「────ッ!!」
一メートル近くあるオコジョが森の中を必死にかける。呼吸も荒く、後ろを気にする姿からして逃げているように見える。事実彼は逃げていた。
「──!?」
ガサリと落ち葉の敷かれた地面から聞こえた音に反射的に振り返り、無数の氷柱を飛ばす。次の瞬間木々を蹴り音が聞こえた反対から影が降りてくる。
「ギャウ!?」
「チィ!」
とっさに氷柱の壁を作る。
ガガッ!と氷柱の一部を削り、しかしオコジョを傷つけることは無かった。オコジョを追っていた相手、人間の幼い雄……少年は舌打ちして距離を取る。次の氷柱の壁から剣山のように新たな氷柱が生えた。
「…………」
少年……ルークは脇腹に刺さった氷柱を抜く。内蔵には達していない。
「エンチャント・フレイム」
ゴゥ!とルークが持つナイフが炎に包まれる。
「ギャオ!」
「燃えろ」
オコジョ──アイスアーミンが氷柱の散弾を放つと同時にルークがナイフを振るい、その軌跡に漂う炎が球となりぶつかり合う。勿論氷を一瞬で蒸発させたり融解させる程の温度は出せない。だが──
ドドドドンッ!!
炎が爆ぜ、中の氷を砕き、或いは吹き飛ばす。アイスアーミンが苦手な炎が辺りを包み、その炎を突き破り、足が迫る。
毛皮が焼かれ、しかし反撃にその右足に噛みつく。炎が口の中を焼くが牙が食い込む痛みでルークの思考が乱れ炎が消える。
「グルルル!」
「っのやろ!」
「ギャン!」
そのまま足を食い千切ろうと力を込めれば反対の足で喉を蹴りつけられる。ザザ!と地面を滑りながら転ばぬように踏ん張るアイスアーミン。ギロリと少年を睨みつける。
少年はアイスアーミンのように氷を操り傷口を止血した。
「ギィィィィ───ギャアアアアッ!!」
「!?」
アイスアーミンが吠えると無数の氷柱が地面から生える。足の踏み場もないほどの量がアイスアーミンから波紋が広がるように生え続け、少年は木の上に跳ぶ。が、その木も一瞬で貫かれへし折れる。
「ぐっ!」
「ギュアアアッ!!」
倒れる木が向かうは氷柱の剣山。ルークは掌に拳大の石を生み出すと地面に向かって発射する。
放たれた石は氷を砕き地面を剥き出しにする。
安全な地面に着地すると同時に足に力を込め地を蹴り推進力を生み出そうとした瞬間、周囲にキラキラと光る氷にパチリと電が走る。
「────!?」
「ギィアアァ!」
氷の欠片は空中で無数の氷柱に変わりルークを貫く。とっさに回避して内臓など重要器官は避けたが右足がその場に固定される。その隙を逃さずアイスアーミンが食らいついてくる。
「がっ!」
狙うは喉。獣の本能として弱点は分かる。先の戦闘から相手と自分にそこまで開いた差はない。寧ろスペック的に見れば、自分の方が上だと自覚がある。
ルークは迫ってくる牙を見て、氷柱を右足ごと燃やす。先程のようなエンチャントではない。事前にイメージしていたならともかくこの痛みの中、咄嗟に使えるほど熟練した魔法使いではないのだ。
「しぃ!」
「ギッ──!?」
炎の魔力で氷の魔力を焼き払い、溶け始め脆くなった氷柱をへし折りながら体を傾け牙を回避し、ナイフを振るう。毛皮を突き抜けブチブチと肉を着る感触がナイフから伝わり、アイスアーミンの右足付け根に深い傷を付ける。
ルークは火傷を負った足を氷でコーティングすると左足で地を蹴り、氷の義足にスパイクを生やし踏みつける。
「ギャン!」
氷に貫かれるという本来なら自分が行うべき攻撃方法を食らったアイスアーミン。ルークはそのままアイスアーミンの片足を掴み傷口からナイフを体内に浸入させる。
ゴリ、と関節が外れる生々しい感触が伝わった瞬間、全力で振り回す。ブチブチと肉が千切れ体が吹っ飛ぶ。
「キャウン!」
背中から木に激突したアイスアーミン。地面に落ち、ギロリと自分の足を持つルークを見つめる。ルークもまた
鉄臭い血の味が口に広がる。生物そのものの形を保った肉を食うことも相まって普通の人間なら忌避する行為。
「ッ!!グルルルル!!」
目の前で自分の足を食われる、ここまで戦っておきながら餌としてしか見られていないと言うような行為にアイスアーミンは激怒し、ルークを真似て氷の義足を生み出す。
「ガァ!」
「───ッ!!」
が、ルークは氷の義足の中に酷い火傷を負っているとは言え肉体の伴う足を持つ。間接が動く。対してアイスアーミンは足の形をした氷を生み出しただけ。上手く動かせるはずもなく、その場で転ぶ。
即座に接近したルークがナイフを振るうも生えてきた氷柱に防がれる。
「っ!」
その氷柱から枝分かれするように生えた氷柱を体を回転させ避ける。頬の肉が僅かに抉れ、ルークは回転した勢いそのまま炎を纏い氷の蹴りを放つ。氷柱が砕け散り、目を見開くアイスアーミン。次の行動を取らせぬようさらに回転して、勢いを乗せ首を掻き斬る。
「────!!」
そのまま首の傷を広げ、剥き出しになった気道を噛み千切る。ゴボリと血を吐いたアイスアーミンの身体を蹴り飛ばす。
吹き飛ばされたアイスアーミンは憎々しげにルークを睨み、しかしその場に倒れる。肉体が魔力に分解され、ルークの口の中に残っていた肉片も消える。代わりガリ、と堅い感触。吐き出せば銅貨。
アイスアーミンの死体も毛皮と牙、僅かな肉と銅貨を残して消えた。
「─────」
何かが流れ込んでくる感覚。レベルが低かった頃は何度も感じて、上がると薄く、最近はトライアイウルフ以来感じてなかった感覚。恐らくこの感覚が概念体を吸収しているという事なのだろう。
少しドロリと感じるのは自らの足を食らったルークに対する恨みだろうか?
「お疲れ様ぁ」
ユラリと影から溢れた闇が集まり名無しが現れる。先程まで実体化を解いてルークを見守っていた。ルークが血の臭いが滴る肉を食らえたのは彼女が忌避感を食べていたからだ。
「私役に立ってる?」
「ああ」
「~~♪」
ルークの肯定に笑みを深めルークに抱き付く。それも感情がある者の真似か、或いは依存や執着といった負の感情かはルークには判断が付かないし、興味もない。
「じゃ、ルセリアの所に戻ろっか?」
「ああ」
名無しはルークの手を引きフワフワ浮かびながら先導する。ルークは手を振り払うことなく歩き出した。
「手酷くやられたな。まあ、一度も死ななかっただけマシか」
氷でコーティングした足や抉れた頬、その他の傷を見てルセリアがそう評価する。予め死拒魔法を何重かかけておいたがそのどれか一つでも発動した様子もない。
「白いオコジョを殺した」
「アイスアーミンか……肉はあるか?飯にしよう」
「ああ」
ルークが肉を渡す。ルセリアはルークの肩に触れると光が包み込み氷のコーティングが砕けると無事な足が出てくる。装備までもと通りだだ。
「………時間魔法?」
「ああ。傷つく前の状態に戻した」
傷一つ無くなった身体を見回すルークはふと疑問を覚える。ルセリアは夫が死んだらしい。家の裏に墓もあった。
時間魔法を使え死拒魔法が使える彼女なら、永遠にともに居ることも出来たのではないだろうか?何故今は一人で居るのだろうか?
「………今お前が何を考えているかは顔を見れば解る。答は簡単だ。輪廻の和に返った魂は呼び戻せないのさ。異世界から来たという死者を蘇らせるとほざく奴も、無理だった。まあアレが本当かは知らんがな」
「そう言えばこの世界異世界から来た奴も居るんだっけ」
「当時私は、彼奴を……クリスを私と共に居られる存在にしようと異世界の連中を捜していた。奴は突如枯れた山におり、まあ嘘ではなかったのだろうが」
「異世界人ってそんな頻繁に現れるのか?」
「大戦時代は何処の種族も戦力を欲していたからな。まあ大戦が終わった2000年では直接会ったのはその一人。魔女集会で聞いた話を含めて三人か」
「……………」
「それでも、方法を必死に探して、戻ってくれば死んでいた。情けない話だ、長い時の中私は人の寿命の短さを忘れていた………」
8000年も生きていれば
「私は愚かだ。愛してくれると言ってくれた彼奴を、永遠に共にいようと誓った彼奴を、長い時を一人にしてしまった。なのに、彼奴が残した遺書には愛している、そう書かれていた……」
「………死のうとは、思わなかったのか?」
「……魔女は死なない。死ねない……魔女になったその時から、私達は世界の枝。いずれ大木となる……世界を消しされる力がなければ死ねぬ」
「………不死?」
「その通り。不死身の女達、それが私達魔女だ……」
それは、果たしてどんな気分なのだろう。8000年も一人で生きて、途中愛した相手を失いまだ生き続けるのは……。チラリと名無しを見る。彼女が好みそうな絶望だが……。
「魔女はやだよ。強いもん………」
「………そう言えば、魂魄魔法や時間魔法で不死にはなれないのか?」
「なれん。この世界はその辺りに厳しくてな………不死に近い存在にはなれる。だが死ぬ。傷を癒し魂魄……概念体を維持し続ける魔力がなくなれば死ぬ。常に魔力を使い続ければ死ぬ……時間魔法とて、その昔一日が過ぎる毎に一日自分の時間を巻き戻すという方法を取っていた奴がある日突然魔法を受け付けなくなりあっという間に老いて死んだ例もある」
その結果真に不死身になりたいのなら魔女になるしかないと世界は思い知った。しかし魔女とは簡単になれるものでもないし、なったら最後、永遠に死ぬことは叶わない。
それでも人は永遠に憧れる。
「大戦時代など特に酷いものだ……いや、死が近しいから当たり前ではあったのだろうな。誰もが不死の法を求めた。力を持って金を得て、金を持って力を得て、その二つを持って英雄となる。誰もが英雄にならんとして、英雄となり憧れ、それを失うことを恐れた。名利がただの歴史に、下手したら歴史すら記されぬ事を恐れた」
何せ大戦時代英雄など幾らでも生まれて、国を興し、そして滅びる。歴史を残す者も居るがそれ事吹き飛ぶなんて珍しくもない。だから永遠が欲しくなる。
しかし叶わず、持つ者に対して嫉妬した。殺そうと躍起になり、返り討ちにあい、憎み、やがて彼女達を魔女と蔑んだ。
「まあ私の過去などどうでも良い。飯だ飯……」
ルセリアは余りその時の事を思い出したくないのかさっさとキッチンに向かう。ルークも傷も癒えたことだしと料理を手伝った。腹を壊さぬように焼く以上、少しでも早く料理して食って腹に納めたい。その方が経験値になる。実は生で、相手が生きてる間にも食ってますなど素直に言おうものなら絶対に怒られるな、と思いながら肉を手頃なサイズに切っていった。
食後、早速ステータスを確認することにする。ヒョッコリと肩越しに除く名無しが鬱陶しい。
何気にステータスの確認は久し振りな気がする。しかしこのステータス、『全智の魔女』とやらが分かり易く数値化したんだよな?『ラフルの書庫』……恐らく俺らの世界で言うアカシックレコード的な概念に干渉して……。
そうなるとこの数字はその魔女の感覚で数値化されているはず。1が生まれた赤子のステータス。けど他の種族は最初っからステータスが
或いは単に最弱種族に会わせただけか……まあその辺りはどうでも良いか……。
「ステータスオープン」
『名前:ルーク Lv.8
種族:
状態:仮契約(NO NAME) 精神浸食
称号:狩人見習い 復讐者
HP152/152
MP207/207
SP300/300
膂力:162
耐久:134
魔耐:156
器用:205
敏捷:248
魔力:182
特化魔法:無し 契約属性:闇
《
とはいえ俺の村の周りには属性攻撃を持つ魔物なんて居ないから耐性技能は数が少ない。アイリさんから敢えて食らっておくんだった。
しかしこれ、特化魔法……無しのくせに闇?
チラリと名無しを見ると笑顔のままコテンと首を傾げてきた。恐らくこの仮契約(NO NAME)は名無しの事だろう。闇だし。
しかし、契約?
「お前等、契約してたのか!?」
「「?」」
と、名無しとは反対の肩から顔を覗かせたルセリアさんが叫ぶ。俺も名無しも首を傾げた。
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