アナザー・ディメンジョン -異界交流記-   作:誠龍

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第33話 夏、海、バイトにて。

7月下旬。ついに学生たちが待ちに待った夏休みがやってきた。

修了式の日から向こう一週間は晴れの日が続くらしく、夏休みは好調なスタートを切った。

夏休みが始まってしばらくしたある日の事、龍馬・ディレット・勇斗・千春の四人はバイクに乗り、福津市へと向かっていた。

そう、福津市の海水浴場にある海の家で三泊四日の短期バイトをするためだ。

普段のバイトよりも時給は高く、かつ旅行気分で行けるので皆乗り気だった。

唯一、アルバイト経験のない千春が最初は「自分に出来るのか心配だ」と渋い顔をしていたが、高1の時に一度働いた経験のある龍馬と勇斗が全力でサポートするということと、ディレットの強い希望により千春もついていくことになった。

 

「都市高速から行くぞー」

 

晴れて全員がバイクに乗れるようになったため、遂に高速道路を使えるようになった。

天神北ICから都市高速に乗り香椎東ICで降りて国道3号線を走り、そのまま福津市まで行くルートだ。

四人は料金所に入る……が、勇斗だけ違う入り口へ。

 

「"悪い悪い!先に行っててくれ!"」

 

ヘッドセットから勇斗の声が聞こえる。勇斗はバイクに跨がったまま高速道路の利用料金を支払う。

 

「ったく、早くETC付けろよお前」

 

「"うち親がどケチだからよー。ETC用のクレジットカード作ってくれないんだよー"」

 

ETCとはElectronic Toll Collection System(電子料金収受システム)の略で利用料金が必要な高速道路に進入する際に料金所で現金のやり取りを必要とせず、ETC用クレジットカードとその端末による料金所ゲートとの通信で車両を停止させずに料金の支払いが出来るシステムである。

当然利用にはクレジットカードが必要で高校生である龍馬達はクレジットカードの作成は出来ない。そのため親名義の家族カードを親に作ってもらい、それでETCを取り付けている。

だが勇斗はETCを取り付けていないため、料金所で現金を払う必要があるのだ。

しばらく走ると後ろから勇斗が追い付いてきた。

そのまま高速道路を走り、香椎東ICを目指す。

都市高速は高い位置にあるので横風が強く、バランスを崩しやすい。龍馬と勇斗はともかくとしてディレットと千春は風に煽られて若干ふらついていた。

 

「おい、ディレット!須崎!大丈夫か!?」

 

「"な、なんとか~……!"」

 

「"都市高速ってこんなに風強かったの!?怖すぎでしょ!!"」

 

二人とも高速は初だ。特にディレットは免許取得からまだ日が浅い。普通よりも早いスピードで進行する高速道路の恐怖心に加え、この強い横風だ。その恐ろしさは計り知れない。

なんとか高速道路を走り抜け、香椎東ICで降りた彼等は国道3号線を北上して新宮・古賀と抜け、福津市へ到着する。

福津市へ入るとまずは龍馬の祖父である平蔵の家へ向かう。

 

「いらっしゃい!みんなよー来たのお!」

 

「待っとったよぉ。さ、とりあえず部屋に荷物置いてきんしゃい!」

 

「ワンワンッ!」

 

家へ付くと平蔵とヨネ子とターボが龍馬達一向を出迎えてくれた。

 

「おじいさん、おばあさん!お久しぶりっす!」

 

「おお!お前勇斗か!相変わらずデカいやっちゃのう!元気しとったか?またデカくなったんやないか?」

 

「ええ、おかげさまで」

 

勇斗は龍馬に連れられて何度か一緒に遊びに来たことがある。そのため平蔵とヨネ子とは面識があった。

 

「は、初めまして。須崎千春と申します」

 

若干緊張しながら千春が二人に挨拶をした。

同年代の友達の家すらほとんど行ったことがない千春は龍馬の祖父母の家ということでいつも以上に緊張していた。

 

「あら~、こらまたあんたこげなべっぴんさん連れてきてからに。龍馬、あんた"モテ期"っちゅうとが来たんやないとね?ヒッヒ!」

 

からかうようにヨネ子が笑いながら龍馬の肩を叩く。

平蔵とヨネ子は嬉しく思っていた。小中学生時代、友達のいなかった龍馬の過去をよく知る平蔵とヨネ子。当時は家を留守にしがちだった両親に代わって龍馬の唯一の心の拠り所だった。いつも週末は電車とバスを乗り継いで泊まりに来ては祖父母やターボとばかり遊んでいた。

同年代の友達がいない龍馬の将来を二人は心配していたが、杞憂に終わったようだと二人は安堵の笑みを浮かべた。

 

「りょ、リョーマあぁ~!!」

 

その時、バイクを止めている納屋の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

その声を聞いた瞬間龍馬は「しまった」と思った。

声の主はルミナだ。フラフラとこちらへ飛んでくる。

 

「ひどいよリョーマ!私のこと忘れてたでしょ!」

 

「悪い。ガチで忘れてたわ」

 

高速道路を走るに当たってポケットやリュックは危険だと判断した龍馬はルミナをシートバッグの中に避難させていたのだ。

高速道路を出たらポケットかリュックに移動してもらう予定だったのだが、そのまま龍馬達は福津市へ一直線。すっかり彼女の事を忘れていた。

そもそもルミナは連れてくる予定は無かったのだが、彼女がどうしても行きたいと言うので仕方なく連れてきた次第である。

 

「あらっ!まあ~このかわいらしい妖精さんはどちらさん?」

 

「こげな小さい女ん子初めて見たばい」

 

ピクシー族を初めて目にする平蔵とヨネ子は興味津々でルミナに近づく。

 

「あ……初めまして、リョーマのおじいさんとおばあさん。私はピクシー族のルミナといいます」

 

空中で羽を羽ばたかせながらルミナはぺこりとお辞儀をする。

 

「お行儀のいい妖精さんやねぇ。よろしくね。……ああ、そうたい。みんな立ち話もあれやけん、はよ家入ってちょっと休みぃ。バイト昼からやろ?」

 

ヨネ子が案内し、龍馬達は家へと入る。

荷物を置くと龍馬は時計を確認する。時刻は午前11時前。アルバイトは午後1時からなのでまだ余裕がある。

ヨネ子は気を利かせてそうめんを作っていて、龍馬達はヨネ子のそうめんを昼食にいただいてから海に行くための準備をする。

海岸までは徒歩で行く。皆Tシャツに半ズボンとビーチサンダルを履く。ディレットと千春はショートパンツを履いている。

日焼け止めをはじめ、最低限の手荷物を持ったら福間海岸へと向かう。

 

「行ってらっしゃーい」

 

「気をつけりーよー」

 

「哲治によろしくなー!」

 

五十嵐夫妻と居残りのルミナ(海は苦手らしい)に見送られて龍馬達は出発した。

 

 

 

 

"海の家 潮の里"

 

 

 

龍馬達がやってきた海の家には看板にそう書かれていた。

 

「おう!久しぶりだな、龍馬に勇斗!今年も来てくれて嬉しいよ!」

 

「今年はお友達も多いわねえ。異世界の人まで……みんな、頑張ってね」

 

そう言って龍馬達を歓迎してくれたのは角刈りとチョビ髭が特徴の男性。平蔵の地元の飲み仲間であり、この海の家を経営する花田哲治(はなだてつじ)と妻の明美(あけみ)だ。

かきいれ時となる夏休みシーズンは毎年のようにこうやって短期のアルバイトを募集している。

 

「哲治さん、またよろしくお願いします!」

 

「うっし!いい声だ龍馬!じゃあ、早速だが午前中のバイトの子達と交代してくれ!男は調理やバーベキュー台の炭や網の交換、女の子達はうちの嫁さんと一緒にお客さんの注文取って配膳作業を頼む!」

 

龍馬達は各々の作業に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

「リョーマ!ヤキソバひとつお願い!」

 

「あいよ!」

 

「城島!こっちはカレーライスとフランクフルト!」

 

「了解!」

 

ディレットと千春が取ったオーダーの通りに厨房の男三人が調理をしていく。

龍馬も勇斗も慣れているのか手早く調理して盛り付けていく。

出来上がった料理を並べていき、ディレットと千春がそれを運んでいく。

 

「ヤキソバお待たせしましたー!」

 

「カレーライスとフランクフルト、お待たせしましたー!」

 

それにしても……忙しい。

 

この日の気温は31℃。雲一つない空はまさに絶好の海水浴日和だが、海だけに押し寄せる海水浴客の波に飲まれそうだ。

日陰である場所でもかなり暑いのに厨房にいる龍馬達はなおのこと地獄だ。鍋や鉄板からくる熱気が彼等の体力を奪っていく。

それでも三人は頭に海賊のごとくタオルを巻いて汗を拭いながらオーダーをこなしていく。

 

「リョーマ……!か、カキ氷……ひとつ……!」

 

「城島……!こっち焼きうどんね……!」

 

「へ、へい……」

 

「りょ、りょ~……」

 

既に全員疲れの色が見え始めている。

いや、見え始めているとかいうレベルではない。むしろもう疲れている。

そんな身体に鞭を打ちつつ、四人はアルバイトをこなした。

 

 

そして夕方。

 

 

 

「ああ~……やっと終わった~……」

 

「つ、疲れた……」

 

「フクマルよりハードだよ……」

 

「バイトってこんなに大変なのね……」

 

皆、疲れ果てて客のいなくなった店内の座敷にぶっ倒れている。

満身創痍。疲労困憊。そんな四字熟語が四人の脳裏に浮かぶ。

 

「おう!みんなご苦労さん!助かったよ!さ、疲れたろ。これは今日の分な!」

 

哲治はそう言って龍馬達に茶封筒を渡す。日払いなので今日の分の給与が支払われた。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

龍馬はカバンにそれをしまい、フラフラと立ち上がった。

 

「みんな帰ろうぜ……」

 

龍馬の声に従い、皆無言で立ち上がる。他の三人のスタミナももう限界だ。回避もガードも出来ないくらいに。

 

「明日は午前中だけだから終わったら海水浴でもしていけよ!じゃ!」

 

「「「「は~い……」」」」

 

この日の福間海岸には美しい夕陽が沈みつつあり、絶景を見れるタイミングだったのだが疲労困憊の龍馬達にはそんな余裕はなかったのは言うまでもない。

 

 

 

翌日。

 

 

 

「おらああああああ!!!!」

 

凄まじい気合いで朝から鉄板で焼きそばを焼く龍馬。言ってしまえば空元気なのだが、こうでもしないと前日の疲れを誤魔化せない。

 

「どおりゃああああ!!!!」

 

勇斗も凄い勢いでフライパンを振っている。

 

「おー、おー。若いっていいねえ。ハッハッハ」

 

その様子を視ながら汗だくの哲治が言う。彼は汗だくでこそあるものの、まるで疲れている様子がない。流石この商売のベテランだけある。

 

「リョーマ!ヤキソバまだ!?」

 

「今作っとるわあああああ!!」

 

「城島!焼き飯早くして!!」

 

「わかっとるがなああああ!!」

 

ここはまるで戦場だ。今日は土曜日のため昨日以上に客が多い。しかも哲治と明美もフル稼働しているにも関わらずだんだん客が回せなくなってきた。

 

「せめてあと一人いれば……!」

 

だが午前中は花田夫妻の他にはアルバイトは龍馬達しかいない。なんとか自分達で回すしかない。

 

「お困りのようですねぇ、皆さん。私が手伝ってもいいんじゃよ?」

 

「おお!レナ!助かった!じゃあ、早速…………え?」

 

厨房に颯爽と現れたのはレナ。ハチマキを付けたいつもの出で立ちである。やはりグローブも着用している。

 

「れ、レナ!なんでここに!?」

 

「実は……」

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど……おばちゃんがぎっくり腰で急遽店はお休み、と」

 

「そうなんだよ。私と愛華姉ちゃんだけでも店を開こうと思ったんだけど、おばさんがラーメンにこだわりを持ちすぎてるが故に私や愛華姉ちゃんは鍋を触らせてもらえなかったんだ。時に料理人のこだわりは漬物石よりも堅いんだよねぅ……看病は愛華姉ちゃんがやってくれてるし、龍馬の家にフラリと行ったらお母さんがここ教えてくれたんだ。どうせ暇だからちょっと遠出してみたってわけ」

 

「ありがてえ!哲治さん、彼女も雇ってもらえますか!?」

 

「あ、ああ……人手が増えるのは助かるよ!君、名前は?」

 

「私、真龍寺レナって言います!配膳も調理もお手のものですよ!」

 

「そうか、ようしレナちゃん!じゃあ、まずは配膳を頼むよ!」

 

 

 

 

調理と配膳、両方をこなすミッドフィルダー・レナがメンバーに加わったことで客を回すのがかなり容易になった。

彼女は素早く厨房と表を行き来して配膳が滞れば表に、注文が増えて厨房が多忙になれば調理を担当して料理を作る。

さらに目に見えて売り上げが上がっているのがわかる。理由はレナの存在だ。

前にも言ったが、彼女はコミュ力の塊みたいな存在な上に見た目の可愛さに惹かれてくる客も多いのだ。

さらに小さな子供への対応も完璧で、子連れの海水浴客からの評判も上々である。

 

「……彼女、仕事も出来るし客寄せパンダにもなってくれるな。本当にありがたいよ」

 

「あいつ、コミュ力オバケですからね」

 

こうしてこの日の午前のシフトは無事に終わり、哲治は普段の倍以上の売り上げに飛び上がって驚くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「海だー!!」

 

「イエーイ!!」

 

午後の仕事はないので龍馬と勇斗は海パンに履き替えて海に飛び込む。

ザバザバと泳ぎ、女性陣を待つ。

 

「リョーマー!お待たせー!」

 

海岸からディレットの声が聞こえてくる。

振り替えるとそこには白い水着を着用したディレットの姿が。

さらに隣には黒い水着を着た千春にフィットネスタイプの水着を着たレナがいる。

ディレットはなかなかのナイスバディで千春はスレンダーでいつもとは違う大人っぽさがある。

レナの水着はその辺で買ってきた水着らしい。一見すると一番色気が無いようにも見えるが、ピッチリとしたアスリート用の水着は身体のラインをくっきりと強調していてある意味は一番破壊力があるかもしれない。

 

「私、海で泳ぐなんて久しぶりだよ。久々に思いっきりクロールしちゃおーっと!」

 

そう言ってレナは龍馬達の近くまで飛び込んでくる。

 

「ちょ、ちょっと。ジロジロ見ないでよね!」

 

千春が胸の辺りで手を組ながら頬を赤らめる。

 

「大丈夫だろ。見るほどねえし」

 

「………………(プチッ)」

 

龍馬の余計な一言で千春の何かが切れた。千春はザブザブと海に入って無言で龍馬に近づいてくる。

 

「……え?あの?須崎さん……?」

 

千春は突然龍馬の頭を押さえ付けると海中に無理矢理沈めていく。

 

「一生海の底に沈んでろ!!!!!!」

 

「ボボボボボボボボッボゥ!ボ!たすけてぇ!僕はまだッ死にたくないッ!

死にたくないボボボボッボーボッボッホ!ボッホ!」

 

……因果応報なり。

その後五人は夕方まで海水浴を楽しみ、明日の最終日に向けて早めに帰宅して休むことにした。なお、レナはそのまま博多へと帰った。

 

 

 

 

そして最終日。

日曜日の午後とあってか、夕方が近付くに連れて客足も落ち着いてきた。

仕事はまだ明日からもずっと続くが、龍馬達は今日までだ。

 

「三日間……あっという間だったな」

 

「忙しかったけどなんだかんだで楽しかったな」

 

調理をしながら龍馬と勇斗はそんな他愛ない会話を交わす。

あと三時間もすれば短期のバイトは終わり、明日には博多へと帰る。

客もまばらですんなりと終わると思っていた。

 

「や、やめてください!」

 

表からディレットの声が聞こえた。その声にただならぬ気配を感じ、龍馬は飛び出す。

表に出ると作業中のディレットの手を引く茶髪の男が。

 

「いいじゃんよーぉ。このあとヒマなんだろ?俺達とどっか行こうぜ?」

 

「お、お客様!困ります!彼女はうちの従業員ですよ!?」

 

「や、やめなさいよあなた達!警察を呼ぶわよ!」

 

男の不埒な行為を諫めようと明美と千春が尽力しているが、男は一行にディレットの手を離そうとしない。

 

「おいテメェ!!何やってんだ!!」

 

龍馬が声を荒げて叫ぶ。茶髪にピアスをした柄の悪い男はこちらを見る。

 

「ああ?うるせぇなあ?こちとら金払ってやってんだぞ?」

 

「リョーマ……助けて……!」

 

ディレットがそう言って助けを求めた瞬間、男の力が緩んだ。

 

「リョーマ……?」

 

ディレットは男の手を振りほどくと龍馬に駆け寄り、後ろに隠れた。

ーーーー男はその名に聞き覚えがあった。いや、聞き覚えどころではない。

忘れたくても忘れられない。己の人生にトラウマを植え付けた、あのーーーー。

 

「お、お前……ま、まさか……斎藤……?」

 

男の声が恐怖に震えた。先ほどまでの威勢はどこにもない。

 

「あぁ?誰だテメェは?……ん?」

 

龍馬もその顔に覚えがあった。

茶髪に変えて日焼けをし、若干顔つきが変わっているが……間違いない。こいつは……

 

「お前……佐古田か?」

 

佐古田。龍馬を小中に渡っていじめ続けたあのいじめグループのリーダー格。

 

「ほう……」

 

龍馬は不敵な笑みを浮かべる。

 

「テメェ、その汚ねぇ手でうちの同居人に手を出してタダで済むと思ってねぇだろうな?」

 

「ヒ、ヒイッ!」

 

龍馬が拳をゴキゴキといつも以上に鳴らすと佐古田は悲鳴を上げながら逃げ出す。

敵わない。敵うわけない。あいつには。

博多での龍馬の噂は他校の佐古田の耳にも入っていた。

 

"博多の怒龍"。その異名で不良達から恐れられる斎藤龍馬の噂を。

一度本気で怒られせれば最後の一人を倒すまで相手を殴り倒し暴れ出す恐るべき男。

聞けばあの暴走族チーム"九龍(クーロン)"をも半ば壊滅に追い込んだとの噂もある。

佐古田は中学の時に見た。今までいじめていたひ弱ないじめられっ子が怒れる"龍"と化す瞬間を。

今でもあの時のことが頭から離れない。あの時ガラス片を足に突き刺そうとしたあいつの怒りと憎しみに満ちた恐ろしい目ーーーーためらいなどありはしなかった。

あの"目"がーー佐古田に強いトラウマを残していた。

佐古田は慌てて海水浴場から逃げていく。

 

「ふんっ、根性なしが」

 

「リョーマ……ありがとう……」

 

「気にすんな」

 

その後、厨房からのんきに勇斗と哲治が「何かあったのか?」とヒョコヒョコ出てきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、これ今日の分の給料ね!三日間お疲れ様!助かったよ!」

 

哲治から三日目の給料が配られる。こころなしか少し分厚い気もする。

 

「哲治さん、ありがとうございました!」

 

龍馬を筆頭に全員がお礼を言う。

 

「よかったら来年も来てくれよ!歓迎するぜ!」

 

「みんな本当にありがとうね。五十嵐さんご夫妻にもよろしく」

 

「はい、それじゃ!」

 

龍馬達は花田夫妻に見送られ海水浴場を後にした。

こうして龍馬達の夏の短期バイトは幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃……斎藤家

 

 

 

 

「異界旅行!?」

 

「ああ」

 

多数のパンフレットをテーブルに広げて龍一郎は告げる。

 

「今のうちにはそれだけの余裕がある。それに……」

 

「それに?なんね?」

 

「……ルミナちゃんのことだよ。彼女は表面上明るく振る舞ってるが、本当はお父さんとお母さんに会いたくてたまらないはずだ。これはルミナちゃんの故郷探しでもある」

 

「……」

 

涼子も龍一郎も聞いていた。以前ソファで眠っていたルミナが涙を流しながら"お父さん、お母さん"と寝言を言っていたのを。

 

「そのために色々準備もした。龍馬とディレットちゃんが夏休みのうちに……アルカ帝国へ行こう」

 

「……はあ……あたしもあと十年もせんうちに50になるけど……まさかこの年でファンタジーの異世界に行くことになるとは想像もしとらんやったばい」

 

「そんな顔をするな。ルミナちゃんの故郷を見つけたら彼女を故郷に帰す。あとは……そうだな。ディレットちゃんのご実家にでも挨拶しに行こうじゃないか」

 

「……そうやね。よし!そうと決まれば早速準備しよーかね!"善は急げ"っち言うやろーも!」

 

「そうだな。……ああ、龍馬達が帰ってきたらこの事を話しておかないとな」

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