主人公転生   作:超高校級の切望

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憎悪を抱いて

 バサリと翼が空気をかき分ける。

 現在俺が乗っているのは死体のワイバーン。ルセリアさんの死霊術で操られたアンデッドワイバーンだ。

 

「死霊術って、魔法とは違うのか?」

「私に聞く?そんなの知らないよ」

 

 名無しはペタペタワイバーンに触りながら言う。

 死霊術とはアンデッドを生み出す術らしい。アンデッド、動く死体という認識だったが、ルセリアさん曰わく強い未練、精神体で概念体の残滓を留めた存在らしい。その強い未練は概念体を縛り付けるという特性を得て、それ故にアンデッドの近くでアンデッドが発生する。

 死霊術は己の概念体の一部を植え込み動かす方法と魔力で死体を操る二つの方法があるらしい。前者は倒せば経験値が入るが後者はほんの僅かにしか得られない。

 これは後者。強いくせに経験値を殆ど得られないという質の悪いアンデッド。まあ普通はアンデッドなど作れるはずないらしいが。

 

「ここだ、降ろしてくれ」

 

 アンデッドワイバーンはグルァ、と一声鳴くと地面に向かって降下を始める。念の為近くの森に降りた俺達はそのまま村へと歩き出す。

 

 

 

「────ッ!……ハァ──名無し」

「食べてるよお?後から後から溢れてるだけ………まあ、食べる量を増やせばいいんだけどね」

 

 村に近づく程重くなる足。しかし俺から溢れた黒いオーラが名無しに吸い込まれると少し軽くなる。

 感情を生み出すのは記憶だ。記憶と感情は深く密接している。故に名無しに幾ら食わせても、記憶が消えぬ限り後悔も罪悪感も憎悪も溢れてくる。

 

「着いた?」

「………ああ」

 

 燃えた村にたどり着く。獣に食われたか、死体の欠損が前見た時より広がっている。蛆もわいている。

 

「お墓作るの?何人分?」

「一つだ。欠損が酷い、人数分作ろうとしても、どうせ混ざる。なら、余すことなく一つに纏めて埋める。名無し、場所は解るか?」

「んふふ。まーね♪殺された死体には、断末魔と怨嗟が宿りやすい。それらは土地を汚す……けど、私なら全部食べれるよ。発生源も解る。ま、今私が食べるのはルークだけだからね。過去を知るためにあの時は食べたけど、私は本当は一途なんだよ~?」

 

 そう言えば此奴、何かを食う動作をしたらルセリアさんの村の過去を語り始めたな。あれはあの村に残ったルセリアさんに対する憎悪を食らったからだったのか………。

 

「そうか、案内しろ。肉片一つ残さず、埋葬する」

「良いよ~。存分に頼りなさいな」

 

 ヘラヘラと笑みを浮かべるルセリア。本当に此奴は、色々出来る。助けられる。まずは村の死体を埋める。そのために、魔法で村の中央に穴を空けた。

 

 

 

 

「ねぇねぇ、何処行くの~?そっちにはもう何にも無いよ~」

 

 名無しはルークをグイグイ引っ張りながら文句を言う。この森にあった死体は全て穴に入れたはずだ。少なくとも名無しの感知できる範囲に未練の気配はない。

 

「あるよ。ここで俺の親父は、俺の目の前で殺された。間違いない」

 

 そう言ってルークが進んだ先には血の跡があった。大きく凹み、ひび割れた大木。こべり付いた血は根本にある縦穴に飲まれるように垂れ、周りに蛆の沸いた肉片や骨の欠片。

 

「………?」

 

 その光景に、名無しは首を傾げる。死体はある。その痕跡と、ルークの言葉、そして彼から伝わってくる負の感情からしてここで彼の父親が死んだのは確かだ。なのに、名無しは()()()()()()

 殺された相手は、殺した相手に憎悪を抱いたり、残した者に何らかの感情を抱く。

 何より、何も、だ……。概念体の気配もない。概念体全てが誰かに取り憑きでもしたか?

 

「うーん……?」

 

 しかしそれほどの憎悪ならやはり名無しの嗅覚に反応するはず……。

 

「ルークのお父さんって何なの?」

「……?」

 

 

 

 

 この辺りから未練を放つ死体を殆ど穴に入れた。入れなかった一部はこの村の死体ではない、ルークに取っての敵の死体。

 その近くに転がっていた少女の死体を抱えるルークから伝わってくる負の感情を食べご満悦な様子の名無し。

 土を被せ、大きめの石を置くルーク。

 目を閉じ、手を合わせる。これはこの世界でも似たような風習があった。

 

「ふふ。ルークから伝わってくるよ?悲しいね、苦しいね、許せないね、大丈夫だよ。私が全部食べてあげるからさ」

「…………………」

 

 人は墓の前で何を思うのだろう。死んだ相手に何を思ってやれるのだろう。

 時が経てばそれは見守ってくれとか、向こうでも幸せにだとか思うのだろう。でも、死んだばかりの相手に対して、殺された相手に対して何を思う?

 

「…………♪」

 

 その心象はルークに抱き付き頭に頬ずりする名無しを見れば誰もが解ることだろう。

 

「……………」

 

 と、不意にルークが顔を上げ振り返る。そこにはトライアイウルフの群がいた。

 嘗てルークが逃げおおせた獣。警戒し、ナイフを抜く。

 敵意を感じない。だからここまで接近を許した。しかし嘗ては襲われた肉食獣。警戒しない理由はない。

 と、群の長が吠える。すると何匹かが前に出る。魔物の肉や果物を加えており、地面に置くとルークから距離を取る。

 

「………この前の礼のつもりか?そんな余裕…………いや」

 

 つい先日口減らしをしてまで群を生かそうとしていた。ルークから奪った食料など一時しのぎに過ぎない。だというのにルークに食料を渡すなど、とそこまで考え彼等の姿を見る。

 

「………この村の死体食ったの──お前等か?」

「「「────ッ!!」」」

 

 殺意が圧となって周囲に飛ぶ。トライアイウルフ達は毛を逆立て牙をむき出しにして唸る。

 トライアイウルフ達は混乱していた。群の長に、餌を届けるように言われ、何故その相手に殺意を向けられているのか解らなかった。逆に長は落ち着いて居た。唸ることもなく、ルークを見据えていた。殺意がふっと消えトライアイウルフ達は長を見る。どうするべきか、そう尋ねたいのだろう。

 

「お前達は生きる為に死体を食った。それだけだ、生きる為に命を奪ったわけでもない」

「グルァ」

 

 当然だ、とでも言うように唸る長。彼等知っている、11種族が持つ群の価値観を。余所の群が襲われたところで、その群の生き残りが己の群に取り込まれたところで、警戒はするが殺しには行かない。しかし11種族は討ちに行く。

 臆病さ故に、或いは同族意識で。故に、人を襲うのは本来なら避けたいことなのだ。森の中で子供一人ならともかく村を襲うことはまずしない。

 

「感謝する。そして、この村の死体は埋めた。決して掘り起こすな……彼方に纏めておいた男達の死体なら好きなだけ食え」

「…………」

 

 長が鼻を鳴らしルークが指さした方向を見る。そして、駆けていった。ルークはその姿を見送ると肉と果物を拾う。その中には白い林檎、スノーホワイトがあった。

 

「……………名無し、憎悪を返せ」

「?」

「泣いてる暇はない。死にたがっている時間も……」

「それは好きに食べて良いんだよね?でも、何でいきなり?」

 

 憎悪も好きだがそれ以外の感情を食って良いというなら大歓迎だ。しかし何故突然?

 

「村に来たから、突然でもないと思うが………」

 

 血を見た。肉親を、狩りや罠の師を、友を、良くしてくれた者達の死体を埋めた。

 何も思わぬ筈がない。それは名無しとて理解している。

 死体を見て悲しみ、滅びた村を見て自責の念を感じていたのを名無しが誰よりも解っている。

 

「俺はこれまで、心の何処かで死なない前提で強くなろうとしていた。死ぬのは、とても怖い」

「そうだね。それは全ての生物にとって必要なことだ」

「死ぬかもしれないことに挑むには強い意志がいる。例え、死に対する恐怖が無くてもだ。だから、憎悪を返せ……代わりに死に対する恐怖も、命を奪う忌避も好きなだけ食え」

「………♡」

 

 好きなだけ、その言葉に名無しは微笑む。これまで憑いた相手は人間性を失うのを恐れた。人を殺す行為に対する忌避感や死に対する恐怖は絶対に与えてこない。

 理由は知ってる。彼等は自分を嫌っていた、そんな自分の力で戦えるようになりたくなくて、そうすることで自分はまともだと言いたいからだ。

 

「私は嬉しいよルーク。でもさ、良いの?」

「ああ」

 

 大切な存在が死んでも悲しむことも無く、無力な自分を嘆くことも無い。それは最早人とは言えない。人の形をした、憎んだ相手を殺すだけの装置だ。

 

「家族が死んだのに、君は悲しまないんだよ?自分を追ってきた奴が友達を殺しても、君は何も思わない。それで良いの?それが良いの?」

「ああ」

「………解った。じゃ、遠慮なく……いっただきま~す♪」

 

 ズルリと黒いオーラがルークの体から溢れ、名無しが吸い込んでいく。

 

「ねえ、どんな気分なの今。こんな状況だもん、嬉しいとかそんな感情沸くはずも無いし、純粋に憎い!って気持ちだけだと思うんだけど、過去悲しみや怒り、自責を完全に失わせようとした人居ないんだよね。嫉妬とかならともかく、皆自分が悲しまなくなったり怒らなくなったりするのが嫌みたいでさ……」

 

 名無しに取って、それは単純な好奇心。相手の気遣いなど知識としてしか知らず、真似しかできない彼女は負の感情に支配された人間にどんな気持ちかと尋ねる。

 

「………最悪だ。胸の奥が、焼け付く程熱くて、吐きたいのに粘つくような感覚」

 

 最悪だがこの気持ちから逃げようとは思わない。その感情を名無しに食わせているから。

 

「これからどうするの?」

「魔族を滅ぼす。彼奴等が俺の村にしたように、徹底的に、大人も子供も関係なく殺して殺して殺し尽くす。一人残らず滅ぼし尽くす」

「~~~~♪」

 

 ゾクゾクと名無しは頬を染める。はぁ、と熱い息を漏らし、娼婦のように、毒婦のようにルークに白い腕を絡める。

 

「殺す?滅ぼす?それはとても辛くて、苦しいことだよ?ルークみたいに罪悪感を感じる(優   し   い)人には、特に」

「必要ない」

「……………」

罪悪感(優しさ)同情(思いやり)も、全部お前が食えばいい。憎悪(怒り)以外、いらない」

 

 ああ、やはり彼は極上の餌だ。立ち止まるために自分を使ったこれまでの餌とは違う。前に進むために自分を使う。きっと進んだ道で彼は苦悩する、命を奪う行為に、例えそれが敵でも割り切れない優しい性格だと自覚している。

 けどそれ全部食べて良いそうだ。人の形をした者の命を奪うことに苦悩を覚えるほど甘く、命を奪う事を忌避とするほど優しい。彼の心を食っていれば、何時か自分も優しさを、思いやりを得られるかもしれない。だって、自分が吸収するそれ等の本質は間違いなく()()の筈なんだから。

 

「いいよ。君はこれから先、殺せばいい。滅ぼせばいい。その強い怒りを、他の感情が邪魔するな、私が食べてあげる。でもね、手は貸すけど、命までは救わない」

 

 これほど強い怒りなら、志半ばで死んだ時もかなりの闇が溢れるに違いない。人は死ぬ時、満足する者は殆ど居ない。闇を放つ。

 それは無力な自分に対する懺悔か、殺した者に対する憎悪か……。

 

(………懺悔、だと良いなぁ)

 

 殺せなくてごめん、敵を討てなくてごめん、そんな懺悔だと良い。それはきっと、村の皆が大好きだったからこそ溢れる無力感。誰かを好きにならなくては生まれぬ感情なのだから。

 別に死んで欲しいわけではない。ただ、ルークが生き続けて与えてくれる感情や死の間際に放つであろう絶望、その二つを天秤に掛けて、どちらにも傾かなかっただけだ。重さ(ルークへの執着)は変わらない。

 

「好きにしろ。途中で死ぬなら、それまでだったってだけだ」

「ふふ。話が早くて助かるよ♪」




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