好奇心旺盛で人懐っこい性格のディレットは早くもレナと打ち解けている。
しかし龍馬はハチマキを結ぶという変わったファッションをしたレナを見て目を細めている。
聞くべきかどうか迷ったが、龍馬はずっと気になっていた質問をすることにした。
「えーと、レナ?だっけ?」
「ん?どうしたの?」
「その……頭のハチマキなんだけど……」
「ああ、これ?カッコいいでしょ!父さんからもらったんだ!」
レナの話によると彼女の父はある流派を持つ道場を経営しているらしく、幼い頃から父のもとで彼女は修行を積んできたらしい。
そして"初心忘れるべからず"の意味合いで幼い頃にもらったこのハチマキを今でも大切に着用しているのだとか。
そしておばちゃんが改めて彼女の事を紹介してくれた。
真龍寺レナ。東京の出身。普段は父の道場での修行と学生生活を掛け持ちする活発な少女。
彼女の父・
ディレットを雇ったとはいえ、繁盛しているふくまるはやはり人材の不足に頭を抱えている。
特におばちゃんは最近腰痛が酷くなってきたため、調理を任せられる人材を探していたことを誠に漏らしていた。
すると誠は「修行の一環だ!」と自らの娘を送り出すことを宣言したのである。
元々旅や修行好きであるレナはこの話を快諾し、まだ見ぬ地・福岡へとすぐにやってきた。
「私の母が料亭の出身でさ。料理の事は小さい頃から色々教えられてきたから調理とかも全然いけるよ」
「へー、レナって凄いんだな」
「今日からこのお店に厄介になるからね!みんな、よろしく!あ、そうだ……これ……」
レナは持っていたキャリーケースから紙袋を取り出した。
中には……ひよこの形を饅頭が。
「東京土産だよ!口に合えばいいけど……」
レナは全員に一つ一つ手渡しして微笑んだ。
「さ、みんなどうぞ」
「いただきまーす!……美味しい!」
食い意地の張っているディレットは何も考えずに真っ先にひよこの形をした饅頭を口にする。
……そして龍馬達は微妙な顔つきだ。
「……どうしたの、みんな?饅頭好きじゃなかった?」
「いや……うん……その……"ひよこ饅頭"は元々福岡のお土産でさ……」
「えっ!?そうなの!?」
ひよこ饅頭は福岡のお土産であるが、東京にも広まったことで最近は東京のお土産としても知名度が広まりつつある。
それを福岡県民の元へ持ってくるとは、戦争が起きかねない。
「はは、ゴメンゴメン。福岡のことはよく知らなくてさ。ま、せっかくだから食べてよ」
「まあ、せっかくのお土産だしありがたくいただきますか」
せっかくの厚意を無下にするわけにもいくまい。龍馬達は饅頭をいただくことにした。
しばらく話しているうちに龍馬と勇斗もレナと打ち解けたようだ。彼女はコミュ力の塊かというくらい話が上手い。おかげでこちらまで楽しくなってくる。
しばらく話し込んだあと、おばちゃんは業務内容をレナに教えるために厨房へと向かう。龍馬達も邪魔をしては悪いとそろそろ帰ることにした。
「じゃーな、レナ。また来るよ」
「仕事頑張ってな」
「バイバイ、レナちゃん!」
「龍馬、勇斗、ディレットちゃん、また来てよ!まだ話足りないからさ!」
翌日ーーーー。
「いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませー!ご注文はお決まりですかー!?」
レナは愛華と共に配膳業務に当たっていた。
しかもレナは料亭出身の母譲りの料理技術を持っているため、厨房と配膳を兼任されている。
ふくまるのほとんどのメニューを作れる上に身のこなしも素早いため、配膳作業もなんなくこなしている。
ただし、ラーメンだけはおばちゃんのこだわりがあるためにおばちゃんが調理を担当している。それ以外のメニューは状況に応じておばちゃんとレナが役割分担だ。ちなみに今日はディレットは休みだ。
「いやー!レナちゃんすごいねー!」
「ほんとほんと!あたしたちゃ大助かりだよ!」
「へへっ、照れるなぁ」
仕事だけでなく、見た目の可愛さや明るさも相まって昼飯時に来る肉体労働の男達からも評判だ。接客態度は言わずもがな。
「レナちゃん!餃子追加ね!」
「はーい!少々お待ち下さーい!」
柳川工務店の若手・岡本は新たな"華"が加わったことで調子に乗って追加注文を繰り返している。
「おい、岡本……お前食いすぎじゃないか?動けなくなっても知らないぞ」
「平気ですよ!むしろ働く気力が湧きます!へへ!」
「調子のいい奴だ……」
倉田はそんな岡本を見てやれやれと肩をすくめた。
しっかり働いた上で食いまくるのならそれは構わないが、金の使いすぎで月末に昼飯代が無くなって自分に泣きつくということだけは御免被りたい。が、そんな倉田の思いも虚しく、案の定と言わんばかりの結果になるのはまた先のお話。
商店街の人々や常連客からレナはたちまちディレットに次ぐ人気者になりふくまるはますます繁盛していた。
その数日後のこと。
「ありがとうございましたー!」
「ありがとうございました、またお越し下さいませー!」
本日最後の客を見送ると、ふくまるの店内では片付け作業に入る。
「ディレットちゃん、レナちゃん、お疲れ様。ディレットちゃんは先にあがっていいよ。レナちゃんはもう少し片付け手伝ってね」
「はい!お疲れ様でしたー!」
「ディレットちゃん、お疲れ様!また明日ね!」
「レナちゃん、また明日!」
ディレットはそう言って裏で着替えると店を出て家路につく。
「レナちゃん、のれん降ろして来てくれる?」
「はい!」
おばちゃんの頼みでレナは店の外に出る。そして店ののれんを降ろして片付けている最中に事件は起きた。
七人ほどの男達がふくまるに向かってゾロゾロと歩いてくる。
「あれー、今日はもう閉店ですよ?また明日来てくださいね」
しかし男達は立ち去ろうとはせず、無言でレナを睨み付けながら歩いてくる。
「……なんだ、アンタら。客じゃないね……この店に手を出そうって言うなら……覚悟しなよ」
「あっ、リョーマ!」
「おっ、ディレットか。奇遇だな」
夜の天神で龍馬とディレットはばったりと出会った。
「バイトあがりか?」
「そうだよ!リョーマも?」
「ああ。……一緒に帰るか?」
「うん!」
お互いバイト上がりに出会った二人は家路を共にした。歩きながら今日の学校やバイト先での話に花を咲かせつつ、家へと向かって歩く。
「あっ……」
「どうした?」
「ごめん、リョーマ!私お店にスマホ忘れちゃったみたい……すぐ取りに行くね!」
「おいおい、夜道は危険だぜ?俺もついてってやるよ」
「いいの?なんかごめんね、リョーマ」
「気にするな。さ、行こうぜ」
二人は足早にふくまるへの道を急ぐ。
しばらく歩いた二人は商店街に入り、ふくまるを目指す。が、途中で何やら商店街の雰囲気がいつもと違うことに気付いた。何やらざわめきが聞こえる。
「……なんだ?」
そのざわめきの原因は……ふくまるの店先だった。
「オラァ!」
「うあっ……!」
見るとレナがチンピラ風の男達に暴行を受けている。レナも格闘の腕に覚えがあるのか反撃するが、相手は七人。多勢に無勢である。死角から攻撃を受けて徐々に押されていく。
「リョーマ……!あれ……!」
「レナ!……ディレット、ここにいろ!」
龍馬はほとんどリンチに近い暴行を受けるレナに向かって走り出した。
「おい、さっきまでの威勢はどうしたクソガキ!おら!」
チンピラの一人がレナの鳩尾に蹴りを入れる。レナはその衝撃で吹き飛ばされ、地面に倒れた。
「うわぁっ!」
「もうおしまいか?なら死ねや!!」
チンピラが手に持った鉄パイプを振り上げる。レナは倒れたまま目を閉じ、咄嗟に腕で顔を庇う。
が、いつまで経っても衝撃はやってこない。
レナがおそるおそる目を開けると目の前には見覚えのある後ろ姿が。
「……龍馬!?」
龍馬はチンピラの鉄パイプを受け止め、さらに顔面に右ストレートをお見舞いする。
「ぐはぁっ!!」
チンピラはその場に大の字になって倒れ、気を失った。龍馬は怒りに満ちた目でチンピラ達を睨み付けた。
「おいコラ……いい年こいた大の男が女の子一人をよってたかってリンチたぁ、どういう了見だ?ああ?」
「なんだこのガキは……?邪魔するならテメェも殺っちまうぞコラァ!」
「殺れるもんなら……殺ってみろよ!!」
龍馬は構えを取り、チンピラ達と対峙した。
「レナ!下がってろ!」
「いや、私も戦うよ!」
「何?」
「ふくまるは私の新しい家だ!おばちゃん達とお店は私が守るんだ!」
「……一応聞くが、喧嘩は出来るんだな?」
「さっきは負けてたけどこう見えても真龍寺流空手の有段者だよ」
「……なら、心配はいらねーな。行くぞ!」
「何をゴチャゴチャ言ってやがる!!お前ら!!やっちまえ!!」
しびれを切らしたチンピラ達が龍馬とレナに襲い掛かる。
チンピラの一人が龍馬の顔面目掛けてパンチを繰り出すが、龍馬は最小限の動きで素早くかわし、腕を掴んで背負い投げをして地面にチンピラを叩きつける。
地面に叩き付けたチンピラの顔面にだめ押しとばかりに踏みつけを行い、無力化する。
「どぉらぁ!!!!」
さらにその後ろにいたチンピラの男の一人に我流の三連続ボディーブローを叩き込み、アッパーで顎に攻撃を加えた。
龍馬が死角を守っているおかげでレナも安心して前の敵に集中できる。父から受け継いだ真龍寺流空手は荒削りながらダメージを受けていてもなおキレのある動きを見せる。
「でやぁ!!」
レナはチンピラの攻撃を避けながら、素早くかがんで鳩尾に正拳を喰らわせる。敵の攻撃を避けると同時に懐に飛び込んで必殺の正拳を相手に与える技だ。
レナの奮闘ぶりを見て龍馬も負けてられないと拳を握り締める。
三人が一斉に龍馬に襲い掛かるが、龍馬は一人目の攻撃を避けて鳩尾に膝蹴りを入れ、二人目にはパンチを屈んで避けてからの強烈なアッパー。そして三人目はパンチを肘でガードし、拳の痛みに悶えている瞬間を狙ってハイキックで蹴り倒す。
龍馬が祖父から教わった一対多数の場面を想定した五十嵐流無手術"狼牙捌き"を龍馬が独自にアレンジしたものだ。
「く、くそっ……!」
あっという間に最後の一人になったチンピラのリーダー格の男。
男はやけになってレナに襲い掛かるが、龍馬の助けを得た彼女に怖いものなどもうなかった。
「三日月蹴り!!」
迫る男の顎に向かって後ろ足が三日月を描くかのような鋭い蹴り。あまりの早さに対応しきれなかった男は顔の左側面にまともに攻撃を喰らってしまった。
「ぐふっ……!」
男が凄まじい衝撃とダメージにふらつく。
「今だ!レナ!」
「オッケー!行くよ!」
男の正面からレナが、背後から龍馬が助走を付けて走り出す。
そして二人は男目掛けて同時に跳躍する。
「でりゃあああああっ!!!!」
「どぉりゃああああっ!!!!」
男の顔面と後頭部に同時にレナと龍馬の飛び膝蹴りがクリーンヒットする。
二つの膝から同時に衝撃を受けたため、衝撃が体外に逃げ切れず、男は脳震盪を起こして倒れた。
「ハァハァ……やった!」
「口ほどにもねえ奴等だ。レナ、大丈夫か?」
「龍馬……ありがとう。私一人じゃどうにもならなかった。助けてくれて本当にありがとう!」
レナはそう言って傷だらけの顔でにっこりと笑うと龍馬に抱き付いた。
「お、おい、レナ……」
「リョ・オ・マ……?」
その後ろからディレットが冷たい目をして迫ってくる。しまった。鬼に見つかった。
「い、いや、これは……」
「ディレットちゃん、妬いてんの?だったらディレットちゃんも龍馬に抱き付けばいーじゃん」
「……へっ!?い、いやあの……」
レナの言葉がスイッチとなってディレットの脳裏にあの晩ーーーー龍馬が過去の話を語ったあの夜に優しく抱き締めた光景が甦り、なんだか急に恥ずかしくなってきた。
「なんだい、騒々しいねえ……あら、ディレットちゃんに龍ちゃん……ありゃ!?一体なんだいこの男達は!?それにレナちゃん、怪我してるじゃないか!早くこっちに来なさい!手当てしてあげるから!」
おばちゃんはレナの手を半ば強引に引いて店へと戻っていく。
「あっ、おばさんちょっと……りょ、龍馬!今日は助けてくれてありがとう!お礼に今度サービスするからね!バイバイ!」
「ああ、またな」
龍馬とディレットはレナに別れを次げ、自分達も家へと帰ることにした。
「派手にやられたな」
「いてて……全くですよ」
満身創痍なチンピラ達に一人の男性が話しかける。
「まったく……娘さんを試すからチンピラの振りをして喧嘩を売れだなんて……師匠も人が悪すぎますよ……いたた……」
「すまんな。あとでご馳走するからそれでチャラにしてくれ。……あの子はまだ未熟だ。"真なる力"を体得するにはまだまだ場数を踏まないと駄目なんだ」
白髪まじりの男性はそう言ってふぅ、と軽く息をつく。
「しかしあの龍馬とかいう少年……まだまだ荒削りだが筋がある。それに途中で使ってた技……ありゃもしかして平蔵のじいさんの……?いや、そんなわけないわな。でも……」
男性は顎に手を添えてしばらく考える。
「(あの龍馬とかいう少年はあの娘が大きく成長する"きっかけ"となるかもしれん。さて、あの娘のこれからの成長が楽しみだな)」
そう考えながら男性は微笑みを浮かべ、福岡の夜空を見上げる。
都会の光に遮られて星はあまり見えないが、美しい三日月が夜空をおぼろげに照らしていた。
「(あの月が満月の夜に綺麗な円を描くように……あの子には強くなって欲しいもんだ)」
「……師匠?何か考え事でも?」
「……いや、何でもないよ。さ、身体張らせて悪かったな。せっかく福岡まで来たんだ。うまいもの沢山食べて飲んで帰ろうじゃないか!今日は俺の奢りだ!好きなだけ飲み食いしてくれ!」
「ありがとうございます!」
「いぇーい、師匠太っ腹ー!」
「ご馳走になります!」
「そうと決まれば街へ繰り出すぞ!福岡と言ったら中洲!さ、中洲へレッツラゴーだ野郎ども!」
そう言って男性とチンピラに扮した男性の弟子達は夜の中洲へと消えていった。
「スマホ取るの忘れた」
「オチでもう顔中草まみれや」