龍馬達が沖縄へ行っていた頃、バルガスは五十嵐家にて元の世界とは全く違う生活を送っていた。
ヴィヴェルタニアにいたころの朝の日課といえばまず身体の鍛練。そして訓練場の掃除に武器や鎧の手入れだ。
戦場において自分の命の綱とも言える装備の手入れを
異世界の国ニホンに来てからも朝の日課だけは変わらない。朝早くに誰よりも起床…………したつもりだったのだが。
「おう、バルガス。昨日はよう寝れたね?」
「バルちゃん、朝ごはん出来とるばい」
……農家である五十嵐夫妻はバルガス以上に早起きだった。バルガスは朝5時に起床したというのに二人は既に起きていて朝食と仕事の準備をしており、平蔵は新聞を読んでいる。その足元ではターボがのんびりと横になって寝ていた。
「……おはようございます。ヘイゾウさんもヨネコさんも早いですね」
「なん言ーようとね!年寄りやけんね、はよ目が覚めるだけたい!あんたも後2、30年したらわかるくさ!」
「は、はあ……」
困惑しながらもバルガスは台所のテーブルに座る。朝食はヨネ子が昨日作った煮物の残りに味噌汁、焼き鮭に漬物とパックの納豆に卵が食卓に並んでいた。
「いただきます」と手を合わせて食べ始める三人。バルガスは箸の使い方も上手く、なんなら龍馬より美しいくらいだとヨネ子は密かに思う。
バルガスにとって「家族で食卓を囲む」というのは非常に新鮮だ。一応、竜の髭亭でアンナやレベッカと食卓を囲んだことはあるものの、ニホン人のそれはまるで違う。何よりニホン人はコメとおかずを一緒に食べ、さらに汁物や漬物などを交互に食べる"三角食べ"という変わった食べ方を行うのだ。
初めてそれを学校で知ったバルガスは正直疑問だったが、こうしてニホンの食生活を実際に体験してみるとその理由がわかる。
この三角食べはこちらの世界ですらニホン人しか行わない作法であり、味の濃いものや薄いもの、塩分の濃いものなどを交互に食べることによって口の中で味覚の感じ方を調整する"口内調味"というものを行うのだ。
なるほど、確かにこれを実際にやると口の中に残る食材の味をいい具合に
だがーーーー"鬼神のバルガス"ですら受け入れられないものがこの食卓にはあった。
"納豆"と"生卵"だ。納豆は発酵させた豆であり、ニホンの伝統的な発酵食品であるようだがいかんせんニオイがきつくてネバネバしているためにどうも苦手だ。
さらに加熱して当たり前の卵を生のままで食すのはやはり抵抗感がある。ニホンでは非常に衛星管理の行き届いた卵が使われているために生食も問題ないと頭ではわかっていてもなかなか食べる決心がつかない。
そんなバルガスの向かい側で平蔵は納豆に生卵と醤油を混ぜたものを熱々の白米にかけて美味そうに食べている。バルガスからしてみれば視覚的には最悪の光景でしかない。
「うーん、やっぱり朝はご飯と納豆と卵やな。これがないと始まらんとたい」
「……」
やはりバルガスにとってはグロテスクな光景なことこの上ない。あまり平蔵の方を見ないようにしてバルガスは朝食を済ませた。
朝食後、走り込みや筋力トレーニングといった鍛練を行った後にバルガスは作業用の服に着替える。白いツナギに長靴、帽子といった完全に農家のおっさんスタイルだ。
農耕経験のないバルガスはまず平蔵から基本的な農耕の知識を教わる。トラクターやコンバイン、耕運機といった農業用の重機があるだけで農耕というものは古来より変わらない。
バルガスはトラクターの運転の仕方を教わる。ちなみに平蔵が所持しているトラクターは公道では普通自動車免許か小型特殊免許が必要になるが、私有地での走行には制限はない。平蔵が行き帰りの道だけ運転すればいい話だ。
バルガスは農夫の経験はないので詳しくはわからないが、元々自分がいた世界でも畑を耕すためには鍬などの農具を使って手作業で行わなければならない。機械の運転はなかなか複雑ではあるが、ある程度コツを覚えてしまえばこれほど便利な乗り物はない。
「バルガス!あんた物覚えがえらい早いやないね!金出しちゃるけん、もう車の免許取りに行きない!」
「いえ……さすがにジドウシャはちょっと……」
まだこの世界の生活に馴染めてはいないのだ。いきなり自動車の免許などいくらバルガスでもハードルが高すぎる。バルガスは丁重に断った。
太陽が真上に昇る頃、ヨネ子に畑を任せて平蔵とバルガスは昼食を買いに行く。
いつもは平蔵とヨネ子の二人で行くのだが、軽トラには二人しか乗れないため、ヨネ子に何がいいか希望の品を聞いて男二人で近くのコンビニへ昼食を買いに行くことになったのだ。
バルガスはコンビニへ行くのは初めてである。どういう場所かは事前に知ってはいたが、実際に見ると小さな店内に様々な種類の商品が並んでいる。
よく冷えた飲み物に暖かい飲み物。大小様々な菓子や凍らせた菓子。保存の利く食品に弁当やパンや衣類や生活雑貨まで、所狭しと商品が並んでいる。
今は昼時とあって他の農家や建設現場で働く男達で賑わっている。早くしないと弁当が売り切れそうだ。
「バルガス、あんたは
「は、はい」
平蔵はそういうが、まだ食べたことのない料理が入った弁当ばかりで味の想像ができない。
平蔵がトンカツ弁当を取ったのでバルガスも同じものを取る。ちなみにヨネ子は希望により幕の内弁当だ。
続けて冷たいお茶を三本取り、冷たい缶コーヒーを二本取る。これで買い物は全部だ。後は清算をするのみ。
昼飯時とあってレジは混雑している。ひっきりなしに店員が弁当やパンの温めをレンジで行っており、自分達の番が来るのにはまだ少し時間がかかりそうだ。
そんな時、反対側のレジから急に怒鳴り声が聞こえてくる。
「さっさとしろ!!こっちはずっと待ってんだぞ!!」
「も、申し訳ございません!!」
どうやらレンジでの温め作業が混雑しているためになかなか自分の弁当が温めてもらえずに憤慨している男がいるようだ。服装を見る限り、あの男も平蔵と同じ農家だろうか。
「あのバカタレが……また人様に迷惑かけてからに」
「ヘイゾウさん、知っているのですか?」
「おう、あいつは別の地区の
「いえ、その必要はありません」
「?……お、おいバルガス……なんしようとか!?」
バルガスはズンズンと義隆という男に近づく。迫るバルガスに義隆は気付かず、相変わらず店員を怒鳴り付けている。そんな彼の後ろにバルガスが立ち、声をかけた。
「……おい」
「あぁ!?……ひっ!?」
義隆は思わず小さな悲鳴を上げた。目の前に眼帯をした隻眼銀髪の大男が立っているのだ。何も言葉を発さなくともそれだけでかなりの威圧感がある。
「少し……よろしいか。貴方だけではない。皆が"れんじ"を使う順番を待っているのだ。待ち遠しいのはわかるが、そのように大声を張り上げては周りに迷惑がかかる。ここは堪えていただきたい」
バルガスはそう言って頭を下げる。普通ならば有り得ないことだが、騒ぎを大きくして平蔵や周囲に迷惑をかけたくはない。しかしこの男を見逃すわけにもいかない。バルガスは敢えて下手に出たのだ。
義隆は最初は2メートル近い隻眼の男にたじろいでいたが、彼が下手に出たと見るや態度を変えて彼に悪態を突き始める。
「う、うるせえな!お前に関係ないだろうが!なんだお前は!?異界人か!?」
「……失礼した。私はアルカ帝国の隣国・ヴィヴェルタニア王国よりやってきたガルム騎士団団長のバルガスと申す。訳あって今はこの地の方にお世話になっている」
「……ケッ!騎士だか何だか知らないが、テレビも車もない遅れた文化からやってきた異界人が偉そうに口聞いてんじゃねぇ!」
義隆の悪態はますますエスカレートする。だがそれからも続く差別的な発言にも顔色ひとつ変えずにバルガスは頭を下げて「どうか落ち着いて、話を聞いていただけないだろうか」と丁寧に頼むがやはり義隆の興奮は収まらない。
しかし、彼が遂に放ったある一言で……彼は"鬼神"の怒りを買ってしまうことになる。
「大体何が騎士だよ!時代遅れの職業があるあたりさすが文明の遅れた異界人らしいな!どうせお前の上司も頭の弱い人間なんだろうが!ああ!?」
その言葉を聞いた瞬間、バルガスの眉がピクリと動く。
「…………今、何と言った?」
「あぁ……?」
「今、何と言ったと聞いておるのだ愚か者がぁ!!!!」
「ひぃ!?」
人間も店も吹き飛ばさん勢いのバルガスの怒声に店内中が静まり返り、バルガスの方へ視線が向けられる。
「貴様……言わせておけば好き勝手言いおって……!!私への罵倒ならまだしも我が主君への侮辱は決して許さぬ!!!!貴様、そこへ直るがよい!!!!貴様のその腐りきった根性を叩き直してくれようぞ!!!!」
バルガスに対して彼が仕える王家への侮辱は彼にとって決して許されぬ発言。
誇り高き騎士にとって自らが絶対の忠誠を誓う主を侮辱することは王家、ひいては彼等ガルム騎士団に対する宣戦布告と言っていいほどの言葉だった。
"鬼神"と恐れられた男の恐ろしさを知らずに調子に乗って罵倒した義隆はすっかり怯えてしまっている。
バルガスは義隆の首根っこを掴むと片手で軽々と抱え上げた。龍馬に破壊されたかつての愛剣"ガルム"を軽々と振るう彼にとって背丈の小さなニホン人はあまりにも軽い重さの存在であったのだ。
「バカチン!バルガス、やめんかい!」
見かねた平蔵が遂に声を張り上げる。平蔵の言葉に戸惑いながらもバルガスは仕方なく義隆を地面に下ろした。その瞬間、平蔵は義隆の胸ぐらを掴む。
「へ、平蔵……!」
「このバカチンが。相変わらず人様に迷惑かけてからに……しかもうちの大事な同居人にまで気の利いた口きくたぁ、お前ええ度胸しとるやないか。お?」
「う、うぅ……」
「みんな順番待っとんじゃ!お前だけやない!それができんのやったらとっとと出ていけキサンこの!!」
平蔵は突き放すようにして義隆の胸ぐらから手を離す。
「ふ、ふんっ!二度と来るかこんな店!!」
義隆はバルガスと平蔵の二人から距離を取ったとみるや、再び悪態を突きながら店を出て軽トラに乗り、去ってしまう。
平蔵は「二度と来んってそのセリフ、もう何回目や」と半ば呆れながらバルガスと再びレジに並んだ。
平蔵もバルガスも自分達の番が来た時に店の人間に騒ぎを起こしたことを謝罪したのだが、顔馴染みである店員と店長からは「いつも助けていただいて感謝します」と言われ、何と会計全てを店長が礼代わりに負担してくれた。さらに店長は今値引きセール中のフライドチキンを三つおまけしてくれたのだ。
多少やり方は荒っぽかったが、やはり"情けは人のため為らず"。人助けをすればそれ相応に良いことが返ってくるものである。
畑まで帰ってきて三人は昼食を取る。昼食後は再び作業に戻り、それは夕方まで続いた。
そして日が沈んだ頃ーーーーバルガスの待ちに待った時間がやってきた。そう、平蔵直々の指導による武術指南の時間である。
袴を履いてお互いに礼をし、向かい合って平蔵の指導のもと構えから練習していく。
「ところでバルガス……ちょっと聞きづらいことなんやが……お前龍馬にどんな技を受けたんや?」
「リョーマは……全くの迷いも見せず、私の鳩尾に強烈な拳を打ち込みました。まるで全身を巨大な刃で貫かれたような……そんな衝撃が身体を襲いました」
「なるほど……あいつ"鬼穿ち"を使ったんか……」
平蔵はふう、と軽くため息をついたがやがて再び「続きを始めるばい」と言って指導を行った。
バルガスには話さなかったが平蔵は自分の孫が"人殺し"になりかけたことに複雑な心境だった。
万が一に備えて五十嵐流の禁じ手"鬼穿ち"を龍馬に教えたのは自分だ。使い所を誤るなとも警告した。
しかし龍馬がこの技を使ったということは彼には殺意があったということだ。
結果として彼はバルガスを倒しはしたが、龍馬の未熟さ故かバルガスの肉体の強さ故かは知らないが人殺しにはならずに済んだ。
孫の心境を考えると命懸けで戦い、最後の最後でこの技を彼は大切な者のために覚悟を決めて使ったことくらいわかるが、それでも大切な孫が人の命を奪いかねないこの技を使ったことに祖父として色々な感情が胸の奥から湧き上がってくる。
自分が龍馬に技を教えたばかりに、龍馬は人を殺めてしまう可能性があった。
しかし技を教えていなければ龍馬は死んでいたかもしれない。
どっちの可能性を考えても平蔵の心はモヤモヤしたままだったが、これでよかったのだと自分に言い聞かせてバルガスの指導に集中することにした。
バルガスはその後も基本的な構えや動きの指導を受けた。特に相手の武器を無力化出来る"小刀封じ"や"武士泣かせ"はバルガスの世界においても充分に役立つはずだと平蔵は語る。
「武器を持っとるけん強い、得物がでけぇけん強いとかそんなこたぁない。むしろ"無手"というのは一番信頼出来る武器や。あんたの本領は剣士らしいが、無手を極められんヤツにはどんな武器の腕も中途半端で終わる。あの剣豪・宮本武蔵も二天一流という独自の技を編み出したが、それでも無手の修行は怠らんかったっち話たい」
「ミヤモト・ムサシ……?」
「……ああ、そうか。あんたは異世界の人やけん宮本武蔵を知らんたいね。宮本武蔵は昔の日本におった剣士や。二天一流言うて刀を両手に構える、いわゆる"二刀流"の使い手やったっち言われとる」
日本人ならばその名を知らぬ者はいない剣豪・宮本武蔵。
"二天一流"なる二刀流の技を編み出した伝説的な剣士であり、有名なのは何と言っても佐々木小次郎との対決が描かれる"巌流島の決闘"であろう。
そして彼が記したとされる兵法書"五輪書"。伝説の剣豪である彼の強さと生きざま、そしてその五輪書によって多くの人々が現代に至るまで影響を受けたのは間違いない。
「伝説の……剣豪……!!」
バルガスは衝撃を受けた。剣などとは全くの無縁に見えるニホン人にそのような剣士が存在していたとは。
バルガスも剣の道に生きる者。平蔵のその話を聞いた瞬間に心が高揚し、血が滾るのを感じた。
「……目の色が変わったのう?そうたい、俺達日本人もな、昔は剣の道に生きる民族やったんや。日本の剣士……武士や侍は日本の誇りやった。今じゃほとんど無いようなもんやけどな」
「ブシに……サムライ……」
「"武士道とは死ぬことと見つけたり"。昔のある人が書き記した言葉や。詳しいことは説明を省くけんど、武士は潔く死ねっち意味やないぞ。"毎日を死んだつもりになって自由に何かに取り組めばきっと上手くいく"……まあ、いくつかの解釈はあるが大体そんな意味や」
バルガスはこの時再び己がいかに井の中の蛙であったかを悟った。
住む世界は違えば、同じ剣の道でも志は違う。
まだまだ学ぶべきことは多い。この世界の歴史についても触れておかねば。
平蔵はそんなバルガスの心情を察してか、自分が所持している"五輪書"と"葉隠"を貸してくれた。
まだまだ完璧に平仮名や漢字が読めるわけではないが、じっくりと勉強してこの書物を読ませてもらおうとバルガスは決心するのであった。
「バルちゃ~ん!お湯沸いたば~い!はよ入り~!」
「はい、ただいま」
その日の夜、平蔵の指導を終えたバルガスはヨネ子が沸かしてくれた風呂で入浴を済ませる。
小さな浴室だがこうして毎日清潔な浴室で頭と身体を洗い、清潔さを保てるというのは素晴らしい贅沢であった。
しかも"しゃんぷー"や"りんす"といった頭髪専用の石鹸まであり、これで洗った後はいい香りがしばらく続く。
さらにいつでも冷たい水やお湯が出るシャワーで快適に身体が洗えるのはありがたい。バルガスは頭と身体を洗うとほどよい熱さの湯船にゆっくりと浸かる。
「ふぅ……」
あまりの気持ちよさに思わずため息が出てしまう。普段ならばここまで気を緩めることはないがこの平和な日本と恵まれた環境のせいか多少の眠気を感じるほどに身体がリラックスしている。
思えば騎士団長として毎日毎日気が抜けない日々が続いていた。騎士としての仕事に部下の面倒にワガママがすぎるレオンハルトのお守りなど心身共にかなりの疲れが溜まっていたのかもしれない。
「……城の皆は今頃どうしているだろうか……」
バルガスは湯船から天井に向かって立ち上る湯気を見上げながら呟く。
本来ならば帰る場所を持たぬはずの自分が唯一"故郷"と言えるヴィヴェルタニア王国。そんな故郷で自分の帰りを待つ偉大なる王や王子、そして騎士団の仲間達。ふと、彼等の顔が浮かんだバルガスは故郷が懐かしく思えたがすぐに振り払った。
ここには自分を鍛え直すために来ている。甘ったれた精神は捨てるべきだ。何より自分のために計らいをしてくれた王や騎士団の皆に示しがつかない。
きっと自分はあの時よりも強くなって帰る。そう決意して旅立ったのだから。
「だが……手紙のひとつくらいは書くべきだろうか……」
そんなことを呟きながらバルガスは湯船から立ち上がった。
「今日の訓練はこれにて終了。各自しっかりと装備の手入れをして休み、明日の訓練に備えるように。では、解散!」
バルガスがニホンに旅立っていなくなったヴィヴェルタニア王城では、バルガスが一番信頼を置くオフィーリアが騎士や兵士達の訓練指導を終えたところであった。
バルガスと変わらぬ厳しい訓練だが、四騎士に絶大な信頼を置いている彼等は決して弱音を吐かない。よく出来た兵士達だ。
オフィーリアはバルガスがいない分、自分が頑張らなければと気負いすぎる部分もあったがアティウス王やエドワード、そしてゴドムやアーヴィングが一丸となって彼女を支えてくれる。だからこそバルガスのいないこの毎日を頑張って生きていける。いつか彼がこの場所へ帰ってきた時に胸を張って迎えられるように。
だが……何故か最近気分が優れない。
一体これは何だというのだ。団長と別れたあの日から時折胸の奥が締め付けられるような感覚に襲われるのだ。
ため息をつきながら城内を歩くそんなオフィーリアを廊下の影からじっと見守る二つの人影。ゴドムとアーヴィングの二人だ。
「なあ……最近オフィーリアのやつ、なんだか元気ないと思わないか?腹でも痛いのかな?」
「ゴドム……君ってヤツは女心がわかってないなぁ……ま、野暮な話だから敢えて僕の口からは何も言わないよ」
「お、おいアーヴィング待てよ!?何なんだよ!勿体ぶらずに教えろよ!」
そんな日が続いたある日のこと。ヴィヴェルタニア王城にオフィーリア宛ての手紙が届いた。
「手紙……?一体誰から…………こ、これは……!!」
羊皮紙とは違う、美しく綺麗な白い紙の封筒から出てきたのはなんとバルガスからの手紙。そしてバルガスと平蔵とヨネ子が写った写真の数々である。
「団長から……!?」
実は一週間ほど前に、王国に残してきた仲間達へ向けて手紙を書いている時に平蔵とヨネ子が「写真があったら元気しとるっちゅうのがよくわかるやろうけん、一緒に入れとっちゃりぃ」と言ったので手紙と一緒に封入したのだ。
作業着姿で平蔵達と共に写るバルガス。さらには作務衣姿だったり袴を履いて平蔵の指導を受けている姿だったりと異世界の生活を送っている一番尊敬する団長の元気な姿がそこにはあった。
オフィーリアは続けて手紙を読む。
"『オフィーリアよ。元気にしているか?私は今、リョーマの祖父であるヘイゾウ殿の元で武術の手解きを受けながらこうして暮らしつつ、この手紙を書いている。
一緒に入れたものは"シャシン"といって風景をそのまま記録出来る道具を使って作ったものだ。
私のことなら心配ない。文明の進んだ異界では毎日が驚きの連続であるが、何とか上手くやっている。
それよりも私はお前の事が心配なのだ。団長代理という立場のあまり気負い過ぎてはいないか?お前は昔から私や周りの皆の期待に応えようとするあまり、無理をし過ぎるところがあるからな。
もしそうだとしたら……いいか。気負いすぎるな。私の代わりは存在しないが同時にまたお前の代わりも存在しないのだ。
私の代わりを努めようなどとは思うな。お前はお前にしか出来ないことをやれ。私はきっと強くなってヴィヴェルタニアへと帰る。それまで騎士団と王国を頼むぞ。
それからゴドムやアーヴィング、アティウス王やエドワード王子にもよろしく頼む。
バルガス・ディアガルドより』"
「団長……!」
全て見抜かれていた。何もかもが彼の言った通りだ。この手紙に書かれている通りである。
団長の代わりを努めるなどーーーーあまりにもおこがましい。そうだ、私は私だ。尊敬するバルガス・ディアガルド騎士団長ではない。
私には私にしか出来ないことがあるはずだ。私の代わりはいないのだ。
バルガスの部下を思いやる気持ちが綴られたその手紙を読み終えた瞬間、手紙の上に大粒の涙が零れ落ちる。
バルガスは昔から言っていた。「時には肩の力を抜いて周りを見回してみるのも重要だ」と。力みすぎれば前しか見えずに空回りしたり、時にはそれが戦場で命を落とすことにも繋がりうると。気負いすぎるあまりにバルガスがいなくなってからのオフィーリアはすっかりその事を忘れていた。
ただ、団長の期待を裏切るまいと。団長や周囲をがっかりさせまいと。それだけを考えてバルガスのいなくなった日々をがむしゃらに過ごしてきたのだ。
「団長……ありがとうございます」
オフィーリアは手紙を丁寧に封筒にしまうと、それを自室の引き出しに大切にしまった。そして送られた写真は小さな額縁に入れて自室の壁に掛けた。いつでも尊敬する団長の顔を眺められるように。
ゴドムとアーヴィングの話によればその日のオフィーリアは大層、上機嫌であったという。