アナザー・ディメンジョン -異界交流記-   作:誠龍

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第55話 母の愛

アタシの名前はルビィ・サイトウ。アルカ帝国北の黒の一族出身のダークエルフだ。

私は盗賊として一人で生きていたところを異世界の国ニホンのある家族に助けられた。

サイトウ一家だ。彼等はアークデーモンの生け贄にされるはずだったアタシを黒の一族から救い、さらにそのアークデーモンまで倒してしまった。

しかも名前のなかったアタシに"ルビィ"という名をくれた。そして養子としてサイトウ家に引き取ってもらったのだ。

そしてアタシはサイトウ家の自宅がある異世界の国ニホンのある街……フクオカのハカタという場所で暮らしている。

ここにはアタシを追う黒の一族も衛兵もいない。

アタシを産んですぐに"魔の子"だと罵った両親とは違い、アタシを引き取った人間の女性……リョーコさんは血はおろか種族すら違うこのアタシをまるで実の娘のように愛してくれている。今ではこの女性(ひと)がアタシの"お母さん"だ。

そして何を隠そう、あのアークデーモンにとどめを刺したのもこの人だ。普段は料理がうまくてお酒を飲むのが大好きな普通のお母さん。

でもひとたび誰かの危機となれば悪魔にだって立ち向かう物凄く強いお母さんだ。

ああ……それと……ニホンでは名字が先に来るらしい。だからコセキ?とかいうものではアタシの名前は"サイトウ・ルビィ"になるらしい。

夏のある日、アタシは自分の部屋で目が覚めた。

ここはサイトウ家の二階。和室と呼ばれる部屋だ。

"タタミ"という草を細かく編んだような手触りのよい敷物が敷き詰めてあり、その上に布団を直に敷いて寝ている。ニホン人は元来タタミで過ごしているらしい。

起きたのは私が最初のようだ。寝ぼけ眼で一階のキッチンに行くとお母さんがエプロンを付けて朝ごはんの支度をしている。

……未だにこんな普通のお母さんがアークデーモンを倒したなんて信じられない。

 

「お、ルビィ。起きてきたんね。ご飯食べるね?」

 

「うん……」

 

「……まだ脳みそが起きとらんやないね。先顔洗って歯磨いてきなさい!」

 

「は~い……」

 

キッチンを出て洗面所へ向かう。

ここは顔や手を洗ったり、歯磨きをする場所だ。蛇口という管を捻ればすぐに水が出てくる。不思議だ。

私は顔を洗うとニホン人が使っている白い薬を歯ブラシにつけて歯を磨く。

……うう……未だにこの"ハミガキコ"の味には慣れない……辛くてスースーする……。

だが歯磨きを終えれば口の中がすっきりだ。ようやく目が覚めた私は再びキッチンに向かい、テーブルに座る。

するとお母さんが炊いた"コメ"と"ミソシル"というスープを出してくれた。

私はお母さんから教わったニホン人の食事の挨拶をする。

 

「いただきます」

 

まだ使い慣れないが、ハシを使ってなんとか食べる。

温かいコメにミソという発酵食品を使ったスープ……なんて美味しいのだろう。

そしてお母さんが「めんどくさいから昨日の残りたい」と言って出したのは"ガメニ"という煮物料理。私はそれを口にする。

砂糖やショーユといった調味料を使って甘く煮付けたお母さん手作りのニホン料理はとても美味しくてコメ……もとい、ご飯が進む。

 

「龍馬ー!!ディレットちゃーん!!お前らいつまで寝とんか!!はよせな朝飯片付けるぞー!!」

 

お母さんが二階にいる二人に向けて大声で言った。

その声に反応して先に降りてきたのはエルフのディレット。このサイトウ家に留学のために居候している異界人だ。

彼女も洗面所に向かう。それと入れ替わりに一人の少年がやってきた。

 

「あー……ねむ……」

 

彼は常に入れた物が冷えている魔法の箱"レイゾウコ"から冷えたお茶を取り出してコップに注いで飲み干す。

彼はサイトウ・リョーマ。アタシの兄だ。

こんな寝ぼけた普通の少年だが、リョーマ()ィはとにかく喧嘩が強くて帝国での旅行で悪い商人と教団の人間を捕まえたり、雑貨屋さんを助けたり、隣国の最強の騎士と戦って勝ったりしている。

もちろんお母さんと一緒にアークデーモンを倒したのも彼だ。彼は神様からもらった籠手と自慢の喧嘩技で色んな相手に勝ってきた頼れる兄である。

その後、ディレットとリョーマ兄ィも洗顔と歯磨きを済ませて朝食を取る。

今日はリョーマ兄ィは友達と約束があるとかで"ばいく"っていう鉄の馬に乗って出かけていったし、ディレットはアルバイトがあるとかでリョーマ兄ィが出てから一時間後くらいに出かけていってしまった。

ちなみにお父さん……リュウイチロウはお仕事で私よりも早く起きて行ってしまったらしい。

家にはアタシとルミナとお母さんだけになってしまった。

するとお母さんは言った。

 

「暇やし、三人でどこかに出掛けようか」

 

アタシ達は出かけることになった。お母さんがアタシの目の前で服を脱ぎ、着替え始める。

その背中には痛々しい爪の傷跡が大きく残っている。

お母さんは……アタシを助けるためにアークデーモンと戦ってその背中に大怪我を負った。

誰からも疎まれたアタシを、お母さんは家族の人達やリョーマ兄ィの友達と共に命を賭けて助けてくれた。こんな強くて優しい人が他にいるだろうか。

着替え終わったアタシ達は"ジドウシャ"に乗り込んで準備をする。馬がなくても走る魔法の馬車だ。

お母さんの動かすジドウシャに乗って私とルミナはある場所に連れていかれた。

そこは大きな建物だ。中にはたくさんの服が売っている。

 

「ルビィの服、あんまりないしね。今日のうちに買っとこーかねぇ」

 

お母さんはアタシに似合う服を色々買ってくれた。

それも何着も。

服だけじゃない、帽子やアクセサリーもたくさん買ってくれた。

アタシはおしゃれなんかとは無縁の人生だと思ってた。でもお母さんとの出会いがアタシの人生を変えてくれた。

 

「そろそろお腹減ったやろ?ご飯食べに行こうか」

 

お母さんはアタシの手を引いてどこかへ向かう。

あったかいお母さんの手。アタシが知らなかったはずの母の愛に満ちた手。アタシはそんなお母さんの手が大好きだ。

お母さんはアタシを連れて建物の別の階へ向かう。そこには所狭しと色んなお店が並んでいてどこからもいい匂いが漂ってくる。

 

「さて、どこに行こうかねぇ……」

 

お母さんは悩んでいる。確かにこんなに沢山お店があったらどれだけお金があっても一度には食べきれない。

そんな中、料理の絵ーー"シャシン"と言うらしいーーを見てアタシは指を指した。

 

「お、お母さん……アタシ……あれが食べたい……」

 

「んー?……ほうほう、ハンバーグか。子供はみんな好きやねぇ……よし、じゃああれ食べろうか」

 

お母さんはアタシの手を引きながらお店に入っていく。

お店に入るとお肉を焼くいい香りがより一層強くなってきた。

アタシは"はんばーぐ"という料理を頼み、お母さんとルミナはパスタを二人で分けて食べることに。

しばらく待つと、店員さんが料理を運んできた。

 

「お待たせしました。ハンバーグプレートです。鉄板が熱くなってますので火傷にご注意下さい」

 

木皿に乗せられた鉄板に乗った挽き肉の塊がジュージューと食欲を誘う音を立てている。さらに肉の焼ける香ばしい香りと……肉に乗ったソースからこれまたいい香りがしてくる。こんなもの、あっちの世界じゃ貴族だって食べられないよ。

 

「うわぁ……」

 

アタシは"はんばーぐ"に手をつけようとした。お母さんはぎこちないアタシにフォークとナイフの使い方を教えてくれた。そして肉を一口食べる。

 

「はふはふ……美味しい……!」

 

「よかったねぇ、ルビィ。うまい飯が食えて。あんたがうちの息子の荷物を盗まなかったらあたしたちは出会ってなかったのに……あんたは来るべくしてうちに来たんやろうねぇ」

 

お母さんは言った。たとえ誰であっても人と人は出会うべくして出会うと。それが人の世の常なのだと。

だからアタシがリョーマ兄ィの荷物を盗んだのもーーーー必然なのだったということ。

アタシはお母さんの話を聞きながら夢中ではんばーぐに手をつける。

それとアタシはふと気になっていたことを聞いてみた。リョーマ兄ィのことだ。

リョーマ兄ィはアタシに名前を付けてくれた。"ルビィ"。この世界にある赤く輝く美しい宝石の名前。忌み嫌われたはずのこの赤い目を美しい宝石に例えたリョーマ兄ィ。彼の名前にも何か意味があるのだろうか?

 

「お母さん……」

 

「なんね?」

 

「……リョーマ兄ィの名前にも意味ってあるの?」

 

アタシはそっとナイフとフォークを置き、お母さんに尋ねた。するとお母さんはふっと笑って答えた。

 

「……もちろん。"名前"ってのはね、みんな意味があるもんなんよ。龍馬……あいつの名前はね、昔この日本という国を変えた英雄と同じ名前なんよ」

 

「ニホンの……英雄?」

 

「そうやね……今からざっと170年か180年前の話やけどね。ニホンを救った英雄……"坂本龍馬"とね」

 

「サカモト……リョーマ?」

 

お母さんは言った。リョーマ兄ィの名前の由来……それはこのニホンを変えるため、ニホンに新たな時代を作るために奔走した英雄。それが"サカモト・リョーマ"という人。

 

「昔……江戸時代っていう時代があってくさ。二百年以上日本を支配した幕府っていう組織があった。でもその組織は弱って、世界中の国が弱体化した日本を狙っとった。そんな中で日本の色んな組織を結託させて、血を流さない方法で日本を変えて強くした英雄の一人……それが坂本龍馬。あたしの息子にはね、そんな英雄のようになってほしいと思った。

でも別に国を動かせなんてデカい事は言わん。誰かのために何かを出来る、それが出来る人間に育ってほしいと思ってこの名前を付けたんよ」

 

リョーマ兄ィの名前にそんな名前があったなんて……アタシはお母さんの願いは叶っていると思った。

リョーマ兄ィは決して自分から喧嘩を売るようなことはしない。彼が拳を振るう時はいつも誰かのためだった。アタシだってそのうちの一人だ。

 

「でも……あ、これは龍馬には内緒にしときーよ。あの人にとっては思い出したくない過去やろうけん。

……龍馬はね、昔……13歳ごろまではいじめられっ子やったんよ……」

 

「え?」

 

アタシはびっくりした。あの強いリョーマ兄ィがいじめられっ子?考えられない。

 

「あたしとあの人……まあ、お父さんたい。昔は共働きでね。いっつも仕事、仕事でろくに龍馬に構ってやらんやった。その間あの子はずっといじめられて、それに耐えよったんよ」

 

聞けばリョーマ兄ィは元々気弱で泣き虫だったらしい。今のリョーマ兄ィの性格からは考えられないけど……。

 

「じゃ、じゃあリョーマ兄ィはどうしてあんなに強くなったの?」

 

「……ルビィ、あんたこないだじーちゃんちに行った時にターボって犬がおったやろ?」

 

確かにいた。とても元気で人懐っこい犬だ。

リョーマ兄ィと大の仲良しでアタシにもすぐになついてくれた。

 

「……龍馬がターボを散歩しよった時、たまたまそこに来ていたいじめっ子のグループに龍馬が絡まれてね……ターボは龍馬を助けるためにいじめっ子に噛みついたんやけど……逆にターボがガラスかなんかで刺されて大怪我してね……それを見たあの子の中でなんかがキレたんやろうね。龍馬はいじめっ子のグループを全員大怪我負わせるレベルまでボテボテにしてしまった。しかも翌日、それを咎めた学校の先生達まで……あの子はそれほど追い詰められとったんよ……なのに母親のあたしと来たらくさ……何が仕事や……子供と向き合う勇気もなくて何が母親や……」

 

自分は仕事を言い訳にしてただけだ、母親失格だとお母さんは言う。

リョーマ兄ィにそんな過去があったなんて……。

 

「確かに強くはなったかもしれん。でも学校であれだけの事件をあの子は起こしてしもうた。まだ子供やったとはいえ、その罪は一生消えん。あの子に罪を背負わせてしまったのは……あたし達親以外の何者でもないんよ……あたしゃほんと母親失格ばい……」

 

こんなに悲しそうなお母さんの顔、初めて見た……。

でもアタシはお母さんが母親失格だなんて思わない。今だってこうやってアタシのお母さんとして母親らしく接してくれている。

 

「そんなことない……!お母さんはすごく立派なお母さんだとアタシは思うよ……!」

 

「ルビィ……」

 

「お母さん、さっき言ったじゃない。"人の世は出会うべくして出会う、必然だ"って。もしリョーマ兄ィが今みたいに強くなかったら……帝国の困ってる人達だってどうなってたかわからない。アタシは黒の一族に捕まってあのまま殺されてたかもしれない。でもリョーマ兄ィの強さが、力が、思いが色んな人達を助けてきた。それはお母さんがいたから。リョーマ兄ィもお母さんがいたからこそ、こうやって強くなれたんだよ。きっとそれが"必然"。

だから……お母さんはもっと胸を張っていいと思う」

 

テーブルに身を乗り出してそう言ったアタシの頭をお母さんは優しく撫でる。

 

「あんたは優しい子やねぇ……こんな年端もいかん子に教えられるとか、あたしもまだまだばい」

 

お母さんに撫でられると嬉しくなる。

もっともっと甘えたくなる。

お母さんはそんなアタシの想いを受け止めてくれる。

 

 

誰が何と言おうと、アタシのお母さんはアタシにとって最高のお母さんだ。

 

 

 

 

 

 

昼食を終えたアタシ達は建物を出た。

するとルミナがある提案をした。

 

「リョーコさん!私、マスターのお店のデザートが食べたい!」

 

「……ルミちゃん、あんたさっきそれで珍しくデザートの類いをなんも頼まんやったんやね……」

 

お母さんが苦笑して"すまほ"を見る。

この"すまほ"はニホン人ならほとんどの人が持っている。遠く離れた誰かと会話したり、文面のやり取りをしたりといろんなことができる便利な道具だ。アタシも欲しいなぁ……

 

「うし、じゃあ車に戻ろうか」

 

「うん!」

 

お母さんはアタシの手を引いて歩く。

その時だった。

アタシは何かにぶつかった。いや、違う。"わざとぶつかってきた"のだ。

 

「キャッ!」

 

「ルビィ!?」

 

「あぁ~ん?どこ見て歩いてんだコラァ!!」

 

それは派手な服を着た目付きの悪い男で急にアタシを狙ってぶつかってきたのだ。

 

「ひ……!」

 

「ルビィ、大丈夫!?」

 

怯えるアタシを庇うようにすぐにお母さんが前に出る。ルミナはアタシを心配してくれている。

 

「……なんや、キサン」

 

「おい、ババア!テメーのガキだな?人にぶつかっといて謝りもしねーなんて教育のなってねぇガキだぜ、まったく!」

 

すると男は手のひらを向けてお母さんに差し出した。

 

「……なんや、その手は」

 

「慰謝料だよ、イ・シャ・リョー!俺様は優しいから十万払えば勘弁してやるよ!払えねぇなら……覚悟しとけよ?何たって俺はあの"黒岩組"の人間だからな。さっさと払った方が身のためだぜ?」

 

男は完全に舐めきった態度でニヤニヤと笑いながら指をクイクイと動かしている。

でも、アタシは知っている。お母さんは……こんなチンピラなんて相手にならないくらい強いってこと。

 

「……ふん」

 

「……ああ?何がおかしいんだ、ババア」

 

「慰謝料?黒岩組?笑わせなさんなよ、このバカチンが。ヤクザがカタギ相手にてめぇんとこの看板持ち出して何のつもりか?しかもこんな小さい子にいきなりぶつかりやがって、この薄汚い田舎モンのチンピラが」

 

「て、てめっ……この……!!もう許さねえ!!泣いて謝ったって知らねぇからな!!」

 

男がお母さんに拳を振りかざす。でもお母さんはそれを軽く受け止めた。

 

「な、なに……!?」

 

「相手がどこの誰かも知らんで喧嘩売りやがってからに……そんなんやけん、弱いヤツしか相手に出来んのたい!!オラァッ!!」

 

「っ!?ぎゃああぁっ!!」

 

男の手首が有り得ない方向にひん曲がる。明らかに骨が折れている。……お母さんの力は強い。リョーマやお父さんでも勝てないくらい。

 

「腕が……腕があぁぁぁ!!」

 

まるで糸の切れた人形のように男の右手首がプラプラとしている。そんな男の悲鳴を聞いてまた人相の悪い男が駆け付ける。

 

「おい、どうした!?……これは……一体……?」

 

「おう、お前さんこのクソガキの上司か?」

 

「何……!?何を偉そうに……はっ!?あ、姉御っ!?」

 

"アネゴ"?一体どういうことなんだろうか?

 

「姉御!ご無沙汰してます!」

 

「……ん?お前よく見たらアキラやないか。んで、こいつはお前の舎弟かい?」

 

「……うちのモンが何か?」

 

するとお母さんは声を荒げて怒鳴った。

 

「何かがあるかい!!このバカタレはのう、うちの大事な娘にわざとぶつかってきてからに、あろうことか慰謝料とか言うて十万よこせとか言いやがったんたい!!」

 

「……え!?お、おい林田……お前それは本当なのか……!?」

 

「うううぅ……本当です兄貴ぃ……」

 

するとその人相の悪い男は派手な服の男を殴り付けた。

 

「ぐへぇっ!!」

 

「こんの、バカタレが!!なんちゅうことをしてくれたんじゃお前は!!お前なぁ……この人はうちの親父も世話になった斎藤涼子さんだ!!お前も親父から聞いたことあるだろうが!!"鬼の涼子"の名前を!!その人に喧嘩売るなんざ、テメェ……覚悟はできてんだろうな……?」

 

「へっ?そ、そんなこと……俺は知らなかったんですぅ……!すみません……!」

 

「すみませんがあるかボケェ!!はよ姉御に謝らんかい!!」

 

すると派手な服の男は片手で土下座をして謝罪する。

 

「す、すみませんでしたぁ!!申し訳ありません!!」

 

そんな派手な服の男に対し、目付きの悪い男は冷めた怒りの目で見ながらお母さんに言った。

 

「姉御。申し訳ありませんでした。もし、アレでしたらこいつにはエンコ詰めさせますが……」

 

それを聞いた瞬間、派手な服の男は青ざめて震え上がる。"エンコ"とは何なのだろうか?

 

「あたしはヤクザやないんよ。子供の目の前でエンコなんて物騒な事言うなや。……ま、腕も折っとるし、今日はそれで勘弁しちゃるわ。おい、若いの」

 

「は、はい!?」

 

「……喧嘩売る相手間違えんなや。次は腕じゃ済まんばい。お前みてぇな田舎モンのチンピラヤクザが威勢だけで生きられるほど……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"博多(ここ)"は甘くないとばい」

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、はいぃ!!すみませんでしたぁ!!」

 

「姉御、この度はうちの若いモンがご迷惑をお掛けしました。誠に申し訳ありません」

 

「ったく、下のモンはきちんと教育しとけ。……じゃあルビィ、ルミちゃん、行こうか」

 

そう言ってまたアタシの手を引くお母さん。

さっきまで怖かったお母さんの顔はまたいつもの優しいお母さんの顔だ。

お母さんと知り合いらしい、目付きの悪い男はずっとこちらにお辞儀をし続け、派手な服の男は折れた腕を庇いながらずっと片手で土下座をし続けていた。

 

 

 

 

……ところでお母さんは一体何者なんだろうか……アタシは気になったけど、それを聞いてはいけない気がした……。

 

 

 

 

 

 

 

お母さんに連れられてやってきたのはお洒落なお店。"キッサテン"というらしい。

中に入るとなんだか香ばしい香りが漂っている。

お店には白いチョビ髭を生やした白髪のおじさんが何かを作っている。

 

「マスター、久しぶり」

 

「マスター!また来たよー!」

 

「おお、涼子さんにルミナちゃんか。いらっしゃい、久しぶりだね。……その子はどちらさんだい?」

 

「ああ、マスター。この子はルビィって言って……まあ、色々あってね。こないだ帝国に行ってきた時に養子としてうちが引きとったんよ」

 

「へえ。ということは涼子さんの新しい娘さんか。……初めまして。私はこのカフェバー"トロバドル"の店主の桜田政義だよ。よろしくね」

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

店主のサクラダさんはにっこりと微笑んで挨拶した。優しそうな人だ。

このお店は昼は"喫茶店"、夜は酒場になるらしい。なるほど、お酒っぽい瓶も沢山並んでいる。

 

「マスター!私、今日のケーキ!」

 

「あたしはコーヒーで。ルビィは何か欲しいものある?」

 

「……えと……」

 

急に言われてもわからない……何せアタシはまだニホン語の文字が読めないんだ。

するとお母さんはディレットがよく頼んでいるという飲み物を注文してくれた。

 

「マスター、この子にはとりあえずクリームソーダを」

 

「はいよ。少々お待ちを」

 

マスターのサクラダさんは注文の品を用意し始めた。そしてまずルミナの頼んだケーキというお菓子を持ってきた。

 

「はい、今日のケーキはガトーショコラだよ」

 

「わーい!いただきまーす!」

 

ルミナは器用に両手に抱えたフォークだけでケーキを細かく切るとそれを美味しそうに食べる。……アタシも食べたいなぁ。

先に食べているルミナを見ているとサクラダさんは緑色の泡立つ綺麗な液体が入ったグラスを持ってきた。上には白い雪のようなものが乗っている。

グラスには中の緑色の液体を飲むための細い筒とスプーンが添えられていた。

 

「はい、お待たせ。クリームソーダだよ」

 

「わあ……!」

 

アタシは表面の雪のようなものをスプーンですくって食べた。

……甘い。それでいてすっきりしている。口の中でなめらかに溶けて……とても美味しかった。

アタシは細い筒で中の液体を飲んで見た。

 

「!!ゲホッ!ゲホッ!」

 

口に入れた瞬間、甘さと共に舌に刺激がやってきた。なんだこれは!?

 

「ああ、ごめんねルビィ……あんた炭酸飲むの初めてやったね」

 

どうやら"タンサン"というものらしい。シュワッとしたほどよい刺激を与えるためにこの世界の飲み物には入っているのだとか。

 

「落ち着いて飲んでみ。すぐに慣れるけん」

 

お母さんがそう言うので今度はゆっくり口にしてみる。

味わったことのない甘さが口に広がり、この舌に来る刺激も慣れればやみつきになってくる。

アタシは夢中で"くりーむそーだ"を口にした。

お母さんは"こーひー"という黒いお茶を飲みながらアタシとルミナが食べるのを幸せそうに見ていた。

 

 

 

 

 

 

お店を出るとそろそろ夕方だ。お母さんはジドウシャに乗ると夕飯の買い物もしようと言い出した。

 

「ルビィ。何が食べたい?」

 

「んーと……お肉!」

 

「肉か……ほな今日は豪勢に焼肉でもしよーかねぇ!」

 

お母さんは私の食べたいものを言えばどんなものでも作ってくれる。

そんな優しいお母さんにアタシはついつい甘えてしまう。

ーーーー今まで"母親の愛"を知らなかったアタシにお母さんは惜しみなく愛情を与えてくれる。

 

 

 

親のいなかったアタシを引き取ってくれたお母さん。

異世界で出来た、強くて優しいお母さん。

アタシはそんなお母さんが大好きだ。

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