アナザー・ディメンジョン -異界交流記-   作:誠龍

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第31話 熱狂!博多祗園山笠

7月。

肌を焼くような日差しに加えてひっきりなしに聞こえてくる蝉の鳴き声が本格的な夏の訪れを感じさせる時期。

あと一ヶ月もしないうちに龍馬達学生は夏休みの時期に入る。

だがその前に福岡・博多の街では何やら大きなイベントに向けて人々がせわしなく動いている。

夏の博多を始めて経験するディレットはこの日龍馬と涼子、ルミナと共にJR博多駅の駅ビルまで買い物に来ていた。

その買い物の際に博多駅・博多口の広場に何やら巨大な装飾品を何メートルもの高さに積み上げたモニュメントらしきものを見つけた。

 

「リョーコさん、あれはなんですか?」

 

「あー、ありゃ山笠たい」

 

「ヤマカサ?」

 

それは博物館でも(小型のものだが)展示されている博多祇園山笠で使われる"飾り山"であった。

博多祇園山笠は700年の伝統を誇る博多の祭りである。福岡県民からは単に"山笠"と呼ばれることが多いが、飾り山・()き山というのが正式な名称である。

元々は博多で承天寺の開祖である聖一国師(しょういちこくし)が仁治2(1241年)の博多で疫病が流行した際に町民に担がれた木製の施餓鬼(せがき)に乗って水を巻き、疫病退散を祈祷したことが発祥と言われている。

 

「わー……!すごい迫力……!」

 

羽根を羽ばたかせて飛び上がり、山笠のてっぺん近くまで飛び上がって眺めるルミナが感嘆の声を漏らす。

 

「あれをくさ、担いで街を練り歩くんよ」

 

「あんな大きなものを!?」

 

「まー、正確に言えばあれは"飾り山"っちゅうてからこういう公共の場所に飾って見るだけやけどね。担ぐやつはもうちょい小さいよ」

 

「そうなんですか……ちょっと残念……」

 

あれほど大きな飾りを担いで街を練り歩くと聞いて胸を躍らせたディレットだが、飾り山は単なるモニュメントと知ってちょっぴり残念な気持ちになった。

大昔は今のように信号や標識、電柱や高いビルなどがなかったのであのような大きな山笠も担いでいたらしいが、近代化が進み建築物の高層化も進むと事故も増えたために必要以上に高い山笠は徐々に"飾り山"となり祭りの時期のモニュメントとしての役割を果たすようになった。

現在では実際に担がれる舁き山は3~4メートルほどであるのがほとんどである。

 

「しかしみんな今年は気合い入ってんなあ。どんたくが半分駄目になったからか?」

 

「リョーマ、"ドンタク"って何?」

 

「博多祇園山笠と並ぶ博多のお祭りだよ。毎年5月にやってるんだけど……ただ……」

 

「ただ?」

 

「どんたくには嫌なジンクスがあってな」

 

「嫌な……ジンクス?」

 

博多どんたくは毎年5月に開催される祭りで祇園山笠と並ぶ博多の伝統的な祭りである。

しかしどんたくにはもはや風物詩といえるほどのジンクスが付きまとう。

 

それは"雨"である。

 

どんたくの日は決まって雨が降るのだ。

どんたくはもはや祭りではなく、雨乞いの儀式なのではという声まであるほどだ。

 

「ちなみに今年は晴天だった。ところがどっこい」

 

「?」

 

「どんたくが始まってしばらくしたら晴天だった何もない空に"突然雨雲が発生"してゲリラ豪雨になった」

 

「あ、そういえば……凄く激しい雨が降ったよね」

 

「そらもうサハラ砂漠でどんたくやったらいいんじゃね?ってレベルの豪雨やったね。あれはあたしもたまげたばい」

 

多少の雨なら祭りは続行するのだが、この時ばかりはあまりの激しい豪雨のためにプログラム半ばでどんたくは中止となってしまった。

そのためこの博多祇園山笠を成功させるため、血気盛んな男達は凄まじい覇気を発していた。殺気すら感じるほどだ。

 

「そうや!龍馬、あんたディレットちゃんとルミちゃん連れて山笠見に行ってきーよ」

 

「ええ!?嫌だよ!めんどくさ……うっ……」

 

ディレットとルミナは目に星を輝かせながら期待の眼差しで龍馬を見つめてくる。二人の目から飛び出してくる無数の星が龍馬に突き刺さり、とても断れる状況ではなかった。

龍馬としては山笠は交通規制がかかるわ、人混みは凄いわでめんどくさいことこの上ないから今まで一回しか見に行ったことがなかったし、出来れば行きたくないのだが、二人からこうも期待の眼差しで見つめられてはそうも言ってられなかった。

 

「わーった!わーったって!連れてくよ!」

 

「「やったー!」」

 

ディレットとルミナは大喜びで両手を合わせる。もっとも、ルミナはピクシーなのでディレットとは手の大きさが全然合わないが。

 

「博多祇園山笠は7月の1日から15日まであるんやけど、クライマックスの15日が一番見所やからそれに行ってきー」

 

「「はーい!」」

 

 

 

そして7月も半ばに差し掛かろうとしたある日。

ふくまるの店内ではディレットのバイト中にラーメンを食べに来た龍馬が店内のテレビで現在生中継をしている山笠を見ていた。

 

「相変わらず暑苦しい祭りだ」

 

「……お尻だらけだね」

 

店内の仕事が落ち着いたディレットが横にやってきてボソッと呟く。

博多祇園山笠では舁き山を運ぶ男達は皆白い法被に下はふんどし一丁なため、その後ろ姿はほとんど臀部(でんぶ)が丸出しの状態である。

このため、山笠を"無数の男の尻を眺める祭り"と揶揄(やゆ)する者もいる。

 

「……それは突っ込んでやるな」

 

「でも凄い迫力だね。実際に見たらもっと盛り上がりそう」

 

「その前にまずいい位置で見れるかどうかだけどな。見ての通りすげー人だかりだもんな」

 

山笠では大幅な交通規制が敷かれるため、車はもちろん、徒歩でも移動は困難になる。加えてこの人だかりだ。良いポジションを確保するのは難しい。

 

「ディレットちゃん、山笠行ってくるの?」

 

厨房で片付けをしていたレナが出てきてディレットに声をかける。

 

「うん、リョーマと一緒にね」

 

「そうなんだ。良かったら写真撮ってきてね。私、動けないほどの人混みはあんまり好きじゃないんだ」

 

「うん、わかった!任せて」

 

ディレットはグッと親指を立てて軽くウインクをする。

 

「でもいい写真撮れる位置に行けるかなぁ?」

 

「ま、あとは当日の運次第だろ。人混みに押されてはぐれないように気を付けろよ」

 

「うん!」

 

ディレットは異界の祭りをいい場所で見られることを願いながらクライマックスの15日を心待ちにするのであった。

そしていよいよ7月の15日。"追い山"と呼ばれる博多祇園山笠のフィナーレにして一番の盛り上がりを見せる日がやってきた。

この日は午前5時という早朝から櫛田神社に8つの山笠が"櫛田入り"し、まだ薄暗い夜明けの博多の街へと繰り出していく。

どんたくの日とは違って穏やかな天候に恵まれ、舁き手の男達も観客も既に太陽が真上に登ったかのような熱気を発していた。

 

「て、テレビで見るより凄い人だかりだね」

 

「だから言ったろ」

 

自宅やふくまるのテレビで見た生放送よりも遥かに多い観客の数にディレットは驚きを隠せない。ここまでの人だかりは5月のコミックシティ以来だ。

 

「暑い苦しい喉乾いた~!!」

 

「人の頭の上でダメになってるダメ妖精が何を言ってるんだ」

 

まだ太陽は昇っていないにも関わらず昨日から暑い熱帯夜が続いたためルミナは龍馬の頭の上で熱気にやられてダウンしている。しかもうつ伏せに大の字になってまるでヒトデのように龍馬の頭に乗っているのでルミナのせいで頭が蒸れてこちらまで暑い。早くどいてもらいたい。

 

「ほら、お茶」

 

母の助言であらかじめ用意しておいた肩掛け式の小さなクーラーバッグから350ミリリットルサイズの小さなペットボトルのお茶を取り出す。ルミナは羽根を羽ばたかせながら急いで龍馬の手元に行くとそれを受け取って急いで口にする。

小さな身体のルミナが両手で掴み上げてゴクゴクと飲む様はまるで哺乳瓶を持つ赤子のようで龍馬はちょっとおかしくなった。

 

「ぷはぁっ~!生き返るね~!」

 

「おっさんかお前は」

 

龍馬は少し大きい500ミリリットルサイズのお茶を取り出すとディレットに渡し、自分も同じサイズのお茶を取り出して飲む。

現在、龍馬達がいるのは山笠が通るルートの中でも一番道が広く人が集まる大博通りである。

それにしても……暑い。

ただでさえこの人だかりと熱気だ。気を付けないと熱中症になってしまいそうだ。

 

「ディレット、大丈夫か?」

 

「うん、なんとか……」

 

ディレットはそういうが、彼女も大量の汗をかいており、かなり辛そうだ。

と、その時人だかりの先頭がざわつき始めた。

 

「!来たぞディレット!カメラの準備はいいか!?」

 

「ふぇ!?え、えっとスマホスマホ……」

 

慌ててスマホを取り出そうとするので手に持っていたお茶を落としそうになる。

 

「ああもう、それ貸せ!」

 

龍馬はディレットからお茶を受け取ってクーラーボックスへ放り込む。

ディレットは急いでカメラを起動して動画撮影モードで頭上にスマホを掲げる。

そして数十秒後。ついに舁き山と舁き手の男達が現れた。

 

「おっしょい!!!!」

 

「おっしょい!!!!」

 

「おっしょい!!!!」

 

「おっしょい!!!!」

 

"わっしょい"ではなく"おっしょい"という独特の掛け声と共に男達がゆっくりと進んでいく。

そして徐々にスピードを上げ始めた。

 

「オイサ!!」

 

「オイサ!!」

 

「オイサ!!」

 

「オイサ!!」

 

掛け声が徐々に短い"オイサ"という声に変わっていき、観客のテンションも上がっていく。

舁き山が幾人もの博多の男達の手によって優雅に、しかし力強く進んでいく様はディレットやルミナに衝撃を与えた。

あらかじめテレビで見てはいたものの、やはりテレビと直接見るのとでは迫力が桁違いだ。ディレットはしっかりと写真と動画にこの博多の祭りの様子を記録した。

 

「よしディレット、移動するぞ」

 

「え?でもまだヤマカサがそこに……」

 

「いいから!早く来い!フィナーレを見たいだろ?」

 

「え?う、うん!」

 

まだ舁き山が目の前を通過しているにも関わらず、龍馬はディレットに移動を促す。

それは博多祇園山笠の追い山を締めくくるゴール地点の"ある場所"へと移動した。

須崎町問屋街にある石村萬盛堂前だ。

ここは明治38年創業の菓子屋で和菓子と洋菓子両方を作り続けており、さらに日本固有の文化である"ホワイトデー"を考案した店である。

15日の追い山のゴール地点はここであり、早くも山笠が近づいている。

 

「オイサ!!!!」

 

「オイサァ!!!!」

 

「オイサァ!!!!」

 

「オイサ!!!!」

 

ゴールが近づき、男達の掛け声もより高くなる。

そして山笠がゴールし、観客達から盛大な拍手と歓声があがる。

 

「すごい、すごーい!!」

 

ディレットはピョンピョン跳ねながら頭上で拍手をしており、ルミナも頭上を飛び回ってはしゃいでいる。

 

「ハァ……ハァ……間に合ってよかった……」

 

ここまで全速力で来たので龍馬は息が上がってしまっていたが、ディレットはあまりの楽しさに疲れすら忘れているようだ。

 

そして山笠のゴールタイムが発表され、2016年の博多祇園山笠は終わりを告げた……

 

 

かに思えたが。

 

 

 

龍馬は最後に"ある流派"の山笠の終わりをディレットに見せようと"西流"と呼ばれる流の山小屋にやってきた。

 

「リョーマ、何が始まるの?」

 

「第三次大戦だ…………じゃなくて、まあ見てりゃあ分かるよ」

 

役目を終えた山笠が山小屋に戻ると男達が手拍子と共にある歌を歌い始めた。

 

 

 

祝い目出度の若松様よ 若松様よ

 

枝も栄ゆりゃ葉もしゅげる

 

エーイーショウエ エーイショウエー

 

ショウエイ ショウエイ ションガネ

 

アレワイサソ エサソエー ショーンガネー

 

 

 

「……リョーマ、この歌は?」

 

「これは"祝いめでた"って歌で博多に伝わる祝いの歌さ」

 

祝いめでたは伊勢音頭が発祥と言われている。

江戸時代、住んでいる地域から自由に出ることが許されなかった時代に唯一出ることが出来たのが"お伊勢参り"であり、お伊勢参りに出た人々がお伊勢さんで歌われる歌を持ち帰ったことが発祥なのだとか。

 

「さあ、ディレット。ここからちょっと過激なもんが見れるぜ」

 

「え?」

 

歌が終わると驚きの光景が目に飛び込んできた。

なんと山笠に男達が我先にと登り、山笠の飾りや人形を引きちぎって奪い合いを始めたではないか。これにはディレットもルミナも驚きを隠せなかった。

 

「りょ、リョーマ!!なにあれ!?」

 

「みんなでヤマカサの飾りを奪い合ってる……!?」

 

「あれが山笠の"西流"だけがやっている"山崩し"ってやつさ。ああやって飾りを奪い合って手にする事が出来れば一年間、無病息災で過ごせるって言い伝えがあるんだ」

 

しかしそれにしても激しすぎではないだろうか。山笠に登った男達はもはや殴り合いの域に達する勢いで飾りを壊し、奪っていく。

と、その中で飾りを奪った一人の男性が足を滑らせ、山笠から落下した。

 

「!!」

 

不幸な事に落下した先には人が少なく、男性は身体を強く地面に打ち付け、苦悶の声を上げる。

 

「ぐああっ……!!」

 

「お、おい!!大変だ!!誰か!!救急車を呼んでくれ!!」

 

男性は頭部から出血しており、意識はあるものの激痛に顔を歪ませている。

それを見たディレットは言うが早いかーーーー男性の元に駆け出していた。

 

「お、おいディレット!?」

 

龍馬も慌てて後を追う。

 

「どいて!!」

 

ディレットは倒れた男性の周りに群がる野次馬を押し退けて男性に駆け寄る。

そして男性に手をかざし、精霊魔法を唱える。

 

「我が身体に宿りし森の精霊よ……その力を以て傷付いた戦士を癒したまえ……ヒール!!」

 

精霊魔法の青白い光が男性を包み、傷と痛みが引いていく。

 

「もう大丈夫ですよ」

 

「あ、あれ……痛くない……?血も止まってる……?」

 

男性はゆっくりと起き上がり、頭をさする。

傷の感触すらなくなっている。まるで最初からなかったかのように。

 

「おお!エルフのお嬢さんが治してくれたぞ!」

 

「魔法で治しちまうなんてな!さすが異界人!」

 

「魔法のちからって、すげー!!」

 

周囲の人々から拍手と歓声がディレットに惜しみ無く贈られる。

 

「え、えへへ……どうも……い、行こ、リョーマ……」

 

照れ笑いをしながらディレットは龍馬の手を引いてそそくさと立ち去ろうとする。

 

「ま、待ってくれ!」

 

「?」

 

ディレットが治療した男性は慌てて立ち上がり、ディレットに握り締めていた山笠の飾りを差し出した。

 

「これ……必死で取ったけど君にやるよ。助けてくれたお礼だ」

 

「え?でもこれ……」

 

「いいんだ。今はこんなものしかないが受け取って欲しい。しかし、無病息災のご利益を勝ち取ろうとしていきなり怪我するなんて皮肉な話だな……」

 

男性はハハハ、と笑ってディレットに山笠の飾りを差し出す。

 

「あ、ありがとうございます。大事にします!」

 

「無病息災のご利益は君にあるといいな。助けてくれて本当にありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

その後、男性は大事を取って救急車で最寄りの病院に搬送された。

そして数日後。

 

 

 

「"今年も山笠が終わりました。博多の街は熱気が過ぎ去り、いつもの日常へと戻って行きます。そんな中、山笠の終わりに起きたある事故。その事故でエルフの女性がお手柄です"」

 

 

 

ふくまるにてラーメンを食べながら店内のテレビに目をやる龍馬。

 

「おい、これディレットのことじゃねぇの?」

 

「え?なになに?」

 

「なんだいなんだい?」

 

「どうしたの?」

 

「一体何?」

 

おばちゃんと愛華とレナまで厨房から出てきた。

 

 

「"数日前の山笠の西流の山崩しにおいて落下事故がありました。男性は頭と身体を強く打ち、重傷を負いましたが、突如観客のエルフの女性が駆け寄り、魔法で男性を治療したとのことです"」

 

その後怪我をしたあの男性へのインタビューに映像が変わり、番組は進んでいく。

男性はあの時名乗っていなかったディレットにまた会えるのならば今度はきちんとしたお礼がしたいとインタビューで答えていた。

 

「ディレットちゃん、すごいね!魔法で治しちゃうなんて!」

 

「いやあ……えへへ……」

 

そう言ってディレットは照れながら頭をさする。

愛華やおばちゃん達にももてはやされながらディレットは仕事に戻る。

バイトを終え帰宅したその日の夜、ディレットは自室で机に座って男性からもらった山笠の飾りの一部を眺めていた。

 

「(無病息災、か……出来れば私だけじゃなく私の周りみんなにもご利益があるといいな)」

 

ディレットはそんなことを考えながら異界の祭りで手に入れた思いがけない戦利品を大事にしまうと眠りにつくのだった。

 

 

博多祇園山笠。

博多の街を彩る伝統の祭りはこれからも博多の人々を熱狂の渦へと巻き込んで行くだろう。

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