翌日。龍馬達は開店の準備をする。
朝イチでタマラおばさんが出来上がった幕を持ってきてくれた。
幕には"小倉名物・焼きうどん"と刺繍で書かれている。ちなみに下にはシルワ語で翻訳した文も合わせて書かれていた。
龍馬達はタマラおばさんにお礼を言うと、ソース作りの仕上げに取り掛かった。
片栗粉はしっかり乾燥してちゃんと粉になっている。寝かせたソースは清潔な麻布で濾してよく絞る。
絞ったソースを火にかけて水に溶いた片栗粉を混ぜてとろみをつけたら完成だ。甘みのあるソースが出来上がった。
ソースは蓋をして火から離して冷ましておき、具材を切る。
ロキート、ケルパ、キャローテをざく切りにし、ブラウンボアの肉を一口大に切る。
材料の下ごしらえが終わったら屋台を幕で飾り付け、鉄板を準備する。そして鉄板の下に火を起こして油を引き鉄板を温める。同時に切っておいた麺を茹でていよいよ本格的な調理の開始だ。
切っておいた野菜とブラウンボアの肉を炒めたら次に麺を投入し、ソースを入れてよく炒める。
「うわぁ~いい匂い~」
シャルルがソースと具材が焼ける香りにゴクリと喉を鳴らす。
「いい香りだ。これは美味そうだ」
「ええ。とても美味しそうね」
キースとマルタもソースのいい香りに釣られて腹の虫が鳴り始める。
龍馬は海の家のアルバイトで培ったヘラと鉄板捌きを存分に披露した。
そして異世界の材料で作った小倉名物の焼きうどんが完成した。まずは龍馬達とカムラン一家で食べてみる。
「う、美味い!」
「ソースがウドンに絡んで凄く美味しいわ!」
「お肉もたっぷりで美味しいね!」
カムラン一家からの評判は上々。勇斗達も文句なしの出来だと絶賛する。
「(これでネギとかかつお節とか紅しょうががあればもっと美味いんだがなぁ)」
龍馬はそんなことを考えつつ、ヘラをキースと交代して作り方を教える。
マルタが鍋で麺を茹で、キースが具材を炒めた。
勇斗達はというと、土地の余ったスペースにテーブルを手作りしている。昨日建築ギルド長のニコラスから廃材を譲ってもらい、それで二つほどテーブルを作っている。どうやらテーブルと椅子が出来上がったようだ。
それを屋台の横に配置していよいよ営業開始だ。丁度向こうからニコラスとギルドの男達がやってきた。
「キースさん!どうやらうまくいったみたいだな!」
「はい!おかげさまで!"ヤキウドン"……食べていきますか?」
「もちろんだ。そのために来たんだからな!」
両親が作った焼きうどんをシャルルがニコラス達のもとに運ぶ。
「お待たせしましたー!ヤキウドンです!」
「ほう!ヤキウドンってのは麺料理なのか!こりゃあ美味そうだ!しっかし太い麺だなあ……どれ」
ニコラスとギルドの男達は一斉に手をつける。
「うん!うめぇなこれ!」
「親方!こいつは食いごたえがありますぜ!」
「肉もたっぷりでこいつぁうめぇや!」
腹を空かせたニコラスとギルドの男達はガツガツと焼きうどんを平らげていく。あっという間に食べ終わったニコラス達はおかわりを要求する。
追加でさらに焼きうどんを焼くキース。すると匂いに釣られて市場の人々が集まってきた。
「なんだなんだ?」
「なんだかいい香りがするなぁ」
「一体何の香りかしら?」
龍馬は屋台の前に出てここぞとばかりに呼び込みをする。
「さあさあ、いらっしゃい!異世界の国日本のとある地方・福岡県!その福岡県の北部は小倉に伝わる伝統料理焼きうどん!他じゃ食べられないよ!気になる人はどんどん食べてって!」
龍馬の呼び込みと鉄板で焼けるうどんとソースの香り、さらに物珍しさからどんどん人が集まってきた。あっという間に屋台には行列が出来た。
勇斗達は麺を作り続け、マルタは麺茹で。ディレットと千春はシャルルと共に配膳や会計を担当する。龍馬は状況に応じて呼び込み・調理・製麺と臨機応変に対応した。
そのうちグレンディルにアンナやレベッカ、龍馬の両親もやってきて皆焼きうどんに舌鼓を打った。
「あたし子供ん時は北九州に住んどったけんさ、焼きうどんは懐かしい味やね。小学生ん時、死んだばーちゃんがよー作ってくれよったけんいっつも食いよったばい」
涼子は幼いころの亡き祖母の思い出の味として思い入れが深いようだ。
その後タマラおばさんや騎士団のレイラにアルフォンスも昼食がてらわざわざやってきて食べていってくれた。
焼きうどんは帝都の人々に大人気となり、飛ぶように売れていく。そんな最中、行列に割って入ってくるガラの悪い連中。またあの男達が妨害にやってきたのだ。しかも今度は十人という人数で。
「なんだ脳筋野郎。またぶちのめされにやってきたのか」
「懲りねえ連中だぜ」
龍馬と勇斗がすかさず立ちはだかる。
「ほざくな!今度は前のようにはいかねえぞ!いくら貴様らでもこの人数には勝てまい!」
リーダー格の男がグフフと汚ならしい笑みを浮かべる。しかし龍馬達は動じるどころか笑い出した。
「プッ、ぶはは!じょっ、冗談は顔だけにしろよ!!なあ、勇斗!?」
「たった十人ぽっちで俺らを止めようなんてちゃんちゃら可笑しいぜ!ギャハハ!」
ゲラゲラと笑い続ける龍馬と勇斗。そもそも彼等は十人どころかそれ以上の人数を相手に喧嘩を勝ち抜いてきたのだ。今さら十人程度どうってことないと笑い続けるがその態度にリーダー格の男の堪忍袋の尾が切れる。
「てめぇらぁぁ……!!もう許さねぇ!!ブッ殺してやる!!」
男達が一斉に襲い掛かり、龍馬と勇斗は応戦した。
強烈なボディーブローでリーダー格の男の鳩尾に攻撃を加え、背負い投げで地面に叩きつける。
「おりゃあ!!」
「へぶっ!!」
勇斗は突進する男をさっとかわし、足を引っかけて転ばせ、後頭部を思い切り踏みつける。
後頭部をグリグリと押さえつけ、そこへ襲い掛かった男を高々と持ち上げると、足元の男に思い切り投げ落として叩き付けた。
「こ、このガキ!!」
龍馬に別方向から襲い来る四人目の男。しかし龍馬は近くにあった水汲みバケツを手に取るとそれで男の顔を思い切り殴り付ける。
男がふらついた瞬間、龍馬は男の胸ぐらを掴んで顔面に何度もバケツを叩き付けて張り倒す。
「オラッ!オラッ!オラアァ!!」
とどめとばかりに龍馬はバケツが砕けるほど強く叩き付けると男は顔中血まみれになりながら呻きながら倒れた。
「くっ、くそ……!」
龍馬はさらに怯んだ別の男に近寄ると胸ぐらを掴んでヘッドバッドを喰らわせ、顔面を何度も殴る。そしてそのまま壁際まで引き寄せーーーー、
「どおりゃあぁ!!!!」
ーーーー思い切り壁に顔面を叩き付けた。
男は鼻血を吹き出しながら力なく倒れる。
反対側では勇斗が張り倒した別の男の両足を掴んでジャイアントスイングで投げ飛ばしている。
一人、また一人とわずか17歳の高校生二人に異世界のゴロツキ達は成す術もなくなぎ倒されていく。そして最後の一人になった時。
「おら!動くな!」
「ひっ!?やっ、やめろ!」
勇斗が男を引っ付かんで後ろに回り込み、後頭部をしっかりと掴むと男が逃げられないように拘束する。
「龍馬!やれ!!」
「オーケー!!そこを動くなよ!!」
龍馬は助走を付けて走り出す。そして高く跳躍しーーーー、
「おおりゃあああああぁぁ!!!!」
勇斗が拘束した男の顔面に必殺のニーキックをぶちかます。攻撃が当たった瞬間勇斗は手を離し、男は数メートル先までふっ飛んだ。
こうして十人のゴロツキの男達はたった二人の少年によってあっけなくやられてしまったのであった。
それを見ていた人々から歓声と拍手が上がる。
「いいぞー!!」
「やるじゃねぇか、ニホン人のボウズ!」
「かっこよかったわよー!」
「君達は英雄だー!!」
その歓声に龍馬と勇斗は頭をかきながら照れる。
「俺らが英雄だってよ、勇斗」
「ふっ、喧嘩が強すぎるってのもたまにはいいもんだ」
過程がどうあれ、結果的に悪者を退けてカムラン一家を再び守ることができた。喧嘩が強いと報復や名を上げるために絡んでくる輩も多く、決していいことばかりではないがそれのおかげで守れる人がいるのは紛れもない事実だ。
「おら!キリキリ働けや!」
今、龍馬は先ほど倒したゴロツキ達に製麺や食器の片付けを手伝わせている。
カムラン一家を襲おうとした罰として龍馬と勇斗に尻を蹴飛ばされながら手伝いを強いられているのだ。
「くそっ……!なんで俺達がこんな目に……!」
「無駄口を叩く暇があったらさっさと麺を作れや!!」
勇斗が再び後ろから尻を蹴っ飛ばす。男達は悲鳴を上げながらカムラン一家の焼きうどん作りに協力せざるを得なかった。
その後店は大繁盛。初日にして大きな売り上げを記録できた。
そして夕方。ゴロツキの男達はようやく焼きうどん作りから解放され、腰や尻を押さえながら座り込む。するとーーーー
「はい、どうぞ」
「いっぱい食べてね!」
マルタがシャルルと共に作り立ての焼きうどんを男達に出してくれた。なんとカムラン一家は彼等を労うためにわざわざ焼きうどんを振る舞ってくれたのだ。
「……え?」
「労働には対価が必要だろ?売り上げが高かったとはいえ今日はまだ給料を出せる余裕が無いからこれで我慢してくれ」
「……カムランさん……!」
男達は泣きながら焼きうどんに食らいつく。
人を傷付けることでしか生きてこれなかった男達が初めて人の優しさに触れた瞬間であった。
「う、うめえ……!」
「なんて美味いんだ……!」
「うめえけど……なんかしょっぱいぜチクショウ……!」
男達はカムラン一家の優しさに感謝しつつ、焼きうどんを平らげたのであった。
その後、男達は礼を言ってもう二度とカムラン一家を襲わないと約束し、去っていった。
だがリーダー格の男だけがその場に残っている。
「なんだお前。飯食わせてもらったろ。早く帰れよ」
龍馬が男の足を足先で小突いて言う。しかし男はその場に土下座をするとこう言った。
「か、カムランさん!俺をあんたの店で雇ってくれ!」
「えっ?」
「……俺は小さいときから身体が人一倍でかくて顔もいかつくてよぉ。みんなから盗賊だ、蛮族だなんていじめられてたんだ。人の優しさなんて知らなかった。そのうち本物の悪党になってやろうと思って悪事を重ねて暴れてたら俺に歯向かう奴はいなくなった。だから悪さばっかりしてたけど……でもカムランさん、あんたの優しさに触れて心が変わったんだ。俺も誰かの役に立ちたいんだ。頼む……!」
男は突然キースに自分を雇ってほしいと言い出したのだ。
おそらくこれからもっと忙しくなるだろう。人手は欲しいところだ。特に男手は。
「……しばらくは大した給料も出せないよ。それでもいいのかい?」
「構わねえ!俺ぁあんたの優しさに惚れたんだ!それに俺がいれば多少は用心棒にもなるぜ?」
「俺らみたいなガキに負けたくせにな」
龍馬が横からニヤニヤと笑いながら揚げ足を取る。
「う、うるせえよ。お前らがバケモノすぎるだけだろうが!」
そしてキースは決心した。
「わかった。うちも人手が欲しいところだ。もう二度と悪事に手を染めずに真面目に働くと言うのなら君を雇ってあげてもいい」
「本当か!?ありがてぇ!カムランさん、あんたと神に誓って二度と悪いことはしねぇよ!俺はグレッグっつうんだ。よろしくな!」
こうして屋台カムランの従業員に"元・ゴロツキ"のグレッグが加わったのであった。
龍馬はグレッグに「少しでも変な真似をしたら生まれたことを後悔するくらいぶちのめすからな!」としっかり釘を刺しつつ、城へと戻ったのであった。
城へ戻るとルミナの故郷探しの件で進展があった。
街道にいた例のキャラバンを兵士が見つけ、保護したという。だがどうにも様子がおかしい。
アルバートからその事について説明があった。
「リョーマ君、例の商人だが兵士が保護した時には護衛の傭兵共々何者かに襲われて大怪我を負っていた。幸い命には別状はなかったが、問題が起きた」
アルバートはふう、とため息をつくと"問題"の内容を話した。
「どうやら商人は花の里への行き方を記した暗号のメモを持っていたようだが、それを誰かに奪われたようだ」
「そんな……!」
ここに来てまた望みが潰えてしまった。一体ルミナになんと説明したらいいのか。
「じゃあ、その商人に直接案内してもらうのは……」
「残念だがそれも無理だ。彼は足にも大怪我を負っていてとても動ける状態ではない。それどころか会話すらままならない状態だ。ディレット君がヒールで治療を試みたが怪我が酷すぎて回復が追い付かない」
「……暗号を奪った犯人を探すしかないってことか」
「ああ。だがこちらも情報がまったく無いわけではない。商人の情報では彼等を襲ったのはおそらく"黒衣の
黒衣の刃。それは漆黒の装束に身を包んだ巷を騒がせている暗殺者達であり、狙った獲物は決して逃がさないとのこと。
「黒衣の刃?なんだか中二臭い名前だな……」
「"チュウニ"が何かは知らないが……とにかく例のキャラバンは身柄を確保した時、怪我を負っていたが馬車の積み荷は荒らされてこそいたものの、手を付けられていなかった。まるで"最初から荒らした痕跡を残すことが目的だったように"な。それに彼等の傷はどれも急所を的確に"避けている"。ただの野盗の仕業に見せかけているつもりだろうが……これは偽装工作だろう」
アルバートは報告書に目を通すと頭を抱える。
「迂闊だった。大々的に商人を探しすぎたせいで花の里を狙う何者かにまで情報が回ってしまった」
花の里を狙う輩は多い。帝都の門では検問までやっているため、おそらくその辺りからさらに情報が漏れていたのだろう。
「クソッ……!」
龍馬はヘルメットを引っ付かんで飛び出す。
「おい、リョーマ君!どこへ行く!?」
「その"黒衣の刃"を探します!俺の勘だと奴等はきっと帝都に潜んでる!」
龍馬はアルバートの制止も聞かず、彼は中庭に止めてあるバイクへと一目散に駆け出していった。
「……ヴォルティス様。例の物を手に入れました」
「して……花の里への行き方はわかったのか?」
ここはレクシア大聖堂のとある一室。
狭い部屋の中で蝋燭の灯りが二人の男……ヴォルティス大司教とラオグリッドを照らしていた。
「ええ。少々暗号の解読に手こずりましたが、問題はありません。帝国が大々的に捜索しているようで情報を手に入れるのは容易かったですよ」
「ふふ……そうか。良い報せを待っているぞ。ところで……"アレ"はあるかな?」
「ええ。もちろんですとも……こちらをどうぞ」
ラオグリッドが出したのは小さな宝箱。しかしその中には滅多にお目にかかれない金銀財宝が詰め込まれていた。
「どうぞ、お納めください。今回はキラーワスプの眼も手に入りました」
キラーワスプは森林地帯に生息する人間の子供ほどの大きさがある巨大な蜂だ。
目は血のように赤く、強烈な毒を尾の針に持っていてまれに森林に大規模な巣を形成し、森やその周辺に住む人々を襲うことがある。
しかし殺した直後に眼球を抉り出すとまるで鉱石のように眼球は硬質化する性質を持ち、美しい宝石のようになることから貴族がこぞって買い求める一品だ。
「ほう……これは……噂には聞いていたが、これほどまでに美しいとは」
ヴォルティスはキラーワスプの眼をつまんで真紅の輝きに口元をほころばせる。眼は蝋燭の灯りに照らされて鈍く妖しい輝きを放っていた。妖艶さすら感じるその輝きにヴォルティスはしばし見とれてしまう。
「いい品だ。確かに頂いた」
「お気に召した様で何よりでございます。それから明日にでも私共の使者を花の里へ送り込みましょう」
「ピクシー族の蜜は喉から手が出るほど貴族達が欲しがる代物だ。しかもピクシー族の住処には魔力に満ちた宝物もあると聞く。それを手にすれば……」
「私もヴォルティス様も更なる富と権力を手にできる。そして……」
「ああ。帝国でのレクシオン教団の地位は確固たるものとなり、誰も我等に逆らうものはいなくなる。皇帝でさえもな」
ヴォルティス大司教とラオグリッド。この二人は噂通り癒着していた。
ラオグリッドがあらゆる手で暴利を貪り、その金がヴォルティスへと流れ、レクシオン教団は更なる地位に立つ。そしてそれが後ろ盾となり、ラオグリッド商会はさらに力を増していく。
そして貴重とされるピクシー族の蜜を独占出来ればーーーー二つの組織は更なる拡大を遂げるのだ。もはや帝国、そして皇帝すらも歯止めが効かないほどに。
そんなヴォルティスとラオグリッドの会話に聞き耳を立てているものがいるとはこの時二人は知る由もなかった。
「(……そ、そんな……大司教様が……まさか……)」
それはノエルだった。
女神アレクを心から信仰し、その教えを人々に広め、女神の祝福による全ての人々の幸せをただひたすらに願って生きてきたノエル。彼女にとってヴォルティス大司教は共に同じ道を歩み、この世の中に共に救いをもたらす同志であり、師であり、また父親のような存在でもあった。
そんな尊敬すべき存在である大司教が己の利権と財力のために悪しきものと手を組んで弱者を踏みつけているなど、信じることができなかった。
「(誰か……誰かに知らせないと……!)」
ノエルはショックに打ちひしがれながらも真実を伝えるためにその場を離れようとした。
だが、遅かった。
「そこで何をしている」
ノエルはいつの間にか後ろに立っていた黒ずくめの
「……この女が聞き耳を立てていた。どうする?」
「……むっ!?お前は……!」
「おや、これはこれは……お美しいお客人がいたとは……」
ヴォルティスはノエルの姿に多少動揺し、ラオグリッドは薄ら笑いを浮かべてこちらを見ている。
ノエルは黒ずくめの男に両腕を拘束されたまま叫んだ。
「大司教様……!何故です……!?このような悪しきものと手を組んで我々が救うべき人々を虐げているなど……!大司教様はいつも言っていたではありませんか……!"全ての人々に女神アレクの祝福と希望を"と……!あれは嘘だったのですか!?」
「……ノエル、お前は何もわかっておらぬ。神などこの世に存在せぬよ。神など所詮は人々の弱い心が生み出したまやかし。この世は弱肉強食なのだ。強き者だけが生きる世界。神にすがることでしか生きれぬような輩は強き者のためにその全てを捧げるべきなのだ」
「神がいないなどよくもそんな事をぬけぬけと……!!今に天罰が下りますよ!!」
ノエルは口調を強めて言い放つが、ヴォルティスは鼻でフッと笑う。
「ならば逆に問おうノエルよ。何故私達には今まで天罰が下らなかった?私もラオグリッドも確かに悪事に手を染めている。それもずっと以前からだ。もし天罰を下す神がいるのならば、私達が最初に悪事を成した、いやーーーー悪事を計画した時点で天罰が下っていなければおかしいのだ」
「……っ!!」
「わかったろうノエルよ。神など存在せぬということを。この世は力が全て。我々のような強き者が生きてこそ世は正しい方向に向かうのだ。……そいつを地下に閉じ込めておけ」
「……御意」
ヴォルティスの指示で黒ずくめの男の一人は抵抗を続けるノエルを乱暴に引っ張ると大聖堂の地下室へと向かった。
「……それで、大司教様?あの女はどうします?」
「……ノエルはいい女だ。殺すには惜しい。あとでたっぷりと可愛がってやるとしよう」
そう言ってヴォルティスはニヤリと笑みを浮かべて部屋を去る。後にはラオグリッドと二人の黒ずくめの男が残された。
「おい」
「……なんだろうか」
「お前達に頼みたいことがある。私が今手に入れようとしている土地……その所有者への立ち退きのためにあの手この手を使っているが、あるニホン人のガキにことごとく邪魔されている。……そいつを殺せ。リョーマとかいう異界の鉄の馬を乗りこなすニホン人だ」
「……御意」
「だが気を付けろ。奴はガキだが恐ろしいほど腕が立つ。暗殺にも長けたお前達を疑うわけではないが……用心しろ」
「……ぬかりはない」
黒ずくめの男はそう言うともう一人の男の共に音も無く部屋を去った。
「ククク……見ていろリョーマめ。もう貴様は終わりだ。私の顔に傷を付けたこと、あの世で後悔させてやる……」
ラオグリッドは笑みを浮かべつつも、拳は怒りで震えていた。
自分の顔に傷を付けた者、そして何より自分の計画を邪魔した男をラオグリッドは決して許すつもりはなかった。奴を殺さねば気がおさまらない。雑貨屋カムランの土地はそれからゆっくり奪ってやる。ラオグリッドはそう考えていた。
だがラオグリッドはこの時、カムラン家の土地の奪取よりも己の復讐心のために龍馬の殺害を優先したことで自身に対して致命的なミスを犯したことに気付いていなかった。