アナザー・ディメンジョン -異界交流記-   作:誠龍

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第37話 涼子の一日女将

突然ぎっくり腰になってしまった、竜の髭亭おかみのアンナ。まったく彼女が動けない以上仕事にならないため、レベッカは慌てて店を一時閉店した。

ただちにディレットがヒールで回復させるが、ヒールは精霊の力で個人の治癒能力を促進させるだけで奇跡の力とは根本的に違う。痛みは和らぎ、とりあえず歩けるようにはなったものの、このままでは厨房に立つことは難しかった。

 

「ど、どうしよう……今はまだいいけど、夜になったら大勢のお客さんが……」

 

ここは酒場だ。しかも二階には冒険者用に宿もある。夜が一番賑わうのだ。

まだ日が落ちるまでは時間はあるが、アンナの腰はそう簡単には治るものではない。かと言ってレベッカには料理は作れない。仮に作れたとしても配膳まで手が回らない。

 

「あああ……どうすればいいの……」

 

レベッカは右往左往する。このままでは今夜は店を閉店せざるを得なくなり、そうなればせっかく仕入れた食材が無駄になってしまう。

特に保存技術の発達していないこの世界では魚はすぐに腐ってしまう。なるべくその日のうちに使いきらないといけないのだ。

 

「どうしたとね?」

 

酔って上機嫌の涼子が今にも泣き出しそうなレベッカの肩を叩いた。まだ顔が赤い。

 

「ああ、リョーコさん……おかみさんが腰をやられちゃって……これじゃ今日の夜の営業が……」

 

レベッカは事情を話す。このままでは夜の営業が不可能になること。自分ではアンナのように料理は作れないこと。

すると酔っていた涼子の顔が突然引き締まり、泣きそうなレベッカを慰める。

 

「……そうね。そら大変やが。……ね、レベッカちゃん。あれやったらおかみさんの代わり、あたしができんやろか?」

 

「えっ?」

 

「夜までに何とかすればいいんやろ?あたしはこう見えても料理には自身があるんよ。今日一日くらい、何とかなろーや」

 

「で、でも……」

 

「いいって!テーブル壊したし、お店で騒ぎを起こしたし、そのお詫びっち思うときゃあいいけん。ただ、あたしかまどとか使ったことないけんそこらへんは色々教えて?」

 

「……わかりました!ではリョーコさん、お願いします!」

 

「ん!任せとき!」

 

こうして涼子による竜の髭亭の一日女将が始まった。

まずは厨房の確認。かまどや調理器具を確認すると、次に店にある食材を確認する。まず野菜からだ。

色とりどりの野菜を見てみるが、どれも地球の野菜とは似て非なる。涼子はレベッカに野菜の特徴を聞いた。手に取ったのは丸みを帯びた茶色いジャガイモのような野菜だ。

 

「これなんね?ジャガイモに似とるけど」

 

「それはポルタットという芋です。かなり硬い芋なので柔らかくなるまで煮込んでスープやシチューの材料として使われてます」

 

「ふーん……これは?」

 

次に手に取ったのはグネグネと曲がりくねった赤い根菜だ。

 

「キャローテという野菜です。シチューや肉料理の付け合わせとして使います」

 

「こっちで言うとこのニンジンか。こっちは?」

 

その隣にあった白く小さな根菜。大きさはニンジン程度で見た目は"ニンジンの形をした大根"のような外見をしている。

 

「それはホワイトキャローテです。サラダなんかの具として使います」

 

「ふむ……」

 

涼子はそばにあった包丁を手に取ると端を小さく切り落として生のまま口にする。

 

「……ふむふむ……ってまんま大根やんけ!!でもレベッカちゃん、これはサマージの塩焼きにいけるばい!」

 

「え?サマージのですか?」

 

「そうたい。まっ、詳しくは後や」

 

ホワイトキャローテの試食を終えた涼子は他の野菜も味を確認する。なるほど、こちらの世界の野菜に似ている外見のものは味も大体同じだ。天井から吊るされている二種類の肉を見た。

 

「これはブラウンボアの肉やね。こっちの肉は?」

 

「コカトリスという鶏の肉です。さっぱりしてて美味しいんですよ!」

 

「鶏肉か……炒めものの具としては最高やな……いや、待てよ……鍋物がいいかねぇ?」

 

肉や野菜の次は魚を確認する。魚はサマージの他にカレイのような平べったいクワルドといった魚もあった。

その他にも色々な食材を確認した涼子はしばらく考え込みーーそしてーー。

 

「よし、大体固まった」

 

「え?な、何がですか?」

 

「レベッカちゃん。あたしはこっちの世界の料理を知らん。レシピを見るか実際の飯を食わんとアンナさんの料理全部を再現するとは無理や。そこでな……」

 

涼子がレベッカに出した提案は驚くべきものだった。

 

 

 

 

「今日一日、店のメニューを全部あたし流に変える!!」

 

「ええー!?!?」

 

 

 

 

数十分後、レベッカは涼子や龍一郎、龍馬と共に何故かランドクルーザーの助手席に乗っていた。

必要なものの買い出しに行くためだ。ちなみにレベッカ、龍一郎、龍馬の三人以外は店に置いてきた。今は皆で店の片付けと夜に向けての開店準備をしている。

 

「す、すごい……馬もないのに走ってる……!」

 

「車乗るとは初めてやったね。どうね?異世界の乗りもんは」

 

「乗り心地はどうかな?」

 

龍一郎はランドクルーザーを運転しながら隣にいるレベッカを見る。

 

「凄いです!!とっても楽しい!!」

 

レベッカは窓の外を見てこちらを凝視する人々に手を振る。龍一郎はそれを見て助手席のパワーウィンドウの開閉スイッチを押した。 ウィーンという音と共に窓が開き、レベッカが驚いた。

 

「わ!?窓が勝手に開いた!?」

 

レベッカは勝手に開いた窓(実際は龍一郎がスイッチで操作しているだけだが)から町の人々に向かって手を振る。

 

「おーい!」

 

窓から手を振るレベッカを見てさらに驚く人々。

無理もない。ただでさえ異質な異界の"ジドウシャ"なる乗り物によく見知った酒場の看板娘が乗っていたのだから。

 

「おい……!?あれ、レベッカじゃねぇか!?」

 

「なんで異界の乗り物にあいつが……!?」

 

ランドクルーザーの乗り心地を堪能しつつ、レベッカは斎藤一家と共にしばしの自動車の旅を楽しむのであった。

 

 

 

 

 

しばらく走ると龍一郎はある店の前に車を止めた。

"雑貨屋カムラン"。店にはそう書かれていた。

涼子はこの世界で和食を作ろうと日本の調味料を売っていると言っていたこの店を思い出し、やってきたのであった。

龍一郎は車に残り、涼子とレベッカと龍馬の三人が車から降りて店へと向かう。

 

「キースさん!また来ましたよー!」

 

龍馬が先に入店し、カウンターにいたキースに声をかける。隣にはマルタもおり、シャルルは店の棚を整理して手伝いをしていた。

 

「おお!リョーマさん!いらっしゃい!」

 

「あ!リョーマお兄ちゃん!」

 

「先ほどはありがとうございました」

 

「いえいえ、気にしないでください」

 

ラオグリッドの雇ったゴロツキ二人から勇斗と共にカムラン一家を守った龍馬。カムラン一家は龍馬には感謝してもしきれなかった。

 

「うちの息子がなんかやらかしたんですか?」

 

やらかした、とは失礼な物言いだ。龍馬はそう思いながら事の次第を説明する。

 

「そうやったんですか……うちの息子がおたくのお店を……龍馬、あんたようやるやないね」

 

涼子は我が子の頭をわしゃわしゃと撫でる。

 

「リョーマさんとご友人には危ないところを助けていただいて私達家族一同感謝しております。それで……リョーマさんのお母様。今日はどんなご用で?」

 

「私達、ニホン製の調味料を買いに来たんです!」

 

レベッカがずいと前に出て説明する。そしてアンナのぎっくり腰により涼子が代わりに竜の髭亭の女将をやることになったことも。

 

「なるほど、そういう事でしたら喜んでご協力させていただきますよ。こちらもニホン製調味料が売れるのならありがたい限りだ。なに、恩人のお母様だ。多少はサービスさせていただきますよ」

 

涼子は礼を言って店内にある醤油やみりん、砂糖を買い漁る。そしてそれ以外にもある物を発見した。

それは日本酒と味噌だ。こんなものまで置いてあるとはありがたい。

 

「味噌まであるとかすげえな!こらー買うしかなかろー!」

 

「ありがとうございます。仕入れたはいいものの、ニホン料理の作り方を誰も知らないものでそれもどうしようかと悩んでいたのですよ。ニホン酒は売れるのですがね」

 

「助かりますわ!」

 

涼子は更に最近帝国でも広まりつつある米を買う。しかもその米はピンク色のパッケージに入った、福岡県民には見慣れた米であった。

 

「まじか!"夢つくし"やんけ!」

 

夢つくしは昭和63年にコシヒカリとキヌヒカリを交配させて生まれた福岡県産の米である。

名前の由来は福岡県筑紫郡から。また、福岡県の遥か昔の地名である"筑紫の国"、誠意を"尽くす"というとこから取られている。

福岡県民にとっては非常にポピュラーな米だ。

 

「キースさん、あんた見る目がありますばい。この"夢つくし"って米はあたし達が住んどる福岡っていう場所で作られとる米なんですよ」

 

「おお!そうなのですか!何という偶然!いや、実は帝国大臣のボルド様がたまに個人的に買い物に来てくださるのですが、ボルド様は大のフクオカ推しなのです。ボルド様用にいくつか仕入れているものがあるのですが、今回はたまたま仕入れた数が多かったので表にも売りに出していたのです。

フクオカという地がどういう場所かは存じませんが、さぞ食べ物のうまい土地なのでしょうな」

 

「ええ、そりゃもう!」

 

涼子はキースと福岡の地について他愛ない雑談を交わしながら、必要なものを買い込む。

買い物を終えると荷物を車に詰め込み、竜の髭亭へと戻る。

途中バザー通りの屋台でブラウンボアの串焼きが屋台で売っていたので匂いに釣られて買い、三人で食べた。

味付けは塩のみだが、それが素材の味を引き立てる。

串焼きを食べ終えて車に戻ると、涼子の脳裏にある考えが浮かんだ。

 

「レベッカちゃん、この辺で木炭を売ってるような店知らん?」

 

「えっ?木炭ですか?うーん……売ってる店は知りませんが、鍛冶屋さんならあるかもしれませんよ」

 

「鍛冶屋?」

 

鍛冶屋では鉄鉱石を使って製鉄をし、それらが武器や防具、金物となる。

その際に鉄鉱石を製錬するために使われるのが木炭だ。

鉄鉱石を融解させ、鉄を抽出するには薪の火力では足りない。そこで鉄鉱石の酸化鉄から酸素を無くし鉄を抽出するために木炭が使われていたのだ。

涼子は"ある考え"のために鍛冶屋に行くよう龍一郎に伝え、レベッカのナビのもと帝都でも評判の高い鍛冶屋に向かった。

しかし向かってみると意外な人物がいた。なんとその鍛冶屋の店主は涼子が腕相撲で倒したドワーフその人だったのだ。

 

「何?木炭が欲しいじゃと!?駄目じゃ駄目じゃ!!お前にはやらん!!」

 

ドワーフの名はグレンディルといい、この帝都で一番の鍛冶屋だった。しかし涼子に負けたことを根に持っているのかなかなか了承してくれない。そこで涼子は奥の手を出すことにした。

 

「ごめんって。これやるけん炭譲って?お金もちゃんと払うけんさ」

 

涼子が出したのは料理用に買った日本酒の一升瓶。余分に三本ほど買っておいたが、仕方がない。ドワーフは酒好きということでこれを譲ることにした。

 

「む、むう……それはニホン酒……」

 

グレンディルは少し迷った。日本酒は酒精は弱めだが甘味とキレがあり、非常に美味い。酒を出されては酒好きのドワーフの性がうずくというもの。

 

「あと、協力してくれたら今日の夜に竜の髭亭で日本の美味い料理奢っちゃるけんさ、ね?」

 

「ニホンの……?ぐ……うむむ……」

 

グレンディルの心にさらに揺さぶりをかける涼子。そしてーー

 

「わかった!わかったわい!譲ってやる!その代わり美味い飯を食わせるんじゃぞ!?」

 

「任せときーや!ところでもうひとつお願いがあるんやけど、ここの炭ってグレンディルさんが作りよーと?」

 

「うむ。普通の鍛冶屋は何らかの方法で炭を買って仕入れているが、ワシは人と仕事をするのはあんまり好きじゃなくての。採掘も鍛冶もやれることは全部自分でやっとる。もちろん炭作りもな」

 

「そうなん?ならこういうのをお願いしたいんやけど……」

 

 

 

 

 

 

 

竜の髭亭に戻った涼子は表を龍馬達に任せ、レベッカとともに厨房へ入り仕込みを開始した。

まずは具となるブラウンボアの肉、ポルタット、キャローテを一口大に切る。次にシチュー用の鍋で湯を沸かして干してあったサマージの魚を入れて出汁を取る。

 

「リョーコさん、一体何を作るんですか?」

 

「豚汁たい」

 

「トンジル?」

 

涼子はこの世界で豚汁を作ろうと考えたのだ。

サマージで出汁を取ったら具を煮込んで味噌を投入する。味噌こしがないから少し粗が出るが、豚汁ならまあいいだろう。味噌を入れるといい香りが漂ってきた。

 

「すごくいい香り!これがミソの使い方なんですね!」

 

「そうたい、日本人はみんな味噌汁好きやけんね。……さあ、できた。ブラウンボアの豚汁や!」

 

ブラウンボアの肉を豪快に使った豚汁が完成した。涼子とレベッカの二人は豚汁を試食してみる。

 

「……美味しい!!」

 

「ん、美味いね。ネギとかこんにゃくとかごぼうがあればまだよかったんやけど」

 

出汁と味噌による濃厚だが繊細な味わい。ブラウンボアの肉と野菜が食べ応えがあり、これだけでお腹いっぱいになりそうだ。

涼子はもうひとつ、汁物を作ろうと鍋に水を張る。

今度はコカトリスの肉を使う。もも肉を一口大に切り、むね肉は包丁で細かく刻んでミンチにする。そしてミンチを細かく刻んだ野菜と混ぜてよくこねておく。

出汁は取らずに鍋に野菜ともも肉を入れ、先ほどこねたミンチをスプーンですくって一口大にして鍋に入れる。

 

「リョーコさん、これは……?」

 

「これは"水炊き"っちゅうてから、あたし達福岡の人間の郷土料理たい。まあ、具があんまり揃ってないけん"水炊き風スープ"って言った方がいいかね」

 

そう。これは福岡名物水炊きだ。ただ、豆腐やキノコなどがないためにそれっぽく作ったスープになるが。

これも試食し、レベッカはその美味さに驚いた。

 

「……すごく美味しい!リョーコさん、これとても美味しいですよ!?」

 

「よかった、それらしくはなったたいね」

 

コカトリスの肉から出た脂だけでシンプルだが味わい深いスープになっていて、また、それらが野菜に染み込んで噛めばうま味が引き立つ。

よく煮込まれたコカトリスの肉やむね肉のつみれが食べごたえがあって美味い。

 

「母さん、グレンディルさんが来たぞ」

 

表にいた龍馬が厨房へやってきた。後ろには木箱を抱えたグレンディルがいる。

 

「持ってきたぞー。これでよいのか?」

 

グレンディルの降ろした木箱には木炭が入っている。しかし何かが違う。レベッカは普通の木炭とは違うその炭に違和感を覚えた。

 

「白い……炭?」

 

「お!ありがたい!これよ、これ!」

 

その炭は灰を被って白っぽくなっている。

 

「これは"白炭"っちゅうてね。あたし達の世界では"備長炭"って呼ばれとる」

 

我々の世界にある炭の一種"備長炭"。これは分類的には白炭(はくたん、しろずみ)といって燃焼させている木材に灰をかけて急速に冷やした炭だ。

白炭は燃焼時間が非常に長く、煙が少ないため調理に向いている。ただし、非常に着火しにくいので薪やほかの燃えやすい炭を燃やして着火させる二段階着火の方法を取る。

 

「グレンディルさん、ありがとね!これで"アレ"が作れるばい!」

 

「……なんだかよくわからんが、美味い飯が食えるならワシはそれでいいわい」

 

「もう日も傾きよるし、グレンディルさんはテーブルで待っとって!」

 

「お、おう」

 

グレンディルは厨房を出ると表のテーブルについて待つ。

涼子は薪の火に白炭を投入すると、事前に用意した鉄の箱に入れて網を乗せる。

 

「リョーコさん!出来ましたよー!」

 

「疲れた~」

 

ディレットとルミナが串に刺したコカトリスの肉やブラウンボアの肉を持ってきた。彼女達は涼子に頼まれて他のメンバーと共に肉を串に刺す作業をしていたのだ。

 

「よっしゃ!ありがとう!まずはお客さん第一号のグレンディルさんに料理持っていこうかね。その前に……」

 

涼子はキャベツに似た野菜のロキートという野菜を手でちぎる。そして先ほど豚汁を作るときに取りわけておいたサマージの出汁に酢・醤油・砂糖・塩を混ぜたタレを作る。タレを小皿に入れてロキートをグレンディルの元に持っていく。

 

「グレンディルさん、はい」

 

「おお、待っておったぞ!……って、ロキートだけじゃと!?馬鹿にしておるのか!?」

 

「それは"お通し"っちゅうてから料理を頼む前にちょっとつまむもんよ。今料理を作ってくるけん、そこのタレに付けて食べよきー」

 

涼子はそう言うとさっさと厨房に戻ってしまう。グレンディルは目の前に山盛りになったロキートとタレを見る。

 

「……まあ、とりあえず食べてみるか。しかしロキートだけこんなタレで食っても大したこと……ん!?」

 

グレンディルはロキートをタレにつけて一口食べる。するとタレの酸味が効いた味わいが口に広がり、一口、もう一口と食べたくなる。あっという間にロキートはなくなってしまった。

 

「す、すまんがロキートのおかわりをくれ!あとエールもじゃ!」

 

「はいよー!」

 

厨房から涼子の声がする。しばらくして涼子の代わりにレベッカがロキートとエールを持ってきた。

 

「はい、どうぞ!ロキートのおかわりです!それからエールも!」

 

「うむ!」

 

グレンディルはエールを飲みつつ、ロキートに手を伸ばす。先ほどから手が止まらない。

 

「一体このタレは何なんじゃ?美味すぎる!」

 

「"キャベツのうまたれ"っていうらしいですよ。ニホンの酒場ではロキートに似たキャベツという野菜をこうやっておつまみに食べるそうです」

 

レベッカが説明する。正確にいえば福岡の居酒屋でよく出すものでキャベツ専用のタレとして福岡県民にはポピュラーな調味料である。

涼子はロキートがキャベツに似ていたため、このタレが合うと考えたのだ。結果は上々。こちらの世界でもキャベツのうまたれは充分に通用する。

グレンディルがロキートとタレに夢中になっていると、厨房からいい香りが漂ってきた。何かを焼いているようだが、炭の燃える香りも混ざっている。

 

「何やらすごくいい香りがするのう……」

 

「お腹が減ってきますね……」

 

レベッカが厨房に戻ると涼子が網の上で炭を使って串に刺したブラウンボアやコカトリスの肉を焼いている。

 

「居酒屋といったらこれやろ!」

 

そうして焼き上がった串焼きをグレンディルの元に持っていく。

 

「はい、グレンディルさんお待たせ!炭火で焼いた焼鳥たい!」

 

「おお!?」

 

目の前には炭火で焼かれた焼鳥が香ばしい香りを漂わせている。グレンディルは焼鳥に手を伸ばし、それを頬張る。

 

「……うまい!!うまいぞぉぉぉ!!」

 

直火や鉄板で焼くのと違い、炭火による遠赤外線で焼いた肉は香ばしくてとても美味い。炭の香りが付いているため、より一層食欲を誘う。

ロキートと同じくあっという間に焼鳥を平らげたグレンディルはさらなるおかわりを求めた。

 

「グレンディルさんが作ってくれた白炭のおかげばい。おかげで焼鳥がこっちでも作れた」

 

「ハグハグ……うむむ……悔しいがリョーコさん、あんたの料理は素晴らしい!ワシの完敗じゃ!」

 

夢中になって食べ続けるグレンディル。するとその時酒場の扉が開く。

 

「なんか今日の竜の髭亭はめっちゃいい匂いするな~」

 

「一体何の香りだ?」

 

帝都の人々が焼鳥の匂いに釣られてやってきたのであった。

 

 

 

 

 

それからというもの、竜の髭亭は大忙しであった。

いつも以上に客が押し寄せ、斎藤一家一行とレベッカは協力して店を回す。

 

「おーい!ヤキトリとエールをおかわりだ!」

 

「あたし、この"ニクジャガ"っていうの食べてみたい!」

 

「"トンジル"を大盛りでおかわり!」

 

「僕は"ミズタキスープ"を頼むよ!」

 

「おい!"ギョーザ"はまだか!?」

 

「サマージの塩焼き追加いいかい!?あ、ホワイトキャローテの"オロシ"をたっぷりで!」

 

次々に注文が入る中、女性陣が給仕を担当し、男性陣が涼子とともに調理補助をする。

 

「ったく、異世界に来てまでなんでバイトしなくちゃならないんだよ」

 

「グジグジ文句垂れる暇があったらさっさと焼鳥焼かんかい!はよせな後が立て込んどんじゃ!」

 

「旦那使いの荒い嫁さんだ……」

 

「龍馬のお母さん、おっかねぇな」

 

龍馬と龍一郎と勇斗は涼子に怒鳴られつつ、ヒーヒーと悲鳴を上げながら焼鳥を焼き、炭火の管理をする。

 

「リョーマ!ヤキトリ焼けた!?」

 

「まだだよチクショー!」

 

「城島、何やってんの!早くしなさい!」

 

「今焼いてんだろ!見えねえのかよ委員長!」

 

「誰が委員長よ!」

 

給仕のディレットと千春が焼鳥を急かす。しかし焼鳥は遠赤外線で焼いているため、時間がかかるのだ。

しかしこの状況、福津市でのあのバイトを思い出す。

 

「注文ですー!ヤキメシお願いしまーす!」

 

今度はルミナがやってきて追加のオーダーを知らせる。

今日の竜の髭亭は大繁盛だった。

 

 

 

 

 

「ありがとうございましたー!」

 

レベッカが本日最後の客を見送った。ようやく閉店の時間だ。

龍馬達は息も絶え絶えのグロッキー状態で流石の涼子も疲労の色が見える。

あの後、カムラン一家もやってきて自分達の売った日本製の調味料がどんな料理になるのか、それを食べてみたいとのことで来店したのだ。

豚汁や水炊き、クワルドの煮付けに肉じゃが。和食を充分に堪能した彼等は満足して帰っていった。

入れ替わりに来たのはアルフォンスだ。彼は焼鳥が気に入ったらしく、子供のように笑顔を浮かべて食べていた。

 

「皆さん、お疲れ様でした。何とお礼を言っていいやら……」

 

ディレットのヒールのおかげでだいぶ回復したアンナが涼子を始め、皆に礼を言う。まだ痛むようだが、昼間よりはかなり良くなったらしい。精霊魔法様々だ。

 

「気にせんでいいとですよ。あたしも結構好き勝手にやったし」

 

「リョーコさん……あなたには感謝してもしきれません……本当にありがとうございました。それで……厚かましいとは思いますが、今日作った料理のレシピを教えてもらえませんか?」

 

「レシピ?そんぐらいお安いご用ですばい!」

 

おそらく今日、涼子の料理を食べた客はまた同じものを食べにくるだろう。しかし涼子はいつまでもいるわけではない。ならば涼子の料理のレシピを聞いておかなければ。アンナはそう考えた。

 

「じゃあ、今日は遅いけんまた明日来ますよ。その時改めてじっくり教えます」

 

「ありがとうございます、リョーコさん。きっとあなたは女神様の御使いでしょう」

 

「女神とかそんな……照れるやないですか」

 

「女神っていうより鬼やけどな」

 

「やかましい!」

 

「いて!」

 

涼子が龍馬にゲンコツをお見舞いした。竜の髭亭に笑い声が響き渡る。

 

 

やがて一行はアンナとレベッカに別れを告げ、竜の髭亭を後にする。

すっかり夜もふけた中車とバイクに乗り、一行は王城へと戻ることにした。

しかし龍一郎はそこで異変を感じた。こんな夜更けにバザー通りに多くの人々が集まっている。

バザー通りの先では、信じられない光景が広がっていた。

 

 

「か……火事だ……!!」

 

「あれは……雑貨屋カムランじゃねぇか!?」

 

勇斗が指差した先にはーーーーカムラン一家が住む自宅、そして店があった。

 

 

 

カムラン邸が……燃えている。

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