アナザー・ディメンジョン -異界交流記-   作:誠龍

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第44話 トルトの森のエルフの村

花の里を出発し、帝都に戻った一行。

滞在予定の一週間が終わりに近づこうとしているが、まだディレットの実家を訪ねていないため急遽滞在をもう一週間伸ばす。

帝都に戻った時既に日は傾いていたため、出発は明日になった。

ディレットは速達で両親への手紙を書き、ハーピーに急ぎで届けてもらう。

その日は城でのんびりと過ごした。龍馬とディレットは中庭でドローンを飛ばして兵士達と交流し、記念撮影。勇斗は特別にアルバートとレイラによって鎧を着せてもらったり、訓練場で剣を扱わせてもらったりした。

千春とルミナはメイド達とのお茶会を楽しみ、涼子は厨房でマリーに料理の手解きを。龍一郎とアレクはソフォスやモニカと共に応接室で最新式の大画面タブレットを使って動画サイトでお笑いを見ている。

各々がのんびりと過ごした翌日、車に乗り込み準備をする。今回はバイクにも乗っていく。

これまではディレットは車に乗り込み、彼女のバイクは車のキャリアに積んでいたが彼女の強い希望でディレットも今回はバイクで行くことにした。

道案内は彼女がするとのことで先頭をディレット、その後に龍馬と勇斗のバイクが続き、さらにその後ろからランドクルーザーが追走する。

一行は東にあるトルトの森に向けて帝都を出発したのであった。

 

 

 

 

 

 

一方その頃、ディレットの父ノーブルと母マリアは娘の帰省を知って色々と準備をしていた。

 

「まったく……あいつも急に手紙をよこすから大忙しだ」

 

「でも数ヶ月ぶりに娘が帰ってくるんですもの。しっかりと準備をしなきゃね」

 

「ああ。サイトウさんご一家やご友人達も来るらしいからな」

 

昨日の夕方に手紙を受け取ってから来客の準備で大忙しだ。手紙には「明日サイトウさんご一家や友達とみんなで村に行くからね」と書いてあった。

もはや人里まで買い出しに行く暇もなく、慌てて森にある食材を使って料理の準備をする。

 

「しかし手紙では今日の朝に帝都を出発する予定だと書いてあったが、馬でも一日はかかるぞ?一体どうやって今日中に……?」

 

ノーブルはその疑問の答えをすぐに知ることになる。太陽の位置はそろそろ真上だ。家の中であらかた支度を終えた時、聞いたこともないような異様な音が外から聞こえてきた。

 

「なんだなんだ!?」

 

「一体何の音なの!?」

 

ノーブルとマリアが慌てて家の外に出ると、向こうから鉄の馬に乗った何者かと馬無しで走る鉄の馬車のような乗り物がこちらに向かってくる。

そして一番先頭を走っていた鉄の馬に乗っていた人物がノーブルとマリアの前で馬を止めて降りてくる。

顔はーーーーわからない。何やら不可思議な紋様の描かれた変わった形の兜のようなもので顔が覆われているからだ。二人はごくりと唾を飲み込んだ。

そしてその人物が兜を取るとーーーー

 

「……ふぅ!お父さん、お母さん、ただいま!」

 

「ディレット!?」

 

「あらあら……ディレット、あなただったの。すっかり異界の色に染まっちゃって……」

 

「えへへ……びっくりさせようと思って……」

 

ディレットは悪戯っぽく舌を出して笑う。

 

「しかしディレット、お前のこの鉄の馬は何なんだ?こんなもの見たことも聞いたこともない」

 

「お父さんこれはね、"バイク"って言うんだよ!"エンジン"っていう機械の力で動く異界の乗り物なの!この子はカワサキってメーカーのKLX250っていうバイクなんだ!ちなみに私が被ってるのは安全のためのヘルメットって言って……」

 

「ほ、ほう……?」

 

ディレットは夢中になって自分の愛車の話をするがノーブルにはちんぷんかんぷんだ。まあとにかくこの"ばいく"という乗り物が凄く便利な事はわかった。

そしてディレットに続き、似たような鉄の馬……バイクに乗ったもう一人の人物が降りてきて兜……ヘルメットを脱ぐ。

 

「ディレット、この人たちが?」

 

「そう!私のお父さんとお母さんだよ!」

 

「そうなのか。……初めまして。日本から来ました斎藤龍馬といいます」

 

「おお!君がリョーマ君か!娘から手紙で話を聞いているよ!初めまして。私がディレットの父のノーブルだ。こちらは妻のマリア」

 

「初めましてリョーマさん。ディレットの母のマリアです。娘が大変お世話になっております」

 

二人は龍馬と挨拶をかわす。

ノーブルは非常に整った顔立ちで男前だし、マリアは物凄く美人だ。この二人ならディレットのような娘が出来るのも頷ける。

そうしている内に後ろにいた勇斗や車に乗っていたメンバーも次々にこちらへやってきて一行はディレット宅にお邪魔することになった。

 

 

 

 

 

「いやあ、素敵な家だなあ」

 

龍一郎はディレットの家に感心する。

この村の住居は約半数が大木をくり抜いて作られた家だ。中には小屋もあるが。

ディレットの家は特に広く、良質な大木が使われている。居間の木のテーブルに座ると龍馬の両親はノーブルとマリアに"福岡のお土産"を渡す。

しばらく時間がかかるだろうと日持ちするお菓子を二つ買ってきた。口に合うといいのだが。

 

「ノーブルさん、マリアさん、これは福岡のお土産です」

 

「口に()うたらいいんですけど」

 

「これはどうもご丁寧にありがとうございます。ところでこれは一体……?」

 

ひとつは何やらニホン語らしき文字が赤い色で一文字だけ大きく書かれており、もうひとつはおかしな仮面のような絵が描かれた箱だ。それらが二箱ずつある。

 

「博多名物・にわかせんぺいと辛子明太子の味付けをしたお菓子の"めんべい"です」

 

「お菓子ですか!これは素晴らしい!そういえば娘が以前"トオリモン"なるお菓子を送ってくれましたが、あれの美味いこと美味いこと……またこうしてフクオカのお菓子を食べられるとは夢のようです」

 

「それじゃ、お茶でも淹れましょうか」

 

マリアは全員分のお茶を淹れる準備をし、ディレットもそれを手伝う。久々の親子共同作業だ。

家の奥のかまどで火を焚き、鍋に水を張る。福岡の斎藤家宅ではオール電化のIHヒーターを使っていたので実家のかまどが懐かしい。しかし……

 

「IHだったらここまで手間かかんないよね……」

 

「あいえいち……って何なの?」

 

「ニホンの家庭では火を使わずに電気の熱だけでお湯を沸かしたり、料理をしたりできるの。それがIHっていうんだけど、かまどよりずっと楽なんだよ。古い家だとガスっていう燃える気体を使って火を使うけどね」

 

「電気……?がす……?なんだかよくわからないけど便利そうね」

 

薪で火を焚いて生活に利用するのが当たり前なこの世界と違って現代日本はオール電化によるIH、またはガスによる火を使うのが一般的だ。よほど山奥の家でもない限り、今の日本では田舎でもかまどを使うような家は有り得ない。

確かにIHやガスは便利だが、ひとつだけどんな文明の利器でもかまどには勝てない。

それは"火"だ。電熱でもなく、ガスの火でもない、薪で起こす自然の"火"。原初の"火"だ。この火の暖かみにはいかなる文明の利器も勝てない。

古来より管理された"火"は人を安心させ、獣を遠ざけ、暗闇を照らし、身体を暖め、人が持つ叡智のひとつである"調理"など様々な人の生活に欠かせない自然からの恩恵としてずっと人と共に存在してきた。

それは地球でもこの世界でも変わらない。発達した文明を誇るニホン人もかつては森や洞窟に住まい、狩りや農耕をして暮らし、文明を築いてきたのだ。その歴史が"火"と共にあったことは言うまでもない。

長い寿命を持つエルフといえど、"ヒト"の一種であることには変わりはない。この火の暖かみはーーーー何にも代えがたいものなのだ。

雑談をかわしながらマリアとディレットは作業を続ける。

後ろでは父と龍馬達が話に華を咲かせている。

そんな中、龍馬を見て母が言った。

 

「ねえ、ディレット。あのリョーマ君……"シャシン"で見るよりなかなか男前じゃない?」

 

「え……?う、うん……」

 

「早くしないと誰かに奪われちゃうわよ?」

 

「ふぇっ!?お、お、お母さん、何言ってるの!?リョーマはそんなんじゃ……!!」

 

「あら、そうなの?ふふふ……まあいいわ」

 

真っ赤に赤面した娘の顔を見てクスクスと笑うマリア。龍馬は二人にそんな会話をされていることなど露知らず、居間でノーブルや仲間達との会話を楽しんでいる。

そんな龍馬を見ているとディレットは彼と出会ってからの事を思い出す。

初めて会った時のぎこちなさ。ゲームやバイクが好きで勉強はちょっと苦手で時々めんどくさがりな龍馬。

だが一度(ひとたび)仲間の危機となれば子を奪われた獅子の如く怒り、その力で悪をねじ伏せ、弱者を助ける正義感の強い少年だ。そんな彼の強さに自分も何度も助けられた。彼は本当に素晴らしい人間だとディレットは思うのであった。

そんなことを考えているうちにお湯が沸く。エルフの一族がよく食用としているルサヌという青い果実の種を炒って乾燥させたものを使う。エルフ達にはルサヌ豆茶と呼ばれれているが、種を使っているため厳密に言えば"豆"ではない。

しかし豆のような香ばしい香りが特徴なため、こう呼ばれているのだ。

出されたルサヌ豆茶を口にして皆が「香ばしくてうまい」と感想を漏らす。

 

「"ニワカセンペイ"とやら、いただきだ!」

 

食い意地の張った駄女神がディレットの両親へのお土産にも関わらず、横からつまんでボリボリと食べる。

 

「あっ!こら、アレクちゃん!あんたそれディレットちゃんがた親御さんのお土産ばい!」

 

「ふふ、神に捧げ物をするのは当然のことだろう?一枚くらいケチケチするな!……ふむ、少し硬いがほんのり甘くてなかなか美味いな」

 

相変わらず女神なのか時々疑わしくなる食い意地の張りっぷりだ。

今更だが彼女は一体どこまでついてくるつもりなのだろうか。結局ディレットの実家まで押し掛けている。

にわかせんぺいとめんべいを食べつつお茶を飲んだ後、ディレットは龍馬、勇斗、千春、ルミナを連れて"ある場所に連れて行きたい"と外に連れ出した。

村の先にある道を進むと、開けた場所が。

そこには巨大な大木が鎮座しており、辺りにはホタルのような光がキラキラと舞っていてとても幻想的な風景が広がっていた。

 

「うぉぉ……」

 

「これは……ヤバイな……」

 

「綺麗……」

 

「花の里にも負けない風景だね……」

 

四人はその幻想的な風景を前に呆気に取られていた。

 

「これが私の故郷の聖域……オルディオの大樹だよ」

 

トルトの森の奥深くに存在する聖域の"オルディオの大樹"。

古来より森の精霊が宿ると言われるその樹は全ての命の源とされており、また、役目を終えた命が再び還る場所としてこの森のエルフ達から信仰されてきた。

この樹は非常に大きな魔力に満ち溢れており、その魔力のかけらが肉眼でも確認できる小さな光となって樹からゆっくりと降り注ぐため、このような幻想的な風景を醸し出しているのだ。

 

「よし!みんなで写真撮ろうぜ!」

 

勇斗の提案で皆で記念写真を撮ることにした。

その辺に落ちている石を積み重ねて台を作り、セルフタイマーでスマホをセットして大樹の前に立つ。そして撮影。

見事な一枚が撮影され、いい写真が撮れた。勇斗はその写真をLINEで全員に送る。

 

「この森まで電波届いてるとか日本のアンテナすげーな。おかげで送信が出来たけど」

 

「私もスマホ欲しいなー」

 

「いやいやルミナ……お前の身体じゃ無理だろ」

 

「ちぇっ。こんな時は人間のみんながうらやましいよ」

 

ルミナがスマホを欲しがるが、彼女は10~15センチほどしかないピクシーだ。普通のスマホを使うにはでかすぎるし、そんな小型のスマホはまず開発されないだろう。

 

「そろそろ戻ろっか」

 

ディレットがそう言うので龍馬達は村に戻ることにした。

聖域を出て村に戻り、ディレットが自宅に入ろうとすると後ろから呼び止められた。

 

「ディレット!見つけたわよ!」

 

「へ?」

 

「"へ?"じゃないわよ!急に村を飛び出して人間のいる場所で暮らすなんて一体何のつもり!?」

 

後ろにいたのはオレンジに近い色をした茶髪でショートボブのエルフだ。年はディレットと同じくらいだろうか。

 

「あ……イレーナ……」

 

「しかも人間を里に迎えるなんて……村に災いでも招こうっての!?あんたまで変な格好して……」

 

「いや、彼等は私がお世話になってる異世界の国の人達で……」

 

「異世界の人間!?ますます信用できないわね!」

 

なんだこいつは。いきなり凄い剣幕で捲し立てて敵意を剥き出しにするそのエルフに龍馬は不快感を覚えた。

 

「……須崎にそっくりだな」

 

「何ですって、このゴリラ!?」

 

「いった!お前、そういうとこやぞ!」

 

勇斗がボソッと放った一言が千春の耳に入り、彼女が勇斗の頭をゲンコツで殴る。

言われてみれば強気の口調や性格はそっくりだし、色が違うだけで髪型も似ている。龍馬はこのイレーナというエルフを"エルフ版須崎"とひそかに呼ぶことにした。

 

「ちょっとイレーナ!いい加減にしてくれない!?私の事はいいけど、リョーマ達の悪口は許さないよ!」

 

「フン、あくまで人間の味方をするわけね。いいわ、どんな目にあっても知らないから。今にあなたも後悔すればいいわ!」

 

イレーナは踵を返すとそのままどこかへ去ってしまった。

彼女が去った後、ディレットは申し訳なさそうに謝罪した。

 

「……みんなごめんね。嫌な思いさせちゃって」

 

「気にすんなよディレット。あんなの須崎のおかげで慣れてるからな!」

 

「どういう意味よ、このゴリラ!」

 

「いった!お前、そういうとこやぞ!」

 

再びゲンコツが勇斗の頭に飛び、いつもの漫才が繰り広げられる。

 

「なあ、ディレット。あのイレーナっていうエルフ、なんであんなに人間を嫌ってるんだ?」

 

「うん……ちょっと事情があってね……」

 

そう言うとディレットはイレーナの過去を語り始める。

 

 

 

 

 

70年ほど前のこと。

エルフで言えば幼い、まだ百歳に満たないディレットは幼なじみのイレーナと毎日森を駆け巡って遊ぶ幸せな毎日を送っていた。

そんなある日、村にやってきた行商人の一行。実はこの行商人、各地で様々な人種をさらっては奴隷として他国に売り付けている奴隷商人であり、まだ幼いイレーナがその毒牙にかかってしまった。

素早く気付いた村のエルフ達によって奴隷商人達は捕らえられ、イレーナは救助されたがまだ幼いイレーナにとってこの事件は強いトラウマになってしまった。

その十年後、さらに悲劇が。薬草やキノコを採取しに森をディレットと共に探索していると、はぐれた時に運悪く森に潜んでいた野盗に襲われそうになった。

この時も素早く駆け付けたディレットと村のエルフ達に救助されたものの、二度に渡り悪意ある人間によって降りかかった災難のせいでイレーナは大の人間嫌いになってしまったのだ。

それならば気持ちはわからなくもないが、過去の愚か者のせいで自分達がとばっちりを受けるのはどうにも腑に落ちない龍馬達。

だがそれを考えていても仕方ないし、龍馬達はディレットの自宅に戻った。

 

 

 

 

 

夕食は父が森と畑で採ってきた川魚や野草、キノコや野菜を使った鍋料理だった。

食卓を皆で囲み、暖かい食事を共にする。ディレットにとっては約半年ぶりの故郷の母の味だ。

シンプルで素朴な味わいに舌鼓を打ち、他愛もない会話をしながら家族と仲間の団欒のひとときを楽しむ。

この日は斎藤一家はディレットの自宅の二階に泊まり、勇斗達は来客が来た時だけ営業している村の小さな宿屋に泊まった。アレクは相変わらず車中泊だ。

 

 

翌日ーーディレットと龍馬は下の階が騒がしいことに気が付いて目が覚め、下に降りる。するとノーブルとマリアの他に村の住人であろう別のエルフがいて何やら慌てている様子だった。

 

「……お父さん……どうしたの……?」

 

「おお、ディレットか!それが大変なんだ!イレーナが行方不明になったらしい!」

 

「え!?」

 

どうやら昨日会ったエルフのイレーナが昨日の午後から出掛けてから一晩家に帰っていないそうだ。

 

「ああ、ディレットちゃん。久しぶりだね。せっかくの再会なのにこんな切羽詰まった状況ですまない。うちの娘を見ていないか?」

 

彼はアレン。ディレットも幼い頃から世話になっている、イレーナの父親だ。

 

「アレンおじさん……ううん、昨日の午後に私の家で会いはしたけど、それからは見ていないわ……」

 

「そうか……一体あいつはどこへ言ったんだ……"森に野草と木の実を取りに行く"とは言っていたが、周辺や聖域にはいなかったんだ。何か事件に巻き込まれてなきゃいいんだが……」

 

イレーナは過去に二度も悪意ある人間によって危害を加えられたことがある。今回もそうでないといいが。

 

「アレンおじさん!私、イレーナを探してきます!……リョーマ、手伝ってくれる?」

 

「ん?ああ、行方不明なんて何だか不穏な話だしな。俺でよけりゃあ手伝おう。勇斗達も叩き起こそうぜ」

 

龍馬とディレットは宿屋の勇斗達を起こしに行き、イレーナ捜索の準備をする。

トルトの森は比較的地形の高低差が少ないので龍馬とディレット、勇斗と千春の二人一組でバイクを使って行動することにした。

村のエルフ達に驚きの視線を浴びつつ、四人はそれぞれバイクに乗り込み(千春は勇斗の後ろである)、イレーナの捜索へ向かった。

 

 

 

数時間後ーーーー。

 

 

 

「見つかったか!?」

 

「"ダメだ!見つかるどころか手掛かりもねぇぞ!"」

 

ヘッドセットでやり取りをしつつ、イレーナの捜索を行うが、一向に彼女は見つからない。

 

「まったく、あのエルフ版須崎はどこに行ったんだ……」

 

「"ちょっと斎藤!聞こえてるわよ!"」

 

「ゲッ……!ヘッドセット繋がってたの忘れてた!」

 

ヘッドセット越しに千春の叱責を受けながら捜索を続ける龍馬。しかし彼女の手がかりすらなく、捜索は難航する。

だが、森の外れである物を発見した。それは……

 

「……!これは……!」

 

木の根元に落ちていたのはひとつのナイフ。ディレットはそのナイフに見覚えがあった。

 

「リョーマ!このナイフ、イレーナのよ!」

 

「何だって!?」

 

見間違えるはずがない。それはエルフ達の生活に欠かせない、小さなナイフ。イレーナがずっと愛用していたものだ。

そしてそのナイフには……血が付着している。

 

「……ただ事じゃねぇな、こりゃ」

 

「……」

 

おまけに血の付着したイレーナのナイフが落ちていた周囲にはおびただしい量の血痕が残されており、その血は森のさらに奥ーーーー"禁域"と村のエルフ達が呼ぶ場所に続いている。

 

「……リョーマ、行こう」

 

「……ああ。だけどディレット……もしかしたらイレーナは……」

 

「言わないで!……考えたくない……まだそうだと決まったわけじゃないわ……」

 

「……すまん」

 

龍馬は最悪の事態を想定したが、それをイレーナの幼なじみのディレットの前で言うのはさすがに失言だと気が付いた。

確かにこの血痕がイレーナのものとは限らないし、遺体はおろか衣服の一部すら確認出来ない以上、結論を下すのは早い。

龍馬は勇斗と千春に連絡を取り一度合流して勇斗達を村に戻らせた。ディレットの指示で村の人々に応援を求めるように伝えたのだ。

勇斗達が村に向かったのを確認すると龍馬とディレットは禁域へとバイクを走らせた。

 

 

 

 

禁域。帝国でも特に広く、深いとされるトルトの森の深部である。

昼間でも鬱蒼として暗く、不気味に曲がりくねった木々が茂っていて禁域の名の通り"明らかにヤバそうな場所"である。

実際ここには人を襲うモンスターが巣くっており、昔ここに立ち入って命を落としたエルフや無謀な冒険者も少なくない。

ディレットに続き、龍馬が追走する。視界が悪く狭いため、ゆっくりとバイクを走らせた。

謎の血痕を辿るとある場所で途切れている。

 

「イレーナ!どこ!?いたら返事して!!」

 

ディレットが叫ぶが返事は聞こえない。

 

「イレーナ!!イレーナ!!」

 

もう一度叫ぶが、やはり返事はない。しかし……

 

「待て、ディレット!……何か聞こえないか?」

 

二人はエンジンを切り、耳を澄ませてみる。すると、かすかに木を叩くような音が聞こえてきた。

 

「リョーマ!」

 

「ああ、急ぐぞ!」

 

二人は再びエンジンをかけ、音のした方向にバイクを走らせる。その方向にしばらく進むと、根元に人が入れるくらいの空間がある大木があった。音はこの根の空間から聞こえる。

龍馬とディレットはバイクから降り、木の根の空間に入り込んだ。

 

「!!イレーナ!!」

 

その空間には足を怪我して動けなくなっているイレーナの姿があった。息はあるものの、かなり衰弱している。

 

「イレーナ!しっかりして!」

 

ディレットが駆け寄り、すぐに治癒を施す。だが怪我が酷く時間がかかりそうだ。

ヒールをかけるととりあえず少し彼女の呼吸が落ち着く。

 

「……ディレット……なんで……」

 

「友達でしょ!助けに来るのは当たり前じゃない!」

 

「ごめん……私……あなたに酷いことを……」

 

「気にしないで。もういいから。それよりこの怪我どうしたの?」

 

「森に野草と木の実を採りに来て……あまり数が採れなかったから禁域の近くに来たら……禁域から出てきたワイルドベアーに襲われて……」

 

「ワイルドベアー!?」

 

ワイルドベアーはこの世界に済む凶暴な熊である。鋭い爪、強靭な牙、そして大きな体躯を誇る森や山の脅威となるモンスターだ。

 

「持ってたナイフで何とか応戦はしたんだけど……足をやられちゃって……ここに逃げ込むのが精一杯だったの……」

 

「そうだったんだ……よく頑張ったね、イレーナ。もう大丈夫よ」

 

未だ怪我の痛みに苦しむイレーナ。どうやら昨日から何も口にしていなさそうだ。龍馬はバッグから水筒を取り出してイレーナに差し出す。

 

「……やめて!私は人間の世話にはならない!」

 

「水も飲んでないんだろ。強がってないで飲め」

 

「いらないわ!誰も人間のあなたなんかに助けてなんて頼んでないでしょ!」

 

「俺だって助けられてくれなんて頼んだ覚えはない。いいから水分だけでも補給しろ」

 

「何それ……意味わかんない……」

 

なんか似たようなやり取りをずっと昔にしたような気がするが気のせいだろう。龍馬は水筒の水が入ったカップを差し出す。しかしイレーナはそれをはたき落としてあくまで拒否する。

 

「イレーナの馬鹿!!なんてことするのよ!!」

 

「人間なんて信用できないわ!!毒が入っているかもしれないじゃない!!」

 

その瞬間、パチンという乾いた音がこだまする。遅れてイレーナの頬にじんわりと痛みが走った。彼女はディレットに頬を叩かれたことをその瞬間理解した。

 

「いい加減にして!!リョーマは……リョーマはそんな人間じゃない!!彼は私が知らない色んな事を教えてくれた!!私が向こうの世界で危ない目にあった時はいつだって身体を張って助けてくれたわ!!」

 

ディレットは涙を浮かべながら頑なに龍馬を拒むイレーナを叱責する。

 

「リョーマは……魔法も使えないただの人間よ。でも私が悪い人間にさらわれた時は身体ひとつで助けに来てくれた!私やリョーマの故郷の人間だけじゃない!彼は帝都で家を放火された雑貨屋さんの娘さんを危険を省みず助けてくれたし、財産を失った雑貨屋さんのご家族がもう一度商売が出来るように走り回って手助けをしていたわ!それに悪さをしていた商会と教団の人間を捕まえて司祭の方を助け出したし、ピクシー族の里ではトロールとレイスを退治してピクシー達を救ったのよ!勝てるはずないのに神様にだって立ち向かおうとした!それでもまだリョーマが悪人だっていうの!?」

 

涙を溢れさせながらディレットは捲し立て、イレーナを圧倒する。イレーナはあまりのディレットの気迫に何も言い返せなかった。

龍馬ははたき落とされたカップを拾って濡らした布でよく拭うともう一度水を入れてイレーナに差し出した。

 

「……イレーナ。お前が人間を憎む理由はディレットから聞いた。それじゃ人間嫌いになるのも仕方のないことだ。別に俺を嫌ってもいい。だけど今は状況が状況だ。まず自分の身の安全と村に無事に帰ることだけを考えろ。俺を罵倒するのはそのあとでも遅くはねぇだろ」

 

「……」

 

「ほら」

 

龍馬が差し出したカップをイレーナはゆっくりと受け取ると水を一気に飲み干す。

昨日の夕方にここに逃げ込んでから何も口にしていなかった身体によく冷えた水が染み渡る。

 

「もう一杯いるか?」

 

龍馬のその言葉にイレーナは黙って頷いた。龍馬はカップに水を注ぎ、イレーナは再び水を飲み干す。

 

「…………ありがとう」

 

「礼はいいから今はとりあえずゆっくり寝とけ。ある程度回復したら村に帰ろう。……そうだ。"にわかせんぺい"食うか?」

 

龍馬はバッグから包装されたにわかせんぺいを取り出す。昨日皆で分けたものの残りの一枚を食べずに取っておいたものだ。

 

「"ニワカセンペイ"……?なにそれ……」

 

「俺達の世界にある俺の故郷の福岡って土地の名物菓子だ。一枚しかねぇけど何も食わねぇよりマシだろ」

 

龍馬は包装のビニールを半分切り取ってやり、イレーナに持たせる。見たこともない、気の抜けた間抜け面のような目が書かれた得体のしれないものだ。だがほのかに甘い香りがする。空腹のイレーナはその香りに抗うことが出来ず、にわかせんぺいにかじりつく。

 

「(!……お、美味しいわ……!)」

 

少し硬いがあっさりとした甘みのある焼き菓子。食べたこともない優しい味わい。空腹と疲労に満ちた身体にはとてもありがたい。

 

「……美味いか?」

 

「……うん……ありがと……」

 

「そりゃ良かった。福岡の菓子は美味いからな」

 

龍馬はにこりと笑う。

そしてディレットがヒールをかけ続けるとだんだん怪我の状態も良くなってきた。

 

「よし、もう少し回復したら村へ戻ろう」

 

龍馬がそう言って立ち上がる。

するとその瞬間、背後の木の根の隙間からいきなり太い腕と爪が伸びてきた。

 

「うわっ!?なんだ!?」

 

「……ワイルドベアーよ!獲物の私を狙ってるんだわ……!」

 

根の隙間からワイルドベアーの凶悪な眼光がこちらを睨み付けている。

 

「グルル……グオアァァァァ!!」

 

ワイルドベアーが鼓膜に響くほどの咆哮を上げる。だが体躯が大きすぎてここまでは入ってこれないようだ。

そう言えば熊……中でもヒグマのように凶暴な熊は一度狙った獲物は仕留めるまで執着する習性があると昔、ある漫画で読んだことがある。ワイルドベアーもそれに当たるのだろうか。

とりあえずここにいれば奴が入り込んでくることはないだろうが、龍馬達も身動きが取れない。そしてまだ助けが来る気配もない。

 

 

まさにーーーー絶体絶命だ。

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