沖縄修学旅行、遂にクライマックス。
琉球妖怪・マジムンとの戦いを終え、龍馬はアヤと共に再びガジュマルの木陰で休む。
「龍馬、まだ痛む?」
「ああもう、あちこち痛てぇよ。死ぬかと思ったぜ」
異世界と日本が繋がってから色んな騒動に巻き込まれっぱなしだ。その度に何度も死にかけている気がする。こんな事が続いては命がいくつあっても足りないと龍馬は心底感じた。たまには休ませてほしい。
まあでも終わってみればなかなか貴重な体験だったし、それと引き換えに得たものも大きい。一概に厄日ばかりとは言えないのではないだろうか。
龍馬は軽く苦笑しながら座ったまま伸びをする。
「アヤ!龍馬君!」
見覚えのある姿が二人の名を呼びながら駆け寄ってきた。下山したはずのフミだ。
「フミ!戻ったんじゃなかったの!?」
「二人が心配で戻って来たんだよ!それよりさっきのあれ……龍馬君が倒したのを見たわよ!何なのあれ!?」
見られてしまったものは仕方ない。龍馬はやれやれと思いつつ、事のいきさつを話すことにした。
「そう……だったの。道理で龍馬君は変わった服装をしてると思ったわ。アヤ……犯人はあなたね?"龍馬君をこの時代に呼び寄せた"のは」
「……」
アヤは悲しそうな顔をして俯く。どういうことだろうか。アヤが龍馬をこの時代に呼び寄せた犯人?
それに先ほどフミが言っていた"アヤの姿が見える"というのもどういうことなのか気になる。龍馬はそのことについて二人に問いただした。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。アヤが俺をこの時代に呼んだ犯人?それにさっきアヤの姿が見えるのかどうかとも言ってたけど……どういうことなんだよ。訳が分からねえ……」
「龍馬君、アヤはね……」
「フミ。待って。私から話すわ」
「……わかった」
フミの言葉を遮ってアヤが前に出る。どうやら決心がついたらしい。この一連の騒動の真実を話す決心が。そんなアヤの心情を悟ってか、フミもそれ以上は何も言わなかった。
アヤはまだ悲しそうな表情を時折見せていたが、遂に"真実"を語り始めた。
「……龍馬。フミの言うとおりよ。あなたを2016年の時代からこの時代に呼び寄せたのはこの私。……大丈夫、安心して。元の時代のあなたの肉体は今は眠りについてる。そしてもう一つ」
信じられない真相を語り始めたアヤ。だが龍馬の驚きはこれでは終わらなかった。
「龍馬。私は人間じゃない。私はガジュマルの精霊"キジムナー"。ある意味では妖怪のマジムンとも近い存在よ」
「ウソ……だろ……」
キジムナー。地方によってはブナガヤーとも呼ばれ、ガジュマルの木に住まう精霊或いは妖精として、古くから沖縄の地で語り継がれる人ならざる存在。
目の前にいるアヤの正体が人間ではなく精霊キジムナーとはにわかには信じがたい。そんな時今まで黙っていたフミが口を開いた。
「本当よ、龍馬君。アヤはこの国頭村のガジュマルに住む精霊。一部の人にしか姿が見えないの」
フミとアヤの話によれば元々この世界は人と
しかし時代が進み、文明は発展し、心の汚れた人類は幾多の戦争を引き起こし、環境を破壊し、多くの
フミがまだ幼い頃に彼女はガジュマルの精霊であるキジムナーのアヤと出会った。
それはさておき、
アヤは数少ないキジムナーの生き残りであるが、信仰の薄れたこの時代では彼女の姿を捉えることが出来るのはこのあたりではフミと彼女の亡くなった祖母くらいしかいなかったのだ。
そしてそのフミさえもーーーーここ最近ではアヤの姿が一時的に見えなくなったり、声が聞き取りづらくなったりしているそうだ。
聞けばフミは今13歳らしく、その辺りを皮切りにフミの祖母もアヤの姿を捉えることが出来なかったらしい。
そのため未来の時代の、しかも17歳の龍馬がアヤの姿や声をしっかり捉えることが出来るのは極めて異例の出来事なのだとか。
沖縄では"十三祝い"という文化があり、13歳になるとその成長と大人の仲間入りをしたとして祝う行事があるが、それにも起因するのだろうか。
「龍馬……ゴメンね。私が連れてきたんだもの。知らないフリをしていたけどあなたが未来から来たのはもちろん知ってた。でもね、あの時代では誰も私を見ることが出来なかったのにあなただけは違った。でもあの時代では私は長く存在出来ない。だからあなたの心に干渉して私が最後の人との思い出を作ったこの時代に連れてきたの。あなたと思い出を作りたくて…………全ては私のワガママ。龍馬……本当に……本当にごめんなさい……!」
アヤは顔を両手で押さえて泣き始めた。
……彼女は一体どれほどの長い時を孤独と共に過ごしてきたのだろうか。
フミがアヤの姿を捉えることが出来なくなった後、彼女はずっとひとりぼっちでこの沖縄の地で孤独の中生きてきたのだ。
過去の時代に飛ばされたのも、マジムンに殺されかけたのも、元はと言えばアヤが元凶である。
だが……目の前で泣き続けるアヤの孤独に苛まれた長い長い時と彼女の心情を考えると責める気にはなれなかった。
龍馬は泣き続けるアヤの肩にそっと手を置くと優しく語りかける。
「アヤ、泣くな。俺は別に怒っちゃいねえさ。それよりアヤのおかげで本当にいい体験させてもらったしな。修学旅行先で時間旅行まで出来るなんて夢の中だってそうそう出来ないぜ?」
「……え?」
「異世界どころか過去の時代まで旅出来たんだ。こりゃいい土産話になるぜ。……信じてもらえるかどうかは別だがな」
傷だらけの顔のまま龍馬は歯を見せてニヤリと笑う。涙を流しながらアヤはそんな龍馬の顔を見上げ、彼の優しさと強さに口元を綻ばせて彼に抱きついた。
「龍馬……!ありがとう……!」
「よせよ、照れるぜ」
自分のワガママのためだけに巻き込んでしまった遥か未来の少年。彼は困惑しながらも自分に付き合ってくれただけではなく、人に害をなす妖怪・マジムンをもその力で退治してしまい、自分やフミ達を救ってくれたのだ。もしマジムンがあのまま暴れていれば、人里で甚大な被害をもたらしていた可能性もある。龍馬はそれを結果的に防ぎ、多くの命を救ったのである。
いずれ
これからの時代はヒトが作り上げるのだ。そこに龍馬という"特異点"は存在しない。
だが龍馬という存在を知るアヤとフミの心には彼の活躍はずっと残り続けるだろう。
「……アヤ。そろそろ彼を帰してあげないと」
「うん…………でも、龍馬。最後にもう一つだけお願いを聞いてくれる?」
「なんだ?」
「私達が出会ったあの海岸……あそこに一緒に来てほしいの」
アヤは龍馬とフミと共にあの海岸へとやってきた。そこで三人は"最後の思い出作り"をする。
海岸を走り回ったり、波打ち際で服が濡れるのも気にせずに水をかけあったり、綺麗な貝殻を探したりと様々な遊びを楽しむ。
過去の時代に生きる人間と未来の時代に生きる人間。そして精霊の少女。決して交わることのない存在の者達は今のこの二度と来ないであろう時間を大事に噛み締めるかのように、しかし無邪気に遊んだ。
そしてーーーー別れの時が来た。
龍馬はアヤの指示で海岸の真ん中に立つ。
アヤが両手を向けると龍馬の周りに緑色の鮮やかな光の粒が現れ、彼を徐々に包み込んでいく。
「これで……お別れだね」
「……ああ。アヤ、楽しかったぜ。またな」
元の時代に戻る時が来た。こちらに来た時は最悪の気分だったが、アヤやフミと出会ったことでこういった摩訶不思議な出来事も悪くないと思えた。
「龍馬君、あなたと出会ったことは決して忘れないわ。あなたも私達のこと忘れないで……元の時代でも元気でね」
「こんな出来事、忘れたくても忘れやしねえだろ。安心しな」
フミの言葉に返した龍馬は軽く苦笑する。このような事件に巻き込まれて忘れろというほうが無理な話だ。死ぬまで忘れない自信がある。
……徐々に龍馬を包む光が増してくる。そして自分を笑顔で、しかし寂しそうな表情で見つめるアヤ。
そこで龍馬はようやく思い出した。"あの夢"を。
ーーーーこの瞬間こそ、あの"夢"の正体だったのだ。
「アヤ!!……また、会えるか!?」
「あなたが私達のことを忘れない限り、きっと会えるよ。さよなら……龍馬。元気でね」
「アヤ……!!」
龍馬はアヤに向かって右手を伸ばし、アヤもそれに応じるように右手を伸ばした。
二人の手が触れ合う瞬間ーーーー世界が反転し、辺りの景色が真っ白になって龍馬は光の世界を真っ逆さまに落ちていく。
どんどん光の世界を落ちていく龍馬は……いつしか意識を失い、闇に飲まれていった。
「……マ!リョーマ!」
「う、ううん……」
龍馬は自分を呼ぶ声で目を覚ます。最初に視界に入ったのはディレットの顔だ。
ゆっくりと起き上がる。どうやらここは病院のベッドの上らしい。起き上がった自分をディレットがしっかりと抱き締めた。
「リョーマ……よかった……!目を覚まさないから心配したんだよ……!」
涙ながらにディレットは抱き締める力を強める。パークで気を失った龍馬はその後那覇市内の病院に搬送された。
命に別状はないとのことだったがその後一向に意識が戻らず、まるで死んだように眠った状態が続いたらしい。
そして数時間後……つまり現在。ようやく龍馬は目を覚ましたらしい。
「いてて……痛い痛い、わかったから離れてくれ。誰かに見られちゃかなわん」
「あっ、ゴメン……」
龍馬の無事が確認出来たことでようやく落ち着きを取り戻したディレットは痛がる龍馬を見て申し訳なさそうに彼から離れた。
そして「先生に報告してくるね」と言って病室を出ていく。
龍馬は静かになった病室を見渡し、自分の身体を確かめる。
……マジムンと戦った時の傷や汚れは見た感じ見受けられないし、身体も痛まない。
あの一連の出来事は夢だったのだろうか。それすらわからない。
だがあの感触はあまりにもリアル過ぎて未だにそれを身体が覚えている。潮の香り、山々の澄んだ空気、照りつける太陽の暑さ、そよぐ風の心地よさ。
そしてーーーー"彼女"の肌の感触。全てが鮮明に記憶に残っている。
だがそれが現実だったと証明出来るものは何一つ無い。龍馬は言い様のない虚無感と寂しさに襲われる。
全ては
龍馬の目には例えようのない感情から来る涙が浮かんでいた。
あの後、医師の判断で検査入院は不要であるとされた龍馬は担任とディレットに連れられて病院を出たが、大事を取ってホテルへと戻った。
龍馬は自分のことは気にせず、まだ観光をしているクラスの班に合流しろとディレットに言ったのだが、龍馬の身を案じてディレットは一緒にホテルに戻ると言い張った。
本来男女が部屋を共にするのはルール違反とされているが、付き添いということでディレットは龍馬の部屋に来ていた。
龍馬はベッドに入り、ディレットはベッドの脇に椅子を置いて彼を見守っている。
「……」
天井を眺めながら龍馬は煮え切らない気持ちを胸の内に抱えたまま、"彼女"の事を思い出す。
ーーーーあれからアヤとフミはどうなったのだろうか。アヤはあの場所で今もひとりぼっちでいるのだろうか。そんな彼女の気持ちを考えると龍馬はいたたまれなくなって再び目に涙を浮かべる。
「りょ、リョーマ!?どうしたの!?なんで泣いてるの!?」
「……クソッ……俺にしてやれることはないのか……!!ちくしょうっ……!!」
きっとこの先アヤはずっとひとりぼっちでいつか消える"その時"を待つだけなのだろう。
自分とフミ以外の誰にも知られず、気付いてもらえないままーーーー彼女はあの地でキジムナーとして、
いいや、そんなのは許さない。
"あいつをひとりぼっちにはさせない"ーーーーそんな決心が龍馬の中でついていた。
龍馬はベッドから起き上がると先ほどの服に再び着替え始めた。そしてスマホを取ると"ある人物"に電話をかける。
「もしもし、俺だ。龍馬だ。すまん、どうしても相談したいことがある……ああ……」
数十分後。龍馬とディレットはブラッドのレンタカーの後部座席に座っていた。助手席にはラグーンもいる。
「……ったく、一体何なんだ。血相を変えて」
「いいから!早く向かってくれ!辺戸岬……国頭村へ!」
「リョーマ……顔が怖いよ……一体何なの?」
龍馬はブラッドに頼みこみ、ホテルをディレットと共に抜け出して彼のレンタカーに乗せてもらい、"あの場所"へ向かっていたのだ。
時刻は15時を回っていた。早くしなければ日が沈む。暗くなる前に、あの場所へ。
"彼女"のいる場所、一番大切なあの場所へ向かわなければ。
「龍馬……一体どうしたのさ?何か様子がヘンだよ?」
「後で事情を話す。とにかく今は国頭村へ急ぎたいんだ」
ラグーンが後ろを振り向きそう言うが、龍馬は多くを語ろうとしない。ただならぬ龍馬のその態度に三人はそれ以上何も聞かず、車内には車の走行音だけが聞こえてくる。
日が傾きかける頃、ブラッドの運転するレンタカーは国頭村へ到着する。
ネットで調べてみると"あの場所"はやんばる国立公園という観光地と化している。そこにあるガジュマル……あのガジュマルの元へ。
龍馬は黙って公園内を進み、三人も怪訝な顔のままその後に続いた。
そして……ようやく着いた。"
「うわぁ……すごく大きな木……」
「何だっけ?ガジェット……じゃなくて……ガジェマロ……じゃなくて……」
「ガジュマルだろ。しかしこれは……見事なガジュマルだな……」
ディレット、ブラッド、ラグーンの三人は"
精霊の宿る聖なる木として、人々に幸福をもたらす幸せの木として人々に崇められ、愛されたその木は静かにその場所に佇んでいた。
そんなガジュマルに触れた龍馬は木を見上げ、叫ぶ。
「アヤ!聞こえるか!?俺だ!龍馬だ!会いに来たぞ!」
しかし、ガジュマルはーーーー何も答えなかった。
聞こえるのは木々の葉が風に揺れる音だけ。彼女のーーーーアヤの姿はおろか、声さえも聞こえない。木々は静かに、ただ風に揺られているのみ。
それでも龍馬は必死に木を叩き、訴えた。"彼女"はまだそこにいるのだと信じて。
「返事しろよアヤ!友達がわざわざ来てやったんだぞ!それなのに挨拶もしねぇって言うのかよ!」
「リョーマ……!やめて!落ち着いて!」
ディレットからしてみれば龍馬のあまりに不可解な行動。彼女は龍馬を止めるが龍馬は離せと叫び、ガジュマルに向かって"アヤ"という名前を呼び続ける。慌ててブラッドとラグーンも彼を押さえた。
「リョーマ、何があったの!?叫んでばかりじゃわからないよ!私達にも事情を説明して!」
「うう……実は……」
龍馬があの出来事を話そうとした時ーーーー迫る一人分の足音があった。そしてその人物はディレットが発した"リョーマ"という言葉にはっとして彼等に近寄る。
「"リョーマ"……今あなた"リョーマ"って言ったの!?」
女性は白髪頭の60代、70代くらいの高齢の女性だ。……はっきり言って龍馬に見覚えはない。だが何故か女性は龍馬を知っているようだった。
「ああ……!姿も服装も"あの時"のまま……!また会えるなんて思っても見なかったわ……!」
女性は涙ぐみ、近付いて龍馬の両肩に手を置いて彼の顔をじっと見つめる。
……龍馬はそこまで言われてようやく気付いたのだ。彼女の正体に。
「まさか……!!」
「そうよ。思い出した?私よ。フミよ」
よく見れば年を取ったとはいえ、あの時の彼女の面影がある。昭和39年当時13歳だったフミは65歳になっていた。声もしわがれ、皮膚も年相応にシワだらけになっているが、そこにいたのは紛れもないあの時の少女だったのだ。
「フミ……さん……!」
「あなたは私とアヤが別れたあの時のまま。きっとあなたにとってはほんの半日程度の出来事だったのでしょうね……でも私にとっては長い長い月日だったわ。あなたが元の時代へ帰り、アヤの姿ももう見えなくなって52年……初めて会った時はあなたのほうが年上だったのに、今じゃ私の方が遥かにおばあさんになっちゃったわ。なんだか変な感じね。
那覇の方に福岡からの修学旅行生がいると聞いた時はまさかと思ったわ。でもこうしてまた会えた……本当に夢みたい。きっとアヤのおかげね」
突如現れた女性と龍馬の会話についていけず、困惑する三人。そこで龍馬とフミは話した。自分達が体験した一時の不思議な出来事、そしてキジムナーの少女・アヤのことを。
「そうだったんですか……」
一連の出来事をフミから聞いたディレットはようやく龍馬の不可解な言動の数々の理由に納得がいった。
龍馬が過去の時代に行っていたこと、フミとガジュマルの精霊・キジムナーの少女アヤのこと。そして"もうアヤは誰の目にも見えることはない"こと。全てフミの口から語られた。
ブラッドやラグーンは「信じられない」「にわかには信じがたい」と半信半疑のようだったが、ディレットは龍馬とフミを信じた。
あの時の二人がこうして出会えたというのに、一番大事な存在……すなわちアヤの姿はない。
既に52年前ですら
「待って。私なら……なんとか出来るかも」
「ディレット!?それは本当なのか!?」
「うん。エルフの一族には精霊魔法の源……火と水と森の精霊の力が流れてる。それを分け与えれば……彼女を一時的に復活させることが出来るかも……」
龍馬は迷うことなくディレットに力を貸してくれるよう頼む。
もう一度。もう一度だけ……アヤの笑顔を見たい。フミとアヤを会わせてやりたい。そう強く願いながら。
ディレットは「わかった」と言って頷くとガジュマルの木を見上げ、両手をかざしてエルフの身体に宿る精霊の力を借りる。
「……我が肉体に宿りし
龍馬とフミは願う。彼女にもう一度会いたい。そして"ありがとう"と伝えたい、と。
成功するかどうかはわからない。これは賭けだ。もし彼女が完全に力を失っていればもはやそこに存在するガジュマルは彼女の
それでも龍馬とフミは願った。わずかな可能性を信じて。
……淡い光がガジュマルの木を包み込む。幻想的な風景を醸し出す目の前の光景にフミは思わず目を見開く。
が、しかし……
「……ダメ……!!これだけじゃ力が足りない……!!」
「クソッ!ディレット、どうにかならないのか!?」
「みんな、強く願って!"キジムナーのアヤに会いたい"って!彼女はそこにいるんだって!強く……強く願うのよ!」
龍馬とフミはディレットのその言葉に手を合わせて強く祈りを捧げ、ブラッドとラグーンの二人も困惑しつつも共に手を合わせた。
精霊の力の源は人々の信仰、すなわち心の力。想いが強ければ強いほど精霊の力も増すのだという。
……しかし……彼女を蘇らせるにはそれでもまだ足りなかった。
「まだ足りないわ……!!でもあと少し……!!あとほんの少し、何かあれば……!!」
「なんだ!?何が足りないんだ!?言ってくれ!!」
「せめて"供物"があれば……!!聖水でも加護を受けた護符でも……!!何か聖なる力を受けた供物があれば彼女は蘇るわ!!」
ディレットによれば精霊には神々、或いはそれに携わる神官や巫女などの祝福を受けたものを供物として捧げればさらに力が増すという。
しかしここは現代の日本。帝国ならまだしもそのような供物があるはずがない。
「ちくしょうっ……!!」
龍馬は歯ぎしりをする。あと少し。あと少しだというのに。
やはり彼女と再会することは叶わないというのか。龍馬は己の無力さと悔しさのあまり歯ぎしりをしたまま目に涙を浮かべ、地面に手をついて大地を叩いた。
その時、龍馬の上着のポケットから何かが転がり落ちた。
「ん……?」
それは昨日、
「……これは……!!
清められた塩や酒は古来より日本や琉球において神に捧げられたり、悪しきものや災厄を遠ざける神聖なものとしても扱われてきた。龍馬はそのお守りをディレットに見せる。
「ディレット!これ使えないか!?」
「リョーマ……!そのお守り……!凄い力を感じるよ!リョーマ、それをガジュマルの根元に置いて!!」
龍馬は言われた通り、お守りを木の根元に置いた。
そこへディレットが宿す精霊の力と彼等の強い願いが加わる。
異界の精霊の力と、"彼女"を想う彼等の願いの力が一つとなりーーーー、
ーーーー『奇跡』が起きた。
突然ガジュマルの木から緑色の光の柱が天高く、そして大きく伸び、辺りを強い光が包み込んだ。
思わず目を覆う龍馬達。そして光が止むとーーーー
そこに"彼女"はいた。
辺りに精霊の力から発生した淡い緑色の光の粒がまるで雪のように降り注ぎ、幻想的な風景を映し出すその中に彼女は……アヤはいた。赤い髪。エメラルドグリーンのワンピースにサンダル。あの時のままの姿で。
「アヤ……!!」
「……アヤ……!あなたなのね……!?」
アヤは閉じていた目をゆっくりと開く。そして目の前の二人を見てーーーー全てを悟った。
「……龍馬……?それに……フミ……?あなた達なの……?」
「テメーこのヤロー……!!いつまで寝てんだよ……!!起きるのが遅すぎなんだよ……!!」
「ああ……なんて言えばいいの……この年でまたあなたの姿を見れるなんて……!もう一生会えないと思ってたわ……!」
「龍馬……!フミ……!」
三人は互いに駆け寄り、喜びの涙を浮かべながらしっかりと抱き締め合った。
特にフミにとっては52年振りの再会となる。13歳を機に見えなくなってしまうというガジュマルの精霊キジムナー。アヤが見えなくなったあの日から、あの三人で過ごしたあの瞬間はもう二度とやってこないのだとばかり思っていた。
それでも時折ーーーーフミは思い出のこの場所へ時々やってきていた。一番大切な友と過ごしたこの場所へ。姿が見えなくとも……声が見えなくとも……彼女はそこにいると信じて。
結婚をして沖縄を離れたこともあった。遠い内地での暮らしは苦労したことも、くじけそうになったことも多々あった。
その度に彼女と過ごした日々のこと、龍馬と出会ったあの日ことーーーー、
そして記憶の中に色濃く残る彼女の笑顔を思い出すたびに、一体何度助けられただろうか。
再び沖縄に戻ってきた時、思い出の場所は観光地として整備されていた。
そんな中、"彼女"はやはりまだ静かに佇んでいた。人々に幸せを運ぶ聖なる木として。
時は流れ、自分は老い、それでもその場所に足を運び続けた。もう彼女に会えないことは遥か前からわかっていたのに。
しかし、未来からやってきた一人の少年と異世界からやってきたエルフの少女ーーーー異なる世界と時代が紡ぐ絆が奇跡を起こしたのだ。
三人の姿を見てディレットも思わず涙ぐんでしまう。
「よかった……本当によかった……」
住む世界も、時代も違う三人が時を越えて奇跡の再会を果たした。
ディレットは思う。この奇跡は"奇跡"ではなく、
「ねえねえブラッド、見てよ。……綺麗だと思わない……?」
「僕には芸術というものはわからないが……少なくとも今この瞬間はお前と同じ気持ちなのは間違いないな」
ブラッドとラグーンの二人は夕焼けになりつつある空から降り注ぐガジュマルの光の粒を見上げながら、ふっと笑う。
その光は天まで届きーーーー沖縄の各地へと降り注いだ。
「な、なんだあれは……!?」
「え……沖縄なのに雪……!?いや……違う……光だ!」
「うわぁ、すごく綺麗……!!」
「見て見ておかーさん!お星様が降ってきたよ!」
『番組の途中ですが、緊急ニュースです。現在沖縄県各地に謎の光の粒が降り注ぐという現象が起きています。光の正体や原因は不明ですが、その幻想的な風景を前に住民達は「沖縄に光の雪が降ってきた」と胸を躍らせています。街ではそんな風景を写真に収めようと、多くの人々がカメラを空へと向ける光景があちこちで見られました……』
「……龍馬のお友達の方々。本当にありがとう。あなたたちのおかげで私はもう一度大切な友達に会うことが出来た……これならいつ消えても悔いはないわ」
アヤは空を見上げ、寂しそうに呟いた。
こうしてはっきりとした姿で留まれるのも長くはない。もはやこの世界はアヤのような精霊や
「アヤ……そんな寂しいこと言うなよ……」
「そうよ、あなたとこうしてまた会えたんだもの。私は残り少ない人生だけど、毎日あなたに会いに来るわよ」
「ありがとう……でもわかるの。この力も長くは持たない。いずれ私はきっと消える。でも心配しないで。キジムナーは琉球の民と共に生きる精霊。あなた達が私のことを忘れない限り、私はいつでもあなた達のそばにいる。たとえこの身体が無くなっても私はずっとあなた達を見守ってるから」
自分に残された時間は少ない。最愛の友に「ありがとう」と「さよなら」を言える。それだけで何と幸せなことか。
「……龍馬。フミ。私と友達になってくれてありがとう。あなた達のこと、決して忘れないわ」
その時、アヤの身体が小さな光の粒子となって足から少しずつ消えていく。……別れの時がやってきたのだ。
「アヤ……!!ダメだ!!逝くな!!」
「お願い、アヤ……!!まだあなたとは話したいことが沢山あるのよ……!!」
「……ありがとう、龍馬、フミ。そして……さようなら……私の一番大切な友達……」
アヤがそっと目を閉じる。既に彼女の身体のほとんどは消え去り、上半身が残るのみとなっている。
龍馬は彼女に思わず手を伸ばす。彼女の身体にその手が触れようとした瞬間ーーーーー、
アヤの身体は全て、細かい光の粒子となって空へと消えていった。
「アヤ……!!アヤぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっっっ!!!!」
龍馬の悲痛な叫び。それに応えてくれる声はーーーーもうなかった。
こうして、龍馬達の三泊四日の沖縄を巡る修学旅行は幕を閉じた。
勝手にホテルを抜け出たせいで龍馬とディレットは教師達にこっぴどく叱られる羽目になったのは言うまでもない。龍馬達は修学旅行終了後の登校日に罰として反省文を書かされることになった。
そんなある日。沖縄から福岡に帰ってから一週間弱。ディレット宛に荷物が届いた。
「ディレットー。なんか届いてるぞー」
「あ!もしかして……!」
龍馬から受け取った荷物を開けるディレット。いそいそと彼女が開けた箱からは小さな植木鉢と苗が出てきたのだ。
「お、それってもしかして……」
「そう!ガジュマルの苗!フミさんに頼んで送ってもらったんだ!」
ディレットはその植木鉢を日当たりのいい窓際に置き、水を与える。
そして彼女はあの時のようにーーーー両手をガジュマルの苗に向かってかざしたのである。
光に包まれるガジュマル。すると……
「ぷはぁっ!あー、苦しかった」
「!?」
「アヤ、一週間ぶりだね」
「へえ、ここが龍馬とディレットの家なんだ。しばらくお世話になるからね」
なんとそこに現れたのはルミナとそう変わらないサイズにまで小さくなったアヤ。龍馬は突然の事態に思わず尻餅をついて驚く。
状況が飲み込めない龍馬にディレットが説明する。
ーーーーあの後、まだ少し精霊の力をガジュマルから感じたディレットは何とかアヤが生きられる手はないかと模索した。そこでフミに相談し、話を聞いたフミがあの御願ガジュマルの小さな苗を公園の管理者、果ては沖縄県庁にまで直談判して特別に譲ってもらったのだ。
そしてこの苗をーーーー未だ神や精霊に対して信仰の強く、精霊や魔法の力が残るディレットの世界へと移すことを考えた。
それまでは彼女の宿主となるこのガジュマルの苗と共に斎藤家に居候することになる。
「……思ったより軽いノリの再会だな」
「いーじゃん、いーじゃん!しばらくは龍馬と一緒にいられるし、"すまほ"や"たぶれっと"で離れててもフミとお話出来るし!それに異世界なんて私楽しみだよ!」
なかなか現金なヤツだと苦笑する龍馬。そしてそんな二人を前にディレットはセルフタイマーでスマホのカメラを構える。
「リョーマ、早く!写真撮るよ!フミさんに頼まれてるんだ!」
「お?おお……」
「いやー、便利な時代だねえ。ド田舎から上京するのってこんな感じなのかな」
そんな事を言いながら笑うアヤの宿主であるガジュマルの苗が入った植木鉢をバックに、龍馬とディレットとアヤの三人は写真を撮った。
「あら……ディレットちゃんからね……どれどれ……」
フミは老眼鏡をかけてスマホを見る。まったく、便利な時代になったものだ。いつでもどこでも電話が出来て、文面も写真も動画も送り放題。さらに離れた相手とカメラで通話も出来る。アヤと一緒に遊んでいた時代には想像も出来なかったことだ。
しかし使い方を覚えるには時間がかかったし、この年になると目も悪くなり、小さな文字が見えづらくて仕方がない。フミは目を細めてディレットからのメッセージと写真を確認する。
「ふふっ、アヤったら……あんなに楽しそうな顔をして……しかし随分小さくなっちゃったわね……」
少し寂しくはあるが、友達が遠く離れた地で元気に暮らしている。それだけでフミは幸せだった。
ガジュマルの精霊・キジムナー。
彼等は古来より琉球の民にとって身近な存在として生きてきた。その距離感たるやまさに"ご近所さん"と言えるほど近く、人間と共に漁や食事を共にすることもあったという。
もしかしたらキジムナーは今も沖縄の人々のすぐ近くにいるのかもしれない。
いつか再び、人間と共存出来るその日が来ることを願いながら。
●第88話イメージソング……
Kiroro/『Best Friend』
(テレビドラマ『ちゅらさん』オープニング主題歌)