オメガはラグーンとともに翌日の日本への出発に向けて準備を進めていた。
……おそらくだが、もうここには戻ることはないだろう。仲間達の墓標を残していくのは忍びないが……自分は決めたのだ。もしかしたら生きている仲間に会えるかもしれない。そんな望みをかけて前に進むのだと。
オメガは墓標の前にひとつひとつ花を添え、仲間達の安らかな眠りを願う。
この城での最後の一夜を明かすため、城内へと戻った。
いつも使っている寝室に戻り、眠る。
翌朝目が覚めるとふと、向かい側にある化粧台の鏡が目に入った。
鏡に映る自分の顔。紅色の怪物染みた瞳。そこで自分が作られた存在なのだと改めて再認識する。
「……日本なら……僕もラグーンも……本当に受け入れてもらえるのだろうか……?」
E.V.S.O.職員の青年はああ言ったが、本当に日本で自分やラグーンが受け入れてもらえるのか不安だ。
このような明らかに人間離れした外見……特にラグーンなんかはもっと酷い。気味悪がられ、石を投げ付けられるのが関の山ではないのかとどうしても考えてしまう。
そんなことになれば自分はまだしも、幼いラグーンにはあまりにも酷な話だ。
一方、不安を感じていたのはオメガだけではなかった。ラグーンも同じく日本行きに不安を隠せなかった。
「(ボクみたいな存在が本当に受け入れてもらえるんだろうか……)」
ラグーンには普通の人間としての記憶はほとんど残っていない。
日常生活が可能な程度の知識はあるものの、"元"となった素体の人間としての記憶は完全に失われている。
まあ、オメガが調べてくれた資料によれば自分はただの孤児だったらしいので過去に関してはあまり悲観する必要はないのかもしれない。
問題はこれからのことだ。人目につかないこの城ならば迫害を受けることはないだろうが、その暮らしをずっと続けるわけにもいかない。
今はE.V.S.O.が支援してくれているが、それが続くわけではないのだ。いつかは自分達の力で暮らさねばならない時が遅かれ早かれ来ていたはず。
ならば、少しでも自分達がある程度平穏な暮らしを続けられる可能性があるならばそれに賭けてみる他ない。
あの職員の青年の言うとおりならば、日本でなら自分達が暮らしていけるはずだ。……不安は残るが。
そんな不安をかき消すようにラグーンはベッドで眠りについた。
翌日。二人はE.V.S.O.の手配した専用ジェット機の機内にいた。二人の外見を配慮して民間の航空会社を使うことは避けたのだ。
機内から雲と海だけが眼下に広がる景色を無言で眺めるオメガ。そんな彼にE.V.S.O.職員の青年が声をかける。
「……不安かい?」
「……そうでないと言えば嘘になる。だが、少しでも自分達が人の世の中で暮らしていける可能性があるのなら……死んだはずの"兄弟"に会える可能性があるのなら……前に進むしかないんだ、僕達は」
傍らではラグーンがオレンジジュースを飲んで満足そうにしている。
……もう二度と
だがオメガの行いを職員の青年は知っていたようで、あの場所を墓地として管理するよう手配していた。
……この青年の気遣いに感謝せねばなるまい。オメガは口にこそ出さないが、密かに心の内側でそう思っていた。
「なあ、ひとつ聞いてもいいか?」
「ん?なんだい?」
珍しくオメガから青年に質問の言葉が投げ掛けられる。一体何だろうか。
「……何故僕達にここまでしてくれるんだ?仕事なら他にいくらでもあるだろう」
「……ほっとけないからさ」
青年は窓の外を見ながら、寂しそうな笑みを見せる。
そして彼は語りだした。自分の過去を。
「僕は昔、両親を地下鉄のバイオテロで失った。よく分からない団体が"神のお告げ"だとかかなんとかのたまいながら毒ガスをバラまいたんだ。……致死性の高い毒ガスだった。地下鉄にいたほとんどの人が死んだ。両親も含めてね。後には幼い僕と妹が残された。
僕は許せなかった。生物化学の技術を人殺しに応用する人間を。でも僕にはそんな強大な"敵"と戦う力はない。だったらせめて、バイオテロの被害に遭った人達の助けになればと思った。そうして活動を続けるうちに"E.V.S.O."設立の噂を耳にした。もちろん志願したよ。そうして今はここにいるわけだ。バイオテロの被害に遭った人達や君達のような生き残った被験者達を救うためにね」
「……すまん」
オメガは青年の哀しき過去、そしてその心の傷に不用意に触れてしまったことに対して罪悪感を覚える。
彼も自分と同じーーーー生物化学による事件の被害者だったのだ。幼くして両親を失ったその哀しみは到底癒えるものではあるまい。
「謝らないでくれよ。ただのお節介者のつまらない昔話さ。流してくれていい。
それよりもオメガ……君、いつまでも"オメガ"じゃ不便じゃないか?それは開発ナンバーの一部だろう?」
「……名前か」
確かにいつまでも開発ナンバーの一部を名前代わりにし続けるというのも何だか不便だ。
ラグーンの時は開発ナンバーすらわからなかったので不便なためにたまたま目に入った湖の絵画から自分がつけたのだが、いざ自分の名前となると何も思い付かない。
「……まあ、今すぐに考えなくても大丈夫だよ。しばらく時間はあるから。ただ、手続きにはやっぱり名前が必要だから何かいいのを思い付いたら連絡してくれよ。君とラグーンの戸籍とかも色々準備があるしね」
「……あんたがつけるという選択肢は?」
「僕はネーミングセンスが悪いらしくてね。飼い犬や小さい頃に描いたオリジナルのヒーローの名前がダサすぎるって妹にダメ出しされるくらいだから、名付け親っていうのはちょっと遠慮したいかな。責任重大だし」
そう言って職員の青年は苦笑しながら冷めきったコーヒーを飲み干した。
再び場所は戻って博多の街。
龍馬と勇斗は学校帰りにいつものようにふくまるへやってきた。
先に下校したディレットが丁度バイトをしていたのでラーメンを食べつつ、仕事の片手間に彼女と会話を楽しむ。
そんな時、ふとおばちゃんがこんなことを漏らした。
「龍ちゃん、あんた知ってるかい?この近くでまたリオングループの店が二軒も出来るんだってさ」
「えぇ?もう
おばちゃんには悪いが、確かにリオングループ系列の店の料理は美味かった。だが、この短期間にそう何軒も店を建てるなど流石に建てすぎなのではと龍馬は思う。
連日のニュースを見る限り社長のリーは日本の中でも特に福岡への進出に力を入れているようでメディアでもリーが何故これほどまでに東京ではなく福岡にこだわるのか、その意図が不明だとしている。
リー曰く、「土地や建物が安いから」だそうだがそれにしたって福岡に偏りすぎではないだろうか。
龍馬はラーメンを食べ終わると帰宅した。
家に帰って着替えてリビングに行くと丁度涼子がテレビを見ており、ソファではルビィがルミナと一緒にお菓子を食べていた。
「"……続いてのニュースです。本日未明、薬院にて発砲事件がありました。"」
……どうやらここからほど近い薬院にて発砲事件があったようだ。
正直言って修羅の国と呼ばれる福岡では非常に発砲事件が多い。
何故かというと福岡は全国で一番指定暴力団、いわゆるヤクザの本部が多く、その暴力団傘下の組による抗争が非常に多いのだ。
そのため発砲事件はしょっちゅうで不発の手榴弾がその辺に転がっていることなどもある。また、手榴弾発見を警察に知らせると賞金が出ることもあるくらいだ。
北九州の一部では暴力団が自分達の縄張り……いわゆる"シマ"においてみかじめ料を断った場合に火炎瓶を店に大量に投げ付けられたという話もあるほどである。
さらにはマンションから大陸から密輸入したアサルトライフルやロケットランチャーが大量に押収されるなど、もはや軍隊のレベルに達している組もある。
「また発砲事件か……あたしゃあんたらやルビィ達が巻き込まれたりせんかどうか不安やが……」
涼子がつぶやく。確かに子を持つ親として近辺で発砲事件が起きるというのは自分自身の身の安全よりも不安なことは確かだ。
「"……この事件による怪我人はいませんでしたが、犯人は依然として逮捕されておらず、警察の調べによりますと、今回の発砲事件は最近激化しつつある黒狼会とその他勢力による抗争の一端ではないかと見られています……"」
オメガ達は遠く離れたドイツから成田空港へと到着し、日本の地を踏んだ。そして空港にいる異界人達を目にして改めて驚いた。
異界人達の存在もそうだが、一番驚いたことは普通の一般人達が誰一人としてオメガとラグーンの外見を気にも止めていないことだ。
「お、オメガ……凄いね……ボク、こんなクモ人間みたいな外見なのに誰も気にしてないよ……」
「……異世界のそういう種族か何かと思われてるんだろうな」
外見の問題を一番憂いていた自分達にとってこれほど過ごしやすい環境は日本において他にないだろう。
誰も気にしないどころか、たまたま通りかかった売店前で販売員のおばちゃんがラグーンにお土産の品のケーキの試食を勧めてきた。
「モグモグ……美味しい!」
「あら、それは良かった。日本は初めて?帝国から来たの?あなたは何という種族なの?見た感じクモっぽいわねぇ」
「え?えっと……」
フレンドリーに接してくるが、怒涛の質問を投げ掛けてくるおばちゃんに困惑するラグーン。
そんな彼の前に職員の青年が割って入り、助け船を出す。
「すみません、彼は異界……日本は初めてで。彼は自分がお世話になったウォグスパイダー族という種族の方の息子さんなのです。留学のためにこちらへやってきて……僕はホームステイ先の仲介と案内役で彼等と日本に」
「あら、そうなんですか!若いのに関心ねぇ。その子やっぱりクモの種族なのねぇ。目が五つもあって視界が広そうで羨ましいわぁ。私なんか最近老眼が酷くて……」
ヤバい、おばちゃんトークが始まった。このままでは拘束は免れない。青年はおばちゃんの話を遮ると「乗り換えの飛行機に遅れるのでこれで」とラグーンとオメガの手を引いて足早に去る。
「……ふう。日本のおばちゃんのトーク力は凄まじいな。それより君達は表面上は"異世界から留学と就労に来た帝国民"でラグーン、君は"ウォグスパイダー族"という種族、オメガは"竜を祖先に持つ竜人族の子孫"っていうそれっぽい設定にしてるから、必要に応じてそれを演じてくれ」
「りゅ、竜人族……か……」
「ウォグスパイダー族……ありそうで無さそう……」
この日本で暮らす以上は異界人を演じた方が色々と都合が良い。
彼の言う通りの"設定"に沿うべきだろう。
……しばらくしたら福岡行きの便が出発する。それまで彼等は成田空港で時間を潰すのであった。
「さあ、ここが今日から君達の家だ。家具は一通り揃ってる。足りない物があればE.V.S.O.日本支部に何でも言ってくれ。ただ、食料品の買い物は自分で行ってくれよ?」
「色々とありがとう!」
「……恩に着る」
オメガとラグーンは職員によってある場所へ案内される。
それは博多・天神のとあるマンションの一室。今日からここが新しい住居だ。
あの城よりは遥かに狭いが、正直こちらの方が落ち着けそうだ。
「……じゃあ、僕はドイツへ帰るよ。後は日本人職員が引き継ぐけどうまくやってくれ。あ、もちろん異界人という設定は忘れずに必要であれば相応に振る舞ってほしい」
「わかったよ!」
「……わかった」
「それじゃあ、元気で」
職員の青年はドアを閉じた。
オメガとラグーンはリビングに向かう。
ベッド、テーブル、テレビ、カーペット、冷暖房、パソコンなど様々な家具が揃っている。
ただし食料品が無いため、職員によって持たされた多額の所持金を手に何か食料品を買おうと出掛けみる。
……ここに来るまでにも色々見たが、異世界の種族が本当に多い。
獣人のような者達までいるので彼の肌色や髪色、ラグーンの複眼や脇腹辺りから生えたクモの多脚を見ても誰も何も気にしない。空を見れば翼の生えた種族までビルの隙間を縫って飛んでいる。おそらく彼等も異世界のそういう種族だと思われているのだろう。
「(……見た目を気にされないのは楽だな)」
オメガはそう思いながら近くのコンビニやスーパーをラグーンと共に回って必要なものを買い揃えた。
やはりここでも彼等の外見は気にされない。普通の人間達が買い物をする中にいても誰にも気にされないので本当に都合がいい。あれだけ外見の心配をしていた自分達がバカらしい。
帰宅するとオメガはNo.B7A01-αの足取りを追うために調査を開始する。
まずはこの街のことを知るために彼はラグーンに留守を任せ、博多の空へと飛び立った。
実はオメガはカーテンウォールを練り、背中にドラゴンの翼のような形にして纏わせることで飛行を可能にしている。だが、空飛ぶ種族も多いので人目を引かないのは都合がよい。
彼はビルの屋上に降り立ち、博多の街を眺めた。
「オラァ!!」
「グヘッ!!」
数日たったある日の夜、龍馬は商店街の中でとある店に因縁をつけていたガラの悪い男を殴り倒していた。
どうやら商品を値切ろうとして断られたところ、逆上したらしい。たまたま通りかかった龍馬がそんな目付きの悪い男を糸もあっさり撃退する。
「まだやるか、コラァ!!」
「ウ……ウ……!覚エテロ!日本人メ!」
目付きの悪い男は片言の日本語で捨て台詞を吐きながら逃げていく。
「……なんだアイツ。中国人か?」
「いやぁ、助かったよ龍ちゃん!アイツしつこくてさ……」
「……気にしないでください。それより大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だよ」
龍馬が助けた古本屋の店主・長谷川は龍馬に深く頭を下げて礼を言う。
「……最近、この辺ガラの悪い中国人が増えたねえ」
「確かに……」
「それもこれもリオングループの店舗が乱立してからさ。売上は落ちるし、ガラの悪い中国人は増えるし、踏んだり蹴ったりだよ……」
リオングループの店舗の増加により、商店街事態の客足が遠退き、外食産業以外の店舗にも影響を及ぼしていた。
昨日は片山が営業する居酒屋でも酔った中国人が暴れ出したらしく、警察沙汰になった。
ただ、片山は腕っぷしが強く、さらに丁度来店していた柳川工務店の社員達も加勢して取り押さえたので怪我人は出なかったが。
龍馬は最近の中国人による被害の多発により、何か良くないことが起きるのではと予感していた。
あのリオングループが来てから何かがおかしい。不安に感じた龍馬はそれ以来、リオングループ系列の店に近づくことをやめた。
龍馬は脳裏をよぎる不穏な想像を払拭するかのようにふくまるへとやってきた。
店の扉を開けると丁度勇斗もやってきており、ラーメンを食べ始めるところだった。
「よう、龍馬」
「奇遇だな。お前も来てたのか」
龍馬は勇斗の隣に座り、ラーメンとギョーザ、ライスを注文する。
「龍馬、先にギョーザとライスだよ」
「お、ありがとよレナ」
先に出来上がったギョーザをライスと共にかきこむ。
食べ終わった頃に丁度ラーメンが出来上がり、おばちゃんがカウンターに置く。
「はいよ。ラーメン一丁」
「きたきた。やっぱりふくまるのラーメンは俺にとってのガソリンだぜ」
変わらない味。変わらない美味しさ。龍馬は先ほどのことなどすっかり忘れてふくまるのとんこつラーメンを夢中ですすっていく。
勇斗が食べ終わると同時に龍馬もラーメンを食べ終わり、一息つく。
だが、食後の一杯の水を飲み終わった時に事件は起きた。
店のドアが勢いよく開き、黒い服を着た男達が5人も中に入ってくる。ーーーー明らかに客ではない。
すると後ろの一人が先ほどの古本屋の店主……長谷川の襟を掴んで引きずりながら龍馬達の前に投げ捨てるように放り出す。
顔はアザだらけで鼻血を出し、かけていた眼鏡は割れ、服はボロボロの状態だ。
「は、長谷川さん!!」
龍馬は慌てて長谷川に駆け寄る。
「ううう……ごめんよ、龍ちゃん……こいつらが……龍ちゃんに復讐するから居場所を教えろって襲ってきて……」
長谷川は目に涙を浮かべながら龍馬に謝罪する。
それを聞いた瞬間、龍馬……いや、"博多の怒龍"は怒りを露にして黒服の男達を睨み付ける。
奴等は……中国人だ。それもその中の一人は先ほど龍馬に倒された男である。
「て……てめぇらあぁぁぁっっ!!!!」
「コレハオ前ガ蒔イタ種ダ。オ前ガオレ達ニ手出シシナケレバコノ男ハコンナ目ニ遭ワズに済ンダンダ」
「この……クズどもが……!!」
勇斗も怒りを露にし、拳を震わせながら中国人の男達を睨み付ける。
「龍馬!戦うなら私も一緒に!……商店街の人達は私の大事な家族だよ!家族を傷付けるヤツは……絶対に許さない!……おばさん、早く奥に隠れて!」
「あ、ああ!わかったよ!すぐに警察を呼ぶからそれまで耐えるんだよ!」
おばちゃんはレナの指示で店の奥にある居住スペースへと避難する。勇斗が素早く厨房の奥へ傷だらけの長谷川を避難させると、三人は一斉に中国人の男達へ攻撃を仕掛けた。
「おりゃあああ!!」
「どりゃあああ!!」
龍馬が開幕ドロップキックで店外に一人を叩きだし、勇斗がダブルラリアットでさらに二人を叩き出す。
「
腹部を目掛けた突き崩すようなレナの正拳突きが一人を倒し、残った一人を捌きからの蹴りで店外に押し出した。
「グ……!死ネ!日本人!」
男の回し蹴りが龍馬の横っ面を襲う。しかし龍馬はその回し蹴りを片手で受け止めると足を掴んだまま一本背負いのように地面に投げ飛ばして叩き付けた。
「グハッ……!!」
龍馬の追撃は終わらない。男の髪を引っ付かんで無理矢理頭を起こすとその状態から男の顔に思い切り蹴りを喰らわせる。
「おら、どうしたぁ!!」
「ガハッ!!」
反対側では勇斗が殴り飛ばした男の頭を掴んでシャッターに何度も顔面を叩き付ける。
不良達が恐れる勇斗の無慈悲の必殺技・"
「グッ……!
「あっ!待てっ!」
残った一人が捨て台詞を吐きながら突如として逃げ出す。その男を追い掛けてあろうことかレナが走り出してしまった。
「あっ!レナ待て!……ええい、勇斗!後は頼んだぞ!」
「お、おい龍馬!」
龍馬は後始末を勇斗に任せ、レナの後を追って走り出した。
逃げる男とそれを追うレナ。さらにその後ろから追い掛ける龍馬。
男は巧みに路地を抜け、レナも龍馬も離れない。そのうちとある中華料理店の前に出た。
ここは……リオングループの経営する店の前だ。
男はそこで止まるとこちらを振り返る。
「もう逃げられないよ!観念しな!」
「……観念スルノハ、オ前ラダ」
「……!?」
周囲を見渡すと男の仲間と思われる中国人達が四方八方から続々と集まってくる。
……見る限り、30人は下らない。うかつにルナ・アームが使えない
龍馬はレナと背中合わせで四方を見渡す。構える彼等にジリジリと迫る中国人達。
「……殺レ!!」
一斉に襲い掛かる中国人達。
その瞬間、予想だにしない事が起きた。
謎のエネルギー波がいくつも中国人の男達をなぎ倒したと思った瞬間、目の前に青白い肌と紫色をした髪の黒い服の人物が上空から降り立ち、男達を攻撃したのである。
「(なんだ……人間……いや、魔族!?)」
龍馬の前に降り立ったその亜人は両手に青白い炎を宿しており、そこから一気に連中をエネルギーの波動でなぎ払い、さらに自身の回りに纏ったオーロラのようなエネルギー体を変形させて殴り付け、瞬く間に男達を倒していく。
最後に一人残ってしまった男は先ほど龍馬達から逃げていた男だ。慌てて再び逃げようとする。が、目の前をまるで凍てつくように冷たい炎が塞ぎ、男の逃走を許さない。
「ヒ、ヒィッ!」
「一度しか言わないぞ……"
紅く鈍く輝く人間とは思えない目を細め、その人物は男を睨みつける。
「……シ、知ラナイ!タ、助ケ……!」
「フン、外れか……」
亜人は男の顔を掴むとその手に再び凍てつく青白い炎を宿す。男の顔の皮膚がどんどん凍傷で酷くなっていく。最後に男は地面に叩きつけられ、ボロボロで虫の息であった。
呆気に取られている龍馬とレナだったが、レナが果敢にも明らかに危険な亜人に近づき、話しかけた。
「お、おいレナ!」
「あ、あの……!助けてくれてありがとう……!」
「……僕は僕の目的のために動いただけだ。お前達を助けたつもりはない」
異界人だろうか、青白い肌と紫色の髪というまるで冷たい死人のような雰囲気を漂わせるその人物は不思議な外見をしていた。
瞳は身体とは対照的に紅い色をしており、謎の炎とエネルギーを操る力を持っている。
「……それでも私達が助かったことには変わりはないよ!あの……君の名前は……?」
「……名乗る名など僕にはない」
彼はそう言った。
単に名乗りたくないのか、本当に名前がないのかはわからない。
だが、レナは何故かこの人物のことを知りたいと強く願っていた。しかしそんなレナの想いをよそにその亜人はフワリと宙に浮かぶ。
「……僕はもう行く。さらばだ」
「待って!」
レナはいつの間にか空に飛び立とうとする亜人の腕を掴んでいた。
何故か考えるより身体が勝手に動いていた。
何故ならーーーー
この時を逃してしまったら、もう二度と会えないような気がしたからーーーー。
「また……会えるかな?」
普通ならば振りほどいて無視するところだが、何故か彼はこの少女にかすかに惹かれた。理由はわからないが。
「……知らん。だが……」
「だが……?」
「……僕もお前とはまた会いそうな気がする」
「ほんとに?」
「ああ。何となく、だがな。……お前、名は?」
「私はレナ……真龍寺レナだよ」
「……ふっ、おかしな名だ。だが、悪くない。レナ、また会おう」
レナの掴んでいた腕をスルリとほどき、彼は博多の街の夜空へと消えていった。
夜空を見上げたままのレナに龍馬が近づき、肩を叩く。
「だ、大丈夫かレナ?」
「……うん、大丈夫だよ。龍馬、お店に戻ろう」
「そうだな、勇斗とおばちゃんが心配だ。早く戻ろう」
遠く離れたドイツで生み出された人ならざる存在は一人の少女との触れ合いで感じたことのない感情を湧き上がらせていた。
「(これが……"喜び"というヤツか。まったく、バカバカしい。なんだ、僕らしくないぞ)」
その思いとは裏腹に彼ーーーーオメガはうっすらと笑みを浮かべながら夜空を舞っていた。