ルセリアはルークが寝たのを確認すると居間に移動する。
そこではルセリアから出された果実を食べる名無しが居た。
「さて、取り敢えずお前には色々と聞きたいことがあるが」
「なーに?この林檎の分だけ答えてあげるよ?」
ニコニコと御満悦な様子の名無しを見てルセリアは眉根を押さえはぁ、とため息を吐く。
「お前は闇精霊と言ったな?では、どうやって生まれた。そもそもどうして存在できる」
「だから解んないんだって。疑り深いなぁ」
「なら、私から猜疑心でも食ったらどうだ?」
「んー………君から心の闇を食おうとすると、喧嘩になりそうだからやだ」
勿論猜疑心だけなら喧嘩にはならないだろうが、名無しは目の前の魔女の心の一端に触れて、その奥に存在する孤独感や、子を望んだという相手を失った喪失感に手を伸ばさない自信はない。きっと喰らおうとする。だが、それに手を伸ばせば喰らう前に目の前の魔女は反応するだろう。だから、味わうことはしない。
「ふん。そうか……食い意地の張った奴だ」
それを察したルセリアは忌々しそうに名無しを睨む。名無しは相変わらず気にせずニコニコとしている。ルセリアははぁ、とため息を吐いた。
「睨んだところで無意味、か……次の質問だが、お前は精霊がどういうものか知っているのか?」
「人の感情の残滓でしょ?だから、精霊は人の心を食うんだ」
「そうだな……」
精霊。自然現象が意志持った存在で、
「まあ、お前は受肉してないから、何かの肉体に憑依したわけでもないのだろうが……」
人の姿をした精霊は基本的に最上級の精霊王と呼ばれる。人型の精霊といえば後は人化の術を手にした一部の精霊獣ぐらいか………。
名無しは非実体化できる。受肉していないのに人の姿をしていることから、その類なのだろうが……。
「うん。目覚める以前の記憶も無いしね」
精霊獣は肉体を得る。当然といえば当然だが、脳も……。
多くの記憶を保存していた脳を得た精霊獣は、その記憶を取り込む。飼っていた愛玩動物の記憶を得て、精霊獣となっても主人に懐いていたと言う例もある。
「そうなると貴様は精霊王の類になるのだが………この際闇精霊が生まれるのは良しとしても王クラスとなると……」
精霊は神聖視されていた時代もあるが、そもそも精霊とは人が生んだ存在だ。
温もりが欲しいと、敵を焼き殺したいと火の魔法を使う。飲み水が欲しい、清潔にしたいと水魔法を使う。
イメージを現実に反映させる魔法をそのような思いで使うと、その思いが世界に刻まれ、意志を持つ現象、精霊となるのだ。
が、負の感情だの正の感情だのと曖昧なもので精霊は生まれない。そもそも敵を焼きたいと魔法を放てば火の精霊になるし、傷を癒したいと魔法を使えば光の精霊になる。
勿論、聖魔法や闇魔法は存在するが、あれは現象という枠組みを越えている。故に、闇精霊は有り得ない存在なのだ。
「そもそも怒りや悲しみの具象化が闇魔法だ。その有り様も千差万別、人の意志の集合体である精霊になどなれるものか」
「私に文句言わないでよ。じゃあ、あれだ………すっごい力を持った奴が怒りとかぽーいって捨てて、強すぎる力の欠片は精霊になった。これでいこう」
「適当にも程があるわこの阿呆」
精霊を人工的に作る研究はされていたことがある。精霊に必要なのは現象、そして意志。これだけだ。現象を書き換える魔法と、それに定着するだけの強い意志で作ることは理論上可能だが、殆ど世界に定着できず直ぐに消える。ここでもやはり闇魔法や聖魔法という現象に当てはまらない魔法は刹那の定着すら不可能だ。
それ以外なら、確かに強力な力を持つ者なら強い意志で魔法を使うことで可能かもしれないが、それでも王は不可能だろう。
ましてや闇精霊だ。現実にない現象、それを反映させるとなるといったいどれだけの力が必要になるか………現実的ではない。
「そもそも先の発言から考えるに、お前は取り込んだ心の闇によって魔法の性質を変えられるのだろ?ますます解らん」
これが同じような闇魔法を使う者のみならまだ解る。しかし、憎悪や自己嫌悪のみならず自分に向けられる敵意や不快感すら見境なく食らい、わざわざ確認していたことからルークの闇魔法も知らなかった。つまり違うと言うこと。
「適当に言ったけどさ、案外当たってる気がしてきたよ私」
「………否定できんな。悲しみ、怒り、憎悪、恐怖、それらを全部引っ剥がして造ったと言われても、納得できそうだ」
だから全ての負の感情から生じる闇魔法を扱える。なるほど確かにその可能性が高くなった。そうなると、彼女を生み出した存在はよほど世界に絶望して、かつ強大な力を持っていたことになる。
可能性としては魔女の誰かだが、少なくとも知人ではない。魔女集会には顔を出さぬ魔女だろうか?
「考えるだけ、無駄か……」
「まさしくその通り………無駄なことはやめよー!」
「………お前が人の心の闇を食らい理解する闇精霊なら、その陽気な性格は何だ?」
「んー……私ってね、人の負の感情を食らうけど、実はそれ良く理解してないんだよね。だって、私は楽しいと思ったことがないから、失意を知らない。大切な人を失ったことがないから、悲しみを知らない。裏切られたことがないから、怒りを知らない。家族を殺されたことがないから、憎悪を知らない」
ルセリアの言葉に名無しは一転して無表情になる。
「けど私には嫉妬がある。欲がある。眩しい彼等を羨み、妬み、それを欲する………私はね、心が欲しい。精霊は、誰だって人の心が欲しい。けど、己を形作る要素しか食べれない」
例えば温かい心を好むと言われる火精霊は、所謂熱血漢に憑く。やる気だの怒りだのを食らい、とり憑かれた人間は精霊の強さと本人の強さに差があれば冷静な人間が出来あがる。しかし火精霊はその相手が持つ慈しみなどは理解できない。
名無しはルークの悲しみや自己嫌悪を食らうことはできても、家族と居た時に感じていた記憶を覗けても、ルークが幸せだと解ってもその幸せを理解できない。
「けど、怒りは愛する誰かを傷つけられて、悲しみは愛する誰かを失って、憎悪は愛する誰かを殺されて……それを取り込んでいけば、何時かは知れる。そう思ったんだ」
再びニコニコ笑みを浮かべ出す名無し。ルセリアは何も言えず、頭をかいた。
「……次の質問だが………何故ルーク何だ?いや、離れろと言うわけではない。だが、気になるだけだ……」
「んー……まあ人間界に向かう途中で、真っ先に出会ったのもあるけど………優しいんだよね、ルークって」
「優しい?優しさなど、お前がもっとも嫌いそうなモノだがな……」
「何で?優しいから怒るんだよ?優しいから悲しむんだよ?優しいから憎むんだよ?優しいから、愛しているから……人は悪感情を持ってしまう………自分を立てたい悪意より、私はそっちの方が好き」
そっちの方が、それらを知る良い経験にもなりそうだしね、と笑う名無し。自分のために生まれた悪感情は、ギトギトしてあまり美味しくないのだ。だから名無しは誰かを喪った者に憑く。
「それこそ山のようにいるだろ?絶好の餌場より、ルークを選んだ理由は?」
「量より質。それに、複数からだと味がごちゃごちゃする」
確かに第四領域では魔族に対する怒りや憎悪、家族を失った悲しみ、そのほかの領域でも怒りや不安が渦巻いていることだろう。だが、名無しは大量の悪感情を吸うより一人から絞った方が好きなのだ。
「ルークは
この世界には魔物が居る。そして、殺せば強くなれる世界。故にこの世界の命の価値は、案外低い。勿論殺人は重罪だが、身を守るために殺してもそれが嘘でない限り過剰防衛に問われることは決してない。王族貴族は別だが……。
だから、案外仕方ない、で済ませられるのだ。勿論憎しみも抱くことはあるだろう。だが、本来の歴史において主人公達が平然と恋愛できた時点で察して欲しい。
「まあルークの優しさは異常だとは思うけどね。他人の人生奪ってしまった、なんて悔いているけど、その歴史を知ってるから何?って多くの人が思うと思う。そりゃ私はルークみたいに他人を思いやることが出来る訳じゃないけどさ………あれ、そもそも何で未来を?」
「世界を越えるんだ。時間を超えても可笑しくはないだろ……それに、ルート?とやらで歴史が変わるのだろう?」
「大まかには変わらないけどね」
「だが細かい部分は変わる。恐らく一度みた歴史を遡り、僅かな変化をした世界を見ていたんではないか?」
「そーなるとさ、この世界だって未来の知識を持つ者が偶々憑依した世界、でしかない。そもそも生まれてくる前に宿っておいて人生を奪ったも何もないよね?」
だがルークは気にする。気に病み、責任感を常々感じていた。
「絵本の中に入ってさ、物語通り人が死んで、死ぬのを知ってて止めれませんでしたなんて、言う?」
「私なら言わないな」
「ルークは言うよ。だから好き………優しくて、そのくせ自分の優しさに耐えられないほど弱い。だからさ、せめて体だけ強くしてあげてよ。心は私が守るからさ」
折角見つけた極上の餌だ。どうせなら長い期間味わいたい。そのためには心が壊れぬように闇を食い、戦いで死なぬように強くなってもらわなくてはならない。
「戦いに身を投じるとは思えんが」
「投じるよ、絶対。ルークはね、許しが欲しいんだ。赦しではなく、許し。生きて良いって、許可が欲しい」
「許可だと?生きることにか?」
「ごーまんだよね~。人に、命の生き死にを決める権利があると思うなんてさ……」
ケラケラと可笑しそうに笑う。
ルークを誰よりも理解しているのは彼女なのだ。ルーク以上にルークの事を知っているに違いない。
「しかしお前は、その感情を食うのではないのか?」
「食べないよ。足掻けなくなるじゃん」
「足掻くのが好き、だったか?」
「えっち。聞いてたの?ま、そうだよ……」
「ルークに言ったように、人が乗り越える様を見たい、と?」
「それもあるけど………」
ルークに言ったのはそこまで。ここからは本心。
「足掻いて足掻いて、結局終わった人間の絶望。美味しいんだよね、アレ………」
「………………」
今までの無邪気な笑みとは異なる妖艶な笑み。赤い舌で唇を舐めるその仕草は幼い見た目ながらも本人の美貌も合わさり多くの者を魅了することだろう。
「そんな怖い顔しないでよ。私は、ルークを見守るし力だって貸す。人が足掻いて、成長するのを見たいって言うのは本当だよ?見たことないだけで、見てみたい。毎回毎回期待してる。最後の最後で皆勝手に死んじゃうだけ」
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