龍馬はある日、バイクでツーリングに出掛けた。相手は勇斗、ディレット、千春のいつものメンバーだ。
異界滞在中はずっとKDX220SRだったので久々の愛車のNinja250が懐かしい。
龍馬のNinja250は2015年モデルの中でスペシャルエディションと呼ばれる限定生産カラーだ。更にABS付きだ。
(ABSとは"アンチロック・ブレーキ・システム"の略で急ブレーキ時のタイヤのロック現象を防止するシステムである)
乗り慣れたはずのこのNinja250も何だか随分乗ってないような気がする。そう感じるくらい異界の旅は濃密な時間だったということだ。
「よし……」
龍馬はエレベーターに乗り込み、ガレージからバイクを出す。
外へ出るとディレットが愛車・KLX250に跨がって既に待っていた。
「遅いよ、リョーマ!早く早く!」
「焦んなよ、安全運転が大事だぞ」
龍馬はガレージから出るとNinja250に跨がる。
……この感触……この体勢……やはりこいつこそ自分の原点だ。龍馬はクラッチを切ってギアを1速に入れてディレットの先を走り出す。
二人は博多の街並みを抜けてマリンメッセ前を目指す。そこが合流地点だ。
そこに着くと既に二人が待っていた。
「おう、龍馬にディレット、来たか」
「四人全員でそれぞれのバイクに乗るの、何だか久々な気がするわ」
勇斗はやはり一番の愛車であるXV250ビラーゴに乗っている。千春は父の形見であるGSX-R250だ。
「龍馬、今日はどこへ行く?」
「そうだな、とりあえず志賀島行こうぜ」
「シカノ島か……ライダーの定番だね!」
「そういえば私はまだ行ったことないわ」
というわけで第一の目的地は志賀島に決定した。
海沿いを走り、アイランドシティ福岡を抜けて志賀島を目指す。
今日は雲ひとつない晴天だ。暑さは厳しいが、それもまた夏のツーリングの醍醐味である。
アイランドシティを通過した一行は海の中道を目指して走り続ける。
途中でコンビニに寄って飲み物を買い、水分を補給する。熱く火照った身体によく冷えたお茶が染み渡るようだ。
龍馬が持ってきていた塩分補給用の雨を舐めて休憩を取っていた時のこと。
一台のNinja250が入ってきて龍馬達のそばにバイクを止めた。
Ninja250のライダーはコンビニで買い物をしている。龍馬は同じNinja250乗りとしてさりげなく近づいて車体を眺める。
「これ……2016年の最新モデルじゃんか……!」
黒とガンメタリックの車体に自分のものに似た風の刃のような形の緑色のステッカーが入ったボディ。このカラーリングは2016年に発売した最新式のNinja250だ。
するとコンビニからこのバイクの持ち主であるライダーが出てきて龍馬に話しかけてきた。
「やあ、君もツーリングかい?」
「あ、は、はい!」
年は20代半ばといったところだろうか。その男性は緑と黒のライダースジャケットに緑と黒のライディングブーツ。まさに"カワサキグリーン"なスタイルのライダーだ。
「へえ……君もNinja250か。2015年のスペシャルエディション……おまけにABS付きか。なかなかいい趣味してるね」
「いやあ、お兄さんのNinjaもかっこいいですよ。最新式じゃないですか」
「ありがとう。君は友達とツーリングかい?大学生?」
「いや、俺も友達もみんな高校生です。……一人はエルフですけど」
「へえ、エルフのライダーなんて珍しいな。しかもオフロード……彼女もカワサキか。なかなか渋いじゃないか」
「やっぱりお兄さんもそう思います?」
「ああ。女性ライダーはアメリカンを選ぶイメージが強いからね」
Ninja乗りの若いライダーはふっと笑う。
その後、龍馬達は彼と多少雑談をした。
彼は今志賀島から帰るところらしい。そしてなんという偶然か、彼の友人に勇斗にそっくりな同級生がいてその友人もビラーゴに乗っているそうだ。
ただ、残念ながら社会人ゆえになかなか一緒にツーリングに行く機会にめぐまれないとのこと。
「社会人になると仕事が忙しくなるからね……なかなかお互いの休みが取れないんだ。だから君達も学生であるうちに友人たちとの時間を大事に、有意義に使うんだよ」
「はい!色々ありがとうございました!」
「ふふ、それじゃあね。良い旅を」
そして彼は青いAraiヘルメットを被ると愛車に跨がって走り去った。
龍馬達も自分のバイクに乗って志賀島を目指した。
海の中道を走り、両側に海が見えるというなかなか見れない光景が地元にあることに感謝しながら一行は志賀島に上陸して左回りに島を走る。
途中、宿泊施設のある駐車場に着く。ここは自販機と公衆トイレがあるので志賀島に来るライダー達の休憩場所になっている。
やはり平日、それも夏休みとあってか若いライダーが多い。龍馬が他のライダー達と話している間に勇斗はトイレ、千春は自販機で再び飲み物を買っている。ディレットはずらりと並んだバイクを眺めながら歩いていた。
「ふーん……見たことないバイク……こんなに一杯あるんだ。……きゃっ!?」
「おっと!?」
よそ見をしながら歩いていたせいか、ディレットは写真を撮っていた青年の背中にぶつかってしまった。
「す、すみません……大丈夫ですか?」
「いや、いいんだよ。そっちこそ大丈夫かい?」
「は、はい……」
ディレットがぶつかったのは眼鏡をかけた若い男性だ。彼のそばに目をやるとなんだか小さいバイクに大量の荷物を積んでいる。……走ってるときに倒れないのだろうか?
「……すごい荷物ですね」
「ああ、僕は日本をこいつで一周してるからね」
「ニホン一周!?」
その男性はこのバイクにキャンプ道具一式を積み込み、なんと日本を一周している旅の途中だというのだ。
そして今は福岡県に差し掛かり、志賀島に立ち寄った最中だそうだ。
「これはなんてバイクなんですか?なんか……なんとなくスーパーカブに似ているような……」
「これかい?これは"クロスカブ"。原付二種110ccの小型二輪だよ」
クロスカブ。ホンダが販売するスーパーカブの派生車種で排気量は110
海外輸出向けに生産していた小型二輪・CT110"ハンターカブ"の後継機にあたる車種でオーストラリアの郵政向けカブの一種・NBC110ポスティをベースにした改良車として日本国内向けに販売された。
本来は通勤や通学の短距離に使ういわゆる"街乗り"バイクとして、ある時はその車載カスタムの幅広さを利用してレジャーに使う"ちょい乗り・遊び乗り"に特化したバイクだ。
黒い車体には様々なステッカーが貼ってあり、後ろには大きな箱が積まれていて両サイドにもたっぷりの荷物が。……いくらカブとはいえ、本当に大丈夫なのだろうか?
「ははは、大丈夫だよ。既に日本半周したからね」
「……すごい」
「君は見たとこ異界の人みたいだけど……もしかしてエルフかい?」
「は、はい!」
「珍しいな。異界人……それもエルフのライダーなんて。何乗ってるの?」
「えっと……カワサキのKLX250です」
「オフロードか。なかなかいいチョイスじゃないか。女性ライダーには大体乗りやすいアメリカンかオールドルックのバイクが人気なんだけどね。……よかったらバイクを見せてもらってもいいかな?」
「あ、はい!どうぞ!」
ディレットは自分のバイクの停めてある場所に男性を案内した。
丁度戻ってきた龍馬達も合流し、しばらく男性と話し込む。
さらに彼の日本各地で撮った写真を見せてもらい、その絶景とも言える写真に驚きと感動を覚える龍馬達。
バイクに積んである装備を見せてもらうとテントにシュラフ、バーナーやクッカーなどに加えてカメラや雨具、着替えなどが詰まっている。
そんな彼の装備を見てディレットが尋ねた。
「着替えとかお洗濯とかどうしてるんですか?」
「上下三着くらいを着回してるね。洗濯は……まあ、日本中どこでもコインランドリーがたるし、中にはネットカフェにランドリーがあるところも多いからね。意外と困らないよ」
「そうなんですね……でもやっぱり旅は大変じゃないですか?」
「うん、大変なことも多いよ。今の日本じゃ焚き火もガスバーナーもむやみに野外じゃ使えないし、テントだって本当は建てちゃいけないところにその土地の人のお情けで特別に建てさせてもらったり……雨は特にキツいかな。特に沖縄では雨のせいで一週間も足止め喰らったし。
あと、怪我とか病気の時は本当にしんどかったね」
どうやら気ままな日本一周旅も楽ではないらしい。
特にルールの多い現代社会ではテントも建てられず野宿すら困難なこともある。ディレット達の世界のように旅の途中で夜になったら焚き火を焚いて夜営を張るなど気軽には出来ないのだ。
ここで男性からある提案が。龍馬達と自慢の愛車を撮らせてほしいと言うのだ。
「ここで会ったのも何かの縁。僕はこうやって旅の中で色んな人達と出会ってきた。君達との出会いも僕の旅のアルバムに加えたいんだけど……いいかな?」
龍馬達はもちろん快諾した。
彼は日本一周のブログを更新しているそうなので龍馬達さえ良ければブログに写真を載せてもいいかと彼は提案してきた。これも龍馬達は快諾した。
写真を撮り終えた男性はクロスカブに跨がり、エンジンをかける。
ディレットは男性に近寄って別れを告げた。
「あの……ありがとうございました!貴重なお話が聞けました!」
「いえいえ、こちらこそ写真を撮らせてくれてありがとう。またひとつ、大事な思い出が出来たよ。……そうだ、僕からひとつ。
君には自慢の愛車がある。どこにでも連れていってくれる"相棒"がね。色んな所へ遠出をして"旅"をするといい。バイクの旅はきっと君に素晴らしい思い出を与えてくれるはずだ。
……じゃあ、僕はもう行くよ。エルフのライダーさん、元気でね」
「はい!あなたもお元気で!」
男性は相棒のクロスカブを発進させ、駐車場を出発する。
ディレットは一人の旅人を通じて大事なことを教わったような気がした。
その場でもうしばらく雑談を続けた後、龍馬達も出発する。
その中で時々ピースやハンドサインをしてすれ違うライダー達。龍馬達もこれを行う。
これはライダー達の挨拶で"ヤエー"と呼ばれるもので名前の由来はインターネット掲示板で誰かが"イエー"のスペルである"Yeah"を"Yaeh"と打ち間違えたのが発祥と言われている。
そうやって走っているとすぐに海の中道が見えてきた。志賀島は小さな島だ。普通に走れば30分もかからずにすぐに一周してしまう。
龍馬達は志賀島を出て海の中道を戻るときに名物の金印ドックを食べていくことにした。
そんな中、大型バイクに乗った二人の男性がこちらに話し掛けてきた。
「やあ。君達もツーリング?」
「はい、友達と」
「いいねぇ、青春だねぇ」
一人は少々やせ形の男性、もう一人は眼鏡をかけた中年の男性だ。
龍馬は彼等のバイクをよく見てみる。
「うわ、すっげ!R1にZX-14Rだ!」
やせ形の男性は青いカラーのヤマハ・YZF-R1に、眼鏡の男性は白いカラーのカワサキ・ZX-14Rに搭乗している。
どちらも"リッターバイク"と呼ばれる1000cc以上の大型バイクだ。
「君達は学生かい?」
「はい、高校生です」
「高校生で二輪乗ってるってことは……福岡中央高校だったりする?」
「はい。全員そこに通ってます」
話を聞いてみるとどうやら二人の男性もかつては福岡中央高校に通っていたらしい。二人はそこで知り合った長年の友人だという。
二人の話によれば三十年前の福岡中央高校は博多でも屈指の不良校としてすこぶる評判が悪かったという。
龍馬達は金印ドックが出来るまでの間、二人の話に付き合うことにした。
二人は高校時代、よく峠を攻めていた……いわゆる"走り屋"である。
R1の男性は当時FZ400Rに、ZX-14Rの男性はGPZ400Rに乗って数々の走り屋達と勝負をし、無敗を誇っていた彼等は突如として現れたある走り屋と戦った。彼は生ける伝説と言われ、遂に誰も勝つことが出来なかった。今龍馬達の目の前にいる二人でさえ。
「あいつは本当にヤバかったよな。頭のネジがぶっ飛んでやがるぜ」
「ああ、あれで上には上がいるってことを痛感したしな。あいつのいる場所は俺らには届かない世界なんだって」
それから彼等は"スピード"を求めることをやめた。"到達出来ない領域"を知ってしまったから。
それからはたまにこうして二人でバイク旅をすることを趣味として二輪との付き合いを続けてきた。
「あの男、今どうしてるんだろうな」
「生きてても今じゃもう爺さんだろうな」
「……二人はその男性と話したんですか?」
龍馬が問うと二人は首を振った。
「いや、話したことはないよ。ただ、一度だけヘルメットを取ったとこを見たことがあったな。そういやあいつの乗ってたバイク……もう今じゃ見かけないよな」
「その人は一体何のバイクに?」
「"メグロ・Z98"。君が乗っているNinjaを作ったメーカー……カワサキの前身とも言えるかな。ある意味だけど」
「……懐かしい名前だな。あの走り屋の愛車……誰も勝てない"メグロのZ"と言やぁ、あの当時俺らの間で知らねぇ奴はいなかった」
実はバイクメーカーとして有名なカワサキは昭和初期から中期にかけては"目黒製作所"と言われるオートバイと航空機部品のメーカーを合併吸収した歴史がある。
その中でも有名なのがメグロ・Z97、Z98やセニアT1といったオートバイである。
目黒製作所は第二次世界大戦以前からオートバイを製造していたが、ホンダを筆頭とした戦後のメーカーに押されて業績が悪化。やむなく川崎重工に吸収され、戦前から続く唯一のメーカー・目黒製作所は歴史から姿を消した。
「結局あいつには勝てなかったけど、あれはあれで楽しかったなぁ。若さゆえに無茶したもんさ」
「ほんとだな。……おっと、君達の金印ドックが出来たようだぜ」
話しているうちにスピーカーから金印ドックの焼き上がりを知らせるおっちゃんの声が聞こえてきた。龍馬達は金印ドックの変わらない美味さに舌鼓を打ちつつ、さらにR1とZX-14Rのライダーの話に花を咲かせた。
食べ終わると彼等は二人の男性ライダーに別れを告げて海の中道を戻る。
「斎藤、次はどこへ行くの?」
「うーん、あまり遠出したら遅くなるしな。早めに戻れるように地元から近いところへ行こうぜ。……シーサイドももちにでも行かないか?」
「いいわね、そうしましょ」
千春のライダー姿も板についてきた。
父の形見のGSX-R250もなかなか様になっている。心なしかバイクに乗るようになってから彼女もだいぶ変わった気がする。
龍馬達といがみ合っていたあの頃が嘘のようだ。
志賀島を離れた一行は再び博多方面に戻り、今度はシーサイドももち海浜公園を目指した。
志賀島もそうだが晴れた日の海沿いのツーリングは多少暑くてもやはり楽しい。自然をその身に感じることが出来るからだ。
海浜公園に到着した龍馬達だが、そこで意外な人物に出会うことになる。
「こんにちは。いい天気だねぇ」
「あ、こんにちは……ってえぇ!?」
そう言って話し掛けてきたのは老齢のライダーだ。龍馬達全員がその顔に見覚えがあった。
「こ、校長先生!?」
「おや?もしかして君達は私の学校の生徒だったか」
「は、はい!僕、2-Aの斎藤です!」
何と彼はバイク好きで知られる龍馬達の学校の
「ほうほう、そうか。君達もバイクライフを楽しんでいるようだね。装備もきちんとしている。バイクも綺麗だ。いいライダー生活を心がけているな。感心、感心。……そうだ、良かったらこの年寄りの話に付き合ってくれないかね?せっかく生徒と話せる機会なんだ」
「え?ええ……大丈夫ですけど……話って?」
「ふふ、ライダーは誰しも自分のバイクを自慢したいものだろう?」
速水校長は龍馬達に"自慢の愛車"を見せた。
それを見た龍馬は目ん玉が飛び出るほど驚いた。
「……こ、こ、これは!!」
「なになに?このバイクがどうかしたの、リョーマ?」
「おまっ……!!これ……!!"ブラフ・シューペリアSS100"だぞ!?まさか生で見れるなんて……」
「ほう、若いのによく知っているね。そう、これはブラフのSS100。1929年製さ」
「……リョーマ、このバイク確かにかっこいいけど……そんなにすごいバイクなの?」
「当たり前だろうが!!こいつは"バイクのロールスロイス"って言われてるぐらいの高級車でこれ1台で豪邸が建つレベルだぞ!!」
なんと速水校長が見せた"自慢の愛車"はイギリスのオートバイメーカー"ブラフ・シューペリア"によって1924年から1940年までの16年間にわずか383台しか製作されなかった超高級オートバイであった。
速水校長の乗っているのと同じ1929年製が近年オークションにかけられ、落札された。その金額、なんと46万ドル。日本円にしておよそ3900万円の金額である。
速水校長がいくらで買ったかは知らないが、これも同じくらいするはずだ。
「さ、3900万円……やべぇな……」
「えと……トラム金貨何枚分かな……」
「……頭痛くなってきたわ」
三人ともその事実を知ってかなりの衝撃を受けているようだ。何しろ一般人では購入はおろか、下手をすれば生で拝むことすら難しいバイクだ。
ブラフ・シューペリアのバイクは型の括りはあれど、ひとつとして同じバイクはない。
速水校長のSS100も383台全てがカスタムメイドによって作られており、"速水校長の所持しているSS100"というバイクはこの場にある1台しか存在しないのだ。
まず組み立てを行ったのちに一度分解してそこから部品の塗装を始める。
そこからメッキ加工、再度組み立て、仕様によって変わるテストという大変な手間をかける上、さらにそこで顧客の要望と違ったり仕様に満たない出来の場合は顧客が納得行く仕様になるなるまで熟練した職人の腕によって何度も製造をやり直す。
これがブラフ・シューペリア製オートバイが"バイクのロールスロイス"と呼ばれる所以だ。
「そんなに驚いてくれるとは、私も嬉しいね。……皆、よかったら私の家に来なさい。他にも貴重なバイクが私の家にはあるからね。ただ、若い子達の好みに合うかどうかまではわからないが」
「いいんですか!?」
龍馬は今ではなかなかお目にかかれないバイクがあると知って食いついた。
もしかしたら一生見ることが叶わないかもしれない。そんな貴重なバイクを拝めるなら是非とも行きたいものだ。
そして龍馬達は速水校長とツーリングがてら彼の自宅へとお邪魔することにした。
彼の家はここからそう遠くない地行浜にあった。家に到着すると立派な庭とガレージのある豪邸に招かれ、龍馬達のバイクもガレージに止めさせてもらうことになった。
ガレージの中は速水校長曰く"おもちゃ箱"だそうだ。既に古いヴィンテージバイクがいくつか止まっている。
「すっげ!!インディアンのバイクだ!!」
「"いんでぃあん"?」
「アメリカのバイクメーカーだよ。ブラフ・シューペリアと同じくらい昔からバイクを作ってる」
龍馬とディレットは赤いバイクをまじまじと見つめる。
アメリカで最も古い歴史を持つオートバイ"インディアン"。そのメーカーの1928年製オートバイ"スカウト"が目の前にある。
どこかおもちゃっぽい、それでいて古さ故の美しさはやはりこういうヴィンテージバイクでなければ醸し出せない。
「お、ハーレーがあるぜ。こりゃまた古いなあ」
勇斗が眺めているのはこれまた年季の入ったアメリカンタイプの古いバイクだ。
バイクに乗らないものでも名前だけは有名なあの"ハーレーダビッドソン"だろうと勇斗は思った。
「そういえば城島君はアメリカンが大好きだったね。……ふふふ、城島君。それは残念ながらハーレーではないんだよ。ただ、同時に"ハーレーでもある"んだ」
「……?どういうことですか?」
「こいつの名前は"陸王"。昭和初期に日本がハーレーダビッドソン社から正式なライセンスを受けて国内生産した"日本版ハーレー"だよ」
大正時代以降、日本でもオートバイの需要が高まり徐々に国内生産が成されるようになったが高品質で信頼性の高い外車には多額の関税がかけられたため、価格が高騰してしまっていた。
そこで当時ハーレーダビッドソンの輸入販売を行っていた
「へぇー!日本ってハーレーを作ってたのか!」
「これはクセが強くて乗りづらいから今はあまり乗らないんだがね。手入れはしているよ」
勇斗が特別に陸王に跨がらせてもらい、その重厚さを楽しんだ。
さらにどのバイクも入念に手入れされていて速水校長はエンジンもかけてくれた。
古き良き時代、数多くのライダー達をその背に乗せて駆け抜けた名車の息吹。それを五感で感じる事が出来るというのはバイク好きにとって至上の喜びのひとつだ。
「校長先生、あのバイクは何ですか?」
千春が速水校長に尋ねたのはこれまた年季の入ったバイクだ。ホンダやヤマハといったメーカーの表記は見受けられない。これも外車だろうか?
「ああ……こいつは私が若い頃に乗っていた一番の相棒さ」
速水校長は寂しげな笑顔でそのバイクのタンクを撫でる。
「……メグロ・Z98。昔はこいつでよく無茶したもんさ」
メグロ・Z98?どこかでその名を聞いたような……
龍馬は聞き覚えのある車名に記憶の糸を手繰り寄せる。
「若い頃、こいつでよく峠を攻めててねぇ。色んな走り屋と勝負したなぁ。」
「(峠……走り屋……まさか……!?) 」
"「"メグロ・Z98"。君が乗っているNinjaを作ったメーカー……カワサキの前身とも言えるかな。ある意味だけど」"
"「……懐かしい名前だな。あの走り屋の愛車……誰も勝てない"メグロのZ"と言やぁ、あの当時俺らの間で知らねぇ奴はいなかった」"
「校長先生……まさか……あなたが伝説の走り屋……"メグロのZ"……!?」
「……斎藤君、どこでその話を……!?」
志賀島で会った二人のライダー達の話がここでリンクした。
あのライダー達が話していた無敗の"Z"のライダー。その正体は速水校長その人だったのだ。
龍馬達はあの二人から聞いた話を速水校長に伝える。
「……そうか。その二人、今でもよく覚えてるよ。あの二人だけはどんなに離しても食いついてきたからね。正直ギリギリだった。でもいい勝負だったよ。……おっと、若い頃の話だから多目に見てくれよ?
君達はそういう危ない真似はしちゃ駄目だからね」
速水校長は苦笑した。
教育者としての彼にはある"こだわり"があった。
それは自分の大好きなバイクの素晴らしさを若い世代へ伝えていくこと。
そしてバイクの正しい乗り方・安全運転の指導を学校でも行い、二輪を許可する学校として安全への取り組みを行っている。
世間一般でバイクと言えば"危険・迷惑"のイメージがやはり強い。そんなバイクのマイナスのイメージを払拭するべく、速水校長は敢えて二輪免許の取得を許可しているのだ。
実際に彼の学校では他校に比べると(高橋のような例外もあるが)二輪による生徒の暴走・迷惑行為や無免許運転は少ない。
逆にバイクの素晴らしさを生徒に伝えることで正しい運転を心掛ける若きライダーが多いのだ。
もちろん、一部の保護者からは反発もあるが「乗るかどうかは本人の意志であり、私達はあくまで安全を心掛けるように指導しているに過ぎない」と確固たる意志で反論している。
「スピード意外にもバイクには魅力はあるさ。例えば……そう、バイク旅でキャンプとかね」
「バイク旅……キャンプ……」
龍馬の脳裏にアルカ帝国からヴィヴェルタニア王国にバイクで旅をしたあの時の思い出が蘇る。
行きは少々アレだったが、帰りのちょっとしたキャンプで食べたブラウンボアのステーキの味は忘れられない。
なるほど、バイクのキャンプ。確かにいいかもしれない。
「校長先生、今日はありがとうございました」
「いやいや、こちらこそありがとう。生徒達とバイクの話が出来て私も嬉しいよ。安全運転を心掛けて、気を付けて帰るんだよ」
もう日が暮れる。龍馬達は速水校長に見送られ、彼の自宅を出た。
龍馬達が帰った後、速水校長は今日乗ったSS100も含めて手入れをする。
そして最後に……長年の相棒であるZ98を。
「……ライダーの出会いってのは不思議なもんだなあ。バイクを通じて色んな人々と出会って繋がって……そしてその出会った誰かもどこかでまた誰かと繋がっている。これが"一期一会"ってヤツなのかね。
彼等との話でお前と峠を駆け抜けた若い頃を思い出したよ。
……そういえば最近はお前には乗っていないな……久々に峠を攻めてみるか?……なんてな、冗談だよ。ま、近いうちに今度はお前と山口にでも行ってみるかな」
速水校長は長年の相棒が走りたくてウズウズしている……そんな声を聞いたような気がした。
老いたライダー。若きライダー。
彼等が紡ぐ、或いは紡いだ物語は決して色褪せることはない。
そして彼等はこれからもバイクに乗り、新たな物語を作っていくのだろう。
何故なら、人生とバイクに定年はないのだから。