アナザー・ディメンジョン -異界交流記-   作:誠龍

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日常編3
第82話 コミックシティ再び


あの事件の終結から数日後、勇斗はある作業に追われていた。

そう、同人誌の原稿である。

同人誌は完全に趣味の範囲内なので漫画家や作家のように〆切に追われる必要性は決してない。が、同人即売会にはもちろんある程度の期限が定められ、それまでに入稿出来なければ新刊の販売は出来ない。

それなりに絵描きとして有名になってくればファンはその新しい同人誌、即ち新刊の販売を楽しみにしている。

〆切を過ぎて新刊を販売出来なかったとして漫画家や作家のように何かペナルティがあるわけではないが、せっかく自分に期待してくれているファンを裏切るわけにはいかない。今も勇斗のツイッターアカウントには彼の新刊に期待しているファンからの応援のリプライが多数届いているのだ。

そして今度のサークル出展のイベントといえば……もちろんヤフオクドームのコミックシティである。

しかも今度のコミックシティの出展は……

 

「リリィさんの期待を裏切るわけにはいかねぇ……死ぬ気で終わらせないと」

 

5月のコミックシティで隣同士になったサークル"フラワーキャット"の出展者であるリリィ・オルテア。

ウォリアーキャットと呼ばれる、猫の特徴を備えた狩猟民族の出身である彼女と合同サークル出展をすることになっているのだ。

リリィは既に脱稿したことをツイッターで報告しており、後はイベントの開催を待つだけとなっている。

それに対し、勇斗は……

 

「……」

 

PCの画面を睨み付ける。18ページの予定がまだ8ページしか出来ていない。〆切は明日。まさに背水の陣である。

 

「ぬおおおおおお!!!!」

 

勇斗は冷蔵庫へと走る。そして黒いパッケージに緑色の生々しい怪物のようなロゴが描かれたエナジードリンクを開け、一気に流し込んだ。

さらに買っておいたボトル缶のブラックコーヒーを片手にPCを睨み、己の持てる全てを駆使して目を血走らせながらペンタブで絵を描いていく。

この時既に18時。もはや猶予はない。

二度ほど原稿が間に合わずに新刊を落としたことがある勇斗だが、今回ばかりは落とすわけにはいかなかったのだ。

 

 

 

 

ーーーー事の始まりは6月に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リリィとツイッターを通じてやり取りを始めた5月のコミックシティ直後。たまに上げる勇斗のイラストとリリィの油絵は徐々にSNSで人気を上げつつあった。

そんな時、リリィからこんなダイレクトメッセージが勇斗のアカウントに届いた。

 

 

 

"お暇なら一度会いませんか?"

 

 

 

もちろん断るはずもなく、勇斗はすっ飛んでいった。待ち合わせた先はとある有名チェーンのカフェ。合流した二人はそこでしばらく雑談をしていたが、リリィが何かを切り出す。

 

「あの……ハヤト君……実は……」

 

「え?何ですか?」

 

そう言いながら心の中では「キター!!」と舞い上がっている勇斗。

この展開はアレだ。もうアレしかあるまい。

 

 

彼のテンションは内心最高潮に達していたのである。

 

 

 

 

「実は私と…………その…………"今度のコミックシティで合同サークルで出展してくれませんか!?"」

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

現実は甘くなかった。勇斗は夢を見すぎていたのだ。

まあでも落ち着いて考えてみるといきなりそんなことあるわけないし、こんな猫耳美少女がわざわざ自分とリアルで会って合同参加をやろうと行ってくれているのだ。これは乗らない手はない。

 

「……いいですね!やりましょう!」

 

こうして勇斗はリリィと時々やり取りをしながら9月のコミックシティに向けて着々と準備を進めていた……のだが。

まだ半分しか終わっていない。しかも最後の18ページ目は……なんとリリィとの合作なのだ。

彼女が描いた背景の上に自分が書き下ろしの創作キャラクターを描くことになっている。これは絶対に落とすわけにはいかないのだ。

時刻は20時。この時間に家のチャイムが鳴り響き、自分の母親が対応している声が下から聞こえる。

……階段を上がる音が聞こえる。足音は真っ直ぐ自分の部屋へ近づいてくる。

ノックの音が響き、しばらくしてからドアが開いた。

 

「邪魔するわよ」

 

「邪魔するなら帰って」

 

「いきなり何よ人が来てやったのに」

 

そこはあいよ~、と言いながら次に何で帰らなあかんねん!とツッコむのがセオリーだろ、と思いつつ勇斗は後ろを振り返る。

そこにいたのは千春だ。手にはコンビニの袋を下げている。

 

「なんだ須崎、何か用かよ?」

 

「城島、あんた原稿出来てないんでしょ?差し入れ持ってきてやったわよ」

 

そう言って千春は部屋のテーブルに袋の中身を取り出す。

勇斗や龍馬が愛飲しているいつもの怪物なエナジードリンクにコーヒー、それにおにぎりやサンドイッチなどの軽食が入っていた。

 

「おっ!こいつぁありがたいねぇ!でも何でわざわざ?」

 

「こないだの暴動で真っ先に私とお母さんを助けに来てくれたでしょ。そのお礼よ。まあ、そんなんじゃ割に合わないかもだけど……」

 

リー率いるリオングループとそれと繋がった神鳥会による一連の暴動事件。あの暴動が大規模なものになると踏んだ勇斗はすぐに千春と彼女の母親を商店街に避難させるべく単身中国人達を倒しながら救出に来てくれたのだ。

受けた恩は返さねばならない。彼女は勇斗のツイートから未だコミックシティの原稿を描き続けている彼のために何か出来ないかとこうして差し入れを持ってきたのだ。

勇斗がサンドイッチとコーヒーに手をつけている時にPCの画面を見る。PCの前にはマウスパッドのようなものとペン型の機械が置かれ、デジタルで彼が原稿を作成していることがわかる。

 

「ふーん、パソコンで漫画を描くってこんな風にやってるんだ。このペンはマウスみたいなものなの?」

 

「ああ。ペンタブって言って大体デジタルではみんなこれを使ってるよ。俺のは"板タブ"って呼ばれてるけどな」

 

「"板タブ"?」

 

「ペンタブには専用のマウスパッドで描く、俺が使ってるタイプとマウスパッド自体が液晶画面になっててより直感的に描ける"液タブ"があるんだ」

 

「ふーん。なら液タブの方がもっと効率よく描けるんじゃないの?」

 

「簡単に言うなよ。液タブがいくらすると思ってんだ。安くても最低2万か3万はするし、高いものだと10万20万だってザラだぞ」

 

金がある人間はもちろんよりアナログで描いている感覚の強い液タブを使うことが多いが、描き方の相性や感覚から敢えて板タブを使い続ける人間もいる。

勇斗としてもやはり液タブが欲しいところだが、もし自分の手に馴染まなければせっかくいい機材を使っても金をドブに捨てることと同意義に等しい。

 

「いつかは液タブに移行したいけど、今はまだ使い慣れた板タブでいいよ」

 

「そういうものなの?」

 

「そういうものです」

 

勇斗は平らげたサンドイッチの包みをゴミ箱に捨てるとコーヒーを飲んで机のPCに再び向かう。

千春の差し入れのおかげでやる気が湧いてきた。あと半分。頑張らなければ。

 

「何か手伝えることある?」

 

「うーん、特にはないなぁ。あとは大丈夫だ。差し入れありがとな、須崎」

 

「そう。じゃああんまり長居しても邪魔になるだけね。それなら私は帰るわ。原稿、頑張りなさいよ」

 

「おう!」

 

千春は労いの言葉をかけて勇斗の部屋を出ていく。勇斗はそのまま一心不乱に描き続けた。

あれだけリリィに大口を叩いておいて「間に合いませんでした」では顔が立たない。それだけはなんとしても避けねばならない。

深夜2時。そろそろ睡魔が襲ってきた。勇斗は千春が差し入れに持ってきたエナジードリンクも全て飲み干し、休息を欲する脳にブラック企業ばりの労働を強要し、落ちそうになる瞼をカフェインでなんとか誤魔化しながら作業を続けた。

それからしばらくしてふと、スマホで何時間かぶりに時刻を確認すると22時頃に龍馬とディレットからメッセージが入っていた。

 

 

 

龍馬

『進歩どうよ?差し入れ持ってきたけど夜遅いからインターホン鳴らすの気が引けたし、携帯に返事もないから多分作業に没頭してると思ってドアノブに差し入れぶら下げといたから腹の足しにしてくれよ

寝落ちして原稿落とすんじゃねーぞヽ(・∀・)ノ』

 

 

龍馬がスタンプを送信しました

 

 

 

ディレット

『遅くまで作業とはやりますねぇ!

私からも差し入れしとくから必ず脱稿してくれよな~頼むよ~』

 

 

ディレットがスタンプを送信しました

 

 

 

 

 

勇斗が玄関のドアを開けてドアノブを見るとエナジードリンクとコーヒー、そしてカップラーメンとおにぎりが入ったレジ袋がぶら下げてあった。

 

「"進歩"って……それを言うなら"進捗(しんちょく)"だろ……ははっ……全くあいつらときたら……」

 

友人達からのありがたい支援を受けて勇斗は「やっぱり持つべきものは友達だ」と胸にこみ上げるものを感じながら差し入れされたカップラーメンとおにぎりをありがたくいただき、未だ隙あらば眠ろうとする脳にカフェインをぶちこんでさらに渇を入れ、作業に没頭したのであった。

 

 

そして、明け方ーーーー。

 

 

「や……やった……」

 

遂に全てのページが完成し、合同作品のページのキャラクターも描き終わった。猫耳の美少女が描かれており、どことなくリリィに似ているのは気のせいだろうか。

勇斗は脱稿の作業に取り掛かり、それが終わった瞬間、死んだように眠りについたのだった。

 

なお、この日は普通に学校であり、彼が目を覚まして登校したのは昼過ぎであったことは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

数日後、勇斗はある作品を龍馬に見せた。

極道の世界で生きる美少女キャラのバトルものを描いている人物のようだ。

 

「この人の作品、めっちゃ面白えの!んで、今まではなんか他サークルに委託販売してたらしいんだけど、今回初めてコミシに参加するんだってよ!」

 

「ふーん、確かにいい絵だな」

 

どうやら極道を全て美少女に置き換えてるようだ。ほどよくバイオレンスでほどよくギャグ的な日常が描かれており、なかなか画力も高い。

だがどういうわけか、作者は頑なにイベントには参加せず、全て他サークルか同人誌を取り扱う"りゅうのあな"などの書店への委託販売ばかりしていたらしい。

それが突然参加すると発表し、今回が初の顔出しとなるようで、ファンは期待を寄せている。

 

「今週、楽しみだなぁ。あ、龍馬。また売り子頼んでいいか?」

 

「ああ、いいぞ」

 

「良かった。あと今回はリリィさんとの合同参加だから最初はディレットとのんびりしてこいよ。その代わりと言っちゃなんだが、さっきの人のサークル行って一冊確保してくれないか?結構人気だから新刊売れちゃう可能性あるしな」

 

「わかった、任せろ」

 

「頼んだぜ。ちなみにサークル名は"オオカミさんと黒ずきん"、作者さんの名前は"黒うるふ"さんだ」

 

「(……?なんか引っ掛かるような……)」

 

龍馬は何となくその名前に既視感のようなものを感じたが、「まあ、いいか」と気にも止めなかった。

これで準備は整った。あとは当日の開催を待つだけだ。

サークル参加者も、一般参加者も、"好き"を共有できる同人即売会という"祭り"の日がやってくる。

今回のイベントはどのような出来事が待ち受けているのか、二人は期待に胸を踊らせながらその日を待つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コミックシティ開催当日。この日の龍馬とディレットは一般参加の11時開場ではなく、前回と同じように勇斗のサークルの関係者ということでサークル参加入場口から早い時間帯に会場入りする。

前回はアメリアと凛も売り子をしてくれていたが、今回は凛は芸能活動の仕事のために不参加、アメリアは友人と一般参加で来るらしいので売り子の助っ人は龍馬とディレットの二人だけだ。

勇斗、リリィの二人と共に設営の準備を進めていく。

 

「二人とも、今回も頼むぜ」

 

「龍馬さん、ディレットさん、よろしくお願いしますね」

 

「こちらこそ。よろしくお願いします」

 

「よろしくお願いします、リリィさん!」

 

指定されたサークルスペースにはすでに印刷された同人誌が運び込まれており、長机に敷物やぬいぐるみなどを置いてさらに今回の新刊を並べて設営する。一応少しだけ勇斗とリリィの既刊も持ってきておいた。

そして11時。開場のアナウンスが流れ、一般参加者や更衣室利用のコスプレイヤー達が次々に雪崩れ込んでくる。

日本と異世界が繋がってから既に二年が経とうとしているのもあって、異界人の参加者も多く、今回のイベントはかなり人数が多い。

 

「じゃあ、勇斗。俺らは先に会場を回ってくるよ」

 

「おう、頼むぞ。」

 

「いってらっしゃい」

 

勇斗とリリィに見送られ、龍馬とディレットは先に会場を回ることにする。

さて、まずは勇斗からの依頼をこなさねば。

サークル名とスペースをカタログで確認し、そちらへ二人で向かう。

 

「リョーマ、ハヤトに頼まれたサークルの人ってどんな人?」

 

「それが男ってことしかわからないらしい。今までイベントには顔出さなかったらしいからな」

 

"黒うるふ"なる人物とはどのような人物なのだろうか。男性であること以外はまったくわかっていないらしい。少し楽しみだ。

スペースにつくと既に列が出来ている。なるほど、人気同人作家というのは本当のようだ。

列に並んでしばらく待つ。そして龍馬達の番が回ってきた。

 

「すいませーん、新刊一冊くだ……ああああ!?」

 

「いらっしゃいませ。新刊は700円で……ああああ!?」

 

龍馬と"黒うるふ"は顔を合わせて驚いた。

そこにいたのはなんと……

 

 

 

 

 

黒狼会五代目会長・黒谷仁その人であったのだ。

 

 

 

 

 

「な、なんであんたがここに!?」

 

「そ、そりゃこっちのセリフだよ!龍馬、なんでテメーがここにいるんだよ!?」

 

龍馬はあの時の既視感のような感覚の正体がわかった。

ハンドルネームやサークル名の"黒"、"オオカミ"というワード……そして作品内の"極道の"美少女キャラが戦う作品の内容……自分の組織の名前から連想してつけたネーミングなのがまるわかりだ。

仁は机越しに龍馬に顔を近付け、小声で龍馬だけに慌てて話す。

 

「(おい、龍馬頼む!俺がヤクザだってことは黙っててくれ!一応絵の仕事をしながら細々としているしがない絵描きの会社員って設定なんだ!)」

 

「(い、いや、まあ、いいけど……とりあえず俺の友達が新刊欲しがってるから一冊くだちい)」

 

「(わ、わかった。ほらよ。じゃあ、またな)」

 

龍馬は新刊を700円と引き換えに受け取り、サークルスペースから離れた。

表紙には主人公の女極道キャラと……なんだか見覚えのある服装の四人が描かれている。

全員美少女キャラではあるが、どうも服装が見知った顔の人間と酷似しすぎている。

 

「(これって……もしかしなくても……)」

 

どう見ても自分とレナ、ブラッド、ラグーンの四人にしか見えない。

そういえば彼との勝負のあと、創作意欲がどうとか言っていた気がする。まさか……

龍馬はあまり深く考えないようにした。

 

「リョーマ、あの人知り合いだったの?」

 

「あ?あ、ああ。前の事件の時にお世話になった人なんだ」

 

「ふうん、そうなんだ。ね、リョーマ。この表紙の女の子達、レナちゃん達に似てない?」

 

「き、気のせいじゃねーの?」

 

似てるというか、あからさまに自分達がモデルだろう。

それでも龍馬はディレットのその言葉にとぼけたふりをしながらなんとか隠し通したのである。

その後は他のサークルを見て回る。

ディレットはこの半年でネットスラングを多用するまでに日本に染まりきっており、自分が好きなアニメを見たりゲームをやるようになった。彼女は龍馬が新しくPS4を買い換えたのちにそれを譲ってもらい、暇さえあれば自室でゲームをやっているほどだ。しかも好きな漫画までいつの間にか揃えている。

 

「ったく、半年ですっかりオタクに染まりやがって」

 

「へへへ~。人生楽しまなきゃ損だしね」

 

サークルスペースをある程度見終わったあとは残った時間でコスプレスペースへ撮影に行く。龍馬とディレット、それぞれ二手に別れて撮影だ。

異界人のコスプレイヤーも増えていて、彼等はどうも和装のキャラクターを好む傾向にある。

この界隈にも異界人が増加傾向にあり、ますます賑わってきた。

龍馬がそろそろ戻ろうとした時、やっぱりというか、なんというか……いた。"レイヤーを長く拘束する撮影者"だ。しかもあの銀のサンシェードみたいなやつ……思い出した、"レフ板"だ。

持ち込み禁止のレフ版を仲間のカメラマンに持たせて堂々と撮影しており、レイヤーが困惑している。

龍馬はやれやれと思いつつ、少し脅しをかけて追い払おうとしたが、その前にずいと現れた人影が。

 

「おう、おっさん。いいカメラじゃねぇか。それにレフ板たぁ、いい装備だなぁ。でもよぉ、"レフ板の持ち込みは禁止されてるはず"だよなぁ?」

 

現れた見覚えのある顔。それはあの仁である。

 

「な、なんだお前は。いきなり出てきて」

 

「そ、そうだ!!関係ないだろ!!」

 

「あ"?」

 

一般人(カタギ)を装っていた仁の顔が本職(ヤクザ)の顔に戻る。

 

「関係あるから言ってんだろうが。あぁ?みんなルールを守って楽しく参加してるんだ。お前らみたいなのがいると全員が困るんだよ。だから……」

 

仁はズンズンと歩み寄り、カメラを持っていた方の男に顔を近付けて睨みながら言う。

 

 

 

「……とっとと失せろや。それとも……二度とカメラ扱えないように指(エンコ)詰めるか?あ"ぁ"?」

 

 

 

男達は戦慄した。その脅しと気迫はまるでヤクザのようだ。まあ、その背中には本物の刺青が入っている本職のヤクザなのだが。

あまりの迫力に恐怖した男達は冷や汗をかきながら会場から慌てて姿を消した。

 

「……ったく……お嬢さん、大丈夫ですか?」

 

「え、ええ。ありがとうございます。あの……黒うるふさんですよね?」

 

「は、はい。そうですが」

 

「助けていただいてありがとうございました。先ほど買わせていただいた本、とても面白かったです!それにあの迫力!まるで本物のヤクザ屋さんみたい!」

 

「(ギクッ!!)い、いやあ。ははは。知人からもよく言われますよ。ははは……」

 

泳いだ目で乾いた笑いを見せる仁。"みたい"ではなく"本物"なのだ。

ついつい素が出てしまった仁だが、何とか話題を反らしている。龍馬は苦笑しながらそっとその場を去った。

ディレットと合流し、勇斗とリリィの元へ戻る。

 

「おかえりなさい、二人とも」

 

「おかえりー。楽しめた?」

 

「うん、とっても!」

 

「まあな。あ、勇斗。これ頼まれてたやつな」

 

「サンキュー、助かったぜ」

 

「ところで勇斗、売れ行きはどうよ?」

 

「おかげさまで新刊、ほぼ完売しました」

 

机の上には残り一冊になった新刊が。

40部ほど刷ったらしいのでこれはかなりの人気であったことが伺える。

最初はあまり売れていなかったリリィの油絵集も評価されてジワ売れしつつあり、さらに最近は水彩画やキャラクター系のイラストにも手を出し始めたことで彼女は着実にファンを増やしている。

と、そこへ一人の異界人がやってきた。髭を生やしているがなかなか良い身なりをしている。貴族出身の人間だろうか?

 

「すみません、新刊はまだ残っていますかな?」

 

「はい、最後の一冊がここに」

 

「おお、良かった。では頂くとしましょう。その前に中身を拝見しても?」

 

「どうぞどうぞ」

 

勇斗から渡された新刊を読む男性。

最後まで読み終わると満足そうにしながら金を払う。

 

「うむ。よい作品でした。ジョナさんの生き生きとしたキャラクターとツバキさんの力強くも全てを包み込むような優しいタッチの油絵の背景がよくマッチしている。特にこの油絵……まだまだ粗はあるが可能性を秘めている。磨けばまるでミスリルのような輝きを放つことでしょう。これなら帝国の宮廷絵画師として働くことも夢ではない」

 

男性はそう語る。初めは見向きもされなかったリリィの絵をこれほど評価してくれる人が現れた。

リリィもその事実を目の前にして創作活動をやっていて良かったと思えたのである。

 

「ありがとうございます!……あの、失礼ですがあなたは?」

 

「私は帝国出身のしがない絵描きですよ。今は絵の研究のためにこちらの世界で暮らしているのです。では、これにて失礼しますよ」

 

男性はカバンに新刊をしまうと勇斗とリリィに礼を言って立ち去った。

二人はその後、龍馬とディレットに残った既刊の売り子を任せてサークルを周る。

 

 

 

 

そして、9月のコミックシティは終了を迎えた。祭りのあとと言うものはなんだか寂しいものだ。

毎回そんなことを心の中で思っているような気がする。そしてまた次回も来ようと心に決める龍馬達であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、リリィは駅前であるポスターを目にした。それは美術館で異界人絵画師による初の展示会が開かれるという内容。

そこに載っていた写真と名前を見てリリィは驚愕する。

 

 

 

"帝国の巨匠レオノール・デュノア氏が贈る、異界の技術と現代画の融合の『美』をここに!"

 

 

 

その写真に映っていたのはあの貴族のような男性だった。

そういえば帝都で資格を取るために滞在していた時に聞いたことがある。"天才"と呼ばれたある絵画師の噂を。まさかあの男性がそうだったとは。

 

「ふふ、これは美術館に行かなきゃね。あ、ハヤト君も誘おうかな」

 

 

 

 

 

様々な出会いや発見のある同人誌即売会。

それは色々な人々の"好き"で繋がる世界。

そういった出会いや繋がりが自分の人生に思わぬものをもたらすことがある。今のリリィのように。

 

"好き"を形にしたい、という思いがあるならば迷わず進もう。

きっとその先にはかけがえのないものがあるはずだから。

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