春休みも終わりに近付き、ディレットもこちらの生活や文化にだいぶ慣れてきた。
始業式が近付いたある日、連絡が取れないと不便だということで涼子がディレットのためにあるものを契約・購入してくれた。こちらの世界に来てからよく目にしていた"すまあとほん"の一種らしい。薄い機械の板に色々な文字や情報が映されている。残念ながらシルワ文字には対応していないので日本語で使うしかないが。
スマホは様々な機能や使い道があるのでとりあえず龍馬は基本的な連絡の取り方である電話・メール・LINEを彼女に教えていく。
遠く離れた相手と会話や文面を交わせるこの現代人の必須アイテムも、異界の住人であるディレットには驚きと戸惑いの連続であった。
つたない日本語ではあるが、最低限のメールやLINEでの会話ができる程度にはディレットもスマホに慣れてきた。
「"すまほ"って便利だね!ところでリョーマの"すまほ"は私のとは違うみたいだけど?」
「んー、今の機種気に入ってるしな。それに去年契約したばっかだし。ちなみにディレットのは最新のモデルだから俺のより性能いいな」
「……???そうなんだ?」
龍馬が言っていることがいまいちディレットにはわからないが、とにかく龍馬のよりいいものらしい。そういえば“すまほ"ひとつ取っても色々あるみたいだし、得したと思っておけばいいのだろうか。
「でもこれでリョーマとどこにいてもお話出来るね!」
そういって見せるディレットの笑顔に龍馬はドキッとしてしまう。揺れる金髪からはふんわりといい香りが漂っていて、龍馬の心拍数を更に加速させる要因となる。
スマートフォンや学校の制服、教材などディレットの学校生活に必要なものは揃った。あとは始業式を待つだけだ。
「楽しみだなぁ、こっちの世界の学校生活。友達出来ればいいなぁ」
「きっとディレットなら沢山できるさ」
「おーい、晩飯出来たぞ~」
下から涼子の呼ぶ声が聞こえてきた。
「今日はひっさびさにがめ煮にしたわ」
食卓に置かれた食器には何やら色々な野菜が入った煮物らしき料理が置かれていた。
「ガメニ……?美味しそうだけど、これはどういう料理なんですか?」
「これはニンジンやらコンニャクやらタケノコやらレンコンやらをかしわと一緒に炊いた煮物たい。うまいばい」
がめ煮は正しくは"筑前煮(ちくぜんに)"と呼ばれており、主に福岡県の北部で特に多く作られている福岡の郷土料理である(隣県の佐賀でも作られることがある)。
最初に具材を全て炒め、だし汁とシイタケの戻し汁、酒、醤油、みりん、砂糖を煮立ててそこにかしわ(鶏肉)を入れて煮込み、タケノコ、ごぼう(アク抜きをしたもの)コンニャク、レンコン、ニンジンを入れ、最後に里芋を入れて野菜が柔らかくなり、汁気が飛ぶまで煮込めば出来上がりだ。
「いい香り……!いただきます!」
「いただきまーす」
ディレットと龍馬は同時に食べ始めた。すっかり上達した箸を使ってまずはタケノコというものを口にする。
コリコリとした不思議な食感とだしをよく含んだタケノコは絶妙な加減で味付けされていて、思わずその美味しさに驚いて口を押さえる。
コンニャクという灰色のプルプルした謎の食材もこれまた不思議な柔らかい食感で煮物のだしとよく合っている。
鶏肉も柔らかくなるまでしっかりと煮込まれていてあちらの世界で食べる鶏肉料理と違って甘めのだし汁で味付けされていて非常に新鮮な感覚だ。
「美味しい!」
「やっぱりがめ煮はうめぇな」
「そらー良かった。いっぱい食べりぃ。おかずもご飯もみそ汁もまだあるけんね」
そこでディレットはもう食べなれた涼子特製のミソシルというスープをすする。このミソシルというスープはニホン人ならば誰もが食卓でほぼ毎日口にしていてニホン料理との相性は抜群だ。この味は向こうの世界では帝国お抱えの料理人でも再現は不可能だろう。ディレットは熱々のみそ汁をすすりながらそう思った。
この日は龍馬もディレットもご飯を三杯もおかわりしてしまった。
数日後、遂に始業式の日がやってきた。
龍馬が朝起きると既に制服を着たディレットが食卓についていた。
「んー……おはよう……」
「おはよう、リョーマ」
寝ぼけ眼(まなこ)でキッチンの椅子に座る。
「キサン(※『貴様』、『お前』の意)いつまで寝とんか!先に顔洗って歯ぁ磨いて着替えてこい!」
涼子に言われてぼんやりと立ちながら龍馬は洗面所へ向かい、洗顔と歯磨きを済ませて制服に着替える。
再びキッチンの食卓についたころに丁度朝食が出来上がっていた。
朝食を済ませると二人は鞄を持って家を出る。
学校までの道中、ディレットが話しかけてきた。
「フクオカって、いい街だね」
「ああ、そうだな」
「食べ物も美味しいし、皆優しいし……私ここに来てよかった」
「ちょっと血の気が多いヤツもいるけどな。なんせ修羅の国だし」
「シュラ?」
「あー、そのうち説明するよ」
そんな会話をしていると、脇にバイク屋が見えてきた。
"マックスモータース"。この店の名前だ。まだ開店はしていないが、作業服を着た男性が店先の掃除をしていた。
「お!龍馬じゃねぇか!」
この男性は冴島 恭弘(さえじま やすひろ)。このバイク屋、マックスモータースの店主だ。
龍馬と勇斗のバイクの購入店でもあり、点検や修理でもお世話になっている。
「おっちゃん、おはよう。今日はやけに早起きじゃん?」
「まあ、たまには早起きして店先の掃除したってバチは当たらんだろ。天気もいいしな。……おや?そっちの耳の長いパツ金のべっぴんさんは?」
「ああ、紹介するよ。うちにホームステイしに来た異界人でエルフ族のディレット」
ディレットが丁寧にお辞儀をして挨拶をする。
「初めまして。異界のアルカ帝国領内のトルトの森から来ました、エルフのディレット・アドミラシルです。今はサイトウさんの家にお世話になってます」
「異界人?ほう、どうりで耳が長いわけだ。それに綺麗なパツ金でべっぴんさんじゃねぇか。龍馬、お前こんな可愛い娘とひとつ屋根の下で生活って羨ましいやつだな」
ガハハ、とおっちゃんが笑う。
「俺はこの"マックスモータース"ってバイク屋やってる冴島 恭弘ってモンだ。よろしくな」
「ばいく屋?……わあ、すごい!」
ディレットが店のウィンドウガラスを見ると、そこには大小様々なバイクが並べてあった。
「なんだい?お嬢ちゃん、バイクに興味あるのかい?」
「はい!馬より早く走る鉄と機械で出来た馬……ばいくに乗ってみたいです!」
「そうかいそうかい!嬉しいこと言ってくれるねぇ!もし免許取ったら是非うちで買ってくれよ?」
おっちゃんはそう言うと開店の準備のために店の奥へと戻っていった。
「……ねえ、リョーマ」
「ん?」
「私、ばいくの免許取れるかなぁ?」
「んー、今はまだ難しいんじゃね?もう少しこっちの世界のこと知って慣れないと」
「そっかぁ……じゃあリョーマ、あと2ヶ月経ったら約束通りリョーマのばいくの後ろに乗せてね!」
「ああ、任せろ」
「やった!」
ディレットの見せる笑顔にフッと笑いながら答える龍馬。そんな会話をしていると後ろから声がした。
「朝からイチャついてんなぁ、このリア充ども」
……背後から勇斗、否、服を着たゴリラが現れた。
「今お前服を着たゴリラが現れたなとか思わなかったか?」
「お前、将来は超能力者になったらどうだ?」
「絵描きより食えなさそうだから遠慮しとくよ。……よっ!ディレット、おはよう」
「おはよう、ハヤト。あ、そうだ。ハヤト、見て見て!」
ディレットは制服のポケットから自分のスマホを取り出す。昨日買ってもらったばかりの、ピッカピカの新型だ。
「おっ!アップルフォンじゃん!しかも最新のやつ!」
「このあいだ、リョーコさんから買ってもらったの!」
「いいなぁ、俺なんかまだ龍馬のより古い機種なのに。スマホを知らない異界人に先越されちまったよチクショー。まあ、いいや。連絡先教えてくれよ」
勇斗とディレットは電話番号とLINEを交換した。まだうまく操作が出来ないので一連の操作は龍馬にやってもらったが。
「うし、なんかあったらこれで連絡できるな。電話とかLINEのやり方マスターしときなよ?」
「うん、わかった」
「OKか?じゃあ、遅れない内に学校に行こうぜ」
スマホの時計をみると意外に時間が経っている。遅刻するほどではないが、少し時間を食い過ぎた。三人は足早に学校へと向かう。
学校へ着くとクラス替えの発表があった。ちなみにディレットは初登校なので昇降口ではなく、来客用玄関から入って職員室へ向かったので途中で別れた。そこから職員の案内で自分の教室へ案内されるそうだ。
「……またお前も一緒か」
「だな。腐れ縁ってやつか?」
「まだ腐れてはないだろうよ」
「そうだな」
ハハハ、と笑いながら勇斗が龍馬の肩をポンポンと叩く。
2-1。龍馬と勇斗は今年も同じクラスだ。中学の時に出会ってからはずっと同じクラスのような気がする。
……こいつと出会ってから色々あった。今では大事な親友だ。
そんなことを考えながらまずは始業式のために体育館へ向かう。
この学校の校長はよくある校長と違って話が短い。暇さえあれば校長室でツーリング雑誌を読んでいるようなバイク好きだ。さっぱりとした性格でダラダラと長話をする校長のテンプレは好まない。しかも自動二輪クラスまでバイク免許OKのこの学校はバイク好きの男子からは支持が厚いし、フレンドリーな性格のため女子生徒からの人気も高かった。
校長の話が今回もささっと終わり、龍馬達は2年生用の新しい教室へ移動する。担任が来るまではしばらく時間がかかるようだ。
「おい、勇斗。一狩りいかねえか?」
「いいぜ」
龍馬と勇斗は3DSを取り出し、流行りの狩りゲーを始める。適当に欲しい素材のモンスターを狩って一喜一憂していると、後ろから声がした。
「ちょっと!あんたたち!」
気の強そうな少女の声だ。後ろを向くと黒髪のショートボブの少女が眉間に皺を寄せてこちらを睨んでいる。
「げっ、須崎……」
「またゲームを持ち込んで!没収されたいの!?」
須崎 千春(すざきちはる)。1年生の頃は隣のクラスにいた風紀委員の女子生徒だ。学校にゲームを持ち込んで休み時間などにプレイする龍馬達を快く思っていない。彼女にとって龍馬達のような存在は学校の風紀を乱す、いわば目の上のこぶのような存在であった。
「おやおや。須崎さんが一緒のクラスとはね。……龍馬、ここは大人しくしとこうぜ」
勇斗は3DSのスイッチを切り、鞄にしまう。龍馬もしぶしぶ自分の鞄に3DSをしまった。
「今度見かけたら没収するからね!」
千春はツンとした表情で席に戻った。時折こちらをチラチラと見ては睨み付けている。
「鬱陶しい女だよな、全く……」
龍馬は彼女に聞こえないように悪態をつく。
「まあ確かに口うるさいけど、彼女のことは俺は嫌いじゃないぜ?別に間違ったことは言ってないしな。それにツンツンしてるけど、見た目は美人だし、意外とファンも多いって話だぜ?」
「マジかよ、そいつらよほどのマゾかかなり頭のイカれた連中だな」
「だけど彼女と同じクラスってのは流石に窮屈だな。俺等はどうも嫌われてるみたいだし、大したことじゃなくても口うるさく言われかねん。龍馬、しばらくは大人しくしていようぜ」
「ハァー……高校2年のスタートがこんなに憂鬱な日になるとは……」
龍馬はやれやれといった感じで肩を落としてため息をついた。
ザ・風紀委員キャラといった彼女は1年の頃から何かと龍馬と勇斗の二人に突っかかっていた。学校生活での小言は日常茶飯事で、酷い時はツーリングの帰りに二人で寄ったコンビニで遭遇し、やたら責められたことがある。学校がバイクを許可しているのにも関わらず、だ。
もちろん、龍馬達はノーヘル特効服騒音撒き散らしというような暴走族スタイルで乗っていたわけではない。二人ともきちんとフルフェイスヘルメットを被っていたし、安全のためにプロテクター入りのグローブやジャケットも着用していた。
にも関わらず、彼女は『バイクに乗る人間は皆暴走族と同じだ』だの『バイクなんてこの世から無くなればいい』だのその時だけは異常に憤慨していた。
このように千春と龍馬達は何かと衝突していた。大抵は千春が突っかかっているような気もするが。
あまり大きな騒ぎにならないのは勇斗の仲裁にある。彼がやや喧嘩っ早い龍馬をなだめ、千春に言われた通りに大人しくするのでこれまで多少の口喧嘩はあっても、大きな争いには発展しなかった。
二人は3DSが出来ないので、代わりにバイク談義に花を咲かせた。
そのうち担任がやってきてHRとなり、今日は始業式なのでこれで下校となった。
「あ、リョーマ!ハヤト!」
同じ階の教室から出てきたディレットと出くわした。どうやら異界人向け学級の教室は同じフロアにあるらしい。教室からは他の異界人留学生がゾロゾロと出てくる。普通の人間もいればエルフやハーフリング、獣人や魔族までいる。
「ディレットか。どうだった?」
「うん、今日は"ほーむるーむ"だけで終わったけど、楽しかったよ!」
「そりゃ良かった。さて、帰ろうか」
「うん!」
ディレットと勇斗も一緒に帰ろうとしたら、後ろから肩を掴まれた。
「ちょっと」
千春だった。相変わらずのしかめっ面でこちらを睨んでいる。
「……何だよ」
「不純異性交遊は校則違反よ。知ってるでしょ?」
「は?」
「その娘……異界人でしょ?何であんたみたいなヤツと仲良くしてるの?」
もはやここまで来るとただのチンピラの言いがかりと同じレベルだ。龍馬が口を開く前に勇斗が先に反論した。
「おい、須崎。流石に言い過ぎだろ。龍馬はそんなことしちゃいねえよ。それにこの娘は龍馬の家にホームステイしてるんだから仲が良いのも当たり前だろ」
「ホームステイ?……ふーん。あなた、名前は?」
「え?あ、あの……ディレット……エルフ族のディレット・アドミラシルです……」
「ひとつ言っておくわ。この斎藤と城島ってヤツはロクでもないやつだから気を付けなさい。一緒に住んでる斎藤には特にね。それと、あなたもおかしなことをしないようにね。風紀委員の私が見張ってるから。異界人だからって特別扱いはしないわ」
千春はディレットを睨み付ける。
「おい、いい加減にしろ須崎!いくら風紀委員だからって言っていいことと悪いことがあるぞ!俺や勇斗はともかく、ディレットは何も悪くないだろ!」
あまりの発言に遂に龍馬が大きな声を上げた。
しかし千春はフン、とそっぽを向いてスタスタとその場を去っていってしまった。
「あのクソ女……!」
龍馬は歯ぎしりをして拳を握り締める。彼女が女でなければ今すぐ追い掛けてぶん殴ってやりたいところだ。
「私、何か悪いことしたのかな……」
ディレットは不安そうな顔でうつむく。
「気にすんなよ、ディレット。ありゃ彼女の発作みたいなもんだからあまり気にしすぎると身が持たないぜ。……とはいえ、流石に今回は言い過ぎだったな」
勇斗は肩をすくめてそう言った。
「せっかく午前中で帰れるんだから気晴らしにゲーセンでも行こうぜ」
「ああ、いいな」
「げーせん?」
「まあ、行けばわかるさ」
勇斗の提案で三人はゲームセンターに向かうことにした。
三人は雑談を交わしながら天神へと向かった。が、その時勇斗がある人物を見つけた。
「ん?あれって……」
「須崎か?あいつ何してんだ」
千春がガラの悪い男数人に絡まれている。制服は学ランで龍馬達の学校の人間ではない。
「このアマ……テメェ、いいところで水差しやがって!」
「あんたらが悪いんでしょ!嫌がってる女の子無理矢理連れて行こうとするなんて最低ね!恥を知りなさいよ!」
「言わせておけば調子に乗りやがって……!オラァ!」
「キャッ!」
男が千春の顔を殴る。その場に倒れ込む千春。
「……!ディレット、ここにいろ」
千春が暴力を受けたのを見て走り出す龍馬と勇斗。
「あっ、ちょっと!リョーマ!ハヤト!?」
ディレットが止める間もなく二人は向かっていってしまった。
「……ったく……ん?こいつよく見たら結構イケテんじゃねぇか……ヒヒヒ、お前ら、どうする?」
男と周囲の仲間達が下品な笑みを見せる。
「決まりだな。よし、カラオケ連れ込んでヤっちまおうぜ」
「ヒッ……!」
涙目の千春に手を伸ばす男。だが、その手は急に横から凄い力で掴まれた。
「いッ、イデデデデ!!!!」
次の瞬間、男は顔面を思い切り殴り飛ばされ、そばにあった自転車の列に突っ込んで気絶してしまった。
「あァ!?なんだテメェらは!?」
周囲の男の仲間達が千春を背に立ちはだかった龍馬と勇斗を睨み付ける。
「悪いな。女殴る男はどうしても許せねぇタチでな」
「そういうことだ。……それにこちとら今日はすげぇ機嫌が悪いんだ……御託はいらねぇティガレックスとっととかかってこいクソども!」
「野郎!舐めやがって!!」
一斉に男達が龍馬と勇斗に襲い掛かる。
「オラァッ!」
龍馬は先頭の金髪ロン毛の男にボディーブローをかまし、前のめりになったところで頭を掴んで膝蹴りで顔面を思い切り蹴り飛ばす。
「悪いな、寝てろ!」
勇斗は横にいた二人の男の頭をそれぞれ片手で掴んでお互いの頭に打ち付けて一撃で二人をノックアウトした。残った一人の男は龍馬が投げ飛ばし、仰向けに倒れたところに顔面に思い切りストンプをかますと気絶して動かなくなった。
「ふう……こんなもんか。龍馬、終わったか?」
「ああ。しかし弱っちい奴等だ。歯応えがねぇ」
龍馬は手をパンパンとはたくと、手をついて倒れ込んでいる千春に手を伸ばす。
「……おい、立てるか?」
「……ッ!やめてよ……!誰も助けてくれなんて頼んでないでしょ……!」
「俺も助けられてくれなんて頼んだ覚えはない」
「……何それ。意味わかんない……」
強引な理屈を言ってなお彼女に手を差し伸べる龍馬。
「……一人で立てるわよ」
龍馬の手を無視して立ち上がり、スカートの汚れを払う千春。
その時後ろから目を覚ました男の一人が龍馬に向かって突進してきた。手にはバタフライナイフが握られている。
「うるぁああああああ!!!!死ねやあああああ!!!!」
「リョーマ、危ない!!」
ディレットが男に手を向けて何かを呟く。
「焔の精霊よ!我が呼び掛けに応え、力を貸したまえ!フルゥム!」
すると握りこぶし大の火球がディレットの手から放たれ、男の髪に直撃して引火した。
「あぢっ!?あちちちち!!髪が!!俺の髪がぁ!!」
男は自分の髪に燃え移った火をはたきながら悲鳴を上げてどこかへ走り去ってしまった。
「リョーマ!大丈夫!?」
「ああ、助かった。あれがディレットの精霊魔法か。初めて見たぜ」
「スザキさんも無事?」
「え、ええ……ありがとう」
そばに落ちている千春の鞄をディレットは拾って彼女に渡す。
「……何があったの?」
「……うちの学校の女子生徒がさっきの奴等に絡まれてたのよ」
「それでお前はアイツらに一人で喧嘩売ったのか?はぁ……俺等が来なかったらお前大事になってんぞ」
「……うるさいわね。助けを求めてる人間を放っておけるわけないでしょ」
「だからってミイラ取りがミイラになってどうすんだよ。……ったく、もう無茶はするんじゃねぇぞ」
龍馬は放り出していた鞄を拾う。
「ハア……もうなんか萎えたな。ゲーセンは今度にするわ。勇斗、ディレット、行こうぜ」
「ああ、そうだな。今日は帰るか。じゃーな、須崎」
「スザキさん、またね」
三人はそう言ってその場から立ち去る。
その場に一人残された千春は遠ざかっていく龍馬達の背中を見つめて小さく呟いた。
「……ありがと……」
「ってなことがあったんだよ」
「ふーん、そりゃあ初日から災難やったことたい」
夕食の席で龍馬は今日あった出来事を話す。
「でも、リョーマとハヤトって強いのね。びっくりしちゃった」
「まあな。親譲りかもな」
そう言って龍馬は夕食のおかずのトンカツを口に運ぶ。
「そこのオバハンとか俺より遥かに強いぞ。親父も勝てない」
「え?そうなんですかリョーコさん?」
「おう、今でこそこんなショボいババアになったけど、腕っぷしなら今でも若いヤツには負けんばい」
実は涼子は高校時代、"鬼の涼子"と言われて恐れられていた。男顔負けの腕力で他校のヤンキーをぶちのめし、それでいて面倒見のいい性格だったため後輩からは男女問わずラブレターが耐えなかったらしい。
「あたしも若い頃はよくモテたんやけどねぇ……あの頃が懐かしいばい。みんな今どげんしよんやろか」
涼子は思い出に浸りながら麦焼酎を一口飲む。
「良ければリョーコさんの若い時のお話、聞きたいです!」
「あ、バカ、ディレット……酔っ払いにそれ言ったら……」
「あん?あたし酔っ払っとーけん、多分長々と話するばい?それでもいーとね?」
「はい!是非!」
「寝れなくても知らねーぞ」
その夜、斎藤家では夜遅くまで涼子の学生時代の話が続き、笑い声が絶えなかったそうな。