ある日の斎藤家。
その作業を担当しているのは柳川工務店の社員達である。
「おい岡本!ボサッとすんな!」
「はーい!!……ったく、倉田さんは人使いが荒いんだから……ブツブツ……」
「なんか言ったか!?」
「いえ!!何も言ってません!!」
柳川工務店にとってはいつもの日常だ。
ややサボりがちな岡本を倉田が怒鳴り、そして岡本が愚痴る。一見相性が悪いように見えるがこの二人、これで持ちつ持たれつな関係で仕事はちゃんとこなすのでヴィダールと柳川社長は「相変わらずいい凸凹コンビだな」と笑いながらそれを見ている。
「はーい、皆さんお疲れさまー。アイスコーヒー入れたからちょっと休憩して飲みぃー」
涼子が柳川オールスターズにアイスコーヒーと塩飴の差し入れをする。ちなみにヴィダールはコーヒーが苦手らしいので麦茶である。
まだ日中は残暑が厳しい9月、太陽の下での作業で火照った身体にはありがたいものだ。
ガレージの一階に移動し、日差しをそこで避けながら休憩をする。
涼子と共に飲み物を飲みながら一連の出来事について倉田と岡本は話す。
「しかし、ほんとに大事件だったなぁ。うちの会社はあんまり被害受けなくて良かったよ。ところで、涼子さん。この事件解決したの龍馬君なんだって?」
「そうそう、なんでも裏で糸引いてた奴ぶっ飛ばしたって話じゃないスか」
龍馬の噂は商店街やその周辺にまで知れ渡っているようだ。
彼は自分が住む街のため、故郷のため、新たな仲間達とともにこの事件を解決へと導いた。
なにせあのリオングループの会長がボロボロの息子を連れて、自らも怪我を負っているにも関わらずわざわざ家まで謝罪をしに来たのだ。
そして暴動による斎藤家の修繕費は全てレイが受け持つと約束した。
斎藤家だけではない、この周囲一体の被害を受けた家屋全てにリオングループが修繕費を出している。
「ほんっと、あのバカ息子っちゃ……どれだけ親に心配かけりゃあ気が済むんかね……下手したら自分が死ぬかもしれんのにマフィアやらヤクザやらに喧嘩売ってから……」
「でも勝っちゃったんでしょ?スゲーな龍馬君。どんだけ喧嘩強いんだよ」
「少なくとも根性なしのお前よりは強いと思うぞ」
「よく言うよ倉田さん。奥さんの尻に敷かれてるくせに」
「おう、岡本。死にたいなら手伝ってやるぞ」
「ギャーッ!!痛い痛いやめて!!」
倉田が岡本にコブラツイストを仕掛け、岡本の悲痛な叫びがこだまする。
相変わらず見ていて飽きない会社の社員達だなと涼子はコーヒーを飲みながら岡本が悲鳴を上げる様をしばらく観察する。
ーーーーあれから被害を受けた博多の各所は徐々に復興し、かつての活気を取り戻しつつある。
様々な工務店や建設会社の社員達がリオングループの出資のもと、損害を受けた建物の復旧作業に取り掛かり、皮肉にも大規模な暴動によって博多の住民達の結束力は逆に高まった。
自分達が愛したこの
さすがに龍馬の事は表沙汰にはなっていない。が、この街に住む多くの人々は知っている。
街を守るために命を懸けた少年とその仲間達の戦いを。
そして、博多の"龍"の存在を。
「「「「かんぱーーい!!」」」」
ふくまるの店内にビールグラスの音が響き渡る。今日は商店街の人々がふくまるに集まり、祝杯を上げていた。
商店街だけではなく、
ビールを飲みながら源さんや長谷川が満足そうに声を上げる。
「いやあ、さすが龍ちゃんだ!街そのものを守っちゃうなんてな!それに愛華ちゃんまで助け出したんだろ?すげえよなあ!」
「まったくだ!よっ、博多の伝説の龍!」
「よせよ、照れるぜみんな」
龍馬はコーラの入ったグラスを片手に頭をポリポリとかいた。
一緒のテーブルにはレナとブラッド、ラグーンも座っており、共に食事を楽しんでいる。
「今回は彼等もいたからここまでやれたんだ。俺一人じゃさすがに無理だったよ」
「龍馬、謙遜しなくていいんだよ」
「ああ。リーとの決着をつけたのは間違いなくお前とレナだ。もっと誇っていい」
「そうだよ!もっと胸を張ろうよ、龍馬!」
リオングループが日本から撤退し、神鳥会が首魁リチャード・フェイの死により崩壊状態になったことで商店街もかつての活気を取り戻しつつあった。
臨時休業をしていた店も復活し、大きく被害を受けた古本屋の長谷川も今ではすっかり良くなっている。
ーーーーこれだ。これが自分が生まれ育った故郷の本当の姿なんだ。龍馬はそう思いながらコーラを口にする。
「そういえばブラッド、お前E.V.S.O.で働くことになったんだって?」
「ああ。もし僕やアルファ……ジーンのような存在がいたら……そういった者達を救えるようにな」
あの事件の後、ブラッドは元々コネを持っていたE.V.S.O.で職員として所属することになった。もう二度とジーンのような存在を出さないように。そして自分のような存在が社会で生きていけるようにそれを支援するために。
「さあ、今日は店の在庫がなくなるまで腕を振るうからね!!あんたら覚悟しな!!」
「みんな、今日は沢山飲んで食べてってね!私とお母さんからの奢りだよ!!」
うおおおお、と歓声が上がる。おばちゃんがこれまでの遅れを取り戻さんとばかりに張り切って鍋を振るい、愛華が次々に料理を運んでくる。
衰弱状態にあった愛華も今ではすっかり回復し、母と共にいつものようにふくまるを経営している。
丁度料理が運ばれて来た時に遅れてやってきたメンバーが三人。
「悪ぃ!遅くなった!」
「みんな、お待たせー!」
「えっ、もうだいぶ盛り上がってるじゃない……!」
勇斗、ディレット、千春の三人である。
彼等も自分の用事を済ませて途中参加でこの宴にやってきたのだ。
そして宴は……いつもの営業時間を越えて夜更けまで続いたのであった。
翌日。龍馬とレナはバイクに二人乗りをして平蔵の家に来ていた。
理由は"レナの父・真龍寺誠との関係"を聞くためだ。
「じーちゃん。真龍寺誠って人を知ってる?」
「……龍馬。お前どこでその名前を聞いたんか?」
「龍馬のおじいさん。真龍寺誠は……私のお父さんです……」
「…………なるほどな。あんたあいつの娘かい」
平蔵はしばらく黙り込んでから立ち上がると部屋の本棚から一冊のアルバムを取り出す。そしてその中から抜き取った色褪せたモノクロ写真を二人に見せた。
「……これは!」
「龍馬のおじいさんと……私のお父さん!?」
そこには傷だらけだがいい笑顔である若かりしころの二人が写っていた。
平蔵は袴を履いており、誠は胴着を着ている。その屈託のない笑顔は娘にどこか似ていた。
「……道場破りっちゅうてから入ってきたのがあんたんがた親父さんたい。そりゃもう強かった。どうやっても決着はつかんかった」
話によれば誠は幼い頃身体が弱かったために真龍寺の"血の力"をコントロール出来ずに命の危機に晒されることが何度もあったらしい。そしてその身体の弱さゆえにいじめの対象となってしまった。
さらに彼はその虚弱体質故に真龍寺の親族から爪弾き者にされ、父や母にすら失望されたという。
誠はこれを気に必死で己を鍛え上げた。そしていじめていた連中を"血の力"のコントロールによって再起不能なまでに叩きのめし、自分を蔑んだ父親さえも圧倒的な力で地に伏せた。
あまりに強くなりすぎた彼を恐れ、母親はいつしか蒸発してしまい、父親も彼を避けるようになった。
皮肉にも孤独を抜け出すために力をつけた彼に待っていたのはーーーー"強すぎる"という孤独であった。
まだ若かった誠は行き場を失い、荒れた。そんな彼の気を紛らわせてくれるのは……"戦い"だけだった。
彼は日本中、そして中国にまで渡り、各地の名だたる格闘家や武術家を倒して回った。
そんな中、日本に帰国して各地を行脚していた誠は平蔵の噂を聞き付けて彼はやってきた。
その戦いは壮絶なものだったらしい。
五十嵐流が全てを受け流す"柔"ならば血の力による強大なパワーを引き出す真龍寺流は"剛"。
結局勝負はーーーーつかなかった。
それからというもの年月は流れーーーー平蔵も誠も楽しみにしているのだ。
いつか自分達が辿り着く……最後の決着を。
誠が平蔵のことを知っていたのにはそういう事情があったのだ。
その後、龍馬とレナは平蔵に見送られて福津市を後にする。そしてレナのカバンにはーーーー
平蔵から譲ってもらった大好きな父の若かりし頃の写真が大切にしまわれていた。
いつか自分も、父と同じ……いやーーーー
父を越える強さを身に付けるために。
そのまた翌日。レナは父へ電話をしていた。
理由はただひとつ。リーの母親の死に関してだ。
「お父さん……」
「"……なんだい、レナ"」
「……リーから聞いた。お父さんがリーのお父さんに勝ってから、リーのお父さんもお母さんも世間的に追い詰められてお母さんは自殺したって……」
「"…………"」
電話の向こうからは、一時の沈黙のみが流れるだけ。
リーは父のレイが勝負に負けたことにより世間から批難を受け、結果的に母親はそのせいで精神を病み、自殺に追い込まれたと。そう彼は語った。
だからこそ、真龍寺誠を許せないと。それは今でも変わらないと。
「"…………ああ、そうだ。俺は間接的にあいつの母親を死に追いやった。それが全てさ"」
「……そう」
「"……俺が嫌いになったかい?まあ、無理もない。いわば俺は人殺しにも等しい。何て言ってくれても、罵っても構わないさ。なんなら……"」
「そんなことない!」
レナははっきりと答えた。
そんなことは関係ない。たとえどんな過去があろうと父は父だ。
世界で一番、自分が愛する肉親。そのことに変わりはない。
「私は事実を確認したかっただけ。お父さんは強さを求めただけ。悪いのはそんな批判をした世間だよ。お父さんは何も悪くない。だから……誰が何と言おうと……世界中がお父さんを批難しようと……私だけはずっとお父さんの味方だから……」
「"…………そうかい。そりゃあ、光栄だ。こんな親孝行な娘を持って……俺ぁ世界一の幸せもんだ"」
平蔵との戦いを経て誠は一人の女性と出会い、結ばれた。
彼女との間に生まれた一人の娘。元気に泣き叫ぶ生まれたばかりの我が子を抱いた瞬間に誠はようやく気付いた。
真の"力"とは"誰よりも強いこと"ではない。
真の"力"とは"誰かのために強くある"ことなのだと。
"守るべき者のために強くある者"こそが、真の強者なのだと。
誠は決意した。己が強くなるためではない、"守るべき家族のために強くあろう"と。
そんな父親の愛情を、レナは身に染みるほど受けて育ってきた。
だからこそーーーーたとえ事実がどうあれ、レナにとって誠が"強くて優しい、大好きな父親"であることに何ら変わりはないのだ。
「"……おっと、来客だ。もう電話を切るよ。じゃあな、レナ。リーに勝ったからといって腑抜けないで精進するんだぞ"」
「もちろんだよ、お父さん!」
「"はは、それじゃあな"」
誠はそう言って電話を切る。
"来客などいない"状況で。
「……お前は…………本当に優しい子だ…………俺は今……本当に幸せだよ…………」
電話を置いた誠。
彼の頬には一筋の涙が流れていたーーーー。
二日後。龍馬は学校の帰りに勇斗と共にふくまるへ立ち寄ることにした。今日はディレットがシフトなので店にいるはずだ。
いつもの商店街を通り、店へ辿り着くと見慣れた引き戸をガラガラと開ける。
「いらっしゃいませー!」
「……あ、リョーマに勇斗じゃない!いらっしゃい!」
愛華とディレットの声が店内に響き渡る。見慣れた店内。いつもの光景。 そんな中に"新しい常連客"が二人。
「誰かと思えば龍馬に勇斗か」
「モグモグ」
ブラッドとラグーンがカウンターに腰掛けてそれぞれラーメンと餃子を食べている。
あの事件以来、二人はよくふくまるへと足を運ぶようになった。必然的に龍馬や勇斗ともよく会っている。
「邪魔するぜ」
「よっと」
龍馬と勇斗はブラッドの右隣に二つ空いたカウンター席へと腰掛け、二人ともラーメンを頼む。おばちゃんが「はいよ」と言ってラーメンを茹で始めた。奥ではディレットがラーメンのどんぶりと具の準備をしている。
あの事件と戦いを終えていつもの日常が帰ってきた。ふくまるの店内に漂うラーメンや定食の香り。学校帰りの龍馬達のような学生や、仕事帰りの人々で賑わう店内。
あれほどの規模の事件だったからこそ、この変わらない雰囲気が大切な場所だったことが理解できる。
龍馬達が命を賭けて守ったこの
「すっかり常連だな、ブラッド、ラグーン」
「ああ、この博多とこの店……ふくまるが僕とラグーンにとって大事な場所だからな」
「ふくまるのラーメンと餃子は美味しいしね!」
当初はぎこちなかった箸の使い方もマスターし、ブラッドもラグーンも箸で食べている。
「そういやおばちゃん、レナの姿が見えないけど……」
龍馬と自分の分の水を持ってきた勇斗が店内をキョロキョロと見回す。
いつも配膳も調理もこなしているレナだけ姿が見えない。どこへ言ったのだろうか。
おばちゃんが口を開こうとした瞬間、店の入り口が勢いよく開く。
「おばさん!ただいまー!」
「あら、おかえりレナちゃん。どうだった?」
「バッチリだよ!『久々のふくまるの出前が食べれて嬉しいよ』って髙松さん喜んでたよ!」
「そうかい、そりゃ嬉しいね。レナちゃん、これからも頼むよ」
状況が飲み込めない龍馬と勇斗。そんな二人を見てレナが店の外へ連れていく。
そこを見ると出前品運搬機の取り付けられた黒いカブが。
「レナ、お前これ買ったのか!?」
「へへん、前の事件でレイさんが修繕費の他に色々慰謝料まで出してくれたからさ。龍馬達がよく話してたマックスモータースのおじさんのところで買ったんだよ」
レナが買ったのは"リトルカブ"と呼ばれるスーパーカブの派生車種で、スーパーカブのタイヤのインチ数が17インチなのに対してリトルカブは14インチと小さくなっている。
本来は無骨なカラーリング故に若い世代から「ジジくさい」「ダサい」と言われがちなスーパーカブを小振りにして女子ウケしやすいお洒落なカラーリングを施したカブだ。
レナの話によればふくまるは龍馬や勇斗達が常連となる遥か前、おばちゃんの亡くなった旦那さんが生きていた頃にカブによる出前をしていたらしい。だが旦那さんが亡くなったのをきっかけに人手の問題で出前をやめてしまったそうだ。出前がなくなった時、よく出前を頼んでいた近所の人々は非常に残念だと落ち込んだそうだ。
しかし時は流れ、娘の愛華も店を手伝い、ディレットやレナといった新しい従業員も増え、レイからの多額の修繕費や慰謝料もあったおかげでリトルカブを購入し、十数年振りに出前を再開したそうだ。これはレナの提案である。
「頻繁に行けるわけじゃないけど、これからのふくまるは出前もやっていくからね!」
「そうだったのか……レナ、頑張れよ」
「機会があったら出前、頼むかもな」
出前を取れるというのは楽しみだ。何かあった時はふくまるに出前を頼もう。そう考える二人。
「二人ともー!ラーメン出来たよー!」
「早くしないと伸びちゃうよー!」
店内から響くおばちゃんとディレットの声。龍馬と勇斗は大きく返事をしてレナと共に店内に戻っていく。
ただ、いつもの日常が戻ってきたわけではない。新しく増えた大事な人々や絆も得て、龍馬達の日常は再び動き始める。