アナザー・ディメンジョン -異界交流記-   作:誠龍

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第6話 初めてのニホン文化

ディレットと対面を果たした斎藤家。

涼子の運転する車に乗り込み、三人は福岡空港を出た。

 

「あの……リョーコさん」

 

「ん?」

 

「ありがとうございます、わざわざ迎えに来てくださって」

 

「ん~、いいとよ気にせんで。そだ、ディレットちゃんお腹空いとらんね?」

 

「え、えと……」

 

そういえばこっちに来てから緊張してて気付かなかったが、言われてみれば確かに空腹だ。朝村を出発してからは飲み物にしか口にしていない。

 

「遠慮せんでいいとよ?あんたは異世界の人やけどもう私の娘みたいなもんやし。あ、エルフはめっちゃ長生きやからあたしより遥かに年上たいね?なら"年上の娘"なんかね?」

 

「年上の娘ってなんだよ……ええと、ディレット?エルフらしいけどいくつなんだっけ?」

 

そこまで聞くと運転している涼子が龍馬に渇を飛ばす。

 

「こら!女の子に年を聞くもんじゃなか!……ごめんなーディレットちゃんごめんなー、こいつデリカシーのないバカ息子でなー」

 

「いえ、いいんですよ。……えっと、私は今173歳です」

 

「173!?」

 

エルフは長命だと聞いていたが、これほどまでとは。シートベルトをしていなかったら龍馬は飛び上がっていたに違いない。

 

「ご存知の通り、私達エルフはとても長命で肉体の成熟や老化もとても遅いんです。ちなみにお父さんは360歳、お母さんは334歳です」

 

「ほな、お父さんもお母さんもそれだけ生きてても若々しいんやろうねぇー。羨ましいわ。見てん!あたしなんか普通の人間やから45でもうこげん肌はバサバサ、頭ちゃ白髪まじりのババアやけんね」

 

そう言いつつ、涼子は後ろに座るディレットをに視線を移し、ハンドルから片手を離す。

 

「おい!ハンドルをちゃんと握れ!よそ見すんな!前!前!赤信号!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で」

 

龍馬達一行ははとある店にいた。

 

「なんでウエストなんだよ」

 

「よかろうもん、別に」

 

「いや、せっかく異世界、それも福岡にわざわざ来てくれたんだからもっと他にいいとこあるだろ」

 

ウエスト。

赤い看板が目印の福岡を中心に展開するうどんチェーン店である。(※ちなみに焼肉屋の店舗もある)

 

「かーっ!あんたなんもわかっとらんな!福岡来たらうどんやろ!ラーメンラーメン言うけど、福岡はうどん発祥の地でもあるんよ」

 

うどんといえば四国の讃岐うどんが有名だが福岡はうどん、すなわち麺発祥の地と言われている。

その昔、聖一国師(しょういちこくし)なる僧が嘉禎元年(1235年)に仏教を学ぶため中国・栄に渡り、仁知二年(1241年)に帰国。寛元元年(1243年)までの2年間に博多で承天寺を開いて布教活動を行った。この時に彼が中国から持ち帰った"水磨の図"という製麺・製茶の図面の内容が広まり、これがうどん発祥の地と言われる福岡・博多うどんのルーツと言われている(※日本のうどん発祥の歴史には諸説あります)。

ちなみに博多うどんは柔らかくコシのないうどんが多いが、これは商人の町・博多で忙しい商人達が素早く食べられるようにゆで置きした麺が多かったことに起因するとの説がある。

 

 

「あの……ウドンって何ですか?」

 

初めて聞くニホンの料理にディレットは若干戸惑う。

 

「ああ、うどんっちゅうんはね、小麦粉を練って作った太い麺を醤油っていう日本の調味料で味付けしただし汁に入れて食べる麺料理のことたい。麺は向こうの世界でもあるやろ?まあ、あれとは大分違うけどね。あたしゃ肉うどんにしよ。あんたとディレットちゃんは?」

 

「俺はごぼう天うどんで」

 

「えと……」

 

まだうまく読めない日本語の文字に苦戦しながらお品書きを読むディレット。

 

「気が利かん男やね、お前は!ディレットちゃんが読むのに苦労しとるやろーも!読んじゃりぃよ!」

 

母親に言われて慌ててディレットの補助をする龍馬。

 

「ええと、うどん自体は大体はどれも同じ。乗ってる具が違うんだ」

 

「じゃあこの……えっと……き……き……」

 

「"きつねうどん"?」

 

「そう!これ何が乗ってるの?」

 

「油揚げっていう具が乗ってる。油揚げは大豆っていう豆から作る豆腐っていう食材を薄く切って油で揚げた具材だよ」

 

ディレットはお品書きの鮮やかな黄色を持つ見たこともない食材の乗った"キツネウドン"の写真に目を引かれた。

 

「ありがとう、リョーマ。じゃあ、私はこのキツネウドンで!」

 

そう言って彼女が見せた笑顔に思わずドキッとする龍馬。

 

「きつねうどんやね。んじゃ、頼もうかね。……すいませーん!」

 

涼子は近くにいた女性の従業員に声をかけ、注文する。

しばらくすると注文の品が運ばれてきた。

ディレットの前に"キツネウドン"が置かれ、熱々の出汁の中に浮かぶ白く、太い麺と三角に切られた"アブラアゲ"なる未知の食材。黒に近い緑色をした葉のようなもの、さらには半円型に切られ白にピンクの縁取りがされたこれまた未知の食材に白と薄い緑色の混じった野菜のようなものが小さく刻んであるものを涼子がテーブルの脇の黒く小さな箱から取り出して"うどんの美味しい薬味"と言ってかけてくれた。

 

「おいしそう……!」

 

「さ、伸びんうちに早よ食べようかね。いただきます」

 

「いただきます」

 

「えと……いただきます」

 

三人はそれぞれのうどんを食べ始める。が、ディレットだけはまだ上手く箸が使えない。向こうの学校で箸について一応習ってはいたが、やはりまだ動きはぎこちない。

 

「ああ、ディレットちゃんは箸やら使ったことないけんね。大丈夫?店員さんゆーてフォークに変えてもらおうか?」

 

「い、いえ!大丈夫です!早く慣れないとこの先困るだろうから……」

 

「まあ~、努力家さんやねえ。どっかのバカちんも少しは見習えばいいのに」

 

「うるせえな」

 

何とか箸を使って二人のように麺をすする。

この"すする"という行為がまた難しいのだが、四苦八苦しながらもディレットは麺を口にした。

 

「熱っ……はふはふ……」

 

熱々の出汁に浸かった太い麺はもちもちしてやわらかく、パスタのような麺とは違う食べごたえのある麺だった。

 

「おいしい……」

 

うどんを口にしたディレットはその瞬間に食欲のタガが外れ、夢中でうどんを食べ始めた。

"アブラアゲ"という黄色い食材を食べた。それはうどんの出汁を吸ってふんわりとしたジューシーな味わいでディレットの食欲を一層大きくした。

刻んだ野菜のようなものは"ネギ"というらしく、ニホンでは様々な料理の薬味として重宝されているらしく、程よいシャキシャキ感がうどんの味を引き立てていた。

ピンクと白の半円型は"カマボコ"というらしく、魚のすり身を焼いたものらしい。黒い葉のようなものはワカメという海藻だそうだ。

どの食材もディレットにとって初めて聞く食材ばかりで未知の味だったが、ディレットは夢中でうどんを食べ、出汁まで飲み干してしまった。

 

「ふぅ……」

 

熱々のうどんを食べて身体がとても熱くなった。若干汗もかいている。

 

「えーと……ご飯を食べ終わった時のニホンのお祈りは……」

 

「"ごちそうさまでした"。それだけでいいとよ」

 

「あ、はい!……ごちそうさまでした」

 

箸を置いて手を合わせる。学校でも教えてもらったマナーだが、いざ使うとなると若干慌てて思い出せない。

それにしてもニホンの食前・食後の祈りは短すぎないだろうか。

 

「そういえば……ニホンの食前・食後のお祈りは短いですよね」

 

「お祈りっちゅうか、挨拶やね。神様と頂く命と食材や料理を作ってくれた人達全てに対する、ね」

 

「ニホンの文化って奥が深いですね……私達の世界とは考え方が全然違う……」

 

もっとニホンの事を勉強しなくちゃ。そう心の中で改めて決意するディレットだった。

 

 

 

 

 

 

 

食事を終えて一行が向かったのはある場所。

涼子の勧めでやってきた。

 

「母さん、ここって……」

 

「わあ……すごく立派な神殿……ここは何ですか?」

 

「ここは太宰府天満宮(だざいふてんまんぐう)っちゅう神社よ。菅原道真公(すがわらのみちざねこう)っちゅう大昔の平安時代の貴族の人を祀ってある神社たい」

 

太宰府天満宮。福岡県太宰府市に位置する大きな神社で平安時代の貴族であり政治家でもある菅原道真公を祭神として祀る神社だ。

道真公は"学問・至誠・厄除けの神様"として有名でここ太宰府天満宮は学問成就のご利益があるとされ、福岡だけでなく全国から受験生をはじめとした多くの参拝客が毎年700万人以上訪れている。

 

「道真公は学問の神様でね。ここでお願いすれば学業で成功するご利益があるって言われとるんよ。ディレットちゃんもしばらくしたら学校に通うけん、ここでお祈りしとくのも悪くないやろうって思ってね」

 

「リョーコさん……私のためにわざわざ……ありがとうございます」

 

「いいとよ。ディレットちゃんの学業が成就すればいいね」

 

「俺も学業成就しないかな」

 

「あんたはそれ以前の問題やろ。まずは勉強を始めるやる気を出せるように道真公にお願いしとけ」

 

「ひど」

 

三人は本殿へと続く道を歩く。途中、大きな心字池という池に3本に分けて掛けられた太鼓橋という橋を渡ろうとする。

すると涼子が叫んだ。

 

「待った!ここの橋は一人ずつ渡んなさい!」

 

橋を一人ずつ渡る?ディレットにはその意味がわからなかった。すると隣にいる龍馬は何かを思い出したような顔をしている。

 

「そうだった。ディレット、この"太鼓橋"って橋は"縁切りの橋"として有名なんだ」

 

「え、縁切り!?」

 

神社参道の入口近くに広がる心字池。ここに掛かる橋は"太鼓橋"、"平橋"、"太鼓橋"の三つからなる橋でそれぞれが過去・現在・未来を表す橋でこれを渡り、水の上を歩くことでご神前に行く自らの身を清めるのだと言う。

しかしこの橋は縁切りの橋として有名で左遷の末に愛する者と引き離され、失意のうちに亡くなった道真公が橋を仲睦まじく渡る人間に嫉妬して縁を切ってしまうという説がある。

 

「せっかくディレットちゃんと会えたんやけやん、縁切りなんかぞーたんなこと!一人ずつ渡んなさい!」 (※ぞーたんなこと=『冗談じゃない』の意)

 

三人はそれぞれ別々に橋を渡り終えた。

神社参拝の作法は龍馬と涼子から教わり、この世界での学業が成就するようにとディレットはお願いした。

帰る際に涼子が学業成就のお守りと太宰府天満宮名物・梅ヶ枝餅(うめがえもち)をディレットに買ってくれた。

梅ヶ枝は小豆餡を餅で包み、梅の刻印が施された鉄板で焼く焼き餅の一種だ。

その昔、道真公が太宰府に左遷された時に毎日の食事にも事欠く道真の暮らしを見かねた老婆が梅の枝に栗餅を巻き付けて差し入れたという話に由来する。

 

「……おいしい!」

 

一口食べるとパリッと焼き上がった表面の下は柔らかくて熱々の餅と濃厚な甘さを持つ餡が絡まってとても美味しい。

菓子や砂糖が貴重なあちらの世界では決して味わえないであろうその味にディレットは笑顔を見せる。

 

「(かわいい……)」

 

梅ヶ枝を食べ、ご満悦のディレットの笑顔に見とれる龍馬。

見とれながら梅ヶ枝餅を口に運んだため、舌を軽く火傷したのは秘密である。

 

 

 

 

 

 

 

 

太宰府天満宮での参拝を済ませ、一行は斎藤家宅へと帰宅した。

 

「ここがあたし達の家。ディレットちゃんの部屋は二階にあるけん、龍馬に教えてもらいー。まだベッドと折り畳みの机しかないけん、近いうちに買いに行こうかね」

 

「ありがとうございます」

 

「じゃあ、案内するよ。こっちだ」

 

「お邪魔します」

 

ブーツを脱いで家に入る。

ニホンでは履き物を脱いで家に入ることは専門学校で習った。

 

「お、ちゃんと履き物は脱ぐんやね」

 

「はい、向こうの学校で習いましたから」

 

「結構結構。ほんならあたしは晩飯の準備するけん、呼んだら降りてきんしゃい。龍馬、あんたはその間に風呂とかトイレとか使い方教えてあげなさい」

 

「わかったよ」

 

龍馬は二階の空き部屋にディレットを案内する。その後、風呂やトイレの場所や使い方を教えた後、それぞれの部屋に戻る。

 

部屋に戻ってからしばらくすると、龍馬の部屋を誰かがノックした。

 

「……リョーマ?私だけど入っていい?」

 

「ああ、どうぞ。散らかってるけど」

 

ガチャリとドアが開けられ、ディレットが入ってくる。

 

「お邪魔します。わあ、すごい部屋ね……」

 

龍馬の部屋の壁にはアニメやゲーム、それにバイクにまたがるライダーのポスターが沢山貼ってあり、机にはノートパソコン、本棚には大量の漫画とゲームソフト、テレビの横のメタルラックにはいくつものゲーム機が並べてあった。そのほとんどがディレットにはよく分からない物だったが、なんとなく凄いというのはわかる。

 

「ま、ゴチャゴチャしてるけどその辺適当に座んなよ」

 

そう言われてディレットは龍馬のベッドに腰掛ける。

 

「なんかあんまり落ち着いて話出来なかったから今ならと思って。……迷惑だったかな?」

 

んなわけない。エルフの美女が自室にいるなんて夢みたいな話、迷惑がる奴がいるとしたらしばき倒してやりたいくらいだ。

 

「いんや、全然。むしろ大歓迎さ。……すまんね、うちの母親かなりキャラ強烈だからさ」

 

そう言って龍馬は肩を竦める。

 

「ううん、いいお母さんだと思うわ。私のためにここまでしてくれて……ところでリョーマのお父さんは?」

 

「親父は単身赴任……まあ、会社から言われて住んでる場所とは違う場所で働くように言われて今は京都って場所で暮らしてる」

 

「そう……寂しくはない?」

 

「全然。別に二度と会えない訳じゃないし、数ヶ月以内には帰ってくるよ」

 

龍馬の父親は現在は京都で単身赴任中だ。国内の大手自動車メーカーに勤めており、様々な場所で働いている。

 

「そっか。ごめんね、変なこと聞いて」

 

「別に大丈夫だよ。そうだ、晩飯出来るまで暇だし、テレビゲームでもする?」

 

「テレビゲーム?」

 

「そうか、知らないよなテレビゲームなんて。……ちょっと待ってくれ」

 

龍馬はテレビを付けてPS4を起動する。PS4のホーム画面が映り、三國志時代の武将が無双するゲームのディスクを入れてゲームを起動する。

彼はディレットに説明するためにしばらく自分がゲームを操作して手本を見せた。

 

「え!?すごい!何これ!?」

 

テレビの中で甲冑を着て剣や槍を持った人間が戦っている。よく見ると龍馬が手に持っている黒い物体でテレビの中の人間を操っているようだ。

 

「これがテレビゲーム。このコントローラーを使って画面の中のキャラクターを操作して遊ぶ道具さ。操作教えるからやってみな」

 

ディレットは生まれて初めてゲーム機のコントローラーを握る。

 

「まず左側のスティックを倒して移動させて右側にあるボタンを押して基本的な攻撃をする」

 

「すごい!本当に私が動かしてるんだ!」

 

異世界の技術は本当に凄い。こんなものまで発明している。あちらの世界では道具を使った遊びといえばカードやコインを使ったくらいのものしか存在しなかった。

しばらくゲームをして遊んでいると下から涼子の呼ぶ声が聞こえた。夕食の準備が出来たらしい。

 

 

 

夕飯はカレーだった。

程よく辛くコクのある味で、初めて食べるカレーはそれはそれはとても美味しくて、またひとつ、ディレットにとって忘れられない思い出の味となった。

 

 

美味しい夕食を食べながらディレットの故郷の話、龍馬の学校の話、涼子の思い出話など様々な話題で会話は弾んだ。

こうして、ディレットの初のニホンでの夜は更けていくのであった。

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